♢
フランスでの騒動にケリを着け、やってきたのはイギリス、ロンドン・ヒースロー空港。ここでドイツ組と落ち合う手筈になっている。
フランスから更に北上・西進したロンドンは、メキシコ湾流の熱も届きづらいため、パリよりずっと寒い。この時期はマフラーと手袋が欠かせないだろう。というのに……。
「チクショウ……パリでマフラーと手袋、買っときゃ良かった……寒すぎて手が痛え」
「後悔先に立たずだ、ド阿呆」
マフラーと手袋の準備を怠った一夏が「寒い寒い」と言いながら頻りに手に息を吐きかけ、擦り合わせていた。
「一夏さん!」
と、そこへセシリアが一夏に手を振りながら走り寄ってきた。その後ろには、先を越されて慌てて後を追う箒と鈴。更に後ろに妙に憔悴しているラウラと、それを気遣うように付いて歩く山田先生の姿があった。
(あの憔悴具合……ドイツルートで何かあったな。……
私の思案を他所に、セシリアが一夏の前に止まる。と、セシリアは一夏が手袋もマフラーも着けていない事に気づいた。
「まあ、一夏さん。指先が真っ赤ではございませんの」
そう言うと、セシリアは自らが身に着けていた手袋を外し、それを一夏の手に被せてやった。
「少し小さいのは勘弁してくださいましね」
「おお、あったけえ。ありがとな、セシリア」
一夏の感謝の言葉にはにかんだ笑みを浮かべるセシリア。しかし、それを面白く思わない者達もいる訳で。
「ほら、一夏。首寒いでしょ?マフラー着けたげる」
「お、おう。悪いな鈴」
「耳も赤いではないか。ほら、これをかぶっておけ」
「さ、サンキュな箒」
箒と鈴が一夏に続々と自分の身に着けていた防寒具を一夏によこしていく。これで一夏は完全装備となったが、その代償は重く−−
「て、手が痛いですわ……」
「寒っ、首寒っ!」
「み、耳が千切れそうだ……」
「お前達は『本末転倒』という言葉を知らんのか?ド阿呆共」
結果として自分達が寒い思いをする事になっていた。後先を考えて行動しろよ、人の事言えんけども。
そんな女三人の間抜け行為も、一夏がターミナル内にあった衣料品店で防寒具を買ってくる事で終結。一先ず今後の事を話し合う事になった。
「つっても、楯無さんがまだ……「一夏、サイドステップ。1m」え?おう」
私の台詞に疑問を持ちつつもひょいと横に動く一夏。直後、水色の弾丸が飛来した。
「一夏くーん!ってあらあっ!?」
ズベシャーッ!
目標を見失い、床を舐めたその弾丸の正体は、言わずもがな楯無さんだ。
「た、楯無さん!?」
「お久しぶりです楯無さん。ご無事なようで何よりです」
「たった今無事じゃなくなったわ……痛たた」
のっそりと起き上がり、服に付いた埃や砂粒を払い落とす楯無さん。気を取り直すかのように咳払いしてこちらに向き直ると、ニパッと笑顔を浮かべて軽く手を挙げた。
「お久しぶり、一夏くん」
「あ、はい」
「顔に泥付けて言っても締まりませんよ?楯無さん」
「えっ!?どこど……「冗談です。相変わらずの華の
ぐぬぬ……!と歯噛みする楯無さん。そうそう、その顔が見たかったんだよ。いやぁ、久しぶりだなぁ。
♢
全員揃った所で、宿泊先のホテルに向かう。移動中マイクロバスの中で、私達はドイツルートで起こった事件の顛末を聞いていた。
セシリアによると、フランクフルトの海軍駐屯所から出発して3日後の早朝にそれは起きたと言う。
「突然、景色が歪んだと思ったら、どことも知れない場所に居ましたの」
「それは……もしや、
「そうだ。私達はその感覚に憶えが有ったから良かったが……」
「ドイツ軍の人たちが見事にパニクっちゃってさぁ、もう大変だったわ」
パニックを起こしたドイツ軍は、互いが敵に見えていたらしく同士討ちを開始。ものの数十秒で全員が沈黙したと言う。
幸い、死者こそ出なかったものの、全員が決して軽くない怪我をしたため戦線離脱。結局、ラウラ達が事態に対処する事となる。
山田先生がすぐさまこの事態を引き起こした存在の位置を看破、全員で向かった先に居たのは−−
「ISを纏っている風もないのに生身で宙に浮く、私達と同年代か少し下の、銀髪に黒目と白目が逆転したような目の女だった」
「アイツ、自分のことを『
最後に襲撃者……クロエ・クロニクルは「近い内に
「なるほど、それで己の存在の意味と価値に疑念を持ったラウラが、あそこまで憔悴した。と」
「…………」
ちらと目を向けた先には、どことなくやつれて見えるラウラが俯いていた。シャルの慰めも然程効がないようだ。
作戦行動はこれからだというのに、メンバーの一人が神経衰弱状態では支障をきたす。
「よし。一夏、ゴー」
「俺かよ!?」
「ラウラを立ち直させるにはお前が慰めるのが最適なんだよ。ほれ、さっさと行け」
「わ、分かった」
結果として、一夏がラウラの頭を撫でながら「ラウラはラウラだろ?他の誰でもねぇよ」と言ったら、ラウラは即座に立ち直り、一夏に照れ隠しのアッパーカットを食らわせた。……相変わらず、安い。
ホテルに到着し、それぞれの部屋に荷物を置いた後、私達はホテルのロビーに再集結した。
「それで、織斑先生。本作戦、どことの合同ですか?」
「「「え!?」」」
「何故驚く……。ちょっと考えれば分かる事だろうに」
『軌道上に存在する暴走中の衛星砲の確保、ないし破壊』という超高難度ミッションを、たかが高校生に任せきりにする程政府も軍も阿呆ではない。必ず、必要な資金と情報と戦力を提供しようとしてくるはずだ。
「で、どこです?イギリス軍IS配備部隊『
私の質問に、首を横に振って答える千冬さん。
「では、欧州連合IS特務部隊『
もう一度首を横に振る千冬さん。
「まさか、国際連合直属のIS部隊『
やはり、首を横に振る千冬さん。思いつく限り、これ以上の規模を持つ部隊は無い筈だ。だとしたら−−−
「一体、何処との合同作戦なんです?織斑先生」
「それは……」
ズドドドドド……!
「ち~ちゃーーん!」
甘ったるさを感じる声を上げながらこちらに突っ走ってくるのは、『世紀の天災(誤字に非ず)』篠ノ之束博士その人だった。
「やあやあ、久しぶりだねえ!あ!いっくんと箒ちゃんもいる!オールスター勢揃いだね!ふひひ……じゅるり」
一人で盛り上がる篠ノ之博士。それに対して、私達は警戒態勢を取っていた。
当然だ。篠ノ之博士は現在、
(そんな篠ノ之博士が私達の前にわざわざ姿を見せた……。それはつまり……)
「千冬さん、まさか……ですか?」
「ああ、そのまさかだ。本作戦は欧州統合政府、IS学園上層部、並びに亡国機業との合同で行う」
「「「ええーーっ!?」」」
ロビーに皆の驚愕の声が響く中、私は千冬さんに「織斑先生だ」とお叱りチョップ(激痛)を受けた。こんな時にもブレないとは、ある意味尊敬です。
そして、未だ驚愕冷めやらぬ一同に対し、千冬さんはこう告げた。
「静まれ!作戦行動は現時刻より4時間後、16:00に開始する!作戦名は−−
♢
あれよあれよという間に作戦本部であるイギリス空軍基地に連れて来られた私達は、現在作戦行動の為の準備に忙しく動き回る技術者達と共に作業に追われていた。
「どうしてこうなったんだ……?」
「お前が考えても仕方ないだろう。ほら、いいから機体調整を手伝ってやれ。乗り手の意見は必要不可欠だぞ」
「お、おう」
頭を抱える一夏を叱咤し、機体調整の手伝いに向かわせる。
そんな一夏の愛機『白式』は現在、
(アレが数日前に情報を貰った倉持の最新型パッケージか……)
情報によると紅椿の
しかも、そんな半端な能力の割に中身はブラックボックスで、フギン曰く「怪しんでくださいと言っているようなもの」との事。
(とは言え、今はそんな怪しさ全開の物に頼る以外に手が……)
「あります!」
「うおうっ!?」
突然後ろから掛けられた声に驚きつつ振り向くと、そこには見知った顔の技術者。ラグナロク・コーポレーションIS開発部門、IS開発部長(最近昇進)の
「絵地村博士!?いつの間に!?」
「つい先程です。そして、あんな物に頼る必要はありませんよ、九十九さん。我が社の技術の粋を結集した宙間作業用パッケージ『
バンッ!!
という効果音でも聞こえてきそうな勢いで博士が指し示した先にあったのは、合計8基のマルチスラスターを搭載した大型ウィングと、精密作業用マニピュレータが付いたアームユニットを備えた、一般的なISより1.5倍はあろうかというサイズの、鹿毛色の特大パッケージだった。
「ちなみに、設計開発に1月を要しました。もう少し早く出来ると思ったんですが……」
「それでも十分早いですよ!?」
流石ラグナロク、他社に出来ない事を平然とやってのける。痺れも憧れもしないけど。
「時間がないので、操作マニュアルは『スレイプニル』にインストールしておきました。動かしながら読んでください」
「あ、はい」
「じゃ、私はシャルロットさんと本音さんにもこれを届けないといけませんので今はここで。では!」
いうなりシャルと本音の下へ駆けていく博士。フットワーク軽い人だよなぁ、ホント。
ラグナロク技術者陣の尽力もあり、私達三人のパッケージ換装と微調整はあっという間に終わった。
なお、私達が換装を見守っている間に、一夏とセシリアはロンドン観光に出ていったらしい。
「いいんですか?織斑先生」
「構わん。オルコットには別のパッケージを使った作戦に参加して貰うし、織斑は……私から説明しておく。村雲、お前達も行ってこい。時間内に戻って来れば問題無い」
「分かりました。行こうか」
「「うん」」
千冬さんに促され、イギリス観光に向かう私達。だが、私にはこの観光が何故か無事に終わる気がしないのだった。
♢
ロンドン観光に出てすぐ、私はこちらに向けられる悪意と敵意のこもった視線に気づいた。
「……見られているな」
「うん。そこのビルの影と、すぐ後ろの路地……かな?」
「それと、そこの交差点の向こう岸だ」
「どうしたの?二人とも」
首を傾げる本音に「狙われているっぽい」と端的に伝え、敢えて気づかぬふりをして歩く。
そして、人通りの少ない路地を抜け誰もいない広場に出ると、私は分かりやすく大きな溜息をついて、言った。
「鬼ごっこはもう終いにしよう。出てきて貰えないか?私に用だろう?」
「なっ!?気づいていたの!?」
驚いた顔をしながらぞろぞろと出て来る女達。その数、十数人。……拙いな、予想より大分多い。とはいえ、そんな事をおくびに出すつもりはない。努めて冷静に、相手に声をかける。
「さて、どこのどちら様かな?名乗ってくれると嬉しいが」
「貴方に恨みを持つ者……と言えば分か「いや、分からん」−−はあっ!?」
自分の言葉を遮って飛んだ私の言葉に驚愕する一行のリーダーと思しき女。しかし、私から言わせて貰えば『お前を恨む者』とだけ言われてもどこの誰なのかさっぱり分からない。何故なら−−
「一体何人の人間が私に恨みを持っていると思っている?感情の多寡と年月の長短を問わなければ、それこそ数え切れんくらいだ」
「あ~、うん。九十九って『敵と見なした相手』に容赦無いからねぇ……」
「ぜったい、あっちこっちに「おのれ村雲九十九!」って思ってる人いるよね〜」
ウンウンと頷くシャルと本音に苦笑いしつつ、「まあ、そういう事だ」と言う私に、女は唖然とした表情を浮かべた。
「で、何処のどちら様かな?名乗ってくれると嬉しいが。いや本当に」
困り顔でそう言うと、女は溜息混じりながら一応答えてくれた。
「私達は『世界から男の居場所を奪う会』……その残党よ。これで満足かしら?村雲九十九」
その回答に、私は僅かに眉根を寄せた。
世界から男の居場所を奪う会。略称男奪会。フランスの富豪、ケティ・ド・ラ・ロッタが立ち上げた女性権利団体。
『この世界に男の居場所など有ってはならない』という理念の元、政財界を始めとしたあらゆる業界から、男の地位や席次といった、いわゆる『社会的居場所』を合法非合法を問わずに奪ってきた、過激派組織であった。
「……目的は私への復讐か?」
「それもあるわ。けど、一番の目的は
言いながら包囲を狭めてくる『男奪会』の女達。
(なるほど。寄らば大樹の陰……という事か)
世界中からテロ組織として見られているなら、いっそ本当に悪党の道に進んでしまえ。という事なのだろう。
彼女達の元盟主たるケティ・ド・ラ・ロッタは、元は亡国機業の上級幹部。そのケティの下にいた彼女達の亡国参入は、比較的に容易だろう。その上でより早く『上』に行こうとすれば、何かしら大きな実績があった方が良いのは自明というものだ。
「私達の成り上がりのために……ここで死んでちょうだい」
そう言って、それぞれ銃やナイフを構える女達。小さな広場に、殺気が充満していくのが分かった。
(さて、どうするか……)
護身用の銃と弾は持って来ているが、この人数を制圧するには足りない。だいいち、戦闘に不慣れな本音を庇いながらでは『戦って切り抜ける』はかなり難しいといえる。ISがあれば容易く切り抜けられるが、現在この後の作戦のための最終調整中で手元に無い。
せめて、連中の包囲から抜ける隙を作れればいいが、私の手元にはその手段が無い。
「シャル、
「流石に持ってないよ」
「だよな……」
となると、連中の目を眩ませてその間に逃走を図る、も出来ない。かと言って、誰かの援軍を期待する事も不可能だ。
(拙い……八方塞がりだ)
内心で冷や汗をかく私。更に包囲を縮めてくる彼女達。何の打開策も見出だせないままジリジリと距離が詰まる。
「つ、つくも……」
「マズいね……」
「くっ……」
せめてもの抵抗に銃を抜いて構えるが、やはり多勢に無勢である事は否めない。
(クソっ、どうする?どうすればいい!?どうすればこの局面をクリアできる!?)
必死に頭を回転させるが、どうやっても私達だけではこの局面をクリアできないという結果だけが浮かぶ。
「さあっ!女諸共死になさ「あら、それは困るわね」−−えっ!?」
女が一斉攻撃を命じようとした瞬間、突然その場に響いた声に、私も含めた全員が声のした方……上空を見た。そこに居たのは、金色のISを身に纏ったゴージャスな美女。
「あれは『ゴールデン・ドーン』……という事は!」
「何故……何故あなたがここにいるのよ!?スコール・ミューゼル!」
叫ぶ女にスコールは艶然と微笑んで、何でもないように言った。
「暇潰しに外に出たら彼を見掛けてね。声をかけてみようと思ったらコレじゃない。さて、助けはいるかしら?村雲九十九」
「敵の情けは受けん。と言いたい所だが、今は藁にも縋りたい。……頼めるだろうか?」
「OK」
スコールが短く返事をしたその瞬間、私達はオレンジ色に光る球体に包まれた。
「な、何よこれ!?」
突然の事に驚く女達。私は、そのオレンジ色の輝きに見覚えがあった。
(『ゴールデン・ドーン』の第三世代兵装、熱量操作ナノマシンによる攻勢防御結界《プロミネンス・コート》!こんな使い方もできるのか!)
超高温の防御結界は触れた弾丸が瞬時に蒸発する程の熱量を持つはずだが、熱に指向性を持たせているのか内側は全く熱くない。凄い技術だな。
「さ、それを纏っていればナイフも銃も怖くないわ。後は私に任せて、さっさとここからお逃げなさい。これで、IS学園沖での借りは返したわよ」
「じゃあ、ついでに京都での貸しも返してくれるか?」
《プロミネンス・コート》を纏った状態で『男奪会』のいる方へ歩きながらスコールに向けて言う私。
女達は《プロミネンス・コート》の凄まじい熱量に、こちらが近づくと球体を避けるように後ずさっていき、ついに何の妨害も受けずに囲みを突破する事に成功した。
「いいわよ。何をして欲しいの?」
「決着を。……三度目は無いぞ、
「……ええ、全てが終わった後で、私達の因縁にケリを付けましょう。
バチッ!
私とスコールの互いに向けた視線が、空中でスパークしたような気がした。
スコールと『男奪会』に背を向けると、スコールは私の後ろに舞い降りて『男奪会』の追跡を妨害する。
「では、また後で」
「ええ。また後で」
軽い挨拶を交わし、私達はそのまま路地を抜けて大通りへと出るのだった。……今回は危なかった。少々迂闊が過ぎたな。猛省だ。
「今回は流石に危なかったね」
「うむ。これから外を出歩く時はフラッシュバンを携帯する事にするよ」
「怨みを買わない生き方をするって選択肢は〜?」
「それができたら苦労は−−」
ズドオオオン‼
「っ!?なんだ!?」
「爆発!?」
「さっきまでいた場所からっぽいよ〜!?」
いきなり響いた轟音に振り返ると、先程まで私達がいた広場の辺りから真っ黒な煙が立ち上っているのが目に入った。
一体、あそこで何が起きたんだ……?
♢
時は僅かに遡り、九十九達が広場を脱出した直後。
「あの男を逃がす訳にはいかないわ!追いなさ「そういう訳にもいかないの」−−なっ!?」
「彼のISは私達の作戦の要の一つ。生きていて貰わないと、私が困るのよ」
九十九の事を追おうとした女達は、スコールが発生させた《プロミネンス・コート》の球体に囚われ、身動きが取れなくなった。
「こ、これはさっきの……!」
「空間指定設置型《プロミネンス・コート》……《プロミネンス・ジェイル》。高温の結界で対象を閉じ込める技だけど……
そう言って、嗜虐的な笑みを浮かべるスコール。その笑みに、何をするつもりなのかを理解した女達の口から恐怖に引き攣った声が上がる。
「ひっ!?」
「ちょ、ちょっと待って!?あなた、まさか……!?」
「そ・の・ま・さ・か♡受けなさい。
ズドオオオン‼
スコールのフィンガースナップをトリガーに、女達を囲っていた《プロミネンス・コート》が爆発した。
「「「ぎゃあああっ‼」」」
女達の断末魔にも似た悲鳴が聞こえると共に、周囲に焦げ臭い臭いが立ち込める。
「ふう……さて、これで二度と彼を追えないわね」
爆炎の晴れたその先の光景は、正に死屍累々というべきものだった。
《バレッテーゼ・フレア》を受けた女達は、全員辛うじて息はあるが、五体満足とは決して言えない状態になっていた。
ある者は両腕が、ある者は両脚が、またある者はそれら全てが吹き飛び、千切れてしまっている。その上、吹き飛んだ腕や脚も消し炭になっているため、縫合手術による治療はまず不可能だろう。
また、手脚が無事な者も全身重度の熱傷になっていて、傷の一部は真っ黒に炭化している。これでは助からない、よしんば助かったとして、一生残る傷痕になるだろう。これでは九十九を追うどころか、日常生活すらままならないだろう。
熱さと痛みで呻く女達を、スコールは酷く冷たい目で見下ろした。と、遠くからパトカーのものと思しきサイレンの音が聞こえてきた。
「今の爆音で近くの警察が動いたようね……。私もお暇しましょうか」
小さな声で「助けて」と懇願する女達を無視して、スコールは
この後、女達は警察に発見されるも、その時点で既に半数以上が死亡。辛うじて生きていた者達も、その殆どが手の施しようがなかったため、更に半数が一月以内に死亡。最終的に一命を取り留めたのは僅か3人。
その3人も、熱傷が真皮に到達していたために皮膚移植が行えず、全身にケロイド状の火傷跡が残り、醜くなった己の姿に絶望して自ら命を断った。
更に、亡国機業にとっての
ここに、フランス女性権利団体過激派組織『世界から男の居場所を奪う会』は完全に消滅するのだった。
♢
九十九達が『男奪会』の襲撃を受けていた丁度その頃、セシリアと一夏もまた目的の女性……チェルシー・ブランケットとの邂逅を果たしていた。
『
チェルシーはセシリアに対し隠し持っていた剣を渡すと、決闘を申し込んできた。
「いいでしょう。わたくしが勝ったら、全てを話してもらいますわよ。チェルシー」
「では、私が勝ちましたら……一夏様をいただきましょうか」
「馬鹿にしてっ……!」
「まさか。敬意を払っているからこその要求でございます。それとも、私に負けるのが怖いのですか?」
あからさまな挑発。しかし、セシリアはチェルシーの言葉に思わず斬りかかってしまう。チェルシーはそれをあっさり躱し、振り返りざまにセシリアの首筋に剣を突き付けた。
「これで1
「くっ……!」
怒りで前のめりになりそうな所に、一夏から「落ち着け、でなきゃ勝てない」と声をかけられた事で幾分か冷静さを取り戻したセシリアは、持ち得る最速の一撃をチェルシーに繰り出す。瞬間、チェルシーの服の胸元が切り裂ける。
それに対し、意趣返しとばかりにセシリアのドレスのスカートを太腿近くまで切り裂くチェルシー。そこからは、互いに極限まで集中した状態での攻防。剣閃が翻る度に、二人の装束が1枚ずつ剥げていく。
互いの服を斬り合うギリギリの剣舞。だが、徐々にだがチェルシーが押し始める。その理由は、互いの足元……履物にある。
機能性重視のブーツを履いているチェルシーに対し、セシリアが履いているのはハイヒール。踏ん張りの利かなさが、セシリアを少しずつ苦境へと追いやっていく。そして−−
「これで3P。
セシリアの首元に刃先を当てたチェルシーは、仕切り直しとばかりにセシリアから距離を取ってレイピアを構え直す。
「くっ……ああもう!」
追い詰められたセシリアは−−はしたなくも、ヒールを脱ぎ捨てた。
「一夏さん」
「お、おう」
「これからご覧になる事は、他言無用でしてよ?」
凄みを効かせて、セシリアは一夏に告げる。
その語調に一夏が何事かと思っていると、セシリアは既に服としての機能を殆ど失ったドレスを、一息に全て脱ぎ去った。
純白の下着に包まれた裸体のセシリアが、そこに居た。
「そのお覚悟、流石でございます」
「社交辞令は結構ですわ。いきましてよ!」
言葉の強さもそのままに、セシリアが全身のバネを使った一撃を繰り出す。ヒールによって封印されていたであろう全身のしなりは、艶やかで、美しく、それでいて力強さに満ち満ちていた。
ギインッ‼
セシリアの一撃を受け止めたチェルシーの剣が、その重さと鋭さに耐え切れず根本から折れた。
「3P!」
しかし、セシリアは一切の油断無く勝負を決める為にさらなる攻勢に出る。
そう。セシリアは知っている。ここからチェルシーがどうするか。だからこそ、一気に前へ出る。果たして、チェルシーはセシリアの予想した通りに動いた。手が傷つくのも構わず折れた剣の刃を直接掴み、セシリアに突き出したのだ。
互い放った最後の一撃。その結果は−−
「……引き分け、ですわね」
「……はい」
セシリアの剣はチェルシーの喉を、チェルシーの剣はセシリアの頸動脈をそれぞれ捉えていた。
ふう、と息をつき、剣を捨てるセシリア。その姿に決闘が終わったのだと気づいた一夏は、慌てて着ているコートを脱いでセシリアに重ねた。
「ありがとう、一夏さん」
「い、いや、その……なんだ」
見てはいけないものを見てしまった罪悪感から、一夏は口籠ってしまう。そんな一夏を可笑しそうに見つめるセシリア。
二人の姿を眩しそうに眺めていたチェルシーは、ゆっくりと瞼を閉じた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
セシリアもまた、チェルシーのその姿に満足げに頷く。
「ただいま、チェルシー」
こうして、主従対決は終わりを告げたのだった。
ロンドンで起きた二つの動乱は、こうして決着した。チェルシーの口から一体何が語られるのか、それはまだ分からない。
次回予告
チェルシーが語った真実。それは、聖剣の正体と己の行動の理由。
暴走する聖剣を止めるべく、宇宙へ上がった一夏達。
しかしそれは、絶望の序曲となってしまう。
次回「転生者の打算的日常」
#82 聖剣奪壊
九十九!……後は頼んだ!
……ああ、任された……!