転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

64 / 146
#64 体育祭(午前)

『一年生対抗織斑一夏争奪代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会』。その第一種目は『借り人競争』である。

「では、ルール説明がてらデモンストレーションを行わせてもらう。スタート地点に注目!」

 私に言われてスタート地点に目を向ける一年生一同。そこには、6人の先輩達の姿。

「まず、各チーム出走者を10名選出。6名づつ、全10レースを行うものとする。次に、中間地点に注目!」

 注目の集まった中間地点には、長机にランダムに置かれたカード。

「出走者はスタートの合図で一斉スタート。中間地点に置かれたお題カードを一枚取ってもらう」

 説明に合わせて先輩達がスタート、中間地点の長机に置かれたカードを手に取る。

「カードには、裏に得点、表に借り人のお題が書いてある。得点は10点刻みで100点まで。但し、得点が高ければ高い程、お題の難度も上がる。お題に該当する人物は学園に一人は存在するが、50点以上のお題の中には人によっては該当者が居ないお題も有ると言っておく」

 言っている間に、一人の先輩がお題に該当すると思しき人物を連れてゴールに向かう。

「ゴールにいる係員にカードを見せ、係員が該当すると判断すればゴール。しなかった場合はやり直しとなる。また、お題の人物を探し当てられないと判断した場合はリタイアも受け付けている。但しその場合、お題の得点分チームのポイントがマイナスされる」

 先輩の連れて来た人物はお題に該当していたようで、連れて来た人と共にゴール。喜びを分かち合う。

「あ、ちなみに先程ゴールした先輩、お題は?」

「……『一番仲の良い人(50点)』。言わせないでよ恥ずかしい」

 そういう先輩と連れて来た人の顔は揃って真っ赤だ。……ああ。そっちの『仲が良い』なのか。

「ご馳走様です。ポイント、色付けときますね。……説明は以上。何か質問は?……無ければ競技を開始する」

 説明を終えて壇上を下りる。それに合わせて、虚さんのアナウンスが響く。

『これより、各チームは出走者の選出をしてください。制限時間は15分です』

 それを受けて各チームが一斉に作戦会議に入った。さぁて、誰が出てくるかな?

 

 

 それから15分後、第一種目『借り人競争』の開始を告げる実況が放送席から響いた。

『さあ、始まりました一年生限定代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会!実況は私更識楯無、解説は織斑一夏くん』

『ど、どうも』

『そして、村雲九十九くんです!』

『ぐう……』

 楯無に紹介された一夏は少し照れ臭そうに挨拶を返したが、九十九は割り当てられた席で思い切り寝息を立てていた。

『九十九くん!?おはよう!おはようーっ!』

『ん?……ああ、失礼。ここ数日まともに睡眠が取れてなくて。これと言うのも私を実行委員(面倒事引受人)に指名した誰かさんの御蔭なんですが』

『なんて言うか、ゴメンナサイ』

 九十九のジト目にいたたまれない気分になったのか、楯無は九十九に頭を下げて謝った。

『まあいいです。こうして無事に開催できましたし。で、どこまで話進みました?』

『ああ、うん。これから借り人競争が始まるよって所まで』

 そう言うと、楯無は話題変更のためにわざとらしい咳払いを一つして、話を進めた。

『さて、この借り人競争ですが……九十九くん、勝敗のポイントは?』

『ずばり、運と人脈です』

『その心は?』

『ルール説明の際に言ったように、お題の中には人によっては該当者が居ないお題もあります。例えば先程のデモンストレーションのような『一番仲の良い人』とかね。故に、そういった人によって難度が跳ね上がるお題を引き当てない運が必要です』

『人脈については?』

『最高難度の100点のお題は、該当する人物が『極端に少ない』問題です。それを引いた時重要なのは、『その人を知っている』もしくは『知っている人を知っている』事。よって、どれだけ広い人脈を持っているかもまた、勝敗を分ける重要なファクターになると言えます』

『なるほど』

『あれ?これ、俺いらなくね?』

 適切な解説をする九十九の横で一夏が自分不要論を呟いたが、それが九十九と楯無の耳に入る事はなかった。

 

『さあ、レースは中盤、第5レースまで進みました!ここまで各チームの点数はほぼ横一線です!』

『各チームの戦略は見事に一致しましたね。序盤は簡単なお題を引いて点を確実に取りに行き、中盤から難度の高いお題に挑戦する腹でしょう。ですが、さっきも言ったように中難易度のお題は、人によっては該当者がいない可能性を孕んだ物です。走者の運が試されますね』

『ちなみに九十九くん。このレースに本音ちゃんが参加するみたいだけど』

「つくも〜ん!わたし頑張るよ〜!」

 九十九がスタート地点に目をやると、そこでは本音がぴょんぴょん跳ねながら九十九に手を振っていた。体が上下する度に重たげに揺れる胸元が何とも悩ましい。

『……すげえな、アレ……』

『見るな』

 

ズビシッ!

 

『ぐあっ!?目が、目がぁっ!』

『一切容赦の無い目潰し!九十九くん、恐ろしい子!』

 九十九に目潰しを受けて悶絶する一夏と九十九の容赦の無さに戦慄する楯無を他所に、レースはスタートした。

『スタートしました!おっとぉ、本音ちゃん大きく出遅れた!巻き返しなるか!』

『この競技は、お題カードに書かれた点数がそのままポイントになるので順位は関係無いですよ。楯無さん』

『あ、そうだったわね』

 他の走者がお題を引いて該当者を探しに走り出すと同時に、本音が中間地点に到着。お題のカードを引いて目を通した後、真っ直ぐに放送席に走ってきた。

『あら?本音ちゃんがこっちに来てるけど……』

『該当者がここにいるのでしょうね』

 放送席手前で立ち止まった本音は、九十九に向かって手を伸ばした。

「つくもん、一緒にきて〜」

『分かった』

 本音が差し出す手を取って、一緒にゴールする九十九。すると、ゴール地点で待つ答え合わせ係の先輩が近づいてきた。

「はい、お題を確認させて貰うわね。カードを」

「はい、どうぞ~」

 先輩に手に持っていたカードを渡す本音。先輩は、それに書かれたお題を見て一瞬固まった。しかし、すぐに自分の仕事を思い出して、お題を口にする。

「お題は……『キスして欲しい人(70点)』。……村雲くん、ネタにしてはやり過ぎじゃない?」

「まさか自分に回ってくるとは思っていませんでした……」

「えっと、一応該当者だって事を証明してください。つまり……その……今すぐにここでキスして」

「何故○名○檎みたいな言い回しを……。あ~本音、頬でいいか?」

「え~、ちゃんとちゅーしよ~」

「そうしたいのは山々だが、この一週間君達とまともにスキンシップを取っていないせいでモヤモヤが溜まっていてな。唇にしたら暴走しそうだ。本音、君は衆人環視の中で痴態を晒すのが好みか?」

 九十九がそう言うと、本音はそうなった状態を想像したのか、真っ赤になって首を横に振った。

「だろう?当然、私だってそんな趣味は無い。頬でいいな?」

「わ、分かった〜。じゃあ、ほっぺで~」

「うん。じゃあ、行くぞ」

 言うなり九十九は本音に相対し、膝を折って本音と目線の高さを合わせると、その頬に啄むようにキスを落とした。

「これでいいですか?先輩」

「はいオッケーです。ゴールテープを切ってください」

 先輩にOKを貰い、揃ってゴールする九十九と本音。

「つくもん、わたし頑張ったよ〜!」

「ああ。良くやったぞ、本音」

 無邪気に喜ぶ本音の頭を、軽く叩くように撫でる九十九。それを見ていた他の生徒達は、口の中が何故だかほの甘い物で満たされたような気になるのだった。

 

『さあ!ついに最終レースです!全チーム、ここで団長の登場だ!』

『ここまでで得点は僅かに鉄組がリードしています。恐らく全員が最高難度のお題に挑むでしょう』

『という訳で一夏くん、九十九くん。皆に声を掛けてあげなさいな』

『うえっ!?え、えっと……みんな、頑張れー!』

『シャルー!応援してるぞー!』

 私と一夏が声援を送った事でやる気が倍になったのか、ヒロインズが全員一斉にゾーンに入ったようだ。表情を引き締め、青いオーラをゆらゆらさせながらスタートラインに立つ。

『オンユアマーク……セット……』

 

パンッ!

 

 号砲一下、一斉に走り出すヒロインズ。一群から真っ先に飛び出したのは鈴だ。

『おおっと!桃組団長、鈴ちゃん!素晴らしいスピードです!』

『いやちょっと待て!何でツインテールの位置を耳の上からうなじに下げただけでスピードアップするんだよ!?』

『というか、この競技は足の速さは関係ないとさっき言ったばかりだぞ……』

「ふふん、分かってないわね九十九。カード置き場に早く到着すれば、それだけじっくり選べるってもんでしょうが。……よし、これよ!」

 気合一閃、鈴が100点のお題カードを手に取り、そこに書かれたお題を見て絶句した。

「なっ!?」

『おおっと?鈴ちゃんがカードを手にしたまま固まった!何があったのでしょう!?ドローンカメラさん、鈴ちゃんの手元にズーム!』

 ドローンカメラが鈴の手元のカードをモニターに写す。お題は『自分とほぼ同じ身長で、かつカップサイズが自分より3サイズ以上上の人』だった。

『何という皮肉!持たざる者の鈴ちゃんが自分より遥かに富める者を捜し出す事になりました!』

『これは鈴には精神的にキツいと思いますが、引いた以上は捜して来るしかありません。何せリタイアは−100点。優勝を目指すに当たって、その減点は非常に痛いですからねぇ。ククク……』

「これ考えたの絶対九十九だわ……!あいつ後でボコす!」

「あら、鈴さん。こんな所で固まっていてよろしいんですの?お先に失礼しますわよ?……では、これを!」

『セシリアちゃん、躊躇いなく引いた!カメラさん、手元にズーム!』

 続いてやって来たセシリアが取ったカードのお題。それは『極めて重度の女尊男卑主義者』だった。

「くっ、古傷を抉るお題ですわね……」

 これもセシリアにとってきついお題だろう。要するに『かつての自分を探せ』を言われたようなものだからだ。

「よし、私はこれだ!」

『続いて箒ちゃんが引いた!カメラさん!』

 更に続いてやってきたのは箒。引いたカードのお題は『ハズレ(タイキック)』。

『ああっと!箒ちゃん不運!ハズレカードを引いてしまったあっ!』

「な、なにっ!?なんだこれは!?」

『ああ、それか。訊かれなかったから言わなかったが、カードの中にはそのように『ハズレ』カードも存在する。書かれている罰ゲームを受ければ、もう一度カードを引く権利を得られる。なお、そのカードに書いてある得点はフェイクで、チームの点にはならない。という訳で、ムエタイ部長で東南アジア諸国連合(ASEAN)代表候補生序列七位、『大鷲(イーグル)』のアウン・サン・ホパチャイ先輩、お願いします!』

「ハイよー!」

 元気な返事とともに現れたのは、浅黒い肌に引き締まった体つきの東南アジア美人。気合が入っているのか、実に切れのいいワイクルーを踊っている。ホパチャイ先輩は一頻り踊った後、箒に声をかけた。

「じゃ、いくよー」

「ちょ、ちょっと待ってください!どこ蹴る気ですか!?」

「お尻だよー。大丈夫大丈夫、ちゃんとテッカメンするよー」

「て、テッカメン!?ひょっとしてそれ手加減の言い間違−−「しぃっ!(ビシイッ!)」あーーっ!」

 ホパチャイ先輩の最大限テッカメン……もとい手加減した蹴りが箒の尻を襲う。手加減したとは言え、ムエタイの女子Jrチャンプであるホパチャイ先輩の蹴りだ。その痛みは受けてみて初めて分かるだろう。

『実際凄い痛い。昨日はしばらく椅子に座れなかったよ』

『受けたんかい!?』

『当然だ。人に受けさせるのに自分が受けてみないなど不公平だろう』

『九十九くん、変な所で律儀よね』

 ちなみに、箒がタイキックを受ける間に残りのメンバーもそれぞれお題カードを引いていた。お題はラウラが『同学年で自分と全く同じ身長の人』、簪さんが『優秀すぎる兄弟姉妹を持って苦労している人』、そしてシャルが『異性装がとんでもなく似合う人』だった。

『ああ、一応言っておくが『該当者は自分です』は無しだからな、簪さん。あと、出走者()を使うのも』

「……見抜かれた」

 簪さんがカードを引いた後、真っ先にゴールを目指そうとしたので釘を刺しておく。すると、簪さんはその場で立ち止まり考えを巡らせているようだった。

 ラウラはカードを見たと同時に疾走。それを見て、固まっていた鈴とセシリアがラウラを追うように駆け出した。

 シャルはカードを見て、放送席を見て、もう一度カードを見てコクリと頷いた。……あれ?なんだろう。急に背筋に寒いものが……。

 一方、ホパチャイ先輩の蹴りを受けた尻を押さえつつテーブルからカードを引いた箒は、そこに書かれた文字に愕然とした。

「な、何故だ!?」

『なんと!箒ちゃんまたしてもハズレカードだー!これは痛い!二つの意味で!』

 そこには一言『ハズレ(足ツボ)』とだけ書いてあった。

『ハズレカードは90枚中5枚しか無いのに、ここで連続で引く辺り運が良いのか悪いのか判断に苦しみますね。という訳で、IS学園で足ツボマッサージと言えばこの方、台湾代表候補生序列五位『発明家(インベンター)』の黄月英(ファン・ユエイン)先輩、存分にやっちゃってください!』

我明白了(分かりました)。さ、篠ノ之さん。こちらへ」

「くうっ……おのれ九十九め。あとで覚えて「えいっ(グリッ!)」いったあっ!」

 箒が足ツボマッサージを受けて痛みに悶えている間に、シャルと簪さんが放送席にゆっくりと近づいて来ていた。

『あら、ご指名みたいよ?二人とも』

『え、俺?いやでも俺、千冬姉のことで苦労とかして……無いって言いきれねえ!?』

『だろうな。……シャルは私狙いでしょうね、きっと。ああ、悪夢再び……か』

 自分の境遇を省みて愕然とする一夏とこの先の展開を思ってげんなりする私をよそに、二人は放送席にやって来た。

「……一夏」

「九十九」

「「一緒に来て」」

『『あ、ああ』』

 それぞれに手を引かれてゴールへ向かう私達四人。と、そこへ本音を連れた鈴が合流した。

「あ、つくもん、しゃるるん。やっほー」

「やっほー、本音」

「鈴が連れてきたのは君か」

「のんきに挨拶してないで!ほら、行くわよ!」

 私達に向けて手を振る本音。だが、せっかちな鈴がその手を引っ張りながら走っているので、あっという間に距離が開く。「鈴ちゃん、早いよ~」と言いながら必死についていく本音の『たわわ』が激しい上下動をしているのは、それだけ移動速度が早いという事だ。

「やっぱすげえな……」

「「だから見るな(見ちゃダメ)」」

 

ズビシッ!

 

「目!また目!」

 再びの目潰しに一夏が悶絶する。それを無視してゴールに行くと、既にゴールした鈴が膝をついて打ちひしがれていた。

「鈴?どうした?」

 一夏がおずおずと声をかけると、鈴は絞り出すように答えた。

「……ったのよ」

「は?」

「だから!思った以上に差があったのよ!なによ、91のGって!」

 うがーっ、と吠える鈴。そこへ追い打ちをかけたのは、意外にも本音だった。

「正直もういいかな~とは思うんだけど〜、まだ育ちそうなんだよね〜」

 「まだ芯が残ってるし〜」とのほほんと言う本音。それを聞いた鈴は「な……っ!?」と言ったきり硬直。邪魔だと判断した先輩達によって桃組テントまで引きずられていくのだった。

 凰鈴音、100点獲得。但し、精神に大打撃を受けて機能停止。

 

「それじゃあ、デュノアさん。村雲くんが異性装が似合う事を証明してくれるかしら?衣装部屋はそこね」

「はい。行こ、九十九」

「ここまで来て駄々をこねる程ガキじゃない。やってやろうじゃないか」

 既に腹を据えた九十九の手を取って更衣室へと連れて行くシャルロット。九十九が着替えをしているその間に、一夏を連れた簪がお題をクリアした。

 一夏が何を話したのかは千冬の名誉の為に敢えて伏せるが、それを聞いた簪が「苦労したんだね、一夏」と一粒涙を流した。とだけ言っておく。

 更識簪、100点獲得。後に何を聞いたのかが千冬にバレて「誰にも話すな」と強烈なプレッシャーと共に念押しされる事になる。

 

 一方、真っ先に飛び出したラウラは、グラウンドの端、入場口付近で足を止めて困り果てていた。

「くそ、私と同じ身長の者などいるのか?」

 ラウラのお題は『同学年で全く同じ身長の人』。この『全く同じ身長』というのが、ラウラにとって最大の難関なのだ。

 ラウラの身長は148cm。これは一年生全生徒の中で最小クラスと言っていい。と言うより、全学年生徒を身長順に並べても前から数えた方が早い。そんなラウラと同じ身長の人は、それこそ数えるくらいしかいないだろう。

「いや……そう言えばあいつがいた」

 と、ここで脳裏にある人物が思い浮かんだラウラは、目当ての人物のいる蒼組のテントへ速足で向かう。そして、その人物を見つけたラウラは彼女へ手を伸ばす。

「私と来てもらうぞ。チンク・スカリエッティ」

「了解だ、魂の姉妹(ソレッラ・デル・アニマ)

 彼女はチンク・スカリエッティ。イタリア代表候補生序列八位で、『雷管(デトネイター)』の二つ名を持つ爆薬使いだ。

 実は一度だけ模擬戦をした事があり、それ以来何故かラウラの事を魂の姉妹と呼ぶ、『思春期特有の病気』が未だ癒えないちょっと可哀想な女生徒だ。

「分かっていたよ姉妹(ソレッラ)。君は私を選ぶ運命にあると!」

「いいからさっさと来い!」

 大仰なポージングでラウラを指差すチンク。その様にラウラは、(やっぱり選ぶんじゃなかったかな……)と後悔しながらゴールを目指した。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ、100点獲得。後日、チンクが『姉妹の証』として眼帯を装着してきて頭を痛める事になる。

 

 その頃の箒。

「こ、今度こそ……!これだ!」

 箒が三度目の正直と引いたカードに書かれていたのは『ハズレ(おしり叩き棒)』。

「な、なぜだーっ!?」

 箒の叫びとインドからの留学生、二年生のニマ・ガネーシャが箒の尻を手の形をした平たいスティックでクリティカルヒットしたのはほぼ同時だった。

 

 ラウラがチンクを連れてゴールを目指したのとほぼ同時に、セシリアもまた目当ての人物を探し当てていた。

「まったく……なぜこの私が、男風情が考えた競技に参加しないといけないのよ」

「申し訳ありませんエリザベス先輩。ですが、頼れる人が他にいないのです。どうかご容赦を」

 セシリアが珍しくペコペコと頭を下げながら連れて行くこの女生徒の名は、エリザベス・アロースミス。

 セシリアと同じイギリス出身の貴族だ。ISが世に出る以前から『男は女に傅くのが当たり前』という考えを持っていて、世界が女尊男卑に傾いた事でそれが一層顕著になった、典型的な『極めて重度の女尊男卑主義者』だ。

「そう言えば、貴方のお題って何?レースが始まる前にお手洗いに行っていて、モニターで様子を見てないのだけど」

「は、はい。『同郷の先輩』ですわ」

「そう、ならいいわ」

 セシリアの回答に満足そうにするエリザベス。セシリアはどうにか誤魔化せた事に内心で安堵しつつ、ゴールへ向かうのだった。

 セシリア・オルコット、100点獲得。ゴール時にお題がばれてエリザベスにしこたま怒られた上、後日超高級レストランのディナーを奢らされる事になる。

 

 箒はもう限界だった。二度も尻をしばかれ、激痛を伴うマッサージを受けさせられた上、そのカードの点数はフェイク。もしこれでもう一度ハズレカードを引いたら、箒は恥も外聞も無く「もうヤダ!お家帰る!」と泣き喚くのではないか。というくらいに限界だった。

「もう何でもいい、とにかくお題の書かれたカードを……」

 早くゴールしたい。その一心で得点もろくに見ずに引いたカードに書かれたお題は『目の前にいる人(10点)』。

「っ……やった!そこの人!私と来てください!」

「えっ!?あ、はい!」

 その場にいた係員に声をかけ、勢いそのままゴールへ走り込む箒。その目には、安堵と歓喜の涙がうっすらと滲んでいた。

 篠ノ之箒、10点獲得。得点こそ最低点だったものの、三回も罰ゲームを受けるさまを見ていたチームメイトから「挫けずによく頑張ったね」と温かく迎えられた。

 

「最後に変声機付きチョーカーをして……よし、出来上がり」

「なあ、ここまでする必要があったのか?」

 鏡に映る自分の顔を見て、疑問の声を上げる私。それに対して、シャルは満面の笑みで答えた。

「うん。だって可愛いし」

 あ、駄目だ。この笑みは何を言っても『可愛いは全てに優先するんだよ』って返してくる笑みだ。ここで抗議の声を上げた所で暖簾に腕押し、糠に釘。何を言っても無駄だろう。

「デュノアさん。準備は終わった?あなた達で最後なんだけど」

「あ、はーい。今出ます。行こ、九十九」

「ああ」

「おっと、その前に……変声機付きチョーカー、スイッチオン!」

 ピッ、という小さな音がして変声機付きチョーカーが起動する。「これでよし」とシャルが呟いた後、勢い良く衣装部屋の引き戸を開けた。

「お待たせしました」

「それ程でもないわ。それじゃあ、早速確認させて貰うわ……よ?」

 戸を開けた先で待っていた答え合わせ係の先輩が、私を見た瞬間固まった。まあムリもないだろう。

 私が今身に着けているのは、ゆったりとした作りの黒い長袖ワンピースと銀のイヤリング、頭にはセミロングのウィッグを着け、足にはピンヒールを履いている。履き慣れない靴のせいで歩きづらいので、シャルが手を引いてくれている状態だ。

「……笑ってくれていいですよ?(七代目火影の嫁っぽい声)」

 変声器付きチョーカーを通って出たその声は、私の生来の声からは程遠いメゾソプラノボイス。それを聞いた先輩の顔が一瞬で真っ赤になる。

「あの、どうしまし……「合格っ!(ブシャアッ!)」うおっ!?」

 急に体調でも悪くしたのかと気遣って近付こうとした途端、先輩は鼻から『真っ赤な情熱』を噴き出して倒れた。

「何だ!?何が起きた!?何がどうしてこうなった!?」

「九十九、周り見てみて」

「周りって……は?」

 シャルに言われて周りを見てみると、そこには異様な光景が広がっていた。

 皆が皆、こちらに注目している。中には目の中にハートマークが浮いているように見える子もいる。更に、一部の生徒が先程倒れた先輩同様『真っ赤な情熱』を鼻から垂らしながらこちらに向かってサムズアップをしている。

 その一方で、何かに打ちひしがれたかのように項垂れる生徒の姿もあった。雨に打たれるイメージがハッキリ見えたのは気のせいだろうか?

「え?いや、何これ」

「みんな、九十九の可愛さにやられたんだよ」

「いやいや、まさかそんな……『200点!』はい?」

 そんなはずは無いと否定しようとした矢先、楯無さんが興奮気味に叫んだ。

『シャルロットちゃん、良くやったわ。いい仕事よ。よって、生徒会長権限で橙組に200点!』

「やった!」

「えぇ……?」

 シャルロット・デュノア、200点獲得。チームメイトから拍手と賞賛を持って迎えられた。

 

 

『以上で第一種目『借り人競争』の全レースが終了しました。いかがだったでしょうか、解説の九十九くん』

『中々楽しめました。色々な意味でね。中でも箒の罰ゲーム三連発には驚きました。しかも全部痛い系でしたからね。罰ゲームはタイキック、足ツボ、おしり叩き棒の他に、空気砲とおにぎり完食を用意したんですが……(スピード狂な黒い魔法少女っぽい声)』

『九十九、それ絶対普通の空気砲とおにぎりじゃねえよな?あとなんでお前着替えてねえんだよ!?』

 レースが終了し、第一種目の総括に入る放送席メンバー。だが、一夏の言うように九十九の恰好はシャルロットに着せられたワンピースのままだ。ご丁寧にイヤリングとウィッグも着けっぱなしで、ぱっと見は完全に女性だ。

『いや、私も着替えようとしたんだが何故か周りから『もうちょっとだけそのままで!』と迫られてな。まあ、次の競技までには着替えに行くよ。で、他の罰ゲームの内容だが……』

『おう』

世界一臭い缶詰(シュールストレミング)を中に仕込んだ空気砲と丼一杯分のおにぎりだ』

『どっちもきつい!』

『お前なぁ。なんでそんな罰ゲーム用意したんだよ?』

『決まっているだろう。私が愉しむためだ』

 そう言って悪い笑みを浮かべる九十九。現在の恰好と相まって、その様は正に『悪女』だ。いや、女では無いが。

「じゃあ、あたしにクリティカルかましたあのお題を用意したのは……」

『私だ』

「わたくしの古傷を抉りに来るお題を作ったのも……」

『それも私だ』

「同学年で同身長などという極端に門の狭いお題を考えたのも……」

『無論、私だ』

「優秀すぎる身内持ちなんてピンポイントなお題を出したのも……」

『当然、私だ』

「あんな理不尽な罰ゲームを考案し、用意させたのも……」

『言わずもがな、私だ』

「僕に九十九を女装させるようにそそのかしたのも……」

『それは私じゃない』

 次々と言い募ってくる一夏ラヴァーズ+1に鷹揚に答える九十九。その物言いに、シャルロットを除く全員が同じ言葉でツッコんだ。

「「「この腹黒ドS野郎!」」」

「ハッハッハ!」

 雲一つない青空に、九十九の高笑いが響くのだった。

 

 第一種目『借り人競争』終了。現在の得点−−

 

 紅組 500点

 蒼組 620点

 桃組 580点

 黒組 600点

 鉄組 630点

 橙組 760点

 

 現時点での一位は橙組。続いて第二種目『玉撃ち落とし』開催準備中。




次回予告

まだまだ続く魔法使いの罠。
食い千切れ。突き破れ。その先に欲しい物が有るのなら。
その姿こそが、魔法使いの見たいものなのだから。

次回『転生者の打算的日常』
#65 体育祭(午前・2)

お楽しみはこれからだぞ?ククク……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。