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♢
「九十九!しっかりして!九十九!」
血塗れで横たわる九十九を、自分が汚れるのも構わずに抱き上げるシャルロット。力無く垂れ下がった腕から、鮮血がポタポタと垂れ落ちる。
もう助からないのではないか?最悪の予想がシャルロットの脳裏を過る。それを必死に頭から追い出して、シャルロットはスラスターを全開にして本校舎の治療室へと九十九を連れて行くのだった。
「柴田先生!」
治療室の扉が大きな音を立てて開かれた事に渋面を作ったIS学園専属医師
そこには、ISを纏ったままのシャルロットが血に塗れた九十九を抱えて、今にも泣きそうな顔で立っていた。
「先生!九十九を……九十九を救けてください!」
「‼……こっちよ!早く!」
「は、はい!」
促されたシャルロットが治療室に入り、ベッドに九十九を横たえる。その間に綾子は手早く治療の準備をして九十九の前に立つ。
(とは言え、これだけの出血。もう助からないと……あら?)
残酷な事実を告げなければならないか。そう思った綾子だったが、九十九の姿を見てある事に気付いた。
(規則的な呼吸をしてる……。それに、これだけの出血量なのにどこにも傷口が無い?……まさか!?)
もしやと考えた綾子は、濡らしたタオルで九十九の体を拭った。すると、その血はあっさりと取り除かれ、そこから新たな血が流れてくる事は無かった。
「先生、九十九は……!?」
「デュノアさん、よく聞いて。これは……もしかしたら村雲君の血じゃないかも知れないわ」
「え?」
「調べてみないと分からないけどね。でも、少なくとも村雲君に外見上の怪我は無いわ。強いて言えばここ、右腕の切傷くらいね。これももう出血は止まってるし」
「そ、そうですか……。良かった……良かった……う、ぐす……」
九十九は無事だった。それを知ったシャルロットは、安堵から九十九に縋って嗚咽を漏らす。綾子は邪魔をしないよう、そっとその場を離れるのだった。だが、ふとある事が気になった。
(でも、これが他人の血だとしたら一体誰の……?全身血塗れになる程だから間違いなく致死量だし……。村雲君、貴方に何があったの?)
学園の外で何があったのかを詳しく知らない綾子には、その答えを出す事ができなかった。
♢
シャルロットが血に塗れた九十九を発見する約15分前。九十九を眠らせたエイプリルはメルティを回収して離脱すべく、彼女を起こしにかかった。
「ブリーズ、ほら、起きなさい」
ガスッ!
「グッ!?」
尤も、その起こし方は頭を蹴飛ばすという些か乱暴なものだったが。
「おはよう、ブリーズ。また派手にやられたわね」
「エイプリル……」
「『様』を付けなさいな。これでも貴方の直属の上司よ?」
「ふん、貴方を上司なんて認めない。私にとって『エイプリル』はケティ様だけよ」
そっぽを向くメルティにため息をつくと、エイプリルはメルティに手を差し出した。
「……何よ?」
「『
「…………」
言われたメルティは不満そうな顔で『アルテラ』をエイプリルに手渡し、ふらつく体を叱咤して立ち上がる。と、その視界に砂の上に倒れる九十九が入った。
(今ならあいつを苦もなく殺せる……!)
メルティは顔に嗜虐の笑みを浮かべて九十九を仰向けに蹴転がしてその上に跨り、隠し持っていたナイフを抜いて九十九の心臓めがけて振り下ろした。
「ケティ様の仇!今日こそ!」
その凶刃は寸分違わず九十九の心臓に突き刺さる−−筈だった。
ガシッ!
「「なっ!?」」
驚きの声を上げるメルティとエイプリル。それも当然だった。何故ならメルティの腕を掴んでナイフを止めたのは、他ならぬ九十九自身だったからだ。
「そんな、どうなってるのよ!」
「あり得ない。昏睡状態の筈なのに……」
困惑するメルティ達。すると、九十九の目がゆっくりと開く。その瞳は、普段の黒から鮮やかな碧に変わっていた。メルティはその目に射抜かれた瞬間、顔面を蒼白にして震え出す。
『女、これは我の玩具だ。人の子風情が、我の断りなしに
開いた口から出た声は、九十九の声とは異なる強烈な威圧を伴った物だった。
「あ、あ、あ……」
冷汗が出る、震えが止まらない、何かを言おうとしても言葉が出ない。メルティの心身は、言い様の無い恐怖に支配されていた。
『仕置きが必要だな』
九十九が上体を起こしてメルティの首を掴むと、そのまま立ち上がる。
「が、か……は……っ」
「っ!ブリー……『そこでじっとしていろ、女』くうっ!?」
メルティを助けようと動こうとしたエイプリルだったが、九十九に射竦められて一歩も動けなくなる。
(何なの、あのプレッシャー……!彼に何が起きたというの……!?)
『おい、女。お主は我の玩具を
「ひっ!?」
九十九の目が嗜虐の光を湛えたのを見たメルティは、己の末路を瞬時に悟ると共に、それが既に不可避の未来である事を理解した。
『ふんっ!』
メルティの首から手を離し、胸倉を掴んで気合と共に頭上まで持ち上げた九十九。そして、右手を手刀に構えると、目にも映らぬ速さでそれを一閃した。
「た、助け−−『
ゾンッ!
生木を切るような音が浜に響き、メルティの首が宙を舞った。切断面から大量の血が噴き出し、九十九の体を濡らしていく。
切り飛ばされたメルティの首は、図ったかのようにエイプリルの足下へと落下した。仕事柄、人の死には慣れているエイプリルだったが、それでも僅かにえづいてしまった。
「うっ……!」
『おい、何を呆けている』
「っ!?」
声を掛けられて反応したエイプリルは驚愕する。一体いつの間に自分に近づいたのか、九十九がすぐ目の前にいたからだ。
(目を……背けられない……)
背けた瞬間、自分もメルティと同じ運命を辿る事になる。確信めいた予感が、エイプリルの動きを封じた。
すると、九十九が足下に転がっていたメルティの首の上に、自分が掴んでいた首の無い遺体を放り捨てた。
『お主に命ずる』
「な、何を……?」
『これを持って帰り、お主の仲間に伝えよ。「
『嫌だと言えば殺す』。言外にそう言われたような気がしたエイプリルは、コクコクと頷くとメルティの遺体を抱えて急いでその場から逃げ出した。
(兎に角ここに居たくない!)
エイプリルは恐怖から逃げるように、脇目も振らずに飛びに飛んだ。
その姿が見えなくなったのを確認して、九十九は嘆息して呟いた。
『ふん、我の遊びを邪魔しようとするからこうなるのだ……む?』
何かが気になったのか、九十九は自分の右腕に目をやる。その腕は何ヶ所も皮膚が裂け、筋肉が千切れた痛々しい物になっている。
『やれやれ、人の体の何と脆い事よ。仕方ない』
九十九が傷んだ右腕に左手を翳した瞬間、右腕の怪我が逆再生の様に元に戻っていく。
『おっと、この切傷は残しておかねばな。……そろそろ限界か。我が憑いた事で暫し体が痛むかもしれぬが、土産は置いていく故、許せよ人の子よ』
そう言って九十九は目を瞑り、そのまま砂浜に大の字に倒れるのだった。
この数分後、シャルロットが九十九を発見、冒頭の展開に戻る事となる。
ちなみに、九十九がメルティと戦った海岸には監視カメラが設置されていたのだが、何者かのサイバー攻撃によって機能を停止しており、一切情報は残っていなかったという。
♢
「ん……ここは?」
目を覚ますと知らない……とは言い難い天井だった。どうやらここは学園本校舎の治療室のようだ。恐らく私はあの後、誰かによってここに担ぎ込まれたのだろう。誰かは分からないが、感謝せねばならないな。
「今何時だ?……ぐうっ!?な、何だこれ!?全身が軋む!?何でこんな酷い筋肉痛になっているんだ、私は!?」
時計を見ようと寝返りを打った瞬間、体中をえげつない程の痛みが襲う。おかしい。私はこんな風になる程の運動なんてしていない筈なのに。私の体に何が起きたんだ!?
そう考えていると、治療室の扉が開く音がした。反射的にそちらに振り返ると、そこにはシャルと本音がいた。
「君達か。何故ここに……と訊くのは野暮だな」
「つ、つくもん……」
本音が私の顔を見た途端、今にも泣き出しそうな程にクシャリと顔を歪めた。次の瞬間、本音が私に向かって走り寄ってくる。
「つくも〜ん!」
……って、ちょっと待て!まさかこの子、このまま私に抱き着こうというんじゃ!?
その予想は大当たりだった。本音は走り寄る勢いそのままに、私に飛びつき、力一杯抱き着いてきたのだ。
「っ!?……ぐふっ」
飛びつきの衝撃と、直後の抱き締めの圧迫によって筋肉という筋肉が悲鳴を上げた私は、声すら出せずに失神した。
「うわ~ん!良かったよ~!もう目を覚まさないんじゃないかって……あれ?つくもん?つくもん!?」
九十九が失神した事に気付いた本音は、九十九の肩を揺すって起こそうとするが、九十九は完全に白目をむいてピクリともしない。
「九十九!?大丈夫!?しっかりして!?」
九十九が気を失った事に気づいたシャルロットが慌てて九十九に駆け寄る。と、そこへ綾子がひょっこりと顔を出して事も無げに言った。
「そうそう、言い忘れてたわ。彼、全身重度の筋肉痛だから、不用意に触らないであげて……って、もう遅いみたいね」
「「そういうことはもっと早く言って!?」」
治療室に少女達のツッコミが響いた。
「一瞬、三途の川が見えたよ……」
「ご、ごめんなさい……」
気絶から立ち直った私の呟きに、シュンとした顔で謝る本音。その頭を腕が軋むのを堪えてポンポンと叩く。
「気に病むな。私が筋肉痛になっている事を知らなかったんだから、仕方ないさ」
「うん……」
小さく頷く本音。しかし、本音があれだけ取り乱すのも珍しい。気になった私はシャルに質問した。
「シャル、あれから何日経った?」
「あ、うん。3日経ってるよ」
「3日!?そんなにか!?」
なるほど、だから本音があんなになったのか。同じ立場なら私だってそうなったろう事は、想像に難くない。
しかし、そうなると私が寝ている3日の間に何があったかがどうにも気になるな。
「聞かせてくれないか?この3日、何があったかを」
「「うん」」
シャルと本音からもたらされた情報は、原作と大きく変わるものではなかったと言えた。
医療室に運び込まれ、目を覚まさない一夏に、一夏ラヴァーズが『誰が一夏に目覚めのキスをするか』で大揉めとなり、何がどうしてそうなったのか、鈴がラヴァーズ全員に向けてに飛び蹴りをかまし、全員が一斉に避けた先に千冬さんが現れて、その蹴りが当たった事で千冬さんの怒りを買い、千冬さんに連れて行かれて何やら『とんでもない事』になったとか。
「あの時は、本当に鈴が死ぬんじゃないかって、みんな思ったよ」
「……生きてるよな?」
「……いちお〜」
ただし、半日ほど髪が真っ白になっていた(ように見えた)と言う。一体何があったのか?
問い質しても鈴は頑なに語ろうとせず、千冬さんも「聞くな」の一点張りで、真相は闇の中だそうだ。
他にも、一夏がラヴァーズ達と何やら微妙な空気になったり(恐らく電脳世界での色々が原因)、その日の深夜、知られざる女達の闘い(喉が渇いたシャルが自販機コーナーに行った時に目撃した)が発生し、結局全員が千冬さんによって一夏の囮にされた山田先生に朝まで説教された。なんて事もあったらしい。
「何してるんだか……」
相変わらずなラヴァーズに溜息が出るが、ここで僅かな違和感を覚えた。ちょっと待て、全員?確か原作では箒と簪さんが他から僅かに出遅れた事で難を免れた筈だが……?
「なんか『赤信号 みんなで渡れば 怖くない』って鈴が言ってたんだけど……」
「全員で示し合わせて一夏に夜這いを掛けようとしたって事か。ある意味進歩……なのか?」
私という
「それでね九十九。僕も、九十九に訊きたい事があるんだけど……」
「ん?何だ、シャル」
少し言いづらそうにしながら、シャルはこう言った。
「僕が見つけた時、どうして九十九は血塗れで倒れてたの?」
「……どういう事だ?説明してくれ」
「うん。あのね……」
シャルによると、IS学園襲撃の報を受けたシャルが急いで学園へ戻る際、島の北からISが飛んで行ったのを見て、直感的に私がそこに居ると思い急いで移動。そこで、全身血塗れで倒れる私を発見したと言う。
「柴田先生の調べで九十九の血じゃないって事が分かったんだけど……。ねえ、九十九。あそこで何があったの?」
「……憶えが無い」
「どういうこと?」
質問を重ねるシャルに、私はメルティとの戦闘の推移と、その後に現れた女の話をした。
「結局、最後はエイプリルと名乗る女の睡眠薬付きナイフで昏倒させられて、そこで記憶が途切れているんだ。気がついた時にはここでこのザマ。という訳だ」
「嘘は言ってないよね?」
「当然だろう。と言うより、嘘を言う理由が無い」
それに私には『女性相手に嘘を言わない』というポリシーがある。ましてシャルが相手なら尚更だ。
「だとすると、あの場に居た二人の内のいずれかの血、という事になるが……。シャル、飛んで行ったというISの機種は?」
「えっと……僕も薄っすらとしか見てないからはっきりはしないけど、多分『ラファール・リヴァイブ』の後期型だと思う」
「それに乗っていたのはエイプリルだ。なら、私が浴びた血はメルティの物という事に……いや、彼女がエイプリルを殺して機体を奪った可能性もあるか……?待て、それなら遺体が残っていない理由が分からない。わざわざ持って帰る必要なんて彼女には無い筈だ。くそ、情報が足りない……何か無いか……そうだ!監視カメラだ!あの海岸には海からの侵入者対策に監視カメラが数台ある!その映像からなら何があったか分かる筈……」
ガラッ
「残念だが、映像記録は残っていない。何者かのサイバー攻撃によって、全ての監視カメラが機能停止していたのでな」
言いながら治療室に現れたのは、苦い顔をした千冬さんだった。
「お前から情報を聞こうと思ったのだが……。そうか、憶えていないか」
嘆息して頭を掻く千冬さん。どうやら、私が戦っていた場所で何があったのかを知りたかったがアテが外れたらしい。
「すみません、お力になれず……」
「いや、いい。記憶がないなら仕方がない」
そう言って踵を返し、そのまま出て行く千冬さん。と、医療室を一歩出た所で立ち止まり、背を向けたまま一言「だがまあ、良くやった」とだけ言って、気恥ずかしくなったのか足早に去って行った。
「千冬さんが労いの言葉とはな。明日は雨か?」
「かもね~」
「あ、あはは……」
余りの珍しさについ溢れた言葉に、本音は追従し、シャルが乾いた笑いを零すのだった。
「じゃあ、あんまり長居をするのも悪いし、そろそろ行くね」
「お大事に~、つくもん」
「ああ」
手を振りながら治療室を出て行くシャルと本音を見送った後、私はベッドに倒れ、体を休めながら考えを巡らせる。
(血に塗れた全身、右手に本当に微かに残る何かを叩き斬ったような感覚……そして、憶えの無い筋肉痛……)
もしかしたらあり得る可能性として、
(……まさかな。アレは私が死んでも顔色一つ変えるまい。これ以上考えても仕方ない。もう一眠りするか)
思考を中断して目を瞑ると、間もなくやって来た睡魔に身を任せた。
ちなみに、翌日目を覚ますと、ベッド脇に大量の菓子と果物がおいてあった。どうやら寝ている間に誰かが見舞いに来たようだ。
「ありがたいが……なぜこのフルーツバスケットには果物に混じってドングリと松ぼっくりが入っているんだ?」
誰の見舞い品かは知らないが、そんな物を入れられても困るぞ。と、心中でツッコむ私だった。
♢
更に明けて翌日。ようやく歩く事ができる程度に回復した事で退院を許された私は、腹を撃たれて治療中だという楯無さんの個室に見舞いに行った。
「災難でしたね、楯無さん」
「お互いにね。酷い筋肉痛だって聞いたけど?」
「ええ、まあ。実は、ここに来るのも痛みを堪えながらゆっくりとでして」
「無茶するわねぇ……」
「無理はしていませんよ。それに、じっとしているのにも飽きましたし」
「気持ちは分かるけど、あんまり無茶すると本音ちゃんが泣くわよ?」
「うっ……」
泣き顔の本音を想像して言葉に詰まる私を、楯無さんは人の悪い笑みで見ていた。何だかバツの悪くなった私は、咳払いをして無理矢理話題を変える事にした。
「そう言えば楯無さん。一夏に危ない所を助けて貰ったとか。如何でした?アレの腕の中の居心地は?」
「えっ!?そ、それは……その……」
私が訊いた途端、楯無さんの顔が朱に染まる。ああ、またあの超弩級朴念仁に撃墜された女が増えたのか。これで何人目だ?
「……争奪戦に加わる気ならお早めに。最近、ラヴァーズが結託する事を覚えたようですから」
「ちょっ、ちが、私は……!」
「隠しても無駄です。私はアレと最も付き合いが長い。アレに惚れた女は纏う空気でわかります」
「うう……」
私にはバレている。それを確信したのか、楯無さんの顔がますます赤みを増した。目を合わせる事もできないのか、そのまま俯いて悔しそうな呻きを漏らすのが精一杯のようだ。
「まあ、頑張って下さい。アレの事で相談があれば何時でもどうぞ」
「え、ええ」
私の言葉に楯無さんが頷くのを確認した後、筋肉痛を堪えながら椅子から立ち上がり、楯無さんの病室を後にする。
(遂に楯無さんも参戦か。さて、どうなるかな)
彼女の参戦で、一夏争奪戦は更なる混戦を見せるだろう。だが、ラヴァーズ達が共闘を覚えたとなると、楯無さん一人では彼女達を相手取るのは分が悪い。
もし、楯無さんが彼女達から勝ちをもぎ取ろうとするなら、『
(あの人は意外とヘタレだから、言おうとして言えずにモジモジしている間にラヴァーズに邪魔をされる。という未来しか見えん)
将来の義理の又従姉妹(布仏姉妹の父と更識姉妹の父は従兄弟同士)である以上助け舟を出したいのはやまやまだが、下手に楯無さんに掛かり切ってあの二人の不評を買いたくないのも事実。どうするか……。
(まあ、なるようにしかならんだろうな。原作乖離は現時点で予測不能の域まで達している。私がどうにか出来る事ではない)
本来なら一夏ラヴァーズ入りしている筈のシャルは私と恋仲になっているし、デュノア社と訣別していない為か第三世代機を既に受領済み。更にはそれに絡んだフランス事変の発生とその後の復讐者襲撃。他にも上げれば切りがない程に原作にないイベントが起きている。もはや何が起きても不思議ではない。
(とは言え、今日明日の内には大きな事件は起きないだろう)
そう自分を納得させて、私は自分の部屋に戻るのだった。
だが、この時既に大きな事件の種が芽吹きの時を待っている事に、私は気づいていなかった。
♢
翌日。私はシャルと本音に付き添われながら、未だ鈍く痛む体を叱咤しつつ教室へ向かっていた。
「つくもん、大丈夫〜?」
「ああ、何とかな。とは言え、無理は利かんが」
「ゆっくりでいいよ。まだ時間はあるし」
念の為、早めに教室へ向かった事で、まだ時間には余裕がある。だが、あまりのんびりもしていられないのも事実だ。
階段を一段づつ上り、教室まであと少しという所で、私は異変に気付いた。
静か過ぎる。普段なら女の子同士の姦しい話し声が聞こえてくる廊下に誰もいない。教室の窓から黄色い笑い声が漏れて来ない。この異常事態に、シャルと本音と顔を見合わせる。
「なあ、シャル。今日は授業が休み。という事は無いよな?」
「う、うん。そのはずだよ?」
「ど〜なってるの~?」
訝しみながらも教室のドアを開ける。途端、異様な程の緊張感に満ちた空気に肌が粟立った。
「な、何だ!?」
「く、空気が固い!?」
「うあ~、お肌がピリピリする〜」
「ん?ああ、ようやく来たか、九十九」
「お待ちしておりましたわ」
「あんたが証人よ」
「見せてやろう、私達の答えを」
「……よく見て、よく聞いていて」
緊張感の正体は一夏ラヴァーズから立ち昇る『覚悟』の気配。それに当てられて、教室はおろか廊下にすら人が居なかったのだ。
その緊張感に呑み込まれ、一組女子は自分の机に釘付けになっている。言葉を発する事すら容易ではない雰囲気が、場を支配していた。そんな中、ラヴァーズ達は大きく深呼吸をした後、一夏に向き直った。
「「「一夏(さん)!」」」
「は、はい!?」
ラヴァーズに一斉に呼び掛けられた一夏は、ビクッとして慌てて立ち上がる。その直後、これまでに発生したどんな原作乖離より大きなそれが発生した。
「「「私達は、あなたの事が一人の男性として好きです!私達と恋人同士になって下さい!」」」
「……え?」
突然の告白に呆然とする一夏。永遠に感じる程に長い、しかし僅かな静寂の後、教室が爆発した。
「「「ええええええええええっ!?」」」
驚愕する一組女子一同。未だ再起動を果たさない一夏。やりきった顔のラヴァーズ。それらを目に収めながら、私はたった一言、万感を込めて呟いた。
「……どうしてこうなった?」
遂に発生した超弩級の原作乖離。
私は、もはやこの世界が原作世界とは完全に似て非なる物へと変わったのを、魂で理解したのだった。
「なあ、九十九。俺、どうしたらいいんだ?」
「それはお前が決める事だ、一夏」
錆びついたブリキ人形の様にギギギ、とこちらを向いて訊いてくる一夏に、私はそれしか言えなかった。
次回予告
誰かが言った。「恋にルールもゴールも無い」と。
好敵手達に置き去りにされた霧纏う淑女は一計を案ずる。
それは『勝者が全てを手にする戦』の開始の合図だった。
次回『転生者の打算的日常』
#62 体育祭(宣言)
一週間後、IS学園大体育祭を開催を宣言します!