転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

79 / 146
投稿が大幅に遅れた事、伏してお詫びしますm(_ _;)m。
リアルが忙しかったのと、展開を何度も見直しながら書いていたもので……。
次回はもう少し早く更新できるよう、鋭意努力致します。

それでは、どうぞ。


#79 強襲、双子鷹

 Deランドでの一件から数日後、セシリアはプライベートジェットで一路イギリスへ向かっていた。

『十中八九罠だろうな』

『九十九の言うとおりだぜ、危険だ』

『ええ、分かっていますわ。ですが、チェルシーを放っておけませんもの』

 あの日の謎のレーザー攻撃は、観測所からの情報で衛星軌道上からのものと判明している。

 一体何者によるものなのか?チェルシーとの関係は?開発途中だったはずの『ブルー・ティアーズ』3号機が完成していた理由は?考えれば考える程、謎は深まっていくばかりである。

『とにかく、わたくしはイギリスに飛びます』

『そういう事なら、俺もついて行くさ』

 セシリアの手を握り、正面から言う一夏。

『一夏さん……感謝しますわ』

 という訳で、二人でイギリス入国−−となるはずだった。この男のこの一言さえ無ければ。

『事件の大きさに対して、お前達二人だけでは余りに戦力不足だな。いっそ全員で行くべきだろう』

『え?』

『おう、それもそうだな。よし、みんなで行こう』

『ええええええっ!?』

 

 

 という訳で、現在。()()はセシリアのプライベートジェットで一路イギリスを目指していた。メンバーは−−

「ちょっとセシリア、のど乾いたわよ。あ、これ冷蔵庫?ラッキー。コーラ飲んでいい?」

「しかし、ISで飛行するのとはまた違った感覚だな」

「自家用ジェットかぁ。セシリアって本当にお嬢様なんだね」

「この飛行機は赤外線センサーは積んでいるのか?」

「あ、ポテチ、食べる?」

「わ〜い、食べる〜!」

「簪ちゃん、本音ちゃん、飛行機でポテチ食べるって勇気あるわねぇ」

「驚いた。各国のIS委員会が渋ると思ったが、まさか即日で全員にビザ発給とは。世界もこの一件、重く見ているという事か」

「みなさーん、ちゃんと席につかないと危ないですよー」

「山田先生、コーヒーを頼む」

 専用機持ち全員(いつものメンツ)&山田先生+千冬さん。要はIS学園の最大戦力総出撃である。

「九十九さんがああ言った以上、こうなる(全員集合)とは思っていましたが……」

 セシリアの諦念の混じった声に、私はこう言って応えた。

「皆、君が心配なのだよ。だからこそ、こうして付いて来たのだ。ありがたく思いたまえ」

 私の言葉にセシリアが「一応、お礼を申し上げます」と言いながら頭を下げると、ラヴァーズは「気にするな」と笑って返した。が、真実は少し違う。

 

 イギリス出発2日前−−

「という訳だ。別に来いとは言わん。だがこの一件、二人で行かせれば第一夫人の座はセシリアに大きく近づくだろう。……どうする?」

「「「行く!」」」

 

 以上が事の真相である。ほんとこいつら御し易くていいわ。

「おい、セシリア。この飛行機に赤外線センサーは付いているかと訊いている!」

「ラウラ、さっきから一体何を……」

 言っているんだ。と言おうとして、言えなかった。ラウラの後ろの席の窓、そこからミサイルランチャーを構えたISがこちらを追いかけて飛んでいるのが見えたからだ。

 私が彼女の存在に気づいた次の瞬間、彼女はランチャーからミサイルを一発放った。

「当機に対してISがミサイル攻撃を仕掛けてきた!総員、ISを展開の上脱出!セシリア、君はパイロットを、一夏、お前は千冬さんを抱えろ!」

「え、えっ?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。急にそんな……」

「さっさとしろ!死にたいのか!」

「「「は、はい!」」」

 怒鳴るように言うと、皆(ラウラ除く)が慌ててISを展開する。直後、飛行機のエンジンにミサイルが着弾、爆発音と共に機体が大きく傾ぐ。

「私が《フルンティング(こいつ)》で壁を斬り開く!順次そこから飛び出せ!」

 言うなり、《フルンティング》で飛行機の壁を大きく斬り飛ばす。

「行け!」

 号令一下、飛び出して行く一同。全員が飛び出したのを確認した後、私が最後に飛び出す。

 次の瞬間、飛行機はガソリンに火が着いたのか爆発四散。もう数秒遅ければ、爆発に巻き込まれていたな。

「さっきのIS、シルエットからしてロシア製か!?何考えてるんだあのイワン(ロシア人)通りすがり(領空通過中)のイギリスの町娘(民間航空機)いきり立ったモノ(ミサイル)をぶち込んでイカせ(撃墜す)るなんて、下手すれば国際問題に発展するぞ!」

「ちょ、つくも!?」

「言い方がなんかやらしいよ!?」

「え?あれ?」

 そんなつもりは全く無かったのに口から飛び出た下品な言い回し。……何か変な電波でも拾ったかな?

 

 全員が飛行機から脱出したその先で待ち受けていたのは、くすんだ金髪に狐目の、20代前半の女性。その身に纏うのは、楯無さんの『ミステリアス・レイディ』の元となったIS『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』の発展機、『ロシアの深い霧(グストーイ・トゥマン・ルスキー)』の零号機(プロトタイプ)だ。間違いない。あの人は−−

「さすがにしとめきれなかったかナー?ねえ、更識楯無さん!」

「先代ロシア国家代表、現・候補生序列二位、『深霧(ディープ・ミスト)』のログナー・カリーニチェ……!」

「面倒なのが来たわねぇ。一夏くん!九十九くん!」

 バッと扇子を広げる楯無さん。そこに書いてあった文字は『先に行け』。

「あの狐目年増の相手は私がしましょう。織斑先生、引率お願いします」

「了解だ。不覚はとるなよ?」

「ふう……。私は更識楯無ですよ?」

 楯無さんはそう言うと、《ラスティー・ネイル(蛇腹剣)》を展開して構える。

「お仕置きして、あ・げ・る♪」

 台詞が原因でどっちが悪役なのかわからない状況だが−−

「一夏、ここは楯無さんに任せて行くぞ。ここにいても何も始まらん」

「おう、分かった。楯無さん、気をつけて!」

 一夏が楯無さんに一声かけ、そのまま超低空飛行で現場を離脱。それに続いて私達も現場を離れた。

 それからすぐ、楯無さんが残った空域から連続的な爆発音が響く。……始まったか。楯無さん、どうか無事で!

 

 後に、カリーニチェが九十九達の乗る飛行機を襲撃したのは、「お姉様(楯無)に会えなくて寂しさが募り過ぎ、たまたまお姉様の乗る飛行機が上空を通過すると知って、どうしても会いたくなってやった」から。という事がわかった。

 あんまりと言えばあんまりなその理由に、九十九が盛大な溜息をついたのは言うまでもない。

 

 

 急襲して来たカリーニチェ女史を楯無さんに任せ、私達は一路ドイツ軍IS配備特殊部隊『黒兎隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)』の駐屯基地へと飛んでいた。

 IS装備者だけしかいないのならこのままイギリスまで飛んで行っても構わないのだが、私達パーティには千冬さんと飛行機のパイロットというISがない人がいる。その二人を抱えたままイギリスまで飛ぶのは、二人の負担になる。そういう判断から、飛行機の墜落地点から最も近いそこへと向かっている。という訳だ。

 ……千冬さんは平気なのではないか?と思ったのは私だけでは無いはずだ。

「おい、一夏。そろそろ疲れたろう。千冬さんは私が受け持とう」

 箒の一夏を気遣った……ように見せて単なる千冬さんへの嫉妬から来た言葉に対し、一夏は首を横に振って答えた。

「いや、このままで行こう。千冬姉は俺が面倒見るよ」

「そ、そうか……」

 はっきりとそう言われてしまえば、箒も引き下がるしかない。しかし、その顔は実に苦々しげだ。そして、それは他のラヴァーズも同様。その視線は、一夏に横抱きに抱えら(お姫様抱っこさ)れている千冬さんに不可視の質量を持って突き刺さる。それを感じ取ったのか、千冬さんは珍しく落ち着きなさげにする。

「あー、そのー、なんだ、一夏。私の事は置いて先にイギリス入りしたらどうだ?」

「千冬姉を置いていけるわけ無いだろ!」

 珍しく、千冬さんに対して強気の発言をする一夏。千冬さんが僅かに驚いたような顔をしたのを、私は見逃さなかった。

「……まったく、しょうのないやつだ……」

 そう言って、千冬さんは一夏の首に回した手に少しだけ力を込める。

「千冬さん、随分嬉しそうな顔をしていま−−「ふんっ!」ごはあっ!?」

 久々に見せてくれた千冬さんの隙を突こうとしたら、問答無用のアッパーシュートが顎に見舞われた。……痛い。

 

 あと30分も飛べば『黒兎隊』駐屯基地が見えてくる。という所で、『フェンリル』の広域レーダーにISの反応が2機現れた。

「ラウラ、『黒兎隊』の人達に「迎えに来い」と命じたか?」

「いや、そんな命令は−−」

 ラウラが言い切るより早く、『フェンリル』からロックオン警報が届く。もう間違いない。これは……!

「敵襲だ!各機、散開!」

 号令一下、全員が異なる方向へ散る。数瞬後、私達のいた場所を大量のライフル弾が通過して行った。

(今の銃声……IS用のブローニング自動小銃(BAR)、その強化改修タイプか!?)

 ISの武装としては些か型遅れなBARを好んで使うIS乗りに、心当たりは無い。襲撃者は一体何者だ?

(考えられるのは、情報収集の遅れているアフリカ諸国の代表候補生……いや、無いな。私達を襲う理由もメリットも無い。ドイツの別勢力……これも考え難いか。千冬さんに仕掛ける愚を、ドイツが犯すとは思えない。なら、残る可能性は−−)

「九十九、上!」

「っ!?」

 シャルの鋭い声にハッとして上を見ると、大型の片手斧を頭上に構えたISが急降下していた。

「ふふっ」

「ちいっ!」

 怪しい笑みを浮かべて斧を振り下ろしてくるのを、間一髪後方への瞬時加速(イグニッション・ブースト)で躱す。

「あら、外されちゃった。結構やるのね、貴方」

 さして気にしていないような声音でそう言いながら、体勢を整える襲撃者。その身に纏ったISに、私は見覚えがあった。

 猛禽類の翼を思わせるウィングスラスター、全体に薄く、軽さを追求したかのような各部装甲。両足に付いたクローユニットと脹脛のブースター。カラーリングは茶褐色に黒のライン。やはり間違いない、この機体は−−

「UAE製第三世代型IS『(シャヒーン)』シリーズの片割れ……『告死天使(アズライール)』!」

「残念、そっちは『告命天使(スルーシ)』。こっちが『アズライール』よ」

 言いながら現れたのは、肩にBARを吊り下げたIS。全体のシルエットが先に現れた『スルーシ』に似ているが、こちらは『スルーシ』に比べて各部の装甲がかなり厚く、鈍重な印象を受ける。

 そういえば、『鷹』シリーズのコンセプトは『重装甲近距離型と高機動遠距離型の2機による連携戦闘』だったか。だとすると得物が逆じゃないか?と思っていたら、二人は互いの得物を取り替えた。……なるほど。

「さっきのは挨拶代わりの様子見……。ここからが本番、と言う訳か」

 私の呟きに、二人は妖艶な笑みで返した。

「一夏、セシリア。お前達はドイツ軍基地へ急げ。この二人、荷物を抱えて戦える相手では−−「あ、勘違いしないで」む?」

 私が一夏達に指示を出そうとしたのを遮って、『スルーシ』を纏った方が言った。

「私たちの標的は貴方よ、村雲九十九。他に用はないわ」

「何?」

「そういう事。さ、さっさと行きなさいな。あんまりノロクサしてるようだと、後ろからバッサリ行くわよ?」

 「しっしっ」とばかりに手を振る『アズライール』。「邪魔だ」と言われた一行は、彼女達の態度に戸惑いを見せたが、私の『行け』という目配せに小さく頷いてこの場から去った。

「シャル、本音。君達も行け」

「「でも!」」

「行ってくれ。君達を人質に取る可能性を考えたら、酷な言い方だが居てくれない方が良い」

「……分かった。気を付けて」

「無理しちゃだめだよ〜?」

「ああ」

 シャルと本音は、途中何度も振り返りながら、一夏達の後を追って戦域を離脱していった。

「さて……と」

 改めて、今回の襲撃者二人に目を向ける。

 どちらも銀髪碧眼。『スルーシ』の方が膝に届く長髪、『アズライール』の方がショートボブスタイルにしている。街を歩けば男女問わず一度は振り返るのではと思う程の美貌が目に眩しい。

 ファッションモデルをやっていると言われれば信じそうなくらいその体型はスマートで、しかし女性的魅力に満ちている。だが、それら全てを台無しにしているのが……二人の『眼』だ。

 その眼には、極めて強い『殺人欲求』が垣間見える。そのせいか、碧いはずのその目は酷く淀み、濁っているように感じる。

 その一方で、その欲求を『流儀』と『契約』で抑え込む事が出来るだけの理性も持ち合わせている。一夏達が真横を通っても一瞥すらくれなかったのはその為だろう。

 間違いない。こいつ等は『裏』の更なる『裏』、『闇』に身を置く者達だ。

「そろそろいいかしらね……」

「ええ、あの子達は彼を助けようとして、きっと戻ってくる。その前にさっさと終わらせましょう」

「じゃあ、覚悟はいいかしら?……死んで貰うわ、そのISに」

「ん?待て、今のはどういう−−「質問とは余裕ね」ぬおっ!?」

 今のはどういう意味だ?と言い切るより先に『アズライール』が私に肉薄。片手斧を振り下ろしてくる。

 辛うじて《レーヴァテイン》の展開が間に合い、受け止める事こそ出来たものの、そのまま押し込まれて右肩装甲に斧が当たり、装甲を抉っていく。

「ぐうっ!」

「ほら、ボディがガラ空きよ」

 言いながら、BARを乱射する『スルーシ』。斧の一撃を受けて怯んだ事で反応が遅れた私は、ばら撒かれたライフル弾を手足にまともに食らってしまう。

「がっ……!」

「ほら、もう一発行くわよ?」

「……ちいっ!」

『アズライール』の振り回す斧をスウェーバックで躱す。が、僅かに躱しそこねて胸部装甲に浅く切り傷が入る。そこに飛んでくる『スルーシ』のBAR乱射。

 二人の隙の無い連携に、体勢を立て直す暇すら与えて貰えない。しかし、先の斧の一撃も、BARの射撃も、致命の一撃には及んでいない。だが……だからこそ妙だ。

 暗殺者ならば、『仕留められる時に確実に仕留める』のが普通のはず。にも関わらず、斬りかかる前、撃つ前にこちらに声をかけて注意を促している。

 更に、その攻撃もISの絶対防御が最優先で発動する頭や首、心臓や肝臓といった重要臓器のある場所(バイタルポイント)を直接狙ってきていない。なぶり殺しにするつもりか、それともさっきの一言通り−−

「彼女達が「殺せ」と命じられたのは、私自身ではない……?」

「考え事をしてる暇があるかしら?」

「ぬうっ!」

 『アズライール』の振り下ろす斧を《レーヴァテイン》で受け止め、そのまま鍔迫り合いに移行する。斧と《レーヴァテイン》の刃がギリギリと音を立てて軋む。

 『スルーシ』は動かない。こちらが決定的な隙を見せるのを待っているかのように、BARを構えて待機している。

「答えてくれるとは思っていない。が、それでも訊く。貴女方に依頼、或いは命令をしたのは……亡国機業(ファントム・タスク)の人間だな?」

「……どうしてそう思うのかしら?」

「『イエス』という事だな。理由は、貴方達のISだ。『鷹』の2機は2ヶ月前にUAEから亡国機業によって奪取されている。それを纏っているという事は、貴女方は亡国機業の関係者、もしくはISを『依頼料』代わりに受け取った外部協力者のどちらかだ」

「…………」

「その沈黙は『イエス』と取るぞ」

 問答の間も鍔迫り合いは続いていた。と、《レーヴァテイン》の刀身にピシッという音を立ててヒビが入る。

 このままではこちらの得物が先に死ぬ。そうなれば、次の得物を呼び出す(コールする)より早く、『アズライール』の一撃が入るか、それを隙と見た『スルーシ』のBARが火を吹いて大ダメージを受けるだろう。……まずい状況だな……ならば!

「ぬんっ!」

 『アズライール』の腹に蹴りを入れつつバックブースト。一気に距離を取ると同時に銃を持たせた《ヘカトンケイル》を展開、『スルーシ』に牽制射撃を行う。

「そして、貴女方が「殺せ」と命じられた対象は……『フェンリル』だな?その証拠に、私に対して殺気はぶつけて来ても殺意をぶつけて来ていない。貴女方が私にそうするのは、依頼人が恨みを持っているのがあくまで『フェンリル』の開発元か開発者であり、私はある意味で()()()()から。違うか?」

「……これ以上の沈黙は無意味のようね」

「ええ。思ったより頭の回転が速いわね、彼」

 戦闘態勢を維持したまま、二人は答え合わせを始めた。

「確かに、私達は亡国機業の人間」

「亡国機業暗殺部隊『グリムリーパー』所属の暗殺者よ。あいにく、名乗る名前なんて無いけど」

「依頼人の事は言えないわ。こっちもプロだから、信用を落とすような真似はしたくないの」

「構わない。ラグナロクが各方面から恨まれているのは知っている。きっと依頼人も、ラグナロクによって何らかの不利益を被ったのだろう。だが……」

 

パチンッ!

 

 フィンガースナップと共に《ヘカトンケイル》が2機の『鷹』に一斉に狙いを定める。

「だからといって『はい、そうですか』とやられてなどやれん。全力で抗わせて貰う」

 私の言葉に、二人は喜悦の表情を浮かべてそれぞれの得物を構え直す。直後、ドイツ辺境の森に無数の銃声が鳴り響いた。

 

 

 九十九が双子の暗殺者と戦闘を開始して10分が経過した頃、一夏達は可能な限り急いでドイツ軍基地に向かっていた。

「ラウラ!基地はまだ見えねえのかよ!?急がないと九十九が!」

「分かっている!だが、生身の人間を抱えた状態では、これ以上のスピードは出せん!」

「……くそっ!」

 満面に焦燥を浮かべる一夏に、その腕に抱えられた千冬が声をかける。

「落ち着け、織斑。奴の事だから、打開策は講じているはずだ。だろう?ボーデヴィッヒ」

「はい、教か「織斑先生だ」……織斑先生。九十九は私に個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)で指示を出してきました」

「ラウラ、九十九はなんて?」

 シャルロットの質問にコクリと頷いて、ラウラは口を開いた。

「私から黒兎隊に連絡して、織斑先生とパイロットを受け取りに来て貰え。その上で、可能なら救援を。と」

 ラウラがそう言った直後、IS特有のブースター音が一夏達の耳に届いた。

「「隊長!お待たせしました!」」

「来たか、クラリッサ、マルグリット」

 現れたのは専用IS『シュバルツェア・ツヴァイク(黒い枝)』を纏った黒兎隊副長クラリッサ・ハルフォークと、黒兎隊仕様の『ラファール・リヴァイブ』を纏った同隊員、マルグリット・ピステールの二人だった。

「早速だが、教官……もとい織斑先生とパイロットを任せる。私達はこれより、九十九の救援に向かう」

「「はっ!」」

 綺麗な敬礼をするクラリッサとマルグリットにラウラが首肯すると、一夏達は元いた場所に急行を開始した。

 なお、この後クラリッサとマルグリットの間で『どっちがどっちを運ぶか』で5分程揉め、千冬から叱責を受けた。というのは、甚だ余談である。

 

「急ぐぞ!皆!」

「ってもさあ、九十九の事だし、今頃アイツら倒してんじゃない?」

「ええ。《ヘカトンケイル》を使えば、一対多戦闘くらい余裕でしょうし」

 鈴とセシリアの言葉を否定したのは、シャルロットと本音だ。

「ううん。《ヘカトンケイル》にだって弱点はあるよ」

「うん。つくもが「いずれ分かる事だから」って教えてくれたよ〜」

「《ヘカトンケイル》の弱点だと?何だそれは?」

「それはね……『長期戦に不向き』って事だよ」

 

 

 私は、数あるISの武装の中で《ヘカトンケイル》ほど長期戦に不向きな武装は無い。と思っている。

 まず第一に、数を出せば出す程消費するエネルギーと弾薬が増える。いかに超超大容量拡張領域(ユグドラシル)があるとはいえ、収納しておける弾薬には限界がある。全機展開し、無計画にバカスカ撃てば、10分保たずに弾切れを起こすだろう。

 第二に、《ヘカトンケイル》の操縦方法だ。戦術支援AIによって負担は減ったものの、一機一機を思念操作するという点は変わっていないため、脳に負担が掛かる事に変わりはない。

 しかも、第二形態移行(セカンドシフト)前は使用後に襲っていた頭痛が、第二形態移行後は使用中に襲ってくるようになる。という全く嬉しくない仕様変更まである始末。

 結果として、私が《ヘカトンケイル》を十全に操作できる時間は、全機同時展開時で5分。必要数をローテーションしながら展開しても20分保てばいい方になった。

 つまり、《ヘカトンケイル》を出したなら、できるだけ速やかに決着をつけないと敗北一直線という事だ。そして、今回はそうなった。なって、しまったのだ。

「ぐっ……うう……」

「《ヘカトンケイル》使用開始から19分。どうやらもう限界みたいね」

「ええ。情報通りだわ……こちらも大分追い込まれたけれど、これで終わりね」

 襲い来る強烈な頭痛に苛まれ、《ヘカトンケイル》どころか『フェンリル』の操作すらまともに出来なくなった私を、『アズライール』と『スルーシ』が見下ろしている。

 もっとも、彼女達にも相当の打撃を与えたのは確かで、それぞれのISには装甲の抉れた跡や弾丸の直撃した形跡がそこかしこにある。だが、私の方が深刻度で言えば上だ。

 双子の波状攻撃によって『フェンリル』は既に具現維持限界(リミットダウン)寸前で装甲はボロボロ。『スルーシ』との壮絶な撃ち合いで弾丸はほぼ枯渇、更にまともに体を動かせない程の頭痛を抱えている。形勢は圧倒的にこちらに不利だ。

「ごめんなさいね、これもお仕事なの」

 言いながら、私にBARを向ける『スルーシ』。と、そこにシャルロットと本音の声が響く。

「「九十九(つくも)!」」

「九十九のあの顔色……まずいぞ!シャルロットの説明通りなら、今のあいつは機体も満足に動かせない状態だ!セシリア!」

「おまかせを!」

 セシリアが《スターライトMk−Ⅲ》を構え、狙撃体制に入った直後、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で急接近した『アズライール』の斧の一撃で、その銃身が寸断された。

「やらせないわよ、お嬢さん」

「「なっ!?」」

 その反応の速さに驚くセシリアとラウラ。

「残念、あなた達が来るのは予想済みよ。まあ、予想よりだいぶ早くて驚いたけど」

「くっ!シャルロット、本音!」

「「うん!」」

 返事と同時、二人は瞬時加速を利用して『アズライール』の横をすり抜け、こちらに飛んでくる。しかし−−

「ちょっとだけ、間に合わないわね」

 それより早く、『スルーシ』がBARの引金を引いた。

 瞬間、吐き出される大量のライフル弾。ほぼ零距離から放たれたそれは、一発の外れもなく『フェンリル』の装甲を粉々に砕いた。

「があああああっ‼」

「「九十九(つくも)ー!」」

「く……そ……」

 泣きそうな顔で近づく二人を視界に収めながら、私の意識は暗闇に呑まれていった。

 

 超過ダメージによって『フェンリル』の展開が解け、そのまま崩れ落ちる九十九を地面に倒れる寸前でシャルロットが受け止める。

「九十九、しっかりして!」

「…………」

 シャルロットが肩を揺すって起こそうと試みるが、九十九は身じろぎ一つしない。

 本音がすぐに『フェンリル』の状態を確認すると、九十九はISの搭乗者保護機能によって昏睡状態に陥っている事が分かった。

「しゃるるん、まずはつくもを安全なところに連れてこ?」

「……分かった」

 本音の言葉に頷いて、九十九を抱えるシャルロット。力無く垂れ下がった彼の腕が、ダメージの深刻さを物語る。

「アンタら、よくもアタシらの友達(ツレ)をやってくれたわね……!」

「恨みもあるが、それ以上の恩がある……九十九を傷付けた貴様らは、ここで斬って捨ててくれる!」

 九十九が重体となった原因を作った二人に敵意を剥き出しにする箒と鈴。だがそれは−−

「待って、二人とも。今は一刻も早く九十九をお医者さんに見せるのが上策だよ」

 九十九の状態を心配するシャルロットによって止められた。それに続いたのは本音。

「それに、多分だけどこの人たちとつくもはまた会う気がするから〜。だから……」

「「その人たちを倒すのは、九十九(つくも)に任せよ、ね?(にっこり)」」

 顔は笑んでいるが、目が全く笑っていない笑顔を箒と鈴に向ける二人。その笑みは、どこか九十九の(自称)誠心誠意の笑顔に似た『凄み』があった。

「「あ、ああ(え、ええ)。分かった(わ)」」

 それに圧倒されてか、二人は引き下がる。それに驚いたような顔をしたのは双子の暗殺者だ。

「いいの?私達を逃がして」

「今なら、ちょっと突けば倒れるかも知れないわよ?」

 双子の質問にシャルロットは頷いてこう言った。

「多分、九十九が起きていたら言うだろう事を言います『今回は私が負けた。ああ、完膚無きまでに負けたとも』」

 シャルロットの言葉に、本音が続く。

「『だがな、私も『フェンリル』も完全には死んでいない。だから復讐の機会がある。次は私が貴女方を完膚無きまでに叩き潰してやる』」

「「『その時まで、首を洗って待っていろ!』」」

 ビシッ!と双子に指を突き付け、声を揃えて言う二人。それに対して、双子はフッと笑みを浮かべた。

「なら、彼が起きたら伝えてくれるかしら」

「私達は暗殺者。同じ標的の前に2度現れるような事はしない。けど……」

「「貴方の挑戦なら、いつでも受けてあげる。って」」

 そう言うと、双子は踵を返して飛び去って行った。それを見届けた後、一夏達は黒兎隊駐屯基地へと改めて向かうのだった。

 なお−−

「なあ、簪……」

「……言わないで」

「俺たち、空気だったよな……」

「…………言わないで」

 こんな会話が二人の間でなされたのは、まあどうでもいい事だろう。

 

 渡英作戦1日目 戦果報告

 

 セシリア・オルコット所有の自家用ジェット−−ロシア・ウクライナ国境付近上空にて爆発四散。損害額約70億円。

 

 更識楯無−−襲撃して来たログナー・カリーニチェと交戦、勝利。その後、独自ルートでイギリスを目指し進行中。

 

 その他メンバー−−双子の暗殺者に襲撃を受けて重体となった九十九の意識回復のため、黒ウサギ隊駐屯基地にて待機中。

 

 村雲九十九−−『フェンリル』大破。搭乗者保護機能により、現在意識不明。意識回復までの目処は立たず。なお、亡国機業所属の双子の暗殺者との間に因縁が出来た模様。




次回予告

傷つき、倒れた灰銀の魔狼。魔法使いは魔狼復活のために一計を案じる。
向かうは、フランス・リヨン。ラグナロクフランス支社開発室。
だが、そこでもまたひと騒動が起きる訳で……。

次回『転生者の打算的日常』
#80 仏国恋愛狂詩曲

シャルロットさんを賭けて、僕と勝負しろ!
……どうしてこうなった?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。