転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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一話に詰め込むと長くなり過ぎそうなので、前後編に分けました。
まずは前編をどうぞ。


#85 魔狼対金旭(前編)

 12月26日、未明。日本某所、亡国機業(ファントム・タスク)のセーフハウス。

「で?兎の様子はどうなんだよ?スコール」

 ベッドの上で睦み合いながら、オータムは何気なくスコールに問いかけた。

「命に別状はないわ。ただ、間違いなく女としては死んだわね。顔の骨が粉々になって、歯も殆ど抜けたらしいから」

「…………」

 スコールの物言いに、オータムは以前(#73)九十九に踏み折られた自身の鼻が幻痛を訴えたのを感じ、鼻に手をやった。

 スコールはそっとその手を取り、微笑みを浮かべてオータムに告げる。

「大丈夫、そのくらいの事で嫌いにならないわ」

「……知ってる」

 そう言うと、オータムは自らの唇でスコールのそれを塞いだ。

 何時までそうしていただろうか。二人はどちらからとも無く、唇を離した。互いの口の端から伝う銀の橋が、互いの愛の深さを物語っていた。

 スコールは若干の名残惜しさを振り払ってベッドから下り、脱ぎ捨てた服を身に着けた。

「行くのか?」

「ええ。彼と決着を着ける約束をしたのだから、行かないって選択肢は無いわ」

「なあ、何でそこまであのガキに拘るんだ?」

「……さあ、どうしてかしら?でも、私は彼に言い表し難い『何か』を感じているのは確かよ。無理矢理言葉にするなら、そう−−」

 

 同時刻。IS学園一年生寮、九十九の自室。

「じゃあ、行ってくる」

「うん。九十九、勝ってね」

「絶対に無事に帰ってきてね」

「ああ、約束だ」

 準備万端整えて、私はシャルと本音に出立の挨拶をした。スコールが今何処にいるかは知らないが、恐らくもう現地に向かっているはずだろう。

 男として、何より決闘を望んだ(デートに誘った)身として、決戦の地(待ち合わせ場所)に遅れる訳にはいかない。

 シャルと本音に一時の別れを告げて寮の外へ出ると、一夏とラヴァーズ、そして千冬さんが揃って待ち構えていた。

「行くのか?九十九」

「ああ、彼女と決着を着ける約束をしたんだ。行かないという選択肢は無い」

「何でそんなにスコールを目の敵にするんだ?」

「……何故だろうな?ただ、私が彼女に言い表し難い『何か』を感じているのは確かだ。強引に言葉にするなら、そう−−」

 

 この時、九十九とスコールの放った一言は、奇しくも意味合いとしては真逆だった。曰く−−

 

「親近感……かしらね」

「同族嫌悪……だな」

 

 

 12月27日、早朝。ラグナロク・コーポレーション第三野外演習場。

 北海道中央部、大雪山の麓、四方25kmに渡る広大な土地を誇る、ラグナロク所有の演習場の中で最大規模の場所だ。

 今の時期は降りしきる雪と高出力の電柵に閉ざされ、野生動物は近寄って来ない。更に、演習場外縁部の周囲15km圏内に集落は一切なく、人の往来も無い。まさに陸の孤島と言える場所である。

 そんな所に、ISを纏った一組の男女が、一触即発の雰囲気を漂わせて宙に浮いていた。

 一人は私、村雲九十九。もう一人は……。

「来てあげたわよ、村雲九十九くん」

「態々のお越しに感謝しよう、スコール・ミューゼル」

 

バチッ!

 

 二人の間の空間に火花が散った。しばらく無言で睨み合いを続けていたが、やがてどちらからとも無く得物を呼び出(コール)し、戦闘態勢に入った。

「決着を着けるぞ、スコール。互いの因縁に」

「ええ、ここで終わらせましょう、村雲九十九」

 戦場に突風が吹き、地面の雪を巻き上げて互いの姿を一瞬隠す。地吹雪が晴れたその瞬間に私達が取った行動は全く同じだった。即ち、『開幕と同時に相手に突撃』である。

 

ガキィンッ!

 

 私の《レーヴァテイン》とスコールの大剣がぶつかり合って火花を散らす。そしてそのまま鍔迫り合いへと縺れ込む。

「全く同じ戦法とはね。あまり嬉しくない気の合い方だわ」

「それはこっちの台詞だ……!」

 互いの剣の鎬がギリギリと削れ合う音が響く。そんな中、スコールが艷やかな笑みを浮かべた。背筋に冷たい物を感じた私は、全速力で後退。直後、さっきまで自分の頭があった場所を爆炎が焼いた。

「今のは……!」

爆炎舞踊(バレッテーゼ・フレア)。《プロミネンス・コート》を応用した、空間指定爆破攻撃よ」

 嫌な汗が頬を伝う。空間座標を指定して、そこをピンポイント爆破出来るという事は−−

(脚を止めての接近戦は危険!)

 そう判断した私は、すぐさま高機動戦用パッケージ《フレスヴェルグ》を装着。一撃離脱戦術(ヒット&アウェイ)を試みる。

 もし、『ゴールデン・ドーン』の炎熱操作ナノマシンの性能が『ミステリアス・レイディ』の水分操作ナノマシンと同程度なら、ナノマシン一機あたりが貯蓄できるエネルギー量で移動できる限界は、自機の半径300m圏内のはず。ならば−−

(それ以上離れた距離から攻撃を叩き込む!)

 《フレスヴェルグ》専用の複合兵装《グラム》を呼び出し、電磁投射砲(リニアレールガン)をスコールに撃ちかける。

 しかしそれは、『ゴールデン・ドーン』の攻性防御結界《プロミネンス・コート》に容易く阻まれた。

「そんな攻撃じゃあ、私には届かないわよ?」

「ならば、これならどうだ?」

 装填されているマガジンを外し、新しいマガジンを再装填。再びスコールに狙いを定めて発射。放たれた弾丸は《プロミネンス・コート》を突き破り、『ゴールデン・ドーン』の装甲を大きくに抉った。

「っ!?これは……!」

 驚きに目を見開くスコールの隙を見逃さず、更に電磁投射砲を叩き込む。スコールはやや慌てたように回避行動に入った。

「《プロミネンス・コート》が蒸発させ切れない金属……。まさか、タングステン!?」

 驚くスコールにニヤリと笑みを浮かべる事で返す。

「悪い笑みね……けど、甘いわ!」

 対スコール用に用意した超耐火性金属(タングステン)弾《火蜥蜴(サラマンダー)》は、一定の成果を上げた。しかし、決定打とはなり得なかった。

 何故か?それは、どうあれタングステンが『重い』からだ。

 弾体が重いという事は、着弾時の衝撃力や貫通力が上がる分、弾速が大きく落ちる。超一流のISパイロットともなれば、その弾速の差が勝敗を分ける事もある。

 そして、スコール・ミューゼルという女は間違いなく超一流だ。事実、《グラム》の電磁投射砲の連射をいとも容易く回避してのけている。直撃したのは最初の一、二発だけで、あとは精々掠る程度。既に慣れられたと思っていいだろう。

「もう《グラム(これ)》は通じないか……」

 全武装の中で最大の射程範囲を誇る《グラム》が通じないとなると、自然その戦闘距離は中距離(150〜200m)になる。そうなると、小回りが利かない《フレスヴェルグ》は邪魔でしかない。ならば最大戦速で突っ込む!

「ヤケになっての突撃……いえ、貴方に限ってそれはないわね!」

「バレたか!だがこの距離なら躱せまい!《フレスヴェルグ》、強制排除(パージ)!」

 ギリギリ離脱できる距離まで近づいての外部装甲ばら撒き攻撃(アーマーパージアタック)。それなりの質量を持った金属塊がスコールに向かって殺到する。

「味な真似を……!」

 回避は間に合わないと判断したか、スコールはその場に足を止めて《プロミネンス・コート》を前方一極展開で防御する。それを見ながら慣性に任せてスコールの背後に回り、《ケルベロス》を呼び出して一斉射撃を仕掛けに行く。

「コレでも食らえ!」

「させると思って!?」

 言って、片手をこちらに向けるスコール。その手から小粒だが大量の《ソリッド・フレア》が撒き散らされた。

 攻性使用と防性使用の同時並列運用だと!?そんな事、楯無さんにも出来ないってのに!

「ちいっ!」

 襲い来る《ソリッド・フレア》を一掃するため、《ケルベロス》をかなり強引に振り回しながら撃つ。《ミョルニル》程ではないにしても、コイツも重量級なのだ。

 放たれた弾丸と《ソリッド・フレア》がぶつかる度に、派手な爆音が轟く。威力よりも数の多さを、対象への攻撃よりも目晦ましを目的にしたような攻撃だった。密度の濃い爆煙がスコールの姿を隠していく。

(しまった!これが奴の狙いか!)

 視界から完全にスコールが消える。しかもこの爆煙、索敵阻害粒子(チャフ)が混ざっているのかセンサーが酷く鈍い。

「くっ、何処に……!?」

 

ゾクッ!

 

 寒気が背筋を這い上がる感覚。スコールが殺気を飛ばして来たのだ。感覚を信じて《ケルベロス》を捨て《スヴェル》を呼び出し、寒気を強く感じた方に構える。

 直後、《スヴェル》を爆破の衝撃と強烈な熱波が襲った。あと少し反応が遅れていたら、間違いなくローストにされていただろう。

「あら、残念。仕留めたと思ったのに」

 風に流されて煙が晴れた先に、笑みを浮かべてクスクスと声を漏らすスコールがいた。

「よく言う。あれだけ強烈な殺気を事前に放っておいて」

 焼け焦げた《スヴェル》を下げながらスコールを睨む。……あの笑みを見ていると酷く腹立たしい。まるで、悪戯に成功した()()()()()()を見ているような気分になる。

「……さて、そろそろ様子見は終わりにしましょうか。気付いてる?そこはもう、私の攻撃可能範囲(テリトリー)内だって」

「っ!?」

 笑みを深めるスコール。次の瞬間、私の周囲を橙色の光が包み始めた。

(拙い!)

 包囲が完了する一瞬前に、どうにか瞬時加速(イグニッション・ブースト)で脱出に成功するものの、スコールの手番(ターン)はまだ続いていた。

「あら、惜しい。なら、こういうのはどう?」

 

パチンッ!

 

 スコールが指を鳴らすと、大小様々な橙色の光の球体が私を取り囲むように現れた。

「さあ、踊り狂いなさい。爆炎が彩るステージで!」

 爆発、爆発、また爆発。轟音が耳を劈き、爆炎が肌を焼く。回避をしようにも球体の密度が高過ぎて何処に行っても球体がいるという状況に焦りが募る。

(ええい、鬱陶しい!こうなったら、やるしか!)

 まだ出すつもりはなかったが、この状況を打破するには()()を出すしかない。

 

キイインッ……!

 

 甲高い音と共に現れたそれは、私の周囲にあった球体を吸収した。エネルギー吸収の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)『ヨルムンガンド』を発動した《ヘカトンケイル》を見たスコールが、『やっとか』という表情を作った。

「あら、やっと本気を出す気になったのね」

「ああ、もう出し惜しみなどしていられんからな。……行くぞスコール。エネルギーの貯蔵は十分か?」

「……そちらこそ、行動不能化(ゲームオーバー)までの時間は如何ほど?」

 空間を埋め尽くす光の球体と《ヘカトンケイル》の群れ。私とスコールの戦いは、佳境へと差し掛かっていた。

 ここから先はスコールとだけでなく、時間とも勝負する事になる。……私は、勝てるのか?いや、勝たねば。勝って、無事に帰ると約束したのだから!

 

 

 設置、爆破、吸収、開放。九十九とスコールが互いの最大戦力を使っての戦いは千日手の様相を呈していた。しかし、九十九に余裕というものはなかった。

「3分経過。そろそろ頭痛が無視できなくなってきた頃かしら?」

「くっ……!」

 スコールの指摘に九十九の表情が曇る。実際、九十九の頭には締め付けるような鈍い痛みがひっきりなしに襲って来ている。

(耐えろ、この程度の頭痛で思考を鈍らせるな!)

 歯を食いしばり、襲い来る頭痛に耐える九十九。スコールの《バレッテーゼ・フレア》を寸前で躱し、時折飛んでくる《ソリッド・フレア》を《ヨルムンガンド》にて吸収、直後に《ミドガルズオルム》でスコールにお返しする。

 《ヨルムンガンド》モードの《ヘカトンケイル》を飛ばし、それをスコールが《プロミネンス・コート》を展開しつつ回避、の繰り返し。状況は九十九の劣勢で推移していた。。

「5分経過。大丈夫?随分顔色が悪いわよ?」

「余計な心配だ!」

 スコールの問い掛けに怒鳴るように返す九十九。だが、その顔は明らかに無理をしているように見えた。

(頭痛が更に激しくなった……視界がボヤける……思考と行動のタイムラグが大きくなってきている……そろそろケリをつけないと、本当に拙い!)

 九十九の動きは、常から見て明らかに悪くなっていた。先程から《バレッテーゼ・フレア》を躱し切れなくなり始めているのが、スコールにははっきりと見て取れた。

「7分経過。いつもの余裕ある笑みはどうしたのかしら?村雲九十九くん?」

「うる……さいっ!」

 挑発に挑発で返す余裕など、今の九十九にはない。躱し切れなかった爆炎が肌を焼く感覚に、叫びそうになる己を必死に抑え込んで、《ヘカトンケイル》をスコールへ飛ばす。しかし、この時九十九は飛ばした《ヘカトンケイル》に《ヨルムンガンド》を発動させる事を失念していた。

「雑で直線的な攻撃。おまけに単純なミス。……全く貴方らしくないわね」

 溜息をつきながら、スコールは《ヘカトンケイル》を《プロミネンス・コート》で受け止めた。それ程耐熱性が高くない《ヘカトンケイル》達は、炎の結界に触れてドロドロと融け落ちた。

「8分経過。……ねえ、貴方の眼、ちゃんと見えてる?焦点が合ってないようだけど?」

「黙……れ……!」

 もはや怒鳴り返す余力もない程に消耗している九十九に、スコールは溜息をつくと急接近、九十九の腹に拳を叩き込んだ。

「がっ……!」

 息が詰まり、嗚咽を漏らす九十九の耳元で、スコールは呟いた。

「大分ゆっくり近づいたのにこの有様。残念だわ、もっと粘ってくれると思っていたのに」

 くの字に曲がった九十九の脳天に踵落としを見舞うスコール。九十九はさしたる抵抗も出来ずに地面に落ちた。

「く……っ!」

「……これ以上は弱い者イジメね。名残惜しいけど、これで終わりにさせて貰うわ」

 言って、スコールは地面に倒れた九十九に向けて右手を突き出す。その手の先で、最大威力の《ソリッド・フレア》が形成されていくのを、必死に体を仰向けにした九十九は見た。

「さようなら、村雲九十九」

「まだ……だ。まだ、終わらんよ!」 

 抵抗の意思を見せる九十九が行ったのは、スコールに向けて両腕を突き出すというものだった。スコールにはその意味が一瞬理解できなかったが、九十九の手元にスコールが形成している物と全く同じサイズの《ソリッド・フレア》が形成されたのを見て、九十九の意図を悟った。

 九十九は《ソリッド・フレア》を《ソリッド・フレア》で相殺しようとしているのだ。だが、スコールには解せなかった。九十九の単一仕様特殊能力《ヨルムンガンド》の派生能力である《ミドガルズオルム》は−−

「あくまでも吸収したエネルギーをそのまま返す能力のはず。貴方、吸収した《ソリッド・フレア》はすぐに返していたわよね?どうして……」

「『ゴールデン・ドーン』の第3世代兵装は、炎熱操作ナノマシン。つまり、攻撃・防御双方に使われるエネルギーは()()()()()という事になる。なら、お前が防御に回したエネルギーを吸収し、攻撃的エネルギーとして返す事も出来るのではないかと考えてやってみたが……土壇場の思いつきも、案外馬鹿に出来んな」

 ククク。と喉を鳴らす九十九だが、自身が未だに窮地に陥ったままである事は理解していた。

(吸収したエネルギーは全て注ぎ込んだ。頭痛と疲労で満足に体も動かない。これで彼女を落とせなければ、私に逆転の目はない)

「正真正銘、最後の一撃だ。受けてくれるよな?スコール・ミューゼル」

「当然」

 数秒の沈黙の後、互いが互いに《ソリッド・フレア》を放つ。衝突した火球は僅かの拮抗の後、爆ぜた。

 瞬間、この日最大の爆炎と爆音が大雪山の麓に鳴り響いた。

 

 

 同時刻、亡国機業セーフハウス。

 

ピシッ……カラン

 

「……スコール……?」

 オータムの目の前で、スコール愛用のショットグラスが突然罅割れた。

「嘘だよな……?ちゃんと戻ってくるよな?スコール……」

 オータムは嫌な予感がするのを誤魔化そうと、いつもより酒を多く呷り、そのまま潰れるのだった。

 

 一方、IS学園1年生寮、九十九の自室。

 

ガタンッ!ドサドサッ!パリンッ!

 

「「えっ!?」」

 シャルロットと本音の目の前で、九十九が特に気に入って大事にしている猫グッズを並べた棚が突然倒れ、乗っていた縫いぐるみが落ち、食器が割れた。

「しゃ、しゃるるん。これって……?」

「考えちゃダメだよ、本音。とりあえず片付けよう」

 不吉な予感を拭おうと、シャルロットと本音はいつも以上に頑張って部屋の掃除をしたが、それでも心は晴れなかった。

 

 

「所詮付け焼き刃、大した事なかった……とは言えないわね。……ゴホッ」

 深く息をしながら、スコールは呟いた。『ゴールデン・ドーン』は《ソリッド・フレア》同士の衝突・爆発の影響をモロに受け、装甲の一部が融解、スコール自身も襲って来た衝撃波に全身を叩かれ、体内外に大きくダメージを受けていた。

 一方、九十九はと言うと−−

「…………」

 スコール同様、爆炎と衝撃波によって多大なダメージを負い、《ヘカトンケイル》操作による頭痛と疲労も相まってか、完全に気を失っていた。

「これで決着、ね。消化不良感は否めないけれど」

 スコールは、九十九なら自分をもっと驚かせ、慌てさせる策を講じてくれると思っていたのだが、見せなかったのか、見せられなかったのか、そんな素振りは全く無かった。

(私に近い思考回路の持ち主である君なら、ひょっとして……とも思ったけれど)

「思い違いだったかしら……まあいいわ。それじゃあ、今度こそ()()()()()()()

 九十九に別れを告げ、右手にもう一度《ソリッド・フレア》を生み出す。気絶している上に『フェンリル』のエネルギーも既に限界に近い状態なら、今出せる程度の熱量でも確実に九十九を葬れる。

 スコールは、少しだけ寂しげな表情になった後、《ソリッド・フレア》を九十九に投げた。

 

 

(暗い……。ここは……何処だ?)

 体の感覚が無い。開けているはずの目には何も映らず、自分の呼吸音すら聞こえない。何より、酷く眠い。

 そこでふと、自分が最後にスコールと《ソリッド・フレア》の撃ち合いをした事を思い出す。

(ああ、そうか。私は負けたのか)

 自覚すると、猛烈な疲労感と睡眠欲が鎌首をもたげてきた。

(もう疲れた……このまま眠ってしまいたい)

『主よ』

 寝落ちしてしまいそうな私に声をかけてきたのは、一人の女戦士。

 両手足を灰銀の毛皮で覆い、銀の胸甲を身に着け、狼の意匠の兜を被り、右手に剣を、左手に銃を携えている。私のIS『フェンリル』が、深層世界で具象化した姿だ。

(『フェンリル』か……。すまないな、こんな主人に付き合わせて。お前も疲れたろう。もう休め。私も……休むから)

『主よ、()()()()()()()?』

(!?)

『本当に、それでよいのか?』

 『フェンリル』の言葉を受けて、私の脳裏にシャルと本音と交わした約束がフラッシュバックした。

 

『九十九、勝ってね』

『絶対に無事に帰ってきてね』

 

(そうだ、私は二人に、必ず勝って帰ると約束したんだ!こんな所で寝ている場合ではない!)

『そうだ、主よ!立ち上がれ!さすれば私は、主に真の姿と力を見せよう!』

(なに?)

『主よ。我等は既に幾度となく死線を超えた。それは大いなる学習であり、得難い経験だ。そしてたった今!それは遂に壁を破るに足る物となった!』

(つまり……!)

『私の力は、次の段階へ進む!先へ進んだ我が力、使いこなせるか?主よ』

(全く、思い切り煽ってくれる。一体誰に似たやら)

『お前さまだ。主よ』

(ふ……。行くぞ『フェンリル』付いて来い。勝ったつもりのあの女に、ギャフンと言わせてやる!)

『勿論だ、主よ。主の願いは我が願い。どこまでも供をしよう!』

 瞬間、暗闇に光が刺した。

 

 

 

キイインッ……!

 

「これは……!?」

 今まさにとどめを刺さんと《ソリッド・フレア》を投げた瞬間、目の前の『フェンリル』が突然光を発し始めた。

 それと同時に、まるで『邪魔をするな』と言わんばかりに、光の結界が『フェンリル』を覆った。結界に衝突した《ソリッド・フレア》は、結界を小揺るぎさせる事すら出来ずに消えた。

 そして、結界の中では、バチバチと紫電を上げながら『フェンリル』がそのシルエットを変化させていた。その光景に、スコールは驚愕の呟きを漏らす。

「これは、まさか……第三形態移行(サード・シフト)!?」

「うおおおおっ‼」

 九十九の咆哮と共に光が弾けた。視界が奪われる程の眩い光が収まると、そこにはこれまでの姿とは全く異なる『フェンリル』を纏った九十九が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。

「ありがとう、と言うべきかなスコール。お前のおかげで、私達はもう一つ(きざはし)を登れた」

「っ……!」

「礼はさせて貰うよ。ここから先はこの私、村雲九十九と『フェンリル・ルプスレクス』の手番(ターン)だ……ずっとな!」

 

 遂に最終進化を遂げた『フェンリル』と九十九の逆撃が、今まさに始まろうとしていた。




次回予告
進化を遂げた狼王。その力は『喰った相手の力を使える』という規格外の物だった。
狼王を従えた魔法使いは、旭の魔女を追い詰める。
戦いの結末は、すぐそこに見えている……。

次回「転生者の打算的日常」
#86 魔狼対金旭(後編)

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