♢
「つまり、こういうことか」
カッ
チェス盤の上に白の
場所はIS学園一年生寮食堂。時刻はとっぷり夜である。この時間帯だと、ここは夜のティータイムを楽しむ生徒達のラウンジとなるのだが、一夏ラヴァーズ一同の面持ちは堅い。
「優勝者が一夏と同じクラスとなり、それ以外の候補生は別クラスに移動。そして……」
カッ
白の王の隣に白の
「一夏と、同じ部屋で暮らす権利を得る」
瞬間、代表候補生全員に電撃が走った。−−一夏との同棲。これは何にも代え難いものだ。
尤も、その良さを知っているのはこの場には箒しかいないのだが。
(告白までしたんだ。もう一度同棲すれば一夏とて……)
「ともかく!今回はあたしたちは全員ライバル……遠慮なく行かせてもらうわよ!」
鈴の宣戦布告に静かに応対したのは、ナイト・ティータイムを楽しむセシリアだった。
「あら、そんなこと言ってしまって大丈夫ですの?今回はIS無しの生身対決、言っておきますが勝ち目はありませんわよ?このわたくし、セシリア・オルコットの率いる騎士団は無敵です!」
宣うセシリアに、鍛え上げた小刀の如き鋭い闘志を秘めた瞳を向けるのは簪。
「大事なのは集団における戦略……引けは、取らない」
「ふん。戦術ならば、私のドイツ軍仕込みの戦い方を見せてやる」
対抗して胸をそらすラウラだったが、彼女は一つ忘れている。それは、自分が率いる仲間の生徒が軍事訓練など受けた事の無い一般人だという事だ。
「全ては剣の道……。武士道とは、死ぬ事と見つけたり」
キリッとした顔をする箒だったが、「いや、死んじゃダメでしょ」と鈴にツッコミを受けた。
「ともかくっ!」
ダンッ!
箒がテーブルに手をついて勢い良く立ち上がる。
「これで正々堂々勝負できるな」
「頷きたいところだが……お前たち、最大の障害を忘れていないか?」
カッ
そう言って、ラウラが白の王に
「村雲九十九。奴が一体どんな競技を考えているのか、全く見当がつかん」
「……確かにそうね。あいつ、えげつないこと考えてそうだし」
「あの方なら、わたくし達の心を平然と折ってきそうですわね」
「この体育祭、間違いなくあいつが何か仕掛けてくるぞ」
後ろ頭に大玉の汗をかいて、ラヴァーズ達は一体何をさせられるのかと戦々恐々とするのだった。
♢
「……以上が事の経緯です。先生には大変ご迷惑をおかけ致しますが、何卒御容赦と御協力をお願い致します」
一年生対抗大運動会開催を楯無さんが宣言した翌日の朝。職員室にて。私は経緯の説明をし、千冬さんに90度の礼と共に協力の要請をしていた。
「頭を上げろ、村雲」
「はい」
言われて頭を上げると、思い切り渋面を作った千冬さんが盛大に溜息をついていた。
「事情は分かった。各種日程調整はこちらでやろう。……苦労するな」
「貴方程ではありませんよ、織斑先生」
去年からあの『突発性イベント開催病』を患っている傍迷惑な水色髪女と付き合っている千冬さんに比べたら、私の労苦など何程のものではないだろう。
私達はお互いに顔を見合わせた後、深い、それは深い溜息をつくのだった。
「では、失礼します」
職員室のドアの前で一礼し、去って行く九十九を目の端に収めながら、千冬がポツリと漏らした。
「しかし、奴が実行委員か……」
「どうかしたんですか?織斑先生」
頭上に『?』を浮かべて真耶が訊いてきたので、千冬は九十九の中学時代のエピソードを話した。
中学二年生の時、九十九が学校の体育祭の実行委員になった事があった。
その当時、九十九は校内の不良達に煙たがられており、彼等が九十九の面目を潰してやろうと体育祭の邪魔をする事が予測された。そこで九十九は、不良一人一人に対し手紙を送った。
そこに書かれた内容は、九十九が調べ上げた不良達の個人情報。それも、周りに知れたら不良達の面子が丸潰れになりかねないような情報まで書かれていて、最後に『今後一切の不良行為を行わずに大人しくしていれば、少なくともそこに書いてある事だけは公表しない』と書かれていた。
「えっと、それって……」
「あいつは不良達に対して暗に『そこに書いていない情報も知っている。そして、それに関しては公表しないとは限らない』と言ったんだ。結果として不良達は体育祭の邪魔をする事はなく、それどころか卒業まで一切の不良行為を行わなくなった。誰にも知られたくない事を村雲に知られている。そして、下手を打てばそれが他の誰かに知られるかもしれない。それは、奴等にとって相当の恐怖だったろうな」
「え、えげつないですね……」
「目的達成の為ならどんな手段でも講じる。それが村雲九十九という男だ。この体育祭、台風の目は奴だ」
コーヒーを啜りながら、千冬は先程とは別の意味で溜息をつきたくなるのだった。
♢
「さて、楯無さんは教室にいるかな?」
翌日の休み時間、私と一夏は生徒会の書類を渡しに楯無さんの教室前に来ていた。
「おい、九十九。何でお前は俺を盾みたいにしてるんだ?」
「みたいではない。実際盾にするつもりだ」
「は?」
自分の背に隠れるように移動する私を訝しんだ一夏が「どういう事だ」と訊くより先に、先輩女子が一夏を見つけた。
「あれ!?織斑君じゃん!」
「どうしたの?うちのクラスに何か用?」
「ご用件は素早く迅速に承り!」
「さあさあ、誰が目当てなのか言いなさいな!」
目敏い先輩達が一斉に一夏を取り囲む。その隙を縫って、私は囲いを抜け出した。
「あっ!九十九てめえ!これが狙いか!」
「すまんな一夏。私の目的達成の礎となってくれ。お姉様方、一夏は輪の中心にいますよ。存分に弄ってやってください」
「「「わあい♪」」」
私の言葉を受けて先輩達が一夏に『過激なアプローチ』を仕掛けるのを横目に見ながら、私は楯無さんの机に書類を置いた。
「本日分の議題に関する書類一式です。お目通しを」
「……ありがと」
渡した書類を不機嫌そうに受け取る楯無さん。やはり想い人が他の女に現を抜かしているのが気に食わないようだ。
「ひ、ひどい目にあった……。九十九、お前なあ!」
どうにかこうにか集団から脱出した一夏が、服の乱れを直しながら私に抗議の声を上げる。
「仕方無かろう、あそこで二人共足止めを食うよりはマシだ」
「だったらお前が残れよ!なんで俺だ!?」
「他の女の匂いなんて付けて帰れば、シャルと本音に白い目で見られるからだ!私はな、彼女達に嫌われる事が世界で最も恐ろしいんだ!」
「お、おう……すまん」
私の剣幕に押されたのか、一夏は引き気味に謝ってきた。
「分かればいい。……何ですか?楯無さん」
「いやぁ、私の未来の
ニヤニヤしながらそう言ってくる楯無さん。どうやら、ここぞとばかりに精神的優位に立とうとしているようだが、そうは問屋が下ろさない。
「ええ、当然です」
「サラッと言うわね……。からかう気も失せるわ」
私の何のてらいもない一言に毒気が抜かれたか、楯無さんは溜息を一つついた。気を緩めたな。ここが攻め時だ。
「ん?おい一夏。お前、ちゃんと校閲はしたか?」
「したけど、どうかしたか?」
「ここの字、間違ってるぞ」
そう言うと、私は楯無さんが手にしている書類の一点を指さす。
「ん?どこだよ?」
「ほら、ここだ。よく見ろ」
「えっと……」
私が促すと、一夏は書類に顔を近づけていく。すると自然、その顔は楯無さんとも近くなる訳で。
「い、一夏くん!?」
いきなり顔を近づけてきた一夏に顔を真っ赤にして狼狽える楯無さん。だが、ここで攻勢を緩める程私は甘くない。
「わりい、どこだ?」
「だからここだ」
「いや、九十九の指が邪魔でよく見えねえよ」
「そんな筈はなかろう。ほら、もっとよく見ろ」
「んー……?」
眉根を寄せてじっと書類を見る一夏。と、そこに授業開始5分前の予鈴がなった。
「ほ、ほら、予鈴が鳴ったわよ!誤字は私が探しておくから、教室に帰りなさい!」
真っ赤な顔でしどろもどろになりながらそう言う楯無さんに、一夏は少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「そうですか?すみません、お願いします。行こうぜ、九十九」
「ああ」
先を行く一夏の背を追って教室をあとにする私。が、敢えてその足を止め、楯無さんの方に視線をやるのだった。
(はう……顔熱い……)
超至近距離に一夏がいた事で跳ね上がった心拍数と顔に登った血液が中々戻ってくれない。楯無は、自分が一夏にどうしようもなく惚れてしまっているのだと、改めて自覚した。
しかし、顔を赤くしたままでは授業に支障をきたす。一旦心を落ち着けようと、楯無は九十九が指差していた書類の一文に目をやった。しかし、そこには誤字脱字は全く無かった。
(どういう事?なんで九十九くんはここに誤字があるだなんて……)
九十九の意図を測りかねる楯無が、自分に向けられた視線に気づいて教室の扉に顔を向けると、そこには人の悪い笑みを浮かべた九十九がいた。九十九は楯無が気づいたと見るや、口だけを動かしてこう言った。
−−楽しませて貰いましたよ、
(や、やられた!)
事ここに至って、ようやく楯無は自分がある種の『意趣返し』を受けたのだという事に気づいた。九十九は、楯無が一夏に近づかれてオタオタする様子を、全く表情に出す事なく内心で楽しんでいたのだ。
(あの腹黒ドS野郎!)
一夏の事で紅潮していた頬が、今度は九十九に対する怒りで赤く染まる。一言文句を言ってやろうと立ち上がったその瞬間、九十九は踵を返して走り去って行った。
(おのれディケイド……もとい村雲九十九〜。後で覚えてなさい!)
九十九への復讐を誓った楯無が、どんな方法で辱めてやろうかと考え過ぎて授業に身が入らず、教科担任に「更識さん。教科書、逆さだぜ」と、何故か男口調で注意されたのは甚だ余談である。
♢
「ねえ、九十九。本当に買い出しとかに行かなくていいの?」
翌日。放課後の生徒会室で体育祭に必要な各種書類に目を通す私に、シャルが訝しげに訊いてきた。
「ああ、問題無い。実はなシャル。今回の一件、どこで漏れたのか
「あ、なんか先の展開が読めたなぁ……」
「その通り。社長が何故かえらく張り切って『必要な物はリストに纏めて送ってくれ!最速二日で全て用意しよう!』と言ってくれてな。まあ、渡りに舟だと思って、今リストを作っている所だ」
そう言って、私はシャルに作成したリストを見せた。
「この『無地のカード(トランプサイズ)90枚』って、何に使うの?」
「借り人競争のお題を書くのさ」
「この『クリームパン25個』と『激辛辛子マヨパン5個』は?」
「パン食い競争に使う。各レースに一つづつ『ハズレ』がある方が面白いと思ってな」
「『鉢巻(紅、蒼、桃、橙、黒、鉄色の六色)各20本』と『軍手120組』……」
「鉢巻はチームカラーだ。シャル、君には橙組団長をお願いする。五組だと人数割りが半端になるからな」
一年生は総勢120名。これを五組に分けると一組24名となり、何となく中途半端な感じがする。それならば組を六つにして収まりの良い人数にするのは当然の措置だろう。
「でも九十九?これは一夏争奪戦。僕にメリットが無いよ?」
「メリットはある、と言うか用意した。君が優勝したら、本音と共に一年生修了まで私の部屋で同棲する事を千冬さんに許可して貰った。決死の覚悟で頭を下げに行った甲斐があったよ」
ただ、千冬さんにお願いに行った際「許可しよう。但し、あの二人の内どちらかでも孕ませてみろ。私が直々に貴様を殺す」と強烈なプレッシャーで念押しされたのは秘密だ。あの目は本気だったよ。
「それなら、僕もやる気出さなきゃだね。頑張るよー!」
「その意気だ、シャル。さあ、体育祭まであまり時間がない。焦らず丁寧に、だが迅速に事を運ぶぞ」
「うん!」
力強く頷いて、シャルは私の書類仕事の手伝いをするのだった。ちなみに……。
「すやすや〜……」
「ねえ、九十九……」
「放っておけ、シャル。私はもう慣れた」
自分の作業机に突っ伏して安らかな寝息を立てる本音を見ながら、私とシャルは諦念混じりの溜息をつくのだった。
♢
更に翌日の放課後。くじによる組分けも終わり、準備作業の息抜きに校庭を散歩していると、トラックをひた走る鈴に出会った。
「精が出るな、鈴。練習か?」
「あ、九十九。うん、負けられない戦いがあるからね」
私が声をかけると、鈴はその場で足踏みしながら返事をしてきた。
「そう言えば、お前は中学時代は徒競走で負け無しだったな。で?今回はどこを目指す?」
「ふん、そんなの決まってるじゃない」
足踏みを止めて胸を張り、鈴はハッキリとこう言った。
「残像出せるくらいよ!」
「残像!?それは志が高すぎないか?」
「え?あれ?あたし、今なんて言った?『もちろん優勝よ!』って言ったつもりだったんだけど……」
どうやら鈴はおかしな電波を拾ってしまったようだ。
「一!ニ!三!四!」
剣道場の横を通ると、その中から威勢の良い掛け声と竹刀を振る音が聞こえてきた。
(はて、今日は剣道部は休部日のはずだが……?)
何事かと思い中に入ってみると、そこでは箒が竹刀を素振りしていた。
「何をやっているんだ……?」
「む、九十九か。見ての通り、素振りをしている。精神修養にもなるし、体育祭で役に……「立たんぞ」なにっ!?」
何故か自信満々にそう言う箒の言葉を遮って否定すると、彼女は素振りの手を止めてこちらに目を向けてきた。
「なぜだっ!?」
「単純だ。今回の体育祭で剣道が役に立つ競技……『スポーツチャンバラ』や『風船割合戦』は、開催候補に入っていないからだ」
「そ、そんな……」
「たった一人で竹刀を振るより、チームメイトに歩み寄る努力をした方が建設的だぞ?箒」
何故か妙に打ちひしがれる箒にそれだけ言って、私は剣道場を後にした。あいつ、たまに努力の方向が明後日なんだよなぁ。
「そこ!遅れているぞ!」
「イエス、マム!」
「おいお前、そのバネはそこじゃない、こっちだ」
「イエス、マム!」
剣道場を出てしばらく進むと、射撃訓練場から鋭い叱責の声が聞こえてきた。気になって見てみると、そこではラウラの指導の元、彼女のチームメイト達が『銃を組立て、それを持って走り、的を撃つ』という訓練をしていた。
「いいか、この訓練は必ず貴様達の役に立つ。例え目を瞑っていても一切の遅滞なく組み立てられるようになれ!」
「「「イエス、マム!」」」
「…………」
邪魔をしては悪いと思い、私はそっと訓練場を後にした。……『軍事障害物競争』の開催、本気で考えた方がいいかもしれないな。
「あら?九十九さん、生徒会のお仕事はよろしいんですの?」
射撃訓練場を後にして歩く事暫し。喉の渇きを覚えた私は、何か飲もうと自販機コーナーを訪れ、そこでセシリアと鉢合わせた。
「なに、たまの息抜きさ。毎日生徒会室に籠もりきりでは気も滅入るというものだろう?」
言いながら硬貨を取り出し、自販機に入れてコーヒーを購入。勿論ブラックだ。蓋を開けて一口含むと、特有の苦味と微かな酸味が舌を刺激する。
「……ふう」
少しだけ治まった喉の渇きに一息つくと、セシリアが話しかけてきた。
「準備は順調でして?」
「一応な。まだやる事は多いが。セシリアはなぜここに?」
「今夜、チームメイトと決起集会をしようという話になったのです。ですが……」
セシリアが言うには、その決起集会は自分達で料理を作ろうという話になったのだが、そこでセシリアがやる気を見せた瞬間、チームメイト全員によって調理室を追い出されたのだそうだ。
「……信用無いんだな、君」
「失礼ですわ!」
セシリアの『メシマズ』は周知の事実。おまけに料理本の写真通りではなくレシピ通りに作る事を覚えたのもごく最近。この処置はある意味当然なのだが、セシリアにはそれが大層ご不満のようだった。
だが敢えて言おう。セシリアのチームメイト諸君、グッジョブ!
「ん?このBGMは……」
そろそろ生徒会室に戻ろうと校舎に入り歩いていると、視聴覚室から大音量で軽快なBGMが流れていた。確かこの曲はかなり昔に流行った熱血系スーパーロボットアニメの主題歌だったと思う。
気になってそっと中を伺うと、そこでは簪さんとそのチームメイトが大画面でアニメを見ていた。どうやら名シーン選り抜きの総集編のようで、シーンは最終盤の敵首魁との決戦に入る所だった。
『これで終わりだ!○キガンフレアー!』
『お、おのれ……おのれゲ○ガンガー!』
若干古臭い爆発演出とともに敵首魁が倒れて地球に平和が戻り、パイロット達がそれぞれの日常に戻っていく所で物語は終わった。そしてその頃には−−
「レッツ!」
「「「○キガイン!」」」
熱血に感化されてなんかおかしな感じになってる20人の少女軍団が出来上がっていた。
あれ?おかしいな。あのアニメ、洗脳効果なんてなかったと思うんだが……?
生徒会室に戻ると、シャルと本音が出迎えをしてくれた。
「あ、おかえり〜」
「どう?少しは息抜きできた?」
「まあ、出来たような、出来てないような……むしろ逆に疲れたような?」
何故か行く先々で一夏ラヴァーズに出くわし、間違った努力やら珍妙な光景を見た為に、息抜きになったかと言われれば首を傾げざるを得ない。
「「?」」
そんな奥歯に物の挟まったような私の物言いに、頭上にハテナを浮かべて首を傾げる二人。
「まあ、私の事はいい。仕事の続きをやるぞ、二人共」
「「うん」」
会話を打ち切って仕事に戻る私達。体育祭開催まであと四日。未だ山積みの関係書類を前に、私はそっと溜息をついた。
(これは完徹コース決定だな)
♢
「ねえ村雲くん、これはどこに置いとけばいいの?」
「それは競技用具テントの3番に」
「村雲くん、パンが届いたわよ」
「競技用具テントの1番に置いてください。ケースに保冷剤を入れるのを忘れずに」
「おい、村雲。スタートピストルが見当たんねえぞ」
「体育教官室入ってすぐ右、用具棚の上から三番目左側が定位置です。そこに無かったら体育教官に訊いてください」
「九十九、鉢巻と軍手が来たよ」
「チームテントに配布してくれ。向かって左から紅、蒼、桃、橙、黒、鉄色の順だ」
「つくもん、ゴールテープがないよ~?」
「何っ!?昨日私が自ら作ったのに、一体どこに……って私の部屋だ!持って来るのを忘れた!」
「取ってくるね~」
時は経ち、体育祭当日。急遽開かれる事になった一年生のみの体育祭で、上級生の皆さんと私達実行委員は早朝から準備に追われていた。
開催決定当初、上級生の中から『自分も代表候補生だから織斑一夏争奪戦に参加する権利があるはずだ』と主張する者達が現れ、ちょっとした騒動になった。
最終的に楯無さんの設定した『裏方ポイント』システムによって、一定以上の貢献をした生徒には一夏に何かをさせる権利が与えられるという事になり、それによって抗議は一応の収束を見た。
そんな訳で、こうして先輩方が準備に走り回っている、という訳だ。
「先輩方!時間が少々押しています!焦らず丁寧に、しかし迅速に行きましょう!」
「「「了解!」」」
私の激に応じて、先輩方の動きが速くなる。これなら何とか開催予定時刻には間に合いそうだ。手伝ってくれた先輩方の裏方ポイント、少々色を付けておくとしよう。
「それでは、これより一年生による代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会を開催します!」
楯無さんが宣言すると、一年生女子達の大きな歓声が上がる。
「選手宣誓、織斑一夏!」
ずびしっ、と二人しかいない短パン姿の片割れ、一夏を指さす楯無さん。
「俺っ!?」
いきなりの予告無し選手宣誓指名を受けて面食らう一夏。その腕を楯無が引っ張って壇上に登らせる。
「ほらほら、はやく」
「と、ととっ……うおっ……」
半ば無理矢理壇上に上げられた一夏が、目の前の光景に絶句する。眼前には女子の群れ、しかも全員が脚線美とヒップラインを惜しげもなく晒すブルマ姿だ。
ついでに言うと、裏方のはずの楯無さん他先輩方まで一様にブルマ姿だったりする。一夏にとっては目の毒だろうな。
一夏はかなり照れ臭そうに、どうにかこうにか言葉を紡ぐ。
「え、えーと……お、織斑一夏です」
「違うでしょ」
何故か自己紹介をした一夏に楯無さんがツッコミを入れた。その時、一夏の肘でも当たったのか、楯無さんの『双子山』を地震が襲った。
「せ、選手宣誓!」
顔を赤くし、裏返った声で一夏がそう言うと、女子の中から声援が上がった。
「織斑くん、がんばれー」
「ふぁいとー!カッコイイとこ見せろー」
「顔が固いよー!スマイルスマイルー!」
そんな黄色い声に一層顔を赤らめながらも、一夏はどうにか言葉を続ける。
「お、俺たちはっ、正々堂々、力の限り、競い合うと……誓います!」
それを皮切りに、全学年の女子から一際大きな歓声が沸き起こる。しかし、そのビッグウェーブに流されない六人がいた。
紅組団長、篠ノ之箒。
「私は誰にも負けん。勝って、一夏と……ふふ」
蒼組団長、セシリア・オルコット。
「エレガントかつパーフェクトに、決めて差し上げますわ、一夏さん」
桃組団長、凰鈴音。
「勝つわよ!絶対勝つから!待ってなさいよ、一夏ぁっ!」
黒組団長、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
「一夏と同室……毎日同じベッドで……ふふ、くふふ、ふははは!」
鉄色組団長、更識簪。
「鉄って、色かなぁ……。一応、色……?」
そして、橙組団長、シャルロット・デュノア。
「九十九。僕、頑張るよ!」
闘志を燃やす六人。と、そこへ、放送席から虚さんの声が響いた。
『以上で開会式を終了します。続いて、これより第一種目を開始します。村雲実行委員、壇上へお願いします』
「はい」
呼びかけに応えて、私は壇上に上がった。
「おはようございます。今大会の実行委員、村雲九十九です」
私が壇上に上がると、先程までざわついていた女子達が静まり返る。
「早速だが、第一種目を発表させて頂く。第一種目は『借り人競争』であります」
「借り人……」
「競争?」
キョトンとする女子達に、私は内心でほくそ笑んでいた。
さあ、愉しませて貰おうか。醜くも美しい、女の戦いという奴を。
次回予告
ついに始まった女の戦い。
だが、そこには灰色の魔法使いの仕掛けた罠がそこかしこにある。
果たして、彼女達は魔法使いの罠を潜り抜け、望むものを手に入れられるだろうか?
次回『転生者の打算的日常』
#64 体育祭(午前)
この腹黒ドS野郎!
ハッハッハ!