転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#58 侵入

「それで?どうするんだ、お前達」

 シャルと本音、この二人と色々な意味で深く『繋がった』翌日の寮食堂。

 呼び寄せた一夏ラヴァーズに対して投げかけたこの質問は、連休前に私が鈴にされたものと同じ質問だ。それに対して、ラヴァーズは困惑を顔に浮かべていた。

「どうするんだって……」

「どういうことよ?」

「どういう事も何も無い。一夏の事だ」

 私のこの言葉に、5人はピクリと反応する。私はもう一度5人の目を見て、含めるように言った。

「男性IS操縦者特別措置法案……いや、もう『案』は外れているんだったな。既に施行済みなのだし。で、箒」

「な、何だ!?」

「特別措置法の中で、最も世界の注目を集めた措置は何だ?」

 私の質問に箒が腕を組んで考えていると、横からセシリアが答えた。

「それはやはり『最大5名までの重婚の許可』でしょう」

「私は箒に訊いたんだが……まあいい。次、鈴」

「何よ?」

「この特別措置法を適用されるのは、今現在誰と誰だ?」

 この質問に『質問の意図が分からない』という顔をしながらも答える鈴。

「そりゃあ、あんたと一夏でしょ?それが何だってのよ?」

 『?』を頭上に浮かべる5人に、私はニヤリと笑みを浮かべて告げた。

「分からないか?お前達は5人。重婚の許可上限も5人。つまり、お前達が一夏を取り合う理由は、既に無いんだぞ」

「「「っ!?」」」

 途端、5人の顔が驚愕に彩られた。そんな事を考えても見なかったのだろう。

「これを踏まえて、お前達にもう一度訊く。どうするんだ?」

「ど、どう、と言われましても……」

「それは……」

「むう……」

 あからさまに動揺し、言葉を濁すラヴァーズ。

「分かり易くしてやろう。今後、お前達が取り合うべきは一夏の心か?それとも互いの手か?良く考えて答えを出す事だな。行こうか、二人共」

「「うん」」

 それだけ言って、私達は食堂をあとにした。後には、私の言葉を受けて思い悩むラヴァーズだけが残された。

 

 

 だが、そんな少女達の悩みなど意に介さずに時は進む。

 今日は一学年合同IS実習が行われる。第一アリーナのグラウンドには一年生全員が整列しており、いつものように千冬さんが腕組みをして立っている。

「織斑、篠ノ之、村雲、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、更識!前に出ろ!」

 授業開始早々、専用機持ち全員を呼び出す千冬さん。

「先日の襲撃事件で、お前達のISは全てではないが深刻なダメージを負っている。自己修復のため、当分の間ISの使用を禁止する」

「「「はいっ!」」」

 流石にその辺りの事は皆言われずとも分かっている。それを証明するかのように、全員が淀みのない返事をする。但し、私とシャルを除いて、だが。

「あの、織斑先生。僕の『カレイドスコープ』は殆どダメージを負ってないんですが……」

「私の『フェンリル』はつい昨日オーバーホールを終えて戻って来たばかりなのですが……」

「……お前達も他の6人に合わせて当分の間ISは使うな」

「「了解です」」

 まあ、そう言われるだろうとは思っていたので、私もシャルも文句を言わずに頷いた。

「さて、そこでだが……山田先生」

「はい!皆さん、こちらに注目してくださーい」

 そう言って、山田先生が千冬さんの後ろに並ぶコンテナの前で「ご覧あれ!」とばかりに手を開いて挙げる。

 グラウンドに集合した時から、一年生全員が一体何だろうと思っていた物なので、やっとのお披露目に生徒が騒ぎ出す。

 こうやって、隙あらばおしゃべりを始める辺りが10代女子の性状と言う奴なのだろうな。

「なんだろ、あれ?」

「もしかして、新しいIS!?」

「えー?それならコンテナじゃなくてISハンガーでしょ?」

「なにかななにかな?おかし!?おかしかなぁ!」

 ……最後は言わずもがな、本音だ。いや、菓子好きなのは知っているが、こんな所に持って来る事はないと思うぞ?

「静かに!……ったく、お前達は口を閉じていられないのか。山田先生、開けてください」

「はい!それでは、オープン・セサミ!」

 山田先生の掛け声の意味がいまいちピンと来なかったらしく、生徒達は一様にキョトンとする。いや、ネタが古いよ先生。そんな生徒達の反応を見た山田先生は、僅かに涙ぐみながらリモコンのスイッチを押す。

「うう……。世代差って残酷ですね……」

 内部駆動機構を搭載しているコンテナは、特有の重いモーター音を響かせながらゆっくりと扉を開いていく。

「こ、これは……」

 その中にあった物を見て、一夏が驚きの声を上げる。まさか一夏の奴、『コレ』の事を知って−−

「……なんですか?」

「いや、知らんのかい!」

 

スパーンッ!

 

 一夏の見事なボケに、つい拡張領域(バススロット)からハリセンを取り出してツッコミを入れた。

 一夏が私に叩かれた頭を押さえながらコンテナに目を向けるのに合わせてコンテナを見る。そこに鎮座していたのは、無骨なデザインの金属製のアーマーのような物だった。やはり『コレ』か。

「教官、これはもしや−−」

「織斑先生と呼べ」

 どうやらラウラにはそのアーマーに見覚えが有ったらしく、ついドイツ軍時代の呼び方をして千冬さんから軽く睨まれた。

 敬愛する千冬さんにきつい表情をされたラウラは、怯んだのかその先の台詞を飲み込んで口を閉ざした。

「これは、国連が開発中の攻性機動装甲外骨格『EOS(イオス)』だ」

「イオス……?」

Extended(エクステンデッド)Operation(オペレーション)Seeker(シーカー)。略してEOSだ。その目的は災害時の救助から平和維持活動まで、様々な運用を想定している」

「それは分かりました。それで織斑先生、これを私達にどうしろと?」

 私が尋ねると、それに返ってきたのは極めてシンプルな一言だった。

「乗れ」

「「「え!?」」」

 一夏+女子7人が声を揃えて口を開ける。ああ、やはりこうなるか。どれだけ原作乖離をしても、大筋は変わらないらしいな。

「二度は言わん。これの実稼働データを提出するようにと学園上層部から通達があった。どうせお前達のISは今は使えんのだから、レポートに協力しろ」

「「「は、はあ……」」」

 何となくの返事で頷く7人。一方、私達の後ろに移動した山田先生は、その他の一般生徒達に手を叩きながら行動を促した。

「はーい。皆さんはグループを作って訓練機の模擬戦始めますよー。格納庫から運んできてくださいねー」

「「「ええーっ」」」

 どうやらEOSの性能を見たかったらしい多くの女生徒は一斉に不満そうな声を上げるが、千冬さんが一睨みした瞬間即座に運搬作業に取りかかった。

 それを横目にとりあえずどうしたものかと考えていると、千冬さんに頭を叩かれた。どうやらまごついている私達にしびれを切らしたらしい。

「早くしろ、馬鹿共。時間は限られているんだぞ。それとも何か?お前達はいきなりこいつを乗りこなせるのか?」

 千冬さんの挑発的な物言いに真っ先に反応したのはセシリアだ。

「お、お言葉ですが織斑先生。代表候補生であるわたくし達が、この程度の兵器を扱えないはずがありませんわ」

 自信満々にそう言うセシリア。チョロい、相変わらずチョロいぞセシリア。

「ほう?そうか。では、やって見せろ」

 ニヤリと唇を吊り上げ、嗜虐的な笑みを浮かべる千冬さん。その顔に背筋の凍るような恐怖を感じながら、私達は割り当てられた機体に乗り込むのだった。

 

 がちりとした、重い金属の動く感触と、全く自由に動かせない四肢。思わず眉間に皺が寄る。

「くっ、この……」

「こ、これは……」

「まさか、これ程とは……」

「お、重い……ですわ……」

「うへえ、嘘でしょ……」

「う、動かしづらい……」

 私、一夏、箒、鈴、セシリア、シャル。全員が全員、EOSの扱いに困っていた。その原因は、EOSが『クソ重い』からだ。

 無論、総重量で言えばISの方が上だが、ISには受動式慣性制御装置(PIC)という反重力システムと機体各部の補助駆動装置、それにパワーアシストの恩恵で、殆どと言っていい程重さを感じる事無く扱える。

 対して、EOSは言ってしまえば『人型の金属の塊』だ。補助駆動装置を積んではいるが、そのレベルはISと比べて遥かに低い。しかも、エネルギー運用の関係上、常時オンにしておける物ではない。

 更に、直接行動入力装置(ダイレクト・モーション・システム)によって操縦者の肉体動作を先回りして動くISと異なり、全ての動きは操縦者の後になる。

 その上で問題なのが、背中に搭載された巨大な箱状の物。次世代型ポータブル(P)プラズマ(P)バッテリー(B)と呼ばれるこれは、単体重量が30kgを超える。

 挙句、それ程の重量がありながら、EOSのフルパワーは十数分しか保たない。それを過ぎたら本当に『ただの金属塊』に成り下がる兵器。それがEOSである。

 ISがいかに優れた装備であるか。それを今更ながら実感した。

「………」

 その一方で、黙々とEOSの感触を確かめていたラウラは、それから少しして「よし」と頷いた。

「それではEOSによる模擬戦を開始する。なお、防御能力があるのは装甲のみのため、基本的に生身は攻撃するな。射撃武器はペイント弾だが、当たるとそれなりに痛いぞ」

 千冬さんが手を叩いて場を仕切る。直後に響いた「はじめ!」の声と同時に、ラウラが脚部ランドローラーを使って未だ操縦に手こずる一夏との間合いを一気に詰めに掛かった。

「げっ!?こ、この!」

 ラウラを迎撃すべく一夏が拳を繰り出すが、その動きはいつに無く緩慢だ。

「ふっ。遅い!」

 それを回転運動で躱し、一夏の懐に潜り込んだラウラは、腰を落として一夏の足を払った。その動きに反応できなかった一夏はもんどり打って地面に倒れる。

「ぐえ!」

「まずは一機!」

 一夏が倒れた所に、素早くEOS用サブマシンガンをセミオートで三点射してすぐさま離脱。次の目標をセシリアに定めて真っ直ぐ突き進む。

「とった!」

「わたくしはそう簡単にやられませんわよ!」

 サブマシンガンを構えてフルオート連射をするセシリアだったが、その照準はまるで合っていない。というのも−−

「くっ!なんという反動(リコイル)ですの……!」

 通常、ISには射撃・格闘を問わず、反動を自動相殺するPICリアクティブ・コントローラーとオートバランサーが搭載されている。しかし、EOSにそんな便利な機能は無い。よって、EOSのパイロットは全ての行動とその反動の制御を、生身の自分で行う必要があるのだ。

「ああ、もう!火薬銃というだけでも扱いにくいのに!」

 文句を言いながらも、セシリアの照準は徐々にラウラに合い始めている。流石は国家代表候補生。軍で受けた生身での戦闘訓練が功を奏したか、反動制御に慣れが出てきたようだ。

 が、ラウラはその上を行っていた。セシリアが完全に銃器を使いこなすより先に、ジグザグ走行でセシリアに接近する。

「速いですわね!けれど、この距離なら外しませんわ!」

「甘いな」

 先程一夏に見せた円運動回避をせず、セシリアに向かい一直線に特攻をするラウラ。セシリアが放った弾丸を左腕の物理シールドで受け止めて、そのままセシリアに突っ込んで行く。

「なっ!?」

「ふっ……」

 驚きに目を見開きながら身構えたセシリア。その肩アーマーを、慣性のまま突き進んだラウラが掌で叩く。

「きゃあっ!?」

 バランスを崩し、背中から地面に倒れるセシリア。

 EOSはその重量の関係上、一度倒れると再度起立するのにどうしても時間がかかる。無論、そのための背部起立補助アームが装備されてはいるが、いかんせん遅すぎる。体を起こす前に、セシリアはラウラからペイント弾の連射を浴びるのだった。

「これで二機!」

「隙だらけよ!ラウラ!」

 ラウラの側面から、ランドローラーの出力を全開にした鈴が突っ込む。

「うりゃあ!」

 思い切り突き出した外骨格アームの正拳突き。しかし、ラウラはその攻撃を受け流すように身を捻って躱す。

「あれ?」

 そうなると、加速慣性を相殺できない鈴は大きく前方にバランスを崩す事になる。その結果−−

 

ドガシャンゴガン!!

 

「きゅう……」

 のっぴきならない音を響かせてすっ転んだ鈴は、そのまま目を回してしまうのだった。

「これで残りは……」

 ラウラが見つめるその先には、箒とシャル、そして私が並んで立っている。

「誰からだ?」

「わ、私は後でいい!」

「ぼ、僕も……」

「私もだ。今は見に回っていたい」

 首を振り、互いに順番を譲り合う私達。

「シャルロット、お、お前が行ったらどうだ?」

「ううん、ここは九十九が」

「いやいや、箒が」

「そう言うなシャルロット」

「遠慮しなくていいよ、九十九」

「私が先手を譲ると言っているんだ。受け取れ、箒」

「「「…………」」」

「じゃあ、私から行くぞ!」

「ううん、僕が行くよ!」

「いいや、ここは私が!」

「いや、私が行こう」

「「「あ、どうぞどうぞ」」」

 何処かで聞いた事のある遣り取り。これが日本文化の様式美という奴か。だが、最後に名乗りを上げたのはラウラだった。

「「「えっ?」」」

 私達は顔を見合わせるが、もう遅かった。

 

ギュイイン……!

 

 ラウラがランドローラーの重く鋭い音を立てながらこちらに接近して来た。それを見た私達は慌てて戦闘態勢を取る。

「く、食らえ!」

「ごめんね、ラウラ!」

「せめて一太刀、もとい一発!」

 即席チームとなった私達は、格闘戦ではなく射撃戦を選択した。鈴が盛大にすっ転んだのを目撃したからだ。

 が、普段から射撃型の私やシャルはともかく、専用機に射撃武器の無い箒は反動制御に失敗、その場に尻餅をついた。

「もらった」

 そんな隙をラウラが見逃す筈も無く、箒にペイント弾が降り注いだ。ただ、原作と違って残っているのがシャルだけでは無いからか、ラウラは全弾斉射ではなく三点射に留めていた。

「これで三機……次はお前だ、シャルロット」

 そう言うと、ラウラは箒が取り落としたサブマシンガンをシャル目掛けて蹴り飛ばした。

「うわっ!?」

「すまないな」

 一気に接近したラウラは、防御姿勢を取るシャルを腕で思い切り押した。

「わ、わわっ……!」

 ラウラに押された事でバランスを崩したシャルだったが、必死にバランスを取り直して耐えて見せる。

「む。耐えたか」

「え、えへへ……」

「ではもう一度だ」

 

ドンッ!

 

 しかし、そこはドイツ軍人。無慈悲なハンドプッシュは二度目も辞さない。

「わあっ!?」

 セシリア同様、背中から地面にダイブするシャル。だが、流石と言うべきか、接地寸前できちんと受け身を取っていた。

「終わりだ、シャルロット」

 倒れたシャルにサブマシンガンの三点射を浴びせると、ラウラは私に向き直る。

「最後はお前だ、九十九」

「最早退路はなし……か。いいだろう!行くぞ!」

 覚悟を決め、ラウラに一歩踏み出そうとしたその瞬間。

「あ」

「あ」

 

ズダーンッ!

 

 足を上げすぎた私は後方に大きくバランスを崩し、そのまま倒れてしまうのだった。背中のバッテリーの重さが原因で全く身動きが取れない上に、起立用アームが起動しないアクシデントも発生。完全に手詰まりだった。

「…………」

「……なあ、ラウラ」

「なんだ?」

「介錯を頼めるか?」

「なに?」

「見ての通りだ。私はもう、自分で終わる事すらできない」

「……分かった」

 そう言って、ラウラが私にマシンガンを向けた。

「ありが……」

 

ダダダダダダッ!

 

「っておい!最後まで言わせ……うおわああっ!」

 ラウラは私の台詞を最後まで聞く事無く、サブマシンガンの全弾を私に浴びせるのだった。

 

「よし、そこまで!」

 千冬さんの号令でEOS模擬戦が終了する。

「流石だな、ボーデヴィッヒ」

「いえ、これはドイツ軍で教官にご指導頂いた賜物で−−」

 

バシン!

 

 ラウラの言葉を遮って、出席簿ならぬスペック表アタックが炸裂した。

「織斑先生だ」

「……はい」

 頭を押さえるラウラの下に、EOSを装着解除した専用機持ち組が集まってくる。ちなみに。

「目が……ああ、目が……!」

「インクが付いて開けられないんだね?ほら、こっちだよ九十九」

 頭部アーマーに当たったペイント弾から飛んだインクが原因で目の開けられない私は、シャルに手を引かれてどうにかラウラの下へたどり着くのだった。

「ラウラ、このEOSって使った事あるのか?なんかえらく慣れてたけど」

「いや、ドイツ軍にはEOSに似たMobil Exoskelett(機動外骨格)と呼ばれる物が存在したのだ。主にIS用の実験装備の試験運用に用いられていた」

 一夏の問いにすらすらと答えるラウラ。それに頷いて私がラウラに声をかける。

「なるほど。それであれだけ動かせた訳か。流石だな、ドイツ軍人」

「あの、九十九さん?わたくし、セシリアです」

「あれ?」

 だが、声をかけた方向にいたのはセシリアだった。と、顔に布を当てられた感触。当てたのはシャルだ。

「はい、タオル。ちゃんと顔を拭いて」

「ああ、すまないな。シャル」

 渡されたタオルで目元を拭うと、ようやく目を開ける事ができた。目が見えない事がこんなに不便だとは。視覚障害者の人達は大変だな。

「では、改めて。流石だな、ドイツ軍人」

「うん。すごく上手かったもんね、ラウラ」

「上手いと言う程のものでもないだろう」

「あれで上手くなかったらなんなのよ。まったく」

 完全敗北(実際はほぼ自爆)を喫した鈴としては、苦笑いを浮かべざるを得ないのだった。

「それにしてもお前たち……ぷ、ふ、くくっ」

 いきなり笑いを堪えるラウラ。その理由は明確。私達の顔や体操服がペイント弾のインクまみれになっていたからだ。

「ラウラ……わざと俺の顔面狙ったろ」

「お前はまだいい。私など全身くまなくだぞ」

「ね、狙われる方が悪いのだ……はははっ」

 珍しいラウラの笑顔に、少しだけ面食らった。その顔はまるで、友達とじゃれ合う何処にでもいる少女のそれだったからだ。

「それにしても、このEOSとやらは本当に使い物になりますの?」

「それは私も気になったな」

 セシリアと箒が答えを求めて千冬さんに視線を向ける。

「まあ、ISの数に限りがある以上、救助活動などでは大きなシェアを獲得するだろうな」

 なるほど確かにそうだろう。人が生身で入るのは危険。だが、ISを出すのは大袈裟。そういった状況の災害現場では、EOSが大きな役割を果たしてくれるだろう事は想像に堅くない。

 そんな事を考えながら千冬さんに目を向けると、何かを考え込んでいるような顔で黙り込んでいて、指示を待つ専用機持ち組の視線に気づいていないようだった。

「織斑先生、私達はこの後どうすれば?」

 私が声をかけるとハッとしたような顔をした後、指示を出す。

「あ、ああ。それでは全員、これを第二格納庫まで運べ。カートは元々乗っていたものを使うように。以上だ」

 千冬さんが手を叩くと、全員が指示通りに動き始める。

 流石にカートに戻す作業は山田先生がISを使ってやってくれたが、結局運ぶのは各人の生身。それに鈴があからさまに嫌そうな顔をする。そんなこんなで、今日もまた実習の時間が過ぎて行ったのだった。

 

 

 明けて翌日。昼休みの廊下。

「はー。なーんか、かったるいわねぇ」

 鈴は頭の後ろで腕を組んで廊下を歩きながら、ストローだけで支えた紙パックジュースを飲んでいる。

「はしたないぞ、鈴」

「いいじゃない別に。あんたしかいないんだし。はー」

「鈴。そのかったるさの理由、一夏がいないからだろ?」

 その隣を歩く九十九がそう言うと、鈴はポロっとジュースを落としそうになった。

「なあっ!?ち、違うわよ!あんな奴、いなくたって別にいいわよ!大体、あんただってシャルロットが会社に新パッケージの受け取りに行ってていないのが寂しいんじゃないの!?」

「その通りだ。おまけに本音も今日は他の友達との付き合いに行ってしまってな。そのせいか、両腕が寒くて仕方ない」

「サラッと惚気けてくれたわね。あんたそんな奴だったっけ?」

 九十九の言葉に、砂糖でも吐きそうな顔をする鈴。ちなみにこの珍しい組み合わせは、前の授業が合同講義だったため、その資料片付けの帰り道だ。そこで早速ジュースを買うあたり、実に鈴らしい。

「しっかし、当分の間ISが使えないっていうのはヤバイわよね。パーソナルロックモードにしてあるから盗まれないし、盗まれても使えないけど」

 そう言って、鈴は自分の腕の『甲龍(シェンロン)』を見る。

 本来ならリングブレス状のそれは、パーソナルロックモードとして薄さ1㎜以下の皮膜(スキン)状態で腕に張り付いている。ぱっと見では、何かのファッションシールを貼っているように見える。

「問題は、このモードの時は操縦者緊急保護がいつもより遅いことよね」

「まあ、それは仕方あるまい。銃を分解したまま保管しているようなものだからな」

「んー。まあ、それなりに訓練受けてるから、ちょっとやそっとじゃやられないけどさぁ。それに、時間がかかるだけでいざという時には呼び出せるわけだし」

「確かにな。だが、その事で今現在、専用機持ちは全員二人以上で行動するよう義務付けられている訳だが」

「学園に残ってるので一人なのって楯無さんだっけ?」

「そうだ。あとは学園外に出ているシャルと一夏だな。多分大丈夫だとは思うが」

「……ったく、早く帰ってきなさいよ」

 思わず呟いてから、鈴はハッとして口を手で塞ぐ。しかし、バッチリと九十九に聞かれたようで、九十九は鈴に向けて人の悪いニヤニヤ笑いをしていた。

「ほほー。お前がそんな事を口にするとはなぁ」

「ち、ちっ、違うのよ!あたしはただ、あいつ、軍事訓練とか受けてないから、だからっ……!」

「皆まで言うな、鈴。心配なんだろう?ん?」

「ち、違っ−−」

 鈴が更に声を荒らげようとした所で、突然廊下の灯りが一斉に消えた。廊下だけではない。教室も、電光掲示板も、全てが一瞬で消えたのだ。無論、昼間なので日光があるから、真っ暗になる事はない−−筈だった。

「これは!?」

「防御シャッター!?はあ!?なんで降りてんの!?」

 ガラス窓を保護するように、斜めスライド式の防壁が順に閉じて行く。どよめきがそこかしこから聞こえる中、全ての防壁が閉じられ、校舎内は漆黒の闇に包まれた。

「……2秒経過。おい、鈴」

「ええ、分かってるわ。緊急用の電源にも切り替わんないし、非常灯も死んでる。いくらなんでもおかしすぎるわよ」

「だな」

 二人はそれぞれのISをローエネルギーモードで起動し、視界にステータスウィンドウを呼び出す。

 同時に視界を暗視モードへ切り換え、ソナー、温度センサー、動体センサー、音響視覚化レーダーといった各種機能をonにする。

〈こちら、ラウラだ。九十九、無事か?〉

〈鈴さん、今どこですの?〉

 そこへ個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)でラウラとセシリアの声が届いた。

 それぞれに返事をしていると、それを割り込み回線(インターセプト・チャネル)の声が遮った。

〈専用機持ちは全員地下のオペレーションルームへ集合。今から転送するマップに従い、最短ルートで移動しろ。防壁に遮られた場合、破壊を許可する。急げ〉

 千冬の、静かだが強い声。それは、このIS学園でまたしても事件が発生した事を、何よりも克明に告げていた。

 

 同時刻、IS学園島・本校舎から3㎞離れた裏山。

「班長、どうやら学園のシステムがダウンしているようです」

「何者の仕業かは知らんが、好機だな。行くぞ」

「「「Yes!sir!」」」

 号令一下、最新の迷彩システムに身を包んだ男達が、本校舎へ向かって走り出した。

 

 同時刻、IS学園・本校舎地下特別区画付近。

『隊長、間もなく作戦開始時間です。ご武運を』

「ああ」

 通信を切り、静かに集中する女。見据えたその先の目標の奪取。それを確実なものにするために。

 

 同時刻、IS学園島から南西に150㎞地点。

「村雲……九十九!今度こそ!」

 復讐に燃える女は、新たな力を得たISを纏って学園へ一直線に飛んでいた。




次回予告

三ヶ所で同時に起こる戦闘。
霧の淑女は艶然と微笑み、最強の戦乙女は不敵に嗤う。
そして、魔狼は獲物を前に口角を吊り上げる。

次回『転生者の打算的日常』
#59 IS学園防衛戦(前)

今度こそ、貴方を殺すわ。村雲九十九!

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