転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#86 魔狼対金旭(後編)

 最終進化を遂げた『フェンリル』の姿は、今までの機械的な姿から全くと言っていい程変わっていた。

 装甲は面積と厚みが更に減り、さながら騎士の軽装甲冑の様だ。そこかしこに狼の意匠が散見され、胸甲には『満月に吼える巨大な狼』が浮き彫りでデザインされている。

 その背にあったウィングスラスターは四対八枚だった物が元のニ対四枚に戻っていた。しかし、その見た目は純白の天使の羽のように美しく、非常に有機的なデザインになっている。

 総じておよそISに見えない外見。それが『フェンリル』第三形態(サード・フォーム)『ルプスレクス』の見た目の印象だった。

「この土壇場で第三形態移行(サード・シフト)……。ふざけるな、と言いたくなるわね」

 苦々しい表情でスコールが呟いた。

「いや、まさか私もこんな主人公ムーブをやる事になるとは思ってなかったさ。ガラではないしな」

 スコールの呟きを受けて、肩を竦めながら答える九十九。「さて」と表情を引き締め、スコールに向き直る九十九。

「第2ラウンドと行こうか、スコール」

 九十九の言を受けて身構えるスコールを見ながら、九十九は考えた。

(何となくだが解る。恐らく、今のこいつのスピードは現行のISでも随一だ。ここは一つ、度肝を抜いてやるか)

 直後に九十九が取ったのは、『真っ直ぐ行ってスコールの目前で止まる』という動き……の筈だった。

 

ドカンッ‼‼

 

「……えっ?」

「……は?」

 九十九とスコール、両者の呆然としたような呟きが漏れた。

 何故なら『真っ直ぐ行ってスコールの目前で止まる』筈だった九十九が実際に行ったのは、盛大な轢き逃げアタック(チャージ&アウェイ)だったのだから。

 

 

 あれ?おかしいな。私はスコールの目前で止まるつもりだったのに、気がつけば思い切り撥ね飛ばしてたんだが……。

 いやいや、待て待て。何だこの加速力は!?『ラグナロク』の時の比じゃないぞ!静止状態から最高速到達(0-100)まで0.3秒とかとんでもなさ過ぎだろ!

 ちらっと後ろを見ると、撥ね飛ばしたスコールが我に返って態勢を整えようとしていた。

 このまま素直に態勢を整えさせれば、向こうに攻撃の機会を与えてしまう。それは避けなければ。

(Uターンでは多分遅い。ここは急停止→反転→再加速で時短を狙う!)

 そう考えて、機体にブレーキをかけた瞬間それは起こった。

 

ビタッ!

 

「っ!?」

 『フェンリル』は、ブレーキを掛け始めて0.3秒で完全に停止して見せた。これに度肝を抜かれたのは寧ろ私の方だった。

 最高速からの完全停止(100-0)も0.3秒だと!?どういう進化をすればそうなるんだ!?

 とはいえ、驚いてばかりもいられない。私はスコールのいる方へ即座に向き直り、再び加速。完全には態勢の整っていない彼女に突貫する。

「どりゃああっ!」

「!?」

 スコールが態勢を立て直しきるより一瞬早く、私はスコールの懐へ飛び込んだ。勢いそのまま、スコールの腹に左のボディーブローを叩き込む。

「ガフッ!」

 体をくの字に曲げて、苦悶に顔を歪めるスコール。隙が出来た、このチャンスは逃さん!

「しっ!」

 顎狙いの右アッパー。直撃してスコールの体が跳ね上がる。続いてガラ空きの側頭部に左右のフックで追撃。

「はっ!」

 一度前蹴りでスコールを蹴り飛ばして距離を取り、ブーストダッシュで勢いをつけた打ち下ろしの右(チョッピングライト)

「まだまだ!《ヘカトンケイル》!」

 落下していくスコールに《ヘカトンケイル》による拳の乱打を浴びせて地面に叩き落とし、《ミョルニル》を呼び出(コール)してブースターを吹かす。

「これで……沈め!」

 《ミョルニル》を振り上げた姿勢のままスラスターを吹かして急速接近。スコールの背中に《ミョルニル》を振り下ろす。

 

ドンッ!

 

 地面を叩いた鈍い音と共に雪と砂塵が舞う。しかし、振り下ろしたその一撃に……手応えは、無かった。

「はあっ……はあっ……」

「ちっ、躱されたか」

 スコールは、激突直前で倒れた姿勢のまま瞬時加速(イグニッション・ブースト)で後方に飛ぶ事で《ミョルニル》を回避した。だが、その息は荒く、表情に余裕は無い。

「どうした、随分と余裕の無い顔をしているじゃないか?スコール。ほら、笑ってくれよ。何時もの皮肉気な顔でな」

「煽ってくれるじゃない……!」

 苛立っているかのような口調だし、表情に余裕は無いが、それでもその目はまだ冷静だ。

「降伏しろ、スコール」

「は?」

 突然の降伏勧告にスコールがポカンとする。

「お前も分かっているはずだ。既に機体はスクラップ2、3歩手前、エネルギー量も精々3割ほど。更に、私が第三形態移行をした。この時点で、自分の勝ちの目が限りなく薄いとな。……もう一度言う。降伏しろ、スコール」

「冗談がお上手ね、村雲九十九。まだ勝負は……これからよ!」

 闘志の篭った叫びと共にスコールが《ソリッド・フレア》を投げつけて来た。と同時に自身も接近、私に二択を迫る。

 《ソリッド・フレア》を迎撃(吸収)すれば、その隙にスコール自身による攻撃に対処し切れない。かと言ってスコールを迎撃すれば、《ソリッド・フレア》に対処し切れない。

 そして、距離を潰している以上、《ヘカトンケイル》による同時対処もほぼ不可能。

(と、思っているな。スコール)

 透けて見える思考に、口角が上がるのを自覚した。見せてやろう。『フェンリル・ルプスレクス』、その真の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)を!

 

 

(さあ、どうする?村雲九十九!)

 九十九がどう対処しようとも、どちらかの攻撃は当たる。そういう状況を作ったとスコールは思っていた。

 それに対して、九十九は僅かに両手を広げた姿勢で止まる。という、まるで諦めたかのような行動を取った。

(何もするつもりはない?いいえ、彼に限ってそれは無い。必ず何かある!)

 警戒を強めながら、なおも九十九に接近するスコール。次の瞬間−−

「広域慣性停止結界《世界(ディ・ヴェルト)》、発動」

 九十九のコールと共に『フェンリル』の装甲の至る所が展開、そこから()()()()()()()()()()

 

ピシッ!

 

 漆黒の光がスコールを包んだその瞬間、スコールとその前を行く《ソリッド・フレア》は突然その動きを止め、空中に縫い止められた。

「こ、これは……AIC!?なぜ貴方がこれを!?」

 困惑するスコールに、九十九は『我が意を得たり』とばかりのイイ笑顔で答えた。

「『フェンリル』の単一仕様特殊能力《ヨルムンガンド》は、エネルギー吸収能力。だが、その実《ヨルムンガンド》は真のワンオフ・アビリティから零れ落ちた、言わば劣化品だったんだよ」

 言いながら《ヘカトンケイル》を飛ばし、スコールの目の前の《ソリッド・フレア》を吸収する九十九。

「どういう……?」

「『フェンリル』の真のワンオフ・アビリティの名は《神を喰らう者(ゴッドイーター)》。対象のエネルギーと共にその能力を経験として学習し(喰らい)、自らにあった形の能力を創り出す、特殊能力を開発する特殊能力だ」

「なっ……」

「《ヨルムンガンド》の時から吸収し続けてきた経験は、たった今『ルプスレクス』へと進化した事で華開いた。感謝するよ、スコール。今回戦ったのがお前でなければ、進化はお預けだっただろうから。だから、これはその礼だ」

 絶句するスコールに九十九は指鉄砲を向けた。それに合わせて、右腕の展開装甲から漏れる光が黒から赤みを帯びた橙へと変わる。

 そして、スコールに向けいる指先には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「『フェンリル』流《ソリッド・フレア》……名を《火神(アグニ)》。受け取れ!」

 叫びと共に放たれたのは、スコールを丸呑みできる程の太さを持った熱線。AICに囚われて動く事のできないスコールは、直撃を受ける以外の選択肢を持たない。

「ああああああっ!!」

 超高温の熱線を受けたスコールの悲鳴が響く。九十九が《ディ・ヴェルト》を解除すると、スコールはそのまま地面に落ちた。

「く……」

 機体のそこかしこから煙を上げながら呻くスコールを見下ろして、九十九は溜息をついた。

「他にも披露したい能力があるんだが……これ以上は弱い者いじめだな」

 そう言うと、九十九はスコールから大きく距離を取り、彼女が立ち上がるのを待った。

「何の……つもり?」

「お前も『ゴールデン・ドーン』も既に限界だろう?だから、この一合を以て決着としたい。……受けてくれるか?スコール・ミューゼル」

 受けない筈ないよな?と目で訴える九十九に、スコールは僅かに相好を崩して答えた。

「上等」

「そう来なくてはな」

 互いに構えを取り、睨み合う事暫し。突風が地面の雪を巻き上げて互いの姿を隠した瞬間、二人は動いた。

「スコール・ミューゼル!」

「村雲九十九!」

「「覚悟!」」

 スコールは大剣を呼び出(コール)し、それにありったけの熱エネルギーを込めて突進。対する九十九は未だ無手。しかし、展開装甲から()()()()()()()()()()()()()()

(『純白』の光……まさか!?)

 スコールの脳裏に嫌な予感が駆け巡る。しかし、今更動きを止める事はできない。しかして、最上段から繰り出されたスコールの大剣の一撃は−−

 

パシュ……

 

 

 九十九の左手にいつの間にか現れていた、純白の光剣によって掻き消された。目の前で起きた現象に、スコールは「ああ、やはりそうだっか」と、納得と諦念の混ざった表情を浮かべた。

「……この一撃を、我が親友、織斑一夏に捧ぐ」

 呟きと共に、九十九が頭上で組んだ両手から、先程とは比べ物にならない程の大きさの光の大剣が顕現した。

「『フェンリル』流《零落白夜》……《零還白光剣(クラウ・ソラス)》!」

 振り下ろされた一撃を、スコールは無抵抗で受けた。光の剣がスコールと『ゴールデン・ドーン』を斬ったと同時、『ゴールデン・ドーン』は全てのエネルギーを失って消え、後には気を失って地に倒れ伏すスコールだけが残された。

 こうして、九十九とスコールの最終決戦は静かに幕を閉じたのだった。

 

 九十九とスコールの因縁が決着を見た、丁度その頃−−

「いや、死んでねえよ!」

「な、なんだ!?急にどうした一夏!?」

 自室で箒(本日の2人きり権獲得者)と過ごしていた一夏が突然立ち上がって裏拳ツッコミを入れた。その手の方向が北北東……北海道中央部に向いていたのは、多分に偶然だろう。

 

 

「ん……ここは……?」

「ラグナロクの輸送用ヘリの中だ」

 声の方にスコールが目を向けると、そこには憮然とした表情の九十九が座っていた。

「どうして……?」

「あのまま放置して、凍死されても寝覚めが悪いからな。心配するな、都内までだがちゃんと運んでやるよ。運賃は頂くがな」

 そう言って九十九が取り出したのは金色の太陽の意匠が施されたアンクレット。『ゴールデン・ドーン』の待機形態だ。

「っ……!?返−−」

「せ。と言うのは、お門違いだ。これは元々アメリカの物であってお前の所有物ではないのだからな」

「くっ……!」

 痛い所を突かれ、押し黙るしか出来ないスコール。お互い、話す事などないので無言の時間が続く。そこへパイロットから通信が入る。

『村雲さん、間もなく到着です』

「了解しました。スコール、降りる準備をしろ」

「……ええ」

 寝かされていた長椅子から身を起こして、スコールは着陸に備えた。

 

 降り立った場所はラグナロク専用倉庫群のヘリポート。大分外れだが『都内』である事には間違いない。

「じゃあ、ここでお別れだスコール。出来れば、二度と会う事はないように祈る」

「つれないのね。私は、貴方の事を気に入っているのに。()()()()()()()()()()()位には」

「私はお前が気に入らない。()()()()()()()()()()()程度には」

 言い合った後、感情は真逆なのに言っている事はほぼ同じだという事に気づいて笑うスコールと機嫌を損ねる九十九。

「ふふっ、やっぱり私達気が合うみたいね。出会い方が違っていたら、お友達になれたかしら?」

「『もしなら』や『たられば』の話をしても意味がない。私達は敵として出会い、敵として別れる。それだけだ。……ではな」

 踵を返し、ヘリに乗り込む九十九。飛び去って行くヘリを見上げながら、スコールは自身の身の振り方について思考を巡らせる。

 亡国機業(ファントム・タスク)にとって現時点で一番の不可触存在(アンタッチャブル)である九十九に散々ちょっかいをかけ、最終的に敗北した挙句に『ゴールデン・ドーン』を奪われた。となれば、スコールに最早組織での立場など無いに等しい。

 このまま組織に戻った所で、よくて一番下の地位まで降格。最悪、『相手が誰か分かっていながら引き止めなかった』という理由で、オータム共々『処分』されてしまうだろう。

(私は良い。けれど、オータムを巻き込む訳には行かない……。どうすれば……そうだわ!)

 思い悩むスコールに天啓が降りる。思い立ったが吉日と、スコールはオータムに電話をかけた。

『スコールか!?お前、大丈夫か!?今どこにいるんだ!?』

「落ち着いて、オータム。私は無事よ。負けちゃったし、ISも獲られちゃったけど」

『いいよ、お前が無事ならそれで……』

「でも、こんな事になった以上、最悪組織に『処分』されちゃうかもしれないわ。私も、貴方も」

『っ!?』

「だからね、オータム。私と一緒に−−」

 スコールがオータムに放った一言が九十九とスコールの道を再び重ねる事になるのだが、その事を九十九はまだ知らない−−

「……っ!?な、何だ?急に背筋に寒気が……また面倒事に巻き込まれるのか?私は」

 −−が、予感くらいはしていそうである。

 

 

 同日夜。IS学園1年生寮の自室にて、私はスコールとの戦いの顛末を語った。

「−−と、そんな感じでどうにか勝った。これが戦利品だ」

「「おーっ!」」

 私の手の中にある『ゴールデン・ドーン』の待機形態(金のアンクレット)を目を輝かせて見るシャルと本音。その処遇について一夏が訊いてきた。

「で、それどうするんだよ?」

「まずは社長に渡す。そこから社長の知人の米軍上級将校に手渡されてアメリカへ渡り、最終的には本来配備される筈だった部隊に初期化(イニシャライズ)を受けた上で再配備。か、『悪党の使っていた機体に用はない!』として、コアを残して廃棄処分。だろうな。まあ、あの『自国第一主義のおポンチ爺』なら、醜聞を避けるために迷わず後者を選ぶだろうが」

 手の中でアンクレットを玩びながら問いかけに答える。

「スコールはどうなると思う?」

「さてな。それは亡国機業の考え方次第だろう」

 私の予想では、良くて降格の上で閑職に回されて出世の目を完全に失う。最悪『処分』される。と思っている。

 だが、あのスコールがそうと分かっていて亡国機業に戻って行くか?と訊かれれば、私はこう答える。「断じて否だ」と。

 何故なら……非常に、非常に気に入らないが、アイツの思考回路は私によく似ている。私がアイツの立場なら、自身の持つ亡国機業に関する全ての情報と引き換えに、亡国機業の敵対組織かそれに近い組織に亡命を願い出る事を考える。

(私が考えつく事を、アイツが考えつかないとは思えない。アイツは多分、何処かでしぶとく生きていくだろうな……)

 スコールのこの後の多幸を願いつつ、私は最愛の女性達との取り留めの無い話を楽しむのだった。

 

 

 同時刻、某国某所。亡国機業お抱えの総合病院。その隔離病棟で、一人の女性がベッドの上で激しく身を捩っていた。

「んーっ!んぐーっ!」

「いかん!また暴れだした!」

「落ち着いてください!篠ノ之博士!」

「鎮静剤を持って来い!早く!」

「はい!」

 全身をくまなく包帯で覆われ、激しく暴れ回るからとベッドにベルトで拘束されているのは、かの『天災』篠ノ之束である。

 彼女には一般的な薬は効きが悪いのか、何度鎮静剤を投与してもそれから2時間もせずに目を覚まして暴れるため、医師達はその度に対応を求められていた。

 鎮静剤を打たれた束は暫く暴れていたものの、薬が効いたのかコトンと眠りに着いた。

「ふう……取り敢えずこれでよし」

「って言っても、また2時間位したら暴れ出すんでしょ?やってらんねえっすよ」

 溜息をつきながら肩を竦める若い医師に、年嵩の医師が苦笑しながらも叱責した。

「言うな。これも仕事だ」

「はいはいっと。にしても、酷いもんっすよね。天下の篠ノ之束、その美貌が台無しじゃねえっすか」

 病院に担ぎ込まれた彼女の姿を見た時、若い医師は驚愕し、困惑した。この顔面崩壊女が、あの篠ノ之束なのか?と。

 鼻骨単純骨折、左右頬骨亀裂骨折及び粉砕骨折、右下顎骨及び顎関節骨折、左眼下底骨亀裂骨折、右眼下底骨粉砕骨折、左上顎犬歯から第二大臼歯まで破砕並びに抜脱。同下顎第一小臼歯から第二大臼歯まで破砕並びに抜脱。右上下顎のほぼ全ての歯の破砕並びに抜脱。

 右膝蓋骨及び関節部粉砕骨折、十字靭帯はじめ膝周辺の靭帯の部分、ないし完全断裂。その他、全身に擦過傷、打撲傷、裂傷多数。

 手術を施しても、顔面は最低限の修復が限界。右膝関節は修復不能。大腿部から切断し、機械義足に替える方が現実的。

 これが、束に下された診断内容だ。しかも、これらの怪我は全てたった一人の()()()()()によってつけられたと、束を運んできたエージェントは言っていた。少年の名は村雲九十九。現在の亡国機業において、特一級の不可触存在である、と。

「確かあの人、自分の事を『人間を超えた人間』とか『細胞単位でオーバースペック』とか言ってたんでしょ?そんな人を一方的にボコボコにするとか、何すかそいつ?『人間を辞めた人間』すか?『遺伝子レベルでオーバースペック』とか言っちゃうんすか?」

「知らん。ただ、俺が前線に立つ兵士だったとして、正直そいつの相手はしたくないな」

「……っすねぇ」

 二人は、自分達が九十九にかかって行き、鉄拳一発で撃倒(ワンパンでオシャカに)されるのを想像してブルリと震えた。

 その時、自室で九十九が盛大なくしゃみをしたらしいが、因果関係は不明である。

 

 数日後、ようやく落ち着いた束を、彼女の養女にして現状唯一の部下であるクロエが見舞った。

「束様、あの時はお役に立てず、申し訳ございませんでした」

「いいよ、くーちゃん。止めきれなかった私も悪いし、お互い様だよ」

「ですが−−「ねえ、くーちゃん」……はい」

 未だ包帯に覆われたままの顔をクロエの居る方に向け、束は問うた。

「あの男……村雲九十九にもう一回仕掛けてきてって言ったら……できる?」

「それ、は……」

 その問いに、クロエは即答出来なかった。《ワールド・パージ》の逆流によるイメージの中でとはいえ、九十九に一撃で顔面を粉砕され、明確な死を感じ取った身としては、彼の前に立つのは相当の恐怖感があるのだ。

 言い淀むクロエに、束は「そっか……」と漏らすと、天井に顔を向け直した。

「傷が癒えたら、()()を完成させないとね」

「束様、アレとは……?」

「私の、私による、私のためのIS『天災(カタストロフィー)』。……村雲九十九は、私をこんな目に会わせたあの男は……私が殺す」

 初めて感じる束の本気の殺意にクロエは身震いしながらも、心中で最後まで付いて行く覚悟を決めるのだった。

 終わりの始まりは、すぐそこまで迫っていた。




次回予告

唐突に届いた手紙、それは大統領からの招待状だった。
曰く『直接礼を言いたいから米国(ウチ)に来てくれ』
それは、冬休み最後にして最大の事件の幕開けを告げるベルとなる。

次回「転生者の打算的日常」
#87 米国之招待

君を米国空軍に迎え入れたい!どうかね!?

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