転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#72 京都大乱

 一旦宿泊先のホテルのそれぞれの部屋に荷物を置きに行き、私達は改めてホテル前に集合した。

「よし!じゃあ、気合入れて行きますか!」

 そう意気込む一夏だったが、それに水を差したのは楯無さんのこの物言いだった。

「あ、いいわよ。今は京都を漫遊してて」

「え?」

「楯無さん。理由を訊いても?」

 私がそう言うと、楯無さんは事もなげにこう答えた。

「実は情報提供者を待ってるんだけど、どうも昨日から連絡が取れなくなっちゃって。仕方無いから私が捜そうと思うの。京都には居るはずだから、捜してればいずれ向こうから接触してくると思うし」

「え、えーと?」

「つまり、『情報は私が集めるから、その間暇潰しでもしてなさい』という事でよろしいか?楯無さん」

 上手く状況を飲み込めない一夏に代わって訊いてみると、楯無さんは『その通りだ』と言わんばかりにウィンクを飛ばした。

「うん、そういう事。とにかく、京都漫遊、行って来なさい。お姉さんに任せておけば大丈夫だから」

「は、はあ……」

 未だ不得要領といった表情の一夏。そんなあいつの手にある物を指差し、楯無さんは更に言葉を続ける。

「撮りたい写真もあるんでしょ?」

「それは……まあ」

 IS学園入学からこっち、あまりに様々な事があって触れる機会の無かっただろう一夏のカメラ。それは、千冬さんが一夏に初めて買い与えた、大事な品だ。

 以来、季節の節目ごとにこのカメラで記念撮影をするのが、彼ら姉弟の取り決めとなっていた。のだが−−

「最近はご無沙汰なんでしょ?」

「はい、まあ……」

 先程も言ったように、学園入学以降のあまりにも『濃い』日々に、一夏が記念撮影から遠ざかっていたのも事実な訳で。

「それならほら、行ってらっしゃい!」

 にこやかに自分の背を押す楯無さんに、一夏は仕方無しに頷いた。

 しかし、そこは元々切替の早い一夏の事。それならそれで沢山写真を撮ろうと決めたのか、観光名所に向けて歩き出し、それにラヴァーズがぞろぞろと付いて行く……っておい!

「待て、箒にラウラ。君等は私の班員だろうが」

「まぁまぁ、九十九。そこは野暮を言っちゃだめだよ?ほら、僕たちも行こ?」

 一夏に付いて行こうとする箒とラウラを呼び止めようとした私をシャルがやんわりと押し留める。

「いや、しかしだな……」

「九十九は、僕と二人きりじゃ……嫌?」

 上目遣い、かつ瞳を潤ませてそう言ってくるシャルに、私は抵抗する術を持っていなかった。

「嫌じゃないです!さあ行こう、すぐ行こう!まずは本能寺を見に行きたいな!私は!」

「うん、分かった。道案内は任せるね。あ、一夏。後で僕たちのことも撮りに来てね。それじゃ!」

「お、おう……」

 唖然とする一夏達をあとに残し、私達は一路本能寺を目指して歩き始めるのだった。

 

 

 本能寺は、京都市中京区にある法華宗本門流の大本山である。天正10年6月2日(1852年6月21日)に発生した、明智光秀による織田信長襲撃事件。通称『本能寺の変』の舞台になった場所だ。

「へえ、ここがそうなんだ……」

「正確に言うと、本能寺の変が起きた本能寺はここではなく、少し離れた場所だがな。現在そこには高校と高齢者福祉施設、それから『信長茶寮』というカフェがある」

「そうなんだ……あれ?」

「ん?どうした?」

 感心したような表情を浮かべていたシャルが本能寺表門の文字を見て不思議そうに首を傾げた。

「ねえ、九十九?本能寺の『能』の字、間違ってない?右がカタカナの『ヒ』2つじゃないよ?」

 シャルが指差す『能』の字は、『ヒ』2つを縦に重ねたものではなく、『ヒ』と『厶』を重ねた字になっている。確かに初見では意味不明だろうが、これにはちゃんと意味がある。

「ああ、あれか。実は本能寺は、本能寺の変の時も含めて、都合四度に渡って火災によって焼失しているんだ」

「えっ!?そうなの!?」

「そうなんだ。だから、『()』を嫌って『()()』とした。と言われている。もっとも、この『ヒム』の能の字は、当時は『ヒヒ』の能より一般的で、この為に作られた字ではないのだがな」

「あ、そうなんだ……」

「実はそうなんだ。さあ、軽く見て回ったら次に行こう。リクエストは?」

「うん、美味しい和菓子のあるお店に行きたいな」

「了解だ」

 シャルのリクエストに頷いて本能寺巡りを開始する。

 美味い和菓子のある店となると、やはり東山区……二年坂か産寧坂(さんねいざか)辺りか。歩いて行くと時間が掛かり過ぎるな。上手くタクシーを拾えればいいが……。

 

 結論から言うと、タクシーはあっさり拾えました。流石日本有数の観光地、どこにでもタクシーが走っているな。

 やってきたのは清水寺の北側の参道、産寧坂。坂とは言うが、実際は石段だったりするが。で、現在私達は産寧坂といえばこれ、という和菓子『阿闍梨餅(あじゃりもち)』を食べながら産寧坂を歩いていた。

「しっとり柔らかな生地とさっぱりとした甘さの小豆餡の組み合わせ。うん、美味い……が、蜜抜きがやや甘い。そのせいで雑味が残っているのが減点だな」

「そう?僕は気にならないけど」

「私だから分かる、というレベルだ。大抵の人は気にもしないさ。おや?」

「どうしたの?……あ」

 私が見た方に視線を向けたシャルが意外なものを見た、といったような声を上げた。そこにいたのは、どこか所在なさげにみたらし団子を頬張る簪さんだった。

「何故こんな所に一人で……?」

「一夏達がグループに分かれて行動しようとなった時、何も言えずにあぶれちゃった。とか?」

 有り得そうだ。簪さんはラヴァーズの中で最も押しが弱く、かつ引っ込み思案でおまけに影が薄い。ラヴァーズ達が一夏以外の誰かとペアを組んだとするならば、間違いなく彼女は自分を押し出せずに一人になってしまうだろう。

「どうする?合流する?」

「……そうだな、合流しよう。一人にさせておくのは流石に忍びない」

 シャルの提案に頷き、簪さんのいる団子屋に近づく私達。すると、私達が近づいているのに気が付いた簪さんが、少し驚いたような顔をした。

「あ、シャルロット……村雲くんも」

「やっほー、簪」

「やあ、簪さん。一人寂し気にしていたので気になって声を掛けさせてもらったよ」

「……そう」

 私の予想通り、簪さんはラヴァーズ達がペアを作った際にあぶれてしまい、やむを得ず一人で京都観光をしていたそうだ。

「簪さん、君はもう少し押しの強さを身につけるべきだと思うぞ?」

「うう……」

 私がそう言うと、簪さんはがっくりと肩を落として項垂れた。自覚はあるのだろう。

「ああ、そんなに落ち込まないで。次頑張ろ?ね?」

「……うん」

 シャルの慰めに小さく頷く簪さん。そんな簪さんに、私は本題を切り出した。

「簪さん。君が良ければだが、この後私達と京都観光をしないかね?」

「……いいの?お邪魔じゃない?」

「邪魔だって思うなら、こんな提案しないよ」

「……それじゃあ、お願いします」

 そういう事になった。

 

 その後、簪さんがいた団子屋で着物体験サービスをやっている事に気づいたシャルが「着物を着てみたい」と言い出し、簪さんと共に振袖を着た姿を見せてくれた。

 シャルが橙に枝付きのあしらいの紅葉柄、簪さんが水色に水面揺らしの意匠の紅葉柄、帯は落ち着いたベージュでそれぞれに良く似合っていた。

 折角だしという事で一夏を呼び寄せて二人の写真を撮らせた。シャルとのツーショットは後で一夏から受け取る約束をして、一夏とはその場で別れたのだった。

 

 

「それじゃあ、次はどこに行く?」

「ふむ、そうだな……」

 振袖を団子屋に返し、次はどこへ行こうと思案していた所に、横あいから声を掛けられた。

「あれ?村雲君じゃないですか。奇遇ですね」

 振り返った先にいたのは、切れ長のつり目と肩口で切り揃えられた艷やかな黒髪、メリハリの効いた肢体をレディーススーツに包んだ、十人中九人が『綺麗』と言うだろう美女。キャリーバッグを引いている所から、何処かへ移動中なのが分かる。

風生(ふうき)さん?なぜここに?」

 彼女はラグナロク・コーポレーション営業部、渉外担当の烏丸(からすま)風生。しかしてその実態は、ラグナロク諜報部、対組織専門諜報員『フギン』である。

 余程の事がなければ私に直接接触なんて有り得ない(実際、顔は教えて貰っていたがこれが初対面)人物が敢えて私に姿を見せるという事は、緊急で寄越したい情報でもあるのだろうか?……何か嫌な予感がする。

 

「ええ、社長の指令でちょっと京都支社まで助っ人に。村雲くんは?」

「今度、ここで一年生が研修旅行をするもので、その下見に。ここで会ったのも何かの縁でしょう。どうです?その辺でお茶でも。愚痴聞きくらいならしますよ。構わないか?シャル、簪さん」

 九十九に話を振られたシャルロットと簪は少しだけ戸惑ったものの、風生の「お茶代は私が持つから」という言葉に、「そういう事なら」と頷いたのだった。

 

「って訳です!ったく、社長の無茶振りにも困ったもんですよ!」

「何と言うか、あの人らしいと言えばらしいですねぇ……」

 コーヒーを啜りながらグチグチと社長への不満を漏らす風生。それを時に苦笑し、時に賛同しながら聞く九十九。シャルロットと簪はちょっと話についていけていない。

「ところで……」

 と、九十九がテーブルを指で二度叩いた。風生の顔が一瞬険しいものになったのを、簪は見た。

「京都支社に居たんですよね?なら、京都支社の話も聞きたいです。どんな人がいるのか、とかね」

「ええ、いいですよ」

 答えながら、風生がテーブルを指で二度叩く。

「そうですね……警備部の堂本さんと荒井さんなんですが、この二人とにかく仲が悪くて。昨日も堂本さんのプリンを荒井さんが食べたとかで取っ組み合いになって」

「大の大人が何してんだか……」

「ホントですよね。止めに入った連城さんと柳さんも止めきれなくて、結局李さんが二人纏めて叩きのめして説教してました」

「強いな李さん」

「なんか、八極拳の達人らしいですよ。ああ、そう言えば広報課にキャンディと愛って女の子がいるんですけど、どうも同じ広報課の鈴木さんの事を取り合ってるみたいなんですよ」

「こっちにもいんの?三角関係野郎(トライアングラー)

「でも、キャンディの事は江田島さんが、愛の事は山田さんが狙ってるみたいなんですよ。カオスですよねー」

「いや、全く」

「そうそう。人事部に伊藤さんって人がいるんですけど、同期入社の千田さんがトントン拍子に出世するのが気に入らなくて、同じくうだつの上がらない安倍さんと謀って千田さんを追い落とそうとして……」

「どうなったんです?」

「見事に返り討ちにあって、今はロシアのラトマノフ島支社にいます。毎日海鳥を数える仕事をしているそうですよ」

「完全な左遷じゃないですかヤダー」

「私が主にお世話になった営業部では田中さんと麗奈がゴールイン間近で、見てて砂糖吐きそうなほど甘い空気漂わせてて、彼女いない歴=年齢の安東さんがその様子を凄い嫉妬の篭った目で見てましたね。そのせいで女受けが悪いって自分で気がついてないみたいでした」

「男の嫉妬はみっともないですよね」

「ええ、本当に。あと、部長の池上さんが知識豊富で結構色々タメになる話しをしてくれました。副部長の武田さんは熱血漢でしたね。偶に空回ってましたけど。課長の大原さんは何かにつけてサボろうとする両津さんをいつも追いかけ回してました。まあ、こんな感じですかね」

 もう一度テーブルを指で二度叩いて話を締める風生。それに九十九が「京都支社も中々濃いようで」と言いながらテーブルを指で二度叩いて応える。どうやら話は終わったようだ。と、そこで風生が自分の腕時計を見てちょっと焦った顔になる。

「いっけない!もう電車の時間近づいてる!ごめんなさい村雲くん、私そろそろ行かないと!」

「いや、こちらこそ長く引き止めて申し訳ない。道中お気をつけて」

「ありがと。あ、お茶代払っとくね!それじゃ!」

 風生は伝票を手に取ると、さっと会計を済ませて小走りで店の外へ出ていった。

 と、九十九はテーブルの上に女性的なデザインのハンカチが置き去りになっているのを見つけた。

「風生さんめ、余程慌てていたのか?ハンカチを忘れているじゃないか。今ならまだ追いつけるな。ちょっと届けてくる」

 そう言うと、九十九はハンカチを手に取り、「風生さん!ちょっと待って!」と言いつつ店の外に出て−−

 

ゴウッ!

 

 直後、ISのスラスターの噴射音が響いた。

「えっ!?」

 慌ててシャルロットが店の外に出ると、『フェンリル』を纏った九十九が一目散にどこかへ飛んでいくのが見えた。

「九十九……?どうして……」

「多分、さっきの二人の会話」

 簪の言葉にシャルロットが振り返ると、簪は店員から分けてもらったのだろう伝票に何かを書き連ねている。

「あの会話は、多分暗号会話。あんなシーンを、漫画で見た事ある。そのシーンでは、会話の中に出てきた人物の名前の頭文字(イニシャル)を拾って読むと、伝えたいメッセージになっていた……。だから、あの会話の中に出てきた人物名をローマ字で書いてみてる」

 簪が九十九と風生の会話を思い出しながら人物名を書き終えたのは、九十九が飛び出していった5分後。「できた」と言って、簪は伝票をシャルロットに見せる、そこに書かれていたのは−−

 

 Domoto

 Arai

 Renjou

 Yanagi

 Lee

 

 Candy

 Ai

 Suzuki

 Edazima

 Yamada

 

 Ito

 Senda

 

 Abe

 

 Tanaka

 Rena

 Ando

 Ikegami

 Takeda

 Ohara

 Ryotu

 

 これらの頭文字を繋げて読むと『Daryl Casey is a Traitor(ダリル・ケイシーは裏切り者だ)』となる。

「これって……!」

「村雲くんは、これを頭の中で瞬時に読み解いて、一夏が危ないと思って『白式』のコア反応のある所に向かって飛んで行ったんだと思う」

「僕たちも行こう!戦闘になるかも知れないなら、戦力が多いに越したことはないよ!」

 シャルロットの言葉に、簪が頷こうとした矢先、産寧坂の東の空が爆炎で染まり、数瞬遅れて爆音が轟いた。突然の出来事に、周囲の観光客がパニックを起こす。

「今のって……」

「急ごう!簪!」

 『ラファール・カレイドスコープ』を瞬時に展開して飛び出すシャルロットを、簪は『打鉄弐式』を纏って追いかけた。

 

 

(くそっ!嫌な予感大当たりだ!まさかあの人が裏で連中と繋がっていたなんて!)

 風生さん……フギンの寄越してきた情報は確かに緊急性が高く、且つ極めて悪い情報だった。

 アメリカ代表候補生序列三位『獄炎(ヘルフレイム)』こと、ダリル・ケイシーは裏切り者である。

 この情報を暗号会話で受け取った時、瞬時に最悪の可能性が頭をよぎった。それは、現在写真撮影の為に単独行動中の一夏がダリル・ケイシーの襲撃を受けて殺される、もしくは再起不能の大怪我を負う。という可能性だ。

 そんな事になれば、まず間違いなく千冬さんが黙っていない。必ず最前線に立って亡霊狩りを行おうとするだろう。

 ……待て。もしかしたらそれが目的なのか?もし一夏を害し、千冬さんを表舞台に引き摺り出す事を目的にしているのなら、この計画を立案した(絵を描いた)のは……。

(篠ノ之束……?待てよ?確か原作9巻ラストで、彼女はマドカに『織斑一夏を倒せ』と唆していたな)

 考えてみればそれがおかしい。一夏を身内認定しているはずの篠ノ之博士が一夏を害するように言うなど、彼女の性格上有り得ない事のはず。だが、実際彼女は一夏を害するように言っている。一体、彼女の中で何があったんだ?

(くそっ!だめだ、情報が足りない。解像度が低過ぎる!考えるのは後だ!とにかく一夏の無事を確認せねば!)

 一夏と合流すべく、『白式』のコア反応のある場所へ一直線に向かう。と、その瞬間。

 

ターンッ!

 

 『フェンリル』のハイパーセンサーが、数㎞先の小さな破裂音を捉えた。

(っ!?銃声!?しかも今の甲高く長い音は、スナイパーライフルか!?)

 京都の空気を切り裂いて聞こえた銃声は、二度三度と続いた後、パタリとやんだ。

(くっ!無事でいろよ!一夏!)

 私は、銃声のした方へ『フェンリル』を向け、できる限り急いで飛んだ。

 

 九十九が戦場へ突入する数分前。フォルテは、目の前で戦闘を繰り広げるダリルとイタリア国家代表アリーシャ・ジョゼスターフの事を、呆然と眺めていた。その脳内では、先程ダリルに掛けられた言葉が何度も繰り返されていた。

 絶大な信頼を寄せる相棒であり、面倒見の良い先輩であり、最愛の恋人たる彼女が、その実『亡国機業(ファントム・タスク)』の一員、コードネーム『レイン・ミューゼル』……裏切り者であったという事実。

「裏切っちまおうぜ、この世界の全てを……さ」

「ついてこい、フォルテ。オレと一緒に、この腐った世の中と−−呪われた運命を切り裂いてくれ」

 彼女の誘いは甘美な響きでもってフォルテを誘う。一度はダリルを振り払ったフォルテだったが、ダリルの自嘲的で寂しげな笑みを見たフォルテは理解した。理解してしまった。

 −−ああ、自分はどちらかを裏切るしかないのだ。IS学園の仲間達か、レイン(ダリル)か。どちらかしか選べない事を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 瞬間、自分のいるビルの下、駐車場から轟いた爆音にハッとするフォルテ。どうやらレインの『ヘル・ハウンド』が放った火炎がアリーシャの『テンペスタ』の繰り出した風によって吹き散らされ、駐車場に落ちて爆発したようだ。

「左、もらったのサ!」

 アリーシャが駆る『テンペスタ』の右腕に風が集まり、槍の形を精製していく。それを全身のしなりを利用して、レインに投げつけるアリーシャ。

「ちいいっ!」

 体勢と相互の距離から、躱せないと分かったレインの顔が悔しさに歪んだのを見た瞬間、フォルテの心は−−決まった。

 

「…………」

 『テンペスタ』が放った風の槍は、レインに直撃する寸前、フォルテの『コールド・ブラッド』の氷の意匠があしらわれたシールドによって受け止められていた。

「フォルテ……」

「……らんないっス……」

「なに?」

 聞き返すレインに、フォルテは自身の想いをぶちまけた。

「見てらんないっスよ!なんでこんなにいいように攻められてるんスか!ウチら無敵の防壁《イージス》っスよ?だいたい……だいたいっ!誰がわたしの髪の毛を編んでくれるんスか!?あなたがいなくなったら、誰が‼」

 全力で叫んだ、思いの丈を吐き出した。−−そして、学園と祖国を裏切った。それが、フォルテ・サファイアの選択だった。

「うぇっ……ふぐっ……」

 小さく嗚咽を漏らすフォルテに、レインは微笑みを浮かべてその頭を撫でる。

「おかしな奴だな。なに泣いてんだよ」

「あなたが、泣かせたんじゃ……ぐすっ……ないっスか……」

 顔を上げ、レインと目を合わせるフォルテ。見つめ合う二人を割ったのは、風の槍だった。

「ときめき禁止なのサ!」

 若干苛立っているかのような声音で、アリーシャは一度に三本もの風の槍を放つ。

 しかし、それに対してレインとフォルテは、回避すらしようとせずに真正面から受け止めて見せた。瞬間、風の槍は何かに遮られるように動きを止め、直後に掻き消えた。

「ほう?」

「これがオレたちの無敵の防壁……」

「《イージス》っスよ!」

 冷気と熱気による分子の相転移によって、対象のエネルギーを変換・分散させる。それが、防御結界《イージス》の正体だ。

 炎を操る『ヘル・ハウンド』と冷気を操る『コールド・ブラッド』。この二人が出会うのは、偶然ではなく必然だった。

「さて、これで二対一なわけだ。肝心の織斑一夏は来てくれないぜ?オータムがあいつを足止めしてるからな」

 ニヤリと笑みを浮かべて言うレイン。が、その目論見はある意味で外れたと言えた。何故なら−−

「なるほど、一夏の相手はオータムか。ならば問題ないな。あいつの周りには『イイ女達』がいる。あいつが死ぬ事は無いだろう」

 この場には決して現れないと思っていた相手の声が、真後ろから聞こえたからだ。

 ギクリとして振り返った先に居たのは、こちらにリボルバーを突きつけ、悲しいと言いたげな表情を浮かべた九十九だった。

 

 

「村雲……九十九、なんでお前がここにいやがる!?」

 ダリルが驚いたような表情でこちらを見つめる。それに対して、私は何でも無いように答えた。

ラグナロク(うち)の情報収集能力を甘く見るな、ダリル・ケイシー」

 お前が裏切り者だと知っているからここに居る。と言外に籠めて言う私。とはいえ、知ったのはついさっきだ。などとは口にしない。相手に不必要に情報を与えないのは、情報戦の基礎だからだ。

「ちっ……」

 忌々しい、と言わんばかりに舌打ちをするダリル。その隣にはフォルテさんがいる。

「フォルテさん、そっちにいるという事は……()()()()()だと思っていいのでしょうか?」

「……思ってくれていいっスよ。うちはもう、先輩について行くって、決めたっス……!」

「そうですか……実に残念だ。そこの『テンペスタ』、ミス・ジョゼスターフとお見受けする。私は−−」

「自己紹介はいらないサ、村雲九十九くん。今は『敵』を討つのが先サ!」

「確かに。とは言え、さてどうするか……」

 状況で言えばニ対ニ。数的には互角だが、相手は学園内においてコンビネーション戦闘最強の二人組。対してこちらは二代目世界最強(ブリュンヒルデ)と未だ新人の域を出ない(ラウラ談)IS初級者の急増コンビ。

 息の合い方、互いの得手不得手への理解、それを元にしたコンビネーション戦術の構築。どれも向こうが上だ。

 おまけに《ヘカトンケイル》戦術は一対多を想定した物は数あるが、多対多を念頭に入れた戦術は片手で数えられる程しか無い上にここでミス・ジョゼスターフに「戦術を提示するから今この場で合わせてくれ」は流石に無理があるだろう。

 せめて数的有利に立てれば……待てよ、確かミス・ジョゼスターフの『テンペスタ』には……!

「そうだ!ミス・ジョゼスターフ!『アレ』を使ってください!それで数ではこちらが上だ!」

「了解サ!あと、アーリィでいいサ!」

 私の指示を快く受けたアーリィさんが両手を広げる。瞬間、彼女の左右に風が渦を巻き、徐々に形を持ち始め、ついにはアーリィさんと『テンペスタ』にそっくりのエネルギー体が実体化した。

 これがアリーシャ・ジョゼスターフとその愛機『テンペスタ』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、《疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)》−−端的に言えば、風分身である。

「さて、これで四対ニなのサ♪」

 数の上ではこちらが倍。しかし、ダリルとフォルテに気持ちで負けている風は見られない。いや、寧ろ−−−

「……やれる」

「……っス」

 自分達ならこの苦難も乗り越えられる。そういう確信に満ちた目をしていた。

「大した自信だ。だが現実は−−」

「いつだって非情なのサ!」

 言って、アーリィさんがダリル達に急速接近する。それを追うように分身二体が続く。アーリィさんは勢いそのまま、ダリルに連続して拳打蹴撃を繰り出す。その動きを、分身がそのままトレースして動くその猛攻に、ダリルは押され気味だ。

「ちいっ、やるなババア!」

「まだ28なのサ!」

「十個上じゃねえか!クソババア!」

「クソガキに言われたくないのサ!」

 子供の口喧嘩のような掛け合いの間にも、激しい攻防は続いている。その一方で。

 

「……堅いな。《狼牙》では抜けんか。ならば、《ケルベロス(これ)》でならどうだ?」

 《狼牙》の斉射が氷の守りを突破出来ない事を理解した私は、ガトリングガン《ケルベロス》を呼び出し、掃射を仕掛ける。

「くうっ……!」

 それに対して、砕けた端から氷を追加して弾丸の雨を防ぐフォルテ。彼女の『コールド・ブラッド』の冷気操作能力はシールドエネルギーを消耗して行われる。そのため、長期戦になれば有利なのは寧ろこちらだ。

「ダリルの援護に行きたいだろうが、そうはさせんよ!フォルテ・サファイア!」

 アーリィさんがダリルを落とすまで、できる限りフォルテの足を止めさせておく。それが私の役目だ。

 私の銃撃を防御しているフォルテがちらりとダリルの方に目を向ける。ダリルのIS『ヘル・ハウンド』は、アーリィさんの猛攻を受けて装甲があちこち削れ、シールドエネルギーももはや心許無いレベルまで落ちているだろう状態だ。

「先輩っ!」

「おっと、そっちに目を向けていていいのか?そら、後方注意だ」

「えっ!?あぐっ!」

 ダリルに気を取られた隙を突いて、その背中に《ヘカトンケイル》を叩き込む。ダメージに喘ぐフォルテに、ダリルが叫ぶように声を掛ける。

「フォルテ!『アレ』をやるぞ!」

「あ、『アレ』っスか!?で、でも……ちょっとハズいっス」

 頬を染めるフォルテにダリルが更に言葉を重ねる。

「言ってる場合か!いいから早く来い!『アレ』をやるぞ!」

「わ、わかったっスよ!やってやるっス!」

 覚悟を決めたフォルテが、私に氷の散弾をばらまきながらダリルに近づく。私は《ケルベロス》を放り捨て、氷の散弾を躱しながらアーリィさんに警告した。

「アーリィさん!あの二人、奥の手を出す気だ!接近を許さないで!」

「了解サ!」

 私の言葉に即座に対応したアーリィさんはダリルに接近しようとするが、その直前にフォルテが私の時より密度の濃い氷の散弾を放ってアーリィさんの足を止める。

「ちいっ!」

 その間にダリルがフォルテに手を伸ばし、強引に引き寄せて熱い口づけをした。

「いくぞ……!《凍てつく炎(アイス・イン・ザ・ファイア)》‼」

 刹那、ダリルとフォルテの体が炎を内包した氷のアーマーに包まれる。

「その程度の防壁、私の風なら突破できるのサ!」

 言って、アーリィさんが風を纏った拳を突き出して防壁を突き破ろうとする。その一撃の威力は、対戦車ライフル弾を軽く凌駕するだろう。しかし−−

「それは悪手だ!アーリィさん!」

「っ!?」

「かかったな、ババア!」

 拳が突き刺さった瞬間、氷にヒビが入り、中から炎が吹き出してアーリィさんを襲う。

 相手の攻撃に対して氷で衝撃を吸収、そこから内部の炎が噴出する事で威力を相殺する。《凍てつく炎》の正体は一種の反発装甲(リアクティブ・アーマー)だ。

 噴出した炎の反発力を活かして私達から更に距離を取るダリルとフォルテ。そこから二人が取る手は容易に想像がつく。それは。

「逃げる!」

「っスよ!」

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)も併用して全速力で逃げの一手を打つダリルとフォルテ。二人の姿は砕け散った《凍てつく炎》が発した大量の湯気に紛れ、それが消える頃にはその姿は完全に消えていた。

「ちっ、逃したか。……すみません、アーリィさん。足を引っ張ってしまったようだ」

「気にしなくていいサ。多分、私一人で戦ってても同じ結果になっていたと思うしネ」

 言いながら地上に降りていくアーリィさん。それを追って地上に降り、ISを解除する。

「さて、あっちはどうなったかネ?」

「あっち?ああ、一夏の方ですか?それなら多分今頃……」

 

 九十九達の戦闘が一応の決着を見たのと丁度同じ頃、京都のとある路地裏の袋小路では−−

「九十九を追って来てみたら、真下で一夏が襲われてたから咄嗟に急降下アタックをしたんだけど……マズかった?」

「いや、いいんだけどさぁ……」

「せっかくのわたくしたちの見せ場が台無しと言いますか……」

「ある意味一番嫁との関係の薄い奴が勲功第一というのは、なにか納得がいかん。と言うか……」

「美味しい所を横から攫われて悔しい、と言うか……」

「私は……何も言えない」

 愚痴る一夏ラヴァーズの目の前には、呆然とする一夏とバツの悪そうな顔をするシャルロット。そして、シャルロットの足下で完全に気を失っているオータムがいた。

「あー、えっと……ありがとな、シャルロット」

「あ、うん。どういたしまして、でいいのかな?」

 ようやく再起動を果たした一夏が発した礼の言葉を受け取るシャルロット。この後、オータムは気絶している間に縛り上げられて宿泊先のホテルへと連行されて行った。

 一連の流れを聞かされた九十九はたった一言、「予想してた展開と違った」と呟いたのだった。

 

 

「あー、気持ちいい」

 京都でも指折りの高級ホテル。そのエグゼクティブフロアにあるプールで、レインは全裸で泳いでいた。

「流石は亡国機業(ファントム・タスク)最優の実働部隊『モノクローム・アバター』隊長のスコール叔母さんだ。待遇が違うね」

 それを聞いて、プールサイドのプールチェアに寝そべっていたスコールは苦笑を浮かべた。

「嫌み?あと、叔母さんはやめなさい。正体がばれるわ」

「いいじゃんかよ別に。なあ、フォルテ」

 レイン同様全裸でプールを巨大浮き輪に乗って漂っていたフォルテは、ぴくっと反応した。

「そ、そっスね。はは……」

 曖昧に笑うその顔には、羞恥の色が見て取れる。その理由は、自分達が全裸なのに対してスコールは水着を着ているからだ。

「それにしてもオータムは遅いわねぇ。織斑一夏くんを『招待』するように言っておいたのに」

 サングラスを外し、スコールは溜息混じりにそう言った。

「ああ、オータムは捕まったって」

「……?ちょっと何言ってるか分からないんだけど」

 レインの言葉に、スコールは顔を顰める。腐っても元特殊部隊所属、そして今はISを装備しているオータムだ。そうそう簡単に捕虜になる筈がない。

「いや、間違いねーって。さっき向こうのメール覗き見したら、デュノアが真上から不意打ち食らわせて確保したってさ」

 レインの言葉を聞いて、やっと状況を理解したスコールは、勢いよくプールチェアから立ち上がる。

「迎えに行くわ、オータム」

 その目には、怒りに似た焦燥が浮かんでいる。らしくもなく動揺し、恋人の救出に急いでいる様子だった。

「いや、それはちょっと……向こうの戦力は半端ないっスよ?アリーシャまでいるんスから」

「く……っ!」

 実際、その通りだった。いくら機能制限解除(リミットカット)をしたISが3機とはいえ、彼我戦力差を考えれば分が悪い事は間違いない。ぎり……と歯を噛み締めるスコール。

「今は機会を待つしかねーんじゃねーの?叔母さん」

「…………」

 からかうようなレインの口調に、スコールは何も言わずに立ち去った。

「ありゃ、行っちゃったよ」

 やれやれとばかりに肩を竦め、背泳ぎでフォルテの側に移動するレイン。

「オレらも行こうか、フォルテ。ベッドにさ」

「は、はいっス」

 意図するところを察知したフォルテの顔は、羞恥以外の理由で赤く染まる。そこにはもう、全てを裏切った事に対する迷いは消えていた。

 そう、もういいのだ。決めたのだ。

 この人についていくと、共に運命を切り裂くと。もう、決めたのだ−−




次回予告

夜の京都を舞台に、戦いは更に加速していく。
白の騎士を黒の女騎士が討たんとした時、伝説がついに目を覚ます。
その時、魔法使いの選ぶ答えとは−−

次回「転生者の打算的日常」
#73 原初之騎士

我に……挑め。

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