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男性IS操縦者特別措置法。織斑一夏、村雲九十九両名への特例措置を行う為、国際IS委員会主導の元で考案された法案である。
その基本骨子は以下の三つ。
1.男性操縦者への自由国籍権の無条件授与。
2.国際IS委員会加盟国内への渡航の自由。
3.最大五名までの重婚の許可。
その他『各種免許の取得年齢引き下げ』『護身用武器の常時携帯許可』『緊急時の車両接収の許可』等、細かい物も含めればその特例措置は多岐に渡るが、最も大きいのが上に挙げた三つであるといえる。
一つ目の措置は、国際IS委員会会長の寺坂竜馬が「帰属問題を本人抜きで論じてどうする」と言った事に端を発する。
会長のその一言に「確かに」となった各国委員は思考を変換。これまで宙に浮いていた二人の国籍を本人に決めさせる事で意見の一致を見た。
二つ目の措置は、男性操縦者の『この先』を見越した措置だ。彼らは卒業後、否応無く世界中を飛び回る事になるだろう。そうなると一々渡航手続に掛かる時間が勿体無い。
そう考えたアメリカの委員が「じゃあ、うちの国だけでもパスポート無しで来れるようにする」と発言。それに対して「我も我も」と各国が手を挙げ、結局加盟国全てが渡航の自由を認めた。という訳である。
三つ目の措置、これは『十数年後への投資』という意味合いが強い。
彼らもいずれは結婚し、子を設けるだろう。そして、生まれた子供が男だったら、ひょっとすると『次世代の男性操縦者』になるかもしれない。
それなら少しでも多く妊娠・出産の機会を増やせないか?各国代表が悩み抜いて出した結論は「嫁さん沢山居れば良くね?」と言うあまりにも単純なものだった。
とはいえ、あまりに配偶者の数が多いのも彼等の負担になるだろう。そう考えた各国代表は意見を出し合い『妻は五人まで』と結論づけた。
この法案は、IS委員会が各国に打診した翌日には各国議会で可決成立即施行が決定。その手際の良さに、女性権利団体が反対声明を出す隙も無かった程であったという。
後にこの法案は女性権利団体から『天下の悪法』と罵られ、男性復権団体から『男性復権に光を差す最高の法律』と賞賛される事になる。また、一般市民からは『三つ目の措置』に注目してこう呼ばれる事となる。その呼び名は−−『ハーレム法』
♢
男性IS操縦者特別措置法が可決成立したその日のIS学園学生食堂カフェテラスエリアは、異様な緊張感に包まれていた。
テーブルに向かい合っているのは私、シャル、本音。そして、一夏ラヴァーズの四人と最近ラヴァーズ入りした更識簪嬢だ。
同じ席にいるのは、五人から放たれる「あんた、ちょっとそこ座れ」という無言の圧力に屈したためだ。
「で?アンタどうすんのよ?」
私に目を向け、鈴が訊いてきた。
「どう……とは?」
「決まってんでしょ。その二人のことよ」
鈴の言う『その二人』とは、当然私の隣に座るシャルと本音の事だ。男性操縦者特例措置法案の成立により、私はこの二人を合法的に伴侶として迎え入れる権利を得た。それ自体はありがたいのだが。
「正直、急な展開に驚いているのが現状でな」
「でもつくもん、今とってもいい顔してるよね〜」
「うん、なにか答えは出たって顔してるよ。昨日まであんなに悩んでたのがウソみたいに」
シャルの言葉に「えっ!?」と驚いたのはセシリアとラウラ。
「九十九さんが……悩んでいた?」
「とてもそうは見えなかったが……?」
それに対して異論を唱えたのは箒と鈴の幼馴染ーズ。
「いや、あれだけ深く悩んでいるのは珍しいな。と思っていたが?」
「九十九の場合、そういったのが凄く顔に出にくいから。アタシもよく見てやっとよ?」
「お前達は付き合いがそれなりにあるからな。付き合いが浅いこの二人に分かれというのが無理だろう」
「それをほんの数ヶ月の付き合いで見抜く……か。愛されてるじゃない、アンタ」
「面と向かって言われると面映いな。さて……」
そう前置いて、私は隣に座るシャルと本音にそれぞれ目をやる。
「シャル、本音。君達に告白された時、私が何と言ったか覚えているか?」
「うん。『君達の気持ちは素直に嬉しい。しかし、すぐに答えは出せない』」
「『君達に対する想いが友愛なのか、親愛なのか、異性愛なのか、私自身が分からないからだ。だが、いつか必ず答えは出す。それまで待ってくれるなら、よろしく頼む』だったっけ〜」
一字一句ではないが概ね合っている。私はコクリと頷くと、意を決して言葉を紡ぐ。
「その答えをここで言う。単刀直入、かつ一度しか言わないのでよく聞いてくれ」
「「うん」」
「私は、君達が好きだ。無論、一人の女性として。いや、いっそ愛していると言ってもいい」
「「九十九(つくもん)……」」
「悩んでいたのは君達と『そういう間柄』になる事を見越した時どうすべきかについてだったが、それももう悩む必要はない」
「九十九、アンタまさか……」
鈴が何かに気づいたかのように呟く。私はそれにゆっくりと頷き、席を立って二人に向き直る。それに応えるように、二人も席を立って私に向き合う。
「シャルロット・デュノアさん、布仏本音さん」
「「はい」」
心臓が早鐘を打つ。口の中が乾いて仕方ない。もし断られたらどうしよう、とネガティブな思考が浮かんでは消える。
だが、言わねば。こんなに待たせたんだ。もう待たせられない!そうさ、母さんも言っていたじゃないか。『その先に必要なのは妥協と我慢。だけどその前に必要なのは勢いよ!』と!
「君達に、結婚を前提とした交際を申し込みたい。私に、付いてきてくれないだろうか。お願いします!」
ガバッと頭を下げ右手を差し出す。もしこれで断られたら、私の心は死ぬ。きっと死ぬ。そして二度と復活できないだろう。
時間が経つのがやけに早く感じる。こうしてもう何分になる?それともほんの一瞬か?と、右手に温かいものが触れた。顔を上げて右手を見ると、そこには二つのサイズの異なる右手が重ねられていた。
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
そう言って、ニコリと微笑むシャルと本音。二人は私の思いを受け止めてくれたのだ。
「あっ……」
そう感じた瞬間、視界がじわりと滲んだ。どうやら私は泣いてしまっているようだ。
「あり……がとう……」
込み上げる感情に、私は嗚咽混じりにそう呟くのが精一杯だった。
「良かったな、九十九」
「思い切り先越されちゃったわね」
「羨ましいですわ、シャルロットさんと本音さん」
「うむ。私も嫁とこうなりたいものだ」
「おめでとう……本音……」
簪が小さく拍手をした瞬間、突然拍手の音が大きくなり歓声が響いた。周りを見渡すと、いつの間にか大勢の人がカフェテラスに集まっていた。
そう。この場にいた(九十九自身も含む)八人は、九十九が作った空気に飲まれてここが食堂である事を失念していたのだ。
「ヤバ!ガチ告白とか初めてみた!」
「って言うかもうプロポーズでしょ、アレ!」
「『私に、付いてきてくれないだろうか』……。かーっ!カッコイイねぇ!」
「男の子の嬉し泣きって、キュンとくるよね!」
「おめでとう!結婚式には呼んでね!」
一気に騒がしくなるカフェテラス。ようやく自分達が衆人環視の中で何をしたのかに気付いた三人は顔を真っ赤にした。
「……シャル、本音。逃げるぞ!」
「「は、はい!」」
そう言うと、九十九は二人の手を取って食堂出入口へと駆け出す。だがそれを見逃す程、恋愛話に飢えた思春期女子は甘くない。
「あっ!逃げるわよ!」
「追いかけて捕まえて全部聞き出すのよ!」
「「「おーーっ!」」」
逃がすものかと三人を追う女子生徒の群れ。その前に一夏ラヴァーズが立ちはだかった。
「お前達!?」
その姿に、九十九は思わず足を止めてしまう。
「ここは私達が死守する!」
「後は任せなさい!」
「
「振り向かずにお行きなさい!」
「あなた達は逃げて……!」
「……すまない、恩に着る!」
「みんなありがと〜!」
「無茶しないでね、みんな!」
五人の言葉を受け、改めて走り出す九十九達。直後、ラヴァーズと女子生徒の群れがぶつかった。
「「「そこをどいて!」」」
「「「あいつら(九十九さん達)の邪魔はさせん(ないわ)(ませんわ)!」」」
なんとか五人を抜こうとする女子生徒に、五人は「そうはさせじ」と必死の抵抗を見せる。この五人の尽力と、直後に現れた千冬の一喝もあり、九十九達は無事寮の九十九の部屋に逃げ込むのだった。
「ふう、なんとか逃げ切れたな」
「あの五人には感謝しないとね」
「そうだね~」
なんとか無事に自室に戻る事ができた私達は、一様に安堵の溜息をついた。が、ふと目が合った瞬間、つい先程の事を思い出して揃って顔を赤くするのだった。
「あ……その……」
「え、えっと……」
「あう……」
気まずい沈黙がしばらく続く。室内には壁掛け時計の秒針の音だけが、やけに大きく響いていた。
「なあ、シャル、本音」
「なに?九十九」
「ど~したの?」
「さっきはああ言ったが、私で……良いのか?」
これは、二人に聞きたかったが関係が崩れるのが怖くて言い出せなかった質問だ。その問いに二人はニコリと微笑んで−−
「ううん。九十九『で』いいんじゃないよ」
「つくもん『が』いいんだよ~」
と答えた。
「……ありがとう」
私が口にする事ができたのは、この一言だけだった。
「でもどうしようか。いま外に出たら、間違いなく質問責めに会うよね」
「消灯時間までここで過ごして、こっそり戻るしか無いだろうな」
「でもそれだと~、織斑先生にみつかっちゃうかもだよ〜?」
「む、それは拙いな。ではどうするか……」
千冬さんの寮内巡回は消灯後、不定期かつ不定時に行われるため、最悪の場合一歩部屋の外に出た瞬間『バッタリ』となる可能性も否定できない。そうなれば消灯後の無断外出とみなされ、反省文を書かされる事になるだろう。
(どうする?今日の巡回は無いと期待してこっそり部屋に帰させるか?しかしそういう時に限って鉢会わせる気がするし……)
ウンウンと唸っていると、シャルがおずおずと訊いてきた。
「あの、あのね九十九。……泊まって行っちゃ、駄目かな?」
「……なに?」
「あ、わたしも~」
シャルの提案にシュパッと手を挙げて本音が乗った。
「い、いや……それは……」
「「ダメ?」」
上目遣いでそう言われては、私にこれ以上突っぱねるという選択肢は無い。
「着替えは私の物を使え。帰るなら早朝、そうだな……5時くらいがいい。もし織斑先生に見つかったら『私に泊まって行けと言われた』と言え。責任は全て私が被る」
「え、でも……」
「いいんだ。こうなった原因はあんな場所でプロポーズ紛いの事をした私にある。それ位はさせてくれ」
「な?」と言うと、二人は渋々ではあったが頷いてくれた。
その後、自室で夕食を取り、シャワーを浴びて床に就いたのだが、改めて恋仲になった事でお互いの存在を殊更強く意識してしまった為、皆揃って寝付く事ができず、そのお蔭と言うべきか翌日早朝に千冬さんに見つかる事無くシャルと本音をそれぞれの部屋に送り届ける事ができた。のはいいのだが……。
「ぐう……」
「すう……」
「すやすや〜……」
「起きんか貴様ら!」
バシンバシンバシン!
「「「あ痛ぁ!」」」
そのせいで千冬さんの授業中に揃って居眠りし、
♢
私が二人にプロポーズ紛いの告白をした事は、翌日には学園中の知る所となり、教室で、学食で、移動中の廊下で、ありとあらゆる場所で祝福の声と下世話な質問が飛んできて、その度に私達は揃って困惑するのだった。
人の噂も75日とは言うが、二ヶ月半もあれこれ言われるのかと思うと気落ちもするというものだ。だが、私の心模様などお構いなしに時間は進む。
楯無さんの策謀により身体測定の体位測定係になった一夏が相川さん相手にラッキースケベをかまし、激怒したラヴァーズ3人に制裁されたり、その後運び込まれた保健室でドタバタがあったりと、あいつの周りは概ねいつも通りだったと言えるだろう。ちなみに、一夏が倒れた後の体位測定だが−−
「お前がやれ、村……いや、相川。村雲は記録係だ」
私を指名しようとした千冬さんが、何故か突然それを変更して相川さんを指名。何故だと訊くと、千冬さんは人の悪い笑みを浮かべて「嫁の前で他の女に手を出す気か?」と言った。どうやら千冬さんにまで私達の一件は知れているようだ。
「
「?……はい」
千冬さんが私を名前で呼んだ。私をこう呼ぶ時の千冬さんは大抵ろくな事をしない。嫌な予感を感じつつ、言われるまま右手を差し出すと、千冬さんはその手の上にある物を置いた。
何だろうかとその物に視線を移す。それは長方形の薄い箱。表面には黒地に白抜きで『0.02』と書かれている。要するに、千冬さんが私に渡してきたのは『明るい家族計画』だった。
「あの、千冬さん。これは?」
「見ての通りだ。必ず使え。学生の内に妊娠など許さんからな」
「気の遣い方がおかしいだろ!」
しれっとのたまう千冬さんに、『明るい家族計画』を床に叩き付けてツッコんだ私はきっと悪くない。
「まったく、あの人は……。どうしろって言うんだ?コレ」
「「あ、あはは……」」
放課後、私の部屋で三人で過ごす。『明るい家族計画』は結局「あって損はない」と千冬さんに強引に押しつけられた。
とりあえずこのままじっと眺めていても仕方がないので、テレビ台の引き出しに突っ込んでおく事にする。
「これで良し、と。さて、二人共。明日から三連休だが……何か予定はあるかい?」
「ううん、ないよ~」
「うん、僕も特に無いよ。どうしたの?九十九」
その回答にコクリと頷き、用件を口にする。
「実は、明日は母さんの誕生日でね。家でパーティをするんだ。君達も来ないか?両親に改めて君達の事を紹介したい」
「え?いいの?」
「ああ。母さんからも『連れて来なさい』と言われてな。どうだろう?来て……くれるかな?」
「「い、いいとも〜」」
頬を染めてそういう二人。懐かしのフレーズだな。放送終了から何年経ったっけ?
と、そこへ二種類の携帯着信音が同時に鳴る。鳴ったのはシャルと本音の携帯だ。「ごめんね」と言ってそれぞれ電話に出る二人。
「もしもしお父さん?どうしたの?」
「もしも~し。お母さんどうかした〜?」
どうやら電話の相手はシャルがデュノア社長(代行)、本音が母親のようだった。
「「え?明日?明日は駄目。九十九(つくもん)に用事があるから。……うん、分かった。訊いてみるね(〜)」」
そう言うと一旦携帯から顔を離し、二人同時に訊いてきた。
「あのね、九十九。僕と一緒にお父さんに会ってくれないかな?明後日って……」
「つくもん、あのね。お父さんがつくもんに会いたいから連れてきてって言ってるんだ〜。明々後日なんだけど〜……」
「「予定、ある?」」
「何とまあ……」
こうして、私の三連休の予定は全て埋まるのだった。
このタイミングで二人の親から「会えないか?」の打診。これはつまり『その手の話』がしたいという事だろう。
……ヤバい。今からかつて無いほど緊張してる。
♢
明けて翌日。私達は私の家にやって来ていた。
「ただいま」
「「お、お邪魔します」」
二人は緊張しているようでいつもより動きが固い。苦笑しつつドアを開けると、玄関に父さんがモップを持って立っていた。
「ああ、お帰り九十九。それから初めまして、お嬢様方。九十九の父、槍真です」
「「は、はじめまして!」」
軽く会釈する父さんに、二人は最敬礼で返す。そんな二人に父さんが「そんなに畏まらなくていいよ」と言った後、私にヘッドロックをかけた。
「おいおい、可愛い子達じゃないか。隅に置けんなぁ、え?九十九」
「いてててて。父さん、離して」
「それにしてもうちの得意先の娘さんが恋人とはなぁ。藍作から『シャルロット嬢を罵った奴相手に激昂モードを発動させた』と聞いた時は驚いたぞ。……愛してるんだな」
「ああ、愛してるさ。二人共な」
「言うようになりやがって、このこのっ!」
「いてててて、ちょっ、父さん!いつの間にか腕が首に!絞まってる!絞まってるから!」
親子の会話は二人にバッチリ聞こえたようで、二人は顔を真っ赤にして俯いていた。可愛い。
「いらっしゃ〜い!二人共!あ、あと九十九、お帰り」
「「むぎゅう……」」
「息子の扱いがぞんざい過ぎないか?母さん」
リビングに入ると、母さんが私達……というよりシャルと本音に走り寄り、勢い良く抱き着いた。
母さんには特に気に入った相手に対し、スキンシップが過剰になるという悪癖があるのだ。現に今も母さんは二人にしつこい位に頬ずりを繰り返している。
取り敢えず、このままにしておく訳にも行かないので二人を母さんから引き剥がし、改めてお互いを紹介する。
「シャル、本音。改めて紹介する。私の両親の……」
「槍真です」
「八雲で~す」
「父さん、母さん。改めて紹介する。私の恋人の……」
「シャルロット・デュノアです」
「布仏本音です〜」
互いに会釈をし合う両親と二人。それぞれ頭を上げた所で咳払いをして、今日しに来た話の口火を切る。
「で、だな。父さん、母さん。今日は真剣な話があるんだ。実は……」
「え?二人と結婚したいとかそういう話?良いわよ。ねぇ、槍真さん?」
「ああ。八雲がここまで気に入ってるんだ。僕に否はないよ」
「「「えぇーーっ!?あっさり!」」」
もう少し重い話し合いになるかと思ったらこの軽さ。私達は揃って驚いてしまう。
「え?なに?反対して欲しかったの?」
「そうじゃないが……」
「それに初めて会った時にピンときたの。ああ、この子達はもしかすると両方私の
「親の台詞じゃないけど、九十九の良い所はよく見ないと分からないからね。そんな九十九を愛してくれる子が現れたんだ。どんな子だろうと反対はしないさ」
両親のその言葉に、二人はまた顔を真っ赤にして俯くのだった。やはり可愛い。
誕生日パーティーはつつがなく……と言うには少々騒がしかったが楽しく終わった。
母さんが存分に腕を振るった料理はどれも二人に好評だったし、私も久し振りに母さんの手料理が食べられたので満足だ。ただ、母さんがワインを飲み過ぎて酔っ払い、二人に執拗に絡んだのだけは頂けなかったが。
誕生日プレゼントには香辛料セットを三人の連名で贈った。母さんは凄く喜んでくれた。その際シャルと本音に抱き着こうとしたため、私が必死に止めたのは言うまでもない。
「え~?もう帰っちゃうの〜?」
「ああ。明日はシャルのお父さんに会う用事がある。礼服は
「む~……はぁ……。しょうがないわね。じゃあシャルロットちゃん、本音ちゃん。また来てね」
「「はい!」」
引き留めようとする母さんを何とか説き伏せ、帰路に着く私達。「それじゃあ」と背を向けようとすると、母さんが手招きをした。
「……何?そろそろモノレールの時間がヤバイんだけど」
「忘れてたわ。はい、コレ」
そう言って母さんが取り出したのは長方形の薄い箱。つい最近……と言うか昨日見たヤツだ。母さんは『ソレ』を私の手に握らせると、笑顔でこう言った。
「二人と『する』時は必ず使いなさい。私、あと五年はお祖母ちゃんになりたくないからね?」
「アンタもかい!」
予期せぬ天丼に『ソレ』を地面に叩きつけてツッコんだ私は絶対に悪くない。
♢
翌日、都内の高級ホテルの一室で私達はシャルの父親でデュノア社社長代行、フランシス・デュノア氏と面会した。
何故デュノア氏が日本に居るかと言うと、開発が遅れていた『カレイドスコープ』の新パッケージの納入の為だ。後日、シャルはラグナロクへ行く事になるだろう。それはさておき。
「お久し振りです、デュノア社長代行」
「久し振り、お父さん」
「ああ。久し振りだな、シャルロット、村雲君。それと……」
「は、初めまして!布仏本音です!」
「うむ。初めまして。シャルロットの父親の、フランシスだ」
ガチガチに緊張している本音。その姿にデュノア氏が「緊張しなくても良い」と優しく声をかけると、本音の緊張は少しだけ和らいだようで、ぎこちなくではあるが笑みを浮かべる事に成功した。
「さて……早速で悪いが、村雲君。君とシャルロット、そして布仏さんの事だが……」
「はい」
場の空気がピリッとした物に変わる。デュノア氏は私をじっと見つめながら口を開いた。
「フランスで、君とシャルロットの事はずっと見てきた。布仏さんの事もシャルロットから何度も聞いた。その上で訊かせてくれないか?村雲君。シャルロットを、愛しているかい?」
「はい、誰よりも」
「布仏さんよりも、かな?」
「いいえ、二人への愛の量と深さに違いはありません。私は……いえ、私達は互いを愛し、尊重しています」
「その言葉に嘘は?」
「私、村雲九十九の名と誇りに賭けて、一切ありません」
お互いに視線を逸らさずに見つめ合う私とデュノア氏。どの位そうしていただろうか、デュノア氏が私から視線を外して深い溜息をつき、もう一度私を見た。
「私は人を見る目はあるつもりだ。君は無意味な嘘はつかない人物だと見た。君にならシャルロットを任せても大丈夫だろう」
「では……」
フランシス氏はコクリと頷くと、握手を求めてきた。
「シャルロットを宜しく頼むよ、村雲……いや、九十九君」
「はい。彼女の事は、私の全身全霊を掛けて幸せにして見せます、デュノア……いえ、フランシスさん」
求めに応じて握手を返す私。こうして、私はフランシスさんにシャルとの結婚前提の交際……言い換えれば婚約を認めて貰えたのだった。
「シャルロットに話があるから、一旦部屋の外で待っていてくれ」
そう言われた九十九と本音が部屋を出ると、フランシスは旅行鞄を漁り始めた。
「あの、お父さん?お話って何?」
シャルロットの質問に、フランシスは旅行鞄を漁りながら答えた。
「実はねシャルロット。お前と九十九君の事は、初めから認める気でいたんだ。お前が見初めた男だ、間違いはないだろうからな」
「う、うん。ありがとう。ところでお父さん、一体何を探してるの?」
「あれ、おかしいな?どこに行った?あ、あったあった」
目当ての物が見つかったのか、フランシスはシャルロットに歩み寄ると手にした物をシャルに手渡した。それは、長方形の薄い箱。シャルロットはそれに見覚えがあった。それもごく最近、二度も。
もうお分かりだと思うが、フランシスがシャルロットに手渡したのは『明るい家族計画(フランス製)』だった。
「九十九君と『する』時は、必ず使うように言いなさい。子供を授かるには、お前達はまだ若過ぎるからな」
「お父さんもなの!?」
顔を真っ赤にしたシャルロットが部屋の床に『家族計画』を叩き付けたのは言うまでもない。
「本音、今日の夕食は天丼にしないか?」
「あ、いいね~」
「まったくもう、お父さんったら……」
「娘思いのいい父親じゃないか。方向は間違ってるが」
「うちのお父さんも結構そういう所あるよ~。だから大丈夫だよ、しゃるるん」
「慰めになってないよ……」
その日の夜、私の部屋に集まって今日の事を話し合う私達。シャルは結局フランシスさんからの『贈り物』を突き返し切れず、持って帰ってくる事になった。これで貰った『家族計画』は三つだ。こんなに貰ってどうしろというのだろう?
「ラウラ辺りに遣るか?有効利用してくれそうだが」
「えっ!?そ、それって……」
「これには水が1Lは入る。緊急用の水筒として便利だ。見た目はアレだがな」
「あ、そっち……」
「へ~、そうなんだ〜」
どうやらそっちの『使い方』も知っていたようで、シャルが安堵溜め息をつく。その一方で感心したかのように本音が歓声を上げた。
話は変わり、明日の本音のご両親との対面の話になる。
「今から緊張しているよ。布仏家と言えば対暗部用暗部『更識』の一族に代々仕える一家だ。気を引き締めねばならないだろうな」
「大丈夫だよ~、つくもん」
いつもののほほん笑顔で私の手を取り、本音はこう言った。
「つくもんはわたしが選んだ人だもん。きっと気に入ってもらえるよ〜」
「……何故だろうな。君にそう言われると大丈夫な気がしてきた」
その言葉に、緊張で締め付けられていた気分が大分解れた。そうだな、きっと大丈夫だ。根拠は無いがそう思えた。
だが、この時私を含めた誰もが、布仏家であんな騒動になるなんて思ってもいなかったのだった。
♢
シャリ……シャリ……シャリ……
都内某所。とある屋敷の一室で、一人の男が一心不乱にナイフを研いでいた。
「布仏家の次女に恋人が出来た。近く挨拶に来るらしい」
男はそれを聞いて激昂した。布仏家の次女……本音は自分の彼女だ。それを横から出てきて奪って行くとは何事だ、と。
シャリ……シャリ……シャリ……
「その男とは『世界で二人だけの男性IS操縦者の片割れ』のようだ」
男はそれを聞いて更に激昂した。そんなちょっと物珍しいだけの馬の骨野郎が自分の彼女を奪おうとしているのか、と。
シャリ……シャリ……シャリ……
「フヒ、フヒヒ……。待っててね、本音。君に付いた悪い虫は、僕がプチッと潰してあげるから」
一心不乱にナイフを研ぎ続ける男。その目は狂気と妄執に彩られ、最早正常な判断能力というものを失っているようだった。
シャリ……シャリ……シャリ……
「ああ……。でももし、本音が僕よりそんな馬の骨を選ぶって言うなら……君を殺して僕も死のう。それで僕達は永遠だ。フヒ、フヒヒヒヒ……」
シャリ……シャリ……シャリ……
都内某所。とある屋敷の一室からは、男の不気味な含み笑いとナイフを研ぐ音が、一晩中響いていた。
「フヒ……フヒヒ……フヒヒヒヒ……」
次回予告
狂気に囚われた男は言う。彼女は僕の物だと。
少年は言う。それはお前の決める事ではないと。
少女は困惑する。見知らぬ男の言動に。
次回『転生者の打算的日常』
#57 狂気襲来
あなたは……誰なの?