転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#07 発覚

 IS適性ランク。その女性がISの操縦に関してどの程度の適性を持っているかを端的、かつ明確に指し示すものである。

 ランクは辛うじて起動が可能なEから、各国代表、またはその候補の最上位になれるレベルであるAまでの五段階。

 更にその上にモンド・グロッソ成績上位者、あるいは部門優勝者クラスのランクであるSが存在する。もっとも、ランクSを叩き出せるパイロットは極僅かだ。

 毎年政府が行う簡易適性検査で高い適性を見せた者は、成人女性ならISの開発企業や軍からテストパイロットとしてオファーが来る事があるし、学生であればIS学園の入学試験に有利に働いたりする。

 もっとも、どんなに適性が高くてもISの数には限りがあるため、全員がパイロットになれる訳ではない。

 特にISパイロットの国家代表は才能と高い適性が有り、かつ努力を怠らない者のみがその座に収まる事を許される、まさに頂点の存在なのだ。

 言うまでもないが、男性にISの適性はないとされてきた。これからもそうだっただろう。

 あの日、あの時、あの場所で、あいつが彼女(IS)に出会わなければ。

 

 

 千冬さんが忙しい職場(IS学園)に就職してから約2年。中学生になった私達はそれぞれの日常を過ごしていた。

 一夏は「千冬姉にばかり負担は掛けられない」と、放課後や休日にアルバイトを始めた。

 先日千冬さんに「中学卒業したら就職する」と言ったら「金の事は気にしなくて良いから高校は出ておけ」と、ありがたいお説教を受けた(フルボッコにされた)そうだ。

 鈴は一夏と弾、そして私の『いつメン』をあちらこちらへ連れ回した。

 鈴の父親が経営する中華料理店でご馳走になったり、遊園地で日が暮れるまで遊んだり、互いの家に泊まり掛けでゲームをしに行ったりした。

 だが、中2の始め頃から彼女の顔に時折暗さが見えるようになった。恐らく両親の不和が原因だろう。酷いようだが、ここで私が鈴に何かをしてやる事はない。

 鈴の両親が決定的な所まで行ってくれなければ、『中国代表候補生・凰鈴音』は誕生せず、結果的に原作が崩壊するからだ。

 弾は相変わらず「モテたい」「彼女欲しい」と繰り返し言っている。

 だがいかんせん隣にいる奴(織斑一夏)のせいなのか、どうにも影が薄く結局『いい人』止まりでしかない。この男の春は、もう少し先だろう。

 私はと言えば、やはり相変わらずだった。

 一夏のボケに皮肉を込めたツッコミを入れ、鈴の一夏への照れ隠しの一撃にため息をつき、弾の『彼女欲しい』発言を適当に流し、校内の私設組織『織斑一夏親衛隊(オリムラヴァーズ)』に一夏の情報や写真を売ったりして日々を過ごしていた。

 

 

 中2の終わり頃、クラスに悲報がもたらされた。

 鈴が家庭の事情で中国に帰る事になったのだ。やはり鈴の両親の間に出来た溝は、娘にも埋める事ができなかったようだ。

 原作を壊さないためとは言え、一番の女友達に救いの手を出してやらなかった事は、私の心に決して浅くない傷を生んだ。

 

 翌日。私と一夏、弾の三人は中国に旅立つ鈴を見送るため、空港の出発ロビーにいた。

「別に見送り何ていらないのに……」

「そう言うなよ。俺たちがそうしたかったんだからさ」

「相変わらず素直じゃねぇなぁ」

「それが鈴だろう。変にしおらしいよりずっといい」

 だいいち、素直な鈴は鈴ではない。彼女ははね返っている位が丁度いいのだ。

「あんたたちね……。でも、うん。ありがと」

 スピーカーから、中国行きの便の搭乗開始のアナウンスが響く。

「じゃ、そろそろ行くわ」

「向こうでも元気でな」

「たまには連絡しろよ?」

「うん、それじゃ」

 そう言って、踵を返す鈴に私は声をかける。彼女には、やり残した事があるはずだからだ。

「……凰鈴音、()()()()()()()?」

「…………」

「本当に、それでいいのか?」

「……一夏、ちょっと来て」

「へ?」

「いいから来なさい!」

 鈴は一夏の手を引き、早足でロビーの隅へ行く。すれ違いざま、私に小さな声で「ありがと」と言ってきたので、それに「頑張れ」と返した。後は彼女次第だが……。

「九十九、勝算は?」

「言い方次第で100にも0にもなる」

 一夏は、自分に向けられる好意に恐ろしいほど鈍感だ。以前、一夏に「付き合ってください!」と告白した女子生徒に「いいぜ。どこに買い物に行けばいいんだ?」と返して、その子の心を盛大にへし折った事がある。

 その他にも似たような告白の曲解(フラグクラッシュ)の回数は、私が知る限りで35回。その度に告白した子のフォローに回る私達の苦労を、一夏は知らない。

「あいつには下手な言い回しや婉曲表現は逆効果だ。それこそ曲解も聞き間違えも出来ないど真ん中ストレートの言い方をしなければ伝わらないさ」

「なるほど」

 しばらくして、一夏が戻ってきた。鈴はそのまま搭乗ゲートへ行ったようだ。

「一夏、鈴は何と?」

「いや、なんか『あたしが料理が上手くなったら、毎日酢豚を食べてくれる?』って言ってたんだけど、どういう意味だ?」

「それは……あ~……九十九?」

「……知らん。自分で考えろ」

 それは、日本で言う所の「毎日私の味噌汁を……」をアレンジした、あいつなりの告白なのだろう。しかし、やはり一夏には全く伝わっていなかった。鈴、いとあわれ。

 

 

 中3の冬。私と一夏は電車に揺られ、高校受験会場のある多目的ホールに向かっていた。

「ったく、なんで一番近い高校の、その試験のために4駅乗らなきゃいけないんだ?しかも今日超寒いし……」

「文句なら去年カンニング事件を起こした奴に言え。あと、試験会場の通知を2日前に行うと決定した文科省の偉いさんにもな」

 私達が今回受験する高校は『私立藍越学園』。自宅に近い・中程度の学力・行事が多いの三拍子が揃った上に、私立でありながら学費が驚くほど安い高校なのだ。

 その理由は、卒業生の実に9割が学園法人の関連企業に就職するためだ。しかもその大半が優良企業であるという、まさに地域密着型の学園法人だ。実際、私の中学からも50人程がこの高校を進学先に選んでいる。ほとんどが織斑一夏親衛隊だが 。

 

 試験会場にたどり着いてしばし、私達はある問題に直面した。

「九十九、大変だ」

「ああ、大変だな。完全に迷った」

 この多目的ホール、地域出身のデザイナーに設計を依頼したらしいのだが、そのデザイナーはどうも『常識的に造らない俺カッコいい』とでも思っているのか、このホールは実は迷路だと言われても納得出来てしまう程に複雑な造りになっている。

 こんなにも分かりにくい構造なのに、どこにも案内図がないのは何故なのだろうか。

「ええい、次に見つけたドアを開けるぞ、俺は。それで大体正解なんだ」

 業を煮やした一夏がそんな事を言いながら、近くのドアに足を向ける。

「待て、一夏。それは「ほら、行くぞ九十九」お、おい」

 

「あー、君達受験生だよね。はい、向こうで着替えて。時間押してるから急いでね。ここ、16時までしか借りれないからやりにくいったらないわ。ったく、何考えて……」

 部屋に入ると、神経質そうな30代後半の女性教師に言われる。あまりの忙しさに判断力が低下しているのだろう。ろくに私達の顔を見もせずに出ていった。

「着替え?なあ九十九、最近の受験は着替えまでするのか?」

「そんな訳が無いだろう。受験するにあたって着替えを必要とする高校など、私は一つしか知らん」

 言って、私は目の前のカーテンを開けた。

「これって……」

 そこには『鎧に似た何か』が跪いていた。鈍く光る装甲、跪いている状態で成人男性の平均身長とほぼ同じか少し高い位の大きさだと言うのに、圧倒的な存在感がある。間違いない。間違えようもない。これは−−−

「ああ、ISだ。つまりここは、IS学園の試験会場なんだよ」

 私はそう言いながら、ついにこの時がきたと考えていた。

 この時、一夏は目の前のISに手を触れてISを起動した事で『世界初の男性IS操縦者』となる。

「これって、男には動かせないんだよな」

 それは違う。お前は、そして私も動かせる。

「ああ。だからといって、触ろうとするなよ?精密機械なんだ。壊しでもしたら大問題だ」

 さあ、触れてみろ。それでお前が主人公だ。

「いいだろ、少しくらい」

 言って、一夏はその手を−−

「お、おい」

 ISに−−

「え!?」

 触れた。瞬間、辺りが光に包まれ、それが収まると……。

「え、あれ、何で……」

「一夏?お前……」

 そこにはISを纏った一夏がいた。私は内心歓喜していた。遂にこの時が来た(原作が始まった)のだ、と。

 

 私達の騒ぎに気づいたのか、先程の教師が戻ってきた。

「騒がしいわね。どうしたって……え!?嘘!?何で男がISを!?」

 教師は、目の前のあり得ないはずの出来事に動揺している。

「それが、私にもさっぱり……」

「そんな、あり得ないわ。なんでこんな……」

 教師は私の言葉を聞いているのかいないのか、ぶつぶつと何かを呟いている。

「あなた」

「はい?」

 教師が私に顔を向けた。

「あなたもISに触れてみなさい」

「え、いやしかし」

「いいから!」

「……分かりました」

 渋々、と言った風情でISに近づき、手を触れる。

「!?」

 瞬間、頭に響く金属質な音。雪崩のように押し寄せる機体の情報。

「くうっ」

 襲い来る圧倒的なデータの暴力に、私は意識が遠くなるのを感じ−−

 

 この一件で、私と一夏にIS適性がある事が発覚した。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)に『御主に話す事がある』と言われた気がした。

 

 

『御主に話す事がある』

−−え?

 気がつくと、見渡す限りの白い空間だった。上下の感覚が曖昧な浮遊感。ここは……。

−−貴方は、ロキ?

『左様』

−−何故また、私をここに?

『御主に話す事がある』

−−何でしょう?

『我らの主神に我の退屈しのぎが露見してな』

−−それで、私を元居た場所へ帰せ。とでも?

『いや、一枚噛ませろと言ってきた』

−−あんたらって暇なの!?

『それ故、こんな事をして遊んでいる』

−−言い切っちゃったよ!!

『さて、主神から御主に与えられる物だが』

−−スルーするのかよ!

『まずはこの世界の機動兵器。いわゆる専用機を、御主の父の会社を通じて与える』

−−父の会社にはIS部門はなかったはずですが?

『主神の力があれば、容易い事だ』

−−無駄遣いのような気も……。

『それと、御主にもう一つ転生特典として、特殊能力を授ける』

−−それは何故?

『主神の創る機動兵器の能力を十全に振るうには、この能力が必須だからだ』

−−その能力とは?

並列思考(マルチタスク)だ、最大100の思考を同時に処理できるようになる』

−−半端な数じゃない!!どんな機体なんだよ!!

『知らぬ。我は主神ではないのでな。ではいけ人の子よ!我に更なる愉悦をくれ!』

−−ちょ、ちょっと待って。せめてもう少し詳しく……!

 

 

 こうして私は神製専用機と並列思考(とんでもないもの)を与えられる事になった。

 やはり神って奴はろくな事をしないと思った。




次回予告

そこは、女の園だった。
そこは、男にとって縁のない場所だった。
ただし、二人を除いては。だが

次回「転生者の打算的日常」
#08 入学

これを私の利に繋げるには……

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