転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#54 悪意襲来

 時差の関係もあって、日本に着いた時は深夜だった。はっきり言って眠くないが、こんな時間に学園に帰っても仕方ないので一旦ラグナロクの仮眠室で一泊。学園に戻ったのはその日の朝早くの事だった。

「帰ってきたね」

「ああ、帰ってきたな」

 何だかやけに感慨深い。たった10日しか離れていないはずなのに、もっと長くフランスにいたような気がする。

 荷物を置くために寮の部屋に向かう途中、あちこちから「テレビ見たよー!」「大変だったねー!」「怪我とかしてない?」と声をかけられた。どうやら、あの日の放送を全員で観ていたらしい。

「しばらく騒がれそうだな」

「うん、そうだね。あ、本音」

「あっ、つくもん!しゃるるん!おかえり〜!」

 満面に喜色を浮かべ、こちらにポテポテと歩み寄ってくる本音。どうやら、フランス行きの事を言わなかった事をもう怒ってはいないようだ。そもそも彼女の性格上、負の感情を抱え続けるのは難しいはずだしな。

 本音は私達に近づくと、そのまま私に抱き着いた。

「おっと、本音?」

「ん〜、来た来た〜。ツクモニウムがどんどん来てるよ~」

 私の胸に顔を埋めながら、妙な事を口走る本音。ちょっと待て、何だツクモニウムって?アレか?新種の栄養素か?

「説明しよ~。ツクモニウムはね~、つくもんとくっつくことで吸収可能な私の必須栄養素なんだよ~。これを摂ると心が元気になって、なんだか満たされたような気持ちになるんだ~」

「いや、説明を受けてもさっぱり……「なるほど」分かるんかい!?」

 本音の意味不明の説明にシャルが頻りに頷いている。え?なに?この場で分かってないの私だけなのか?

「九十九と腕を組んでる時に感じるあの充足感の正体が分かったよ……僕もツクモニウムを吸収してたんだね」

「あの、シャル?何言ってんの?というか、ツクモニウムってほんとに何?」

「ちなみに〜、シャルロット酸と一緒に取ると吸収率がちょーちょー上がりま~す」

「また謎の栄養素が登場した!?何だシャルロット酸って!?ビタミン!?新種のビタミンなの、ねえ!?」

「あ、じゃあ僕の場合はのほほん酸だね」

「君達の間だけで話を完結させないで!?さっきから謎の栄養素がボンボン出てくるんだけど!?」

 結局、彼女達の言うツクモニウムの正体は分からないままだった。本当に何なんだ?ツクモニウムって。

 

 部屋に戻り、荷物を置いて制服に着替え、校舎へと移動する。本音はその間「ツクモニウムが足りないから」と言って、着替えの間以外ずっと腕に引っ付いている。だから、ツクモニウムって何?私はそんなヘンテコな栄養素を生成した覚えはないぞ。

 教室に着く手前で、ふと本音に報告がある事を思い出したのでそれを伝えた。

「そうだ。本音、君に土産があるんだ。後で渡そう」

「ありがと~。なにかな?」

「シャンゼリゼ通りでも有名なショコラトリー『ラ・メゾン・デュ・ショコラ』の最高級チョコレート詰め合わせだ」

「お〜!そこ知ってる~!一回食べてみたかったんだ〜!」

 テンションが一気に上がる本音。やっぱりこの娘には美味しい物か甘い物がお土産としていいようだ。

 教室のドアをガラリと開けると、クラスメイトが一斉にこちらを振り返った。視線が一気に私とシャルに突き刺さる。

「村雲くん!デュノアさん!おかえりなさい!」

「大丈夫だった?ケガとか無い?」

「あの時口調が変わってたけど、なんで?」

 口々に言いながら集まってくるクラスメイト達。気づけばあっという間に囲まれてしまっていた。

「お前たち、朝礼の時間だ。席に着け」

 そこに響く絶対零度の声。千冬さんの登場に、クラスメイト達は蜘蛛の子を散らすかのように大慌てで席へと戻って行く。

「む、戻ったか。村雲、デュノア」

「はい、今朝方。私達がいない間、何か変わった事は?」

「いや、特に無い。強いて言えば、布仏が授業中に呆けているのを注意するのが多くなったくらいか」

「そうですか」

「そうだ。村雲、デュノア、席に着け。朝礼を始める」

 千冬さんに促されて席へ着くと、朝礼が開始された。

「さて、間もなく専用機持ち限定タッグトーナメントが開催されるが……村雲」

「うぇい?」

 突然水を向けられ、つい妙な返事を返してしまう私。それが気に入らなかったのか、千冬さんがチョークを飛ばしてきた。

「あだっ!?ぐおお……」

 チョークが当たった瞬間、目の前が物理的に白くなる。額に当たったチョークが粉々に砕けるとか、どんな威力だよ?

「返事は『はい』だ」

「はい、すみません。続きを」

「ああ。村雲、貴様には今回一人で戦ってもらう」

「……え?」

 

 

 昼休憩時間の食堂にて、私達は食事を取りつつ今回の千冬さんからの通知について話していた。

「なんで九十九が一人で戦うことになるんだろうな?」

 日替わり定食の鮭をほぐしながら一夏が呟く。

「見当がつかんな……」

 一夏と同じ定食の漬物を齧りつつ首を傾げる箒。

「そんなの決まってるじゃない。九十九のIS……『フェンリル』が卑怯だからよ」

 と、ラーメンスープを丼から直接啜りつつ言う鈴。

「卑怯?……ああ、《ヘカトンケイル》ですわね?」

 舌平目のムニエルを優雅に口に運びながら答えるセシリア。

「うむ。あれは言わば『一人一個小隊』だからな。一人で二人にも三人にもなれるのだから、この措置は当然だ」

 シュニッツェルを大振りに切り分けて頬張りながら解説するラウラ。

 ちなみにだが、ラヴァーズは一夏と同じ席にいるものの一夏と距離を開けて座っている。やはり簪嬢とタッグを組んだ事が未だに腑に落ちていないようだ。

「う~ん、残念だなぁ……」

 ラウラの解説に若干気落ちしつつも、ポトフを食べる手は止めないシャル。

「まあ、仕方あるまい。それに元々人数が合わんのだ。ほら、本音」

「あ~ん。ん〜、美味しい~」

 本音に彼女の昼食であるハヤシライスを食べさせつつ、諦めを口にする私。

「あ~、そういえば、今年の専用機持ちって11人いるんだっけ〜。つくもん、はい、あ~ん」

「そうだ。つまり、全員が二人組を作ろうとすれば必ず一人−−「あ~ん」……あーん……必ず一人余るんだ」

 本音が差し出すスプーンに乗ったカレーを食べつつ、私が一人で戦う事になった理由について語る。

「九十九……のほほんさんを膝に乗せてお互いに『あーん』しながら言ってもカッコつかねえぜ?」

「言うな……」

 もっとも、その格好は一夏の言った通りなのでどうにも締まらない。取り敢えず一旦本音を膝から降ろして隣に座らせる。

「本音、後は自分で食べなさい」

「え~?つくもんのケチ〜」

「食べ終わったら膝に乗って良し」

「は~い。あむあむ……」

 大人しく食事を始めた本音を見つつ、先程の話の続きに戻る。

「ラウラの言う通り、私は一人で二人にも三人にもなれる。なら一人で戦えとなるのは、まあ当然の帰結だろうな」

「でも二対一だろ?やっぱり不利なんじゃないか?」

「ああ、だから織斑先生に訊いた。『武装の使用上限は?』とな。先生は『全武装の使用を無制限で許可する』と言ったよ」

「「「うわぁ……」」」

 それを聞いた一年専用機持ち組はげんなりとした表情になった。何故?

「いや、げんなりもするって。だってよ……」

「何十丁もの銃が一斉に火を吹いたり……」

「超高温の剣で武器ごと叩き斬られたり……」

「どこまでも追って来る投げ槍に追い掛け回されたりするのかと思うと……」

 重い溜息をつく一夏、箒、鈴、セシリアの四人。更にそこにラウラが追い打ちをかける。

「シャルロットから聞いたのだが、新兵器として平均的なIS1機分の重さのハンマーが追加されたらしいぞ」

「な、何だよそれ……」

「そんな物で叩かれたら、絶対防御が意味を成さないような気がするんだが……?」

「頭が熟したトマトみたいになるんじゃないでしょうね!?」

「あ、それは大丈夫。向こう(フランス)で実証済みだから。絶対防御はちゃんと効いたよ。ただ……」

「「「た、ただ……?」」」

 ゴクリと唾を飲み、シャルの次の一言を待つ四人。十分に溜めてから、シャルは重々しく口を開く。

「そのハンマーを受けた人、顔をハンマーと地面に挟まれて、女として終わるくらいの大怪我したんだよね」

「「ひいいっ!?」」

 シャルの独白に恐怖したのか、セシリアと鈴が互いに抱き合って震える。

「安心材料にはならないだろうが、顔を狙うつもりも地面とサンドする気も無い。と言っておく」

 そう言ってカレーの最後の一口を食べ終えると、本音が私の膝をポンポンと叩く。見ると本音はハヤシライスを食べ終えていた。

「ほら、おいで」

「わ~い」

 嬉々として私の膝の上に乗る本音。それを羨ましくも不思議そうに見るラヴァーズ。

「あの……本音さん?今日はなんというか、その……」

「いつもより九十九にベッタリじゃない?どうしたのよ?」

 訊いてきたセシリアと鈴にニヘラ、と笑みを浮かべて本音が答える。

「これはね~、ツクモニウムの補給中なんだよ~」

「「「ツクモニウムって何(だ)(ですの)!?」」」

 謎の栄養素の登場にラヴァーズがツッコミを入れた。その気持ちは分かるがもう少し声を抑えろ。周りが注目してるから。

 この後の本音のツクモニウムの説明に何故か一定の理解を示したラヴァーズ。あれ?ひょっとして、分かってないの私だけなのか?

「安心しろよ、九十九。俺も分かんねえ」

「あ、お前に分かるとは思ってないから」

「ひでえ!?」

 

 

 放課後、第二整備室にて。私は本音と共に、専用機持ち限定タッグトーナメントに向けた準備を行っていた。

「本音。《ヘカトンケイル》の反応速度をあと0.2秒上げられないか?」

「う~ん、それやると機体の反応速度が0.1秒下がるよ〜?」

「構わない。今回限りのセッティングだ。試合が終わればすぐに戻すから問題は無い」

「分かった〜。じゃあ、はじめるね~」

 そう言って、本音は反応速度の設定変更を開始する。その指の動きに淀みはなく、いっそ美しいと思える程に流麗だ。

 ちなみに、その二つ隣では簪嬢の『打鉄弐式』の開発が大詰めを迎えていた。

「織斑くん!何サボってんの!こっちにレーザーアーム!」

「あとデータスキャナー借りてこい!ほら、ダッシュ!」

「それとぉ、超音波検査装置を御願いしますねぇ」

 簪嬢の協力者と思われる整備科の先輩方から矢継ぎ早に下されるオーダーに、必死に付いて行く一夏。汗だくになりながら頼まれた機材を全力で運んで行く。

「織斑くん、髪留めつけ直して」

「織斑!ジュース!飲ませろ!」

「わはぁ。お菓子取ってくださぁい」

 ……ん?一夏の奴、何か関係の無い雑務まで言い渡されているような……?

 それでも律儀に髪留めをつけ直し、ジュースを飲ませ、菓子を持っていく一夏。だが、それに気を良くしたのか整備科の先輩方の要請は更に明後日の方向に飛んでいく。

「あ、シャンプー切れてるんだった。購買で買っといて。ハーブの匂いのやつね」

「織斑、この本図書室に返して来い」

「んんぅ。今日の夕食の日替わり定食、見てきてくださぁい」

 もはや『打鉄弐式』開発と全く関係の無い極めて個人的なお願いに、人の良い一夏もついにキレた。

「だ−−っ!かんっけい、無いでしょうが!それもこれもあれも!」

「あ、引っかからなかった」

「チッ、賢いやつだぜ」

「うふぅ。ちょっとしたじょおだんですよぉ」

 先輩方がそう言うと、一夏の肩がガクリと落ちる。肉体的疲労に加えて精神的疲労も一気に押し寄せたのだろう。

 「はぁぁぁ……」と魂まで抜けそうな程の深い深い溜め息を漏らす一夏。そんな一夏に私が出来る事といえば。

「「あーっははははは!」」

 本音と一緒に盛大に笑い飛ばしてやる事くらいだけだった。

「笑うなお前ら!てかのほほんさん!こっち手伝うんじゃなかったのかよ!?」

「つくもんの頼みごとは全てに優先するんだよ~。あとでちゃんとお手伝いするから待ってて~」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、それだと君が都合の良い女みたいに聞こえるからやめてくれ」

 本音の堂々とした言い方に痛む頭を押さえつつ苦言を呈する私。一応「は~い」と言いはしたが、きっと事ある毎に今の物言いをするだろう。……まさか、シャルも似たような事を言わんだろうな!?

 

 

 時は過ぎ、専用機持ち限定タッグトーナメント前日。寮の廊下で私は一夏と出くわした。

「お、九十九」

「ん?一夏か。この時間まで……という事は『打鉄弐式』か。どうだ、進捗は?」

「まあ、大体ってとこだな。マルチ・ロックオン・システムは今は諦めるとさ」

 簪嬢の機体『打鉄弐式』は内蔵火器として高性能誘導ミサイルポッド《山嵐》を搭載している。

 合計6基のポッドにそれぞれ8発のマイクロミサイルを備え、同時に最大48発の一斉射撃を行えるというものだ。

 ただし、それは『48発のミサイルを全て独立稼働させる』事を可能にするマルチ・ロックオン・システムが完成して初めて実現可能の代物で、通常のロックオン・システムを使っている現在では本来のスペックである『高火力かつ高命中率』は発揮できない。

「まあそれでも、一週間かそこらでここまで機体を仕上げたんだ。それは凄い事だと思うぞ。……で?」

「で?なんだよ?」

「お前が簪嬢と組む『理由』を、簪嬢は知っているのか?」

「いや、知らねえ。言ってねえからな」

「お前な……。後で知れたら簪嬢がどう思うか……」

「ちゃお♪」

 一夏に苦言を呈そうとした私を遮った、腹の立つほど明るい声音。(自称)美少女生徒会長、更識楯無登場である。

「一夏。今回は苦言を飲み込む。あとは上手くやれ。ではな」

「ちょーっと待ちなさい」

 関わり合いになってたまるかと早足で部屋に戻ろうとした私を、楯無さんはネックロックで止めた。

「ぐえっ!?」

「九十九くんにも話があるの。部屋に来なさい」

「楯無さんの部屋にですか?今から?」

「一夏くんの部屋によ」

「ですよね。はぁ……」

 そう言って諦念の篭った深い溜息をつく一夏。ちなみに……。

「楯無さん……離し……て。お、落ちる……落ち……ガクッ」

「うわぁっ!?おい九十九!しっかりしろ!楯無さん、なにしてんですか!」

「きゃあっ!?ご、ごめんなさい!九十九くん!」

 楯無さんの腕が良い具合に頸動脈を締めたため、私の意識は僅か十数秒で彼岸へと旅立つのだった。

 

「あ~、死ぬかと思った」

「いや~、ごめんなさいね?九十九くん」

 数分で目を覚ました私に謝ってくる楯無さん。だがベッドにうつ伏せになって一夏のマッサージを受けながら謝られても、果たして本当に謝る気があるのか疑わしいのだが。

「はぁ……もういいです。で?話というのは?」

「うん。今度の専用機持ち限定タッグトーナメントの事でね。ごめんね九十九くん。勝手に一人で戦って貰う事にしちゃって」

「構いません。私のIS『フェンリル』は一対多を想定した機体ですから。今回の試合を試金石にさせて貰おうと思っています」

「あれ?そう言えば、楯無さんって誰と組むんですか?」

 楯無さんの体を全身のコリを確認するようにゆっくりと押さえながら質問する一夏。

「お前、チーム発表の貼紙を見ていないのか?」

「ああ、整備室にこもりっきりで……まだ見てねえんだよ。……あれ?なんか足凝ってますけど、マラソンでもしました?」

「こら、一年生。全校集会で私がありがたーい挨拶をしたでしょうが。聞いてなかったわね?」

「はっはっはっ、そんな事あるわけないじゃないですか」

「一夏、自分で信じていない嘘はつくべきではないな」

「うぐっ……」

 私の諫言に言葉を詰まらせる一夏。それに嘆息しながら楯無さんが一夏の質問に答える。

「はぁ、やれやれ。それで、私のパートナーは箒ちゃんよ」

「へー、箒ですか……えっ!?箒!?」

 予想外の名前だったのか、声を上げて驚く一夏。確かにあいつの性格なら「一人でやる!」と言い出しそうなものだ。と言うか間違いなく言うだろう。

 そんな箒に、楯無さんなりに気を遣ったと言う事なのだろう。あるいは、楯無さんが箒と簪嬢を重ねてみているからこそ今回の行動に出たのかもしれない。

 姉との間に深い心の溝がある妹−−だからこそ、楯無さんは箒の事を放っては置けないのだろう。

「一夏くんって、姉弟仲良いわよね」

 突然、楯無さんが大きく話を変える。話を振られた一夏も目を丸くしている。

「な、なんですか急に」

「ね、九十九くんはどう思う?」

「さて、私には判断しかねます。楯無さんは何故そのようにお考えで?」

「だって織斑先生、一夏くんには特別厳しいじゃない?」

「それ、仲が良いって言います?」

「あ、わかってない。わかってないわねー。大事だから、特別だから、厳しくしてるんじゃない−−死なないように」

「…………」

 楯無さんが余りにもあっさりとそう言ったため、一夏は自分が何を言われたのか一瞬理解できずに呆けた。

 しかし、あの時(#52)の記憶が蘇ったのか、一夏の右腕が微かに震えだす。一夏は楯無さんに気づかれないようにしながら左手で右腕を押さえながら目を瞑る。

「戦いの果てに死ぬかもしれないと?一夏が」

 その一夏から楯無さんの意識を外すために、あえて強めに楯無さんに声をかける。

「そうよ。でもまあ、戦争でも起きたらの話よね」

 ぱっと表情をいつもの楯無さんに戻して、足をパタパタと泳がせる。一夏からはスカートの中が丸見えになっていると思うんだが。あ、一夏が視線を反らした。

「楯無さん。私にする話は終わりましたか?そろそろ部屋に帰りたいんですが」

「あ、うん。ごめんなさいね、引き留めちゃって」

「いえ。では明日、専用機持ち限定タッグトーナメントの会場で」

 そう言って、私は一夏の部屋を後にした。出て行く寸前に楯無さんが「一夏くん、お尻揉んで」と言っていたのでツッコミに行こうかと思ったがやめた。巻き込まれる予感がしたからだ。

 

 

 明けて翌日、専用機持ち限定タッグトーナメント開催日がやって来た。

 開会式会場である第一アリーナには生徒と教師がグラウンドに並び、専用機持ち限定タッグトーナメントがデュノア社の新型機発表会の会場であると知って『ラファール・カレイドスコープ』を一目見ようと訪れた各国のVIPが観客席に座っている。

 今朝の千冬さんと山田先生の憔悴ぶりから察するに、上からの圧力と下からの突き上げに折れざるを得なかったのだろう。後で謝罪を兼ねて見舞いの品を届けようかね。

「それでは、開会の挨拶を更識楯無生徒会長からしていただきます」

 虚さんがそう言って、司会用のマイクスタンドから一歩下がり、楯無さんに場を譲る。

 ちなみにだが、私と一夏、本音は生徒会メンバーのため、虚さんの後ろに整列していた。シャルは生徒会の正規メンバーではないため他の生徒と共に整列している。

「ふあー……ねむねむ……」

「しっ。本音、教頭が睨んでる」

「ういー……」

 極めて注意深く見ないと分からない程小さく頷く本音。すると、反動のせいなのだろうか起き上がりこぼしの様に左右にフラフラと揺れる。……ああ、教頭がまた睨んでるよ。

 ちなみにその教頭だが、年の頃50代後半、逆三角形の眼鏡にひっつめ髪、堅い印象を受けるスーツに濃い口紅という、学園ドラマに出てくる規律重視のお局教師をそのまま抜き出したかのような人だ。

 生徒の間では『鬼ババア』などと呼ばれているが、本物の鬼に比べれば実に可愛らしいものだ。……鬼が誰なのかは、敢えて言わないでおく。

「どうも、皆さん。今日は専用機持ちのタッグマッチトーナメントですが、試合内容は生徒の皆さんにとってとても勉強になると思います。しっかりと見ていてください」

 澱みのない澄んだ声音としっかりとした発音で目の前の生徒達に声をかける楯無さん。それはまるで一つの美しい旋律にも感じられる。

 相変わらず圧倒的な存在感を放っている楯無さんだが、この人が生徒達から絶大な人気を得ている理由はそれだけではない。

「まあ、それはそれとして!」

 語調を変えた楯無さんがぱんっ、と扇子を開くと、そこには墨痕逞しい字で『博打』と書かれている。

「今日は生徒全員に楽しんで貰うために、生徒会である企画を考えました。名付けて『優勝ペア予想応援・食券争奪戦』!」

 楯無さんがそう宣言すると、きれいに整列していた生徒達の列が一斉に騒ぎ出した。

「って、それ賭けじゃないですか!」

「安心しろ、織斑副会長殿」

「へ?」

「根回しは既に済んでいる」

 私が言うのに合わせてニコッと笑みを浮かべて首肯する楯無さん。まさか、という顔で辺りを見回す一夏だが、教頭含め教師陣の誰もが反対していない事に驚いていた。もっとも、千冬さんだけは頭が痛いと言わんばかりに額を押さえて俯いていたが。

「それにだ一夏。これは賭けではない。あくまで応援だ」

「その通り。どのくらい応援しているのか、そのレベルを自分の食券を使って示すだけ。そして、見事優勝ペアを当てた人達に均等に配当されるだけです」

「それを賭けっていうんです!大体、俺はそんな企画一度も聞いてないですよ!?」

「当然だ。生徒会室に来ないお前が悪い」

「仕方ないから~、わたしたちで多数決を取って進めました〜。ちなみにしゃるるんも知ってま~す」

「くっ……。そりゃ確かに最近は整備室にしか行ってなかったけど……」

 自分の預かり知らない所で公然と賭け(のようなもの)が行われようとしている事に愕然とする一夏。

 しかし、そこはIS学園が誇るカリスマ生徒会長・更識楯無。生徒全員のハートをガッチリ掴んでいるため、今更一夏が何を言おうと遅いだろう。一夏の気分はネイビーブルーといった所か?

「では、対戦表を発表します!」

 そういった楯無さんの後ろに、大型の空中投影ディスプレイが現れる。そこに表示されたのは−−

「げえっ!?」

「ふむ、そう来たか」

 一回戦第一試合、織斑一夏&更識簪VS篠ノ之箒&更識楯無。

 第二試合、凰鈴音&セシリア・オルコットVSシャルロット・デュノア&ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 第三試合、村雲九十九VSダリル・ケイシー&フォルテ・サファイア。

 一夏は一学期の学年別タッグマッチを思い起こさせるような、一発目からの大本命戦。

 私はことコンビネーションという点では学園最強と言えるペアとの激突。

「お互いにきつい戦いになりそうだな……っ!?」

 一夏に声をかけたのとほぼ同時、観客席の方から敵意と殺意の篭った刺すような視線が私を射抜いてきた。

 そちらに目を向けると、一人の女性が私を睨みつけている。金髪碧眼の目の覚めるような美女だが、その顔に見覚えは無い。彼女は一体何者だ?

「おう、そうだな……。ん?どうした?」

「いや……何でもない。先に行くぞ」

「おう」

 そう言って、私は試合会場である第二アリーナに向かうべく歩を進めた。さて、先程の女性はどう出る?

 

「……このくらい離れればいいか。そろそろ出て来て貰えないか。私に用だろう?」

 第二アリーナへ向かうには、一旦第一アリーナの外へ出る必要がある。第一試合はそれぞれ別のアリーナで一斉に行い、観客はそれを第一アリーナの大型スクリーンで鑑賞する。そのため現在、アリーナの外は閑散としている。にも関わらず、私の後ろをずっと付けてくる気配が一つ。それは……。

「やはり気づいていたわね。村雲九十九」

 柱の陰から出てきたのは、先程私に強烈な視線を向けてきた女性。

「やはり貴方か、先程の視線の主さん。何者だ?何故私にそのような目を向ける?」

 観客席から感じたあの視線。それを今度は至近距離で向けられている。

「ケティ・ド・ラ・ロッタ。この名前に聞き覚えがないなんて言わないわよね?フランス事変の功労者さん?」

 

 ケティ・ド・ラ・ロッタ。『フランス事変』あるいは『デュノア社新型機発表会襲撃事件』と呼ばれる、女性権利団体過激派『世界から男の居場所を奪う会』によるテロ事件の主犯格。

 迂闊な発言をして私の怒りを買い、女として終わる程の大怪我を負った挙句、これまでに犯したあらゆる罪が暴露された事で超長期刑囚となり、人としても終わった女だ。

 

「そのケティ・ド・ラ・ロッタと貴方に何の関係が?」

「私はメルティ・ラ・ロシェル。あのお方の恋人よ」

「……ああ、そう言えば……」

 言われて思い出した。ケティ・ド・ラ・ロッタは極度の女尊男卑主義者である以前に、生粋の同性愛者だという事を。

「あの人にあんな酷い事をして、女としても人としても終らせたあなたを、許す訳にはいかないわ」

「今思い出しても腹立たしいあの女が何をしたのか、まさか知らない訳ではあるまい?あれは当然の報いだ」

「黙りなさい!卑しい男風情が!」

 叫ぶと同時に量子の展開光に包まれるメルティ。一瞬の閃光の後に現れたのは、有機的なデザインのウィングスラスターを背負った、鮮血を浴びたかのような赤黒い機体色のIS。その機体に、私は見覚えがあった。

豪州連合(AU)製第二世代機『天空神(アルテラ)』……だと?」

 そう、今からおよそ1週間前に世界各地から『何者か』によって強奪された4機の内の1機だ。フギンとムニンの調査により、強奪したのは亡国機業(ファントム・タスク)の一部隊であると判明している。つまり、目の前の彼女は−−

「私は亡国機業のコードネーム『ブリーズ』。恋人で上司だったケティ様……エイプリルの無念を晴らすため……」

 メルティが右手にアサルトライフルを展開。こちらに銃口を向けると、静かな、それでいて明確な意思を持って私にこう告げた。

「この『アルテラ』であなたを殺すわ。村雲九十九」

 彼女がライフルを発砲するのと、3ヶ所のアリーナで爆音が轟いたのは、ほぼ同時だった。

 

 

 専用機持ち限定タッグトーナメントは、再びの襲撃者によってまたしても混乱のるつぼと化した。

 私は自分に迫り来るライフル弾をやけにゆっくりとした時間の中で見ながら、原作乖離が一体何処まで進んでいるのかと頭を痛めた。

 こんなイベント原作に無かったろ!どうしてこうなった!?……って、やはり私がそう動いたからだよな!畜生!




次回予告

天空神は猛る。お前を殺すと。
魔狼は吠える。やってみろと。
そして世界は言う。これが我等の選択だと。

次回「転生者の打算的日常」
#55 激震

本当どうしてこうなった!?

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