転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#71 上洛

 スコール・ミューゼルとの邂逅から4日が経ったある日の放課後。私と本音は千冬さんから呼ばれて生徒指導室前に来ていた。

「織斑せんせ〜、なんでわたしたちを呼んだのかな〜?」

「何も悪い事をした覚えはないが……。とは言え、用がなければ呼びもすまいよ。さ、行くぞ」

 本音の背をポンと叩き、生徒指導室の戸を開ける。

「失礼します。一年一組、村雲九十九、布仏本音、参りました」

「む、来たか」

「お久しぶりです。九十九くん、布仏さん」

 そこに座っていたのは、千冬さんともう一人。ラグナロク・コーポレーションIS開発部『絵地村(えじむら)研究室』室長、絵地村博士だった。

「絵地村博士!?なぜここに!?」

「その説明のためにお前達を呼んだんだ。座れ」

 そう言って、対面の椅子を顎で指す千冬さん。促されるままに椅子に座ると、博士は咳払いを一つして話を始めた。

「この度、我がラグナロク・コーポレーションIS開発部は『フェンリル』に続く第三世代型ISを完成させました。現在最終調整を終え、間もなくロールアウト予定です。そこでなんですが……布仏本音さん」

「は、はい」

「その新型ISのテストパイロットに、貴方を指名致したく、こうしてお願いに来ました」

「……え、ええええええっ!?」

 本音の驚愕の叫びが、生徒指導室に響き渡った。

 

 博士の説明によると、ラグナロクが開発した新型ISは局地的気象操作能力を持たせた『空間支配』を得手とするISなのだとか。

「そんな扱いの難しそうなISをどうしてわたしに〜?」

「一つは、局地的気象操作兵装《ユピテル》の自律学習型支援AI『ユピテル』が『共に成長できる者』を求めている事。もう一つは−−」

「本音の自衛……ですね?」

 私の言葉にコクリと頷く博士。本音は私の答えに不思議そうな顔で首を傾げる。

「ど〜いうこと?つくも?」

「いいか、本音。君が私の婚約者なのは学内では周知の事実だが、この情報は学外に漏れてはいない。ただし、今はまだ。だ」

「うん」

「だが、人の口に戸は建てられん。近い内にその情報は学外に漏れるだろう。もしその情報が『悪意ある第三者』の耳に入ったら?例えば……私を殺したいと願う女尊男卑主義過激派に。織斑先生、そうなった場合、貴方が考え付く限りの『最悪』は?」

 私に水を向けられた千冬さんは、組んでいた腕を解いて重々しい声音で答えた。

「ISを持っておらず、緊急時に即応できない布仏を拉致監禁。布仏の身柄を引き換えに村雲に無抵抗に殺される事を要求。村雲はやむを得ず要求を受け入れ殺害される。村雲の死亡後、布仏は『用済み』としてその場で殺害、もしくは……女に飢えた男共の慰み物にされる」

「っ!?」

 千冬さんの『最悪の予想』に、本音は肩を震わせて私にしがみつく。そうなった所を想像して怖くなったのだろう。

「そうならないための自衛の手段として、布仏さんには即応手段(専用機)を与えようという事になりました。布仏さん、お受けいただけますか?」

 博士の問いに、本音は少しだけ考えた後「よろしくお願いします」と答えるのだった。

 こうして、ここに『ラグナロク・コーポレーション代表候補生・布仏本音』が誕生した。−−原作、最近仕事してなくね?

 

 

 翌日、本音は新型ISの受領と慣熟訓練を受ける為にラグナロク・コーポレーション本社にやって来ていた。

「さあ、どうぞ本音さん。貴方の社員証です」

「は、はい」

 緊張した面持ちで絵地村からラグナロクの社員証を受け取る本音。

「これで君は、我がラグナロク・コーポレーションの社員として登録された。これからよろしく頼むよ、本音くん」

 にこやかな笑みで言う藍作に、小さく頷く本音。その緊張は藍作の笑みでいくらか晴れたとは言え、心臓は未だに常に無い早さで鼓動を刻んでいる。

「さて、行こうか、本音くん。こちらだ」

「はい」

 藍作に促されるままにその後ろを付いて行く本音。エレベーターで地下4階まで降り、IS開発部の扉を抜け、『絵地村研究室』の看板を下げた部屋に入ると−−

「あっ……」

 そこに、1機のISが鎮座していた。

 つや消しのオフホワイトを基調にしたシンプルな彩色、古代ギリシャの衣装(ペプロス)をイメージした全体に厚めの装甲、バイザーは両側頭部に小さな翼がついたデザインになっていて、どこかギリシャ神話の女神のようにも見える。

「この子が……」

「ああ、そうだ本音くん。紹介しよう。彼女が君の専用機(パートナー)となるIS『プルウィルス』だ」

 雨を齎す者。その名を冠されたISは、静かに起動の時を待っていた。

 

 

「という訳で、布仏さんは今日から1週間、ラグナロク・コーポレーションで受領したISの慣熟訓練の為に学園を留守にします」

「村雲、デュノア、布仏にノートを取っておいてやれ。以上、朝礼を終わる」

 それだけ言い残して、千冬と真耶が教室から出て行くと、女子達が聞かされたばかりの情報で会話に花を咲かせる。

「これで本音も専用機持ちか〜。いいな〜」

「でも、理由が『村雲くんの弱点になりかねないから』でしょ?切実なやつじゃん」

「それでも羨ましいよ。あ~あ、今からでも村雲くんにアタックしようかなー」

「やめときなって。もう入る隙間なんて無いと思うし」

「村雲くん、あんななってるしね」

 女子達が目を向けた先、そこにはどこか寂しそうな顔をしている九十九とシャルロットが小さく溜息をついていた。

「1週間も本音に会えないのか……辛いな」

「うん。本音は僕たちの癒やし担当だからね」

 何となく暗い雰囲気の二人。一人居なくなるだけでこうも纏う空気が変わるのか、と女子達は思うと同時に、本音が二人にこれでもかと愛されているんだなあと悟るのだった。

 

 

 本音がラグナロクに慣熟訓練に行って3日が経った。今日は全校集会という事で、壇上には楯無さんが立っていた。

 これから何が起きるのかとざわついていた講堂内は、楯無さんの咳払い一つで静まり返る。

「本日の議題は、一年生の京都研修旅行についてです」

 おおーっと声が上がる。各国から集められた選りすぐりのエリートといえど、やはりIS学園生徒は花の10代乙女なのである。約二名を除いて、だが。

「今回、様々な騒動の結果、延期となっていた研修旅行ですが、またしても第三者の介入がないとは言い切れません」

 一瞬、ギラリと鋭い視線を走らせる楯無さん。が、それは本当に一瞬の事で、私を含めた極僅かな者達以外誰も気付かないまま、いつものあっけらかんとした口調に変わった。

「−−という訳で、生徒会からの選抜メンバーによる、京都研修旅行の下見をお願いするわね。メンバーはラグナロク・コーポレーションで慣熟訓練中の本……布仏本音さんを除く専用機持ち全員、引率は織斑先生と山田先生。出発は2日後。以上です」

 その発表であちこちから「いいなぁ」「織斑くんと少数旅行だなんてずるい〜」「村雲くんと少数旅行とか……羨ま!」「私も行きたい〜」等と、女子特有のキャイキャイとした声が上がる。

 もちろん、選ばれた箒やシャル、そしてラウラは『京都』という単語に目を輝かせている。

「おお、京都か。金沢もいいが、やはり日本の古都といえば京都だな!」

「わあ、はじめての京都かぁ。楽しみだね、九十九、ラウラ!」

「うむ!」

「ああ。本音が行けないのが残念だが……な」

 ラグナロクでの慣熟訓練終了は出発の2日後。どう頑張っても視察旅行には間に合わない。非常に残念だ。

「お土産、いっぱい買って帰ってあげようね」

「そうだな」

 それで本音が納得するかは分からないが、何も無いよりはマシだろう。

 私達がこんな話をしている一方で、セシリアと鈴はげんなりとしていた。

「どうしてわたくしがその様な小間使いまがいの事を……だいたい、我が英国のロンドンに勝る古都があるとは思えませんわ」

 セシリアの言う通り、ロンドンの成立は西暦50年頃、ローマ人によってとされる。一方、京都の成立は西暦794年。歴史的に言えばロンドンと京都には都市の古さに700年以上の差があるのである。そんな場所で生まれ育ったセシリアからすれば、京都など取るに足りないのだろう。

 また、鈴は鈴でうんざりといった表情を浮かべていた。

「げぇ、また京都ぉ?なんで日本って研修旅行だとか修学旅行って言えば京都なのよ。3回目よ、あたし。3回目」

 そう言えば、小・中と修学旅行は京都だったな……。なに?『鈴が修学旅行に行ってるのはおかしい』『彼女は中3の時に中国に帰っただろ』って?違うな、間違っているぞ読者諸君。我が母校の修学旅行は中2の秋に行くのだよ。……なんか変な電波を拾ったな。

 などと考えている間に話は推移していた。

「鈴ちゃんとセシリアちゃんには生徒会副会長の一夏くんを同伴させるからね。他の子は九十九くんと一緒して」

 という楯無さんの一言で、それまで露骨に嫌そうにしていた二人の態度が一変した。具体的には両目が光った。こう、キュピーンッって感じに。

「やりますわ!このわたくし、セシリア・オルコットが!」

「仕方ないわねぇ!ああ、ホントはイヤなんだけど、しっかたないわね!」

 まさに水を得た魚。先程までの態度が嘘のように生き生きとしだしたセシリアと鈴。その一方、私と一緒の班になった他のラヴァーズは青菜に塩状態だ。

「な、なぜだ。なぜ私が九十九と同じ班に……」

「状況終了、帰投する」

「おい、私と一緒はそんなに嫌か?おい」

「あ、あはは……」

 ちなみに、簪さんがラヴァーズから見えないようにVサインを出していた。恐らく、織斑一課(一夏の世話係)としてちゃっかり一夏班に入っているのだろう。彼女は意外と抜け目がないのである。

 

 全校集会を終えた帰りの廊下。そこではウキウキした様子のシャルロットが九十九と腕を組んで歩いていた。

「九十九。楽しみだね、京都」

「ああ」

「でも、今回の視察旅行はずいぶん大事だね。学園の専用機持ち全員を動員するなんて」

「そうだな」

「あ、そうだ。向こうについたら舞妓さんの格好してあげるね?」

「ああ、いいな」

 話しかけてもどこか気のない返事をする九十九に何かを感じたシャルロットは、話の内容を大きく変えた。

「……ねえ、九十九。僕になにか隠してる?」

「……イエスだ」

 実はこの時、九十九と一夏だけが楯無から今回の視察旅行の真意を聞かされていた。

 この視察旅行は、その実、京都にある亡国機業(ファントム・タスク)の拠点制圧及び、可能なら実行部隊員の捕縛を目的としているのだ。

「そう……それは、僕が聞いちゃいけないこと?」

「ノーだ。私が先に話を聞かされたというだけで、この後すぐに同じ話が……」

 

ピンポンパンポン♪

 

『生徒会よりお知らせします。京都視察旅行について詳しい話を行いますので、専用機持ちの皆さんは生徒会室に集合してください。繰り返します。専用機持ちの皆さんは、生徒会室に集合してください』

 

ピンポンパンポン♪

 

「……だそうだ」

「うん、分かった。行こ?」

「ああ、行こうか」

 そういう事になった。

 

 

「では、この視察旅行の本当の目的を話します」

 楯無さんが呼び出した専用機持ち全員−−そこには一年生以外にも、二年生のフォルテ・サファイアさんと三年生のダリル・ケイシーさんの姿もあった。

「今回は本国でのIS修理を終えたフォルテとダリルも参加する、全戦力投入作戦となるわ」

 『戦力』の言葉に、一年専用機持ち組がざわついた。

「九十九、さっき言ったのってこの事?」

 シャルが小声で訊いてきたので、小さく頷いて返す。

 ざわつく一年専用機持ちを、楯無さんがパシンと扇子を開いて止めた。この辺りの仕切り方は、生徒会長として当然の心得という奴なのだろう。

「あ~、やっぱりやるんスかぁ、亡国機業掃討作戦……だるいなぁ」

「あら、それはどこから得た情報?」

本国(ギリシャ)っスよ。この前、ちらっと耳にしたっス」

 特徴的な口調で気怠そうにしているのは、フォルテさんだ。ソファに凭れかかってぐでっとしているその姿は、何ともマイペースに感じる。

 整っているとは言い難い長い髪を、太い三つ編みにして首に巻いているのが特徴だ。体躯は平均より小さく、猫背であるのも相まってそのシルエットは非常に小さい。

「いよいよってわけか、生徒会長」

 楯無さんにそう声をかけたのはダリルさん。こちらはこちらで、壁に背を預けて格好をつけている。

 うなじで束ねた金髪(ホーステール)に高めの身長、ピンと伸びた背筋が彼女をより大きく見せる。自己主張が激しいのはそれだけではなく、組んだ腕の上に乗った大きな『甘夏』が何とも悩ましい。

「んまぁ、オレの専用機『ヘルハウンド』もバージョン2.8になったしなー」

 さり気なく自慢を忘れない辺りは流石三年生筆頭、『兄貴分のお姉様』の通称は彼女にこそ相応しい。

「という訳で、みんなには嘘偽り無く国際的テロ組織への攻撃を行ってもらうわ。情報収集は私が担当するから、みんなは向こうのISを抑えてちょうだい」

 楯無さんの真剣な声に、場の空気が変わる。ぴりぴりとした緊張感は、それだけで場の空気を引き締める効果があった。

「それでは、各自出撃に備えて。解散!」

「「「はい!」」」

 勢いの良い返事をしたのは一夏をはじめとした一年生達。初めての組織的活動、それも亡国機業に打って出る形での戦いに、各々闘志を燃やしているようだ。その一方で、私は危惧を覚えていた。

 

 楯無さんは今回の作戦に『全戦力を投入する』と言った。それはつまり、IS学園を空にする。と言っているようなものだ。

 無論、学園も馬鹿では無い。当然、教師陣がISを用いた周辺警備を行っているが、その能力には疑問を呈さざるを得ない。

 クラス代表戦での無人機襲撃ではあっさりとシールドバリアを打ち破られているし、タッグマッチトーナメントでのVTシステム暴走事故では結局事態収拾までに間に合っていない。

 『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』事件では、不十分な海上封鎖で私達が撃墜される遠因を作り、キャノンボール・ファストでは自称織斑マドカの駆る『サイレント・ゼフィルス』を捕捉すら出来ず、専用機持ち限定タッグマッチでの無人機同時多発襲撃事件では全ての無人機を無傷で侵入させている。

(ここまで列挙すると、本当に役に立ってないな……)

 学園の警備を担う存在がこの体たらくでは、もしこのタイミングで学園の実習用ISを狙う勢力が現れた時に為す術など無いのではないかと思えてしょうがない。

 しかし、京都にいる亡国機業の総戦力が不明である以上、こちらも総力を結集するというのは戦術として決して間違ってはいない。

(せめて、こっちで何も起こってくれないように祈るしか無い、か)

 私はそう考えて、内心でそっと溜息をつくのだった。

 

 一方その頃、ラグナロク・コーポレーション第一野外演習場では−−

「え?IS学園に、ですか〜?」

「そ。私やルイズとばっかり模擬戦してたら変な癖がついちゃうからね」

「という訳で、明後日からIS学園の生徒の皆に協力をお願いして模擬戦しまくるわよ。覚悟しておいてね。じゃあ、今日はここまで!お疲れさま、本音」

「はい。お疲れさまでした〜」

 『プルウィルス』を解除し、少しだけ疲れたような足取りで演習場から出て行く本音を見送りながら、ルイズはキュルケに問いかけた。

「ねえ、キュルケ。社長のあの話、本当だと思う?」

「『IS学園所有の実習用ISを狙った亡国機業の別勢力が学園を襲撃する可能性が高い』ってやつ?社長が言ってるんだからそうなんでしょ?だからわざわざ学園で慣熟訓練をできるように許可を取ったんじゃない」

 自慢の赤髪をかき上げながら、何でも無いようにキュルケは答えた。ルイズははあ、と溜息をつくと。もう一度歩き去って行く本音に目を向けた。

(もし、社長の言う通りになったら、矢面に立つ事になるのはきっとあの子……。そうなっては欲しくないものね)

 ルイズが内心で溜息をついたのは、奇しくも九十九と同じタイミングだった。

 なお、『IS学園に戻れば九十九に会える』と喜んでいた本音が、九十九からの『明後日から京都に視察に出る』というメールを読んで悲しみに暮れた。というのはまあ、余談だろう。

 

 

「おい、ラウラ」

 視察旅行出発当日、東京駅。今まさに京都行きの新幹線が出発しようという時に、ラウラが売店に食いついて離れないというアクシデントが起きていた。

「おい、ラウラ。もう行くぞ」

「すまない、このエキベンというやつをくれ。なるべく栄養価が高く、食べやすいのが良いのだが……ん?ひよこ?なんだこれは」

 私の呼び掛けも聞こえていないのか、駅弁を見ていたラウラの視線が東京土産のド定番、『ひよこ』に移った。

「こ、これは……」

 ショーケースに置かれているひよこの見本に齧り付きになるラウラ。そこには薄茶色のひよこが鎮座している。

「か、可憐だ……」

 頬を赤らめたラウラは、身を乗り出して売店の店員さんに詰め寄る。

「こ、これを、あるだけ売ってくれ金なら−−「そこまでだ」なっ!?九十九!?」

 金額無制限のクレジットカード(ブラックカード)のように見えて実は違う、自分名義の銀行口座カード(黒兎カード)を取り出した所で、私はラウラの制服の奥襟を掴んで無理矢理行動を制した。

「お騒がせした、店員さん。ラウラ、もう出発だ。ひよこは諦めろ。ほら、キリキリ歩け」

「待ってくれ九十九!私にはひよこを救い出すという崇高な使命が−−「君にそんな使命は無い。いいね?(にっこり)」アッ、ハイ。ワカリマシタ」

 誠心誠意の笑顔でそう言うと、ラウラは途端に大人しくなって新幹線に乗り込んだ。直後、発車のアナウンスと共に、私達の乗った新幹線は一路京都駅に向かって走り出すのだった。

 

「楯無さん、村雲班、欠員無しです」

「織斑班も欠員なし、全員乗れたようです」

「ん、オッケー。ありがと」

 生徒会役員としての職務を全うした私と一夏は揃って安堵の溜息をつく。ところが、安堵の溜息を漏らした一夏の首を、いきなり締めてかかる手があった。

「一夏!貴様さえいればあのような!あのようなことには!」

 言わずもがな、ラウラである。その目が少し涙ぐんでいる所を見るに、余程ひよことの別れが辛いものだったようだ。が、そんな事情を欠片も知らない一夏からすれば、この首締めは理不尽な物でしかなく。

「ぐええっ!や、やめろ、ラウラ……!ってかなんの話………」

 一夏の顔が徐々に青褪めていく。流石にこれ以上は拙いか。そっとシャルに目配せをすると、シャルはラウラ止めるべくその肩に手を置いて話しかけた。

「ラウラ、その場にいなかった一夏に当たっても仕方ないよ」

「しかしだな!あの場に嫁がいればひよこたちを救えていたかも知れんのだぞ!」

「あの状況では、例え一夏でも同じ事をしただろう。なにせ出発時刻まであと1分も無かったからな」

 尚も一夏の首を絞めるラウラに、私も参戦して彼女を諭す。

「それに、むしろ感謝して欲しいくらいだ。私は君の無駄遣いを止めたのだから」

「無駄だと!?なにが無駄だというのだ!だいたい、金などあっても私は遣わんのだぞ!」

 そういうラウラに、私とシャルの意見が偶然一致する。

「「そこは結婚資金に回せばいいんじゃないか(いいんじゃない)?」」

 と言うと、ラウラは一夏の首を絞めていた手を離し、キラキラと目を輝かせる。

「結婚資金!そ、そうか!ならば無駄遣いは家計の敵だな!うむ!」

「「「あちゃー……」」」

 テンション高く一夏との新婚旅行(ハネムーン)に胸躍らせるラウラを、他のラヴァーズが悟り切ったような目で見ていた。

 

「大丈夫か?一夏」

「げほげほっ……!あ~、死ぬかと思った」

 一方、ようやくラウラの理不尽な首締めから開放され咳き込む一夏に、ぽーん、と缶ジュースが投げられた。

「っとと」

 慌てて受け取る一夏。視線を落とすと、それはキンキンに冷えたオレンジジュースだった。

「それ、飲むといいっスよ」

 怠そうにしているのは、勿論フォルテさんだ。

「あ、ありがとうございます」

 上級生の心遣いに感謝しながらジュースを蓋を開ける一夏は、すぐに怪訝な表情を浮かべた。

「ん?あれ?」

「どうした?」

「いや、ジュースの蓋が開かねえんだよ」

 おかしいな、と言いながら缶を振る一夏。すると、液体が缶を叩く音が全くしないではないか。まさか−−

「そう言えばこのジュース、すげえよく冷えて……って、んなっ!?」

 そう。フォルテさんが一夏に放って寄越したのは、よく冷えているどころかカチカチに凍ったオレンジジュースの缶だったのだ。そんな物を握っている一夏の手は、冷気で痛みを訴え始めているだろう。

「いててっ!?な、なんですかこれ!?」

「フハハ。引っかかったな!……っス」

 得意気な笑みを浮かべて笑うフォルテさん。その隣で脚を組んでいるダリルさんが話に割って入って来た。

「なんだ織斑、お前フォルテのISの事知らないのか?」

 フォルテさんの専用機の名は『コールド・ブラッド(冷血)』。名の由来は、その能力にある。

「こいつのISは分子運動を極端に鈍くさせて停止、凍結させる能力があるんだよ」

 その能力を使い、フォルテさんはオレンジジュースをほぼ一瞬で完全凍結させたのだ。できれば敵に回したくない能力だな。

「だからそういうのやめて欲しいっス。ネタバレっスよ?ネタバレっスよ?」

 大事な事なのか、怠そうにしながらも同じ台詞を二度繰り返すフォルテさんに、ダリルさんは組んだ脚を入れ替えながら適当に笑う。

「あっはっは、いいじゃねえか別に。……あ、お前ら今パンツ見たな?にひひっ」

「いや、それは……」

「ミニのスリット入りタイトスカートで足を組み替えれば見えて当然でしょうに。寧ろ見せに来てませんでした?今の」

 私達の反応を、ダリルさんは何処か面白い物を見るかのように眺める。

「エロガキ共」

「くっ……。勝手に見せておいてこのいいザマとは!」

 悔しそうに言う一夏だが、見たという事実に変わりはなく、よって反論のしようもない。

「「「ふーん……」」」

 不機嫌な呟きにギクリとして振り向く一夏。一夏ラヴァーズが、全員白い目で一夏を見ていた。

「い、いや、その、これはだな!?」

 釈明をしようとする一夏に、全員がそっぽを向く事で答えた。一方−−

「いててててっ!悪かった、シャル。だから、無言で脇腹を抓らないでくれ!」

「……九十九のえっち。知らないっ」

 結局、静岡を過ぎるまで、シャルは口をきいてくれなかった。

「九十九、これは俺たちが悪いのか!?」

「ああ、きっとな」

 

 

『間もなく京都、京都です。お降りの方はお忘れ物のございませんよう、お気をつけ下さい』

『We will soon arrive in Kyoto.If you are going down do not have something left behind, please take care』

 新幹線のアナウンスには、外国人向けに英語のアナウンスも流れる。それを聞きながら、一夏達は降車準備を始めた。

「ん?あれ?どこ行った?」

「何やってんの、一夏。もう京都着くわよ?」

 荷物を漁りだした一夏の様子を、鈴が不思議そうに伺う。少しして、一夏が「お、あったあった!」と言いながら取り出したのは、年季の入ったアナログカメラだった。

 携帯にすら高画質のデジカメが搭載されているこの時代に、それは酷く古めかしい物に見える。

 しかし、鈴はそのカメラが一夏にとって大事な物であると知っているため、笑ったりなどはしない。

「それ、まだ持ってたんだね」

「ん?まあ、これは俺と千冬姉の絆みたいなものだから」

「うん、そうだよね」

 一夏と千冬の記録を残し続けてきたそれは、一夏にとって何物にも代え難い絆の結晶だ。そして、かつては九十九も、鈴も、そして箒も写った事のあるカメラでもある。

 一夏が抱える複雑な家庭事情を知っている鈴の一夏を見る目は、どこまでも優しい。

 慈しむような優しい瞳は、まるで恋人に、兄に、弟に、或いは我が子に向ける目のどれにも似て、しかしそのどれにも似ていない。

 それは、鈴の一夏に対する想いの表出であり、一つとして同じ物はないだろう。

 当然、他のラヴァーズにとってもそれは同じなのだが……ラヴァーズには鈴が相互協定違反(抜け駆け)をしているようしか見えないのだった。

「ちょっと鈴さん!一夏さんの独占は協定違反ですわよ!?」

 早速鈴に絡んだのは一夏と鈴と同じ班のメンバーたるセシリアだ。つかつかと一夏の隣に歩み寄ると、その腕に自分の腕を絡める。

「一夏さん?わたくし、京都は初めてですの。エスコートしてくださいますわよね」

「い、いや、その、セシリア。近いって」

 腕でセシリアの胸の膨らみを感じてしまった一夏は、どぎまぎしながら視線を反らす。すると今度は面白くないのが鈴だ。

「ね、一夏。中学の時に行ったジェラート屋さん、ネットで調べたらまだやってるって。もちろん、一緒に行くわよね」

 セシリアに対抗するように、鈴は一夏と手を繋ぐ。だが、その繋ぎ方はいわゆる『恋人繋ぎ』だ。鈴の華奢な指の感触に、一夏は思わずドキリとした。

(な、なんだ?最近、妙に鈴やセシリアたちを意識しちまう……)

 そんな一夏の内心を知ってか知らずか、二人は一夏に身を寄せる。

「さあ、一夏さん。参りましょう」

「一夏、一緒に行くわよ」

「だぁーっ!い、一回離れてくれ!」

 腕から伝わるセシリアの『風船』の柔らかさと、繋いだ手に感じる鈴の手の感触にいい加減限界が来たのか、一夏は赤面して二人を振り解く。その行動に、二人は揃って意外そうな顔をした。

「「一夏(さん)?」」

 三人がそんなやり取りをしていると、ダリルさんがボストンバッグで一夏の背中を押した。

「エロガキ」

「なっ!?ち、違いますよ!」

「何が違うんだよ、ハハハ」

 ダリルさんが快活に笑い、一夏が必死に名誉を取り戻そうとしている一方で−−

 

「九十九、僕の荷物取ってくれる?」

「ああ、ほら」

「ありがとう。ねえ、この後どうなると思う?」

「まずは情報収集だろうな。京都にいるとは分かっていても、奴らの潜伏先は現時点では不明だからな」

「じゃあ、観光してる余裕は……」

「ない、もしくは著しく少ない。と私は見ている」

 私がそう言うと、シャルはがっくりと肩を落とした。亡国機業制圧作戦の隠れ蓑としての視察旅行とは言え、シャルが京都観光を楽しみにしていたのは事実だ。

「そっか……残念だなぁ」

「そう気を落とすな、シャル。逆に考えるんだ。さっさと亡霊狩りを終わらせてしまえばいいやと考えるんだ」

「あ、そっか。早く亡国機業を倒すことができれば、その分京都観光ができるもんね!」

 よーし、頑張るぞ!と気炎を上げるシャル。そうこうしている内に新幹線は京都駅に到着した。

 さて、ここから先の原作知識は私には無い。何が起きてもおかしくないのだから、気を張っておかねばな。

 

 新幹線から降りるとすぐ、京都駅名物の長い階段が私達を出迎えた。

「おお。ここで集合写真撮ったらすごい良さそうだな」

 何気なく漏らした一夏の一言に、千冬さんが賛同した。

「そうだな。記念に一枚撮っておくとしよう」

「えっ、いいんですか?織斑先生」

 咄嗟に『千冬姉』と呼ばなくなった辺り、一夏もきちんと学習しているようだ。

「それじゃあ、整列しましょうか」

 楯無さんの音頭で全員がさっと整列した。

「じゃあ、撮りますよ」

「は?」

「え?」

 シャッターを切ろうとした一夏に、鈴が歩み寄り、その手からカメラをひったくる。

「あんたが写んなくてどうすんのよ!ほら、はい!九十九、よろしく」

「おい、私かよ!まあいい−−「よくないよ!」シャル?」

 押し付けられたカメラを手に撮影位置まで行こうとした私を、シャルが叫んで止めた。と思うと、私の手からカメラを奪う。

「九十九も写らないと意味無いでしょ?という訳で山田先生、お願いできますか?」

「え?えーと……」

 シャルからカメラを渡された山田先生は当初は困惑したが、千冬さんのすまなそうな顔を見ると「分かりました」と言って撮影位置についた。

「じゃあ、撮りますよー。はい、チーズ!」

 

カシャッ!

 

 京都駅構内に、小さくシャッター音が響いた。こうしてまた、一夏の絆に一枚の写真が追加されたのだった。

 だが、この時はこの写真が最初で最後の集合写真になるという事を、私を含めた誰もが思っていなかったのだった。

 

 

 同時刻、日本某所、亡霊機業所有のホテルの一室−−

「全員揃ったわね。では『IS学園所有実習機強奪作戦』の作戦会議を始めます」

 薄暗い部屋の中に十数人の女性が並び、目の前のモニターを見ていた。

「今回動員するISは『ラファール』、『打鉄』合わせて5機の編成。突入地点はここ、学園島の中でも比較的警戒の薄い北側よ」

 指揮官と思しき女性が突入地点を指し示す。そこは本校舎の裏側。生徒も滅多に訪れない、木々の密集した山がある場所だ。

「IS部隊の突入と同時に歩兵部隊が校舎に突入して教師、生徒を制圧。その後、ISを奪取して逃走する。ここまでで質問は?」

 指揮官が他の女性達に目を向けるといくつか手が挙がる。

「IS学園側の戦力は?」

「専用機持ち達は、今全員京都にいるわ。だから、今いるのは警備担当の教師だけよ」

「生徒達の抵抗が激しい場合は?」

「構わないわ。射殺なさい」

「逃走後の集結ポイントは?」

「ポイントは5ヶ所用意してあるわ。どれを使うかは状況次第ね。他に質問は無いみたいね。では、作戦開始は明日11:00(ヒトヒトマルマル)。以上解散!」

 指揮官が会議終了を宣言すると、集まっていた女性達はめいめい散っていった。

 最大戦力がいなくなったIS学園に、亡霊の魔の手が伸びようとしていた。




次回予告

千年王都に響く一発の銃声。
それは、戦いの始まりを告げる笛の音。
炎の女の誘惑に、氷の少女の出す答えは……?

次回「転生者の打算的日常」
#72 京都大乱

なあ、裏切っちまおうぜ?世界のすべてを、さ。

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