転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#74 展翅之時

「力の、資格が、ある者達よ……我に、挑め」

 手にした刀《雪片壱型》をこちらに向け、感情の籠もらない機械的な言葉を掛けるのは、『白式』が謎の変身を遂げた結果現れた原初のIS、第一世代型IS一号機『白騎士』だ。

「九十九、説明」

「私にも分からん。私がここに来た時には、既に『白式』は『白騎士』になっていた」

「原因はなんだ!?」

「それが分かれば苦労はない」

「一夏さんはどうなっていますの!?」

「信じられないかもしれんが、気を失っている。『白騎士』はパイロットの状態を無視して動いているんだ」

「「なっ!?」」

 私の言葉に驚きの声を上げたのは鈴とセシリアだ。国家代表候補生であるこいつ等にとって、ISの搭乗者保護機能の事など知っていて当然の常識だろう。

 だからこそ、目の前の『白騎士』が一夏を完全に無視して動いている、という事実が信じられないのだ。

「驚くのも無理はない。が、眼前のこれが現実だ。……来るぞ」

 『白騎士』が突きつけていた《雪片壱型》を正眼に構え、一切躊躇う事無く最高速度で突っ込んできた。

「速い!」

 その高速の突撃の向かう先は、私だった。

「ぬおっ!」

 咄嗟に《レーヴァテイン》の腹で受け止めたものの、《雪片壱型》の一撃は重く、私は後方に大きく弾き飛ばされた。

「くっ!」

 慌てて体勢を立て直し、《狼牙》を『白騎士』に向ける。しかし、『白騎士』はこちらに追撃をせず、身を翻すと鈴達に向かって突撃する。

「……は?」

 「お前に用は無い」と言わんばかりの『白騎士』の態度にイラッとした私は、その背中に向けて《狼牙》を全弾発射した。

「…………」

 それを振り返りざまに全て切り払う『白騎士』。反応速度と剣速、どちらも一線級だが、その動きは何処か機械的だ。やはり、元から『白式』に組み込まれたシステムなのだろうか?

 いや待てよ、確か原作の『銀の福音事件』の後、千冬さんと篠ノ之束の会話の中で「『白式』のコアは『白騎士』のそれである」と解釈できるシーンがあったな。となると、『白騎士』の中に残っていた千冬さんの残留思念が、一夏を助ける為に目を覚ました。という可能性も……。

「まあ、考察は後でいいか。それより、酷いじゃないか一夏。人を除け者にしようなどと」

「…………」

 言いながら《狼牙》を撃ち尽くしては再装填(リロード)を繰り返す。『白騎士』はその悉くを切り払う。

「なんとか言ったらどうだ。私を無視する理由は何だ?」

 《レーヴァテイン》を格納し、《狼牙》を二丁持ちにして更に乱射しながら、私は徐々に『白騎士』に近づく。

 《狼牙》の銃口が『白騎士』の間合に入った瞬間、『白騎士』は私の首筋に《雪片壱型》を当てて、感情を感じさせない声音で言った。

「魔狼の、操り手よ。貴方は、既に、力を、示した。今は、貴方に、用は、無い」

「は?力を示した?そんな覚えは無いぞ……っておい、待て!」

 言うだけ言うと、『白騎士』は高速のバックステップで私から離れると、再び身を翻して近くで推移を見守っていた箒達の所へ飛んで行った。

「来たわよ。あんた達、覚悟はいい!?」

「ああ、無論だ!」

「これも一夏さんを取り戻すため……やってみせますわ!」

 飛んでくる『白騎士』を前に、気合を入れるラヴァーズ三人。あの様子では、最早『白騎士』は私がどんなにちょっかいを出した所でその全てを無視するだろう。どうやら今回、私は完全に蚊帳の外に置かれるらしい。

 ……寂しいとか、虚しいとか、そういうのないから。

 

 

「目を覚ましなさいよ、一夏!」

 『白騎士』の攻撃を受けながら、鈴達は『白騎士』の中にいる一夏に必死で呼びかけをしていた。

「…………」

 しかし、一夏の意識は未だ戻らない。それどころか、その攻撃の手はますます激しくなった。

「どうする!?このままでは私たちのシールドエネルギーが保たないぞ!」

「そこは箒さんの《絢爛舞踏(エネルギー増幅能力)》に期待していましてよ!」

「あれは、しかし……」

 箒のIS『紅椿』の単一仕様特殊能力(ワンオフ・アビリティ)、《絢爛舞踏(けんらんぶとう)》の発動条件は『一夏を想う事』なので、今の状況では難しい。

 しかし、いかに『対一夏共同戦線』を張った者同士とはいえ、それを伝えるのはどうにも気恥ずかしさが前に出てしまう。

「だがっ!みすみすやられはしないぞ!目覚めないというなら、叩き起こすまでのこと!」

 防戦一方から一転、箒は単騎突撃を仕掛ける。『紅椿』の《空裂(からわれ)》と『白騎士』の《雪片壱型》がぶつかり、甲高い音を立てる。

「今なら分かる、どうしてフォルテが裏切ったのか!」

 好きな人の為なら、何もかも捧げられる。何もかも捨てられる。命を懸けられる。

「何を賭しても、私はお前を救い出すぞ!一夏!」

「……ん!?」

 九十九が妙な反応を示した事に気づく事無く、箒は叫びながら『白騎士』の刀を弾き飛ばす。

 しかし、『白騎士』は刀を弾かれながらも、左腕の荷電粒子砲を箒に放つ。零距離で放たれたそれは、箒の腹部を焼いた。

「がはっ!」

 体勢を崩した箒に、『白騎士』が追撃を仕掛ける。それを遮ったのは、『ブルー・ティアーズ』による鋭い狙撃だった。

「わたくしだって、一夏さんのためなら!」

「そうよ。あたしだっているんだから!」

 セシリアと鈴が戦線に加わり、戦闘は激化の一途を辿っていく。なお、九十九は絶賛置いてけぼり中だ。

 

 『白騎士』に一斉攻撃を仕掛ける箒、鈴、セシリア。しかし、『白騎士』に刷り込まれた織斑千冬(ブリュンヒルデ)の動きは、三対一という数的不利を軽々とはねのけて見せる。

「負けませんわ!わたくしの想いは、それほどお安くなくってよ!」

 一夏との出会い。今にして思えば、あの時から既に彼に惹かれていたのかも知れない。

 だからこそ、最初は素直になれなかった。けれど、戦って、自身の敗北を悟って、そこで気づけた。自らの初恋と、素直になる気持ちを。

「一夏さんをわたくしから奪おうなどと、一万年早いのですわ!」

「……はい!?」

 またも妙な反応を示す九十九。しかし、セシリアはそれに全く気づく様子もなく、『白騎士』にビットでの集中攻撃を行う。

 そこに鈴の衝撃砲《龍砲》による追撃が『白騎士』に『距離を取る』という選択を取らせる。

「なにさらっと一夏を自分の物にしてんのよ、あんたは!」

 鈴の想いも、他二人に決して負けていない。

 小学生時代に異国の地(日本)に来て、強い不安感から強がっていた鈴。そんな鈴に出会い、気持ちを解きほぐしてくれたのが一夏だった。まあ、九十九もいたが今は置いておく。

 辛い時も、寂しい時も、いつも側にいてくれた一夏。

 その一夏が今、内なる闇と一人で戦っている。ならば、手を差し伸べよう。かつての一夏が鈴にしたように、今度は(あたし)から手を差し伸べよう。それが、今もずっと続いている初恋なのだから。

「一夏は、千冬さんの影になんて渡さないんだから‼」

「……えぇ……!?」

 九十九が三度目の妙な反応を示したのを知ってか知らずか、鈴は《双天牙月》を連結刃形態にして投擲。それを受けた『白騎士』の体がぐらりと揺れた。

「いけるわよ!みんな!」

 鈴の激に、箒とセシリアが頷きで返す。戦線は僅かだが、箒達に有利になりつつあった。

 

 

 あれ?おかしいな。これは『白騎士』対ラヴァーズの戦闘だよな?だというのに何で−−

「何で告白大会になってるんだ?」

「状況は開放回線(オープン・チャネル)で聞いてたから分かってるけど、皆よく恥ずかし気もなく言えるよね」

 私の呟きに返したのはシャル。どうやら空港倉庫の方も片が着いたようだ。

「おお、シャル。ここに来たという事は……」

「うん。こっちも終わったよ。大分大変だったけど」

 顔に疲れを滲ませながら、それでも微笑むシャル。シャルが大分大変と言うからには、相当厳しい戦いだったのだろう。

「で、他のメンバーは?」

「もう行ってる」

 ほら、とシャルが指差す先には、戦線に加わろうとするラウラと簪さんがいた。

「一夏への告白大会か。そういう事なら、私の出番だな!」

「私も、負けてない……!」

 鼻息荒く、二人は『白騎士』に攻撃を開始する。

「で、九十九はどうして参加しないの?」

「……『白騎士』にハブられた」

「……どういう事?」

 

 ーー九十九説明中ーー

 

「という訳で、私は『白騎士』にとって今は用の無い相手、なのだそうだ」

「えっと……ごめん。慰めの言葉が見つからないや」

「いや、それで良い。下手な慰めは余計に心が痛くなるからな。で、行かないのか?」

「これが戦闘という名の一夏への告白大会なら、僕に出番はないからね」

 『白騎士』に対して果敢にアタックを仕掛けるラヴァーズ達。私とシャルは、揃って成り行きを見守るのだった。

 

 

 『白騎士』に一息に近付いたラウラは、プラズマ手刀で『白騎士』の左腕に斬りかかる。ラヴァーズの猛攻に晒され、一瞬反応が遅れた『白騎士』の左腕から、荷電粒子砲が失われる。その機を逃さず、ラウラは更に手刀を刺し込んだ。

「私を守ると言っただろう、一夏!」

 最低の出会いを、最高の初恋に変えてくれた一夏を想う気持ちは、ラウラにとって最も誇れる物の一つだ。

 一夏は、自分を守ると言ってくれた。だったら、自分も一夏を守りたい。一夏を包み込める存在でありたい。

「一夏、私の声が聞こえるか!」

「私たち、だよ。ラウラ!」

 ラウラが動きを止めていた『白騎士』に『打鉄弐式』の連装ミサイル《山嵐》が迫る。

 ミサイルの爆発直前に離脱したラウラは、箒達と共に射撃による集中攻撃を浴びせた。

「一夏を、返して……!」

 かつて、楯無の影に怯えていた簪。その闇に囚われていた心を救い出したのは一夏だった。

 簪にとって、一夏は光のような存在。眩しく、暖かで、まっすぐな彼。だからこそ、自分もそれに近づきたい。もう二度と負けたくない。なにより自分自身に負けたくない。

 五者五様のきっかけ。だが、皆の想いは一つ。故に万感の想いを込めて叫ぶ。

「「「一夏(さん)、大好き!だから、目を覚まして!」」」

「「おーっ!」」

 ラヴァーズの心底からの叫びに、九十九とシャルロットが感心の声を上げると同時に、それは現れた。

 

「みんな、お待たせ!」

 山田先生を抱き抱えた楯無さんの登場に、一同が驚く。やっと来たか。

 どうして山田先生がここに?という顔をする一同。それをよそに、山田先生がその身を宙に躍らせた。

即座に起立(スタンダップ・ハーリィ)ご覧あれ(イッツ・ショータイム)!」

 山田先生の全身が光に包まれ、光が消えたと同時に現れたのは、四枚の巨大なシールドがウィング状に繋がった、変わったシルエットの『ラファール』だった。私はその姿を、学園のアーカイブで何度か見ていた。

「九十九、あれって……?」

「あれは山田先生が現役時代に最も得意としていた『ラファール』の機体構成(アセンブル)。それを専用機化した物だろう」

「その通り!これぞ『ラファール・リヴァイヴ・スペシャル』、『幕は上げられた(ショウ・マスト・ゴー・オン)』よ!」

「「「おおっ!」」」

 その場にいた全員が、驚きの声を漏らす。

「元日本代表候補生序列一位『狩猟女神(アルテミス)』の実力、ご披露して下さい」

「そこはあまり触れないで欲しい過去なんですが……」

 楯無さんの煽りに、何処か気まずそうな顔をした後、山田先生は表情を引き締めて『白騎士』に立ち向かう。

「行きます!《絶対制空領域(シャッタード・スカイ)》!」

 山田先生のコールに合わせ、『ショウ・マスト・ゴー・オン』(以下『SMGO』)のシールドが翼を広げた鳥のようにその向きを反対にする。

 それと同時に、有線接続操作式物理盾(ワイヤード・シールド)が射出された。

「生徒を傷つけるようで気は進みませんが……今は!」

 一夏の目を覚まさせるため、山田先生は敢えて『白騎士』に刃を向ける。

 『アルテミス』の名に恥じない正確無比な射撃が、徐々に『白騎士』を追い詰めて行く。そして、『白騎士』の動きが完全に止まったその瞬間、『白騎士』を『SMGO』の四枚のシールドが挟み込んだ。

「これで!」

 シールドに完全に覆われた『白騎士』。その隙間に、山田先生が二丁のサブマシンガンを捩じ込み、思い切り引金を引いた。直後、シールド内で無数の跳弾が弾ける音と『白騎士』の装甲がズタズタに破壊される剣呑な音が響き渡る。

「う、うわぁ……」

「山田先生、えぐい……」

 これぞ、現役時代の山田先生の必殺戦術。そのシールドの内に取り込まれた相手は、抵抗すら許されずにその(武器)(みなごろし)にされ、(IS)を塵へと変えられる。故にその名を−−

銃鏖矛塵(キリング・シールド)。私の銀狼交響曲第1番『嵐』の元ネタだ」

「そ、そうなんだ。なんて言うか……山田先生も結構()()な人だったんだね」

 シャルが顔に縦線効果を出しながら言った数秒後、『SMGO』のシールドが壊れ、その中から極限までダメージを受けた『白騎士』が地表に墜ちていく。

「あっ!」

 墜ちていくその姿は、最早『白騎士』のそれではなく、装甲も姿も『白式』の物に戻っていた。

「「「一夏(さん)!」」」

 ラヴァーズが叫んで、その体を地上に激突する前に受け止める。

「よかった……」

 誰かが、安堵の溜息と共に呟いた。

 こうして、一夏の暴走と少女達の告白劇は幕を下ろすのだった。

 

「のは、いいんだけどさ。多分一夏には聞こえてないよね、みんなの告白」

「分かっているからこそあれだけ大胆になれたんだ。まったく、あのヘタレ共め……」

 はあ、と呆れたような溜息をつく九十九だったが、その顔はどこか嬉しそうだった事に、シャルロットだけが気づいていた。

 

 

「ん、ここは……」

「ああ、目が覚めたか、一夏」

「九十九?っ……!いてて、なんだこりゃ……」

 一夏が私を見て起き上がろうとするが、襲ってきた体の痛みに顔を顰める。

「無理に起き上がろうとするな、全身傷だらけなんだぞ」

 私の言葉に、一夏が自分の体を確認する。そこにはビッシリと包帯が巻かれていた。

「どうしてこんな……俺はマドカと戦って、それで……どうなったんだ?」

「いいか、一夏。よく聞け。お前は−−」

 

 ーー九十九説明中ーー

 

「という訳だ」

「悪い、迷惑かけた」

「そう思うなら、謝罪はお前を救けるために奮闘した彼女達にしろ」

「……そうだな、そうする」

「お話は終わったサ?」

 私達の会話が終わったと同時に声を掛けてきたのは、窓際のソファに腰掛けたアーリィさんだった。

「ええ。お待ち頂いてすみません。それで、態々私達の所に来た以上、何か話があるのでは?」

「うん、実はお別れを言いに来たのサ」

「え?」

 腕の中の猫(シャイニィという名らしい)を離し、アーリィさんが立ち上がる。

「これより、イタリア代表アリーシャ・ジョゼスターフは、亡国機業(ファントム・タスク)に降るのサ」

 衝撃の宣言。だが、何故か妙に納得をしている自分がいる。なお、シャイニィは一夏がお気に入りのようでさっきから頻りに一夏の顔を舐めている。

「い、いたた、傷にしみるって!こ、こら、やめっ……いてて!」

「シャイニィは預けておくのサ、一夏くん」

「理由はやはり、千冬さんとの真の決着、ですか?」

 私の質問に一つ頷くアーリィさん。

「その通りサ。そして、そのための舞台を用意してくれるのが、亡国機業だという事なのサ」

 そう言うと、アーリィさんは窓を開け放って外に飛び出すと、『テンペスタ』を纏って夜の闇に消えた。「また会える日まで、君達も強くなっておくのサ!」と、激励の一言を残して。

 こうして、嵐のようにやって来た女性は嵐のように去って行った。……取り敢えず、千冬さんにこの事を伝える必要があるか。

 ちなみに一夏はといえば、展開について来れていないのか、シャイニィを撫でるので精一杯だったようだった。

 

 その後、旅館の大広間で一夏がラヴァーズに全力土下座をかまし、罰としてラヴァーズ全員のマッサージをする事になった。

「まあ、妥当だな。無理をさせるなよ?一夏は一応怪我人だからな」

「わかってるわよ、そんくらい」

 本当にわかっているのかいまいち疑問だが、ラヴァーズを信じて大広間を出る。

「……ふう」

「九十九、お疲れ様」

「ああ、君もな、シャル」

 一緒に大広間を出たシャルの労いの言葉に小さく頷いて返す。

「僕たちはどうしようか?まだ寝るには早いし」

「そうだな……あ、そういえばこの旅館、家族風呂があったな」

「家族風呂?」

 コテンと首を傾げるシャルにちょっと見惚れつつも、家族風呂の説明をする。

「要は数人で入る小さな浴場さ。折角の家族旅行で男女別の風呂に入るとか、酔っぱらいが騒ぐ大浴場が嫌だ、という人達の為の施設だな。……入るか?」

「……うん」

 頬を染めながらも了承をするシャル。ああ、可愛いなぁ。

 という訳で、二人で家族風呂に入った。そこで何があったかは敢えて書かないが、お互い『気持ち良くなった』とだけ言っておく。

 

 

「ふう、いい湯だったな」

「そうだね。でもちょっと喉かわいちゃった。何か飲みたいな」

「私もだ。そうだな、ロビーの自販機コーナーに……ん?あれは……」

 家族風呂を堪能し、喉の渇きを癒やそうとロビーに向かおうとした私の目に、それは映った。

「う〜……」

「あ~もう、あんなに呑むから……。ほら先輩、しっかりしてください!」

 相当酔っているのか、真っ赤な顔をし、覚束ない足取りの千冬さんと、それを支えてどうにか歩かせようとする山田先生。

 恐らく、露天風呂で酒を嗜んだはいいが、深酒が過ぎたのだろう。

 ああなった千冬さんは久しぶりに見た。もしラヴァーズが同じ時間に露天風呂に行っていたら、絡まれまくっているだろう。あの人の笑い上戸と絡み上戸は、被害経験があるので分かる。

「仕方ない……。シャル、私に烏龍茶を買っておいてくれないか?代金は後で渡す」

「うん、分かった」

 シャルが頷くのを見て山田先生に駆け寄る。

「山田先生、手伝います」

「あ、村雲くん。すみません、助かります」

「いえ、これ位は……っと」

 山田先生から千冬さんを受け取ると、そのまま一息に背負う。

「じゃあ、行きましょうか。山田先生、案内を」

「あ、はい。こっちです」

 山田先生の案内で、千冬さんを部屋に送る。部屋には既に布団が敷かれていたので、そこに千冬さんを下ろし、布団を掛けてやる。

「これで良し、と。」

「ありがとうございました、村雲くん」

「いえ、これくらいどうという事もありません。では」

 感謝を述べる山田先生に首肯を返し、部屋を出ようとすると、千冬さんが声を掛けてきた。

「九十九……」

「はい?」

「一夏は……私の弟だ……」

「ええ。知っています」

「お前は……私の弟分だ……」

「……過分なお言葉です」

「一夏を……裏切るような真似は……私が許さんぞ……」

「ご安心を。それは決してありません」

「そうか……そうか……」

 それだけ言うと、千冬さんは穏やかな寝息を立てだした。それを確認して、改めて部屋の扉に手を掛け、「おやすみなさい」と言いながら外に出た。

(そう。確かに私から一夏や貴女を裏切る事はない。だけどね……)

 廊下に出て扉を閉めて振り返り、扉の先にいる千冬さんに心中で宣言する。

(もしも一夏が、或いは貴女が裏切って私の敵になったなら……貴女達は私が死んでも殺す)

 そして、踵を返して自分の部屋に戻った。

「うぷ……ぎもぢ悪い」

「先輩待ってください!トイレまで我慢して……ああああっ‼」

 という、部屋の中から聞こえた声には、あえて無視をして。

 

 

 翌日、午前10時50分。帰りの新幹線車内にて。

「ああ、なんか昨日の記憶があやふやだ」

 言いつつ、未だぐわんぐわんする頭を押さえる一夏に、鈴が穴子飯弁当を食べながら尋ねた。

「あんた結局どこ行ってたのよ?」

「いや、それがよく覚えてねえんだよ」

「なにそれ。またいつもの記憶障害じゃないでしょうね。あんた、肝心な事だけ忘れるくせあるし」

「はっはっはっ」

「その笑い方やめなさいよ!ったく、姉弟そろって……」

 鈴がぶつくさ言い出すと、通路に千冬がやって来た。

「姉弟そろって、なんだ?」

「う!千冬さん……」

「織斑先生だ!……っく、二日酔いで頭が……大声を出させるな」

 常より僅かに青い顔でそう言う千冬に、まったくこの姉弟は……と、全員が思った。

「そんな事より皆さん、好きなお弁当は買えましたか?」

 「はーい」と返事をする一同。その顔は一様に満足げだ。

「でも、ダリルさんとフォルテさんの分が余っちゃいましたね……」

 沈んだ口調で言う真耶。あの二人の裏切りに、未だ各人の心の整理がついていなかった。……一人を除いて。

「ではニつとも私が頂きましょう。買った分はもう食べ切ってしまったので」

 そう言うと、九十九は残っていたイクラ丼と三色そぼろ弁当をひょいひょいと手に取り、すぐさま封を開けて食べ始めた。その姿に、ヒロインズは唖然としてしまう。

「お前、あの二人の裏切りに思う所はないのか!?」

 箒の質問に、九十九は首を振る−−左右に。

「無い。彼女達は私の『敵』になった。それだけ分かっていれば十分だ」

 「次に会ったら、容赦無く潰す」とだけ言い残し、食べていたイクラ丼に再び取り掛かる九十九。

(((まったくこの男(方)は……)))

 全員がそう思ったのと同時に、真耶の携帯がなった。

「はい、山田です。今ですか?帰りの新幹線で、今ちょうど名古屋駅を出たところですが……えっ!?……はい、はい。わかりました、すぐ伝えます!」

 電話を切り、一同に振り返る真耶の顔は、酷く青ざめていた。

「どうした、山田先生。何があった?」

「たった今、IS学園の早期警戒網に複数のISと一隻の強襲揚陸艦の接近が確認されたそうです……。所属は現時点で不明、目的はおそらく……学園のISを奪取することだろう、とのこと!」

「なにっ!?」

「「「っ!?」」」

 それを聞いた全員に激震が走った。専用機持ちが出払った状況でのIS学園に、かつて無い危機が訪れようとしていた。




次回予告

IS学園に迫る魔の手。身動きの取れない専用機持ち達は無事を祈るしか出来ない。
対するは雨を齎す少女と虚無の担い手、そして灼熱の女王。
果たして学園の運命は−−?

次回「転生者の打算的日常」
#75 第二次IS学園攻防戦

わたしが、みんなを守るんだ……!
いいえ、私達よ。本音。

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