転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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遅くなって申し訳ありません。
経験のない事を書くのって、超絶難しいですね。




#68 婚約指輪

「お疲れさま〜、つくもん」

「ああ、今回は本当に疲れた。たった一週間で全てを用意するのは骨が折れたよ」

 大運動会がつつが無く……とは言い難いが終了し、私は肉体、精神両面の疲れから自室のベッドへ倒れ込んでいた。

 なお、頭は本音の膝の上だ。シャルの柔らかくも引き締まった感触も良かったが、本音のふんわりした肉付きの良い感触も実に良いものだ。

「明日は振替休日だし、ゆっくりできるね」

 大運動会を行ったのは、本来なら休日となる日だった。その為、替わりに明日が休みとなる訳だ。

「うむ、それなんだがな……シャル、本音」

「「ん?なに?」」

「明日、行きたい所があるんだ。付き合ってくれないか?」

「いいけど〜……」

「どこに?」

「あ~、その、だな……」

「「?」」

 言い難そうにする私に、二人が首を傾げる。拙い。何と言い出せばいいかわからない。だが、言わない訳にはいかない。

「その、なんだ。私達はどうあれ、結婚を前提にした交際……婚約をしている訳だよな?」

「う、うん」

「そうだよ~」

「であれば、その証が欲しい。とは思わないか?」

「え?それって……」

「ひょっとして~……」

 二人の言葉に、本音の膝を上でコクリと頷く。

「明日、婚約指輪を作りに行こう。……いいか?」

「「っ……うん!」」

 嬉しそうに頷く二人を見て、私は言って良かった。と思うのだった。

 ちなみにこの後「九十九は疲れてるだろうから、何もしなくていいよ」と、二人から少々過激な『ご奉仕』を受けた。『巨大地震に見舞われるモンブランと富士山』は眼福だったけど、明日の体力大丈夫かな……?

 

 

 明けて翌日。天気は快晴。絶好の婚約指輪作り日和である。あるのだが……。

「……何故いる?」

「え、私は一夏くんとデートするから、待ち合わせでここにいるだけよ?」

 IS学園正門前にいたのは、楯無さん。本人の言いぶりを信じれば、一夏とデートをするため、ここで待っているらしい。

「九十九くんもこれからデート?気合入った恰好してるけど」

「まあ、そんな感じです」

「あらそうなの、じゃあ「ダブルデートしましょうは無しで」え~……?」

 不満そうな顔をする楯無さん。悪いが、今回ばかりは誰の邪魔も受けたくないのだ。

「楯無さ〜ん」

「あ、ほら。愛しの彼が来ました……よ?」

「……何あれ……ヤダあれ……」

 若干死んだ目になった楯無さんの視線の先には、ラヴァーズにガッチリと脇を固められた一夏の姿。その後ろから、シャルと本音が苦笑を浮かべて歩いてくる。

「おまたせ、九十九」

「待った〜?」

「いや、今来たばかりだ。……で、どうしてそうなった?一夏」

「いや、それがさ。今日、楯無さんと外出するってのがみんなにバレちまって」

「…………」

 バツが悪そうに後頭を搔きながら言う一夏。その姿を見る楯無さんの目には、明らかな不満が浮かんでいた。

 そんな楯無さんと目を合わせるラヴァーズ。瞬間、互いの間に火花が散った。……うん、巻き込まれる前に逃げよう。

「行こう、二人共。これ以上居ると巻き込まれる」

「「うん」」

「待ってくれ九十九!助けてくれ!なんか空気が痛えんだけど!?」

 慌てて助けを求めてきた一夏に、私達は一斉にくるりと向き直り、こう言い放った。

「無理ー♪(ド)」

「無理ー♪(ミ)」

「無理〜♪(ソ)」

「「「無〜理〜♪」」」

「ハモってまで言うことか!?」

「ハモってまで言う事だ。自分の問題くらい自分で片付けろ。ではな」

 なおも何か言おうとする一夏を完全に無視して、私達はIS学園を後にした。

 

 

 ラグナロク・コーポレーション、宝飾部直営店『フノッサ』。貴金属の扱いに関して、私はここの右に出る店はないと言い切れる。

 超一流の腕を持ったアクセサリー職人達が日々腕を競いながら作り出す作品達は、他の店の物とはまるで違うオーラを纏っていると言われている。事実、『この店で婚約指輪・結婚指輪を買ったカップルは一生を添い遂げられる』とネットではもっぱらの噂だ。

「へ~、そ~なんだ〜」

「ロマンティックだね」

「そうだな……」

 実はこの店、ラグナロクの系列店の為、社員証を出せば社員割引が利くのだが、それは言わないでおこう。

「さて、入ろうか」

「「うん」」

 若干緊張しながら、重厚な作りの扉に手をかけようとしたその瞬間、内側からゆっくりと扉が開いた。中から現れたのは、黒のレディーススーツをビシッと着こなした、20代後半の女性。

「いらっしゃいませ、どうぞ中へ」

「ど、どうも……」

 いきなりの店員さんとの接近遭遇に緊張がいや増す。気圧されるな。気持ちで負けたら負けだぞ、私!

 『フノッサ』の店内は、黒を基調にした壁紙と床、敢えて輝度を落とした暗めの照明が落ち着いた雰囲気を店に与えている。

 ズラリと並んだ陳列ケースには、金、銀、プラチナを使った様々なアクセサリーが存在感を放っていた。

「おお……」

「へぇ、いい雰囲気だね」

「ふわ〜、すご〜い」

 雰囲気に圧倒されていると、先程の店員さんがスッと近づいてきた。

「改めまして、いらっしゃいませ。『フノッサ』へようこそ、お客様。本日のご用向きは何でございましょう?」

「あ、はい。えっと、婚約指輪を作ろうかと……」

「まあ!おめでとうございます!それで、どちらの方と?」

「……この二人と」

「はい?」

 キョトンとする店員さん。すると、奥から渋い中年男性がやって来て店員さんに声をかけた。

「能登君、こちらのお客様のお相手は私がします。君はあちらのお客様を」

「あ、はい。分かりました」

 中年男性に言われた店員さんは、たった今入って来た他の客に歩み寄って接客を始めた。

「すみません、村雲さん。彼女はこの店に入ってまだ日が浅いもので」

「いえ、お気になさらず。えっと……」

「失礼、自己紹介が遅れました。私は『フノッサ』店長、洗馬司坦(せば すたん)と申します」

「セバスチャン?」

「こ、こら本音。すみません、洗馬店長」

 失礼な物言いをした本音の頭を押さえて下げさせると、洗馬店長はニッコリ笑って「お気になさらず」と言った。

 何でも本人曰く『昔からの渾名で、言われ慣れていますので』だそうだ。この人、人間が出来ているな。

「さて、婚約指輪でしたね。どうぞこちらへ」

 洗馬店長に促され、店の奥にある指輪の陳列ケースに向かう私達。さて、どんな指輪がいいかな?

 

「婚約指輪でしたら、こちらの『ソリティア』デザインがやはり当店でも人気ですね」

 店長がスッと取り出したのは、プラチナ製の指輪にダイヤが一粒、立て爪で固定された物。ダイヤの質は素人目に見ても最高級だと分かる逸品だ。

「店長、この指輪の相場は?」

「こちらですと、およそ15万円です」

「ふむ……」

 ちらりとポケットに入れた財布に目をやる。念の為多めに持ってきてはいるが、この値段帯だと即金で払うには心許無い。

「他のも見せてもらえますか?」

「はい。では、こちらの『メレ』デザインはいかがでしょう?」

 店長が取り出したのはプラチナの台座にダイヤが一粒付き、その隣に極小さなダイヤが脇で華を添える、ダイヤの美しさが際立つ逸品だ。

「これの値段は?」

「こちらですと、12万円程になります」

 それなら何とか即金で出せそうだ。このデザインで作って貰おうか?

「つくもん、つくもん。わたしこっちがいいな~」

「どれ……うおっ、こ、これは……流石に財布に厳しいな。それに本音、私達はまだ16だ。相応の物でなければな」

「そっか〜、わかった〜。じゃあ、これはなしね~」

 そう言いながら本音が陳列ケースに戻したのは、指輪のリング部分にびっしりとダイヤが付いた『エタニティ』と呼ばれるデザインの物。お値段、一つ30万円なり。うん、それ無理。

「ねえ、九十九。年齢相応の物って考えたら、ダイヤも不相応だと思うよ?」

 シャルからの忠告にハッとなる私。それもそうだ。高校生がダイヤモンドリングを着けているなんてかなり不自然だよな。

「君の言う通りだ、シャル。店長、他の物をお見せ願えますか?」

「かしこまりました」

 私の言葉に嫌な顔一つせずにいくつものリングを取り出す店長。出てきたリングの種類の多さに、私は思わず目を剥いた。

(これは想定外だぞ、おい)

 何せリングの形だけでも全体に平たい物、中央が盛り上がった凸型の物、逆に中央が凹んだ形の物。それに真っ直ぐなデザイン、波形にうねったデザイン、V字型やU字型のデザインと、組み合わせだけでも9種類存在する。

 使われている材質の種類も豊富だ。プラチナは言うに及ばず、金、銀、パラジウムにジルコニウム、チタンやステンレス。珍しい所では銅製の物や木で出来た物もある。

 更に、一括りに金と言っても配合した割金によって色の違う物もある。この店にはホワイトゴールド、イエローゴールド、ピンクゴールド、シャンパンゴールドの4種類が用意されていて、つい目移りしてしまう。駄目だ、私では決めきれない……こうなったら。

「シャル、本音。お互いに『これが似合いそうだ』と思う物を指差す。というのはどうだろうか?」

「え?九十九が全部決めないの?」

「当初はそう思っていたが、これだけ種類が多いと私一人では決めきれそうにない」

「あ~、つくもんって予想外のことに弱いところあるもんね〜」

「その通りだ。予想以上に色々なリングが出てきて困惑している。……協力、頼めるか?」

「「いいよ」」

「助かる」

 我ながら情けない提案に頷いてくれる二人。本当に、私には勿体無い位にいい女だと思う。

 

 というわけで、まずは本音に似合いそうな指輪を探す。ざっと見回してこれかと思う物は2つ。

 一方は凸型のストレート。リングの幅は4㎜。材質はピンクゴールドで、0.1ctの小さなピンクサファイアがちょこんと嵌められた可愛らしいデザインの物。

 もう一方は平型のウェーブ。リングの幅は3㎜。材質はプラチナで、宝石は付いていない。さて、どちらがいいかな?

「九十九、僕はこれを推すね」

 言ってシャルが指差したのは、奇しくも私が本音に似合いそうだと思ったピンクゴールドの指輪だった。

「意見が合ったな。本音。ちょっとこれを嵌めてみてくれ」

「うん」

 差し出したピンクゴールドの指輪を受け取って右手薬指に嵌める本音。と。

「つくもん、これぶかぶかだよ〜」

 本音の言う通り、渡した指輪は本音の指には大き過ぎるようだった。これでは手を下ろしたらストンと落ちてしまうだろう。

「店長」

「はい。サイズ直しは承っております。いかがなさいますか?」

「お願いします。本音、君にはやはり薄紅色が似合う。その指輪を贈らせて欲しい。……いいか?」

「うん。大事にするね。ありがとう……つくも」

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑む本音。ん、そう言えば今……。

「初めて、名前で呼んでくれたな」

「えへへ、まだちょっと照れるね〜」

 仄かに朱に染まった頬を軽く搔きながら、照れ臭そうにする本音。うん、可愛い。

 

 一方で、シャルの指輪選びは難航していた。

「この中で言えば一番なのは……」

「うん、これだよね〜。でも……」

「「何かしっくり来ないんだよな(ね~)」」

 私と本音が手にとって見ているのは、リング幅4㎜、イエローゴールドに0.1ctのエメラルドが嵌められた、平型のV字デザインの物。

 エメラルドの石言葉は確か『幸福』や『愛』といったものだったと思うので、婚約指輪として贈るのにも良い物だ。良い物なんだが、何だかこう『ちょっと違う』感が拭えないのだ。それも二人揃って。

「「これでリングがオレンジゴールドだったらな(ね~)……」」

 そう。シャルといえば、そのイメージカラーはオレンジだ。それだけに、この指輪の地金がオレンジゴールドでないのが惜しい。それで完璧にシャルに似合う指輪になっただろうに。

「オレンジゴールドがご所望ですか?お作りできますよ」

「「「え?」」」

 あっさりそう言った店長に揃ってポカンとした顔を向ける私達。

「……あるんですか?」

「ええ。普段取り扱っていないだけで、仰って頂ければお作り致しております」

「どのくらいかかりますか?値段と時間、どちらもで」

「お値段はイエローゴールドの物と同じで結構です。お時間ですが……これくらい頂ければ」

 店長は指を二本立てて顔の前に翳した。……2週間か。まあ、早い方か。

「分かりました、ではお願いします」

「はい、かしこまりました」

 恭しく頭を下げ、店の奥の工房に入っていく店長。それを見送って、私はシャルに向き直る。

「良かった。君に似合う指輪を贈れそうだ。……受け取って、くれるか?」

「うん。ありがとう、九十九。すごく嬉しいよ」

 はにかんだ笑みを浮かべるシャルをとても美しいと思った私は、きっともう末期なのだろう。

 

「九十九には、あんまり派手なのは逆に似合わないよね」

「だから、つくもにはこれをおすすめするね〜」

 そう言って二人が指したのは、何の飾り気もないプラチナリング。リング幅は5㎜の平型のストレートデザインの物。一切の装飾を『不必要』とばかりに排除した、非常にシンプルな物だ。

 私はそれを受け取って、指に嵌めてみた。すると、その指輪はまるで『貴方を待っていました』と言わんばかりに私の薬指にピタリと嵌った。

「……思った以上にしっくり来るな。うん、これにしよう。選んでくれてありがとう。シャル、本音」

「「どういたしまして」」

 嬉しそうに笑みを浮かべる二人に笑みを返して、嵌めた指輪を外す……つもりだったのだが。

「ん?あれ?……抜けない」

「「えっ!?」」

 どうやらこの指輪、私の薬指にあまりにもピッタリ過ぎて逆に抜けなくなってしまったらしい。

「ど、どどどどうしよ〜」

「と、とりあえずなにか滑りが良くなる物をつけないと……」

「どうぞ」

 いつの間にか戻って来ていた店長がそっと差し出したのはベビーオイルと綿棒。一々準備がいい事だな、この店。

「どうも。九十九、じっとしててね」

 店長からベビーオイルを受け取って綿棒で私の薬指に塗り付けると、指輪に手を添えた。

「じゃ、いくよ。せーの!」

 気合一閃、指輪を引っ張るシャル。瞬間、指に痛みが走る。どうやらオイルの量が不十分だったようだ。

「痛たたた!待て、ちょっと待てシャル!もげる!指もげる!」

「あ、ご、ごめん!」

「滑りが足りないみたいだね〜。もう一回塗るよ~」

 一旦指から手を離したシャルの横から、本音が指にオイルを更に塗り付けていく。

「これくらい塗れば大丈夫かな〜」

「じゃあ、もう一回いくよ」

 改めましてシャルが指輪を引っ張る。しかし、指輪はなかなか動いてくれない。

「う~ん、何がいけないんだろ?」

「提案だ。指輪を回しながら引いてみてはどうだ?」

「あ、そうだね。やってみるよ」

 私の提案を受けたシャルが指輪を回しながら引っ張ると、指輪は驚くほどアッサリと指から外れるのだった。

「……よく考えたら、最初からこうすれば良かったんだよな」

「……そうだね〜」

「慌てて気づかなかったよ……」

 揃って乾いた笑いを浮かべる私達。こうして、多少のアクシデントはあったものの、私達は婚約指輪を選び終えたのだった。

「シャル、本音。改めて誓おう。君達は私が幸せにする。私の全身全霊をかけて、だ」

「うん。ありがとう。じゃあ、僕たちも九十九のこと、思いっきり幸せにしてあげる」

「わたしたちの全身全霊をかけて、ね~」

「ああ、ありがとう」

 互いに誓いを述べて微笑みを浮かべ合う。近くにいた別のカップルが何やら白い粉を吐いていたような気がするが、あれは何だったのだろうか?

 あと、久し振りにあの知恵と悪戯の神(ロキ)が「はいはい、お幸せに。末永く爆発しろコノヤロー」とやさぐれ気味に言ったのを聞いたような気がした。一応、ありがとうございます。

 

「では、サイズ直しと地金変更、お受け致しました。そうですね……お昼過ぎくらいにもう一度お越し願えますか?」

「はい?作業には2週間程かかるのでは……?」

 店長の言葉に耳を疑った私は、店長にそう訊いた。この人はつい先程、自分の顔の前に指を二本立てたはずだ。

「いえ、2時間です。たかがサイズ直しと地金変更程度で2日も3日も掛ける職人は、当店にはいませんよ」

「「「とんでもねー」」」

 声を揃えて呆れてしまう私達。このとんでもなさ、やはりラグナロクの系列店ということか。




次回予告

九十九のもとに届いた一本の電話。それは戦いを告げる角笛の音。
窮地に立つ霧纏う淑女と白の剣士。
金の女狐の誘惑に、灰の魔法使いの出す答えは……。

次回『転生者の打算的日常』
#69 金之旭・銀之魔狼

私と来ない?村雲九十九くん

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