転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#78 勃発

 二学期末試験も終わり、暦は12月に入ろうかとしている。

 IS学園生徒会室には今、嬉々とした顔でクラッカーを鳴らす楯無さんと本音。それを呆れた顔で眺める私、苦笑しているシャル、呆けた顔で眺める一夏、最早何も言うまいと我関せずの態度を貫く虚さんがいた。要は生徒会役員共全員集合である。

「いえーい」

「いえ〜い」

 妙にテンションの高い二人に、一夏はどうにもついて行けていないのか、一人疑問顔だ。

「えーっと……これどういう事ですか?」

「やあねえ、もう明日で12月なんだから、前祝いみたいなものじゃない」

「はあ……」

「いや、要ります?前祝い。というか、聖誕祭前夜(クリスマスイブ)があるでしょうに」

 私が溜息混じりに言うと、楯無さんは「まあ、いいじゃない。楽しければ」と笑顔で答えた。……そうだな。この人はこういう人だったよな。

「それにしても寒くなりましたねぇ」

 窓の外を見ながら一夏が独りごちる。まだ雪こそ降っていないが、外気温はぐんと下がっている。最近は日の入りも早くなり、冬真っ盛りといった風情だ。

「あ、そうだ。つくも、クリスマスの準備はじめてる〜?寮の飾り付けとか、いちお〜生徒会の仕事なんだよ〜」

 本音が袖をパタパタさせつつそんな事を言ってきた。普段が普段だけに、まともな事を言う本音に生徒会メンバーは驚いていた。

「む、そうなのか?では、早い内に買い出しに行かねばならないか」

「そうだな。誰が行く?」

 一夏がそういった途端、楯無さんと簪さんから視線を向けられた。その目は『置いて行かないよね?』と訴えている。

 自分で「連れてけ」と言えばいいだろうに……。仕方ないな、このヘタレ姉妹は。

「大荷物になるかも知れんし、全員で行った方が良いだろう。ついでに各々欲しい物を買う時間を設ければなお良かろうよ」

「ん、そうだな。分かった。じゃあ、生徒会皆で行こうか」

 一夏がそう言うと、更識姉妹はパッと顔を綻ばせ、『ありがとう』と視線で礼を言って来た。だから自分で言えよ。面倒臭いな、この姉妹。

「そうと決まれば、明日、早速買い出しに行きましょう!」

 楯無さんがバッと広げた扇子には、相変わらずの墨痕逞しい字で『日曜日』と書かれていた。

 

 

 翌日、IS学園前駅。

「いやー、それにしても生徒会で出かけるのも久し振りだなあ」

「そうだな」

 そんな会話をしながら、後から来る生徒会女子メンバーを待つ私と一夏。だが、元より服装に頓着のない一夏の恰好は、よりによってIS学園の制服。目立つ事この上ない。現に今も−−

「あ、あの、織斑一夏さんと村雲九十九さんですよね?すみません、サイン下さい!」

 と最敬礼で色紙を差し出す男性に、仕方なく、本当に仕方なくサインを書いて寄越してやったばかりだ。

 サインを渡した男性はコメツキバッタよろしく、何度も頭を下げながら去って行った。なお、その周囲では既に何十回もカメラやスマホのフラッシュが焚かれていた。せめて撮影許可ぐらい取って欲しいものだ。最低限のマナーだろうに。

「なあ、一夏。お前私服は?」

「え?いや、持ってるけど……制服が楽でいいじゃんか」

「お前な……。少しは自分の立場を理解しても良いんじゃないか?」

「そうだよ、一夏。街中でIS学園の制服は、いくらなんでも目立ち過ぎ」

「うんうん、ただでさえつくもとおりむー、国民的アイドルなんだから〜」

 そう言いながら私達に近づいてきたのは、リスのパーカーに厚手のフレアスカートを着た本音と、オレンジのセーターにマーメイドラインのデニムスカートを着たシャルだった。今日は二人ともちょっと気合を入れてきたようだ。

「俺ってそんなに有名なのか?」

「当然だ。私達は現在、たった二人のIS学園男子生徒なのだからな」

 そう言えばそうか、と一夏は納得したように頷いた。

「それじゃあ、なんか着替えた方がいいかな?って言っても、一回帰らないといけないけど」

「ああ、そうしろ。だが、長くは待たん。楯無さんと簪さんが合流し次第、先に買い物に出るからな」

「分かった。じゃあ、そん時はLINEに連絡くれな」

 言いながら駅のホームに入っていく一夏。これからモノレールで学園に戻り、私服に着替えて戻って来るまで、最速で30分といった所か。

 と、そこへ更識姉妹が当惑の表情でやって来た。恐らく、一夏とホームですれ違ったのだろう。

「ねえ、さっき一夏くんが慌てた様子でモノレールに飛び乗ってたんだけど……」

「……どうかしたの?お財布でも忘れた?」

「それなのですが……」

 

ーー村雲九十九説明中ーー

 

「という訳で、私服に着替えに戻りました。あいつには『合流し次第先に行く』と言ってあります。さ、行きましょう」

「え、ちょ、ちょっと……!」

「……一夏を待たないの?」

「ご安心を。現在地は逐一LINEで伝えますから」

 姉妹の意見を封殺し、さっさと駅前の百貨店に向かう私とシャル、本音。姉妹はしばらくオロオロしていたものの、置いていかれるのも嫌だったのか、早足で付いてきた。

 なお、一夏が私服に着替えて合流したのは、生徒会の買い物がおおよそ終わりに近づいた頃だった。

 

 生徒会の買い物を終えた所で、各々の買い物をする前に腹ごしらえをという話になった私達は、ファストフードショップに入った。

 そこは、バーガーショップといえばココ。と言われる程の有名チェーン店で、誰しも一度は入った事のある店だ。

 休日という事もあり、店内は満席になっている。4、5分待つとテーブル席が空いたのでトレーを持って滑り込む。

「そう言えばたっちゃんはね〜。昔、オーダー取りに来ると思ってて、ずっと座って待ってたんだよ〜」

「ああ、そんな事もありましたね」

 チーズバーガーを一口頬張った所でいきなり暴露された過去に、楯無さんが顔を真っ赤にして狼狽する。

「そ、それを言うかなぁ!?今!だいたい、それ幼稚舎の時の話じゃない!」

「あはは、いかにもお嬢様なエピソードだなぁ」

 そう笑う一夏の額を、楯無さんがペチンと叩く。

「と、年上をからかわないの!」

 ちなみに、簪さんは予習していたお蔭でスムーズに注文したらしい。それも本音が楽しげに語った。

「ふむ、それだけのお嬢様なら……例えば、ハンバーガーをナイフとフォークを使って食べようとする、くらいはしそうだな」

「お〜、さすがつくも。よくわかったね〜」

「だ、だから!子供の時の話はやめてってば!」

 幼少期の恥ずかしエピソードを暴露され、とにかく恥ずかしくて仕方ない、という様子の楯無さん。しかし、とても楽しそうな一夏の様子に、話を中断するタイミングを掴み損ねているようだ。

「……女殺し」

「え?」

「なんでもないわ!ええ、ええ、なんでもありませんとも!」

 そう言ってチーズバーガーをまた一口頬張る楯無さん。どうやら流れに身を任せる事にしたらしい。楯無さんにしては随分と珍しい態度だ。えらく新鮮な感じだな。

「お姉ちゃん、顔まっか……」

「あーらー?簪ちゃんまでそんな事言い出すの。いいのかしら?」

「……やぶへび」

 簪さんが楯無さんを誂った途端、意地の悪い笑みを浮かべた楯無さん。そして、ここぞとばかりに簪さんの弱点を暴露する。

「一夏くん、九十九くん、簪ちゃんね。実はピクルスが食べられないのよ」

「へえ?」

 一夏の注目が自分に移った事で、簪さんが慌てたような声を出した。

「そ、それっ、昔の話、だからっ……!」

 そう言って、簪さんは自分のハンバーガーをさっと隠す。

「むーかーし〜?さっきもピクルス抜きを注文してたわよねぇ?」

「お、お姉ちゃんっ……!」

 どうやら楯無さんの意地悪お姉さんスイッチが入ったようだ。こうなっては簪さんでは手に負えない。

「まだまだ大人の女にはなれそうにないわね?」

 楯無さんがウィンクすると、簪さんは頬を膨らませてそっぽを向いた。

「はいはい、これでお話は終わり!早く食べちゃって、ショッピングに戻りましょう」

「ええ。その方がいいでしょう。どうも我々に気づき始めている人がいるようだからな」

「ああ、なるほど……」

 言いながら周囲を見渡して納得したように頷く一夏。そこでは、私達を遠巻きにしながらも、無遠慮にカメラを向けて写真を撮る一般人の姿。

 私達はバーガーを食べ終えると、足早に店を後にした。

「さすがに店の外までは追って来ないよな?」

「その考えは甘いと思うぞ」

 一夏の希望的観測を一蹴する。何故なら−−

「今、ここに織斑一夏くんいたわよね!?」

「村雲九十九くんもいたわ!」

「二人とも、写真で見るより格好よかったね〜」

「サイン欲しいわ、サイン!」

 と、キャイキャイと騒ぐ女子の声がするからだ。ただでさえ目立つ生徒会メンバーに一夏(と私)までいるとなれば、それはもうちょっとした祭り騒ぎだろう。下手に立ち止まればあっと言う間に囲まれかねん。……よし。

「シャル、本音」

「うん。……コホン。あ!いた!」

「ほんとだ〜!」

 私が名を呼ぶと、二人はそれだけで意図を察したのか、大声でそう叫んだ。

「むこうに行ったよ!」

「え、ほんと、どこどこ!?」

「下着売り場の方〜」

「追わなきゃ!行くわよ皆!」

「「「おーっ!」」」

 

ズドドドド……!

 

 二人の齎した誤情報を信じて走り去っていく女子中学生のグループ。

「ふう、これでしばらく安心だな。二人とも、良くやってくれた。ありがとう」

「「どういたしまして」」

「名前を呼んだだけでこの連携……!これが、以心伝心!」

「……羨ましい、関係」

 私達の間では割と普通な光景に戦慄する更識姉妹。ちなみに一夏は私達の一連のやり取りに驚きに満ちた顔をしていた。

「これで追手は撒けました。さ、買い物を……」

 

ピンポンパンポン♪

 

 続けましょう。と言おうとした所で軽快なチャイムが鳴り、ウグイス嬢がアナウンスを始める。

『間もなく、屋外展示場にて、『アイアンガイ』ヒーローショーを開催いたします』

 

ピンポンパンポン♪

 

 アナウンスが遠ざかると共に、目を光らせて一夏に近づいたのは簪さんだ。

「一夏、行こう……!」

 その眼光は常に無く鋭い。普段の内気で引っ込み思案な簪さんからは考えられない程の強引さで一夏を引っ張って行く。

 ……待てよ?確か昨日、買い物の行先を決めるにあたって、簪さんがこの百貨店を猛プッシュしていたが、まさか−−

「簪さん。君、初めからこれが見たくて『ここにしよう』と言ったのかい?」

 私の質問にコクコクと頷く簪さん。……これは、誰が何を言った所で止まらないだろう。

「一夏、付き合ってやれ。私達は自分の買い物(クイクイ)を……本音、君も見たいのか?」

「うん!」

「そうか、仕方ないな。皆で行こう」

 そういう事になった。

 

 

 それから5分後、満員の屋外展示場でヒーローショーが始まった。

「みんなー、元気かなー?」

「「「はーい!」」」

 司会のお姉さんのコールに、勢いよく返事をする子供達。それに混じって、簪さんと本音が大きな声を出す。

 普段からはとても想像できないその姿に、一夏も私もちょっと引き気味だ。

「それじゃあ、早速呼んでみよう!アイアンガーイ!」

「「「アイアンガーイ‼」」」

 会場から声が上がるものの、まだまだ足りないとばかりに観客席に耳を傾ける司会のお姉さん。

「一夏、叫んで」

「お、おう」

 簪さんの気迫に押され、思わず頷く一夏。

「ほら、つくもも〜」

「キャラじゃないが……本音の頼みではやむを得ないか」

 本音のリクエストに仕方なく、本当に仕方なく応じる私。

「せーの、アイアンガーイ!」

「「「アイアンガーイ!」」」

 ヤケになりつつ、子供達と共に叫ぶ私と一夏。すると、その声に応えて待望のヒーロー・アイアンガイが姿を現した。

 『アイアンガイ』の名の通り、メタリックな装甲に身を包んだその姿は、何ともヒーロー的だ。……悔しいが格好いいじゃないか。

『ハッハッハ!チビッコのみんな、ごきげんよう!俺がアイアンガイだ!今日は元気なお父さんもいるな!』

 ……どうやら私と一夏は誰かの父親だと思われたらしい。正直、凄い恥ずかしいんだが。

 一方、ヒーロー登場に大興奮なのは簪さんだ。……ちょっと、いや、だいぶ怖い。

「今日こそ、攫われたい……!」

「えっと、簪?何言ってるの?」

「シャル。日本のヒーローショーのお約束には、『悪の組織が観客を攫って人質にする』というのがあってな?」

「ああ、簪はそれを狙ってる。と」

 そうだ。と言って今一度簪さんを見る。……さっきから『攫って』オーラがダダ漏れだ。これ、逆に攫って貰えなくないか?

 なお、簪さんの隣には、初めてのヒーローショーに戸惑いながらもノリノリな楯無さんがいた。

 と、その時、おどろおどろしいBGMと共に、ステージ上に悪の幹部と戦闘員が現れた。

『ムッ!早速敵さんのお出ましか!全く、ヒーローには休日がないぜ!』

 身構えるアイアンガイ。それに、悪の幹部が手にした杖を突きつけていった。

『ガッハッハ、アイアンガイ!今日が貴様の命日だ!』

『ほざけ、マスターX!今日も今日とて返り討ちにしてやる!』

 アイアンガイとマスターXの言い合いの間、ステージ上では戦闘員がやいのやいのと飛び回っている。と、次の瞬間、戦闘員がステージから降りて観客達を攫い始める。

「ん?こっちに来るぞ」

「……っ‼」

 戦闘員の魔の手が私達のすぐそばまで迫る。……が。

「(ビクッ!)こ、こっちに来い!……お願いします」

「は~い」

 簪さんのオーラに恐れをなしたのか、戦闘員はその隣にいた本音を攫って行った。あ、簪さんの目が絶望に染まってる。

 本音はそのまま他のチビッコ達と一緒にステージへ。うん、周りが子供ばかりな分、一人だけ違和感が凄い。

『ふはは、アイアンガイ!これでは戦えまい!』

『おのれ、マスターX!卑怯だぞ』

 会場から一斉にブーイングが飛ぶ。

『ええい、黙れっ!悪の幹部は、こうでなくてはならんのだ!』

 開き直ったマスターXが人質に杖を向ける。すると、杖の先端から剣先が飛び出した。それを見た子供達がきゃあきゃあと騒ぎ出す。そんな中、一人本音が浮いていた。……いや、せめてリアクションしてやって。司会のお姉さんがちょっと困ってるぞ。

「みんなー、ヒーローに力をあげて!大きな声で呼んでみましょう!」

 あ、お姉さんが本音の扱いに困って、多少強引にでも舞台を進めようとしてる。と、その瞬間、私の背筋が急にちりついた。

(あ、何か嫌な予感が……)

「せーのっ……」

「つくも〜、助けて〜!」

 本音がブンブンと腕を振って、大声で叫ぶ。その表情は何とも楽しげだ。

「つ、つくも?」

 戸惑う司会のお姉さん。あちゃーという表情の更識姉妹。苦笑いを浮かべるシャルと一夏、私はと言えば、少しでも身バレが遅れるように両手で顔を覆っていた。

「つくもは、村雲九十九だよ〜。わたしの……ううん、みんなのヒーローなの!」

「うぉぉ……本音、やめて。マジやめて」

 一夏程では無いにせよ、それなりに有名だと自覚のある私の名が出た途端、司会のお姉さんの目の色が変わる。

「えっ!?村雲九十九!?それならそっちの方がいいわ!」

『え?いや、あの、アイアンガイがみんなのヒーローなんだけど……』

 キョトンとするアイアンガイとマスターX。次に飛び出したのは、司会のお姉さんの一言だった。

「さあ、みんな!呼びましょう!せーのっ!村雲九十九ー!」

「「「むらくもつくもー!」」」

 子供達も一斉に叫ぶ。もはや完全に逃げ場を失った。……いいよ、やるよ。やれば……。

「やればいいんだろう!?」

 覚悟を決めて立ち上がり、ステージに向かって一直線。

「せいやあああっ!」

 掛けられた階段を駆け上がると同時に跳躍、そのままマスターXに飛び蹴りをかます。吹き飛ぶマスターX。勢いそのまま着地を決めて叫ぶ。

「キャラでも柄でもないが、ここはヒーローになってやろうではないか!来い、悪党共!この私、村雲九十九が相手だ!」

 

 その後、九十九は悪の組織相手に大立ち回りを演じ、その様は子供達の心をガッチリ掴んだ。

 この時、この場にいた少年達が後に村雲九十九非公認ファンクラブ『ナインティナイナーズ』を結成するのだが、それは神ならぬ九十九には予想できる事ではなかった。

 

 

「で、これは一体どういう事だ?一夏」

 クリスマスイブを20日後に控えた12月4日。一年生寮の廊下で、一夏が正座をさせられていた。

 その首には『私は女風呂を覗いた敗戦主義者です』と書かれたプラカードを下げ、右目には猫の物と思しき爪痕、左目には人の物と思しき爪痕が、生々しく刻まれている。既に周囲に人影はなく、打ち拉がれた様子の一夏だけが残されている。

「いや、実はシャイニィを風呂に入れようとしたら逃げられてさ」

「ああ、大体分かった。そのシャイニィが女風呂の脱衣所に入ったのを追い掛け回した挙げ句、浴場内に突入。その左目の爪痕の持ち主とものの見事にエンカウント、と。で?相手は」

「……セシリア」

「そうか。災難だな、君も」

「…………」

 私が振り向いた先にいたのは、今回の事件のもう一人の当事者、セシリアだ。髪がまだしっとりしている所を見るに、着替えだけを済ませてきたのだろう。

(さて、一夏は何を言われるやら……)

 と思っていたら、セシリアは一夏に対して、何とも意外な態度を取った。

「あ、あの、一夏さん……」

 何か、もじもじしている。いつもの無駄に自信に満ちた態度は鳴りを潜め、やたらとしおらしい。セシリアっぽくない。

 ……などと失礼な事を考えていると、セシリアが意を決したかのように口を開いた。

「さ、先ほどの事は不問に致します。で、ですから、わたくしと二人きりでここに行ってもらえませんでしょうか……?」

 セシリアが一夏におずおずと差し出した物。それは、横浜にあるテーマパーク『De(ディー)ランド』の1dayパスポートだった。

「ん?んん?」

 一夏が要領を得ない、という顔をしている。まあ、そうだろうな。普段のセシリアなら「悪いと思っているのなら、わたくしとここに行きなさい」と、有無を言わさぬ態度で言うだろうに、それが向こうが願い出る側に回っているのだから。

「だ、だめですの……?」

 返事を返さない一夏に、セシリアが近づいてその顔を覗き込む。その頬は紅潮していて、常に無く弱々しく見える。

「い、いや、まあ、うん。い、行こうか」

 そんなセシリアの姿にときめく物があったのか、一夏は照れ臭そうにしながらも是の返事を返した。

「はい!」

 それに、ぱっと表情を明るくするセシリア。

 だが、彼女は気づいているのだろうか?その様子を柱の影から見つめる5つの視線に。

 

 

 週末、横浜・Deランド正面入口前。そこでは、二組の男女が偶然……ではない邂逅をしていた。

「やあ、一夏、セシリア」

「あれ、九十九?シャルロットにのほほんさんも」

「ど、どうしてここに?って、そう言えばあの時側にいましたわね」

「うむ。折角の週末だし遠出でもしようと計画していた所にセシリアの話を聞いたものでね。これ幸いと乗らせて貰った」

 邪魔をする気は無いよ、と言い残して去っていく九十九達に、一夏が「どうせだし、一緒に回ろうぜ」と提案。「セシリアに否がないなら」と九十九が言うと、セシリアは「一夏さんがそう言うなら」としぶしぶ承諾。こうして、九十九トリオと一夏・セシリアペアのダブルデートが開始された。

 

 まずやって来たのはドッグパーク。沢山の犬達が私達を出迎えてくれた。のはいいのだが。

「道中大量に現れたマスコットキャラクターの『ドボン太くん』は何だったんだ?」

「さ、さあ、何だったのでしょうね?」

 おほほ、と笑うセシリアだが、間違いなく分かっているだろう。あれは−−

「あれ、箒たちだよね?」

「ああ、道中良い雰囲気になりそうになる度に妨害しようという腹だろう」

「いっそ偶然を装って一緒に回ればいいのに〜」

 本音の言う通りだ。ここで揃って現れて「あら、偶然ね。折角だし皆で遊ばない?」と言えば、人の良い一夏の事だ。否とは言うまい。そこに気づかない辺り、まだ自分の気持ちの方を優先していると言えるな。

 

 で、ドッグパークに入ると、早速セシリアの周りに小型犬が集まってくる。

「ああ、可愛らしいですわ♪」

 ミニチュアダックス、ポメラニアン、チワワ、パピヨン、ヨークシャーテリア。それぞれが愛くるしい鳴き声を上げてセシリアに擦り寄っている。その一方で−−

「クーンクーン」

「キュンキュン」

「やっぱりこうなるのか……」

 ドーベルマン、シベリアンハスキー、アイリッシュセッター、ジャーマンシェパード、ボルゾイといった大型猟犬が揃いも揃って私に腹を見せ、情けない鳴き声を上げている。

「ちょっと目があっただけで……お前ら、猟犬のプライドはないのか!?」

 呆れ気味にそう言うが、犬達はただただ私に腹を見せ続けるだけ。どうやら私は、いわゆる『動物との友情』を育む事はどうあっても出来ないようだ。

 

 昼食(シャル&本音特製弁当)を挟み、続いて訪れたのはお化け屋敷(ホーンテッドマンション)

 中々に雰囲気のある外観の廃病院が目の前に立っている。が、お化け屋敷と言えば遊園地でも人気の高いアトラクションのはずなのに、私達以外に客の気配を感じないのはどういう事だ?

「じゃ、先に行くな」

「おう」

 私の疑問を他所に、先に屋敷入っていく一夏とセシリア。どうもセシリアはホラー系は大丈夫らしい。曰く「撃てる相手は倒せる相手。恐るるに足らない」のだそうだ。シューターらしい理由に思わず笑った。

 一夏達が中に入って数分後、私達も中に入った。

「中は結構暗いね」

「う〜、よく見えないよ〜」

「二人共、足下に気を付けろ」

 手を繋いだまましばらく進むが、脅かしに来るアクターが一人も出て来ない。……どうなっている?

「ねえ、九十九。おかしくない?」

「お化け役の人が出て来ないよ〜?」

「何か嫌な予感が……」

 

パンッ!パンッ、パンッ!

 

 する、と言おうとした瞬間、病院内に響く銃声。

「っ!?九十九!」

「急ぐぞ!一夏達に何かあったに違いない!」

 銃声のした方へ慌てて向かうと、そこでは小柄な『13日の金曜日』がセシリアの銃火に晒されていた。あのサイズ感、ラウラ!?

 そうと知ってか知らずか、セシリアは『13日の金曜日』に護身用名目で携帯していただろうブローニングをにっこり笑顔で景気良くぶっ放している。笑顔が怖いよ!一夏もドン引いてるし!

「ストップ、ストップだセシリア!もう向こうに交戦の意志はない!」

 慌ててセシリアを羽交い締めにして銃口を上に向けさせる。同時に『13日の金曜日』に「なっ!?」と声を掛ける。『13日の金曜日』はしばらくの逡巡の後、踵を返して去って行った。

「さ、今の内に出てしまおう。セシリア、銃をしまうと約束しろ。でなければ、この拘束を解く訳にはいかん」

「……分かりましたわ」

「よし」

 言質を取ったのを確認して、セシリアを開放する。セシリアは約束通り銃をカバンにしまうと、何事も無かったように一夏の手を引いて先に出て行った。

 

 ちなみに−−

「いちまーい、にーまーい……」

 一夏達のルートがそれた事を知らない簪が、一人井戸の中で皿を数えていた。

 

 

 夕暮れ。朱に染まるDeランドを、私達は観覧車から見ていた。

「はぁ……結局いつものドタバタ珍道中か」

 お化け屋敷での一件後も、ラヴァーズの妨害工作は続いた。詳しい描写は正直したくない。それだけで疲れそうだから。

「でも楽しかったね〜」

「そう言える本音が、今日はちょっと羨ましいよ……」

 ニコニコ笑顔で本音の言葉に、シャルは溜息混じりにそう呟いた。

「まあ、私達に直接の被害が無かっただけ良しとしよう。そうだ、帰りに何か美味い物でも食べて−−」

 帰ろう。と言おうした瞬間、純白の閃光が外の景色を焼いた。

「「「!?」」」

 突然、空から降り注いだ極大のレーザー攻撃。それがDeランドを無差別に焼き払っていた。

(何だ!?この出鱈目な出力は!?ISによる攻撃ではあり得ないぞ!?)

 圧倒的な破壊力と熱量を誇るそれは、辺り一面を紅蓮の炎で包み込んでいく。だが、呆然としている暇はない。

「シャル、君は私と人命救助と避難誘導を!本音、君は周辺に雨を降らせて初期消火!行くぞ!」

「「はい!」」

 ISを展開し、観覧車の扉を抉じ開けて外に出た私達。本音がランド中央、『ドボン太城』の上から雨雲を呼んで雨を降らせ、火の勢いを止めにかかる。

「『ユピテル』、お願い!」

『了。火災発生地域に集中降雨を実行します』

 すると、火災発生地点に雨雲が発生。そこから齎された大量の雨が、少しづつ火を消していく。

「流石本音と『ユピテル』。良い仕事だ。シャル、私達も」

「うん!」

 本音の頑張りに応えるべく、私達は突然の緊急事態に慌てふためく人々の救助と避難誘導に当たる。

「落ち着いて!私達の指示に従って避難を!」

「大丈夫です!ですから、家族とはぐれないようにしてください!」

「あ、IS!?良かった、助かった!」

 私達の姿を見て安心したのか、人々は落ち着きを取り戻し、私達の誘導に従って避難して行く。と、そこで、ハイパーセンサーが誰かを探す人の声を拾った。

「シャル、この人達の避難誘導、任せていいか?誰かが家族と逸れて、それを探し回っているようだ」

「分かった。こっちは任せて」

 頷くシャルに頷き返し、声をした方へ向かうと、若い夫婦と思しき男女が焦燥を顔に浮かべて頻りに誰かの名を叫んでいた。

「どうされました?」

「あ、IS!?助けに来てくれたんですか!?」

「私達、娘とはぐれてしまって……!お願い!娘を、あの子を!」

「分かりました。一緒に探しましょう。お二人はこれに乗ってください」

 《ヘカトンケイル》を4機展開し、夫婦をそれぞれ横抱きに抱える。

「ゆっくり飛ばしますが、念の為にしっかりと掴まっていてください」

「「は、はい!」」

 夫婦が《ヘカトンケイル》に掴まったのを確認すると、最後に娘さんといたと言う場所に向かう。しばらく進むと、小さな女の子と一緒にいる一夏とセシリアを発見した。

「あ、あれは!」

「あの子です!私達の娘です!」

 どうやら、一夏達が保護した女の子が、この夫婦の娘さんだったようだ。女の子は夫婦を視認したのか「パパ、ママ!」と声を上げてこちらに駆けてきた。

「ありがとうございます。本当に、私達、この子を失ったら生きていけません」

 何度も礼を言い、頭を下げる夫婦と「ありがとう、おにいちゃんたち!」と手を振る女の子。3人はそのまま、駆けつけた消防隊員の誘導に従って避難して行った。

「とりあえず、一安心だな」

「なんにしても、良かったですわ」

「ああ。ところで……そちらのメイド服のお姉さん。私達に何か御用かな?」

「「え?」」

 私が視線を向ける先に一夏とセシリアが顔を向ける。そこに居たのは、英国伝統のメイド服に身を包んだ、赤みがかった茶髪とヘーゼル色の大きな瞳が印象的な、私達よりいくつか年上と思われる女性。

「こちらでしたか、お嬢様」

 セシリアの事を『お嬢様』と呼ぶ、という事は、この人がオルコット家の女中筆頭にしてセシリアの専属メイド、チェルシー・ブランケットその人か。しかし、何故こんな鉄火場にこの人が?

「え……チェルシー?どうして……今はイギリスで仕事を任せておきましたのに」

 呆然とするセシリアに恭しく頭を垂れるチェルシーさんは、酷く無感情な声で冷たく告げた。

「お迎えに上がったのです、お嬢様。……いえ、セシリア・オルコット」

 次の瞬間、チェルシーさんの体が光に包まれる。これは、ISの量子展開反応だと!?

 そして、光が収まったそこには、ブルー・ティアーズシリーズの最新機『ダイブ・トゥ・ブルー』(以下、『DTB』)を身に纏ったチェルシーさんがいた。

「イギリスでお会い致しましょう。それでは」

 そう言い残し、チェルシーさんは空間に沈み込むように消えて行く。

 今のは、まさか空間潜行!?だとすると、チェルシーさんは『DTB』を既に十二分に使いこなしている事に……。

「一体、何が起きてるんだよ……」

「…………」

 真っ青な顔で震えるセシリアの肩を抱いて呟く一夏。またぞろ、大きな事件が私達の足下まで迫って来た。そんな予感が、私の脳裏を過っていた。




次回予告

全ての謎を解き明かすべく、一行は一路イギリスへ。
しかし、その道中は苦難の連続となる。
襲い来る2羽の鷹に、灰色の魔法使いが挑む。

次回「転生者の打算的日常」
#79 強襲、双子鷹

邪魔を……するな!

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