転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#87 米国之招待

 スコールとの因縁に決着を着けてから数日が経過し、暦は新しい年を迎えた。世界が浮かれムードの中、私はラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作さんの呼び出しを受けて本社社長室に来ていた。

「それで社長。話というのは?」

「実は、君にある人物から手紙が届いてね。これなんだが……」

 そう言って社長が私に差し出したのは一通のエアメール。流麗な筆記体でラグナロクの住所と私の名が書いてある。差出人は−−

「アメリカ合衆国大統領、レオナルド・タロット……!?」

 そう、私が地の文で散々言ってきた、あの『強欲おポンチ爺』が、直接コンタクトを取ってきたのだ。

 封を開け手紙の内容を確認するが、()()()()()全く読めない。仕方ないので、秘書課のメリッサさん(アメリカ人)を呼んで代読して貰った。

 

 内容を要約すると−−

 1.今回は()()()()()()()()()()『ゴールデン・ドーン』の発見・回収に尽力してくれて有難う。

 2.本当ならこちらが君の所へ謝礼に伺うべきなのだが、なにぶんにも私も忙しい身であり、軽々しく母国を開けられない。

 3.そこで、直接会って礼を言うべく、村雲九十九氏を我が国へ招待したい。最高級の歓待を約束する。なんなら、君の『いい人』を同伴してくれてもこちらは一向に構わない。

 4.ただし、日時はこちらで指定させて頂きたい。出発日は−−

 

「日本時間20XX年、1月4日、午前9時00分。成田空港に特別機を用意して待っている。以上です」

「明後日じゃないか!もっと余裕を持たせろよ、あのおポンチ爺!」

「どうする?行かないという選択肢もあるが……」

「たかが一小市民に米国大統領の招待を蹴れと?無茶でしょ、それは」

「……だよね」

 という訳で、アメリカ行き決定である。またぞろ騒動の予感がするのは、気のせいだと思いたい。

 

 

 1月4日、成田空港第三ターミナル、国際線出発ロビー。

 僅か2日で慌ただしく準備を整えた私、シャル、本音の三人は、案内役だという大統領秘書(日本語ペラペラ)に連れられて、乗り込む特別機の前まで来ていた。のだが……。

「こちらが皆様のお乗りになる機体です。まあ、ご存知でしょうが……」

「そう言えば、社長がアメリカに5機納品したって言ってたな……これ」

「フランスにも3機納品されたって、お父さん言ってたっけ」

「相変わらず手広いね〜、ラグナロクって」

 そこに鎮座していたのはラグナロク・コーポレーション開発の、『空飛ぶホテル』の二つ名を持つ大型垂直離着陸旅客機、フリングホルニだった。……まあ、いいけど。乗り心地の良さはよーく知ってるし。

 

 成田国際空港から、アメリカ・ワシントンダレス国際空港までは、直行便で約12時間。その間、プレイルームで軽く汗を流したり、贅を尽くした料理を堪能したり、寝室でゴロゴロイチャイチャして過ごしたりと、それなりに有意義な時間を過ごした。

 

 アメリカ・ワシントンダレス国際空港。日本との時差の関係で、到着したのは現地の早朝だった。

 入国手続きを済ませ、米政府が用意したリムジンに乗っておよそ1時間。私達は遂にワシントンDCの地を踏んだ。

 とはいえ、到着早々大統領と面会という訳にもいかず、一度用意されたホテルで1泊する事になった。

 そのホテルの名は『タロット・インターナショナルホテル・ワシントンDC』。ワシントンでも指折りの最高級ホテルであり、かつてタロット大統領が経営していたホテルとしても有名だ。

「こちらのお部屋をお使いください」

「「「おおー」」」

 通された部屋は最上階のスイートルーム。ペンシルベニア通り沿いの、いわゆる『タロット・タウンハウス』と呼ばれる部屋だ。

 585平方mの広い室内には、キングサイズベッドのある寝室と、クイーンサイズベッドが2つある寝室が1つづつ。

 2つのリビングルームにはソファベッドが1つづつ。ミニバー、ダイニングルーム、フィットネスルーム、スパバスが備えられ、家電全般の他、コーヒーメーカーも完備。更には−−

「私は隣の部屋に詰めておりますので、何かございましたらお気軽にお申し付けください」

 恐らく、本来なら付かないだろう専属執事付き。もう至れり尽くせりだ。

「あ、では早速で申し訳ないですが、何か軽くつまめる物−−そうだな、サンドイッチを人数分、お願い出来ますか?」

「畏まりました。具材のリクエストなどございますか?」

「では、ハムチーズサンドを。ハムたっぷりで」

「承りました」

「ああ、それと貴方のお名前を」

「これは失礼を。どうぞ、フランソワとお呼びください。では少々お待ちください」

 恭しい礼を返しフランソワさんはキビキビとした動きで部屋を出ていった。数分後−−

「「「美味い(美味しい)!」」」

「お褒めに預かり、光栄です」

 フランソワさんが手ずから作って持ってきたハムチーズサンドは、手放しで褒められる美味さだった。恐るべし、五つ星ホテルの執事……。

 夕食は最高級牛ヒレ肉のロッシーニステーキをメインにしたフランス料理のフルコースだった。

 恐らく、都内で同じ物を食おうとすれば、1人当り10万はすっ飛ぶのではなかろうか?というほどの超高級食材のオンパレードで、本音などはもう「美味しい」以外の感想が出てこない程だった。

 その夜、あてがわれた寝室のベッドに寝転びながら、私は今回の件について思考を巡らせていた。

(手紙には、確かに『最高級の歓待を約束する』と書いてあった。だが、これは一高校生に対する歓待のレベルを明らかに逸脱している……。これは、明日何かあるかもしれんな)

 過剰とも言えるほどの歓待で気分を良くさせ、その上で自分の願いを押し通す。それがタロット大統領の外交における基本戦術だ。

 『こっちが誠意を見せたんだから、そっちも見せろ』というのが彼の言い分だ。尤も、それが原因で世界各国と少なくない軋轢を生んでいるのだが、彼は気にする素振りも見せない。大物なのか鈍感なのかは分からんが。

(向こうがどう出るか分からない以上、その場で対応するしかない……か)

 一旦思考を止め、眠る態勢に入る。しかし−−

「広すぎて逆に落ち着かん……」

 一人で寝るキングサイズベッドは、いくらなんでもデカ過ぎた。

 

 

 翌日。ルームサービスの朝食(焼き立て厚切りトースト、極厚ベーコンエッグとオーガニックサラダ、有機玉葱のオニオングラタンスープ、コーヒーor紅茶)を胃に収めた私達は、迎えが来るまでの時間を散歩でもして過ごそうとした、のだが……。

「申し訳ございません。今、外で女性権利団体と男性復権団体、双方の過激派組織が一触即発の空気になっていまして……」

 フランソワさんが渋面を作りつつ頭を下げる。窓から下を見てみると、プラカードや横断幕らしき物を持った2つの団体が、よりによってこのホテルの真ん前で睨み合いを演じているではないか。

 フランソワさんによると女性の方はアメリカの過激派組織『フューチャー・フォー・フュメールズ(FFF)』、男性の方は『イエスタデイ・ワンス・モア(YOM)』のアメリカ支部だそうだ。

「どちらも自分の主張を通す為なら殺人すら厭わない危険人物の群れではないか。何でこんな所でかち合ったんだ?」

「それなのですが……こちらを」

 部屋に備え付けてあるパソコンを弄って、ある画面を見せてくるフランソワさん。覗き込むとどうやらSNSのようだ。そこには、興奮したような文体でこう書かれていた。

 

(以下、『』内の台詞は英語で発せられています)

 

『おいおい、マジかよ!?『二人目』がこのホテルに泊まるってよ!サイン貰えねえかな!?』

 その下には、このホテルの外観を撮した画像を掲載している。ご丁寧に本人込みで。

「…………」

 私はその画像に写った人物の顔を見て頭を抱えた。思い切り見覚えがあったからだ。

(昨日、私達を出迎えてくれたドアマンじゃないか……!)

 つまり、あの男女はこのSNSの投稿を見て、一方は私を排除する為に、一方は私とお近づきになる為に集結し、結果睨み合いを演じているという訳だ。

「このドアマンは、顧客情報漏洩の(かど)で即日解雇されました。ご安心ください」

 フランソワさんの報告に、私は気の毒に思うべきかザマァと思うべきかで数秒悩み、ザマァと思う事にした。顧客情報の重要性を理解していないからそうなるのだ。愚か者め。

「しかし、どうしたものか……。もうすぐ政府から迎えが来るというのに、表がこれでは出るに出られないぞ」

 改めて外を見てみると、それぞれの組織の先頭にいた男女が激しい罵り合いを演じていた。声は聞こえないが、かなり口汚い言い合いらしく、向かいの通りを歩く人の顔はかなり渋い。

 というか、警察は何をしているんだ?これだけの騒ぎになっているというのにサイレンの音一つしないなんて、一体全体どういう事だ?

 と、思っている間に罵り合いは更にヒートアップを続け、遂には掴み合い、殴り合いの大喧嘩に発展。これを機にあちこちで男対女の大乱闘が発生。警察はまだ来ない。

(拙いぞ、このままでは最悪死者が……っ!?)

 ある男が()()を取り出した瞬間、私は躊躇なく窓から飛び出した。

「「九十九(つくも)!?」」

 慌てふためく2人の声を背に受けながら、私は『フェンリル』を緊急展開する。間に合え!

 

 

 その男は、自分より遥かに年下の女に頬を打たれた事で、元々溜め込んでいた鬱憤が遂に爆発し、結果極めて短絡的な行動に出た。

『クソガキがぁ!』

 男は、普段から『何かあった時の為』に懐に入れている拳銃を少女に突きつけると、怒りに任せてその引金を−−

『動くな』

 引けなかった。突如としてその場に現れたISが持つ銃を、額に押し当てられているからだ。

『銃を捨て、手を挙げて跪け。抵抗すれば撃つ』

 少しだけ日本訛りの混じった英語で凄まれた男は銃を捨てて跪き、そこで初めて目の前の人物が何者かを知った。

『アンタは、『二人目』……村雲九十九!?』

 男が驚きの声を上げる。いつの間にか、喧騒は収まっていた。

『すまんが、英語は得意じゃない。日本語は話せるか?』

「……yes。話せマス」

「話が早くて助かる。ボスの所へ連れて行け。拒否権があるとは思うな」

 感情の読み取れない冷たい瞳を向けられた男には、首を縦に振る以外の選択肢はどこにも無かった。

 

 

 男が「彼がオレたちのボスデス」と言って指し示したのは、鮮やかな金髪を後ろに撫で付け、この場でただ一人スーツに身を包んだ30代後半位の偉丈夫だった。

『アンタがこいつ等のボスだな?日本語は話せるか?』

「ああ、問題なく話せるよ。初めまして、村雲九十九君。私がYOM米支部長、テルティウスだ。まあ、偽名だがね」

 ラテン語で『三番目』を意味する名を名乗るテルティウス。自分がYOMのNo.3だという意味なのだろうか?まあ、それはどうでも良いか。

「要件は分かるか?テルティウス」

「ある程度は。一部始終は見ていないが、どうやら君を連れてきた彼……マイケルが何かしたか、しかけたか。といった所かな?」

「少女に対して銃を撃とうとした。もし私が止めていなければ、今頃ここは流血の巷と化していた」

「ほう、それで?」

 特に感慨もなく言うテルティウスに頭が沸騰しかけるが、YOM(コイツら)はそういう奴等だった事を思い出して理解した。

コイツは、そうなったらなったで女尊男卑主義者を駆逐出来るから、自分達の主義に反してはいない。と思っているのだと。

「要件は1つ。さっさと失せるなら今回だけ見逃してやる。仲間を連れて引け、以上だ」

「……ふう。その目を見る限り、我々と道を共にする気は無さそうだね。分かった、今回は「村雲九十九!」引こ……う?」

「ん?」

 テルティウスが撤退を決めて指示を出そうとしたその時、日本語で私を呼ぶヒステリックな金切り声が響き渡った。

 声のした方を見ると、血走った目の中年女性が周りの女達を掻き分けながらこちらに近付いてくるのが見えた。

「おや、FFF代表のオンザス・ポット女史ではないか。彼女は過激派中の過激派だからね。巻き込まれない内に引こう」

 そう言うと、テルティウスは大きく手を叩いた。すると、男達はテルティウスに向き直り、気を付けの姿勢を取った。

『総員撤退、この場を速やかに離れろ!』

『『『了解!』』』

 テルティウスの号令にYOMメンバーが一斉に反転。駆け足でその場を離れて行った。FFFメンバーの『逃げるな卑怯者!』『これだから男ってのは!』『弱いくせに出てくるな!』といった挑発にも耳を貸さず、あっという間に路地裏へと消えて行った。

(慣れている節がある……。恐らく、軍事的な訓練も行っているのだろう。ああいった連中が何かの拍子に一斉蜂起でもしたらと思うとゾッとするな)

 YOMは欧米を中心に1万人近い人数が所属する、それなりにデカイ過激派組織だ。加えて、噂の粋を出ないが世界各国の過激派男性復権団体とのコネクションもあるらしい。もしそれが本当であるならば、その数は概算で−−

(5〜8万。もう、ちょっとした軍隊だな)

 出来れば、変なタイミングで暴発などしないで欲しいが、それは彼ら次第でしかない。私に出来るのは、彼らが変な気を起こさないよう祈る事だけだ。

 と、そんな事を考えている間に、オンザス・ポットが私の前に現れ、その場で肩に掛けていた機関銃を構えた。

「はぁ、はぁ……。逃げないとはいい度胸ね、村雲九十九!死ぬ覚悟はできているかしら!?」

 余裕ぶった物言いだが、その顔は真っ赤で全身汗だく。おまけに息まで切れていては全く格好がついていない。

「は~〜。一団の長の癖に、最前で皆を引き連れるのではなく、後ろに隠れて踏ん反り返るとは。女性権利団体というのは、臆病者が頭になれるのだな。驚きだ」

 敢えて大袈裟に溜息をついて、態とらしく肩を竦めて毒を吐く。無駄にプライドが高く、相手を見下す傾向のある奴程、これが覿面に効くのだ。事実−−

「な、何ですって……!?」

 ポットは額に青筋を浮かべ、小刻みに震えている。周りの女達も怒りに呑まれかけている。後は、その心とプライドを、一瞬で圧し折るだけだ。

「違うと言うならその構えた物を使って見せろ。それとも何か?それはこの国の最新ファッションアイテムか?だとしたら……ダサいな」

「っ……の、糞餓鬼ぃ!」

 怒りの形相で機関銃の引金を引くポット。銃口から吐き出された弾丸が私に殺到する。だが−−

「《世界(ディ・ヴェルト)》」

 

ビタッ!

 

「……は?」

 空中に縫い留められた弾丸を見て、呆然とするポットに「チッチッチ」と指を振って見せる。

「残念だが、今の『フェンリル』に実体のある攻撃は無意味だ」

 顔の前に止まった弾丸を手で払いながら言う私に、怒りのボルテージを上げたポットが周りの女達にヒステリックに怒鳴りつける。

「何してるの!?貴方達も撃ちなさい!」

 しかし、誰一人として引金を引くどころか、銃を構える事すらしない。いや、やろうとはしているのだが、指一本動かす事ができないでいるのだ。

「無駄だ、《ディ・ヴェルト》は広域慣性停止結界。私を中心とした半径50mの空間の中では、あらゆる物はその動きを止められる。どうかな?時の止まった(ような)世界に足を踏み入れた気分は?」

 音も無く地面に降り立ち、一歩一歩ゆっくりとポットに近づく。どう足掻いても抵抗が出来ないと知ったポットの顔が、絶望と恐怖に彩られていく。

「お前の仲間は誰もお前を助けない、助けられない。そして、私がお前を助ける道理も無い。何故か?それは……」

 拳が届く距離で足を止め、両腕の前腕部装甲を解除。同時に、ギリギリと音がする程に握り締める。

「迎えが来るまで二人と散歩でもしようと思っていた所に、お前等が騒動を持ち込んだからだよ。お蔭で美味い朝食の余韻が台無しだし、二人と思い出を作る時間が無くなったし、間違いなく事情聴取と実況見分に付き合わされる事になるだろうし、その為に大統領との面会も延期になるだろう。そうなったら滞在期間が確実に延びる。結果として、3人揃って3学期に間に合わなくなる可能性が出たんだよ!IS学園において、授業の遅れは致命的だというのにだ!」

「それは……」

「私のせいじゃない、とでも言う気か!?だったら、最初からここに来なければ良かったんだ!それなのに『騒動の原因は私じゃありません』!?馬鹿も休み休み言え!この大馬鹿者が!」

 

メキッ

 

 怒りの叫びと共に、ポットの鼻面に鉄拳を叩き込む。彼女の慣性は未だ停止状態の為、殴られた衝撃で吹き飛ぶ事なくその場に留まっている。

 真正面から私の怒りの気と拳を叩きつけられたポットの心は、この瞬間に折れた。

「ぶふっ……!ご、ごめんなさい。許し−−」

「今の私に許しを乞うても、無駄!無駄!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄……無駄ぁ!」

 

ズドドドドドドッ!

 

 顔面を中心に、ポットの全身に只管拳の連打を叩き込む。最後に思い切り振りかぶってのアッパーカットを顎に入れると同時に《世界》を解除する。

「そして、時は動き出す……ってな」

 

ゴッシャーン!

 

「ぐばはああっ!……ぐえっ」

 真上数mに吹き飛んだポットは、そのまま受け身も取れずに地面に落下した。辛うじて息はあるようで、ピクピクと痙攣している。

「ポ、ポット様ーっ!」

 自分達の盟主のあんまりと言えばあんまりな姿に、周囲の女達が悲鳴を上げる。と、そこへ漸くパトカーのサイレンが響いてきた。すぐさま大通りは無数のパトカーで埋め尽くされ、車内から銃を構えた制服警官が大勢現れて私達を取り囲んだ。

『女性権利団体過激派組織FFFのメンバー共に告ぐ!』

『お前達は完全に包囲されている!』

『武器を捨て速やかに降伏せよ!』

「くっ、こうなったら……!」

 逃げられないと悟った女達が一斉に銃を抜いた。大通りに再び一触即発の空気が満ちる。しかしそれは、私の行動によって瞬時に収まる事になる。

「FFF、動くな。一人でも動けば、()()をポットの顔に落とす」

 そう言って私は、ポットの顔の真上に改めて前腕部装甲を装着した右腕を向ける。その腕からは、展開した装甲の隙間から薄桃色の光が漏れている。

「な、何よそれ……?」

「『フェンリル』流衝撃砲、《神龍(シェンロン)》。拳打脚撃に合わせて衝撃弾を放つ事ができる接近戦用の特殊能力だ。さて、賢明な諸君ならもう分かるだろう?これがポットに当たればどうなるか。もう一度言う、動くな。神妙にして縛につけ」

「くっ……!」

 女達は歯軋りをしながら、それでも銃を捨て、両手を挙げた。ポットが彼女達にとって最重要人物である事が端的に伺える光景だった。

『確保!』

 その様子を見た私服警官が号令を出すと、警官隊が一斉に彼女達を取り押さえた。ひとまずこれで一件落着。残る問題は−−

「『二人目(ザ・セカンド)』村雲九十九君ダネ?ISヲ解除シテ、両手ヲ挙ゲナサイ」

 明らかに騒動の一端を担ったと思われているこの状況を、どう説明すればいいのか?だな。

 

 

 結論から言えば、九十九は『テロリスト鎮圧に協力したが、些かやり過ぎたので地元警察から説教された』だけに留まった。

 というのも、FFFとYOMが集まり出してから、両陣営の乱闘騒ぎになり、そこに九十九が介入して解決するまでの一部始終を捉えた防犯カメラ映像と、その様子をつぶさに見ていた、或いは携帯のカメラで撮っていた人達の証言と映像記録により、あくまで九十九は『テロリスト鎮圧の為に行動した』事が証明されたからだ。

 もっとも、オンザス・ポット相手に顔の原型が分からなくなる程の乱打を浴びせたのはいくらなんでもやり過ぎだ。という事で、警察署長から厳重注意を受けた。

 『両親と千冬さん以外の大人からガチトーンで叱られたのは初めてだが、結構キツイな』とは、すっかり凹んでホテルに帰って来た九十九の弁である。なお、大統領への面会はやはり延期になった。

 

 

 事情聴取と実況見分を丸1日を費やしてどうにか終わらせた私は、シャルと本音を連れて、一路米国大統領官邸(ホワイトハウス)に向かっていた。

 距離的に言えば歩いてでも行けるが、昨日の事もあるので車での移動となった。

 走る事数分、TV越しに見たあの白亜の邸宅が目に入った。その偉容に、本音のテンションが大きく上がる。

「すご〜い!TVのまんまだ〜!」

「本音、落ち着いて」

「騒がしくしてすみません」

「いえ、お気になさらず」

 キャッキャしてる本音をシャルが宥めようとするが、どうにも効果は薄いようだ。

 私は騒々しいのを運転手さんに詫びるが、運転手さんは気を悪くした素振りも見せずバックミラー越しに微笑んだ。カッコいい。

 車はそのまま正面ゲートを潜り地下駐車場へ。車を降りて案内役の人に連れられて辿り着いたのは、大統領執務室。

 案内役の人がドアを3回ノックして、中にいる相手……大統領に声をかける。

『大統領、村雲九十九氏をお連れしました』

『入れ』

『失礼いたします』

 案内役の人がドアを開け、「どうぞ」と入室を促す。私達は緊張しながら執務室へと足を踏み入れた。

 そこに居たのは、ややくすんだ金髪をカッチリと固めたお馴染みのアイロン台ヘアーに、頬の弛んだブルドッグ顔の老人。

 固太りした恰幅の良い体を、仕立ての良い高級スーツで包んでいる。目の奥には隠す気のない野心の炎が燃えていて、自然と身構えてしまう空気を纏っている。彼こそが−−

「やあ、初めまして。俺が現アメリカ大統領、レオナルド・タロットだ。会えて嬉しいぞ、村雲九十九くん!」

 世間から『強欲おポンチ爺』『黄金のアイロン台を被ったブルドッグ』『自称・歴代最高の大統領』と呼ばれる男、レオナルド・タロットその人だ。

「お招きに感謝します、大統領。改めて自己紹介を。村雲九十九です。こちらが(未来の)妻の−−」

「シャルロット・デュノアです」

「布仏本音です」

「うむ、よろしく!まあ、立ち話もなんだ。座りたまえ。何か飲み物はいるかい?」

「ではコーヒーをブラックで」

「僕……私は紅茶を」

「わたしもしゃるるん……シャルロットと同じものを〜」

「分かった。おい」

「はい」

 案内役の人が執務室に備え付けのキッチンで飲み物の準備を始める。ソファに座った私達の対面に座った大統領は、軽くだが頭を下げた。

「まずは感謝を。『ゴールデン・ドーン』の奪還への君の尽力には、どれだけ謝意を重ねても重ね切れない。ありがとう」

「いえ、私はただスコール・ミューゼル……亡国機業(ファントム・タスク)の工作員との因縁を清算しただけです。『ゴールデン・ドーン』の回収成功はその結果に過ぎません」

「それでも、ありがとう」

 もう一度、今度は深く頭を下げ、タロット大統領は顔を上げた。ここで飲み物が届き、大統領はコーヒーを啜って喉を潤すと、矢継ぎ早に話し始めた。

「しかし、君の戦歴を調べてみたが、中々凄いな。無人ISのほぼ単独での撃破に始まり、『ヴァルキリートレースシステム』を違法搭載したドイツ製ISの鎮圧への貢献。暴走した『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の捕縛作戦。その指揮をしたのは君だと言うじゃあないか」

 油断のならない笑みを浮かべながら、私の戦歴をつらつらと挙げていく大統領。その時、背筋に妙なチリつきを感じた。

(なんだ、この嫌な感じは?この人は何を言おうとしている?)

「亡国機業の工作員相手に織斑一夏くんと共に勝利し、キャノンボール・ファストではBT兵器搭載のISを撤退に追い込んだ。フランスでは女性権利団体過激派のテロを無傷で鎮圧し、豪州連合のIS『天空神(アルテラ)』に単独勝利。のちにリベンジをしに来たそれを返り討ちにしたそうだね。更に、京都では亡国機業壊滅作戦に尽力。壊滅こそ出来なかったが敗走させている。そしてイギリスの対IS機動衛星砲『エクスカリバー』の完全破壊、最新で『ゴールデン・ドーン』の奪還。これだけの戦果を、ISに乗り始めて1年にも満たない少年がやってのけた。これは驚くべき事だ」

「随分と、私の事を買っておいでのようですが、全て私の運が良かったに過ぎません」

「いやいや、その運を引き寄せるのも君の才覚だろうよ。……やはり、欲しいな」

 瞬間、大統領の眼がギラリと輝いた。と同時に、背筋の鳥肌が一斉に立ち上がったのを自覚する。

「村雲九十九くん。君のその才は、我がアメリカでこそ最大限に輝かせる事ができると、俺は思うんだ!」

 ソファから立ち上がり、大きな声を上げる大統領。そして、その無骨で大きな手を私に向けてこう言い放った。

「君を、我がアメリカ空軍、IS配備特務部隊に迎え入れたい!どうかね!?」

「「「……はい?」」」

 大統領の突然の申し出に、私達は揃って目を丸くする事しかできなかった。




次回予告
唐突な大統領の申し出は、新たなる騒動の火種となる。
連れて行かれた米空軍基地で、南米の翼持つ蛇神がその牙を剥く。
果たして、九十九達はこの難局を突破できるのか?

次回「転生者の打算的日常」
#88 蛇神降臨

ああもう!最近巻き込まれすぎだろ、私!?

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