転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#80 仏国恋愛狂詩曲

「う……ここは……?」

 目を覚まして最初に視界に入ったのは、見知らぬ天井だった。

 消毒液の匂いがする事から、ここはドイツ軍基地の医務室なのだろう。恐らく、意識を失った私をここに運び込んだのだと思う。時計のカレンダーを見るに、私は丸一日昏睡していたようだ。

 ふと、右腕に重みを感じて目を向けると、シャルと本音がベッドに突っ伏して寝息を立てていた。ここで私の看病をしてくれていたのだろう。

 感謝の意を込めて二人の頭を撫でようと身をよじると、その振動が伝わったのか、二人が目を覚ました。

「ん……?あ……九十九!」

「よかった〜、気がついたんだね〜」

「ああ、ついさっきな。心配をかけた。すまない」

 ベッドに横たわった少々情けない格好で謝辞を述べると、二人は「無茶しないでって言ったのに」と少し怒った風に言った。

(これは、後で詫び代わりに何かする必要があるな)

 さて、何が良いかな。と考えていると、医務室の扉がガラリと開いて、そこから千冬さんが入って来た。

「む、目を覚ましたか村雲。体の調子はどうだ?」

「これはこれは。織斑先生に心配をして頂けるとは、光栄の極みですね」

「茶化すな馬鹿者。で、どうなんだ?」

「幸い、と言うか何と言うか、体の方には大したダメージはありません。あちこち痣になっていますが、無視できる程度の痛みです。頭痛の方も既に収まっていますし、活動に支障はないかと。ただ……」

 私の声が沈んだ事に気づいてか、千冬さんがコクリと頷いて『フェンリル』の状態を語った。

「貴様のIS『フェンリル』のダメージレベルはD。即座に開発元に修理に出す事を推奨される状態だ」

「でしょうね……」

 具現維持限界(リミットダウン)寸前の状態から、ほぼ零距離で1マガジン分(20発)のライフル弾を受けたのだ。その装甲がズタズタになっても不思議ではない。

「すぐに日本へ帰れと言いたいが、今はそうも言っていられない。このまま一緒に来てもらうぞ」

「はい。……しかし参った。まさか、ここで戦線離脱(リタイア)とはな」

「あ、それなんだけどね九十九。実は−−」

 

 

「「「ええっ!?『フェンリル』の修理が出来る!?」」」

「かも知れない、だけどね」

 シャルから齎された情報は、他のメンバーに驚きを与えるものだった。

 その情報とは『フランス・リヨンにあるラグナロクの開発室に『フェンリル』の予備パーツがある』というものだった。

 何故そこに『フェンリル』の予備パーツがあるのか?それはリヨンの開発部が『フェンリル』の強化改修プランを研究する為だ。その予備パーツを修理に使わせて貰う事ができれば、『フェンリル』は復活を果たす。かも知れないのだ。

「という訳で、私はフランス行きを希望する。構いませんね?織斑先生」

「……貴様は、山田先生の参謀役としてドイツルートに行かせたかったが……まあいいだろう。では、改めて現状を確認する」

 そう言って、千冬さんは空中投影ディスプレイに皆の名前を書き連ねていく。それによると−−

 楯無さんは現在、ロシア経由の独自ルートでイギリスを目指している。そこで、いざという時に身動きが取れるようにという事と、デュノア社からシャルに最新装備の受領指示が来ているという点を鑑みて、部隊を二つに分ける事にしたそうだ。

 ドイツから海路でイギリスへ向かうのが山田先生を引率にセシリア、鈴、箒、ラウラ。それから『黒兎隊』のマルグリット・ピステール曹長の『ラファール』とEOS4機が護衛に付く。

「って、何故?」

「昨日、山田先生と『黒兎隊』の副長さんが模擬戦をやって、先生のISがボロボロになっちゃったの」

「いや、だからそれが何故?」

「副長さんが、山田先生の引率で大丈夫かって噛みついて〜−−」

「あ、何となく分かった。千冬さんが『だったら、互いに力を見せつけてやれ』とでも言って、その結果がこれ、と」

「「うん」」

「そこ!私語をするな!」

「「「はい!すみません!」」」

 千冬さんの怒声により、私達の会話は強制終了である。……やっぱり、この人には逆らい難い何かがあるよな。

 

「そして、フランスを経由し、空路でイギリスを目指すのが私を引率に織斑、デュノア、布仏、村雲、サポートに更識妹を連れて行く。こちらは『フェンリル』の修理が可能かの確認と可能な場合はその実行、及びデュノア社からの最新装備受領を終え次第、デュノア社のジェット機でイギリスを目指す手筈だ。以上、質問は……無いようだな。では、準備ができ次第出発する」

「「「はい!」」」

 こうして、それぞれの旅路でイギリスを目指す事が決定した。『フェンリル』の復活は果たしてなるのか?それは、リヨンに行ってみないと分からない。

 

 

 翌日、ドイツ・フランクフルト駅。

「それでは、英国にて。御機嫌よう、一夏さん」

 一夏と離ればなれになるというのに、セシリアにはどこか余裕があった。恐らく、先日の一件(#78)で、自分と一夏の間にある繋がりを感じたからだろう。

「ああ、またな。セシリア」

 ドイツ・フランクフルト発フランス・パリ行きの特急列車。その窓から、一夏がセシリアに手を振る。セシリアはそれに、柔らかな微笑みを返した。

 なお、その後ろで鈴と箒が『面白くありません』と言わんばかりの不機嫌面をしていたが、まあどうでもいい事だろう。

「はぁ……」

 列車が出発し、外の景色がゆっくりと流れ始めた。のだが、私の正面に座るシャルはどこか憂鬱そうな顔をしていた。

 はて、どうしてそんな顔をしているのだろうか?父との確執は既に無く、それどころか電話口で何気ない会話を楽しめる程に関係が改善されている今、フランス行きに冷静でいられなくなる。という事はないはずだが……?

「しゃるるん、どうしたの〜?なんだかちょっとイヤそうな顔してるけど〜」

「え、そう……?……うん、そうかもね」

「何かあった……いや、違うな。何かあるのか?フランスに」

「う、うん。それがね……」

 シャルが言う事には、自分がデュノア社の(名目上の)社長となり、更に『カレイドスコープ』の開発成功で社の財政が上向いたのを機に、シャルに対する結婚の申込みが後を絶たなかったのだとか。

「ん?絶たなかった?絶たない、ではなく?」

「うん。お父さんがそういう人達に『娘は村雲九十九氏と婚約済みだ』って伝えたら、一人を除いてパッタリ途絶えたって」

「一人を除いて?」

「誰さん?」

「クロード・ブルジョア。自動車メーカーの社長の息子さん。何回言っても聞く耳を持たないって、お父さんが呆れてた」

 ……何故だろう、この男が原因で一波乱ありそうな気がするのは?

 

 ドイツ国境を越え、フランスに入った我ら一行。窓の外に広がる田園風景にヨーロッパの広大さを感じていると、一夏がシャルに話しかけてきた。

「そういやあ、シャルってどこの生まれなんだ?」

「南フランスの田舎町だよ。ここからだとちょっと離れてるけど」

「ならば寄って行くか?折角の帰国だ、多少の寄り道は問題無いと思うが」

 一夏に合わせ、私は遠回しに『実母の墓参りに行かなくて良いのか?』と訊いた。

「うーん……今はいいや。パリで新装備を受け取ったらリヨンに行く事になるし、その時で」

「そうか。君がそう言うなら、尊重しよう」

 彼女にも、思う所が有るのだろう。そう言われればこれ以上食い下がっても仕方が無い。この話はこれで終わりだ。

「そういえば、シャルルって駅があるんだな。マルセイユ・サン・シャルル駅」

 一夏の放った懐かしい呼び名に、揃って吹き出す。

「いやあ、最初の頃の貴公子っぷりは凄かったよなぁ」

「確かに、身のこなしに隙がなかった。私が女なら、或いは惚れていたかもな」

「うんうん、しゃるるんかっこよかったもんね〜」

「もう、言わないでよ!あれ、結構恥ずかしかったんだから」

 赤面しながらもどこか楽しそうなシャルが凄く可愛いです。隣に座ってたら抱き締めてる自信があるよ、マジで。

 と、そこに通路を挟んだ隣の席から視線を感じた。視線の主は簪さんだ。こちらを羨ましそうにジッと見ていて、隣に座っている千冬さんの事は完全に無視だ。

「……簪さん。席、替わろうか?」

「えっ!?……そ、それはなんだか悪い気が……」

「そんなふうに見られていてはどうもむず痒い。遠慮はいらない、ほら」

 席を立ち、簪さんに席を譲る。簪さんは暫くの逡巡の後「それなら……遠慮無く」と、一夏の隣に座った。

「まったく……やれやれだ」

 溜息をつきつつ千冬さんの隣に座ると、千冬さんが溜息混じりに言った。

「お前も苦労するな、村雲」

「はは、貴女程ではありませんよ」

 それに苦笑して返し、窓の外に目を向ける。そこには、のどかな田園風景がどこまでも広がっていた。

 

 途中、車内販売のお兄さんに身バレして握手とサインを求められ、最後に「祖国を守ってくれたお礼さ!奢るよ!」と商品のバゲットサンドを人数分振る舞って去って行く。という小さな事件があった。得をしたと言えばしたのだが、なんだか悪い気がするなぁ。

 

 

 列車の中で一夜を明かし(特に事件もなかったので描写はカット)、我ら一行はフランス・パリ東駅に到着した。

「ここがパリか……九十九の言った通り、防寒着を持ってきて良かったぜ」

「だろう?とは言え、メキシコ湾流という暖流のお陰で同緯度にある日本の樺太よりは遥かに暖かいのだがな」

「そうなのか」

 一夏がウンウンと頷いていると、私達に一人の初老の紳士が近付いて来た。

「お待たせ致しました、お嬢様、若旦那様。お車の準備が出来ております」

 60代中盤から後半くらいだろうか。糊の効いたダブルスーツをビシッと着こなし、総白髪をオールバックに撫でつけ、目元には趣味の良い片眼鏡(モノクル)を掛けている。

 その背筋はピンと伸びており、何処か威厳や貫禄と言ったものを感じる。この人は……。

「うん、ありがとう。バトラーさん」

「お嬢様。私ごとき使用人に敬称は不要にございます。どうぞ、ジェイムズとお呼びください」

「う、うん。まだ慣れなくて……」

「ご自分のペースでよろしゅうございます、お嬢様。それから……」

 ジェイムズさんは私の方に向き直ると、恭しく一礼した。

「お初にお目にかかります、若旦那様。デュノア家執事長、ジェイムズ・バトラーと申します」

「ご丁寧にどうも。村雲九十九です。ところで、その『若旦那様』というのは?」

「若旦那様はお嬢様の将来の伴侶で御座いますれば、若旦那様と呼ぶ事に何の躊躇いがありましょうか」

「あの、すみません。まだ気が早いんで、それ止めて貰えませんか?」

「では、()()九十九様と。さ、こちらへ。お車へご案内致します」

 ジェイムズさんに案内され、駅を出てすぐの所に停まっていた豪華なリムジンに乗り込む。向かうはパリ郊外、デュノア社本社ビルだ。

 

 デュノア社本社ビル前。そこに一人の中年男性が立っていた。

 デュノア社社長代行、フランシス・デュノアである。高級スーツに身を包み、顎髭を生やしたその風貌は、厳しさと穏やかさを湛えている。

「そろそろかな」

 腕時計で時間を確認した所、予定より少し遅れている。

(車が渋滞にでも巻き込まれたかな?)

 フランシスがそう考えた所に、リムジンの排気音が響いた。フランシスは居住まいを正して、リムジンを待つ。

 果たして、本社ビル前に停止したリムジンから、九十九一行がぞろぞろと出て来た。

 

「やあ、久しぶりシャルロット。少し遅れたようだけど……?」

「久しぶり、お父さん。ごめんなさい、ちょっと渋滞に捕まっちゃって」

「ああ、大丈夫。まだ時間には余裕があるよ。九十九君も久しぶりだね」

 シャルと短い会話をした後、私に歩み寄って握手を求めてくるフランシスさんに、笑顔で握手をし返す。

「お久しぶりです、フランシスさん。早速ですが……」

「うん、『フェンリル』の修理の件だね。リヨンの研究員達に聞いたら、二つ返事で『ぜひウチで直させてください!』と言ってくれたよ」

「ありがとうございます。期間はどの程度掛かると?」

「ダメージレポートから考えて……これ位、と言っていたよ」

 言って、フランシスさんは指を3本立てて指し示した。それに一夏達が反応する。

「3ヶ月!?掛かりすぎだろ!」

「それでは作戦どころか3学期の授業にすら間に合わんではないか!」

「……そこは、普通3週間。でも、やっぱり作戦には間に合わない」

「あの、3人共。それ、多分どっちも間違いだよ?」

「おりむーたちはラグナロク驚異の技術力を甘く見過ぎだよ〜」

「え?……って事は、まさか!?」

 一斉にフランシスさんの方を見る一同。それに対してフランシスさんは、ニッコリと微笑んで答えた。

「パーツの交換と微調整(アジャスト)、実際の起動テストも含めて、8時間3交代のフル稼働で3日あればいけるそうだよ」

「「「ありえなくね!?」」」

 一夏達のツッコミが、パリの青空に響き渡った。

 

 

 なんてやりとりがあった後、私達はフランシスさんの案内で本社ビル近くのIS用射撃訓練場にやって来ていた。

「お父さん、これが……?」

「ああ、これが『ラファール・カレイドスコープ』用に新開発した、48㎜口径ハイブリッドロングライフル《ヴァーチェ》だ」

 そこには、全長2mはあろうかという長大なライフルが、主の手に渡るのを今か今かと待っているかのようにハンガーに立てられていた。

「見た目はただのでかいライフルだよな……?」

「だが、間違いなくラグナロクが一枚噛んでいるはずだ。ただのライフルではあるまい」

「その通り!このライフルは、エネルギー弾と実体弾の撃ち分け、更には同時射撃も可能なライフルさ!」

「……なるほど。目的は『実体弾防御力の高い装甲を撃ち抜く』事、か」

 私の考察に、フランシスさんが「Réponse correcte!」と叫ぶ。何と言ったのかシャルに訊くと「正解って言ったんだよ」と教えてくれた。

 エネルギー弾と実弾という、弾速の違う2種類の弾を同時に発射する事で、エネルギー弾が着弾箇所のシールドエネルギーを食い破り、直後、シールドエネルギーを一瞬失って脆くなった装甲に質量を持った弾体が直撃。それによって装甲破壊を可能とする、という中々に凶悪な得物だ。

「えげつないな……」

 とポツリと誰かが漏らした。だが、このえげつなさこそがラグナロクのラグナロクたる由縁なのである。

 

 《ヴァーチェ》の量子変換(インストール)を終え、次の目的地であるリヨンのラグナロクフランス支社開発室に向かおうと本社ビルから出た私達の目の前に、大きな薔薇の花束を携えた一人の男性が現れた。

 年の頃は20代前半から中盤といった所か。アッシュブラウンの髪を後ろに撫でつけ、高級ブランド品と思しきダークスーツを身に着けた、見目の良い男だ。

 男は誰かを見つけたのか、パッと破顔するとこちらに歩み寄ってきた。その足の向かう先は……シャルだ。

「シャルロットさん!お久しぶりです!いや、今日もお美しい!あ、これどうぞ!近所の花屋の薔薇を買い占めてきました!」

 言って、薔薇の花束をシャルに差し出す男。それに対して、シャルは困惑を顔に浮かべていた。

「あ、ありがとうございます。ブルジョアさん……」

「はは、いやだなぁシャルロットさん、そんな他人行儀な。どうぞクロードと呼んでください」

 シャルの困惑を知ってか知らずか、男……クロード・ブルジョアは笑顔でそう言った。

 なるほど、この男がシャルの言っていた『諦めの悪い男』か。確かに、何となく雰囲気でそうと分かるな。

「そうだ、シャルロットさん。お昼はもう済みましたか?」

「いえ、まだですけ−−」

「でしたら、僕おすすめのビストロに行きましょう!もちろん、僕の奢りです!」

「いえ、あの−−」

「さあ、行きましょう!あそこの日替わりキッシュランチは絶品で……「そこまでにしろ」ん?」

 シャルの手を取り、強引に連れて行こうとするブルジョアの腕を掴んで止める。

「気づいていないのか?それとも、気づいた上で無視をしているのか?シャルが迷惑している、その手を離せ優男」

「誰だい、君は?」

「村雲九十九。シャルロット・デュノアの婚約者だ。もう一度言う、クロード・ブルジョア。その手を離せ」

「……そうか。貴様がシャルロットさんを付け回している自称『婚約者』の男か」

 ブルジョアはそう言ってシャルから手を離すと、私を睨みつける。私もブルジョアの腕を離し、彼を睨む。

「自称ではない。既にフランシスさんからもそうと認められている。シャルを付け回しているのは貴様の方だ」

「ふん、妄想もここまで行くといっそ滑稽だな少年」

「いいや、妄想などではないさ。彼はシャルロットが見初め、私が相応しいと認めた男だ」

 言いながら、フランシスさんが本社ビル前に現れた。ブルジョアはフランシスさんがやって来た事と、その言葉に驚愕している。

「そ、そんな……!いいや、認めない!僕は認めないぞ!」

 頭を振り、全力でフランシスさんの言葉を否定しにかかるブルジョア。一体、どうしてそこまでシャルに執心しているんだ?この男。

 と考えていると、ブルジョアは私を指差し、こう言った。

「村雲九十九!シャルロットさんを賭けて、僕と勝負しろ!!」

「……は?」

 真剣な顔で宣うブルジョアに対して、私はポカンとした顔を浮かべるしか無かった。−−どうしてこうなった?

 

 

 言いたい事だけ言って帰って行ったブルジョアを呆然と見送った私達は、シャルお薦めのレストランで遅めのランチを食べていた。

「『勝負は明日、ブルジョア家所有のドーム球場で。勝負内容は格闘技。逃げても良いが、その時はシャルロットさんの事は諦めろ』ね……」

 言い終えて、豚フィレ肉のマティニョン風を一口齧る。生ハムの塩気がいい感じだ。

「ってかよ、あいつマジで何なんだ?シャルロットの都合とか気持ちとか、完全に無視してたぜ!?」

 牛ロースステーキを切り分けながら、憤慨した様子で声を上げる一夏。

「……完全に、自分のことしか考えてない、人」

 舌平目のムニエルから丁寧に骨を取り除きつつ、呆れたように簪が言う。

「あれは無い。としか言えない人だったね〜」

 ブフ・ブルギニョン(牛肉赤ワイン煮)の肉をほぐしては口に運ぶを繰り返しながら本音が溜息をつく。

「悪い人だとは思わないんだけど、良い人だとも思えないんだよね……」

 鴨肉のソテーオレンジソースをフォークに刺しては戻すをしながら呟くシャル。

「迷惑な男だな。貴様等はあんな風にはなるなよ、織斑、村雲」

 シューファルシ(キャベツの詰め物)を頬張りつつそう言う千冬さん。それに、私達は重々しく頷く。

「「分かっています(分かってる)」」

 相手を慮る事も出来ないような、そんな男になりたいなど欠片も思わないからな。

「ところでよ、あいつが言ってたそのドームってどこにあんだよ?」

「何処にあるんだ?シャル」

「あ、うん。リヨンの外れにあるって、お父さんが教えてくれたよ」

「「「都合良いー」」」

 

 という訳で、高速鉄道に乗り一路リヨンへ。リヨン駅からデュノア社用車でラグナロクフランス支社開発室に向かう。

 開発室に入ると、長い金髪を毛先で纏めた、吊り目と眼鏡が理知的な雰囲気を醸し出す、20代半ばの細身の青年が出迎えてくれた。青年は私に握手を求めつつ自己紹介をした。

「お待ちしてました、村雲さん。私は、この開発室の責任者のトリスタン・ラ・サールです」

 握手に応えながら、こちらも感謝の意を示す。

「お世話になります、ラ・サールさん。急なお願いを快く聞いて下さった、そちらのご厚意に感謝します」

「いえ、お気になさらず。早速ですが、『フェンリル』をこちらへ。すぐに修理を開始します」

「はい、お願いします」

 ラ・サールさんに促され、彼が押して来ただろうISハンガーに立って『フェンリル』を展開。そのまま機体から降りる。

「では、早速作業を開始します。進捗は逐一報告を?」

「結構。貴方達を信じます。存分にやってください」

 私の言葉に、喜色を浮かべたラ・サールさんは、力強く「お任せを!」と言ったあと、雄叫びを上げながらISハンガーを一人で押して修理スペースに持って行った。あの細腕のどこにそんなパワーがあるのだろう?

 

 『フェンリル』の修理を任せ、次に訪れたのはリヨン郊外の墓所。ここに、シャルの生母であるマリアンヌ・ソレイユさんが眠っているのだ。

「ここだよ」

 シャルが立ち止まった墓石には『Dormir paisiblement(安らかに眠れ) Marianne Soleil(マリアンヌ・ソレイユ) 199X〜20XX』と刻まれている。

 頻繁に人が訪れているのだろう。石には苔も汚れも無く、供えられた花は新しい。その花を見て、私は私達より先にここに訪れたのは誰なのかを何となく察せた。

(シオンの花束……花言葉は確か『君を忘れない』だったか。流石です、フランシスさん)

 墓前に持ってきた花を供え、マリアンヌさんに挨拶をする。

「はじめまして、シャルロットさんと婚約をさせて頂いております、村雲九十九です。こっちはもう一人の婚約者で……」

「布仏本音です〜」

 私の紹介に合わせてペコリと頭を下げる本音。

「シャルロットさんの事は、私が全身全霊を掛けて幸せにしてみせるとお約束します。どうか、彼女を……私達を見守ってください」

 目を伏せて墓前に誓う。と、どこからか冬らしからぬ柔らかな風が吹いて、私の頬を撫でていった。

 それが私には、まるでマリアンヌさんが「うちの子をよろしくね」と言っているように感じられたのだった。

 

 

 マリアンヌさんの墓参りから一夜明けた今日。リヨン郊外にあるブルジョア家所有のドーム球場内は緊張感に満ちた空気で静まりかえっていた。

 その中央。特別に誂えた八角形の闘技場(オクタゴンリング)では、私とブルジョアが睨み合いを演じていた。と言っても、睨んでいるのは向こうだけで、こちらにやる気はほぼ無いが。

「逃げずによく来たな、少年。褒めてやろう」

「まあ、無視しても良かったんだが……逃げたと思われるのも癪なので、な」

 溜息混じりにそう言うが、ブルジョアは気づいていないのかなおもこちらを睨みつけてくる。……面倒臭い人だなぁ。

 と思っているとリングに審判員が現れて、私達にルール説明を始める。

「時間無制限一本勝負。武器使用、目突き、金的は反則とする。異論は?」

「無い」

「有るって言っても聞かんでしょ?じゃあ、無いでいいです」

「では……始め!」

 審判の号令と共に睨みつけるのを止め、私と距離を取るブルジョア。

「さあ、勝負だ!村雲九十九!貴様に勝って、シャルロットさんを僕の物にする!」

「一つ訊きたい。何故、そこまでシャルに執着する?その理由は何だ?」

 私の質問に、フンと鼻を鳴らして、ブルジョアはこう答えた。

「決まっているじゃあないか。飛ぶ鳥を落とす勢いのデュノア社の、名目上とはいえ社長と結婚出来れば、ブルジョアモータースの株は急上昇!僕の地位も急上昇!もしかしたらデュノア社を吸収合併する事だって「もう良い」……は?」

「もう良い、と言ったんだ。クロード・ブルジョア」

 本当に自分の事しか考えていないこの男の物言いに呆れるが、それ以上に−−

「……テメェの下衆な野望の為だけに……()のシャルに手ぇ出そうとしたってのが赦せねぇ……!」

 言いながら、普段は取らない近接格闘戦用の構えを取る。

 今、俺の心はマグマのように煮えたぎっているが、頭は絶対零度に冷えている。……久々にキレちまったよ、本気でさ。

 ギロリ!と奴を睨みつけると、奴は「ひいっ!?」と小さく悲鳴を上げた。

「覚悟しやがれ自己中野郎。お前はこの俺、村雲九十九が徹底的にブチのめす!」

 さあ、お仕置きタイムの……始まりだ!

 

 10分後……。

「ごべんなざい……許じでぐだざい……もう二度ど、ジャルロッドざんには近づぎばぜん。だがら、もう……許じでぐだざい」

 血の海と化したリング上では、激昂モードの発動で修羅と化した九十九によって心身共にボロボロにされたクロードが地面に這い蹲って無様に許しを乞うていた。

 右脚は脛の骨が折れてどす黒く変色し、左足を踏み潰されて骨が飛び出たのか、履いている靴から血が滲んでいる。

 右手は指がバラバラの方向を向いており、左腕は曲がってはいけない方向に曲がっている。

 高かった鼻は殴り潰されてグシャグシャ、歯は殆どが抜けたか圧し折れたかしていて、鼻から下は血塗れになっている。

 その声音は九十九に対する恐怖一色に彩られ、顔面蒼白。全身小刻みに震えており、抵抗する気力は完全に失われていた。

 一方の九十九も血塗れだが、それは全て返り血であり、本人に怪我は一つもない。

 その様子を、一塁側観客席で見ていた一夏達は、九十九のやり口に戦慄を隠せない。

「マジかよ……。ここまでやるか?普通」

「……これが、村雲くんの激昂モード……。すごく、怖い……」

「うん、怖いよね。でもあれは……」

「つくもがしゃるるんのことで本当に怒ってくれた証だから〜、あんまり『ダメだよ』って言えないんだよね〜」

「だが、これで『条件』を満たしていれば良いが、そうでないなら……」

 そう呟いた千冬の懸念は当たっていた。九十九はゆっくりと足を上げ、許しを乞うクロードの頭目掛けて振り下ろそうとする。

「やめて!」

 シャルロットの叫びに、九十九が振り下ろそうとした足を止めてゆっくりと振り返る。

「これ以上は、やめてあげて。その人を、許してあげて。僕は……彼を許すよ」

「……す~……は~……クロード・ブルジョア」

 名を呼ばれたクロードは、ビクッと大きく震えた後、ゆっくりと顔を上げた。

()()の前に二度と面を見せるな。もし見せたら……次は貴様の『タマネギ』を蹴り潰す。分かったな?」

 九十九の言葉に、クロードは首が抜けるのではないかと思う程の勢いで縦に振った。遠心力で血と涙が飛び散るが、九十九は意に介する事無く、クロードに背を向けてリングを去った。

 

 その後、事態を聞きつけたクロードの両親が登場。

 ボロボロのクロードを見て抗議して来るが、九十九が懇切丁寧に事情を話すと一転、揃って全力の謝罪をして来た。どうやら野心に駆られたクロードの私的暴走だったらしい。

 似たような事を何度もやっていたのだろう。両親は今回の一件を受けてクロードをブルジョアモータースから解雇、本人所有の自社株と資産一切を没収の上、ブルジョア一族から追放すると決定。

 最後の情けとして入院治療費は出すが、退院後はクロードに一切関与しないと本人に告げた。

 クロードは元から青かった顔を更に青褪めさせ、温情をかけて欲しいと懇願するが、両親がそれを聞き入れる事はなかった。

 また、迷惑料として九十九に対し自社製の車を譲る事を提案。九十九は「あって困る物でもないか」とそれを承諾。これにより、両者間で和解が成立した、としてこの件は水に流す事となった。

 なお、後日村雲家に送られてきた車は、ブルジョアモータースの自社製品の中でも最高級の1台(2500万円)であった。

 「あって困る物だった!恐くて乗れるかこんなモン!」とは九十九の弁である。

 

 

 クロード・ブルジョアとの決闘(という名の制裁)から2日。遂に今日『フェンリル』が復活の日を迎えた。

「お待たせしました、村雲さん。最終起動テストを行いますので、どうぞ『フェンリル』へ」

「了解」

 ラ・サールさんに促されて『フェンリル』に乗り込み、起動シーケンスを開始。ブン……という鈍い音と共に『フェンリル』に再び火が入る。

「ステータスチェック……完了。各種武装、FCSコンタクト……完了。システムオールグリーン。『フェンリル』起動成功」

 ゆっくりと立ち上がる『フェンリル』に、固唾を飲んで見守っていた整備士達から歓声が上がる。

「完璧に修復されている……良い仕事です、ラ・サールさん」

「ありがとうございます、村雲さん。どうです?少し動かしてみては」

「ええ、是非」

 開発室すぐ隣の屋外試験場に向かい、『フェンリル』を軽く飛ばしてみて驚いた。

「これは……推力が上がっている!?」

「はい。『フェンリル』を修理する際、スラスターノズルを最新式の物に切り替えました。これにより、推力が8%向上しています。また、エネルギー伝達回路の見直しを行いました。この結果、エネルギー効率が5%上昇しました」

「……素晴らしい!本当に良い仕事だ!ラ・サールさん!」

 私の称賛に笑みを浮かべるラ・サールさん。まさか3日で修理だけでなく強化改修まで行なうとは……。ラグナロクの技術者、恐るべし!

 

 『フェンリル』の慣らしを終えた私達は、急ぎイギリスに向かうべくフランス・シャルル・ド・ゴール空港からイギリス・ヒースロー空港へ飛ぶデュノア社所有のプライベートジェットに乗り込んでいた。

「それじゃあお父さん、行って来るね」

「色々とお世話になりました、フランシスさん。この礼はいずれさせて貰います」

「道中気をつけてな、シャルロット。それから九十九くん、気にする事はないよ。義息子(むすこ)の頼みに応えるのも義父(ちち)の務めさ」

「社長、そろそろ離陸時間です」

「ん、分かった。それじゃ、シャルロット、九十九くん、本音さん。また会おう」

 秘書の人に促され、フランシスさんは飛行機を降りて颯爽とターミナルビルへと帰って行った。去り際もカッコいいな、私もああいう年の取り方をしたいものだ。

『当機は間もなく離陸いたします。皆様、席に着いてシートベルトをお締めください』

 機長のアナウンスに従って、各々席についてシートベルトを締める。しばらくして、飛行機がフランスを飛び立った。目指すはイギリス・ロンドン。何かと濃い3日だったが、まあこれも思い出か。

(さらば、フランス。……また会いに行きます、お義父さん)

 心中でフランシス……お義父さんに再開を約束し、私は次なる地へと想いを馳せるのだった。

 だが、この時はこの場にいる誰もが、まさかあんな事になるなどと思っても見ていなかったのだった。




次回予告

辿り着いた英国の地。そこで待ち受けていたのは意外な人物達。
そして、涙滴は一の従者を追って倫敦を駆ける。
果たして、従者の真意とは?

次回「転生者の打算的日常」
#81 倫敦動乱

三度目は無いぞ、土砂降り女。
ええ……決着は全てが終わった後で着けましょう、魔法使い

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