転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#69 金之旭・銀之魔狼

 婚約指輪が出来上がるまでの時間を利用して昼食を終え(詳しくは外伝を参照)、『フノッサ』に戻って来た私達を、洗馬店長がにこやかに出迎えてくれた。

「お待ちしておりました、村雲さん。こちらがご注文頂いた指輪で御座います」

 言って店長が取り出したのは三つのリングケース。わかりやすいようにか、地金の色と同じ色に着色された人工皮革が張ってある。

「まさか、本当に2時間で全作業を終えるとは……」

 目の前に指輪の実物があるのに、私は未だに信じられない思いだった。ラグナロクの職人集団、恐るべし。

「折角ですし、着けて行かれますか?」

 店長からの提案に「どうする?」と二人に視線で問うと、二人はコクリと頷いた。

「そうですね、折角ですし着けて行きます」

「かしこまりました」

 頷いて私にリングケースを差し出す店長。その中からオレンジのリングケースを手に取って開け、指輪を取り出す。

「シャル、手を」

「うん」

 求めに応じて差し出されたシャルの右手をそっと取り、薬指に指輪を着けてあげる。……これは、何と言うか……。

「思ったより恥ずかしいね、コレ」

「……ああ」

 お互いに赤面して苦笑する私とシャル。婚約指輪でコレなんだから、結婚指輪の時はどうなるのだろう?

 続いて本音の番。ピンクのリングケースから指輪を取り出し、本音の右手を取って薬指に指輪を着けた。

「わ〜、想像以上に恥ずかし〜。でも嬉し〜」

「……そうか。それは何よりだ」

 頬を赤らめて嬉しそうにする本音を見て、私も恥ずかしさ以上の嬉しさが込み上げてきた。絶対幸せにしよう、この二人。

「じゃ〜、最後はつくもね~」

「うん」

 そう言って、プラチナカラーのリングケースを手に取る二人。……いや待て、ちょっと待て。買った指輪は一つだが、私の婚約者は二人いる。そうなると、どちらかしか私に指輪を着けられないとなって、ちょっとモメやしないか!?

「ちょ、ちょっと待て二人共−−」

「「……あれ?」」

 制止しようとした私の声は一瞬遅く、二人はリングケースを開ける。と、中を見ただろう二人から困惑と疑念の混じった声が出た。

「どうした?私の指輪がどうかしたのか?」

「「うん、コレ……」」

「うん?……何だこれは?」

 開けたリングケースを、中が見えるように私に向ける二人。その中身を見て私もまた困惑する。何故か?それは−−

「指輪が……二つある?……いや、違う。一つの指輪を二つにスライスしてあるんだ!店長!これは一体……!?」

 疑問を呈する私に、店長は悪戯が成功した悪ガキのようなニンマリ笑顔でこう答えた。

「婚約指輪の交換をなさる時にお困りになるかと思いまして。誠に勝手ながら『二つで一つの婚約指輪』に改造させて頂きました。ご迷惑でしたか?」

「……いえ、少々面食らいましたが、嬉しい気配りです。礼を述べさせて頂きますよ、洗馬店長」

「お気になさらず。私共のちょっとした遊び心ですので」

 頭を軽く下げる私に、店長は小さく手を振って応えた。

「じゃあ、僕から着けてあげるね。九十九、手を出して?」

「ああ」

 シャルに右手を差し出すと、シャルがそっと私の手を取り、薬指に指輪の片割れを着けてくれた。これは何と言うか、嬉しくも恥ずかしいな。

「ふふっ、九十九ってば顔真っ赤」

「……言うな、後生だ」

 そう言うシャルの顔もやはり赤いのだが、そこには敢えて触れないでおいた。

「次はわたしだよ〜、つくも」

「ああ、一息にやってくれ」

 本音に右手を差し出すと、本音は優しく私の手を取り、薬指に指輪を着けた。

「てひひ〜。これからもよろしくね〜、つくも」

「こちらこそ、よろしくな」

 お互いに赤面しながら微笑み合う私と本音。奥の方で店員さんが白い物を吐いていたが、あの人大丈夫か?

 

「ありがとうございました。またのお越しを」

 店長に見送られ、『フノッサ』を出る私達。取り敢えず用事は済んだが、このまま帰るのは何だか惜しい気がするな。

 さてどうするか、と考えた矢先、あちらこちらから好奇の視線が突き刺さった。

「ねえ、あの人村雲九十九じゃない?」

「えっ!?ウソ!マジで!?」

「ホントだ!じゃあ、隣の二人って彼女?」

「あっちの金髪の方、TVで見たよ!フランス代表候補生のシャルロット・デュノアだ!」

 私達の事に気づいた一般大衆が声を上げたのを機に、その喧騒は周囲に波及。私達は完全に注目の的になってしまった。

「す、すみません村雲さん!サ、サイン、貰えませんか!?」

「あ、あのデュノアさん!ツーショット写真、撮らせてください!」

「メアドとか交換して貰えませんか!?」

 一人の男性が私にサインを申し込んできたのをきっかけに、人の波が押し寄せてくる。このままでは取り囲まれて身動きが取れなくなってしまう。ここは誠心誠意を込めた『お願い』をするしか無いだろうな。

「皆さん、申し訳無いが急ぎの用がある。通して頂けるだろうか?(ニッコリ)」

「「「ハイ!スミマセンデシタ!」」」

 

ズザザッ‼ガバッ!

 

 私が笑みを浮かべてお願いすると、集まっていた人達が一人の例外もなく道を開け、90度腰を曲げた最敬礼をして私達を送り出してくれた。

「やはり、人間誠意を持って接すれば通じるという事だな。行こうか、二人共」

「「う、うん」」

 心なしか震えているような気がする人達を残し、私達はその場を後にした。さて、どこに行こうかな?

 

「もうー!どこ行ったのよあいつらー!」

「「「ん?」」」

 集まってきた人達をやり過ごし、近くのアーケード街を歩いていると、聞き慣れた少女の怒号が響いた。

「落ち着いて下さいまし鈴さん。はしたないですわ」

「僅かな意識の隙を突かれて、あっと言う間に撒かれてしまったからな。生徒会長(学園最強)の肩書は伊達ではないか」

「完全に見失ったな。これ以上の捜索は困難だろう」

「……汚い、流石お姉ちゃん、汚い」

 そこに居たのは、楯無さんに一夏を連れ去られ、見事に撒かれたと思しき一夏ラヴァーズだった。

「……どうする?」

「どうしようもない。行くぞ」

 どのタイミングで楯無さんがラヴァーズを撒いたのか知らず、何処へ行ったのかすら見当がつかないのでは、私がラヴァーズに協力など出来るはずもないのだ。

(まあ、見かけたら連絡くらいしてやるか)

 そう考えて、私達に気付く事なく再び一夏の楯無さんの捜索を開始するラヴァーズを見送ったのだった。

 

 

「いい買い物ができたね、本音」

「うん、大満足だよ〜」

 日も落ちきったIS学園一年生寮を、ホクホク顔で歩くシャルロットと本音。その後ろで荷物を抱えて歩いている九十九は、少しげんなりした顔で二人を見ていた。

「荷物持ちを買って出たのは私だが、これは少し買い過ぎではないか?」

 あの後、新しい冬服に買い置きの日用品、夕飯の材料などなどをアーケード街を歩き回って買い集めた結果、現在九十九の手には腕に掛けないと持ちきれない程の買い物袋が下がっていた。

「ごめんね、九十九。あのアーケード街、思った以上に品揃えが良くて」

「ついいっぱい買っちゃったよ〜」

 悪いとは思っているのか、九十九に近寄って荷物をいくつか受け取る二人。それでも九十九の両手は未だ塞がったままだ。

 

prrrr……prrrr……

 

「ん、電話だ。すまん、荷物を」

「うん、一旦預かるね」

 荷物を預けて片手を開け、電話に出る九十九。電話の相手は『仁藤社長』となっていた。

「はい、もしもし。社長、どうされました?」

 電話に出た九十九が用件を問うたその次の瞬間、九十九の顔が険しいものになった。それを見たシャルロットと本音は、何かあったのだと瞬時に察した。

「……はい……はい。今ですか?学園の寮です。目的地までなら『飛んで行けば』5分とかからず……分かりました、対応はお任せします。では」

 

P!

 

「九十九、電話の内容って訊いていい?」

「社長から情報提供があった。楯無さんと一夏が『デート先』でピンチに陥ったらしい。助けに出てくる」

「じゃあ、僕も……」

「いや、君は来るな。場合によっては国際問題になりかねん」

「え?それって……?」

「つくも、二人の『デート先』は〜?」

「社長からの情報では、学園島沖約30㎞地点に浮いている『鷲のマークのお友達の秘密基地』らしい。今のあの国ならそれくらいやるだろう」

 それを聞いたシャルロットと本音は揃って「あ~」という顔をした。

 大統領があの『ワンマンおポンチ爺』に代替わりして以降、あの国は再び『自分達が世界の警察だ』と言わんばかりに自国の軍拡と他国への干渉を強めている。今回のこれも、その一環なのだろう。とシャルロットは考えた。

 だからこそ九十九はシャルロットに「君は来るな」と言ったのだ。もしここで仏国代表候補生である自分が事態解決に動けば、それをネタにあの『強欲くそ爺』がデュノア社やフランスに対して難癖をつけてくるのは目に見えている。

 その点、九十九は現時点では『企業代表候補生』であるため国の干渉力が強くなく、かつ『特例法適用対象』のため「緊急事態だった」と説明すれば何らかの罰則に問われることもない。だからこそ、藍作は九十九に白羽の矢を立てたのである。

 それを察したシャルロットはついていくのを諦め、代わりに「勝利のおまじないだよ」と、九十九の頬にキスを落とした。

 続いて本音が「わたしも〜」とシャルロットとは逆の頬にキスを落とした。

「ありがとう。何でも出来そうな気がしてきた。……行ってくる」

 礼を言い終わると、九十九はその場に荷物を置き、さっと踵を返して学生寮を走り抜け、表に出た瞬間に『フェンリル』を身に纏うと一瞬で空へ飛び立ち、見えなくなった。

(九十九、どうか無事で……)

(ケガして帰ってきたら許さないんだからね〜)

 今の二人にできるのは、九十九の無事を祈る事だけだった。

 

(くそっ!私は馬鹿か!?そうだよ、体育祭が終わった後にはこの事件があったじゃないか!)

 内心で歯軋りをしながら、私は指定されたポイントへ最大戦速で飛ぶ。自分が幸せボケしていた事に自分で呆れてしまう。

(原作ではどうなっていた!?確か、空母に忍び込んで、一夏がいきなり米国代表に見つかって戦闘になって、その間に楯無さんが何かを調べている間に空母が自沈を開始。ついでにスコールと楯無さんが戦闘になって、それで……)

 頭の中で時系列を確認している間に、大きく傾いた米軍空母の上空で戦っているニ機のISが見えた。

 一方は楯無さんの『ミステリアス・レイディ』、もう一方はスコールの『ゴールデン・ドーン(黄金の夜明)』だ。

 更に接近。すると、『ミステリアス・レイディ』を機体のテールバインダーで捕えた『ゴールデン・ドーン』の頭上に巨大な火球が発生。火球の光に照らされたスコールの顔には、嗜虐と愉悦に歪んだ笑みが浮かんでいた。

「もうそのタイミングかっ!?」

 どうやら既に楯無さん対スコールは最終局面に近づいているようだ。頼む!間に合え!

 

 

 九十九が米軍秘匿空母に飛び立つ十数分前。楯無と一夏は空母への潜入に成功していた。

 しかし潜入から数十秒後、イーリス・コーリングと食堂で鉢合わせするという最悪の事態が発生。イーリスを一夏に任せ、楯無は自身の目的を果たすべくその場を離れた。

「……妙ね」

 自分達が侵入し、イーリスと一夏が戦闘になっているにも関わらず誰も出て来ない艦内を、楯無は訝しげに張り詰めた顔で歩いていた。

(これだけの騒ぎが起きているのに誰も出てこない……。やっぱり、この艦は無力化されている)

 何者かの手によって。いや、何者かは分かっている。

亡国機業(ファントム・タスク)……流石に動きが早い!」

 楯無は脳内の艦内見取り図を思い出しながら、極秘データの集積されているセントラル・ルームを目指す。いつ戦闘になってもいいように、第一種戦闘態勢を維持しながら。

(明かりがついているのが、逆に不気味よね……。熱感知センサーにも人間の反応はないし……)

 とはいえ、乗務員は殺されていないはずだ。と楯無は考える。何故なら、殺害するメリットがどこにもないからだ。

(多分、乗務員はどこかに閉じ込められている……だとすると)

 今の状況は間違いなく−−罠だ。

「なるべく急ぎましょう」

 そう思って足を速めた楯無。が、次の瞬間に流れた緊急放送にその表情を引きつらせる。

『警告。自沈装置が作動中です。全乗員は直ちに避難してください。繰り返します−−』

(っ……!冗談でしょ!?)

 いくら秘匿艦とはいえ、米国の空母を沈めようというのか。そんな事をすれば、あの『おポンチ爺』は確実に自国の対テロ部隊を動かすだろう。隠密行動を第一義とする『亡国機業』のやり方とは思えない。

(それとも、まさか『亡国機業』はアメリカと何らかの取引をしている……?ううん、もしかしたら−−)

 ()()()()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()

「……だとしたら最悪ね」

 考え得る最低最悪の事態を想像し、楯無は唇を噛んだ。

 そもそも、何故米軍秘匿艦に『亡国機業』の実働部隊の一つ、『モノクローム・アバター』のリーダー、スコール・ミューゼルの情報があるのか?何か致命的な見落としをしている気がして、楯無は焦りの色を隠せない。

「急がないと」

 なりふり構わず、鉄の廊下を駆ける楯無。途中に何の障害もなく、目的のセントラル・ルームに辿り着けたのが逆に怪しいくらいだった。

(けど、今はともかく情報を探さないと……)

 電子端末をハッキングして、データをディスプレイに表示。スコールに関する情報を探した結果、分かったのは驚きの事実だった。

「嘘でしょ……?スコール・ミューゼルが、もう死んでいる……?」

 それは、スコールが12年前に米国海軍兵として参加した中東のテロ組織壊滅作戦において、作戦行動中死亡(KIA)の判定を受けているという、俄には信じがたい情報だった。それも、特殊部隊所属者にありがちな経歴抹消を目的とした偽装死ではなく、完全な死亡報告。検死画像のデータも、最終更新日は10年以上前の物だ。

「オマケに今の方が、外見が若い……これって−−」

 画像を食い入るように見ていた楯無は、それ故に気づけなかった。その背後に、ゆらゆらと浮かぶ火球が迫っている事に。

「っ−−!?」

 背筋に走った悪寒に楯無が振り向いたその刹那、楯無を紅蓮の炎が飲み込んだ。

 

 

「うふっ」

 沈む空母を眺めながら、漆黒の夜空に浮かんでいるのはスコールだった。IS『ゴールデン・ドーン』を展開したその姿は、黄金のアーマーと彼女自身の金髪が重なって、いっそ神々しささえ感じさせる。

「流石に死んだかしら?さようなら、更識楯無」

 踵を返したスコールの背中を、すかさず槍の先端が捉えた。

「今度こそ逃さないわよ!スコール・ミューゼル!」

 IS『ミステリアス・レイディ』を完全展開した楯無が、スコールに向かって攻撃を開始する。

 もはや国際問題がどうのと言っている場合ではない。この女(スコール)は放っておいてはいけない危険な存在だと、楯無の本能が告げていた。

「はぁぁっ!」

 超高圧水流弾の連射を、しかしスコールは余裕の眼差しで受け止める。

「無駄よ。あなたのISでは、私の『ゴールデン・ドーン』は倒せない」

 そう言うスコールの周囲をよく見ると、薄い熱線のバリアが張られているのが分かった。

「その程度の水では、この炎の結界《プロミネンス・コート》は破れないわ。そして−−」

 言いながら、ゆったりとした動きで楯無に手を向けるスコール。すると、見る間に掌に火の粉が集まっていき、それは凝縮された超高温の火球となった。

「『ミステリアス・レイディ』の《アクア・ヴェール》では、私の《ソリッド・フレア》を防げない」

 言うと同時に放たれた火球は、楯無の《アクア・ヴェール》を貫通してアーマーに直撃。

 何とか絶対防御でしのいだものの、『ミステリアス・レイディ』のシールドエネルギーは大きく損耗してしまった。

「くっ……!」

「『負けられない』、『逃さない』−−そんな心一つでどうにかなるほど、私は甘くないわ」

 距離を取って逃げる楯無を、スコールの《ソリッド・フレア》が追い立てる。漆黒の夜天に、紅蓮の大華が幾度となく咲く。

(逃げてばかりじゃやられる!)

 楯無は《ガトリングランス(蒼流旋)》で火球をなぎ払い、爆風に紛れて突撃を敢行。スラスター出力最大の瞬時加速(イグニッション・ブースト)で開いていた距離を一気に詰める。

 が、それを待っていたと言わんばかりに、『ゴールデン・ドーン』の巨大な尾の先端が大きく顎を広げた。さながら食虫植物のそれは、楯無をアーマーごと捕まえる。

「くっ、この……!」

 胴体をホールドされた楯無は、らしくもない焦燥の表情を浮かべる。対するスコールは余裕綽々といった様子だ。

「何をそんなに焦ってるのかしら?……はぁん、あの艦に織斑一夏がいるのね。それなら−−」

 視線を楯無から眼下で沈む空母へ移し、両手を頭上に掲げるスコール。

()()があの艦に当たったら、どうなると思う?ふふっ」

 掲げた両手のその先で、みるみる内に巨大な火球が出来上がる。それを見た楯無は、スコールが何をしようとしているのかを正確に察知して顔を青くする。

 これ程の巨大火球がぶつかればあの空母は為す術もなく……沈む。そうなれば当然、中にいる一夏も無事で済むはずがない。

「やめなさい!そんな事は、させないっ!」

 一夏の危機に思わず叫びながら、楯無は自身を捕える巨大な『口』を強引に押し広げる。『ミステリアス・レイディ』のアーマーと体が悲鳴を上げるが、そんな事には構っていられなかった。しかし、そんな楯無の抵抗は−−

「遅いわぁ♪」

 スコールの行動を止めるにはほんの僅かに遅く、火球が嗜虐心に満ちた甘い囁きと共に放たれ−−

「いや、間に合ったさ。ぎりぎりだったがな」

「「っ!?」」

 爆ぜるより先に、何かに吸い込まれるように消えていった。

「つ、九十九……くん?どうして……?」

 果たしてそこにいたのは、両腕からアイスブルーの光を放つIS、『フェンリル』を身に纏った九十九だった。

 

 

「九十九……くん?どうしてここに……」

 私がここにいるのが信じられないと言いたげな顔の楯無さん。それに対し、私は『表向き』の理由を語った。

「私に会社経由で学園から依頼がありまして。なんでも『学園沖に不法停泊中の米国籍と思われる艦に退去勧告を出して欲しい。国際的な(しがらみ)の無い君にしか頼めない』だそうで。で、おっとり刀で駆けつけてみれば−−」

 一旦言葉を切り、スコールを睨みつける。それなりの覇気を込めたつもりだが、スコールは小揺るぎもしなかった。

「艦は沈み始めているわ、『亡国機業』の実行部隊長が楯無さんを虐めているわ、挙句やたらでかい火球を艦に投げつけようとしているわで、正直絶賛困惑中なんですが……どういう状況?これ」

 敢えて『何も知りません』という風を装って楯無さんに声を掛ける。が、それに反応したのはスコールの方だった。

「ふふっ、なるほど……それがあなたの『言い訳』って事ね?村雲九十九くん」

「言い訳とは酷いな。私は本当に何も「なら、なぜ私が『亡国機業』の一員って分かったの?私とあなたは初対面なのに」……なんだ、バレバレか。なら、もう取り繕う必要も無いな」

 言うが早いか、《狼爪(マシンピストル)》を呼び出(コール)して、スコールにフルオートで一斉射を仕掛ける。しかし、放たれた弾丸は彼女の纏う炎の結界に当たった瞬間、シュッという小さな音を立てて蒸発した。

「あら、初対面の女に鉛弾のプレゼントなんて、気が利かない子ね」

「なら、次は気の利いた贈り物をしよう。きっと気に入って貰えると思うぞ」

「へえ、何をくれるのかしら?」

「とても()()()さ」

 言いながら、私は両手を自身前方に突き出す。展開した腕部装甲から漏れ出すアイスブルーの光が一瞬強くなったと同時に、私の前に巨大な火球が生まれた。

「っ!?それは……!」

「《ミドガルズオルム》。吸収したエネルギーをそのまま相手に返す、『フェンリル』のワンオフ・アビリティの応用だ。ぜひ受け取ってくれ」

 悪い笑みを浮かべ、火球をスコールに投げつける。瞬間、回避行動に移るスコール。その真横数十㎝の所を通り過ぎた火球は、そのまま飛んでいった後、スコールの後方で大きな紅蓮の華を咲かせた。

「どうかな?気に入って頂けただろうか?」

「……やってくれるじゃない。やっぱりいいわね、あなた」

 何かに感じ入ったかのように笑みを浮かべたスコールは、私に向けて掌を上にした手を伸ばしてくる。何のつもりだ?

「村雲九十九くん。貴方、私の所に来ない?今以上の待遇を約束するわよ?」

「……は?」

 意外な誘いにぽかんとしてしまう。その一方で、センサーで捉えていた楯無さんに動きがあった。

(簪さんの登場か。なら、決着はもう近いな。となれば、私の仕事はスコールの意識を可能な限りこちらに引きつけ、楯無さんが簪さんから『贈り物』を受け取る時間を稼ぐ事……)

 分割した思考の内の『冷静な自分』が下した判断に従ってスコールの近くまで飛ぶ。

「イエス、と言うと思うか?『亡国機業(悪党)』」

「でしょうね。でも、私が貴方を気に入ってるのは確かよ。目的の為に手段を選ばない非情さ。敵と断ずれば女相手でも平然と攻撃する冷酷さ。あらゆる方法で敵を騙す狡猾さ。これらはその辺の男には持ち得ない、貴方だけの資質だわ」

「そんな所を褒められても、欠片も嬉しくないな」

 言いながら、スコールに《狼牙(マグナム)》を向ける。スコールは数瞬視線を《狼牙》に向けて、私に戻した。

「歩み寄りは無理、って事かしらね」

「初めからそんな余地など無い。お前はここで終われ、土砂降り女(スコール)

 直後、《狼牙》を連射。スコールに飛んで行った弾丸は、熱線の防御結界に阻まれて融け消えた。

「無駄よ。ただの鉛玉じゃあ《プロミネンス・コート》は破れないわ」

「……の、ようだな。なら、これはどうかな!」

 《レーヴァテイン》を呼び出し、トリガーを引いて赤熱化。一息に接近して斬り掛かる。

「それも無駄よ」

 残念そうに呟き、《レーヴァテイン》の刀身を掴むスコール。瞬間、刀身がドロリと溶けたのを見た私はギョッとして剣を手放し、スコールから距離を取る。

「とんでもない熱量だな。『炎の血族』の名は伊達ではない……か」

 私が漏らした一言に、スコールがピクリと反応する。

「あなた、私の事をどこまで知っているの?」

「さあ、どこまでだろうな?ところで……時間稼ぎはもう十分ですか?楯無さん」

「ええ、バッチリよ!」

「っ!?」

 気合いの入った声と共に私の前に姿を現したのは、『ミステリアス・レイディ』専用パッケージ《麗しきクリースナヤ》を身に着け、超高出力モードになっている事を示す赤い《アクア・ヴェール》を纏った楯無さんだ。

「簪ちゃんの想い、受け取ったわ!だから私も見せる!私の本気……ワンオフ・アビリティを!」

 熱の籠った楯無さんの声に何か嫌なものを感じたのか、スコールが間合いを取ろうとする。が、それは私に言わせれば。

「それは悪手だ。スコール・ミューゼル」

「……?」

 私の言葉に疑問符を浮かべたスコールだったが、その表情に徐々に焦りの色が浮かんでいく。

「食らいなさい。私のワンオフ・アビリティ《セックヴァベック》!」

「!?」

 楯無さんが放った言葉に、驚愕の表情をするスコール。恐らく、その名を聞いた事があるのだろう。

 セックヴァベック。それは、北欧神話の最高神オーディンの第二夫人、サーガのみが住まう事を許された館の名だ。その意味は−−

「し、沈む!?私と『ゴールデン・ドーン』が、空間に沈んでいくですって!?」

「そう、これが−−」

「《沈む床(セックヴァベック)》。ロシアお得意の、ナノマシン制御による超広範指定型空間拘束結界だ」

「九十九くん、決め台詞取らないでよ……」

 《セックヴァベック》は『ミステリアス・レイディ』が専用機専用パッケージ(オートクチュール)『麗しきクリースナヤ』を装備した事で超高出力モードに移行した《アクア・ナノマシン》を空間に散布、対象の動力部や関節に侵入させて制御を奪う事で、対象の動きを封じるという拘束武器だ。その拘束力は同コンセプトのアクティブ・イナーシャル・キャンセラー(AIC)を遥かに凌ぐ。

 しかも、ナノマシンは1機当たりのエネルギー反応が小さすぎる為にセンサーが捉えられず、気が付いた時には最早手遅れ。防御も回避も不可能の結界兵器。それが《セックヴァベック》だ。

「くっ!こんな物、私の炎で焼き尽くして−−」

「確かに、その機体ならそれは可能だろう。だが……」

「それってどのくらいかかるのかしら?」

 意趣返し、とばかりに余裕綽々の笑みを浮かべた楯無さんが《ミストルティンの槍》を発動させる。その光景にスコールはさらなる驚愕を顔に浮かべる。

「なっ!?どれ程のエネルギーがあるというの!?」

 何とか《セックヴァベック》から脱しようと藻掻くスコールだったが、その体は見えない水に捕らわれて動く事すらままならない。

「確か、こういう場面にピッタリの台詞があったわよね。ええと……」

 わざとらしく、楯無さんが顔に指を当てて首を傾げる。

「ほら、『あの台詞』ですよ楯無さん」

「ああ、そうそう」

 私の言葉に思い至ったかのようにニヤリと笑う楯無さん。そして、チャージが完了した《ミストルティンの槍》の矛先をスコールに向け−−

「『遅いわぁ♪』」

 スコールの発音と全く同じに、そう囁いた。そして、《ミストルティンの槍》を構えて一直線にスコールに突っ込む。

「この私が……やられる!?いいえ、まだよ!」

 突撃してくる楯無さんに向け、辛うじて右手を突き出すスコール。その手に、巨大な火球が生み出される。

「今さらそんなもので!」

 だが、このまま押し通るつもりの楯無さんは減速するどころか加速して《ミストルティンの槍》と一心同体となる。瞬間、私はこの後の展開を思い出した。

「楯無さん!奴はそれを自分にぶつけて結界から抜け出る気だ!」

「えっ!?」

「ふっ……」

 楯無さんに告げた直後、槍がスコールを捉える一瞬手前というタイミングで、スコールは自らに火球をぶつけた。制限無しの極大火球をまともに受けたスコールの体は爆発と衝撃で大きく吹き飛ぶ。

 結界として楯無さんの結界から抜け出す事に成功したスコールだが、その代償は大きかったようだ。何故なら−−

「私の秘密、バレちゃったかしら?」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

機械義肢(サイボーグ)……」

「やっぱり、そういう事だったのね。合点がいったわ」

 楯無さんがしきりに頷く。どうやら、彼女の頭の中にあった結論の裏付けが取れたのだろう。

「楯無さん、追えます?」

「無理。もうエネルギーがすっからかん。九十九くんは?」

「追えますが、恐らくスコールより先にスラスターエネルギーが切れます。ここまで全速で飛ばしてきたんで」

 また、簪さんも『打鉄弐式』の機体性能上、スピードで大きく上回る『ゴールデン・ドーン』を追う事はできない。つまり、スコールを追う事ができるメンバーはここには居ない。という事になる。

「そういう訳だ、スコール。行け……次は決着をつけさせて貰うぞ」

「優しいのね、あなた。じゃあ、次の戦場で会いましょう。村雲九十九くん」

 言うと、スコールは煙幕代わりの小さな火球をその場でいくつか炸裂させた。煙が晴れた時には、既にその姿は何処にもなかった。

「すみません、逃げられました」

「ううん、いいのよ。来てくれてありがとう、九十九く……」

 緊張の糸が切れたか、体力の限界か、楯無さんの体がくらりと傾く。それを慌てて飛んできた簪さんが支えた。

「お姉ちゃん!」

「ありがとう、簪ちゃん」

「お疲れでしょう。後は任せて今は少し休んでください」

 私がそう言うと、簪さんも同意を示す首肯を繰り返す。

「そう?なら、お言葉に甘えて……あとはよろしく」

 そう言って、楯無さんは気を失った。

 

 こうして、体育祭から続く一連の騒動は一応の終着を見た。

「だっしゃあああっ!」

「よっしゃ!よくやったぜ!織斑一夏!」

 眼下で沈む米軍艦から壁を突き破って飛び出してくる一夏とイーリス・コーリングを視界に収めながら、私は小さく溜息をついた。

(これで、私の知る原作の内容は全て消化された。ここからは私が原作の内容を知らない領域になる。一体何が起こるやら……)

 展開を知らない恐怖と、それを予測する楽しみを同時に感じながら、私は近くの臨海公園まで全員を誘導するのだった。




次回予告

騒動の終わりは、新たな騒動の始まりでもある。
楯無の考えた『たった一つの冴えたやり方』。それは……
そして、闇に潜む者達もまた、新たな動きを見せていく。

次回『転生者の打算的日常』
#70 策動

今より騒がしくなるのか……厄介な。

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