転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#60 IS学園防衛戦(後)

 IS学園上空500m。九十九とメルティの戦いは、終始メルティが有利に進めていた。その事に、メルティは高揚していた。

「はあっ!」

「くっ!」

 

ガンッ!ガンッ!

 

 大型メイスを辛うじてハンマーで受け止め、焦っているかのような表情を見せる九十九。それが何よりメルティに喜悦の感情を呼び起こす。

(行ける!やれる!この『天空神(アルテラ)・改』なら!)

「はああ……はっ!」

「うぐうっ!」

 速力に任せて九十九に再度突進。メイスを振り抜いて九十九を吹き飛ばすと、ランドセルの滑腔砲の伸展して撃ちかける。

「食らいなさい!」

「ちいっ!」

 吹き飛ばされた状態から何とか体勢を立て直し、迫る砲弾をギリギリで躱す九十九にもう一度接近してメイスを振り下ろす。

「はああああっ!」

 

ズドンッ!

 

「がふっ……!」

 腹に直撃した感触が、メルティの手に伝わる。そのまま地面に向かって墜ちていく九十九に、滑腔砲の全弾と荷電粒子砲の最大出力を纏めて浴びせかける。瞬間、爆音が轟き、爆煙が視界を覆った。

「ぐあああっ!」

 砲弾を浴び、学園近くの砂浜に墜落した九十九を追いかけ、メルティが浜に降り立つ。

「無様なものね、村雲九十九」

「くっ……はぁ……はぁ……」

 何とか立ち上がった九十九だったが、その場で膝をつき、顔を俯け、荒い呼吸を繰り返す。

(ダメージは十分与えた。あいつはもう動けないと見ていいわね)

 その割には装甲が綺麗な気もするが、瑣末事だと判断したメルティは、メイスをその場に放り捨てると大振りの剣を呼び出し(コール)。九十九にゆっくりと近づいて正面に立つと、剣を振り上げて宣言した。

「これで終わりよ、村雲九十九。あの世で懺悔なさい!」

 この時、メルティは気づいていなかった。俯けた九十九の顔が『我が意を得たり』と言わんばかりの笑みに歪んでいた事に。

 

「死ね!」

 

ガシッ!

 

 メルティが剣を振り下ろそうとした刹那、その動きが突如として止まる。

「なっ、何が……!?」

 メルティが振り返って剣を見るが、そこには自分の大剣以外何も無かった。驚くメルティの一瞬の硬直を見逃す事なく、私はメルティの股間目掛けて拳を突き上げた。

 

ズンッ!

 

「え?……あ、あ、ああああっ!」

 突如として真下から襲った衝撃と内臓を押し潰された痛みに、大剣を取り落として苦悶に満ちた悲鳴を上げるメルティ。

「ふう、ようやく隙を見せたな」

「貴方……さっきまで私に押されていた筈なのに……どうして……?」

「メルティ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「なん……ですって……!?」

 そう、私は今までメルティに押し込まれているように見せて、メルティの機体や戦闘法などの情報を可能な限り収集していたのだ。

 腹に受けたメイスの一撃は、インパクトの瞬間に吹き飛んだ風を装って後方に飛ぶ事で衝撃を逃がし、滑腔砲と荷電粒子砲は着弾前にコッソリ取り出したスモークグレネードを爆発させ、煙の中で《スヴェル》を呼び出し(コールし)て防御。

 後は墜落したように見せかけ、息も絶え絶えになっている所を見せれば、彼女は勝手に『もはや虫の息だ』と思ってとどめを刺しに来るだろう。私はその瞬間を待って、反撃に出るだけで良い。

「と、言う訳だ」

「あ、貴方……」

「卑怯だ、などと言うなよメルティ。これは戦闘だ。勝利の為ならどんな手だろうと使って当然だろう」

 未だに股を押さえて蹲るメルティに向け、《狼牙》を連射。反応の遅れたメルティは全弾直撃を受ける。

「あぐっ!」

 撃ち終わった《狼牙》を放り捨て、《レーヴァテイン》を呼び出し。引鉄を引いて刀身を赤熱させる。

「情報は揃った。メルティ、これから貴方に、私の『本当の戦い方』をお見せしよう」

 《レーヴァテイン》を突き付けてそう宣言すると、メルティは股間の痛みに顔を顰めながら、大剣を拾い上げて構えた。

「『本当の戦い方』ですって……?そんなものが有るなら、見せてみなさいよ!村雲九十九!」

「ふっ……」

 叫ぶと同時に突貫して来るメルティを、私は笑みを浮かべて待ち構える。さあ、第二ラウンドと行こうか。

 

 

 一方、千冬と『名も無き兵達(アンネイムド)』隊長の女の戦闘は、佳境を迎えていた。

「ッ!」

 

ガギンッ!

 

 鈍い音と共に、千冬が装備していた刀の最後の一振りが折れ曲がった。

「終わりだな」

 それを見た女の動きは機敏だった。素早く左のボディブローを千冬の腹に叩き込む。刹那、バンッ!と破裂音が響き、千冬が大きく吹き飛んで行った。

「今のは……?」

 千冬を殴った手応えがおかしい。そう思った女は自らの左手を見た。その拳には、焼け付いた火薬の跡があった。瞬間、女は自らの失敗を悟った。

(しまっ−−)

 千冬との距離は離れ、千冬は指向性爆破装甲(チョバム・アーマー)で無傷。しかも自分の周囲には千冬が突き立てた刀が大量に存在している。そして、千冬ははっきりと宣言した。

「『木端微塵』」

 その単語が引鉄となり、次の瞬間全ての刀が大爆発を起こす。

「!!!!」

 壁も床も天井も、その全てが爆発に飲まれて滅茶苦茶に破壊されていく。千冬は炎が追い付いて来るよりも早く、廊下を走り出していた。

「逃がす……かぁっ!」

 冷静沈着を常とする女だったが、何時までも千冬を捉えられない事に思わず苛立ちが噴き出した。

 スラスターを開いて一気に飛翔、逃げる千冬の背中に一撃を叩きこむ−−筈だったが、千冬はまるで背中に目でもあるかの様に、ひらりと宙返りをしてそれを躱した。

「ふっ!」

 

ガツッ!

 

 千冬は迫る女の顔面に蹴りを入れ、その反発力で廊下を曲がると、そのまま突き当りの部屋へドアに体当たりをして転がり込んだ。

(反響センサーの反応では、あの部屋は袋小路。今度こそ貰った!)

 勝利を確信した女は、スラスターを全開にして飛翔。千冬の飛び込んだ部屋に、ドアを蹴破って突入した。

 女が部屋に突入した瞬間、部屋の照明が点灯する。そこで女が目にしたのは、自分に背を向け()()()()()()()()()()()()()()()()千冬だった。

「出番だ、真耶」

「はい!」

 

バッ!

 

 千冬がステルスマントを取り払う。そこから現れたのは、女が見た事もないパッケージのような物を装備した『ラファール・リヴァイブ』だった。

(な、何だあれは!?)

 その威容に女は驚愕する。目の前の『ラファール』は、簡潔に言えば『ISの上から巨大なISを装着している』ように見えたからだ。

 ISを中心に極大サイズの四肢を取りつけたような外観。その両手には『ラファール』用の超大型砲戦パッケージ《クアッド・ファランクス》の装備である25㎜口径7連装ガトリング砲を持っている。

 脚からは何本ものアンカーが生えており、それ等を床に突き刺して砲撃姿勢の安定を図っている。

 腕が脚より遥かに長く、恐らく伸ばせば床に届くだろう。巨大な拳は、どんな物でも粉砕してのけそうだ。

「紹介しよう。これは、村雲九十九が『うちのイカしたイカれ野郎(マッド)共のアホ発明です』と言って、学園にモニタリングテストを依頼してきた全領域対応超大型パワーローダー。《霧巨人(ヨトゥン)》だ」

 九十九を『何時使うんだこんな物』と呆れさせ、器用と言われるシャルロットすら『流石に無理』と自機への搭載を拒んだトンデモ武装。それが《ヨトゥン》だ。

 その説明に、女は呆然としてしまう。ラグナロクが『変態企業』なのは知っていたが、まさかこんな物を作る程とは思っていなかったからだ。そして、その隙を見逃す程、真耶は甘くない。

「行きます!」

 ガシャン、と音を立ててガトリング砲を構える真耶。その音にハッとした女が回避を試みるが、それは一瞬遅かった。

 

バラララララッ!

 

 2門のガトリング砲から放たれる無数の弾丸が女に迫る。引き伸ばされた感覚でそれを見た女は、一つだけ逃げ場を見つけた。

 それは《ヨトゥン》の真上。超大型ガトリング砲の反動を制御しようとすれば、砲口の向きを固定して撃つしかない。ならば−−

(直上へ逃れれば、すぐに攻撃できないはず!)

 そう考えた女は、被弾を覚悟で《ヨトゥン》の真上に逃れるべくスラスターを全開にして飛んだ。しかして、多少のダメージと引き換えに、女の目論見は成功した−−かに見えた。千冬がこの一言を発するまでは。

「それは悪手だ、『名も無き兵達』」

「!?」

「そう来るようにしたんです!せーの……ええい!」

 そう言うと同時、真耶はガトリング砲をその場に捨てて、《ヨトゥン》の脚部アンカーを収容。スラスターを全開にして女に向かって飛び上がる。

「そ、そんな!?」

 迫り来る《ヨトゥン》を纏った真耶に、女は狼狽する。まさか、あんな鈍重そうな機体が、これほどの速度で飛ぶとは思わなかったからだ。

 そんな女を尻目に、真耶は《ヨトゥン》の拳を握り、女に向かって突き出しながらなおも接近。拳が女を捉えた瞬間、音声コマンドを入力した。

「これで終わりです!必殺!バスター・ナックル!」

 

ズドオンッ!

 

「がっ……」

 炸薬によって撃ち出された拳が女の全身を強かに打ち付ける。女の意識とISのシールドエネルギーは、その一撃によって一瞬で持って行かれ、女はほんの数瞬天井にめり込んだ後、そのまま床に墜落するのだった。

 

ズズンッ!

 

 重々しい着地音を響かせて《ヨトゥン》が着地。その振動で、千冬が飲もうとしていたコーヒーが僅かに溢れて千冬の手にかかった。

「熱っ!」

「あっ!す、すみません、織斑先生!大丈夫ですか!?」

「ああ。大丈夫だ、問題無い」

 熱さに顔を顰めた千冬に慌てて謝る真耶。それを手で制してコーヒーを一啜り。

「……うん。山田先生の淹れたコーヒーは格別だな」

「それ、インスタントですよ?」

「……山田先生、対象の拘束を」

「あ、は、はい!」

 千冬の言葉を受けて、ISを降りて女の拘束に向かう真耶を横目に見ながら、千冬は若干血の味のするコーヒーを静かに飲み終えた。

 

 

「さて、こんなものかしらね」

 特殊ファイバーロープで特殊部隊の男達を縛り上げた楯無は、ふう、と一息ついた。

(国籍はアメリカで間違いなさそうね。無人機情報のパターン31に飛びついたんだし)

 しかし、不可思議なのは学園のシステムが停止した事だった。余りに長くこの状態が続く場合、最悪各教室のシャッターを破壊して外気を取り込む事を考えねばならない。

(う~ん、でも生徒会長自ら破壊行為っていうのは、ちょっとねぇ……)

 しかしまあ、迷ってもいられない。

「行きましょうか」

 エネルギー節約の為、ISを待機状態に戻して一歩を踏み出そうとしたその時、不意に楯無の脳裏に九十九の言葉が蘇った。

 

『ねえ、九十九くん。自分の実力じゃどうしても倒せない相手を、それでも倒せって言われたら、君はどうする?』

『そうですね……。まずは相手の思考能力を徹底した挑発で奪って、その上で見え見えの罠を仕掛けます』

『その心は?』

『見え見えの罠を食い破らせて、その裏に隠した本当の罠に嵌めて自滅を誘うんですよ。ただこの戦術、煽り耐性の高い人や、そもそも人の言葉に耳を貸さない人には通じませんが』

『なるほどねぇ……。他には?』

『そうだな……やられたフリをしたり、わざと捕まったりして相手の油断を誘い、隙を見せた所を後ろからズドン。とか』

『やっぱり君ってえげつないわねぇ……』

『どうしても倒せない相手を、それでも倒そうとするんです。なら汚かろうと卑怯だろうと、どんな手でも使わないとでしょ』

 

「‼」

 九十九の言葉を思い出し、はっとなった楯無が男達に向き直るのと、男の持つ無音銃から弾丸が発射されたのはほぼ同時だった。

「あぐっ!?」

 振り返った楯無の腹を特殊合金の弾丸が貫通し、その衝撃で楯無はもんどり打って倒れる。直後、撃たれた腹部から血が溢れて廊下を濡らした。

「やっと隙を見せたな……」

(しまった、私とした事が……)

 縛り上げた男達の拘束が解けていた。恐らく、隠し持っていたプラズマカッターで切り落としたのだろう。その四肢は自由に動いている。

「どうしますか?班長」

「こいつはロシア代表登録の操縦者だな。日本人のくせにISを手にする為に自由国籍権で国籍を変えた尻軽だ」

「では……?」

「止血と応急処置、モルヒネで意識を鈍化。その後、操縦者ごとISを持ち帰る」

了解(ラジャー)

 リーダーの言葉を聞いてからの男達の行動は極めて迅速だった。自殺防止の為に猿轡を楯無に噛ませ、モルヒネを打ち込んで楯無の意識を奪い、止血と応急処置を手早く済ませて楯無を抱えると、そのまま来た道を戻り回収部隊との合流地点へ急いだ。

(助けて……  ……くん)

 薄れ行く意識の中、楯無が心の中で呼んだのが誰だったのかは、本人にも分からない。

 

 

 楯無が男達に誘拐されようする30分前、IS『白式』を通して誰かが自分を呼ぶ声を聞いた一夏は、倉持技研を飛び出し、一路IS学園へと向かっていた。連続の瞬時加速(イグニッション・ブースト)を用い、全速力で駆け飛ぶ。

(呼んでる。誰かが呼んでるんだ……。俺を!なら、行かないと!()()()()()()()()()()()!)

 使命感と焦燥に駆られながら、一夏は遮二無二飛んだ。学園本校舎が見えたその時、『白式』のセンサーが何かの反応を捉えた。

「っ!?あれは……!」

 一夏が目をやったその先で、学園の渡り廊下を黒一色のアサルトスーツを着た男達が楯無を抱えて移動している。それを見た一夏は、意識を一点に集中し、瞬時加速に入って男達に突撃する。

「その人を……離せえええっ!!」

 突撃と同時に男達を振り払って楯無を確保した一夏は、そのまま真下の地面に荷電粒子砲を撃って土煙を上げて男達の視界を奪う。

「くっ、なにが……」

「うらあああっ!」

 いきなりの一夏の襲撃に面食らう男達。その隙を見逃さず、一夏は男達を一撃で壁に叩きつけて沈黙させた。

「楯無さんっ!楯無さんっ!?」

 必死に名を呼ぶ一夏。生体反応がある事から死んではいないと分かる。だが、一夏がどんなに呼び掛けても、楯無の目は覚めない。

「楯無っ!」

 一夏が一際強く名を呼ぶと、やっとその瞼が開いた。

「ん……。いち、か……くん……?」

 モルヒネを打たれたからか、その瞳はトロンとしていて、一夏はその様子を眠り姫のようだと思った。

「大丈夫ですか?すぐに医療室へ連れていきますから!」

「ううん……地下……この場所に、行って……。織斑先生たちも……そこに……」

「分かりました!」

 受け取った位置データを元に、一夏は校舎の廊下をフル・ブーストで飛翔する。その際、一夏は楯無が流血している事に気付いた。

「楯無さん、血が……撃たれたんですか!?」

「へーき……」

 楯無はそう言ってえへへ、と笑うが、その顔にも声にもいつもの余裕は無い。

(くそっ、何がどうなってんだ!?)

 地下への最短ルートを邪魔するシャッターを荷電粒子砲で破壊しつつ、一夏は千冬の下へと急いだ。

「ここか!」

 位置データにある場所に辿り着いた一夏がパネルを操作してドアを開くと、中には千冬と真耶、そして一夏の見知らぬ女性が拘束された状態でいた。

「は……え?一体、何が−−」

 状況が飲み込めずポカンとする一夏に、千冬が怒号混じりの命令を飛ばす。

「説明は後だ!織斑、すぐに篠ノ之達の救出に向かえ!」

「位置データを転送する!急げ!」

「は、はい!」

 急かされた一夏は楯無を真耶に任せ、来た時同様に最大出力で廊下を進んだ。

(ホントに何が起こってるんだよ!?)

 教えられた部屋の前で『白式』を解除し、中へ入る。その真っ白な部屋の中には、眠っている箒達と、その前でオロオロと狼狽える簪がいた。

「あ……。一夏、くん」

 一夏が入ってきた事に気付いた簪に、一夏は状況説明を求めたが、元来口下手な簪には口頭で説明するのは難しい。ならば、と簪は状況説明のメールを一夏に送った。

 

『一夏くんへ。今現在、IS学園は何者かのサイバー攻撃によって無力化されています。コントロール奪還のために電脳世界に進入した篠ノ之さん達も、同様に何かしらの攻撃を受けて連絡がつきません。また、このままでは目覚める事もないでしょう。そこで、一夏くんは同じようにISコア・ネットワーク経由で電脳世界にダイブし、みんなの救出をお願いします。更識簪より』

 

 ちなみに、これだけの長文を打つのに簪が掛けた時間は僅か15秒。ある意味、才能の無駄遣いであると言えた。

 未だに分からない事だらけだが、目の前の彼女達を助ける事ができるのがこの場に自分しかいない。一夏はそれだけを理解した。

「で、簪。電脳世界にダイブってどうするんだ?」

「…………」

 そう訊いてきた一夏に対し、簪はスタンガンを持って近づく。一夏の訝しげな顔を知ってか知らずか、簪は一切の躊躇なく一夏の首にそれを押し付け、トリガーを引いた。

「っ!?」

 途端、一夏はビクンッと体を震わせた後、床に崩れ落ちた。簪は一夏を頑張ってベッドチェアに運んで横たえると、『打鉄弐式』のコンソールを操作し、一夏を電脳世界に送り込むのだった。

『い、いきなり何すんだよ!……って、あれ?どこだここ?』

 一夏からの抗議の声はとりあえず無視し、簪は一夏に行動を指示した。

「森の中に急いで。そこにあるドアの先に、みんなはいるはず」

『了解!』

 言うが早いか、一夏は真っ直ぐに森の中へと駆けていった。

 

 IS学園防衛戦、現在の状況−−

 

 一夏ラヴァーズ−−電脳ダイブ中、何者かの攻撃によって音信不通。織斑一夏、救出の為に電脳ダイブ開始。

 

 更識楯無−−戦闘終了。一瞬の隙を突かれ腹部に銃撃を受け負傷。誘拐されかけるも織斑一夏により救出。命、身柄共に別条なし。

 

 織斑千冬−−戦闘終了。《霧巨人》装備の山田真耶との連携戦術により、侵入者の捕縛に成功。

 

 

 高温溶断剣(ヒートソード)の目的は、その赤熱化した刀身によって対象を溶断破砕する事にある。《レーヴァテイン》もその例に漏れない。

 一般的なIS用の近接武装に使われる特殊合金の融点は1800℃。一方《レーヴァテイン》の赤熱状態時の温度は2000℃になる。その温度差は実に200℃。その状態で互いの武器で斬り結ぶとどうなるか?その答えは−−

「そのあちこち溶けてボロボロになった大剣が、何より雄弁に物語っているよな?メルティ」

「くっ……」

 刃が鋸のようになり、最早使い物にならなくなった大剣を見て歯噛みするメルティ。だが、私の持つ《レーヴァテイン》の状態に気づいたのか、したり顔を浮かべて言った。

「ふん、貴方も人の事を言えないじゃない。その剣、随分くたびれてるようだけど?」

 見れば、《レーヴァテイン》は赤熱状態で何度も大剣と斬り結んだ事で歪みが生じていた。金属を赤熱して攻撃する以上、どうしても刀身は柔らかくなり、結果として歪みやすくなってしまうからだ。

「ふむ、確かにな。これはもう使えんか」

 指摘を受けて、私は手にした《レーヴァテイン》を砂浜に放り捨てた。その瞬間、メルティがこちらに突貫してくる。

「馬鹿ね!自分から武器を捨てるなんて!知ってるのよ、貴方がヒートソードをそれ一本しか装備していないって事は!」

 言いながらボロボロになった大剣を捨て、大振りのナイフを抜いて振りかぶるメルティ。だが、それは調べが甘い。

 

キンッ!……トスッ

 

 軽い音を立ててメルティのナイフの刀身が根本から折れ、砂浜に突き刺さる。それにメルティは唖然とした顔をする。

「……え?」

「確かに、私は《レーヴァテイン》をあれ一本しか搭載していない。だが、剣が他にないとは言っていない」

 そう言う私の手には、両刃の片手半剣(バスタードソード)が握られている。メルティのナイフを一瞬で斬り折ったのはこの剣だ。

超音波振動剣(メーザー・バイブレーション・ソード)《フルンティング》。ラグナロクの最新武装だ」

 メーザー(M)バイブレーション(V)ソード(S)は、刀身に毎秒2〜4万回の超音波振動を与える事で切断力を上げる。という武器だ。

 有名所は、イギリス製第二世代機の中でも傑作と謳われる『円卓の騎士(ラウンドナイツ)』シリーズの一機、『ランスロット』の《アロンダイト》だろう。《アロンダイト》の振動回数は毎秒8万回で、凄まじい切れ味を誇った。

 だが、ラグナロク開発のMVS《フルンティング》の振動回数は、脅威の毎秒20万回。余りの切れ味に、開発した技術者からの手紙に『絶対に人に使うな』と書いてあったのに驚いたのは記憶に新しい。

「そんな、いつの間に……」

「これが完成して、オーバーホールを終えた『フェンリル』と共に私の所に送られてきたのは、つい二日程前だ」

 何でもない風に言った私に、メルティは嘲ったような笑みを浮かべた。

「それは嘘ね」

「何故そう思う?」

「もし本当にオーバーホールが終わっているなら、貴方が《ヘカトンケイル(最大戦力)》を出さないのはおかしいからよ!」

 吠えるなり、メルティはナックルガードを装着した拳で私に殴りかかろうとして−−出来なかった。

「何よ、これ!どうなってるの!?まさか、AIC!?」

 メルティの拳は私の顔面数cm手前でピタリと止まっており、メルティがどれだけ動かそうとしてもビクともしない。だが『フェンリル』にはAICなどという便利な物は搭載されていない。

 では、メルティの拳を止めたものは何なのか?その正体を、私は明かした。

「メルティ。私は《ヘカトンケイル》を出さないんじゃない。出せないんだ。何故なら−−」

 私がパチン、と指を鳴らすと、メルティの周辺空間から静電気の弾けるような音を伴って《ヘカトンケイル》が現れた。メルティの拳が止まったのは、その腕を《ヘカトンケイル》が掴んでいたからだ。

「なっ!?」

()()()()()()()()()()()だ」

 驚愕するメルティに人の悪い笑みで回答する私。と同時に、メルティの股間を爪先で蹴り上げる。

「ぎいっ!?」

 痛みにメルティが怯んだ隙に、全速で後方へ離脱。そのままメルティを《ヘカトンケイル》で包囲する。

「これで、もう逃げる事はできないぞ。メルティ」

「光学迷彩……そんな物まで……!でも、包囲が甘いわよ!村雲九十九!」

 叫んだメルティは《ヘカトンケイル》の包囲を抜け出すと、スラスターを全開にして突撃して来た。

「これでえええっ!」

 メルティは腕部ガトリング砲をバラ撒きつつ、私に接近してくる。だが、それこそが私の狙いだと言う事にメルティは気付かなかったようだ。

 バラ撒かれるガトリング砲の弾を躱しつつ、メルティが放り捨てたメイスへと誘導。メイスに気づいたメルティがそれを通り過ぎざまに掴んで振り上げると、更にスピードを上げて私に向かい突進。メイスが届く距離まで近づいた。

「これで終わりよ!」

「貴方がな」

 私が横に移動すると、隠されていた本当の罠が姿を現す。それは、《ヘカトンケイル》に掴まれ、ブースターを全開にしてこちらに飛んでくる《ミョルニル》だった。

「っ!?」

 

ゴシャアアンッ!!

 

 躱す事も防ぐ事も出来なかったメルティは《ミョルニル》と正面衝突。盛大な音を立て、装甲を撒き散らしながら縦軸三回転をしたメルティは、そのまま砂浜に大の字に倒れてピクリとも動かなくなった。それに合わせるかのように『アルテラ』の装着が解除され、待機状態に戻るのだった。

 

「ふう、何とかなったか。彼女が単純で助かった」

 もしメルティが思慮深く、相手の言葉や行動の裏を読む事に長けた女性であったなら、きっとこうはならなかっただろう。勝因を上げるとすれば、偏に『メルティ・ラ・ロシェルが極めて読みやすい女性だったから』に他ならない。

「よし、今度こそ捕縛して情報を得るとしよう。末端の構成員の彼女が知っている情報などたかが知れているだろうがな」

 それより気になるのはあの魔改造を施された『アルテラ』だ。これを回収して解析すれば、この大胆な改造(アレンジ)をしたのが誰なのか、うちの技術者なら分かるのではないだろうか。

「……それに、豪州連合(AU)に恩を売っておくのも悪くないだろう」

 魔改造済みとは言え、奪われた機体が戻ってくるのはAUにとっても望外の喜びの筈だ。それは今後のラグナロク、ひいては私にとって大きな利に繋げる事もできるだろう。

 そうと決まれば善は急げ。私は『フェンリル』を待機状態に戻してメルティに近づき、『アルテラ』の待機状態と思われる翼を広げた鷹の意匠のペンダントトップを掴もうとして−−

「っ!?」

 何かが飛んでくる気配を感じて咄嗟に引っ込めた腕を、その直後に飛んできたナイフが掠め、小さな切傷をつけていった。

「ごめんなさいね、村雲九十九くん。それを渡す訳にはいかないのよ」

 上空から掛けられた声。そちらに目を移すと、そこには見慣れない女がISを纏って浮いていた。

 ウェーブのかかった長い金髪、男なら十人中十人が振り返るだろう美貌、メリハリの効いたボディライン、控えめに言っても途轍もない美人だ。

 しかし、最も印象的なのはその目。アクアマリンにも似たその瞳に湛えた光はどこまでも冷たく、酷く硬質だ。

「何者だ?貴方は」

「そこの女の上司……という所かしら。一応初めまして、村雲九十九くん。私は『現在の』エイプリル。よろしく」

 それを聞いて、私はメルティと初めて相対した時の事を思い出した。

 彼女は自分の事を『亡国機業(ファントム・タスク)のブリーズ』と名乗り、ケティ・ド・ラ・ロッタの事を『エイプリル』と呼んでいた。それらは亡国機業によって与えられた暗号名(コードネーム)、もしくは席次を表す称号のような物なのだろう。そのケティが失態を犯して『エイプリル』の名を剥奪された後、それによって空いた席に座ったのが彼女という事だ。

 つまり、亡国機業には代替わりというシステムが存在し、名前持ち(ネームド)の人数は常に一定に保たれているという事だろう。また一つ、正体不明の組織の秘密が分かったな。

 こちらの内心を知ってか知らずか、エイプリルと名乗った女は私に要求を突き付けてきた。

「もう一度言うわ。それを渡す訳にはいかないの。こちらが逃げ切るまで、動かないでくれるかしら」

「それで『はい、そうですか』と言うとでも?」

「いいえ、言う必要は無いわ。だって貴方、どうせもうすぐ動けなくなるから」

「何を……うっ!?何だ……?この猛烈な睡魔は……?」

 彼女の言葉を訝しんでいると、突然、私を強烈な倦怠感と眠気が襲う。この感じは睡眠薬か!?だが一体いつ……?

「っ!?まさか、あの投げナイフか……!?」

「ご名答。あれには1㎎でゴリラも昏倒させる睡眠薬を塗っておいたの。大丈夫、貴方が寝ている間に全て終わるわ」

「く……そ……」

 私はまた貴重な情報源を取り逃がす事になるのか?それどころか、このまま寝てしまっては最悪その間に殺されかねない。何としても眠るな!

 しかし、心とは裏腹に意識はどんどん遠くなっていく。視界がボヤけ、目の前の女の顔も判然としない。

「お休みなさい」

 エイプリルのその言葉を聞いたのを最後に、私の意識は完全に闇に沈んだ。

 

 IS学園防衛戦、現在の状況−−

 

 一夏ラヴァーズ−−一夏の奮戦により、続々と意識を回復。間もなく電脳ダイブ終了。

 

 更識楯無−−山田真耶によって再生治療室に搬送完了。現在治療中。

 

 織斑千冬−−『名も無き兵達』隊長への取り調べを開始。

 

 村雲九十九−−戦闘終了。メルティを撃破するも、直後に現れたエイプリルの放った睡眠薬付きナイフによって昏倒。意識不明。

 

 

『IS学園が何者かに襲撃され、九十九が『アルテラ』と戦っている』

 その一報を聞いたシャルロットは、新パッケージの試運転(トライアル)もそこそこに、大急ぎでIS学園へと飛んだ。

 本当は1秒でも早く着くために瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使いたかったが、絵地村博士から「微調整(アジャスト)が済んでいないから機体に負荷をかけると良くない」と言われ、やむなく出せるだけの速度でとにかく飛んだ。

 IS学園を視界に収めた丁度その時、島の北側の海岸からISが人を抱えて飛んでいく所が見えた。

(あそこに九十九がいる!)

 確信めいた予感を持ったシャルロットは、海岸へと急いだ。数分後、海岸に到着したシャルロットが見たものは、()()()()()()()()()()()()()九十九だった。

「つ、九十九……?い、いやああああっ!!」

 IS学園に、一人の少女の悲痛な叫びが響いた。




次回予告

一つの事件が終わる時、それは新たな事件の始まりだ。
少女達が少年への思いを吐露した時、少年はどう返すのか?
それは、神にも分からない。

次回「転生者の打算的日常」
#61 恋模様

どうするかを決めるのはお前だ、一夏。

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