転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#83 白之復活

 光の奔流が収まった時、そこに一夏の姿は無かった。

「一……夏……」

「ウソ……でしょ?」

「…………」

「そんな……そんな事って……!」

 それぞれが絶望に満ちた声を上げるラヴァーズ+1。その姿を見ながら、私の思考は急速に回転を始める。

(私の最後の原作知識では、篠ノ之束はマドカに対して『一夏を討て(要約)』と言っていた。彼女の中で、一夏の特別性が無くなった可能性は考えていたが……)

 今回の件、与えられた情報(軌道衛生砲のスペック)が故意に捻じ曲げられていたとすれば、それができるのは誰か?

 『エクスカリバー』の暴走が仮に何者かによる仕込みだとして、それができるのは誰か?

 暴走した(させた)『エクスカリバー』に亡国機業(ファントム・タスク)を向かわせて捕縛させ、私達が出張らざるを得ない状況を作る。それができるのは誰か?

(それら一つづつならば、できる人間は多い。だが、全てをできるのは……一夏を、自らの手を汚さずに殺せるのは、たった一人)

 その人物の顔が脳裏に浮かんだ瞬間、燃えるような怒りと共に、頭が急速に冷えていく感覚を覚えた。

「間違いねえ……これはあいつの仕業だ」

 ()はすぐさま、『フェンリル』の特殊回線から千冬の携帯に電話をかけるのだった。

(何のつもりだったのか、確かめさせて貰うぞ。クソ兎!)

 

 

「…………」

 施設内の廊下を、千冬は走るような速さで歩いていた。その表情は、怒り一色に染まっている。

「束!」

 そして、目標の人物の元へと辿り着いた。

「あ、ちーちゃん。どうしたの?」

 休憩室のテーブルにつき、カフェラテを飲みながら、何でもないように笑みを浮かべている。

「んー、やっぱ機械で淹れたのはダメだね。こういう時にクーちゃんがいるとすっごく嬉しいんだけどなぁ」

 現在別行動中のクロエの事を考える束。そのどこまでもマイペースな態度に、千冬の堪忍袋の緒が切れた。

「ふざけ−−」

 

prrrr prrrr

 

 千冬が束に掴みかかろうとした瞬間、千冬の携帯が鳴った。こんな時に一体誰だと、苛立ちを隠さずに千冬が画面を見ると、そこには『村雲九十九(from IS)』と表示されていた。

「村雲か、悪いが今忙しい。急ぎの用でないなら後で『()()、そこに博士はいるか?』っ!?あ、ああ」

『替われ』

「……分かった」

 九十九の極寒と灼熱を足して割らない声音に、千冬は自分の中にあった怒りが粉々になったのを感じた。

(ああ、そうだよな。あんな事になって、こいつがこうならない筈が無い)

「ちーちゃん?どうしたの?」

「束、お前に電話だ」

 さっきまでの怒気が欠片も感じられない、落ち着いた物言いの千冬を訝しみながらも、束は差し出された電話を受け取る。

「はい、もしもし?どこの誰か知らないけど、今ちーちゃんと大事なお話『篠ノ之束』……っ!?」

 名を呼ばれた。たったそれだけの筈なのに、束は自分の心臓を何者かに鷲掴みにされたような錯覚に陥った。

『俺の質問に答えろ。虚偽は一切許さない。この計画を立てた(絵を描いた)のは、お前か?』

「そう……だよ」

 背中から嫌な汗が吹き出し、着ている服を濡らしていくのが分かる。これまでに感じたあらゆる恐怖感とは一線を画す圧倒的な威圧感と恐怖が、束を襲っていた。

 不意に、束は千冬が怒りを収めた訳に気がついた。人は自分と同じ感情に支配された人間を見る事で、自分の感情の醜さに気づいてそれを収める事がある。

 千冬は、電話の相手の自分は元より周りの全てを凍てつかせ、焼き尽くすような怒りの感情を受けたからこそ、己の感情を収めたのだ、と。

『そうしたのは、何の為だ?包み隠すな、言え』

「生贄、だよ」

『生贄?』

「そう。ちーちゃんに表舞台に出て来て貰うための生贄。今回は、それが偶々いっくんだったってだけ」

『つまり、他の誰でも別に構わなかった、と?』

 電話の向こうの威圧感と怒りのボルテージが一段上がったのを感じながら、束は質問に答えた。

「うん。あ、でも箒ちゃんは別かな。他ならホントに誰でも良かったし」

『……そうか。なら……篠ノ之束。これからお前は、俺の敵だ!』

 

P!

 

 ありったけの怒気を込めた叫びを最後に切れた電話。束は威圧感と恐怖から解放されたと分かった瞬間、その場にへたり込んだ。

「束」

「ちーちゃん、あいつなんなの?」

「村雲九十九。私の弟分で、私がこの世の誰より……怒らせたくない男だ」

 

 

 

P!

 

「すうう……ふうう……」

 電話を切り、身を焦がす怒気を一旦収めるため、大きく深呼吸を繰り返す。何度か繰り返すうちに、怒りは極限まで収まった。ただ、あくまでも収まっただけであり、対象を目にすれば即座に爆発する危うい状態ではあるが。

「九十九、大丈夫?」

「一応問題ない。()のこの怒りと不甲斐なさは、『エクスカリバー』にぶつけさせて貰う。半分八つ当たりだがな」

「そう、なら良い……のかな?」

「いいって事にしといてくれ。……山田先生、織斑先生からの指示を仰ぎたい。何か伝令を受けてないですか?」

『……はい、総員ステルスモードで警戒宙域に潜伏。『エクスカリバー』の次回射撃位置(ゼロ・カウント地点)の割り出し完了後、攻勢をかける、との事です』

「了解。『アフタヌーン・ブルー』の方は?」

『稼働状況は良好です。ですが……オルコットさんの精神グラフに乱れが出ています』

「やはり……そちらは彼女自身に任せるしかないでしょう。こちらも、どうにかあいつらにやる気を出させてみます」

 チラと顔を向けた先、そこには目の前で最愛の人(一夏)を失った事で絶望に打ち拉がれる箒達がいた。

「織斑先生から指示が来た。各機、突撃準備を整えろ。作戦開始は30分後だ」

 私は三人に、敢えて感情を込めず淡々と告げた。三人……正確には箒と鈴は、私の言葉を心ここに有らずといった様子で聞いている。ラウラは比較的しっかり聞いていたが、やはり精神的ダメージは大きいようだ。

「おい、聞いているのか?」

 私がそう言うと、二人はゆっくりと私に顔を向けた。

「私は……無理だ。《絢爛舞踏》も、起動しそうにない……」

 箒は項垂れて言った。

「そうか……」

 箒の言葉に私は頷くと、その額に《狼牙》を突き付けた。箒の目が驚きに見開かれる。

「九十九!?何を……?」

「なら、ここで死ぬか?私は御免被るがな」

《狼牙》の撃鉄をゆっくりを起こす。それに怒りを覚えたのか、鈴が私を怒鳴りつける。

「ちょっと、いい加減にしてよ!一夏が……一夏が死んだっていうのに!アンタは平気なわけ!?」

「平気なわけ無いよ!」

 鈴の糾弾に声を荒げたのはシャルだ。

「聞いてなかったの!?それとも聞く気力すら無かった!?九十九はね、ついさっきまで激昂モードだったの!篠ノ之博士の最低で身勝手な計画を聞いて、あの人に宣戦布告までしたんだよ!?そんな九十九が、一夏が死んで平気なわけ無いじゃないか!」

 目に涙を浮かべて叫ぶシャル。その言葉に疑問を持ったのはラウラだ。

「待て。シャルロット、お前今『博士の最低で身勝手な計画』がどうとか言ったな。どういう事だ?」

「それは−−「今はどうでもいい事だ」九十九……」

 シャルが何か言おうとするのを、私は強めに遮った。

「あいつに後を頼まれた。私は任されたと言った。ならば、今やるべき事は一つだ」

 一夏は、私ならきっと上手くやると思ったからこそ、私に後を託すと決めたのだ。だがそれは、私にとって残酷な決断だ。

(お前の為に、涙を流す事すら許してくれんのだな……。恨むぞ一夏)

 だが、恨みを向けるべき相手はそこにいない。ならば、あいつに私ができるせめてもの弔いは−−

「『エクスカリバー』を破壊し、もって一夏への手向けとする」

「分かった……」

「わかったわ……」

「いいだろう」

「うん」

 私の言葉に、皆が一様に涙を拭って前を見つめる。その先には『エクスカリバー(破壊目標)』の姿がある。

「よし、では再度作戦を確認する。私達は『エクスカリバー』に突撃、その間に地上のセシリア達が狙撃による超長距離破壊を試みる。突撃班の内部侵入、ないし狙撃班の攻撃のいずれかが成功すれば、作戦は完了だ。いいか?」

 こくりと頷く四人。その目には、何としても作戦を成功させるという決意の炎が輝いていた。

 

BEEP! BEEP!

 

 ところが、その決意に水をさすように大きな警告音が鳴り響いた。

『『エクスカリバー』に動きあり!高エネルギー反応……!各機、すぐに突撃を!』

 慌てたような声音で山田先生が指示を出す。当初の予測より1時間以上早いエネルギーチャージに、地上班も混乱しているようだ。

『こちらは織斑千冬だ。作戦時間を繰り上げる。各員はそれぞれの役目を果たせ。以上だ』

 その冷徹な声が、作戦開始の合図となった。

 

 

 一方、地上・『アフタヌーン・ブルー』内部。

「お嬢様、ご決断を」

 一夏を喪った悲しみから呆然自失していたセシリアは、チェルシーから声をかけられた事で我に返ると、すぐに状況の確認に入った。そして、今自分が集中できないのであれば、『ブルー・ティアーズ』抜きで作戦を行う事も理解した。

「時間がありません」

「わかっていますわ。わたくしは大丈夫。やりましょう」

「それでこそです、お嬢様」

 主従のやりとりを見ながら、一人面白くなさそうにしているのはマドカだ。

「ふん。お前がいなくても成立するのだがな」

「言ってくれますわね」

 挑発に乗ると見せかけて、セシリアは展開(オープン)済みの『ブルー・ティアーズ』にさっさと乗り込んだ。

「行きますわよ」

「上等」

「流石はお嬢様」

 マドカとチェルシーもそれぞれのISに乗り込む。それと同時に『エクスカリバー』の攻撃予想時間のタイマーが表示された。

「あと10分……ぎりぎりの勝負ですわね」

 それでも、セシリアはもう後ろを振り向かないと決めた。悲しみを振り切った先にある決意に、彼女もまた到達していたのだった。

 

 

「ラウラ!一時後退!『絢爛舞踏』のエネルギーを受け取れ!」

「了解だ!」

 『エクスカリバー』の支配宙域、ゼロ・カウント地点では、『エクスカリバー』と突撃班の激しい攻防戦が繰り広げられていた。IS5機による波状攻撃。しかし、それは『エクスカリバー』まで届かない。射出された子機が、ビットのように襲いかかってくるのだ。

「くっ、このままでは……!」

「どうすんのよ九十九!これじゃ近づくこともできないじゃない!」

「分かっている!考えてもいる!だが時間が足りん!」

「でも、このままじゃジリ貧だよ!?」

「今は信じるしかあるまい!セシリア達を!」

 私達の連携は決して手慣れているとは言えないだろうが、ぎこちなさを超えるだけの意志は持ち合わせている。だが、それでもまだ届かない。

(くそっ!熱線の射撃間隔が予想より遥かに短い!これでは攻撃を掻い潜る事すらままならん!)

 どうする!?どうすればいい!?と、考えている間にも、『エクスカリバー』の子機が熱線を吐き出し続ける。

「ぐあっ!」

 それらはラウラを集中的に狙って来ている。パーティーの中で最も戦闘に慣れている戦力を削りに来ているようだ。

「ラウラ!」

「来るな!お前たちは目標を目指せ!」

「待ちなさいよ!それじゃアンタが!」

「構うなと言っている!もう時間は残されていないのだ!」

「攻撃がラウラに集中している今が好機だ!あいつの覚悟を無駄にするな!」

「ごめん、ラウラ……!行こうみんな!」

 ラウラに《スヴェル》を放って寄越し、私達は『エクスカリバー』への突撃を再開した。

 

 

(ここは、どこだ……?)

 真っ白な空間、どこまでも続く虚無の世界に、一夏はいた。どこからか、誰かが自分を呼ぶ声がする。

 だが、全身が鉛のように重く、思うように動けない。

(眠い……。俺は、眠いんだ……)

 ゆっくりと瞼が落ちる。そこに、再び誰かの呼ぶ声が響く。

『目覚めて』

 その声はどこか懐かしく、そして温もりに満ちていた。

『目覚めてちょうだい』

 その声音に、一夏は残酷だなぁ。という感想を持った。何故って、そんな声を聞かされたら−−

「起きない訳にはいかねえだろ!」

 気合一閃。一夏は全身にのしかかっていた倦怠の瓦礫を押し退けた。瞬間、目の前の空間が一際眩しく光りだす。

(そうだ、俺は−−)

 

 

『『エクスカリバー』のエネルギー、更に高密度に圧縮されていきます!』

 管制室の山田先生が悲痛な叫びを上げる。

「くっ!このままではこちらの突入よりも発射の方が早い!」

 『エクスカリバー』の砲口の輝きは更に強くなり、発射までもう時間が無い事は誰の目にも明らかだ。

「間に合わないのか……!」

「まだ諦めるには早いよ!九十九、手は!?」

「あるにはあるが、準備が間に合わん!」

「そんな……!」

 手詰まり。その言葉が脳裏に過った瞬間、山田先生が驚きの叫びを上げた。

『!? ま、待ってください!月面方向から、何かがゼロ・カウント地点に接近中です!』

「新手!?こんな時に!」

『い、いえ、ISの速度ではありえない加速です!でも、これは……!?』

瞬時加速(イグニッション・ブースト)の理論最高速度を突破……!中央モニターに画像、来ます!合わせて、各ISに画像を転送!』

 ハイパーセンサーのモニターに送られてきた画像には、異様な物が映し出されていた。

「何だこれは……!?」

「隕石……!?」

「ううん、何かの種のような……」

 それは、言うなれば『蕾』だった。白い花弁が包み込んでいる、種の形をした『蕾』。

 純白に輝く6枚の外殻の先端からは、螺旋状のエネルギー片が散っている。それはさながら、雪の欠片のようで−−

(待て。『白い雪』?まさか、あの『蕾』は……まさか!?)

『識別コード、出ました!『ホワイト・テイル』−−GX00!?びゃ、『白式』と判別可能!生体反応、織斑くんです!』

 その声が響いた瞬間、『蕾』はゼロ・カウント地点に到達。役目を果たした外部装甲をパージして、その全貌を露わにする。

 眩いスノウホワイトのエネルギー・ウィング、そこかしこに見られるO.V.E.R.Sの意匠。

 それが、理論上『そうなる』とされていながら、これまでに一度も確認されていないISの第三形態移行(サード・シフト)を果たした、『白式』の第三形態(サード・フォーム)『ホワイト・テイル』を纏った一夏の姿だった。

「ははっ」

 知らず笑みが溢れた。だってそうだろう?死んだと思ったあいつが生きて、しかもISを進化させて戻ってきたのだから。

 そこに、一夏の声が響き渡る。

「待たせたな、みんな!」

「全く、お前って奴は本当に……最高だな!」

 途端誰かの、いや、誰もの歓声が宇宙に響いた。当然だ。目の前で儚く散ったはずの男が、奇跡の生還を果たしたとあっては喜ぶなという方が無理だろう。

 だが、いつまでも歓喜に浸っている訳にはいかない。こうしている間にも『エクスカリバー』のエネルギーはその密度を高め続けているのだ。予想発射時刻までは、既に1分を切っていた。

「一夏!状況は!?」

「分かってる!」

「ならば良し。ではセシリア……」

「「照準は?」」

『完璧ですわ!』

 いつかと同じやり取りの直後、地上から一瞬で上がってきたBT粒子特有の蒼白い光が『エクスカリバー』を撃ち抜いた。撃ち抜いた部分は機関部だったようで、『エクスカリバー』は大きな爆発音を上げて完全に沈黙した。

「よし!これで作戦は−−「「まだだ!」」えっ!?」

「一夏、助け出すなら早くしろ。そうだな……5分、それ以上は待たん」

「おう、分かった!……って、お前何する気だよ?」

「あれがどこかの戦争したがりの馬鹿共の手に渡らぬよう、()()()()()()()()()()()。博士、例の物の射出を」

『了解。到着は4分後です。上手く使ってください』

「だそうだ。急げよ」

「お、おう。『いいや限界だ!撃つね!』とかすんなよ!本気で!」

「いいから早く行け。ほら、あと4分30秒」

 そう言ってせっつくと、一夏は「話してる時は計時止めろよ!」と言いながら慌てて『エクスカリバー』内部に突入した。

「ちょっと一夏!?アンタ何してんのよ!」

「人助けに行ったんだよ」

 驚いたように叫ぶ鈴に私が簡潔に説明すると、鈴は「ああ、そう言えば」といった顔をし、他のラヴァーズも得心のいったような表情を浮かべている。

 私は頼んだ物が到着するのを待ちながら、『エクスカリバー』へ飛び込んで行った一夏に内心でエールを送った。

(ちゃんと決めてみせろよ、一夏)

 

 

 『エクスカリバー』内部の狭いコントロールルームに入り込んだ一夏は、そこでエネルギーを吸い取られてぐったりと倒れ込む二人の少女を発見した。

 亡国機業(ファントム・タスク)の工作員、フォルテ・サファイアとダリル・ケイシーことレイン・ミューゼルだ。酷く憔悴しているが、取り敢えず命に別状は無さそうだと判断し、一夏はコントロールルームの奥に目を向け、そして見つけた。

「居た……!」

 コントロールルームの中枢部、そこに幾重ものケーブルによって雁字搦めになった一人の小さな女の子。『エクスカリバー』の生体CPU(パイロット)にされた、エクシア・カリバーンを。

「エクシア・カリバーン……君の悪夢を終わらせる」

 一夏が右手に光を纏う。これこそ『白式』の真の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)、《夕凪燈夜(ゆうなぎとうや)》の輝きであった。

「ISプログラムの全てを初期化(フォーマット)するこの能力なら……」

 光の指先がエクシアの体を貫き、そこに蔓延っていた致命的なバグ(病巣)を破壊する。

「わたし、は……?」

 程なく、エクシアが目を覚ました。一夏は、そんなエクシアに優しく微笑む。

「もう、おやすみ。エクシア」

「うん……。すこし、つかれちゃった……」

 小さく呟いた後、エクシアは一夏の腕の中で眠りについた。一夏が一件落着とホッとした所へ、九十九から通信が入る。

『一夏〜、あと1分〜』

「うおっ!?マジか!?急がねえと!」

 一夏はエクシアとフォルテ、レインをどうにか抱え、一目散に『エクスカリバー』を飛び出す。そこで彼が目にしたのは−−

 

 

「な、何だそりゃああっ!?」

 3人の少女を抱えて『エクスカリバー』から飛び出してきた一夏が、開口一番驚きの声を上げた。

 無理も無いだろう。何故なら、今一夏の……皆の目の前にあるのは、ISが可愛く見える程に巨大な『機動砲台』なのだから。

「ちょっと九十九!何よこのバカでっかい大砲!」

「『パンツァー・カノニーア』が霞む程の巨大さだ……これは一体?」

「これぞ、ラグナロクが総力を結集して開発した対大型宇宙塵破砕用120㎝口径陽電子衝撃砲(ポジトロン・スマッシャー)、その名も……《太陽神(アポロン)》だ!」

 説明しつつ、ドッキングシークエンスへと移行する。

 

 対大型宇宙塵破砕用120㎝口径陽電子衝撃砲(ポジトロン・スマッシャー)太陽神(アポロン)

 いずれ来る宇宙開発時代を見越したラグナロク技術者陣が「宇宙ゴミなんて纏めて消し飛ばせば良くね?」という極論を形にした、超大型機動砲台。全長25m(内、砲身長15m)、全高10m、総重量150t。

 あまりの大きさと重さ故に、宇宙空間以外での運用が出来ないが、その威力は絶大であり、試射のために集めた廃棄予定の人工衛星5機がたった一射で纏めて消し飛んだ程である。そのため、運用には社長及び現場責任者の許可が必要。

 操作する際は、《アポロン》のコクピット(砲身基部に存在)に機体を接続する事で《太陽神》とのダイレクトリンクを確立。これにより、直感的な操作が可能になる。

 

「ドッキング完了。続いて、陽電子衝撃砲発射シークエンスを開始」

 

 キイイィィン……!

 

 《太陽神》に搭載された大容量プロペラントタンクから薬室にエネルギーが流れ込み、徐々に圧縮されていく。

「陽電子、圧縮完了。ターゲット、『エクスカリバー』。友軍は射線上から退避を」

「もう終わってるよ!」

「結構。……ターゲット、ロックオン。《アポロン》……発射!」

 

ドンッ!

 

 放たれた圧縮陽電子の弾丸は、真っ直ぐ『エクスカリバー』に向かっていき、着弾。瞬間、圧縮陽電子が一気に開放され眩い光が『エクスカリバー』を飲み込んで行く。十数秒後、光が消えたその先には−−()()()()()()()()()()

「マジかよ……」

「何という破壊力だ……」

「ムチャクチャでしょ……」

「相変わらずとんでもないな……」

 呆然とする一夏&ラヴァーズに、私は敢えてドヤ顔でこう言った。

「これぞ、ラグナロク驚異の技術力だ」

 こうして、『エクスカリバー』事件は一夏の復活と『エクスカリバー』の完全破壊をもってその幕を閉じたのだった。

 

「ほんっっっっっっっとに、心配したんだからね!」

 地上に戻る途中、鈴は一夏にずっとそんな事を言っていた。

「分かった分かった」

 一夏は涙目の鈴を宥めながら、大気圏突入を始めた。

「一夏、私も、その、なんだ。一応、心配していたぞ」

 箒が自分も構えとばかりに言う。そんな箒に、一夏は微笑みを向ける。

「ありがとな、箒」

「べ、別に、礼を言われるほどの事ではないが……」

 そっぽを向く箒の瞳は、やはり潤んでいた。

「ラウラも頑張ってくれたんだってな。ありがとな」

 一夏の意外な一言に、ラウラは言葉を詰まらせる。

「わ、私は……別に何も……その……」

 何かを言おうとして言葉にならず、ラウラもまた顔を背けた。だが、その瞳には他の二人同様涙が浮かんでいた。

「九十九、迷惑かけた。悪い」

「全くだ。勝算ほぼ0の賭けに出るなど、正気かお前は?」

「う……」

「残された側の気持ちも考えない無謀な行動をしおって。千冬さんから少なくない仕置きがあるものと思えよ」

「……はい、スンマセンでした」

「大体だな……「まあまあ九十九、今はその辺で」……分かった、一旦矛を収めよう」

 萎んだ一夏に更に言い募ろうとした所をシャルに止められる。まだ言いたい事は多いが、取り敢えず、今は最後に1つだけ。

「まあ、兎に角……」

 全員が、声を揃えて言った。

「「「お帰り、一夏」」」

 

 

 九十九が《太陽神》で『エクスカリバー』を破壊していた丁度その頃、地上でも動きがあった。

「では、貴様の機体を引き渡して貰おう。チェルシー・ブランケット」

 『アフタヌーン・ブルー』を降りてすぐ、マドカがランサー・ビットをチェルシーに向けた。どうやら、これで協力体制は終わりだ、と言う事らしい。あとは、不要になったチェルシーからISを奪うだけで事足りるようだ。

「お断りいたします」

「なに?」

「お断りいたします、と言ったのです」

 瞬間、チェルシーの姿が空間へと沈んでいく。それは、『ダイブ・トゥ・ブルー(以下DTB)』の単一仕様特殊能力《空間潜行(イン・ザ・ブルー)》だった。

「逃がすか!」

 ランサー・ビットがエネルギーの槍を発射する。しかしそれは虚しく空を切った。

 しかも、チェルシーは去り際に空中魚雷を放っていた。ミサイル状のそれらがマドカに一斉に襲いかかる。

「舐めるなぁ!」

 怒りの咆哮と共に、ランサー・ビットで魚雷を叩き落とすマドカ。落とされた魚雷から爆炎が上がり、マドカの視界を遮る。

 その隙を逃さず、亜空間から手だけを現したチェルシーが何度も魚雷を投げ込む。

「ちっ‼」

 一旦チェルシーから距離を取るマドカだが、この時点で既に『DTB』の弱点を見抜いていた。

(攻撃の際には必ず出現する。そして何より−−)

 空間潜行中は、最大火力(ビット)が使えない。それに気づいたマドカは、チェルシーが出てくる瞬間を見逃すまいと集中した。故に気づけなかった。()()()()()()()()()()()()()()()

「はい、ど〜ん!」

 

ピシャアアンッ‼

 

「っ!?」

 完全に虚を突かれる形で雷撃に打たれたマドカは、一瞬思考停止に陥った。

(な、何が……起きた!?)

 理解が追い付かず、目を白黒させるマドカの耳に、およそ戦場とは縁の無さそうなのほほんとした声が届いた。

「やっぱり、つくもの言った通りになったね〜」

 それは、ラグナロクの最新IS『プルウィルス』を纏った本音だった。

「なん……だと?」

「『マドカの事だ。事が終わればそこにいるISを奪って立ち去ろうとするだろう。だから本音、君は防衛部隊として地上に残り、マドカが行動を開始したと同時に気づかれないように雷雲を展開し、隙を見て打ち込め』……マドっちの行動は、ぜ〜んぶつくものお見通しだよ」

 言いながら、マドカの頭上を指差す本音。そこでマドカはようやく、自分が既に()()()()()()()()()()()事に気がついた。

 だが、それで戦意を喪失したり、諦めて抵抗をやめるようなマドカではない。寧ろ、願ったり叶ったりだと考えていた。

「だからどうした?それで勝ったつもりか?……丁度いい、貴様の機体もいただいて帰ろう」

 本音と対峙している間も集中は切っていなかったのか、好機と見て亜空間から姿を現したチェルシーを、本音が反応するより早く打ってとった。

「ぐっ!」

 ダメージを受けて吹き飛ぶチェルシー。受けたダメージは大きかったようで、地に伏せたまま動かない。そこへセシリアがやって来るが、エネルギーが底をついている『ブルー・ティアーズ』ではマドカの放ったランサー・ビットの一撃に耐えきれずに吹き飛ばされる。

「お嬢様!」

「ふん、無様だな。……次は貴様だ」

 殺意を込めた視線を本音に向けるマドカ。本音は一瞬ビクッとしたが、すぐに持ち直してマドカの視線を真っ向から受け止める。

(例の雷撃、あれは恐らく奴の思考がトリガーになっている……ならば、奴が反応できない程の速さで近付けば!)

 瞬時加速を使って、一気に本音に肉薄せんとするマドカだったが、その直前に本音の放った一言は意外なものだった。

「『ユピテル』、あなたに任せていーい?」

『是。対象の敵対行動に対し、雷撃をもって即応します』

「っ!?」

 

ピシャアアンッ‼

 

「ぐあああっ!」

 2度目の雷撃を受けたマドカは、思わず大声で悲鳴を上げていた。『黒騎士』は回線にダメージを受けたのか、そこかしこから黒煙を上げている。

「どういう……ことだ?」

「情報収集不足だね〜。まあ、教えないけどね」

「貴様ぁ!」

 マドカが怒りに任せて突撃を仕掛けようとした瞬間。

 

ピシャアアンッ‼

 

 3度目の雷撃がマドカを貫いた。『黒騎士』の装甲に、電気の走った焦げの跡が痛々しく刻まれていく。

「ぎっ!」

『警告。当機はそちらが「動いた」と判断した瞬間、雷撃をもって対応します。よって−−』

「それ以上雷の餌食になりたくなかったら、動かないでね〜」

「くっ……!」

 あくまでものほほんとした態度を崩さない本音に苛立つマドカ。そんな彼女の心底を知ってか知らずか、本音はこう言った。

「……あ、たっちゃん、準備できた?……おっけ〜。えっと、こんな時つくもならなんて言うかな〜……そうだ。ところでマドっち〜、()()()()()()()()()()()

「なに?」

 訝しむマドカの頭上から雷雲が消えたと同時に、それは現れた。

「ぱんぱかぱーん!遅れて登場、楯無おねーさん!とりま一斉爆破、いっとく?」

 マイペースな調子とは裏腹に、起こった爆発の威力はあまりにえげつない。

 役目を終えた『アフタヌーン・ブルー』が爆発に飲まれて粉砕される様を、マドカは目の当たりにした。

「この威力、『限定解除仕様(アンリミテッド)』か!」

「伊達や酔狂でロシアに寄った訳じゃないのよ♪ほらほら、どんどん行くわよぉ」

 一切の制限を取り払ったISの性能とその武装の威力を我が身で知っているマドカは、先に受けたダメージもあって苦戦は免れ得ないと予想する。しかし、引くほどではない。

「くく、ISが4機も手に入るとはな」

「捕らぬ狸の皮算用って言葉、知らないのかしら?そういうのは、勝ち誇った後に言わないと負けフラグよ」

 楯無は扇を手に華麗な舞を披露しながら爆発する粒子を撒き散らす。その威力は凄まじく、マドカも空への退避を余儀なくされる。

 しかし、その行動は楯無の計算通り。楯無のIS『ミステリアス・レイディ』の新能力『シンデレラ・タイム』の結界内に、マドカは誘導されていた。

「さあ、踊り明かして、12時(限界)まで!」

 爆発、爆発、更に爆発。繰り広げられる爆炎の舞は、見事にマドカを踊らせた。

「ぐっ、貴様ぁ!」

『そこまでよ、エム』

 苛立つマドカに割り込み通信を入れたのは、やはりスコール・ミューゼルだった。

『引きなさい。回収はしてあげるわ』

「ふざけるな!この私が、私が……私がぁ!」

『おイタが過ぎるわよ、エム。もう無理、時間いっぱいだわ。……引きなさい』

 最後の強い口調に押される形で、マドカは身を翻した。

「ちっ!」

 最後にセシリアとチェルシーを一瞥して、その姿は彼方へ消えていった。

「ふう、ちょっと暴走気味だったけど、何とかなったわね。……お疲れ様、『ミステリアス・レイディ』」

 土壇場での調整、遅いタイミングでの登場、ぶっつけ本番での新能力の使用。それらが全てプラスに働いたからこそのこの結果だ。まともにやりあっていたら、楯無といえども無傷では済まなかっただろう。

「あとは一夏くんの帰りを待ちましょうか」

 そう言って楯無が見つめる先には、セシリアに駆け寄るチェルシーの姿があった。

「お嬢様、ご無理をなさらぬよう。どうか、どうかご自愛ください」

「分かっていますわ、チェルシー」

 こうして、セシリアはかけがえのない絆と、チェルシーを取り戻したのだった。

 

 この日、砲撃戦特化型超大型IS『エクスカリバー』の暴走に端を発する一連の戦いは終わりを告げた。

 しかし、本当の戦いはある意味これから始まるのだという事を、この時の一夏達は誰も気づいていなかった。




次回予告

聖夜前日、それは乙女の決戦の日。
魔法使いに唆された少女達は、愛しい人へ想いをぶつける。
そして、魔法使いは兎狩りに出掛ける。自身の憤怒をぶつけるために。

次回「転生者の打算的日常」
#84 聖夜、其々之決着

なあ、お前達。このままで良いのか?

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