転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#08 入学

 IS学園。正式名称『国立インフィニット・ストラトス学園高等学校』

 ISの登場から半年後、アラスカ条約に基づいて日本近海の人工島に建設された、IS操縦者育成のための特殊国立高等学校だ。

 操縦者に限らず専門のメカニックや研究員など、ISに関係する多くの人材がこの学園を卒業している。

 また、この学園はどこの国際機関にも属さず、あらゆる組織、国家の干渉を受けない。とされており、他国のISとの比較や新装備の性能試験をする場合に重宝される。

 ただ本当に全く干渉を受けないかといえばそうではなく、有名無実化しているのが実状である。

 当然の事ながら、在籍者は用務員と警備員を除いて全て女性であり、校舎や学生寮も基本的に女性向けに造られている。

 そんな女の園に今年、男子生徒(イレギュラー)がやってくる。それも、二人も。

 

 

「全員揃ってますねー。それじゃあショートホームルームをはじめますよー」

 黒板の前で微笑む女性教師は、このクラスの副担任の山田真耶(やまだ まや)先生。

 生徒達とほぼ変わらない身長と、サイズの合っていない緩めの服装、ややずれた黒縁眼鏡が原因か『無理に大人の服を着た子供』のような背伸びしている印象を覚えた。

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

「「「…………」」」

 山田先生が声をかけるが、教室は妙な緊張感に包まれており、誰からも反応がなかった。

「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 狼狽える山田先生が少々不憫だったが、私自身反応をする余裕がなかった。

 クラスメイトがほぼ全員女子。しかもその視線は、もれなく私と一夏に向いている。

 私はまだましだが、一夏は席が悪かった。よりにもよって中央最前列。否が応でも視線が集中する。

 その一夏がチラリと窓側に目を向ける。私もつられてそちらに目を向けると、そこには懐かしき幼なじみの篠ノ之箒がいた。

 救いを求めるような一夏の視線に、彼女は窓の外に顔を逸らす事で答えた。

 照れから来る行動だろうが、今回はタイミングが悪かった。あれでは一夏は『俺、嫌われてる?』と思うだろう。あわれ箒。

 

「織斑くん。織斑一夏くんっ」

「は、はいっ!?」

 突然大声で名を呼ばれた事に驚いたのか、返事が裏返る一夏。それを聞いた女子のあげる含み笑いに、一夏はますます落ち着きを無くしていく。

 山田先生がぺこぺこ頭を下げて謝りながら、一夏に自己紹介を促す。覚悟を決めたのか、一夏がこちらに向き直って……。

「うっ……」

 一気に集中する視線にたじろいだ。

「えー……えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 頭を下げる一夏だが、空気が『これで終わりじゃないよね?』と言っている。それに気づいたのか、一夏は固まっていた。

 何か言おうとするが、何も頭に浮かばないのだろう。やがて大きく息を吸い、口を開く。

「以上です!」

 

がたたっ!

 

 思わずずっこけた女子が数人いた。期待していた分、その落差が激しかったのだろう。

「あ、あのー……」

 山田先生が一夏に声をかける。さっきより涙声成分が2割増しだ。と、教室のドアが開く。中に入ってきた女性を見て、私は一夏に声をかけた。

「一夏、後方注意だ」

「へ?(パァンッ!)っ痛!?」

 頭を叩かれた一夏は、その痛みに覚えがあったのか恐る恐る後ろを振り向く。私も一夏の後ろにいる女性を改めて視界に収める。

 スラリとした長身と、鍛えられているが決して過肉厚でないボディライン。黒のスーツとタイトスカートが、彼女の芯の強さと美しさを一層際立てる。組んだ腕と狼のごとき鋭い吊り目は、どこか威圧的だ。果たしてそこにいたのは……。

「げえっ、関羽!?」

 ではなく、一夏の姉にしてIS学園教師、今年度一年一組担任の織斑千冬さんであった。

 

パァンッ!

 

 また叩かれる一夏。その大きな打撃音に、女子が若干引いている。

「誰が三國志の英雄か、馬鹿者」

 トーン低めの声。相変わらず弟に厳しい人だ。

 千冬さんの登場に安堵したのか、今にも泣きそうだった山田先生の表情がパッと明るくなる。

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

「いえ、副担任ですから、これくらいはしないと……」

 千冬さんの優しい声に、山田先生はやけに熱っぽい声と視線で答える。ん?今はにかんだか?

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を−−」

 千冬さんの言葉と、女子達の黄色い声援を思考を分割して聞きつつ、私はこの激動の2ヶ月を思い返していた。

 

 

 私、村雲九十九と我が友人、織斑一夏がISを動かしたというニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡った。

 私と一夏の自宅には連日マスコミが押し掛けて来て、口々に「ISに乗れると分かった時のお気持ちは?」「IS学園に進学するにあたって所信表明を」「専用機はどこの企業に?」と、実にしつこく聞いてきた。

 数日後に政府の人間が終日監視を始めた事でマスコミの取材攻勢は収まったが、その間、気の休まる時はなかった。

 それから一月経った頃、父さんが「僕の会社に来て欲しい」と言って来た。なんでも、私に見せたい物があるらしい。恐らく『神の創ったIS』が形になったのだろう。

 父さんが働いている会社の名前は『ラグナロク・コーポレーション』。

 今から10年前、父さんの古い友人が祖父から受け継いだ会社を母体にして興した会社で、軍用の機械部品の他、衣服から日用品までありとあらゆる物を扱っている総合企業だ。起業から2年後、ISの研究・開発を開始した(事に主神の力でなった)そうだ。

 開発品には特殊な装甲材や妙なギミックのある武器が多く、あまりにも使う人を選ぶそのマニアックさからか、IS業界では知る人ぞ知るという感じの企業である。

 

 私と父は社屋内のある部屋の前に居た。ドアには『社長室』の表札。まずは社長に挨拶をという事か。

「藍作、僕だ」

「ああ、入ってくれ」

 ドアが開き、この部屋の主が姿を現す。彫りこそ深いが、黒髪黒目の日本人的顔立ち。精悍な体つきと、たてがみのようなヘアスタイルは、野生のライオンをイメージさせる。

 この男性がラグナロク・コーポレーション社長にして、私の父『村雲 槍真(むらくも そうま)』の無二の親友。

「はじめまして、九十九君。仁藤 藍作(にとう あいさく)だ。よろしく」

 

ーーー

「で?挨拶も満足できんのか、お前は」

「いや、千冬姉。俺は−−」

 

パァンッ!

 

 三度目の打撃音。

「織斑先生と呼べ」

 校内で身内呼びはなしだ、一夏。

ーーー

 

 藍作さんに連れられ、私は会社の地下にある研究所へ案内された。

「社長、彼が……?」

 くたびれたYシャツとスラックスに白衣を着た、いかにもな感じの研究員が藍作さんに近づき、声をかける。

「ああ、村雲九十九君。『二人目』にして、我らの新たな仲間さ」

「やはり。はじめまして村雲君、私は絵地村 登夢(えじむら とむ)。この研究所の主任研究員をやっている者です」

「村雲九十九です。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。さて、早速で恐縮ですが九十九君。まずはこちらへ」

 絵地村博士に促されて、私と藍作さんは『絵地村研究所』と書かれた部屋の前にやって来た。

「さあ、入ってください」

 部屋に入るとそこには一機のISの姿があった。

 全体的に灰銀色の装甲、そこにアイスブルーのラインが所々に入っている。流線的でありながら鋭さを感じるフォルム。

 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)は大型ウィングスラスターのようで、機動力が高そうだ。

 狼の意匠のヘッドセットが、孤高の狼王をイメージさせる。

「これが……」

「はい。我がラグナロク・コーポレーションが総力を結集して造り上げた第三世代型IS。『魔狼王(フェンリル)』です」

 

 

「さて、時間がないので自己紹介は各自で行うように。ただし、村雲」

「はい?」

 千冬さん水を向けられたために、分割思考を一時中断する。

「皆、お前の事が気になっているようだ。自己紹介をしろ」

「了解です。ちふ……織斑先生」

 持ち上げられた出席簿に両手を挙げて降参の意を示しつつ、席を立つ。

 自然に集まる視線につい一歩後退りしてしまった。しかしここで呑まれるわけにはいかない。意を決し口を開く。

「ゴホン……あー、村雲九十九です。何の因果かISを動かしたために、ここで勉学に励む事になりました。よろしくお願いします。時間が無いそうなので、質問は後程受け付けます」

 言い切ってチラリと千冬さんの方を見る。

「ふん、まあ良いだろう。では授業を開始する」

 どうやら、出席簿アタックは回避出来たようだ。

 まずは、初日を切り抜ける事を考える事にしよう。そう考えて、私は授業の準備を始めた。

 

 こうして、一夏と私はIS学園に入学を果たした。

 私はこれからやってくる数々の厄介事(原作イベント)に、今から胃が痛かった。

 

 

 ここに一機のISがある。灰銀色の装甲の、狼の意匠をちりばめたそのISの名は『フェンリル』

 『ラグナロク・コーポレーション』が総力を結集して完成させた、第三世代型ISである。

 搭載した()()()()が原因で誰にも扱えないと思われていたが、『二人目の男性IS操縦者』である村雲九十九が極めて高い適性を見せたため、その専用機として運用される事になった。

 『神喰らいの狼王』の牙にかかるのは、はたして……?

ーーーIS関連企業向け月刊誌『月刊女のIS』より一部抜粋




次回予告

少年は、多くの人から「彼ならば」と推された。
少女は、ただ一人「自分が相応しい」と吠えた。
よろしい、ならば決闘だ。

次回「転生者の打算的日常」
#09 学級代表決定戦(勃発)

せめて、私の利になって欲しいものだ

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