転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#76 再上洛

 京都研修旅行の下見、に見せかけた亡国機業(ファントム・タスク)特殊部隊『モノクローム・アバター』壊滅作戦から数日経った週末。私はシャル、本音と共に新世紀町駅『レゾナンス』に研修旅行のための買い出しにやってきていた。

「私はインスタントカメラを買おうと思う。折角だし、君達との思い出を残したいからな」

「僕は新作のリップを見たいかな」

「わたしは旅行に持っていくおかし〜」

 ものの見事に欲しい物がバラけていた私達は、一旦分かれて自分の買い物を済ませてから合流する事にした。

「じゃあ、集合場所はここ、正面入口前でいいか?」

「「うん」」

「では、一時解散。また後で」

 という訳で、それぞれ単独行動を開始する。さて、インスタントカメラってどこにあったっけ?

 

 インスタントカメラを探して売り場をウロウロしていると、思わぬ人物と出くわした。

「あら、織斑一夏くんに続いて貴方にも会うとはね。ごきげんよう、村雲九十九くん」

「スコール・ミューゼル……!」

 突然の邂逅に思わず身構える。しかし、それに対してスコールはふっと微笑んで歩み寄ってきた。

「警戒の必要はないわ。私はただ単に買い物に来ただけだから」

 ほら、と言って手に提げた買い物袋を持ち上げるスコール。どうやら本当にこちらをどうこうしようとする気はないようだ。

「その言葉、一応信じさせて貰うぞ」

 言って警戒を解くと、スコールは私相手に世間話をしてきた。

「で、貴方は何を買いに来たの?」

「インスタントカメラだ。恋人との思い出を形にしたくてね。そっちは?」

「オイルよ」

「……ああ、機械義肢(サイボーグ)の手入れのためか。関節が動きにくくなると大変だろうし」

「機械油じゃないわよ?」

「冗談だ」

「貴方が言うとそう聞こえないんだけど……。ああ、そうそう。インスタントカメラならこの先の家電コーナーにあったわよ」

「そうか。情報提供に感謝する。そろそろ行かせてもらうぞ」

 話を打ち切り、家電コーナーに向かおうとした私に、スコールが後ろから声をかけた。

「これは織斑一夏くんにも言った事だけど、織斑千冬には気をつけなさい。それと、倉持技研の動きにも」

「なに……?」

 聞き返そうとしたが、その時には既にスコールは身を翻して出入口へ向かって歩いていた。

(スコールが無意味にあんな事を言うとは思えん……。社長に調査を依頼するか)

 立ち去るスコールに背を向け、私は社長に電話を掛けると、彼女の言っていた事をそのまま伝えるのだった。

『ほう、()()スコールが君にそんな事を……。分かった、こちらで人員を動かそう。何か分かったら直ぐに君に伝えよう』

「ええ。お願いします。では」

 電話を切り、改めて家電コーナーに歩みを進める。二人を待たせるのも悪いし、さっさとカメラを買って戻るとしよう。

 

 

「えー……ではこれより、『織斑一夏の隣の席争奪ババ抜きトーナメント』を開始する」

「「「イエーイッ‼」」」

 京都研修旅行前日。部屋にやって来た本音が「つくもにやって欲しいことがあるんだ〜」と言うので、何事かと思いつつ付いて行った結果がこれである。タイトルでもうお分かりだろう。つまりそういう事だ。

 現在、一年生寮の食堂には箒達一夏ラヴァーズは勿論の事、一年生女子のほぼ全員が集結していた。それでも密集状態にならない辺り、この食堂がいかに広く作られているかが伺える。

「で、本音。私に何をしろと?」

「決勝戦のディーラーをお願いしたいんだ〜」

「私である意味は?」

「ん〜……なんとなく?」

 コテンと首を傾げつつそう言う本音。可愛い。

「……はあ、分かった。やろう。……ん?本音、君も参戦するのか?」

「ん〜ん。わたしはしゃるるんから「今度は本音が九十九の隣ね」って、席を譲ってもらってるから~」

「そうか。ならいい」

 ちなみにシャルも不参加。他の不参加者と共に予選のテーブルでディーラー役をやるようだ。

「じゃ〜、つくも。スタートの音頭をとって〜」

「では、ゲーム……スタートだ」

 

 予選の内容を全て記述すると膨大になる為、割愛する事を許して欲しい。

「これより、『織斑一夏の隣の席争奪ババ抜きトーナメント』決勝戦を開始する」

 数々の死闘・激闘を潜り抜け、ここまで生き残った者は一夏ラヴァーズと夜竹さん、三組の天音さんだった。

 入念にトランプをシャッフルし、各選手にディール。それぞれペアになっているカードを抜き終わった所で。

「準備は整ったな?では、ゲームスタートだ」

 

 ゲーム開始から10分。それぞれの手持ちのカードも残り少なくなり、そろそろ決着が着くか。という所で、遂に場が動いた。

「はいどうぞ。よーく選んで取ってね、篠ノ之さん」

 夜竹さんが差し出したのは2枚のカード。内1枚はババである。

「なんとしても私が一夏の隣に……!」

 気合一閃、ババを引く箒。消沈した顔でセシリアにカードを差し出す。

「あら、残念でしたわね、箒さん。ここで生まれの違いという物を見せつけてあげますわ!」

 高らかに言いつつ、ババを引くセシリア。ショックを隠せないという顔で鈴にカードを向ける。

「言った割に大したことないわね、セシリア。あんたの実力なんてそんなもんよ!」

 吠えながら、ババを引く鈴。「くっ……こんなハズじゃ……」と嘆きつつ、ラウラにカードを見せる。

「ふん。そういう貴様も大した実力ではなかったな、鈴。こういうのは、直感がものをいうのだ!」

 勢い良く、ババを引くラウラ。憤懣を込めて簪さんにカードを突きつける。

「違う。間違ってるよ、ラウラ。こういうのは直感より、寧ろ計算と……データ」

 ドヤ顔をしながら、ババを引く簪さん。「……あれ?」と首を傾げつつ天音さんにカードを差し出す。

「ついに、ついに私の時代が来たわ!これを機に織斑くんとの距離を一気に詰める!」

 野望を謳いつつ、ババを引く天音さん。「ちっくしょーっ!」と泣き叫びながら、夜竹さんの目の前にカードを叩きつける。

 カードは2枚。どちらかはババである。ここで夜竹さんがババで無い方を引けば、カードの数字次第では夜竹さんが一抜けだ。

「す~……は~……よし、こっちです!」

 覚悟を決めて夜竹さんが引いたカードの図柄は……♢の2。

「あ……上がりました!」

「ゲーム終了!勝者、夜竹さゆか!」

 私が勝者の名を呼んだ瞬間、食堂が割れんばかりの喧騒に包まれた。

 敗れ去った女子達が、口々に「おめでとう!」「やったね、さゆか!」「く〜、羨ましいなぁ!」「予選の時、最後の最後でババを引いた私の運が憎い!」と、夜竹さんに祝辞やら嫉妬の叫びやらをぶつけている。その一方……。

「「「…………」」」

 ある意味、一夏を横から掻っ攫われる形になったラヴァーズは、口からエクトプラズムを吐いて真っ白になっていた。

「残念だったな。まあ、こればかりは運だ、諦めろ」

「「「…………」」」

 聞こえていないのか聞いていないのか、一切の反応を示さないラヴァーズ。うーん、重症だな。

 とは言え、一度決まった事を覆すのは私の主義と目の前で喜びを噛み締めている夜竹さんの気持ちに反する。よってここは敢えて何もしないという選択を取る事にした。

 

パンッパンッ!

 

 私は大きく柏手を打つと、女子達に閉幕宣言をした。

「これで『織斑一夏の隣の席争奪ババ抜きトーナメント』を閉幕する。総員解散、明日に備えて早く床につくように」

「「「サー、イエッサー!」」」

 きれいな敬礼の後、女子達はめいめい自室に帰っていく。なお、一夏ラヴァーズは未だにショック状態から抜け出ていない。

「どうする?九十九」

「そのうち自分で、もしくは見回りに来る千冬さんによって正気を取り戻すだろう。放っておけ。気になるならリネン室から毛布でも持ってきて掛けておいてやると良い」

 「風邪を引かれても困るしな」と言って踵を返し、私は食堂をあとにした。

 ちなみに、ラヴァーズ達は見回りに来た千冬さんの喝によって即座に正気を取り戻し、慌てて自室に戻ったそうだ。

 

 

 一夏の隣の席に座る人が食堂で決まっていた頃、一夏は自室で写真屋から返って来たフィルムを元に、写真の整理に勤しんでいた。

「これとこれは皆に。あとこっちは九十九とシャルロットに……と」

 被写体であるヒロインズの分と、自分の分、九十九の分、そして保管用。メモを取りながら写真を仕分けしていると、一枚の写真がヒラリと机から落ちた。

「おっと。……これは……」

 落ちた写真は、京都駅で撮った最初で最後の集合写真。

 前列中央に自分、右隣に箒、鈴。左にセシリアとラウラ。その隣に九十九とシャルロット。後列中央に千冬、左に更識姉妹が並ぶ。

 そして千冬の右隣。そこに写る2人の女生徒の屈託ない笑顔が、一夏の心に突き刺さる。

 

 ダリル・ケイシーとフォルテ・サファイア。自分達を裏切り、亡国機業(ファントム・タスク)に降った者達。

「なんで……」

 理由はもう判っている。しかし、理由を頭で理解する事は出来ても、心が納得出来ない。

「なんでだよ……」

 一夏の呟きは、一人きりの部屋に静かに響いた。

 

 

「それじゃあ、行ってきます!」

「お土産、買って帰りますね」

 私と一夏は見送りの生徒会メンバーにそう告げて、シャルと本音と一緒に歩き出した。一夏の隣には恥ずかしそうに顔を赤らめる夜竹さんが、それでも離れようとせずに一緒に歩いている。

「俺の隣は夜竹さんか。よろしくな」

「う、うん。こちらこそ……」

 そんなやり取りをしながら歩いている二人を、一夏ラヴァーズは『面白くありません』と言う顔をして見ている。というより、むしろ睨んでいる。

「やれやれ、仕方ない奴らめ」

「気持ちが分からないって言ったら、嘘になるけどね」

「うんうん、わたしもつくもが他の女の子と仲良さげにしてたらちょっとムッとするし〜」

 溜息をつく私に、シャルと本音がそう言ってきた。

「そんなものか?」

「そんなものだね」

「そんなものだよ〜」

「……そうか、そんなものか」

 ウンウンと頷く二人。この二人が言うのだから、まあそうなのだろう。

 

 所変わって東京駅。京都行きの新幹線到着までの間、生徒達はそれぞれのんびりしたり、買い物を楽しんだりしていた。

 九十九達は本音の希望もあり、駅ナカの売店を物色していた。

「つくも、つくも。駅弁買おうよ〜」

「あまり食べ過ぎないほうが良いぞ。旅館の料理も相当豪華らしいからな」

「あっ!富山のますのすし売ってる〜。これにしよ〜」

「本音、聞いてるか?」

「あはは……」

 九十九の忠告を意に介さず、本音は『特選・源・ますのすし』と書かれた弁当を手にとって抱える。その様子に、シャルロットが苦笑するまでがワンセットだ。なお、そのやり取りの間も、本音は九十九の腕に組み付いたままである。

 ただ、その光景は少なくとも一組女子には見慣れたもので、今更羨むものでもない。寧ろ微笑ましいものを見るような温かい視線を送っている者が殆どだ。一方−−

「あ、夜竹さん。飲み物何が良い?俺が出すよ」

「い、いいよ。織斑くんに悪いし……」

「いいからいいから。ほら、どれにする?」

「え、えっと……。それじゃあ、お茶で」

「ん、分かった」

 付かず離れずの距離で一夏の一挙手一投足にどぎまぎするさゆか。その様は何処か初々しく、見ている女子達の乙女心に一々突き刺さる。

「あ~、いいわ〜。青春だわ〜」

「いいなー、さゆか」

「くっ!あの時ババさえ引かなければ、あそこには今頃私が……!」

 などという会話がさゆかの後ろでなされているが、当のさゆか本人は絶賛テンパり中のため聞こえていない。ある意味、それで良かったかもしれないが。

『間もなく、東京発新大阪行、のぞみ209号が到着いたします。お乗りの方は、白線の内側まで下がってお待ちください』

『Shortly, Nozomi 209 will arrive from Tokyo from shinosaka Line. Please drop by the way of riding to the inside of the white line』

 日英双方のアナウンスが構内に響いたのを切っ掛けに、女子達は一斉に乗車準備に入る。こういう時の彼女達の行動の速さに、九十九は毎度驚かされる。無論、表情には出さないが。

「では、いざ京都へ」

「「「おーっ!」」」

 九十九が何の気無しに言った言葉に、結構な数の女子がノッた。直後に千冬のカミナリが落ちたのは言うまでもない。

 

 

「まっくの~すし〜、まっくの~すし〜」

 席に着き、新幹線が動き出したと同時にますのすしを広げだす本音。何とも楽しそうだ。

「あ、つくもも食べる〜?」

「……くれると言うなら貰う」

 私の返事に本音は「おっけ〜」と言うと、手際良く箱を広げ、中からミニチュアサイズのお櫃のような物を取り出す。

 お櫃の上下には青竹がゴムで押し止めてあり、それを慎重に外して蓋を取ると、笹の葉に包まれたますのすしのお目見えだ。

「じゃあ、切るね〜。縦横に12等分で〜」

 と言うと、本音はますのすしに備え付けのプラスチックナイフをあてがう。それに私は待ったをかけた。

「いや待て、本音。普通、ますのすしは放射状に8等分だろう」

「え〜、でもそれじゃあ手でつまめないよ〜」

「箸で食え!はしたない!」

「箸だけに〜?」

「ぷっ」

「違うから。あとシャル、これでウケるとか一夏並かそれ以下だぞ」

「そんな!」

「っておい!俺もディスられてないか!?」

「お、織斑くん落ち着いて!」

 等という騒がしいやり取りもありつつ、新幹線は一路京都へと走るのだった。

 

「楽しかったね〜、新幹線!」

 のほほん笑顔を浮かべて言う本音だが、東京駅から京都駅までの約2時間、彼女は常に何かを食べ、飲んでいただけだったりする。

 本音は着替え等の入ったキャリーバッグとは別に大きめのショルダーバッグを持ってきていたのだが、その中から明らかに容積以上の菓子類と飲み物が出てきて、私が目を点にしながら「どういう仕組みだ?」と訊くと、彼女は事もなげに「飲食物用の拡張領域(バススロット)を搭載した、ラグナロクの特別製バッグだよ〜。入社祝いに貰ったんだ〜」と答えた。

 ……いや、飲食物用の拡張領域って何?我が社ながら、相変わらずぶっ飛んでるなぁ。

「全員いるな?ではこれより、各クラス毎に京都にあるIS関係企業へ見学に向かう。解散!」

 千冬さんの号令と共に各地に散っていくIS学園1年生達。

 実態は観光旅行のそれに近いが、名目は『研修旅行』。その為、各クラス毎に訪問したいIS関係企業を決めて見学に行く事になっている。で、我ら一組が訪問先に選んだのは−−

 

 

「ようこそ、ラグナロク・コーポレーション京都支社へ!」

「何故いるんです?社長」

 京都市郊外に居を構える、ラグナロク・コーポレーション京都支社。そのゲート前で朗らかな笑顔を浮かべて私達を出迎えてくれたのは我らが社長、仁藤藍作(にとう あいさく)さんその人だった。

「君のクラスがラグナロク(うち)を見学先に選んだって聞いたからさ。折角だし私直々に案内しようと思って飛んできたんだ!」

 社長がそう言った直後、ヘリのローター音がしたので上に視線を向けると、ラグナロクの社章が入ったヘリが東京方面へ飛んでいくのが見えた。

 文字通り『飛んできた』のかこの人!フットワークが軽いにも程がある!というか今日の仕事はいいのか!?

「大丈夫!今日は一日非番だ!」

「左様で……」

 ビシッ!とサムズアップする社長。私は、その一企業の長とは思えない軽さに、何かを言う気力を無くすのだった。

「さあ、行くぞ諸君。精神力の貯蔵は十分かい?」

 そう言う社長の顔は、遊園地でテンション爆上がりしている子供の様な楽しげな笑みだった。……嫌な予感しか、しない。

 

 約3時間後、ラグナロク・コーポレーション京都支社1階ロビーは、死屍累々の様相を呈していた。

「あ~……皆、大丈夫か?」

「「「大丈夫じゃない……」」」

「ですよね〜……」

 力無い返事をする一同に苦笑いしかできない私。

 一同がこうなったのも無理はない。ラグナロク・コーポレーション京都支社は、本社に負けず劣らずの『濃い』所だったからだ。

 一体私達に何があったのか?詳細に描写すると文字数がとんでもない事になるため、箇条書きになる事を許して欲しい。

 

 1.社内に入って早々、広報部の明石家さんに社長共々捕まり、社長がうんざりした様子で「もういいかな?」と言うまでの30分間、全く休みのないマシンガントークを聞かされた。

 2.訪れた兵装開発室で二人の研究者による発表があったのだが、どちらの作った兵器も暴走、爆発。室内が滅茶苦茶になり、全員で掃除をする事に。

 3.京都に来ていた外部協力員の『変態ピエロ』が私を見つけ、衆人環視のある中で「この前より更に美味しそうになったね」とねっとりとした声と視線を投げかけてきた。その際、彼の股間が描写も憚られる程の『えらい事』になっており、それを見た女子生徒達の悲鳴が会社中に響いたのは言うまでもない。

 4.京都支社所有の『ラファール・リヴァイブ・ラグナロクカスタム』に乗る事になった相川さんが、その余りにも人を選ぶ性能に振り回されて最高速度で墜落。幸い気絶する事はなかったが軽いトラウマになったらしく、彼女は「しばらくISに乗りたくない」と青い顔で呟いた。これを見て、他に乗るつもりだった女子達が相次いで辞退を申し出たのは、当然と言えるだろう。

 

 以上の出来事が約3時間の間に一気に起きたのだ。1組女子が疲労困憊するのも無理は無い。

「『ラグナロクには突き抜けた人しか入れない』って言われる理由が、今日ハッキリと理解できたわ……」

「毎日トラブルてんこ盛りとか、私じゃ無理!」

「ある意味ブラック企業より酷いわ……ココ」

 などと口々に漏らす女子達。だから見学先を選ぶ時に言ったんだ。「選んだのは君達だ。後悔しても知らんぞ」と。

 この後の予定がホテルに戻ってレポートを纏めるだけで本当に良かったと思う。こんな状態では京都観光どころかまともに歩けるかどうかすら怪しいからな。

 

 

 明けて翌日。ラグナロクショックからどうにか回復した一組女子達は、「昨日があんなだった分、今日はトコトン楽しんでやる!」と意気込んでいた。

 早速観光を始めようとする一夏を千冬さんが呼び止めて撮影係に任命した。まあ、そうだろうと思ったが。

 で、そうなると当然一夏に写真を撮って貰うためか、単純に一夏と行動を共にしたいのか、一夏の後ろをゾロゾロとついていく大勢の女子達。

 それにウンザリしたような表情をした一夏が夜竹さんに何やら耳打ちをして、それに夜竹さんが頷いた直後、一夏は『白式』を纏って夜竹さんを横抱きに抱えると、そのまま清水寺方向へと飛んで行った。だが、まっ先に何か言うだろう千冬さんが何も咎めない所を見ると、何らかの思惑があるのだろう。

「「「あーっ!逃げた!」」」

「私達も追うぞ!」

 一夏を追おうと、ISを展開しようとするラヴァーズ。だがそれは−−

 

キインッ!

 

「皆さん、駄目ですよ?」

 瞬時に専用IS『ショー・マスト・ゴー・オン』を展開して立ち塞がった山田先生によって阻害される。そのにこやかな表情とは裏腹に、叩きつけられる圧が半端でない。

 その圧倒的な気配に押され、その場の全員が息を呑む。これが元日本代表候補生序列一位の気迫か。やはり伊達ではないな。

「もしどうしてもと言うなら、私を倒してから行ってください♪」

 山田先生が手にした得物を構えて「遠慮せずにどうぞ?」と言うが、「ならば」と動く者はいなかった。

 今は一教師とはいえ、かつて日本の代表候補生の頂点に立っていた山田先生相手に勝てるビジョンが見えなかったのだろう。全員があっさりと白旗を上げ、その場は収まった。

(一夏の事は夜竹さんに任せよう。彼女なら一夏を困らせるような真似はすまいからな)

 私は一夏達が飛んで行った方に一瞬目を向けて、「九十九、行くよ〜」と私を呼ぶシャルと本音の元へと歩むのだった。

 

 夜竹さんに一夏の事を任せ、観光名所巡りをする事にした私達。

 ほとんどの女子は「織斑くんがいなくなったんじゃ仕方無い」とそれぞれ行きたい場所へと散っていった。ラヴァーズは千冬さんに「私に付き合え」と拘束され、二条城方面へと消えた。もし、あそこで千冬さんがラヴァーズを連れて行かなければ、彼女達は歩いてでも清水寺に向かっただろう。一夏の最近の精神状態について、あの人も思う所があったという事かも知れない。

 

 閑話休題(それはそれとして)

 

 私達が最初に向かったのは、私の希望で蓮華王院三十三間堂。ズラリと並ぶ千体以上の等身大千手観音立像は圧倒的な迫力だった。

 本音の要望「京都ならではのお土産が買いたい」を受けて訪れたのは祇園商店街。何軒か回って厳選を重ねた土産物は、きっと喜んで貰えるだろう。

 最後に私達はシャルの「ゴールドキャッスルが見てみたい」というリクエストを受け、金閣寺にやって来た。のだが−−

「はて?妙に人が少ないな?」

「どうしたんだろ〜?」

「あ、九十九。あっちに人だかりができてるよ」

 シャルが指さしたその先には、黒山の人だかり。ぱっと見では若い女性が多く、キャイキャイと黄色い声を上げている。

 視線を奥に向けると、ガンマイクと高所作業車に乗ったカメラマンの姿が見えた。どうやら映画かドラマのロケでもやっているらしい。

 出来れば近づきたくないが、鹿苑寺舎利殿(金閣)を見に行こうと思ったらあの集団がどうしても邪魔になる。さて、どうするか。

「撮影が終わるまで待つのは、撮影スケジュールが分からない以上それは愚策か。撮影隊を大回りするのは……駄目だな、撮影隊を避けようとすれば別の門まで行く必要があるから、大幅な時間ロスになる。ISで上を飛んで……いや、余計に目立つか」

「あの、九十九?」

「駄目だ。どの策も最善手とは……ん?どうしたシャル?」

「本音、撮影現場に行っちゃったんだけど……」

「何っ!?」

 どうやら私が思考に没頭している間に、好奇心に負けた本音が撮影を見に行ってしまったようだ。

 慌てて本音の後を追うと、本音がいつもののほほん笑顔で、「こっちだよ〜、つくも〜」と手を振る。それにざわついたのは撮影現場に集まっていた群衆だ。

「ねえ、この子の着てる制服って……」

「ひょっとして、IS学園の!?じゃあ、あっちから走ってくる男の子って!?」

「さっきこの子『つくも』って言ったわよね。って事は!?」

「二人目の男性操縦者、村雲九十九!?」

 群衆の中の誰かが私の名を出した事で、一気に注目がこちらに集まる。久々の視線の絨毯爆撃に怯みそうになるも、どうにか堪えて本音の元へ。

「本音、勝手に動くな。逸れたら事だぞ」

「あう……ごめんなさい」

「いや、怒っている訳じゃない。あまり、心配をかけないでくれ」

「うん」

 シュンとする本音の頭を軽く叩くように撫でる。そのまま本音の手を引いてこの場から離れようとしたが、時既に遅し。既に私達は、周りを何人もの人達に取り囲まれていた。

「……参ったな」

「うわ〜、注目の的だ〜」

「どうする?九十九」

「どうのしようもないだろう。この状況では」

 諦念を込めた溜息をついたと同時、一人の小さな男の子が進み出てきた。その顔は興奮からかとても赤く、鼻息も荒い。

「どうした?私に何か用か?坊や」

 声をかけると、男の子はビクッと身をすくませた後二回深呼吸。意を決したように突き出された両手には……色紙とサインペンが握られていた。

「あ、あの!サイン、下さい!」

 これには私もポカンとした。まさか、自分がサインを求められる日が来るなどと、欠片も思っていなかったからだ。よって、サインの準備などしている訳もなく。

「あー……生憎サインを持っていない。名を書くだけになってしまうが、それでも良いかね?」

 申し訳無い気持ちでそう言うと、男の子は首を激しく縦に振る。ならばと少し崩し気味の書き方で『村雲九十九』と書いて男の子に手渡し、握手をしてあげると、男の子は「ありがとうございます!」と嬉しそうに叫んで親元へと戻って行った。

 が、これがいけなかった。男の子が戻った途端、「我も我も」とサインを求め、ツーショットを希望し、握手を願い出てくる。数の暴力に押し負けて、全ての希望者に対応し終えたのは、30分後の事だった。

 

 

「ふう、やっと終わったか。すまん二人共、待たせた……な?」

 言いようのない疲労を感じながら二人の方を見ると、帽子に髭の中年男性に頭を下げられて困惑している様子だった。

「お願いします!ほんのチョイ役でいいんで!」

「急にそんな事言われても……」

「困ります〜」

「何だ?どうした?」

 揉めている三人の所へ行くと、中年男性がパッと顔を上げて私を見た。その目には何処か余裕がない。中年男性は私と目が合った途端、名刺を取り出してこちらに差し出した。

「村雲九十九さん、はじめまして。私、こういう者です!」

「『映画配給会社 西宝 ゼネラルマネージャー 映画大好(うつしえ ひろよし)』……で、ご用件は?何やら二人が困惑している様子でしたが」

 まさに映画に関わるために生まれてきたような名の中年男性……映画さんによると、現在撮影中の作品(推理物)に、『主人公に逃げた犯人の行方を教える役』として、私達に出演を依頼したい。と言う事らしい。

「監督が『どうしても』と言って聞いてくれないんです。どうかこの通り!お願いします!」

 恥も外聞もなく、たかが高一の男女三人に土下座を敢行する映画さん。ここまでしている相手に対して「だが断る」と言えるほど、私は下種ではない。二人にチラリと目配せすると、二人は「仕方無い」とばかりに頷いた。

「分かりました」

「っ!ありがとうございま「ただし!」……はい?」

「私と本音はラグナロクに、シャルはデュノア社に所属する企業人です。両社に出演交渉を行い、是の返事を貰ってください。話はそれからです」

「は、はい!」

 映画さんは大慌てでラグナロク、デュノア社双方に連絡を取り、ものの数分で両社から出演OKの返事を貰うのだった。

 

「断ってくれると思ったのに……!思ったのに!」

「仁藤社長もお父さんもノリノリで「是非使ってくれ!」って言うとか……」

「あてがはずれたね〜……」

 という訳で、映画出演決定である。……目立ちたくなんて無かったのに……。おのれディケイド……もとい社長!

「衣装はどうします?」

 と訊く衣装スタッフに監督がたった一言「このままでいい!寧ろこのままがいい!」と言ったため、衣装はIS学園制服に決定。リハーサルを1回行ってすぐさま本番である。

 で、私達の登場シーンがこちら。

 

刑事 『そこの少年達!怪しい奴がこっちに来なかったか!?』

少年 『怪しい奴?……ああ、ついさっきえらく慌てた様子でそこを左に曲がって行きましたよ』

刑事 『そうか。協力に感謝する!奴め、絶対逃さんぞ!』

 

 刑事、少年に礼を言うとそのまま走って画面奥へ。

 少年にズーム。少年、自身の左を向く。するとそこに追われていた男が隠れていた。よく見ると、二人の少女に刃物を突きつけている。

 

少年 『……行きましたよ。彼女達を開放してください』

逃走者 『ああ。すまない、迷惑を掛けた。だが、真実を知るまで、俺は捕まる訳にはいかないんだ』

少年 『…………』

 

 逃走者、少女達を開放して少年に頭を下げると、刑事とは逆方向に走り去る。少年はそれを恐怖から自分に抱き着く少女達を宥めつつ見つめる。

 

「カット!オッケー!」

 監督がカットをかけると、場の緊張感が一気に弛緩した。

「いやー、このシーンを足して良かった!君達を見たときこう……ビビっときたんだ!この三人を出したいって!俺の我儘を聞いてくれて感謝するよ!」

「はあ……どうも」

 私の手を取り、ブンブンと振る監督。その表情はとても嬉しそうだ。

「フフフ……。あの第二の男性操縦者がゲスト出演。これで清水寺で撮影中の『アイツ』の作品など、話題にもならんわ!」

 と言って、気炎を上げる監督。ライバルが同時期に映画の撮影中らしい。……ん?清水寺?

「ね、九十九……?」

「ひょっとして〜、ひょっとする〜?」

「……多分」

 三人でひそひそ話をしていると、気になったのか監督が話に入ってきた。

「ん?なんだ、どうした君達?なにか気になる事でもあるのかい?あ、出演料(ギャラ)なら今すぐに……」

「いえ、そうではなく……一夏が清水寺に『飛んで行った』んです。間違いなく、映画撮影に巻き込まれているかと」

「……ナンデスト?」

 私の齎した情報に愕然とする監督。……言わない方が良かったかな?

 

 

 九十九が監督に「一夏が清水寺にいる」という話をした数時間後、一夏とさゆかが半ば強引に出演する事になった映画の撮影が最終盤に差し掛かっていた。

 だが、この映画のスタッフは一体何を考えたのか、本来主役を張る予定だった俳優を下ろし、一夏を主役に抜擢。さゆかをヒロインに付けて、シナリオまでほぼ全替えして撮り直しという暴挙に出る。

 ちなみに、最終盤の撮影が終わった直後に、一夏はさゆかを抱えたまま『白式』で夜の京都へと飛び去っている。

 結果としてこの映画は『世界初の男性操縦者が主役を張った映画』として一時の人気を得るも、「素人を主役にするとか、何考えてんだこの監督」「シナリオの無理矢理感が凄い」「近年稀に見るクソ映画」と酷評される事になるのだが−−

「これで今年の映画祭の話題は、俺がいただきだ!」

 自分の未来など知る由もない若い映画監督は、自信満々に声を上げるのだった。

 

「さて、この辺でいいか」

 人目を避け、京都の路地裏に着地した一夏は、ISを収納(クローズ)する。

「夜竹さん、制服取りに行くか?」

「いえ、何着か持ってますから」

「そっか」

 とは言ったものの、現在の2人の恰好は映画の衣装であるタキシードとドレス姿。表通りを歩くには、些か派手過ぎるだろう。

「うーむ、宿泊先の旅館まで飛べばよかったな」

 考え込む一夏に、さゆかが話し掛けた。

「あの、織斑くん」

「ん?」

「織斑くんは、色々抱え込んでいるんですよね。だけど、もっと皆を頼ってもいいと思うんです」

 その言葉は、一夏にとって完全に不意打ちだった。

 それを聞いた一夏の瞳から、完全に無意識の涙が一粒零れ落ちた。

「あ、あれ?なんだよ、これ……」

「織斑くん……」

 涙を流す一夏を、さゆかはそっと胸元に抱き寄せる。

「織斑くん、辛い時は、皆に任せて良いんです。皆、いますから。ね?」

「…………」

 抱きしめられながら、一夏は無言で頷いた。

 しばらく、二人はそのままでいた。それがどれほど優しい時間だったかは、二人だけの秘密である。

 

 

 結局、一夏とさゆかが帰ってきたのは夕食時間を大分過ぎてからだった。「心配した」と憤るラヴァーズに、申し訳無さそうにする一夏。その間に割って入ったのは真耶だった。

 曰く「日頃から頑張っている織斑くんのために、特別なおもてなしを用意した」との事。

「特別……?」

「はい、特別です!」

 鼻息も荒く、真耶が意気込む。一夏としては、丁度空腹である事もあって願ったり叶ったりだろう。

「それじゃあ、専用機持ちの子達には舞妓はんになっていただきます!」

「−−え?」

 それは、『舞妓姿になったラヴァーズに、一夏をもてなさせる』という、世の男共が聞いたら血涙を流して羨ましがりそうなものだった。

 艶やかな舞妓姿のラヴァーズには、『朴念神』の称号をほしいままにする一夏も思わずつばを飲んだ。

 箒に酌をしてもらい(中身はラムネ)、セシリアと「はい、あーん」のしあいをし、鈴とジェンガを楽しみ、ラウラから手作りのウサギのガラス細工(見た目はイノシシ)の付いたストラップを受け取り、簪の日舞に見惚れたり。

 そんな感じで、夜の宴は過ぎていった。一方−−

 

「ね、九十九。気持ちいい?」

「ああ。久しぶりにして貰うと、気持ちよさもひとしおだな」

「そう?良かった」

「しゃるるん、しゃるるん。わたしの分も残しといてね〜」

「分かってる。本音にもちゃんとさせてあげるから」

「うん。つくも、わたしもこれ上手なんだよ〜。ちゃ〜んと気持ちよくしたげるね〜」

「ああ。頼むな」

 ……何か如何わしい予想をしている奴等もいそうなので敢えて言うが、私がシャルにして貰っているのは『耳掻き』だ。

「しかし、耳掻き棒なんてよく持っていたな、シャル」

「あ、これ?お土産屋さんで見つけて、九十九にしてあげたら喜んでくれるかなって思って、買ってきたんだよ」

 耳掻きの手を止めずにそう言うシャル。何とも嬉しい気遣いだ。

「はい、おしまい」

 そう言うとシャルは掻いていた耳にふっと息を吹きかける。全身を何とも言えないゾクゾクが襲うが、それがとても心地良い。

「じゃ〜、次はわたしね〜。おいで〜、つくも」

「ああ」

 ポンポンと膝を叩いて手招きする本音。その膝に頭を預けると、「それじゃあ、はじめるよ〜」と耳掻き棒を私の耳の穴に入れて耳掻きを開始した。

「どうかな〜、つくも。気持ちいい〜?」

「ああ、ちゃんと気持ち「あ、大きいの見っけ!えい!」いいったぁっ!」

 大きな耳垢でも捉えたのか、本音が耳掻き棒を大きく動かした。耳の中でグリッという音がしたと同時に刺すような痛みが襲う。

「つ、九十九、大丈夫!?」

「な、なんとか……。本音、もう少し優しくできないか……?」

「ご、ごめんね〜。大きいのがあったからつい〜……」

 痛みに震える私に一言謝りを入れ、耳掻きを再開する本音。その後はちゃんと耳を傷つけないよう、優しくしてくれた。

「はい、おしま〜い」

 一通り耳垢を取り終えたのか、本音がそう宣言して耳に息を吹きかける。再びのゾクゾク。クセになりそうだ。

「ありがとう、二人とも。お蔭で耳がスッキリした」

「「どういたしまして」」

 私の礼に、二人はニッコリ微笑んで頷き返した。その後は消灯時間ギリギリまで他愛もない話をして過ごしたのだった。

 ちなみにその間、一夏が預かったアーリィさんの愛猫シャイニィは部屋の隅に丸まって眠っていた。何とも自由な猫である。

 

 

「シャイニィ、おーい、朝ご飯だぞ。おーい」

 朝食後、シャイニィの世話をしている一夏だったが、市販の猫用ミルクに見向きもしないシャイニィにほとほと困り果てていた。

「気位の高い猫のようだからな。「そんな物が飲めるか!」という所ではないか?」

「うーん……」

 そうこうしていると、ラヴァーズとシャル、本音が部屋にやって来た。流石に服装は制服に着替えていたが。

「一夏、猫など残飯でも食わせておけばいいのだ!」

 そう言って汁かけ飯を持ってくる箒。……シャイニィはぷいっとそっぽを向く。

「猫は良い香りが分かると言いますし、わたくしが抱きしめてみましょう」

 香水を一振りして、手を伸ばすセシリア。……シャイニィはセシリアを無視して走り去る。

「あたしに任せなさい!こういう時こそ、猫じゃらしよ!」

 言うなり、鈴は猫じゃらしを取り出して振り、シャイニィの注意を引こうとする。……シャイニィには効果がないようだ。

「うーん、猫用のビスケットがあればいいんだけど……今からじゃ作れないし」

 シャルが発したビスケットの言葉にピクリと反応するシャイニィ。が、すぐに興味を失ったのか眠そうに目を伏せる。

「ならば、黒ウサギ隊のワッペンで釣るというのはどうだ?」

 ラウラの意見は反対も賛同もされなかったため、一応試してみた。結果は案の定である。

「チッチッチ。おいで〜、猫ちゃ〜ん」

 本音が舌を鳴らしてシャイニィを呼ぶ。が、シャイニィは全く相手にしない。

「あ~ダメか〜。つくもは~?」

「やってみよう……。シャイニィ、こっちへおいで」

 私がシャイニィを呼ぶと、シャイニィはピクリと顔を上げて、私の目を見て……。

「えっ!?いきなりお腹を見せた!?」

 なんと、シャイニィは仰向けになって腹を見せる、いわゆる『降参ポーズ』をとったのだ。

「いつもこうだ。私は猫と友になりたいのに、猫が私に臣従したがるんだ」

「つーか、大抵の動物が九十九に降参ポーズ取るよな」

「小6の時に動物園に行って、ライオンのボスが九十九に降参ポーズ取った時は思わずツッコんだわよ。「あんたにプライドはないのか!」って」

「あったなぁ、そんな事も」

 結局、最後はマタタビを持って現れた山田先生がシャイニィを手懐け、マタタビを一夏に渡した事で、シャイニィの飼い主は一夏という事になった。……断じて、断じて悔しくなどない!

 

『間もなく終点。東京、東京です。お降りのお客様はお忘れ物のございませんよう、お気をつけ下さい』

『End point soon. It is Tokyo, Tokyo. Guests who are going off do not have lost things, please take care』

 到着間近を告げるアナウンスが車内に響き、IS学園1年生一行はめいめい降車準備を開始した。なお、シャイニィは用意しておいた猫用のキャリーケースに入れてある。むき身の状態で新幹線に乗せる事は、ルールとしてもマナーとしてもやってはいけない事なのだ。

「色々あったけど、楽しかったな」

「それは良かった。今の内に精々噛み締めておけ。どうせすぐそんな事を言っていられなくなる」

「何でだ?」

 キョトンとする一夏に、私は現実を突きつけた。

「今日から10日後に『2学期末試験』がある。実技試験もあるから1学期よりハードだぞ。覚悟しておけ」

 

ピシリ……

 

 そんな音を立てて固まった一夏が辛うじて出した一言は「き・ま・つ……?」だった。

 

 こうして、色々あった京都研修旅行は終わりを告げた。

 しかし、すぐ目の前にとても大きな『敵』が立ちはだかっている。気を抜く暇など、我々に有りはしないのだ。




次回予告

再び現れた学生最大の敵。
彼等が口にするのは勝利の美酒か、敗北の苦渋か。全ては、二つに一つだ。
全力で足掻け。それが唯一許された道だ。

次回「転生者の打算的日常」
#77 二学期末試験

何故……貴方がそこに……?

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