♢
「たった今、IS学園の早期警戒網に複数のISと一隻の強襲揚陸艦の接近が確認されたそうです……。所属は現時点で不明、目的はおそらく……学園のISを奪取することだろう、とのこと!」
「なにっ!?」
「「「っ!?」」」
IS学園専用機持ち達に齎された何者かによる学園襲撃の報は、全員を座席から立ち上がらせるのには十分過ぎる物だった。
「九十九!この新幹線の次の停車駅は!?」
「……新横浜駅だ。到着まであと1時間以上かかる」
「そんな!?」
「今すぐ停車させて……「それは無理だ」なにっ!?」
箒の言葉をすぐさま九十九が否定する。
「この新幹線は既に最高速度に近い速さで走っている。急停止などさせようものなら、車内の乗員乗客に少なくない怪我人が出る事になるだろう」
「ならばそこの窓を叩き割って「それも無理だ」なんだとっ!?」
代替案を出したラウラに、九十九がダメを出す。
「この新幹線に使われているアクリルガラスはラグナロク製だ。ライフル弾の零距離射撃でもヒビすら入らん特別製だよ」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!!」
「祈るしかないな。学園の無事と、新幹線が少しでも早く新横浜駅につく事を」
余りにも落ち着き払った九十九の態度に、一夏は苛立ち紛れに怒鳴った。
「さっきからなんでそんなに落ち着いてんだよ!みんなが心配じゃねーのかよ!?」
「私が皆を心配していないように見えると、お前は言うのか?」
「ああ、見えるね!じゃなきゃ……っ!?」
九十九の質問になおも言い募ろうとした一夏が、九十九の足下からする小さな水音に気づいて視線を落とすと、そこには赤い水溜まりができていた。まさかと思った一夏がその手に目をやり、絶句する。
握り締めて折れた割箸が刺さったのか、九十九の手からは血が一滴、また一滴と滴っていた。
「私だって、状況が許すなら今すぐにでも飛び出したいさ。でもな、現状の全てが私に『何も出来る事はない』と告げてくるんだ。まったくもって間の悪い時に報告が来るものだ……。恋人の危機に駆けつける事すら許されないとは!」
ばしっ、と床に叩きつけられた割箸は血塗れで、どれだけ強く握り締めていたのかが分かる。
「九十九、手当てするから、傷見せて」
「……ああ」
シャルロットが九十九の手をそっと取ると傷口を確認する。その傷はシャルロットの見立てよりずっと浅く、シャルロットはほっと胸を撫で下ろした。
「よかった……これならなんとかなりそう」
シャルロットが「何かあった時のため」と持ってきていた救急箱からガーゼと包帯を取り出して右手の治療をするのを横目に見ながら、九十九は今は遥か遠い場所にいるもう一人の恋人の無事を祈るのだった。
そんな九十九に、シャルロットが「きっと大丈夫だよ」と声をかける。
「何故そう思う?」
「だってほら、いま学園には『ラグナロク最強の二人組』が本音と一緒にいるし」
「あ、そう言えばそうだった。なら安心だな。寧ろ心配するだけ損かも知れん」
「「「なんでだ!?」」」
『ラグナロクの者が居る』。たったそれだけで安心した九十九に、全員がツッコんだのは無理もない事だった。
♢
同時刻、IS学園大講堂。
「全生徒、教職員の避難を完了しました」
「報告ご苦労さまです、生徒会長代行」
警備部隊の隊長代行を務める女教師に会釈を返しながら、虚は心中で溜め息をついた。
(これで何回目だったかしら、学園で事件が起きるのは?)
『クラス対抗戦無人機襲撃事件』に始まり、『シュバルツェア・レーゲン暴走事故』、『
立て続けに起こる事件・事故を指折り数え、虚はもう一度溜息をついた。
(今年のIS学園は呪われているなんて、思いたくないけれど……)
正直いい加減にして欲しい。そう思わずにはいられない虚だった。
同時刻、IS学園島・早期警戒網から1.5㎞地点。
『コマンダーからαリーダー。向こうの様子はどう?』
「こちらαリーダー。対象は早期警戒網を更に進行。敵IS部隊は既に臨戦態勢を取っています」
『こちらから仕掛けては駄目よ。向こうに戦闘の口実を作らせないで』
「了解……っ!?」
αリーダーが是の返事を返そうとした瞬間、
『αリーダー、何があったの!?』
「狙撃です!向こうが撃ってきました!α2は頭部に狙撃を受けて気絶、戦闘不能!」
『そんな……レーダー上の光点では、こちらと1㎞以上距離があるのに……!』
ISの1㎞は、生身の人間に置き換えた時400〜500mの距離に等しいと言われている。その距離から人の頭という小さな的を狙い撃つのは、熟練のスナイパーが極限の集中を持って初めて行える絶技と言えよう。隊長代行が驚くのも無理はなかった。
「コマンダー、指示を!」
『防衛行動を取りつつ適時応戦!兎に角相手を近づけさせないように……』
しなさい。と、隊長代行が言おうとした瞬間、戦闘空域の方角から轟音が響き、直後に衝撃が大講堂を襲った。
「「「きゃああああっ!!」」」
「くっ……!こちらコマンダー!αリーダー、どうしたの!?何が起きたの!?」
『…………』
隊長代行が即座にαリーダーに通信を送るが、それに対し反応は返ってこなかった。
「αリーダー、応答しなさい!αリーダー!」
「無駄よ」
焦燥に駆られたようにリーダーを呼び続ける隊長代行に冷厳に告げたのは、「ゲストだから」という理由でここに避難させられた、ラグナロク・コーポレーションIS開発部所属のパイロット、ルイズ・ヴァリエール・平賀その人だった。
「今の音、あれ多分対IS用グレネードの中でも一番威力のある、180㎜口径弾の爆発音よ。爆発半径は300m。もし部隊が密集状態だったとしたら、みんな巻き込まれて撃墜されてるわ」
「そ、そんな……」
ルイズの淡々とした物言いに青ざめた顔になる隊長代行。警備部隊はその行動目的上、基本的にひと塊で動く。『銀の福音事件』のように、広範囲に展開する事の方が稀なのだ。
今回も訓練通り、1機のISに対して複数機で当たり、1機ずつ確実に捕縛、ないし撃墜するつもりだった。
(まさか、こちらの作戦そのものを逆手に取られるなんて……!)
「あんた達の練度じゃあ、アイツら相手には何回やってもほぼ同じ結末になるでしょうね」
「ルイズの言う通り。アンタ達『訓練時の仮想敵のLvが低過ぎる』のよ。だからこんなお粗末な結果になるの。ったく、九十九が『彼女達の存在意義がいまいち分からない』ってぼやく訳だわ」
そう吐き捨てたのはルイズの同僚、キュルケ・ツェルプストーだ。
燃えるような赤髪をかきあげながら吐かれた毒は、隊長代行のプライドを傷つけたが、警備部隊員達と違いある意味『本職』であるキュルケの言葉には『重み』と『説得力』があるように感じられ、隊長代行は俯いて押し黙る事しかできなかった。
「ねえ、隊長さん。実は私達、
要領を得ない、と言いたげに俯けていた顔を上げる隊長代行に、ルイズは悪戯の成功した子供のような笑顔でこう言った。
「『専用機持ちが出払った状況を見越して、不埒な連中が学園にやって来ると思われる。そうならないに越した事はないが、もしそうなった時は、ラグナロク・コーポレーション社長、
「ちなみに、アンタに命令権はないわ。私達はあくまで『掛かる火の粉を振り払う』ために
言いたい事は言った、とばかりに踵を返して大講堂出入口に向かうルイズとキュルケ。その扉に手を掛けた時、二人に声を掛ける者が現れた。
「待ってください、ルイズさん、キュルケさん。わたしも……行きます」
本音だ。普段の間延びした口調が鳴りを潜め、緊張と恐怖に体を震わせながらも、決意を秘めた目で立っている。それに待ったをかけたのは隊長代行だ。
「待ちなさい、布仏さん!生徒を危険な目に合わせる訳にはいかないわ!」
「でも!みんなを守ってくれる人はいま、誰もいないじゃないですか!だったら!」
隊長代行を出来る限りの鋭い目で睨み、本音は覚悟を込めた言葉を口にする。
「戦うのは怖いけど……わたしが、みんなを守るんだ……!」
言い切った瞬間、本音の体の震えは不思議と収まっていた。その肩に、ルイズとキュルケがポンと手を置く。
「いいえ、私達よ。本音」
「本音、背中は任せなさい。『プルウィルス』が、それを任されたアンタが伊達じゃないってこと、
「……っ!はい!」
力強い返事に「良し」と頷いた二人に連れられ、本音は戦場へと赴いた。隊長代行にできるのは、それを新横浜駅に移動中の専用機持ち達へ伝える事だけだった。
♢
「ふん、本当に大した事のない……」
大口径グレネードの一撃で墜落していく警備部隊員達を見下すような目で見下ろしながら、
これまでの情報から、IS学園警備部隊の練度は極めて低いとは聞かされていたが、まさかこれ程とは思っていなかったのだ。
「さ、行くわよ」
部下達に声をかけ、進軍を再開する隊長。この調子なら、学園所有のISの強奪など1時間と掛からず終わるだろう。
(簡単すぎて欠伸が出そうだわ……)
ここまで全てが上手く行っている事に気を良くし、周辺警戒を緩めた隊長がそれに気づいたのは、多分に偶然だった。
「……は?」
ふと見上げた空に、突如として巨大な雷雲が発生しているではないか。
(これは、どういう事!?)
周囲を見回した隊長が異常に気づく。雷雲の外は快晴で、他に雷雲が発生している様子は無い。つまりこの雷雲は、
「隊長、これは……!?」
「……嫌な感じがするわね。雲の下から出るわよ!付いてきなさい!」
「「「はっ!」」」
号令一下、強襲部隊は雷雲の下から脱出を試みて……できなかった。なんとその雷雲は、自分達の動きに合わせるようにピタリとついて動いてきたのだ。
ならばと全機が散開してそれぞれ雷雲から抜け出そうとしたが、今度は雷雲が巨大化してそれを阻む。そして、一点に集結すれば雷雲はまた小さくなる。それを見て、隊長は確信に至った。
「隊長……っ!」
「もう疑いようはないわね。この雷雲には
「了解。……あれはっ!?」
『ラファール・リヴァイブスナイパーカスタム』を装備した隊員が狙撃用高感度センサーをオンにして、部隊直上の雷雲に索敵をしかける。
しかし、雲が分厚いのと転雷による磁場の乱れによって、敵機の反応が酷く取りづらい。一旦雷雲内の索敵を諦めて周辺を見回してみると、部隊正面500m地点に2つのIS反応を捉えた。
センサーを望遠モードにして相手の姿をしっかりと捉えたスナイパーは、ピンク色の『ラファール』を装備したピンクブロンドの女と、朱色の『打鉄』を纏った赤髪の女がこちらに向けて指鉄砲を向けでいるのを見た。
二人の口が「バン」と動き、人差し指が上を向いた瞬間、それは起きた。
ガアアアアアンッ!!
「「「!?」」」
目の前を白く塗り潰す閃光と耳をつんざく轟音。次の瞬間、スナイパーは機体から煙を上げながら海に堕ちていった。
「こ、これは……「驚いてもらえたかしら?」っ!?」
「これがラグナロク製第三世代機『
驚愕する隊長に
「元フランス代表候補生、『
「それに、元ドイツ代表候補生、『
「私たちを知ってるの?なら、自己紹介は必要なさそうね。それじゃあ……始めましょうか」
少しだけ驚いた風にそう言うルイズが取り出したのは大口径のグレネードランチャー。それを見て、隊長の顔に焦りの色が浮かぶ。
(まずい!『虚無』の戦闘法といえば!)
「
「遅い!」
隊長の散開命令とルイズがランチャーを放ったのはほぼ同時。1秒後、強襲部隊のいた場所に紅蓮の大華が開いた。
「ひゅう♪相変わらずの爆発バカっぷりね、ルイズ」
「バカにしてんの?キュルケ」
「褒めてんのよ」
軽口を叩き合う二人の目の前には、辛うじて爆発を回避できた者、巻き込まれこそしたものの防御が間に合った者、そして回避も防御も間に合わずに大ダメージを負っている者に分かれた強襲部隊がいた。皆一様に混乱しており、隊長が「落ち着きなさい!」と叱責するがあまり効果は上がっていないようだ。
「次は私が行くわね!」
宣言すると同時に、大剣を構えて敵中に突撃するキュルケ。浮き足立っている部隊員達は体勢を整える時間さえ与えられずに、キュルケの斬撃を受けて装甲を撒き散らしながら墜落していく。
「私用に開発された《レーヴァテイン・タイプK》のお味はいかがかしら?」
《レーヴァテイン・タイプK》
『フェンリル』用の近接武器として開発された
刃渡り2.8m、身幅30㎝、総重量40㎏のそれは、剣と言うには余りにも大きく、分厚く、重く、そして大雑把であり、一見してただの鉄塊にしか見えない物だ。
これを見た九十九が思わず「ドラゴンでも殺す気か!」とツッコミを入れたのは、キュルケの記憶に新しい。
ちなみにKは『
「とりゃああっ!」
「きゃああっ!」
《タイプK》が振るわれる度に一人、また一人と数を減らしていく強襲部隊の面々。当初、10人いた部隊員は既に半分近くまで数を減らしていた。
(そ、そんな……!我が隊が……たった二人を相手に……全滅……!?)
軍事用語において全滅とは、『総兵力の1/3を失った状態』を言う。通常、ここまで消耗した場合、作戦は失敗したと見なして即時撤退し、部隊の再編成を行う必要がある。
(くっ……まだIS学園に突入すら出来ていないのに!)
ほぞを噛む思いではあるが、徒に被害を拡大させる訳にもいかない隊長が「総員撤退!体勢を立て直すわよ!」と指示を飛ばす。
母艦である強襲揚陸艦には後方支援部隊と地上制圧部隊が乗っているし、ISも2機待機状態で存在する。巻き返しは可能だ。と隊長は考えていた。この時までは。
「こちらレイドリーダー。マザー、応答……を?」
通信をしながら母艦のいる方へ目を向けた隊長は、目の前の光景に呆然とした。
いつの間に移動したのか、母艦の真上に例の巨大な雷雲が陣取っていた。直後、艦のエンジンルームに複数回の落雷。
超高圧の雷撃に耐え切れずにエンジンルームが火を吹き、数秒後に爆発。大きく傾いた艦から乗組員が我先にと脱出していく。そんな阿鼻叫喚の強襲揚陸艦の真上に見慣れないISが浮いている。
つや消しのオフホワイトを基調にしたシンプルな彩色、
「あれは……!?」
「あれが我が社が開発した最新型IS『プルウィルス』よ。さあ、覚悟なさい。艦が動けなくなった以上、もうあんた達に逃げ場はないわ」
「って言うか、逃がす気もないしね」と、ニヤリと笑ったルイズが大口径の連発式グレネードランチャーを構えたのを見た隊長は、自分達の結末を想像して顔を青くする。
(どうして……どうしてこうなったの!?)
直後、雲ひとつ無い空に爆炎の紫陽花が咲き乱れた。
亡国機業、IS学園強襲部隊、壊滅。
「これで終わり……かな?」
今にも沈みそうな強襲揚陸艦を眺めながら、本音はポツリと呟いた。それに対して、『プルウィルス』最大にしてほぼ唯一の兵装である、局地的天候操作兵装《ユピテル》の管制AI『ユピテル』が回答を示した。
『解。当該敵艦の沈黙、及び乗員の総員脱出を確認しました。現時点で敵艦に戦闘能力はありません』
「そう?なら雲を片付けて……」
『告。敵艦よりIS反応を2機確認しました。当機に対して攻撃をしてくるものと思われます。迎撃しますか?Yes/No』
「うえっ!?い、イエス!」
『了。最大威力の雷撃にて迎撃を開始します』
『ユピテル』が本音の意を汲んで雷雲から特大の雷を敵ISに落とした。
局地的天候操作兵装《ユピテル》
特定空間の気温、湿度、風力等を意のままに操り、強風、豪雨、落雷、竜巻といった気象現象を自在に巻き起こす、『戦場の常識』を覆す空間支配兵装。
ただし、運用には多大な集中と気象現象に関する正確な知識を必要とするため、現時点の本音には扱い切れず、《ユピテル》の管制は『ユピテル』が、『プルウィルス』の機体制御は本音が、というように分業しているのが実情である。
強襲揚陸艦から飛んできた2機のISは、襲い掛かってきた雷に全く反応できずに打たれて墜ちた。
それもそのはずだ。雷の速度は、周辺環境に左右されるが秒速で150〜200㎞。仮に雲と地上の距離が1000mとして、発生から地上に落ちるまでの時間は僅か0.05秒ほど。
人の反射速度は最速で0.1秒なので、見てから反応など到底不可能なのである。
「えっと……死んでないよね?」
『解。ISの絶対防御、及び搭乗者保護機能により、生命維持に支障はありません』
「よかった〜。船の人たちにも死んだ人はいないよね?」
『是。雷撃にて攻撃した際、エンジンルームに機関士が不在であった事は、各種センサーで確認済みです』
「おっけ〜。向こうも終わったみたいだし、合流しよっか」
『了。合流に先立ち、発生させた雷雲を消滅させます。よろしいですか?Yes/No』
「イエス」
本音が頷くと、『プルウィルス』の真上にあった雷雲が何も無かったかのように散り消えた。
こうして、IS学園の訓練用ISを狙った亡国機業の大部隊による襲撃は、僅か3機のISによって水際で食い止められたのだった。
♢
『間もなく、新横浜。新横浜です』
新幹線が到着間近のアナウンスを発した。それを聞いた一夏が慌てて立ち上がり、荷物を手に取るのも忘れてドアへ向かう。
「くそっ、だいぶ出遅れた。急がねえと!」
満面に焦燥を浮かべる一夏に、九十九が落ち着いた声音で諭すように語りかける。
「落ち着け、一夏。最後の速報……『ルイズ・ヴァリエール、キュルケ・ツェルプストー、布仏本音の三名が出撃した』から既に40分。恐らくだが、もうケリはついている」
ルイズとキュルケは性格や行状に問題はあれど、一度は代表候補生の
「それに本音も、ああ見えて実力はある方だ。あの二人に揉まれた以上、半端な力などつけていないはずだしな」
「いや、でもよ……」
なおも一夏が九十九に食い下がろうとしたその時、真耶の携帯が鳴った。
「はい、山田です。はい……はい……ええっ!?本当ですか!?……わ、分かりました。伝えます」
通話を切り、こちらを向く真耶。その表情は隠しきれない『驚き』に満ちていた。
「山田先生、学園はなんと?」
「は、はい。たった今、学園に襲撃を仕掛けてきた部隊を……出撃した3名が殲滅したと。部隊の母艦である強襲揚陸艦まで含めて。なお、出撃した3名はいずれもほぼ無傷だそうです」
「なん……だと……!?」
その報告に、千冬も驚きを禁じ得なかった。
報告によると、襲撃部隊の編成は強襲揚陸艦一隻にISが10機。その気があれば小国一つを落とせる戦力だ。いくらなんでも多勢に無勢、3名は遅延戦闘に終止してこちらの到着を待つものだと思っていたからだ。
「だから言ったでしょう?恐らくもうケリはついている。と……ああよかった。本音が無事で」
大きく息をつき、座席に座り直す九十九。口では「安心した」と言っていたが、その内心は本音が墜ちないか、墜ちないにしても怪我をしやしないか、と気が気でなかったのだ。
「端から見てて心配してるの丸分かりだったけどね、あんた」
「ええ。組んだ腕を指でしきりに叩いていましたし」
「見ていてうっとうしいと思うほど貧乏ゆすりを繰り返してたしな」
「天井を見上げて「あそこからなら……」と呟いた時は焦ったぞ。すぐに思い直していたようだが」
「……忙しない足取りで通路を何度も往復してた。あんな彼は初めて見た」
「いや~、愛されてるわね本音ちゃん」
次々に九十九の奇行を口にする一夏ラヴァーズ。それに九十九は「……言うな。頼むから」と顔を赤くして言うのだった。
襲撃事件が終結し、急ぐ必要も無くなった私達は、東京駅から新世紀町駅に向かい、モノレールに乗ってIS学園へと戻った。
IS学園駅に降り立った私達を出迎えたのは、ルイズ&キュルケのラグナロクパイロットペアと本音だった。
「おかえり、つくも」
「……ただいま、本音」
微笑みを浮かべて言う本音を、私は我知らず抱き締めていた。
「ふわっ、つくも!?」
「……よかった、無事で。君が
「……うん。あのね、つくも」
「うん?」
腕の力を緩めて本音を離すと、本音は私の目をまっすぐ見て、決意の籠もった声音でこう言った。
「わたし、もう護られるだけはイヤだから。これからは、わたしもつくものこと、護ってあげる」
「……ああ、分かった。頼りにさせて貰うぞ、本音」
「うん!」
私がそう言うと、本音は改めて私に抱き着いた。彼女は私がどんな事をしてでも守り抜く。この温もり、失ってたまるものか。
「皆さん、この後食堂でコーヒーでもいかがですか?奢りますわよ」
「あらそう?悪いわねセシリア。じゃあ、あたし濃い目のブラックで」
「……私もそれで」
「すまんがコーヒーは苦手なんだ。私は渋めに淹れた煎茶をもらおう」
「私もコーヒーは苦手だ。ノンシュガーのホットミルクはあったか?」
「私もご相伴に預かっていいかしら?ならエスプレッソをダブルで貰うわね。もちろんノンシュガーで」
「セシリア、俺もいいか?なんかよく分かんねえんだけど、急に口ん中がすげえ甘いんだ」
そんな二人を間近で見ていた一夏達がこんなやりとりをする横で、ルイズとキュルケが「若いっていいわねー」と何処か達観したような笑みを浮かべ、二人を羨ましそうに見る真耶を千冬が「ほら行くぞ」と引っ張っていく。
そんな皆の様子を見て、シャルロットは苦笑いを浮かべながら「ああ、帰ってきたんだな」と実感するのだった。
こうして、京都行きに端を発する一連の事件は終わりを告げた。
ダリルとフォルテの裏切り、『白式』の謎の変化、アーリィさんの寝返り、学園への襲撃と、あまりに色々ありすぎたために、皆の心に整理がつくには今少し時間が掛かるだろう。
それでも、全員無事に日常に戻って来られたのは喜ぶべき事だろうと、私は思うのだった。
次回予告
いざ、再びの京都へ。今度は三人で楽しもう。
色々な所を見て聞いて、様々な物を食べて飲んで。
そして、何故か映画に出演して……ってほんとになぜだ!?
次回「転生者の打算的日常」
#76 再上洛
目立ちたくなんて、無かったのに……!