♢
『織斑一夏、一年専用機持ち組全員(シャルロット・デュノアを除く)から告白される』
この前代未聞の大ニュースは、放課後までには全校に知れ渡っていた。本校舎では事実を知った女子達が様々な反応を見せていた。
天を仰ぎ慟哭する者、ショックのあまり茫然自失している者、事態を受け止められず「これは夢よ。悪い夢なのよ」と虚ろに繰り返す者。その様は見ているこちらが辛くなる程痛々しいもので、声を掛ける事すら躊躇われる状態だった。
そんな中、告白を受けた当の本人は何処でどうしているかと言うと−−
「はい、あーん」
IS学園特別医療室で、入院生活が長引いている楯無さんの世話を焼いていた。
「……いい、自分で食べるから」
のだが、当の楯無さんの機嫌は現在とても悪い。恐らく、今朝の一件が既に伝わっているのだろう。不機嫌そうな顔で一夏の手からフォークを引ったくり、一夏の手作り弁当の中身を次々と口に放り込んでは咀嚼して飲み下すを繰り返す。
だが、弁当の美味さと『一夏の手作り』であるという事実からか、顔が綻ぶのは止められないようだ。
「楯無さん、顔が綻んでますよ」
「はうっ!?」
私が指摘すると、楯無さんは言葉を詰まらせて顔を真っ赤にする。余程恥ずかしかったのか、弁当を食べる手からフォークがこぼれ落ちた。
「おや?フォークを落としましたよ楯無さん。やはりまだ調子がよろしくないようだ。一夏、食べさせて差し上げろ」
「おう、分かった」
私の言葉に従って、一夏が楯無さんの取り落としたフォークを持つと、アスパラベーコンを刺して楯無さんの口元へ持って行く。
「はい、あーん」
「だ、だから自分で食べるって……「あーん」うう……あーん……」
一夏の放つ妙な圧力に屈する形で一夏の『あーん』を受ける楯無さん。その表情は照れ臭さと嬉しさが同居した、何とも可愛らしい物だった。
「しまった。今の顔、写真に撮れば良かった。黛先輩なら言い値で買ってくれたろうになぁ。いやぁ、惜しい事をしたなぁ」
「やめて、ホントやめて。やめてください、お願いします!」
意地の悪い笑みを浮かべてそう言うと、楯無さんは慌てふためいて頭を下げる。自分の恥ずかしい写真が出回るのは勘弁なようだ。
「冗談ですよ。私が未来の
「見えるわよ!」
「ってか、実際楽しんでるだろ!」
「心外だな。私ほど人畜無害な男などそうは居ないというのに」
「「どの口が言うか、IS学園一の腹黒策士!」」
「息合ってるな二人とも。勇気を出して一夏に告白した彼女達には悪いが、一夏には楯無さんが一番お似合いだと思うよ」
「えうっ!?」
私の言葉に素っ頓狂な声を上げる楯無さん。その顔はさっき綻んだ顔を指摘した時より更に赤い。
「どうして−−「なんでそう思うのよ!?」おわっ!鈴!?ってか皆も!?どうして窓の外に!?ここ三階だぞ!」
一夏が理由を訊こうとした矢先、楯無さんの個室の窓から一夏ラヴァーズが大挙して押し寄せてきた。
三階の窓の外にいたという事から、ISを部分展開して宙に浮き、こちらを伺っていたのだろうと分かる。
「ISを使ってまで覗きとは。感心しないな」
「うっさい!そんな事より……!」
「決死の告白をしたわたくし達より……」
「そこの楯無さんが……」
「嫁に似合いだと判断したその理由!」
「……聞かせてほしい」
鈴、セシリア、箒、ラウラ、簪さんの順に言葉を発しながら私に詰め寄る五人。
なに、このやけに息の合った連携。『一夏の心を取り合う』より『互いの手を取り合う』事を選んだ途端これか!?
「「「九十九(さん)(村雲くん)!」」」
「いいだろう。言ってやろうではないか。後で聞かなければ良かったなどと思うなよ?」
私の言葉にコクリと頷くラヴァーズ。それを受けて、私は咳払いを一つして理由を語る。
「一夏に楯無さんがお似合いだと思う理由。それは、楯無さんがお前達の持つ短所を持っていないからだ」
「どういう意味よ?」
訝しげな顔をする鈴。それに対し、私は立て続けに五人を指しながら、その精神を抉る言葉を放つ。
「……成長不足」
「うっ!」
「……高飛車」
「ううっ!」
「……すぐ手が出る」
「うううっ!」
「……深夜の迷惑行為」
「ううううっ!」
「……暗い性格」
「……地味に、ダメージ」
私の指摘にがっくりと膝を着いて項垂れる五人。それに、私は一応のフォローを入れた。
「まあ、なんだ。お前達にもそれぞれ魅力は有る。それを活かすも殺すもお前達次第だ。励めよ、恋する乙女共」
「「「どの口が言うか!IS学園一の
「はっはっは」
激怒するラヴァーズの叫びを柳に風と受け流す。彼女らの罵声など、シャルと本音にジト目を向けられる事に比べれば何程の物でもないのである。
♢
あれから2日。楯無の傷もようやく癒え、彼女は自室に戻っていた。
「…………」
そんな楯無が見つめているのは、空中投影型ディスプレイに映る『ミステリアス・レイディ』の現在のステータス。
その状態は
(やっぱり一度オーバーホールしないとだめね。ダメージの蓄積が深刻になる前に)
となれば、一度開発元のロシアまで行かねばならない。恐らく、一週間は掛かるだろう。
「その間、一夏くんに会えない……か」
殆ど無意識に呟いてから、慌ててその考えを否定する。
(私ったら何を……別に一夏くんと会えないくらいで−−)
そう考えると、心に鈍い痛みが走った。−−ダメだ。会いたい。今すぐにだって会いたくて仕方ない。
「…………」
赤くなった顔から少しでも熱を逃がそうと、頭をぶんぶんと振る。少しだけ落ち着いた楯無だったが、その瞬間、九十九のあの言葉がリフレインした。
『一夏には楯無さんが一番お似合いだと思うよ』
「−−っ!?」
(ち、違う。そんなことない。そんなこと−−)
必死にその想いを否定しようとする楯無。だが、否定しようとすればする程、自分の感情が『そういう物』なのだと自覚してしまう。思考のループに陥った楯無を引き上げたのは、今日来る予定の無いはずの人物二人の声だった。
「楯無さん、はいりますよー?」
「お前な。部屋に入る前に在室確認のノックくらいしろと何度言ったら分かる」
突然の事態にどうしよう、どうしようと考えている間に、無遠慮にドアが開いた。
♢
「おじゃましまーす」
「だからノックを……ああもう!」
一夏が楯無さんに許可も得ず、部屋に入ろうとドアを開けて一歩踏み入ったその瞬間。
「た、たあっ!」
パコーン!
「ぐあっ!?」
「な、なんだ!?ティッシュケース!?誰が……って、楯無さんですよね、そりゃ」
楯無さんが投げ飛ばしたティッシュケースが、寸分違わず一夏の額にヒットする。痛いんだよなぁ、あれ。
「な、なにするんですか!?」
「こ、ここ、こっちの台詞よ!」
額を押さえ、抗議の声を上げる一夏を、楯無さんがキッと睨みつける。
「勝手に女の子の部屋に入らない!常識でしょう!?」
「いやまぁ、楯無さんだし、良いかなと思って」
「−−っ!?」
一夏からすれば全く作為の無い一言。だが、それを聞いた楯無さんは顔を真っ赤にして動揺していた。そんな楯無さんにそっと近づいて、私は忠告の耳打ちをした。
『一応言っておきますが、あれ、そういう意図はありませんから。勘違いなさらぬように』
「わ、わかってるわよ!」
私の声は聞こえていなかったのか、突然吠えた楯無さんに「うぉっ!?」と驚く一夏。そんな一夏に、楯無さんは咳払いをして用件を訊いた。
「そ、それで、本日のご用件は何かしら?織斑一夏くん、村雲九十九くん」
出来る限り平静を装ったつもりだろうが、その物言いは常より堅く、しかも大仰だ。その物言いが可笑しかったのか、一夏が笑う。
「あははっ。どうしたんです、いきなり。なんか楯無さん、変ですよ?」
「わ、私はいつも通りよ?傷だって完治したし、ほらっ!」
一夏に『変』と言われた事に腹でも立てたのか、制服をブラウスごとガバッと捲って腹を露出させる楯無さん。勢い良く持ち上げ過ぎたせいか、薄桃色の『梱包材』が見え隠れしている。
「うわっ!?何してるんですか、いきなり!」
「一夏くんが変だとか言うからでしょ!?」
「それがどうして腹出しにつながるんだ?」
一夏が『変』と言ったのは言動や態度の事で、断じて身体の事ではない。それが分からない楯無さんではないはずだ。
となると、分かっていて敢えてそう行動したのか?それともそう見えないだけで実は相当テンパってるのか?……分からん。
「わ、わかりましたから!しまってください!おなか、冷えますよ!」
楯無さんの腹を視界に入れないよう、必死に目を逸らす一夏。それが気に入らなかったのか、楯無さんは更に一夏ににじり寄る。
「ちゃんと見なさい!ホラ!ホラホラ!」
「見た目完全に痴女だな……」
「み、見ました!見ましたよ!」
顔を赤くして恥ずかしそうにしている一夏に、ここぞとばかりに楯無さんが畳み掛ける。
「あらー、そう。じゃあ、次は触ってみなさい」
「「は?」」
ポカンとする私と一夏。ちなみにこの間、楯無さんはその均整の取れたウエストを惜しげも無く披露し続けている。
「だから、本当に傷が塞がってるか、触って確かめてみなさい。そしたら、私がおかしくないって事はすぐにわかるんだから」
「ええー……?」
「だから、何でそうなるんだ……?」
思い切り怪訝な顔を浮かべる私達。その顔を見た楯無さんは、はっと我に返ったような顔をした後、耳まで真っ赤になった。
ああ、これはあれだな。自分が何を言ったのかを理解して、しかもその相手に
「や、やっぱり、やめ−−」
やめにしましょう、と言おうとしただろう楯無さんの肌に一夏の指が触れた。
「ひゃんっ!?」
「あ、本当に傷、全くわからないですね。へぇ、すごいなぁ……」
「いや、それくらい見ただけで分かれよ」
この世界の医療技術はかなり進んでいる。死に直結するような大きな怪我でなければ、ナノマシン治療と
「い、一夏くん……?」
「へえー、はぁー、なるほどなぁー、うんうん」
なにやら勝手に納得しだした一夏は、真剣な顔で楯無さんの腹をつつき、触り、時には撫で回したりとやりたい放題だ。
一方で楯無さんも、振り払う事も逃げる事もせずに一夏にされるがままになっている。羞恥か快感か、その顔は真っ赤だ。
いい加減止めるべきかとも思うのだが、どうにも上手いやり方が思いつかない。
楯無さんは恐らくもう限界が近い。これ以上は拙い、ノープランだがとにかく止めよう。と思って二人に近づこうとした瞬間−−
「何をやっとるんだ、貴様らは」
「い、いけませんよ!教育的指導です!」
呆れを多分に含んだアルトボイスと咎めるようなソプラノボイスが部屋に響く。それを聞いた楯無さんがビクッと身を竦ませる。果たしてそこに居たのは、胡乱な目つきの千冬さんと顔を朱に染めた山田先生だった。
一応、IS学園の貴重な戦力、守りの要。『最強の生徒会長』こと楯無さんの様子を見に来たのだろう。その辺りは千冬さんもちゃんと教育者なんだなと思った。
「村雲、なぜ止めなかった?」
「いや、タイミングが掴めなくて」
頭を掻いて言う私に嘆息する千冬さん。その横で、楯無さんが誤魔化し笑いをしながら制服を元に戻し、一夏の手を叩いて落とす。
一夏は手を叩かれた意味が分からず「え?え?」と困惑を顔に浮かべる。その視線を受けた楯無さんは、一夏を逆に睨み返した。
「……なによ?」
「なんでもないですけど……」
「そう。よろしい」
いつものクールさを気取っているが私には分かる。今のあの人には余裕がない。それは千冬さんにも分かっているはずだ。
「おい、更識」
「なにか?」
「いつもの扇子はどうした?」
楯無さんの痛い所を突く千冬さん。それでも楯無さんは慌てず騒がず、いつもの手つきで扇子を取り出して開いて見せた。その扇子に書かれた文字は−−
「ほう、『恋慕』か」
「またえらくタイムリーな扇子もあったものですね」
楯無さんは取り出した扇子が間違っていた事に気付いて、慌ててそれをしまって別の扇子を取り出す。
「こ、こっちです、こっち」
その扇子に書かれた文字は『無敵』。その様子を見た千冬さんは核心を突く質問をした。
「なあ、更識」
「はい」
「惚れたか?」
思わず力が入ったのか、楯無さんの手の中で『無敵』扇子がメキッと悲鳴を上げる。書き文字は『無敵』でも、扇子本体はそうではないらしい。
「な、なにを、根拠に、そんな、あはは?」
「楯無さん。顔、引き攣ってますよ?」
「そ、そんな事ないわよ!?ほら、現にこうして−−」
私に指摘され、努めて冷静を装う楯無さん。証拠として別の扇子を取り出そうとした所で、ツルッと手が滑って十数個もの扇子が五月雨の如くに落ちて行く。
何処にそんなに入ってたんだ?あの扇子。まさか、どこぞの女暗器使いのように『特殊な身体操法によって畳み込んだ脂肪の内側』とか言わんよな?
「ちょ、ちょっと失敗しちゃった、はは」
落ちた扇子を拾おうとする楯無さん。そこに一夏が手を出した。
「手伝いますよ。ほら、九十九も」
「私もか?まあ、仕方ないな」
「い、いいわよ……」
「まあまあ、そう言わずに」
言いながら扇子を拾う一夏。ふと、その手が楯無さんの手と触れた。
「っ!?」
瞬間、楯無さんは驚いたかのように手を引っ込めた。一夏はそんな楯無さんの反応に不思議そうな顔をするだけだ。相変わらずの朴念仁ぶり。まあ、告白された途端に女心に聡くなれるはずもないか。
楯無さんは一夏と触れた手を握りしめて顔を逸らす。僅かに見せた切なげな表情は『恋する乙女』のそれ。
「村雲、一応訊くぞ。お前の所見は?」
「言う必要がありますか?あの顔、見たでしょう?」
「……そうだな」
「ですね」
『更識楯無は織斑一夏に惚れている』
これは最早、私達の共通認識となっていた。これをあの五人が知ったらどうなるか、考えたくないなぁ。
「はい、楯無さん」
そんな私達の思惑を知る由もない一夏は、拾い集めた扇子を楯無さんに差し出す。その無邪気な顔に、楯無さんは一瞬困ったような顔を浮かべた。
「と、とりあえず、今日の所はもういいから。一夏くん、生徒会の仕事、しておきなさいね」
「はい、それならもうバッチリです。な、九十九」
「楯無さん、心配には及びません。こいつは仕事を覚えるのが早い。今日明日中に片すべき仕事は、もう終わっています」
「それじゃあ、簪ちゃん達の相手をしてあげなさいよ」
不貞腐れ気味に言う楯無さんに、一夏は
「いや、今は楯無さんでしょう」
「っ〜〜‼」
湯気が出そうな程に顔を赤くして、楯無さんは部屋を飛び出して行った。
「えっ、あれ?」
その様子をポカンとした顔で眺めながら、一夏は首を傾げた。
「「この天然ジゴロめ」」
コツンと、私と千冬さんの爪先がしゃがんだままの一夏の尻を蹴った。
ちなみにその夜、二年生寮の浴槽が僅かに赤く染まったと、翌日簪さんから聞いた一夏から聞かされた。あの人浴槽の中で何考えてたの?
♢
「一夏。そろそろ行くぞ」
「おう、分かった」
「シャル、本音、準備は?」
「うん、出来てるよ」
「じゃ〜いこ〜」
放課後の教室で、私達が揃って生徒会室に向かおうとした矢先、そこにセシリアが立ち塞がった。
「お待ちください、一夏さん」
「セシリア?なんだよ」
腰に手を当てたポーズが相変わらず様になっている。流石は英国代表候補生グラビア特集で人気投票断トツの一位になっただけの事はある。
「セシリア、すまんが時間がない。用があるなら手短に頼む」
「ええ。この度、わたくしセシリア・オルコットは、IS学園生徒全ての力となるため、生徒会執行部に入ろうと思いますの」
エヘンと胸を張るセシリア。その動きにつられ、均整の取れた『ハッサク』がその存在を主張する。うん、いいね。
「「ジト〜……」」
「……すみません」
直後、両隣の二人から飛んでくる非難の視線に謝罪を口にする。これもまた一連の流れだったりする。
「おお、そうなのか。じゃあ俺が推薦しようか?」
私達のやり取りの横で、セシリアの言葉に感心した一夏がそう言うと、セシリアは目を輝かせて頷いた。
「はいっ。ぜひ!」
セシリアは一夏の手を握ると、舞うような軽やかな動きで腕を絡める。が、その直後−−
「「「ちょっと待った!」」」
教室と廊下からちょっと待ったコールと共に私達に近付く三つの影。言わずもがな箒、鈴、ラウラの一夏ラヴァーズ残党だ。
「セシリアだけを行かせるわけにはいかん!」
「うむ。私たちは一蓮托生。一夏絡みのことならば抜け駆けは無し。そう取り決めたはずだ」
「あんたねぇ、それを提案した当の本人が真っ先にそれを破ろうとすんじゃないわよ!」
口々に言いながらセシリアに詰め寄る三人。というか、抜け駆け無しの提案をしたのはセシリアだったのか。
「わ、わかりましたわ。一夏さん、箒さんたちも合わせて推薦していただけますか?」
「おう、いいぜ」
「すまんが、もう時間が押している。君達が付いてくると言うなら勝手にしたまえ。行くぞ」
「おう」
「「うん(は~い)」」
私の号令一下、生徒会室に向かう一年生専用機持ち達。その姿は一組生徒一同に『ああ、いつもの事か』とスルーされるのだった。……何気にこの子達のスルースキル上がってないか?
で、現在生徒会室。楯無さんにラヴァーズ達が生徒会に入りたがっている旨を私が説明した。
「という訳でして。楯無さん、貴方の真実は?」
「ギブミーユアトゥルース〜!」
私達の質問に対する楯無さんの返事はたった一言だった。
「却下」
一刀両断、にべもなし。楯無さんは凛とした声で毅然と言い放った。
「なんでよ!?」
「どうしてですの!?」
「私たちが手伝ってやると言っているのだ!ありがたく思え!」
「せめて理由を聞かせてください!でなければ納得がいきません!」
楯無さんの座る生徒会長席の机をバンバン叩いて抗議の声を上げるラヴァーズ。それに対して、楯無さんはある一点をすっと指さして答えた。
「だってもう、人数埋まってるもの」
指さすその先にいたのは、超高速でキーボードをタイプする簪さんだった。
「か、簪……?」
「あんた、まさか……!?」
驚愕を顔に浮かべる箒と鈴。
「そういえば、簪だけ一組に来なかったな……」
「という事は、あの時点ですでに……?」
事実に気づき、戦慄に体を震わせているラウラとセシリア。それに対して、簪さんは少し申し訳無さそうに、だが堂々と立ち上がって挨拶をした。
「……どうも、このたび生徒会執行部織斑一課配属になった更識簪です」
「織斑一課?なんだそれは?」
「はい、主に織斑一夏のスケジューリングやマネジメントを行う課です」
「ダジャレか!」
ツッコむ鈴。
「お、織斑、一課……。ふ、フフッ……」
何やらツボにはまったらしいセシリア。
「おい、箒。セシリアはなぜあんなにおかしそうにしているんだ?」
「聞くな。ギャグやシャレは面白い理由を説明する方が辛いんだ」
ラウラがセシリアの笑う理由を箒に訊き、それに箒が説明を放棄する。
「ああ、簪が俺の担当になるのか。のほほんさんのスケジューリングは適当すぎて何が何だか分からなかったから助かるよ」
「うん、よろしく」
呑気に言う一夏とそれに微笑む簪さん。
「ムムム……」
そんな二人の距離感が気になるのか、難しい顔の楯無さん。
「一応本人の名誉のために言うが、本音は私のスケジューリングはきちんとしてくれているぞ?」
「あ、それ僕ができるだけ分かりやすく修正してるからなんだ……。一夏のスケジュールまでは手が回せなかったけど」
「本音すまん。弁護できん」
本音の名誉の為にフォローしたつもりが、実はシャルの手によるものと知って何も言えなくなる私と、苦笑いするシャル。
「ふう……。お茶がおいしい」
我関せずの姿勢を崩さない虚さん。
「んはぁ~。今日も天気でお菓子が美味しい〜」
私の声が聞こえていなかったのか、笑顔でパクパクと菓子を頬張る本音。紛う事無きカオス空間がそこに出来上がっていた。
パンッ!
そんな混沌とした空気を、楯無さんが開いた扇子の音が切り裂いた。
「いいでしょう!」
開かれた扇子に書かれていたのは、墨痕逞しい『勝負』の二文字。
「一週間後、一年生対抗織斑一夏争奪代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会の開催を宣言するわ!」
楯無さんの声は凛として怜悧。なのだが、ポカンとした顔の一夏とふと目が合った瞬間、頬を染めて視線を逸らす。そんな反応したらラヴァーズに気づかれると思うんだが、当のラヴァーズ達は互いに顔を見合わせている為、気付いていなかった。
ともあれ、こうして乙女の戦場は用意された。
私は、自分が景品にならなかった事にそっと安堵の溜息を漏らすのだった。
「なお、実行委員には村雲九十九くんを指名します。よろしくね♡」
「面倒事全部押し付ける気だこの人!?」
が、安堵した途端にこれ。明日から山と襲ってくるだろう仕事に、今から頭が痛かった。
次回予告
そこは、勝者のみが全てを得る乙女の戦場。
戦え。何も失いたくないのなら。戦え。何もかもを手にしたいなら。
それが、取りうる唯一の選択肢だ。
次回『転生者の打算的日常』
#62 体育祭(開催)
さあ、始めようか。醜くも美しい、女の戦いというやつを。