転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#77 ニ学期末試験

 重ね重ね言うが、IS学園は『特殊技術訓練校』である。ISの操縦法を学ぶ事の出来る唯一の場所であるという事以外は、その辺の普通校と変わらない。よって、毎学期末に各生徒の習熟度を見る為の試験が行われるのも当たり前なのだ。

 ただし、そこは天下のIS学園。その辺の普通校と違う点もある。それは、1年生2学期以降の期末試験に『模擬戦形式の実技試験』が存在する事だ。

 この実技試験の成績(リザルト)次第では、2年時のパイロット科への進級が難しくなったり、逆に整備科に行くつもりがパイロット科に行く事を強く勧められたりする。そのため、パイロットになりたい生徒達は、成績を上げるために必死に特訓をするし、教員側もそのための時間を取らせる事に余念がない。したがって、試験対策期間中の授業がどうなるかというと……。

 

「試験対策期間中は全日午前中授業のみ(半ドン)。あとは自習、もしくは自主トレに励め。という訳だ」

「な、なるほど……」

 IS学園第一アリーナ。現在ここでは、授業を終えた生徒達が思い思いの特訓をしていた。とは言え、各学年に貸し出される訓練機は10機までが限界のため、ここにいるのは今日訓練機を借りる事のできた幸運な10人と、専用機持ち9人の計19人のみ。

 他の生徒は自分の番が回ってくるのを祈りつつ、自習をしたり、シミュレーター特訓を行ったりしている。

 そんな訳で当アリーナでは今、スラスターの噴射音とブレードを打ち合わせる音、銃を撃ち合う音が絶え間なく響いている。

「皆、練習に熱が入っているようだ。私達にも良い刺激になるな」

「のはいいんだけどさぁ……」

 と言いつつ、アリーナの奥の方に目をやる鈴。そこでは−−

「戦術レベル……ターゲット確認。……排除開始」

 水平二連装の大型レーザーライフルで、かなりの遠距離から正確にターゲットを撃ち抜く女子に。

「私のこの手が真っ赤に燃える!勝利を掴めと轟き叫ぶ!」

 右前腕部を覆うナックルガードを着け、赤熱したマニピュレーターでターゲットを掴んで爆砕する女子。

「ねえ、次は何をすればいい?」

 先端にパイルバンカーを搭載した、身の丈程の巨大メイスでターゲットを叩き潰す女子といった−−

「明らかなネタ武器使ってる子達いるんだけど!?」

「あ、あれウチの製品だ」

「じゃねぇかと思ったけどマジでラグナロク製品かよ!?」

 なお、そのネタ武器達はラグナロクの技術者達が「是非使ってみてくれ!」と送りつけてきた物を学園にそっくりそのまま渡している物だったりする。……いやだってほら、殆どの武器が私の趣味に合わないんだもの。仕方無いでしょうよ。

 

 という訳で、特訓開始である。初日は一夏と模擬戦をした。結果は−−

「行くぜ、九十九!」

「馬鹿の一つ覚えの正面突破か……。ならば、死ぬがよい」

「うおわーっ!弾幕が濃すぎて突破できねーっ!」

 正面から突っ込んでくる一夏に、《ヘカトンケイル》に銃火器持たせて一斉射撃。開始1分で即終了、だった。

 

 2日目。今日の模擬戦相手は箒だ。

「せいっ!」

 箒が周囲を旋回しながら放ってくるエネルギー刃に対し、私は《ヨルムンガンド》を展開してそれを吸収していく。

「ふはははは!馴染む!実に!馴染むぞ!」

「お前はどこぞの吸血鬼か!?」

 矢継ぎ早に放たれる箒のエネルギー刃を片端から食い散らし、ウッカリ悦に浸った結果−−

 

ピーッ!

 

「あ、しまった!オーバーフロ−−(ズドーンッ!)どわーっ!」

「あ~……私の勝ち……でいいのか?」

 私の自爆で決着というなんとも締まらない幕切れとなった。

 

 3日目。本日のお相手は鈴である。

「食らいなさい!オーバーフロー狙いの《龍砲》乱れ撃ち!」

「昨日のような無様は晒さん!食らえ鈴!秘技『○ービィアタック』!」

 

 『カー○ィアタック』とは《ヨルムンガンド》で吸収したエネルギーを即座に放出して相手に返す。それだけの技である!

 

「だーっ!うっとうしい!ってか、なんで吐き出されるエネルギー弾が星の形してんのよ!?」

「私にも分からん!どういう理屈だ!?」

 鈴の衝撃砲を吸い込んでは返す私と、私に衝撃砲を撃ちつつ返ってきたエネルギー弾を撃ち落とす鈴。

 勝負は千日手の様相を呈したが、エネルギー消費が実質ゼロの私が徐々に押し始め、最終的に衝撃砲に回せるエネルギーが無くなった鈴が「疲れた。もうあたしの負けでいい」と降参した事で決着した。

 

 4日目。この日の私のスパーリングパートナーはセシリアが務めた。

「とは言え、エネルギー系武装が大半のセシリアでは、私との相性が悪すぎる。という訳で、君にこれを進呈しよう」

 言いながらセシリアの目の前で巨大なアタッシュケースを開ける。その中に入っていたのは超大型の拳銃が一丁。

「これは?」

「ラグナロク・コーポレーション製、60㎜口径自動拳銃《制圧者(ドミネーター)》だ。専用の特殊弾を使えば戦車すら破壊する程に強力だが、そのためISですら反動が制御しきれないじゃじゃ馬でな。私でも装備を躊躇う程の一品だ。さあ、どうぞ」

「絶っ対に使いませんわ!そんな変態装備!」

 キレ気味に断られてしまった。セシリアならば使いこなせるかと思ったのだが……。

 その後の模擬戦は《ヨルムンガンド》無しで行われた。セシリアのビットと私の《ヘカトンケイル》がアリーナを縦横無尽に飛び回った結果、訓練を邪魔された他の生徒達に「よそでやれ!」と二人揃ってお叱りを受ける事になった。

「……九十九さんのせいですわ」

「……君のせいだろう」

 

 5日目。今回の相手はシャルだ。

 シャルが本邦初公開のパッケージ、拠点制圧・防衛戦用パッケージ《独眼鬼(サイクロプス)》を展開して構える。

 

 《サイクロプス》

 両腕のダブルガトリングガンと、全身各所に取り付けられたバルカン、マイクロミサイルポッドによる圧倒的な面制圧力を誇る、重装甲・高火力が持ち味のパッケージである。

 ただし、マウントした各種武装と分厚い装甲が原因で機動性は極めて低く、しかも全弾を撃ち尽くせば頼れるのは近接戦闘用のショートダガーのみ。という欠点がある。

 

「行くよ、九十九!フルオープンアタック!」

「そう来るか!ならばこちらも!《ヘカトンケイル》構え!全弾一斉射!」

 奇しくも両者が選んだのは、採算度外視の一斉射撃。耳をつんざくミサイルの爆発音と豪雷のような弾丸の発射音が止んだのはそれから1分後。勝者は−−

「ぜえ、ぜえ……何とか凌いだか。2、3回死ぬかと思ったぞ」

「あ~、だめだったかー。やっぱり重くて動きづらいのがネックだよね」

 機体性能に対する慣れと機動性能の差で、私が薄氷の勝利を得た。多分、もう一度やったら勝てないだろう。

「九十九、この子に慣れた頃に、もう一回模擬戦しよ」

「断固拒否する!」

 目の前に迫るミサイルの群れと、壁のように感じる弾幕は、結構な恐怖体験だった。

 

 6日目。今、私の目の前に相対しているのはラウラ。

「くっ、やはりAICは通じんか」

「当然。AICは要するに、慣性停止の属性を持ったエネルギー波。ならば《ヨルムンガンド》に食えん道理が無い」

 展開しては食われていくAICの盾に、焦りの色を隠せないラウラ。

「ならば、これはどうだ!」

 金属の噛み合う特有の重い音を立て、『シュヴァルツェア・レーゲン』の肩部リニアカノンが私を捉え、直後に轟音を立てて砲弾が飛んでくる。

「甘い!」

 その砲弾を、《ヨルムンガンド》を展開した両手で受け止める。数秒後、砲弾は勢いを完全に失ってポトリと地面に落ちた。

「なん……だと……?」

「ラウラ、忘れたか?それとも聞いていなかったのか?《ヨルムンガンド》は、()()()()()()()()()()()()んだぞ」

「……っ!そうか!砲弾の運動エネルギーを食って止めたのか!」

「そういう事だ。さあ、続きと行こう。ラウラ・ボーデヴィッヒ、エネルギーの貯蔵は十分か?」

「っ、上等!その減らず口、きけないようにしてやる!」

 ラウラとの模擬戦は、この後エネルギーを食われる事を覚悟で突っ込んできたラウラを、カウンター気味にラウラから食った全エネルギーを圧縮したエネルギー弾を叩き込んでKOして終わった。

「年頃の女に問答無用の腹パン……貴様は鬼か?」

「君がそれを言うな、ドイツ軍人」

 

 7日目。此度の模擬戦相手は簪さんだ。

「……全弾一斉発射」

「うおーっ!ミサイルがスモーク引きながら追い掛けてくるーっ!」

 『打鉄弐式』のマルチロックシステムはついに完成を見たらしく、数十発のミサイルが私と追跡戦(ドッグファイト)を繰り広げていた。

 真っ直ぐこちらに飛んでくる『優等生』を迎撃し、こちらの動きを読んで先回りする『秀才』をどうにか躱し、ジグザグに飛んで目立とうとする『お調子者』は取り敢えず無視。

「よし、これならどうにか……!」

「……思ったより保たせる、なら……プログラム変更」

「なっ!?その場でプログラムの組み換えだとぉ!?」

 なんと、簪さんは『打鉄弐式』の手足の装甲を解除。ホログラムキーボードを展開すると、目にも止まらぬ早打ちでミサイルのプログラム変更を行った。

 途端、動きを変えるミサイル群。さっきまでの『お調子者』が『秀才』に変わり、私の行先を次々に限定していく。気づけば、私はミサイル群に完全に包囲されていた。

(逃げ道が……無い!)

「……私の、勝ちです」

「くっそーっ!」

 次の瞬間、私は爆炎に包まれ、その後地面に落ちた。

「敗因は情報収集の不足……。次は、君のISを丸裸にしてやるぞ」

 あちこちからプスプスと煙を上げながら言う私の姿は、さぞかし格好悪かっただろう。

 

 8日目。翌日は1日座学試験対策に当てるため、実技試験対策訓練は今日が最後になる。そんな今日のお相手は本音だ。

「いくよ『ユピテル』!必殺!サンダーストーム〜!」

『了。広域無差別雷撃、発動します』

「ギャーッ!おっかねぇーっ!」

 アリーナ全体に、これでもかと言わんばかりの雷撃が降り注ぐ。眼前で瞬く閃光、耳元で響く雷鳴。一歩間違えば超高圧の電流が全身を襲う恐怖から、私は逃げ惑うしか出来なかった。

 が、それはこのアリーナで特訓していた他の生徒も同様で。

「ちょ、ちょっと本音!こっちにまで雷来てんだけど!」

「あばばばば!」

「あーっ!清香が雷の餌食に!」

「もーっ!これだからラグナロク製品って奴は!って、うきゃーーっ!?」

「また一人犠牲者がーっ!」

「地獄絵図じゃーっ‼」

 本音が齎した豪雷によって、アリーナは特訓どころではなくなった。誰も彼もが雷に打たれまいと必死で逃げる。時折聞こえる悲鳴は、誰かが餌食になったものだろう。

「あ、あわわわわ!『ユピテル』!ストップ!スト〜ップ!」

『了。広域無差別雷撃、終了します』

 慌てて『ユピテル』に攻撃停止命令を出す本音。その頃には、アリーナにいたほぼ全員が一度は雷に打たれていた。

「か、体が痺れて動かない……」

「うわ、回路が焼き付いちゃってるよ……」

「これ、修理に時間がかかるわね……。はあ、しばらく完徹かぁ……」

 アリーナのグラウンドには、高電圧の雷撃を受けて痙攣する者、装備していたISから煙が上がっている者、その様子を見て修理が大変そうだと嘆く整備科の者とに分かれていた。だが、全員一致で分かっていた事は、この惨事を招いたのが我が(未来の)妻であり、どうあれそこに悪意は一切無かったという事。そして、今日の特訓はここまでだという事だ。

「本音。その技は人が大勢いる所では使わないように。私との約束だ」

「はい。ごめんなさい。ほら、『ユピテル』も」

『是。この場にいる全ての被害者に対し、謝意を表明します』

 バツが悪そうに頭を下げる本音と、機械的だが、何処か申し訳無さが滲む謝意を示す『ユピテル』。

 『謝る』という行動を取れるAI……。流石ラグナロク、無駄に高性能だぜ。

 

 

 9日目は座学試験対策に徹底的に取り組んだ。これで赤点は回避できる筈だ。

 そして、遂にその日が訪れた。ニ学期末試験、開始である。

「とは言え、座学は全員赤点回避出来そう、と。問題は明日、明後日の実技試験だな」

 明日からの実技試験は上述の通り『試験官との模擬戦』によって行われる。ルールは以下の通りだ。

 

 1.生徒、試験官共にSE(シールドエネルギー)1000からスタート。

 2.制限時間は15分。それまでに試験官機のSEを500未満にするか、試験官機の装備を2種以上破壊する事が出来れば合格。

 3.2.の条件について、専用機所有者はSE350未満、もしくは装備を3種以上破壊する事を合格条件とする。

 4.合格条件が達成できなくても、試験時の戦闘内容次第では合格となる。

 5.生徒が試験官に撃墜された場合、不合格の上再試験も受けられないものとする。

 

「要は『最低限生き残れ。その上で力を示せ』という事だな」

「なるほどね」

「う〜。わたし、だいじょうぶかな〜」

 不安そうに言う本音の頭を軽く撫でながら「君ならやれるさ」と励ます私。

 実際、専用機受領からそう日の経っていない本音は『今回限りの特別措置』として、訓練機使用の生徒と同条件での試験が許されている。無闇矢鱈に不合格にする気はない。という学園側の意図が見える配慮だ。

「明日は一組と二組、明後日が三組と四組。専用機持ちは恐らく最後の方に回されるだろう」

「うん、そうだろうね。じゃあ、明日に備えて今日はもう寝よっか?」

「ああ、そうだな。本音も夜更かしするなよ?睡眠不足で動けないなんて言い訳、実戦では通用せんからな」

「うん、分かった〜」

 そう言うと、早速自分のベッドに潜り込む本音。

「じゃ〜おやす……くぅ……」

「「相変わらず寝付き早っ!」」

 『おやすみなさい』すら言い切らずに一瞬で眠りの園に旅立つ本音。その寝付きの早さは『胴長短足裸足の機械』に頼りっぱなしの『駄眼鏡男子』も真っ青だろう。

「じゃ、じゃあ、僕たちも寝よ?」

「あ、ああ。そうだな」

 シャルの言葉に気を取り直し、自分のベッドに潜り込んで目を閉じる。

(冬休みが天国になるか地獄になるか。全ては明日に懸かっている。何としても合格せねばな)

 そんな事を考えながら、私は眠りの園に旅立つのだった。

 

 翌日、私が実技試験を受ける会場である第三アリーナ。その発進ゲートで、私は『フェンリル』を纏った状態で自分の出番を待っていた。

『村雲九十九君、試験を開始します。発進ゲートより出撃して下さい』

「了解」

(予想通り、最後の最後に回されたか)

 今頃は他の専用機持ち達も試験中だろう。私だけ不合格など御免だ、と気合を入れ直す。と……。

 

ドンガラガッシャーンッ‼‼

 

「……本音は、合格かな」

 隣のアリーナから聞こえた激しい雷鳴に、それに打たれただろう試験官に哀悼の意を捧げる私。……まあ、死んではないだろうが。

『『フェンリル』のカタパルト接続を確認、ゲート開放、カタパルト操作権を村雲機に移譲。ユーハブコントロール』

「アイハブコントロール。村雲九十九、『フェンリル』出る!」

 大きく口を開けたゲートから、勢いよく飛び出す私と『フェンリル』。

(さて、私のお相手は誰か……なっ!?)

 視界に写った試験官の姿に、私は驚愕する。そこに居る人物が、私の予想の埒外だったからだ。

 普段は後ろに流している黒のロングストレートをポニーテールに結い上げた頭。女性的なラインを残していながら、一目で鍛えていると分かるしなやかなボディライン。切れ長の目は息を呑むほど美しく、しかし、そこに宿る意志の強さは、見る者に畏怖を与える。そう、私の対戦相手は−−

「来たか、村雲」

「何故、貴女がそこに居るんです……?千冬さん」

 我等が一年一組担任にして、第一回『モンド・グロッソ』総合部門優勝者(ブリュンヒルデ)。真の学園最強、織斑千冬が『打鉄』を纏った姿でそこに居た。

「貴様の《ヘカトンケイル》とまともにやり合えるのが私ぐらいしか居ない。それが理由だ」

 「不服か?」と、ブレードで肩を叩きながら問うてくる千冬さん。私は内心の動揺を悟られまいと、努めて冷静に「いえ、全く」とだけ答えた。

(まずいまずいまずい!完っ全に想定の範囲外だ!まさか千冬さんが出張って来るなんて!)

 一年生の実技試験は、基本的に各学年担当の教師が生徒の相手を務める。だが、千冬さんが学園で教師を始めて以降、千冬さんが実技試験の試験官を務めたという事実は無い。何故か?答えは簡単、『強すぎるから』だ。

 もし千冬さんが試験官をやれば、試験を受けた生徒の9割は、最大限加減した千冬さん相手にすら生き残れないだろう。それ程までに、この人と生徒の間には隔絶した実力差があるのだ。

 そんな千冬さんが、私を試験する。最早、絶望しか感じない。

(どうする、どうすればいい!?……駄目だ、何のビジョンも見えない!)

 私の動揺を感じ取ったのか、千冬さんがフッと微笑んで言った。

「安心しろ、村雲。勝ち筋は作ってある。全力で合格を勝ち取りに来い」

『それではこれより、村雲九十九君の実技試験を開始します』

 

ビーッ!

 

「来い」

「ええい、こうなればヤケだ!やってやるさ!」

 半ばヤケクソになりながら、千冬さんに《狼牙》2丁による射撃を仕掛ける。だが、こんな雑な射撃が千冬さんに通じる筈がない事は分かっている。千冬さん程の技量があれば『弾丸斬り(カッティング)』位は容易に−−

「ふっ!」

 出来る。と思ったのだが、千冬さんは何故か弾丸を斬り落とす事もブレードの腹で受ける事もせず、回避行動を取った。

(どうして?あんな適当な射撃、千冬さんなら軽く切り払える筈なのに……)

「初手は譲った。次はこちらから行くぞ」

 そう言って、千冬さんが肩に担いでいたブレードを八相に構え、腰を落とす。あの態勢は学園のアーカイブで何度も見た、千冬さんの必殺戦術『瞬時加速(イグニッション・ブースト)からの一刀両断』を仕掛ける時の構えだ。

(来る!)

 こちらが身構えたのを見て、千冬さんが突っ込んでくる。しかし、瞬時加速では無く只のブーストダッシュで。さらに。

「ふん!」

「ぐっ!」

 振り下ろされるブレードのスピードも、アーカイブ映像の半分以下。その為、剣に疎い私でもどうにか防ぐ事ができた。

「ふむ、やはり防ぐか。ところで、敏い貴様だ。そろそろ気付かんか?()()()()()()()に」

(弾丸斬りをせず射撃を避けた事。瞬時加速ではなくブーストダッシュを使った点。そして、妙に遅い剣速……という事は!)

外付式機体性能制限装置(カフス)……。貴女の動きが常より遥かに鈍い事が、私の『勝ち筋』という事ですか」

 私の回答に「正解だ」とばかりに好戦的な笑みを浮かべる千冬さん。

 

 外付式機体性能制限装置。通称『カフス』。

 ISの機能を外部から制限する装置である。主に、軍や自衛隊で入隊一年目の新入隊員のIS教育を行う際に用いられる。

 最大75%の機能を抑える事ができる為、比較的安全に技能習得が行える。また、教官との模擬戦において『実力差』を埋める為に用いられる事もある。

 ちなみに『カフス』の着いたISを業界用語で『オムツ』と呼び、『オムツ』を使っている者達を指して『ベイビィ』と呼ぶ。

 

 千冬さんが『オムツ』を使うとか、とんだ世界最強の『ベイビィ』も居たものだ。とは言え−−

「付け入る隙があるならば、そこを突いて行くのが私の戦い方だ。織斑先生、お覚悟よろしいか?」

 言って右手でフィンガースナップ。その直後、手に手に武器を構えた《ヘカトンケイル》が現れる。

 私が全力戦闘を仕掛けに行く事を読んだ千冬さんは、その笑みを更に深める。

「お前の目の前にいるのは、力を封じられたとはいえ『世界最強の女(ブリュンヒルデ)』だ。遠慮なしに来い、村雲」

「……では、参ります。私、村雲九十九とIS『フェンリル・ラグナロク』が奏でる交響曲(シンフォニー)を、とくとご覧あれ!」

 吠えて、千冬さんの懐に飛び込む私。それを千冬さんはブレードを上段に構えて待ち受けた。実技試験はここからが本番だ。

 

 

 19時30分、一年生寮・食堂。全試験行程を終え、生徒達はそれぞれの成果を話すために食堂に集まっていた。

「で〜、ゴロゴロピシャーンでフィニッシュしたんだ〜」

「ああ、やはりあの時の雷鳴はそれか。試験官の先生も可哀想に。で、シャルは?」

「うん。僕は《ハイドラ》の一斉射撃でKO勝利。九十九はどうだったの?」

 一番のお気に入りメニューであるポトフを食べながら、シャルが私に訊いてきた。

「開始10分23秒、私が千冬さんの『打鉄』の装備を全て破壊した事で合格。その時には、こちらのSEは残り5%を切っていたよ。機能制限を受けたISでここまで押し込んでくるとは、伊達に『世界最強』ではないな」

 「もう少しで補習地獄行きだったよ」と笑うが、私の顔は多分ちょっと青いだろう。SE残量5%とか、強めの一発貰ったら即撃墜判定だったからな。

「織斑先生に勝ったんだ〜。すごいね〜、つくも」

「相手が機体性能制限付き、特殊ルールありの中でどうにかだ。これがもし『モンド・グロッソ』だったら、私はあの人相手に30秒と持つまいよ」

 私服の袖をパタパタさせながら言う本音に、端的な事実を述べる私。

「だが、まあ……貴重な経験をさせて貰ったのは確かだな。かのブリュンヒルデに手合わせ願えたのだから」

 そう締めて、私はカツ丼(特盛)を掻き込んだ。空になった丼をテーブルに置き、茶を飲んで一息つく。

「ともあれ、これで冬休みは君達と過ごせそうだ」

「うん」

「楽しみだね〜」

 少し早いが、今から冬休みの計画を立てるのも悪くはないか。そう思いながら、私は笑顔で冬休みに思いを馳せる二人を眺めるのだった。

 

 

 同時刻、地球・衛星軌道上。そこで、二人の少女が宇宙空間作業用パッケージを装備したISを纏い、目標を目指していた。

「こちらレイン、目標を確認した。これより、接触にあたる」

「サファイアっス。同じく、目標施設内部に突入するっス」

 彼女達は、ダリル・ケイシー改めレイン・ミューゼルとフォルテ・サファイア。京都での亡国機業(ファントム・タスク)実行部隊『モノクローム・アバター』撃滅作戦の際、九十九達を裏切り亡国機業に降った者達だ。

 そんな彼女達が目標とした施設は、衛星軌道上に設置された高高度エネルギー収束砲『エクスカリバー』。

 亡国機業の制御下にあった筈のそれが突如暴走、軌道を離れ始めた事が発覚したのに端を発する。

 その真相を確かめるべく、レインとフォルテが『エクスカリバー』内部に侵入する。

『どう?レイン。何か見つかった?』

 『モノクローム・アバター』隊長、スコールからの通信にレインが答える。

「いや、今の所特に何も……ん?ちょっと待て。これは……」

「何なんすか?これ。なんか、嫌なよか−−」

 

ブツッ、ザー……。

 

「レイン!?フォルテ!?どうしたの!?応答なさい!」

『ザー……』

 スコールが二人に応答を求めるが、返ってくるのはノイズだけ。この通信を最後に、二人からの連絡は完全に途絶えた。

 そして、物語の歯車はあらゆる狂気と真意を巻き込んで、ゆっくりと回り始める。




次回予告

恋人との、或いは想い人との、遊園地での何でも無い一時。
それは掛け替えのない時間になる……はずだった。
師走の空を切り裂く一条の閃光は、次なる事件の狼煙となる。

次回「転生者の打算的日常」
#78 勃発

イギリスでお会いしましょう、お嬢様。

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