リアルが忙しかったり、体調を崩して執筆に手が付けられない状態になったりしたもので……。
幸い、落ち着きは取り戻しましたので、これから頑張って更新速度を……上げられたらいいなぁ。
♢
「誰よ、この女ぁ!」
合流直後、まず宿泊先の大広間に響いたは、鈴のキレ気味の誰何であった。その理由は、(鈴的に)誰とも知らない女が一夏に思い切り張り付いているからだ。
「いや、誰って……オータムだろ?」
だが、一夏の答え完全に的を外れていた。その足下で、縛られて床に転がされたオータムがじたばたと暴れながら吠える。
「様をつけろよ!デコスケ「黙ろうか」がっ!」
野犬のように吠え立てるオータムを、私は頭を踏みつける事で黙らせる。
「村雲九十九、テメェ……!」
「いいか?オータム。お前の生殺与奪権はこちらが握っているんだ。あまり五月蝿いと……そのツラ踏み潰すぞ」
こちらを睨みつけるオータムに軽く凄んで見せながら脚に力を込めると、オータムは「ちっ」と舌打ちをして押し黙る。私はそれに対して「それでいい」と言って踏みつけていた足を離した。
「……九十九、ちょっとやりすぎじゃない?」
「明確な『敵』相手に情けも容赦も不要だろう?」
「う、うーん……それはそう、なんだけど……」
咎めてくるシャルに何でも無いように持論を語ると、シャルは理解はできるが納得はできないと言いたげな顔で私を見つめてくる。
「納得をして欲しいとは言わん。だが、私はこれまでもこれからも持論を曲げる事はしない、とだけは理解してくれ」
「……うん、分かった。でもあんまりやり方がひどいようだと……」
「ようだと?」
「僕、九十九のこと嫌いになっちゃうよ?」
「……善処しよう」
シャルの警告に重々しく頷く私。シャルと本音に「嫌い」と言われるのは、幼馴染に「死ね」と言われるより遥かに辛いのだ。
私達がそんなやりとりをしている間に、アーリィさんとラヴァーズの戦い(一方的にラヴァーズが噛みついていただけとも言える)は、千冬さんの「今は
で−−
「まずは自己紹介からさせてもらうサ。私はアリーシャ。『
「えっと……?」
いまいちよく分かってなさそうな顔の一夏に、隣で補足説明をしてやる。
「イタリア代表、アリーシャ・ジョゼスターフ。二つ名は『征嵐』。第二回モンド・グロッソの
「『それ』はいらない情報サ、村雲九十九クン」
「失礼」
嫌そうな顔でそういうアーリィさんに軽く頭を下げて謝意を示す。私の一夏への説明が一段落したと見てか、セシリアがアーリィさんに話を向けた。
「あなたが『テンペスタ』の……あの、失礼ですがその腕と眼は……?」
聞きづらそうに尋ねたセシリアに対して、アーリィさんは何でも無いように答えた。
「ああ、これは『テンペスタⅡ』の機動実験でちょいとやらかしてね。あいにく不在なのサ」
「「「…………」」」
これ以上聞くのは憚りがあると思ったのか、一同は沈痛な顔で押し黙ってしまった。
『テンペスタⅡ』機動実験事故。
1年前、イタリアで開発中だった『テンペスタ』の後継機、『テンペスタⅡ』の超音速下機動実験中に発生した事故だ。
元々高速高機動型の『テンペスタ』を更に先鋭化した『テンペスタⅡ』だったが、あまりに速さに特化し過ぎたその性能に機体の装甲強度がついていけておらず、超音速下での無茶な機動が原因で機体が空中分解。
事態を重く見たイタリア政府は『テンペスタⅡ』の開発を凍結。現在、『テンペスタ』とは別機軸の第三世代機を開発中である。
(だが、隻眼隻腕になってなお国家代表に君臨している辺り、彼女の実力の高さが窺い知れるというものだが、な)
とは、その場の空気を読んで口には出さなかった。結果として、その場を重い沈黙が支配する。
「おい!このオータム様をいい加減解放−−「黙っていろといったぞ」ぶっ!」
空気を読めないオータムが騒ぎ立てるが、その顔面を踏みつけて黙らせる。
「織斑先生。これは私が黙らせておきますので、どうぞ話を進めてください」
「テメェ!足をどけやが「だ・ま・れ」むがががっ!?」
なおも騒ごうとするオータムの顔面を踏み躙って無理矢理黙らせる。シャルが『ちょっとやりすぎじゃないかなぁ?』みたいな顔をしているが、私的にはまだ優しい方だ。
「うむ。村雲もそのまま聞け。……さて、こちらの戦力は−2。しかし、敵の戦力も−1。だが、アーリィを加えてこちらは+1だ。悪くない数字だが、敵の数字は+2である事も忘れるな」
千冬さんの言葉に、全員が気合を入れ直す。……アーリィさんだけは『テンペスタ』の待機形態である煙管を弄んでいたが。
「ともかく、先手を打たれただけでは終わらないわよ。今度はこちらから攻めましょう」
と、言いながら、ひょいっと楯無さんが現れた。この人今まで何処にいたんだろう?
「敵の潜伏先は二つに絞られたわ。一つは、ここから遠くない市内のホテル。もう一つは伊丹空港の倉庫よ。流石は
「なるほど、物資を空港の倉庫に置いておき、当人達は堂々と一般客として宿泊。『裏組織の人間と言えば密入国』という一種の固定観念を逆用した、実に上手い手だな」
「そういう事」
楯無さんと私の発言に全員が納得した所で、足元のオータムが口を挟んできた。
「はっ、今まで気づかずにいたんだろうが、マヌケ!」
「「「うるさいぞ」」」
いい加減、腹に据えかねたのか、私がオータムの鼻面に踵での踏みつけを仕掛けたと同時に、千冬さんとラウラがオータムの腹に爪先蹴りを食らわせる。
「あ、が……は、ごほっ……ぺっ」
鼻から血を流し、血反吐を吐きながらも、オータムは私達を睨みつけてくる。が、千冬さんとラウラの鋭い眼光に、逆に慄く事になった。
その一方で−−
「九十九がちょっとやりすぎたので、今から『1時間口をきいてあげないの刑』に処します」
「シャル、待て。待ってくれ。これは、その……あれだ。円滑な議事進行の為に必要な処置だったんだ!」
「…………(ツーン)」
「あの女を黙らせようと思ったらあれしか無かったんだ!分かってくれ!」
「…………(プイッ)」
「シャル、シャルロット様。お願いします!どうかお慈悲を、お慈悲を!」
オータムを放り出し、頭を床に付けての必死の懇願も虚しく、この後1時間に渡り、シャルロットは九十九に対して口をきかなかった。九十九の精神が大打撃を受けたのは言うまでもない。
「……では、部隊を二つ……いえ、本部待機部隊も含めると三つか。に分けるとしよう……はぁ……」
「ねえ、九十九のテンションがだだ下がりなんだけど……」
「よほどシャルロットに口をきいて貰えないのが堪えたようだな。ある意味自業自得だが」
「好きな人が暴力を振るう姿を見たくはないですもの。この処置は当然ですわ」
「この程度で失意とは……。いや、私も嫁が口をきいてくれないとなったら……うむ、少しヘコむな」
「……意外な、とも言えない一面ね」
「……(コクコク)」
テンションが最底辺な私の様子にラヴァーズが何か言っているが、今の私にツッコむだけの気力は無い。
「まずはホテル強襲部隊は……そうだな、アーリィさんを
「うん、いいわね。あなた達もそれでいいかしら?」
「了解した」
「任せなさいよね」
「後衛はわたくしの独壇場ですわ」
水を向けられた三人は、それぞれ首肯で返してきた。流石にここに来てまで一夏と一緒にしろと言う程馬鹿ではなかったか。
「で、伊丹空港の倉庫への潜入部隊はラウラを
「うん、オッケーよ。ラウラちゃん、エスコート頼むわね」
「無論だ。潜入捜査は任せておけ」
「みんな、頑張ろうね」
「足を引っ張らないように、する……」
「俺も気合入れていくぜ。って、ん?九十九、お前は?」
こちらも各人とも緊張の面持ちで任務に挑む。と、私の名がどちらの部隊にも入っていない事に気づいた一夏が、怪訝な顔で訊いてきた。
「ああ、私の役割は……スコールのオータム奪還を少しでも長く遅延する役だ」
「スコールの『ゴールデン・ドーン』の武器は基本的に
「……あっ!《ヨルムンガンド》!」
皆が思案顔をしている中、真っ先に気づいたのはシャルだった。それを聞いた皆が一斉に「あっ!」と得心したような声を上げる。
私のIS『フェンリル』の
つまり、エネルギー系の兵装がメインの『ゴールデン・ドーン』にとって、『フェンリル』は天敵と言える存在。という事になる。
全員の視線が集まる中、私は静かに口を開いた。
「スコールは恐らく、オータム奪還を最優先行動とするだろう。それ程までに、スコールとオータムの結びつきは強い」
「だろう?」と言いながらオータムに視線を飛ばすと、オータムは小さく舌打ちしてそっぽを向いた。鼻血塗れでよく判らないが、その顔は多分赤かったと思う。
「彼女を私が釘付けにしている間に、君達が任務を終わらせれば、彼女を孤立無援の状態に追いやれる。あとは……」
「全員でかかってあの女を捕縛。これで亡国機業の一部隊の殲滅は成るってわけ!」
「とはいえ、不測の事態はいつ、どこで、どんな形で起きるか分からん。皆、気を抜かないように頼む」
「「「おう(うん)(ええ)!」」」
気合いの乗った声で返事をする一夏達に頷き、続けて先生達と楯無さんに視線を向ける。
「最後に、織斑・山田両先生と楯無さんは本部待機。事態の急変に際しての即応をお願いしたい。よろしいですか?」
「いいだろう」
「が、頑張ります!」
「ま、妥当な所よね」
鷹揚に頷く千冬さん。ふんす、と両拳を握る山田先生。『適材適所』と書かれた扇子を開く楯無さん。三者三様の反応に頷きで返し、私は話を続けた。
「作戦開始時刻は今から90分後。各自準備を整えてロビーへ集合の後、各作戦領域へ進軍する。以上、解散」
九十九の解散宣言を受けてぞろぞろと自分の部屋へ帰っていく専用機持ち達。それを見送る九十九にオータムは得意気に語った。
「良かったのかよ、あたしに作戦の概要を聞かせてよ?あたしに通信手段がねえわけじゃ……」
「コレの事か?」
そう言って九十九がオータムに見せたのは、オータムの服のボタン……に見せかけた超小型トランシーバーだった。
「っ!?……テメェ、いつの間に……!」
「お前が気絶している間に。ついでにあちこちに仕込んであった得物も全部没収させて貰ったぞ」
「クソがっ……!」
心底悔しそうな顔をするオータム。それに対して、九十九は人の悪い笑みを浮かべて言った。
「そうそう。ロープを引き千切って逃げようとしても無駄だぞ?そのロープはラグナロクが開発した特殊合金製だ。10tトラックが全速力で引いても切れない強度を持っているから、人間に引き千切れる訳が無い。大人しく、虜囚の辱めを受けていろ」
言いながら部屋を出ていく九十九にオータムが出来る事といえば、怨嗟の籠もった眼差しを向ける事だけだった。
♢
あっと言う間に時は過ぎ、遂に亡国機業打倒作戦決行の時が訪れた。
『こちらアーリィ。配置に着いたサ』
『こちらラウラ。同じく配置完了』
「了解した。では、カウント3で作戦を開始する。3…2…1…作戦開始!」
合図の瞬間、亡国機業の潜伏先から爆音が轟く。暫くして、強襲班リーダーのアーリィさんから連絡が飛んでくる。
『こちらアーリィ。作戦通り、スコールの誘き寄せに成功サ』
「結構。そのまま苦戦を装ってこちらに連れてきてください」
『了解サ!』
強襲班の作戦第一段階『スコールと他のメンバーとの引き離し』はひとまず成功のようだ。問題はあとに残った箒達があの『イージス』相手にどこまで対抗できるかだが……。
『こちらラウラだ。九十九、妙だぞ』
と、そこへ訝しげなラウラの通信が届く。
「どうした?何か問題か?」
『潜入した倉庫の中が静かすぎる。ここまで何も起きていない。逆に気味が悪いぞ』
「何かの罠の可能性もある。慎重に行け」
『分かっている。通信終了』
「……織斑先生、空港倉庫へ向かってくれますか?何やら嫌な予感がする」
『分かった。すぐに出る』
返事を返した千冬さんがホテルの入口から出て伊丹空港方面へ駆けて行ったその直後。
『村雲クン、そっちにスコールが行ったサ!』
「こちらでも目視で確認した。これより作戦を開始する。アーリィさんはホテルへ戻って箒達の加勢を」
『オッケーサ!あとを頼むのサ!』
アーリィさんの駆る『テンペスタ』に目もくれず、一直線にこちらに飛んでくるスコールと目が合う。
「やあ、スコール。
「ふざけている時間は無いの。オータムを返しなさい、村雲九十九」
怒りと焦燥を満面に浮かべ、《ソリッドフレア》の火球を今にもこちらへ投げつけん勢いのスコール。
「おやおや、随分と気が急いている様だな。そんなに
言いながら上を指差す。スコールが見上げたその先には、気を失い、屋上のフェンスにロープで吊るされたオータムの姿があった。
「オータム!」
オータムのもとへ飛んでいこうとするスコールの目の前に《ヘカトンケイル》を飛ばしてその動きを制する。
「邪魔を−−」
「いいのか?行こうとすれば、その瞬間あいつを縛っているロープを、近くにナイフを持って待機させている《ヘカトンケイル》が切る。そして、助けようとするお前を私が全力で阻止する。その結果は……分かるな?」
「くっ……!」
歯噛みをするスコール。オータムを助けに行きたいが、迂闊に動けばオータムが死ぬ。それを分かっているからこそ、彼女は下手に動く事ができないのだ。
一方で、私もまた下手に動く事はできない。僅かでも隙を見せれば、その瞬間に彼女はオータム奪還を成し遂げてしまう。それだけは避けねばならない。
互いに睨み合ったまま時だけが過ぎる。私達の沈黙を破ったのは、屋上からの叫びだった。
「スコール‼」
「「っ!?」」
(しまった!当て身が浅かったか!)
オータムが目を覚まし、スコールに呼びかけた。互いにそれに驚いたのは数瞬。真っ先に動いたのは−−
「オータム!今行くわ!」
スコールだった。数瞬遅れて私もスコールを追う。
「させん!」
「邪魔をするな!」
「ちいっ!」
スコールが後ろを見ずに放った火球は、寸分の狂いなく私の顔面に飛んできた。
《ヨルムンガンド》での吸収は距離的に不可能。やむを得ず回避を選択する。その間にスコールがオータムとの距離を更に詰める。
「オータム!」
「させんと言ったぁ!」
オータムに手を伸ばすスコールに対し、屋上に忍ばせておいた《ヘカトンケイル》を突撃させる。
「今更こんな物で−−「《ヨルムンガンド》!」っ!?」
止まると思わないで、と言おうとしたのだろうスコールの台詞が私の叫んだ一言で切れた。
《ヨルムンガンド》のエネルギー吸収能力は、迎撃しても防御してもそこからエネルギーを奪う、かなり凶悪な能力だ。
スコールは《プロミネンス・コート》で防御しながら突破しようとしたが、《ヘカトンケイル》が当たった端から《プロミネンス・コート》を食い散らす。
「ちっ……!」
ならばと《ヘカトンケイル》を回避しながらオータムに接近しようとするスコールだが、私に言わせれば−−
「それは悪手だ、スコール・ミューゼル」
「っ!?」
ハッとして振り返るスコールの目の前には、自分に向かって再度突撃を仕掛けてくる《ヘカトンケイル》の群れ。
「くっ!」
もう一度回避を選択しようとしたスコールにとって、私のこの一言は『悪魔の囁き』だっただろう。
「いいのか?躱して。お前の後ろに誰がいるか、忘れた訳では無いだろう?」
「っ!?」
スコールがギクリとしたのが見て取れた。そう、スコールの真後ろにはロープで吊るされ、身動きの取れないオータムがいるのだ。
よって、私が暗に「避ければオータムに《ヘカトンケイル》を当てるぞ」と言えば、オータムを助けたいスコールは《ヘカトンケイル》の猛攻をその身で受けざるを得なくなる。
「ぐうっ……!」
身動きが取れなくなったスコールの隙をつき、オータムの前に陣取って《ヘカトンケイル》を展開する。
「さて、事態は振り出しだな。だが、そちらのエネルギー量は既に限界近く。一方こちらはほぼ満杯だ。どうする?まだ−−」
「続けるか、かしら?当然じゃない」
未だ戦意の衰えない目でこちらを睨むスコール。その視線を受けながら、私は思考を巡らせる。
オータムを人質に取っている分有利なのはこちらだが、それでも油断はできない。相手は百戦錬磨。一瞬の隙を突く事などお手の物のはずだ。
「…………」
「…………」
またも睨み合いの状態になる。どちらかが動けば、その瞬間に均衡が崩れるという状況。それが分かっているからこそ、私もスコールも迂闊に動けない。……この膠着、長くなりそうだな。
♢
九十九がスコールと睨み合いを続けているのと同時刻、伊丹空港倉庫では、ラウラ達潜入班が待ち構えていたマドカから襲撃を受け、一夏はマドカとの戦闘に望むべく、外へと飛び出して行っていた。
残されたラウラ達も後を追おうとするが、そこに現れた束が、彼女の最新作である重力操作兵装《
しかし、その場に飛び込んできた千冬によって、それ自体は何とか免れた。
『
一方−−
「このっ!」
「ふん」
しかし、それをいとも容易くいなすのが、織斑マドカというパイロットの技量である。
「そろそろ終わりにしてやる」
マドカがそう告げると、ビットがマドカの周囲を取り囲むように展開。一夏の接近を阻む。
「見せてやろう、私の新たな力を!」
その言葉が示すように、『サイレント・ゼフィルス』のカラーリングが変わっていく。蝶を思わせる紫が少しずつ漆黒に染まるのを見て、一夏は嫌な予感がした。
「まさか、
変化していく『ゼフィルス』のフォルムに、かつての『
ただでさえ手に負えないマドカが、さらなる進化を遂げようとしている。その事実に、一夏の体に震えが走った。
「ふ、はは!力が溢れてくる!これが、『
『サイレント・ゼフィルス』改め『黒騎士』。マドカの敵意と殺意をそのまま具現化したような刺々しいフォルム。悪意を極限まで煮詰めたかのような漆黒のアーマーは、禍々しい気配を周囲にばら撒いている。
巨大化し、変貌を遂げた一対のランス・ビットは、高い攻撃性の象徴のように存在を主張し、『ゼフィルス』の時の最大の特徴だったロング・ライフルは、甲殻類のように節くれ立った大型バスターソードへと生まれ変わっていた。
中・遠距離主体だった『ゼフィルス』と違い、明らかに近接高機動戦を意識したIS。それが『黒騎士』というISだった。
ダークパープルのエネルギーを纏ったバスターソードを、マドカは試し斬りでもするかのように一夏に振るう。
「くっ!」
《雪片弐型》で攻撃を受け止める一夏だったが、その圧倒的なエネルギー量に押し切られてしまう。
「ぐあっ!」
体勢を崩した一夏に追撃を加えず、マドカはただ嘲笑を浮かべていた。
「名乗りを上げさせてもらおう。織斑マドカとIS『黒騎士』の初陣は、貴様の死で飾らせていただく!」
言うなり、マドカがランス・ビットを一夏に飛ばす。ビットは一夏に突撃をしながら、螺旋状のエネルギー弾を吐き出す。
「そう易々とやられるかよ!」
一夏はエネルギー無効化シールドを左腕の
加えて、『白式』の燃費の悪さが、一夏に致命的な隙を生む原因となった。
「もらったぞ、織斑一夏!」
ランス・ビットを回避した一夏に、マドカのバスターソードによる大上段からの唐竹割りが襲いかかる。
「くそおおおっ!」
《雪片弐型》で受け切ろうとした一夏だったが、それは剣ごと斬り伏せられるという結果に終わる。
「ははははっ!」
夜の帳に落ちていく一夏を逃さず、マドカがランス・ビットで放出射撃を行う。瞬間、爆音と共に眼下の森林が紅蓮に包まれた。
(ち、ちくしょう……)
地面に叩きつけられる形となった一夏の意識は、闇に沈んでいった。
私がスコールと睨み合いを始めてどのくらい経っただろうか。突然、京都の夜空に爆音が轟いた。
「っ!?何だ!?」
思わず目を向けたその先、ホテルから数㎞先の山から火の手が上がっているのが私の目に入った。
(山火事だと!?何故あんな場所で!?)
突然の火災に気を取られた私は、スコールの接近に気づくのに遅れてしまう。
「隙有りよ!」
「しまっ……!」
「遅い!」
咄嗟にガードをしようとするも間に合わず、スコールの拳は吸い込まれるように私の鳩尾に刺さった。
「がはっ!」
「これで……終わりよ!」
更に《ソリッド・フレア》を零距離爆破して、追加ダメージを与えてきた。強烈な衝撃が腹を襲い、意識が飛びそうになる。
「ぐ……あ……」
体勢を立て直せず墜ちていく私に目もくれず、スコールはオータムを助けると、そのまま離脱して行った。私が起き上がる事ができたのはその1分程後の事だった。
「くそ……不甲斐ないったらないな」
痛む腹を押さえつつ自嘲する。目の前で火事が起きた程度の事で気を取られるとは、久々に自分が情けない。だが、ここで挫けてもいられない。私は先程の爆音と共に上がった炎について考察を巡らせる。
(火の手が上がる前に爆音がした。それも爆薬の炸裂音ではなく、エネルギー弾の着弾音に近い音だった。となると、考えられるのはIS同士の戦闘……『白式』と『黒騎士』か?)
もし『黒騎士』に対しているのが一夏一人なら、あいつには余りに荷が重い。スコールにオータムを奪還された事で私の任務は失敗したも同然。なら、逃げたスコールを追うという名目で一夏の援護に行っても問題は無いだろう。だが、念には念だ。
「楯無さん、私は先にスコールを追います。山田先生に『贈り物』を渡して、すぐに追ってきてください」
『了解。ホント耳聡いんだから、君ってば』
『え?あの、更識さん?』
『山田先生、『
「では、後ほど」
言うが早いか、火の手が上がった山へ向かい全速で飛ぶ。無事でいろよ、一夏!
♢
「あら、意外と早かったじゃない。村雲九十九くん」
「スコール!?何故足を止めて……何だ、あれは……?」
スコールが態々足を止めていたのにも驚いたが、目の前で起こっている事はそれ以上に私を驚かせた。
「何故、ここに『白騎士』が……『白式』は、一夏は何処に!?」
「アレが『白式』よ。今は元、だけれど」
「なんだと!?何があってそんな……!?」
「ハイパーセンサーで織斑一夏のバイタルを確認して見なさい」
スコールがそう言うので、『白騎士』に乗っているだろう一夏のバイタルをチェックすると、意識障害を起こしている状態だという事が分かった。つまり、『白騎士』は『気絶したパイロットを乗せて動いている』という事だ。
「馬鹿な……ありえん!ISにはバイタルチェッカーと搭乗者保護機能が付いている!搭乗者が気絶した場合、オートパイロットで安全に着地するようになっている!姿形が変わって、気絶した搭乗者を余所に勝手に動くなどという事、ある筈が無い!」
「ええ、そうね。でも、そのありえない事が起きている。それは確かよ」
何でも無いように言うスコールの眼下では、『黒騎士』の首を掴んだ『白騎士』がスラスター全開で地面ぎりぎりを疾駆していた。
地面に押し付けられた『黒騎士』は、盛大に土煙を上げながら『白騎士』に引きずられて行く。衝撃の強さからか、マドカが血を吐いた。そんなマドカに『白騎士』が言葉を投げかけた。
「貴方に、力の資格は、無い。資格の無い、者に、力は不要」
一夏の声音で発せられる機械的な言葉。それを受けたマドカの表情が、怒りと悲愴をない混ぜにしたものに変わる。
「だから……だからこそ!強く、あるのだ、私はっ!」
『白騎士』の手を振り解いたマドカが、その膝で何度も『白騎士』の腹部装甲を蹴りつける。その様は、まるでそれしか知らない子供のようだった。
やがて、マドカの祈りとも呪いともつかない思いが通じたか、はたまたただの装甲限界からか、『白騎士』はマドカの拘束を完全に解いた。
「死ねえええっ‼」
ランス・ビットを掴んだマドカは、必殺の意思を込めたその槍先を『白騎士』の額に突き入れようとして−−叶わなかった。
「…………」
槍先を斬り上げた『白騎士』は、その刃をマドカの胴に振り下ろした。
「あっ……!」
その一撃で『黒騎士』の胸部装甲が大きく裂け、そこから何かがこぼれ落ちるのが見えた。あれは、ペンダントか?
余程大切な物なのか、『白騎士』に付け入る隙を与えてまでそれを掴み取るマドカ。そこに『白騎士』が今一度斬撃を加えんと接近する。が、その一撃は−−
ギインッ!
「そこまでだ、一夏」
これ以上は拙いと感じた私の乱入によって止められた。
「潮時よ、エム」
と同時に、マドカを回収する為にスコールが戦域に飛び込んできた。すぐさまスコールに反応した『白騎士』が、私を一旦無視してスコールに接近……しようとして膨大な熱波に遮られる。
「なかなかいいわね、このパッケージ。気に入ったわ。……『フェンリル』との相性は変わらず最悪だけど」
「お褒め頂いて光栄だな、スコール。……もう一度だけ見逃してやる。今度こそ、次は無い」
どんな理由かは分からないが、『白式』は現在、一種の暴走状態にあると見ていいだろう。ならば、早々に暴走を止めねばならない。今、スコール達に関わっては居られないのだ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。さようなら、村雲九十九くん。今度こそ、お互い決着をつけましょう」
「離せ、スコール!私は、私はまだっ!」
「聞き分けの無い子は嫌いよ。それに『お仕置き』は嫌でしょう?」
未だ暴れるマドカの腕をきつく握り締めたスコールは、そのまま瞬時加速とパッケージ・ブーストによってあっと言う間に戦闘空域を離脱した。
「…………」
「…………」
あとには、『白騎士』となった一夏と私だけが残された。
「さて、そろそろ目を覚まそうか、一夏」
『白騎士』に《狼牙》を向けるも、『白騎士』はまるで意に介していないかのようにあさっての方を見る。
「おい、どうした?相手は目の前に−−「……来る」なに?」
誰に言うともなく呟いた『白騎士』。すると、それに呼応したかのように、箒と鈴、セシリアがこの場に現れた。
恐らく、スコールがダリルとフォルテに撤退命令を出し、それによって手すきになった三人が『白式』のコア反応を頼りにここに来たのだろう。
「な、なによ、あれ……ちょっと九十九!『白式』は、一夏はどうなったのよ!?」
鈴の悲鳴にも似た叫びが響く。
「三人共、よく聞け。……あれが『白式』、一夏だ」
「「「!?」」」
驚きのあまり声も上げられない三人に対して、『白騎士』はその刃を向けて言った。
「力の、資格が、ある者たちよ……我に、挑め……」
宵闇が支配する京の空で今、『原初の騎士』との最悪の戦いが始まろうとしていた。
次回予告
立ちはだかるは、かつての最強。
勝利の鍵は、最愛の男を助けんと欲する少女達の想い。
その想い、果たして届くか−−
次回「転生者の打算的日常」
#74 展翅之時
あれ?おかしいな。何で告白大会になってるんだ?