転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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フランス編、後編です。


#53 仏国動乱(後)

『大変な事になりました!アリーナ内に『世界から男の居場所を奪う会』を名乗る者達がISを装備して乱入しました!どうやら彼女達はデュノア社製新型機と、ラグナロク・コーポレーション社長仁藤藍作氏を狙っているようです!観客席では観客の避難が開始されました!我々も安全な場所へ退避します!カメラさん急いで!』

 モニターの前でそれを見ていた学園生徒達は、突然の事態に驚きを隠せないでいた。

「え?え?どういうこと?」

「なんで女性権利団体があんな数のIS持ってんの!?」

「ってかデュノアさんを売女(ビッチ)扱いとかヒドくない!?」

「『男奪会』の日本支部が壊滅したらしいってニュースでやってたけど、まさかラグナロクが噛んでたなんて……」

 そこここで生徒達が声を上げる。そこに、九十九の声が響いた。

『覚悟しろ、クソ女ども。お前らは()が叩きのめす』

 モニターから聞こえてきた九十九の声からは何の感情も感じられず、その顔には何の表情も浮かべていない。だが、九十九の事を少しでも知っている生徒達はある違和感に気づいた。

「あれ?村雲くん今……」

「自分のこと、俺って言った……?」

「なんだろう、あの顔見てると、震えが止まらないんだけど……」

 ざわつく生徒達。そんな中、ある一角では九十九の事をよく知る者達が「やっちまったよあのオバさん」「終わったわね、あのオバン」「哀れな……」と呟いていた。

「あの、一夏さん、箒さん、鈴さん?九十九さんがどうしましたの?」

 それを怪訝に思ったセシリアが三人に声をかける。

「見て分かるだろ?九十九がマジでキレたんだよ」

「は、はい?九十九さんなら割としょっちゅうキレていません?」

「あんなの、あたしたちから見れば『キレた』の内に入んないわよ!」

「ああ。あいつの一人称が『私』の内はまだマシだ。本当にキレたと言えるのは、一人称が『俺』に変わった時だ」

「どういうことだ?」

 四人の会話に興味が出たのか、ラウラが近づいてきた。

「あいつ、自分が馬鹿にされたりからかわれたりしても、そこまでキレないんだ」

「そうね。精々皮肉るか怒鳴るか一発入れるかで終わりだわ」

「だが、自分以外……特に自分の家族を馬鹿にされると本気でキレる」

「で、本気でキレるとああなるのよ」

 一夏、箒、鈴の説明にふむ、と頷くラウラ。そして、ふと気づく。今九十九が本気でキレているという事は−−

 

 九十九は自分の家族を侮辱されると本気でキレる。

  ↓

 九十九はシャルロットが侮辱された事に本気でキレた。

  ↓

 九十九はシャルロットを家族同然だと思っている。

 

 という図式が既に成り立っている。という事になる。

「愛されてますわね、シャルロットさん。羨ましいですわ」

「うむ、おそらくシャルロットが本音でも結果は同じだろうな。だが一夏、ひとつ疑問が残るぞ」

「ん?なんだよラウラ」

「激怒した九十九の口調が変わる理由だ」

「ああ、それか。あいつの親父さんが言うには、村雲家の男には強い怒りが引鉄になって発動する、特殊な状態があるんだと。その状態になると、特殊な伝達物質が脳内に発生して思考速度と身体能力が格段に上がって、性格が少し変わるらしいぜ。名前は−−」

 

 

 九十九の睨みに『世界から男の居場所を奪う会』メンバーが怯んだ隙に藍作とフランシスをピットに避難させようと動いたシャルロットは、ピットに向かう途上で藍作から九十九が本気でキレた原因と口調が変わった理由を聞かされていた。

「名前は『激昂モード』だったかな?彼の父親の槍真も同じ条件で本気でキレて『激昂モード』が発動する。その時には一人称が『僕』から『俺』になるんだ」

 「血は争えんな」と笑いながら言う藍作。もっともその体勢はシャルロットに小脇に抱えられるという締まらないものだが。

「そ、そうなんですか……」

 九十九が本気でキレる条件を聞いたシャルロットは、彼が自分を家族同然(そう言う風)に思ってくれている事がなんだか嬉しくも気恥ずかしくて頬を染めた。

 二人の社長を小脇に抱えた状態でピットに連れてきたシャルロットは、九十九に二人の避難完了を告げた。

「九十九、こっちはもう大丈夫だよ!」

「……分かった」

 そう言うと、九十九はラ・ロッタがいる所まで上昇。5機のISと対峙した。

「ふん、いい度胸ね。第三世代機とはいえ、たった1機で私達と「黙れ三下」なっ!?」

「言ったはずだ。お前らは俺が叩きのめすと……な!」

 瞬間、ラ・ロッタ達の目の前から九十九の姿が掻き消える。

「な、消え……「ぐふっ!?」っ!?」

 ラ・ロッタが左隣から聞こえたくぐもった声に反応してそちらを向いて、驚愕に目を見開いた。

 部下の中で最も操縦技術の高いパイロットが、何の反応もできずに九十九の右拳を腹に受けて体をくの字に曲げていたからだ。九十九の攻撃は更に続く。そのまま顔面に左フック、右フック、左アッパーからの打ち下ろしの右(チョッピングライト)

 九十九のラッシュで完全に意識を持っていかれた一番の使い手が地面に墜落したのは、戦闘開始からわずか5秒後の事だった。

 

 

「な、な、な……」

「なんだ、もうおしまいか?つまらん」

 空中姿勢の安定度から最も技量のあるだろうパイロットに攻撃を仕掛けてみたが、まさかたった1ラッシュでおねんねとは。存外だらしないな。

 地面に落ち、ピクピクと痙攣する女を見下ろしながら、俺はそんな事を思っていた。

「嘘でしょ……アンナがこんな簡単に……」

「落ち着きなさい!数はこちらが有利なんだから、取り囲んで集中砲火をすればいいわ!」

「「「は、はい!」」」

 ラ・ロッタの指示を受けて一斉に散開する4機の『ラファール』。俺の前後左右に布陣した4機は、それぞれにアサルトライフルを構えて一斉射撃を開始。

 俺は着弾の数瞬前に瞬時加速(イグニッション・ブースト)で上に回避。弾丸は虚しく空を切った。そのままスラスターを吹かして自分の後ろにいた『ラファール』の頭上へ陣取る。

「ボニー、上!」

「!?」

 別の『ラファール』に警告を受けて上を向いたボニーと呼ばれた女は、慌てたように俺に照準を合わせる。が−−

「遅い!」

 そのまま瞬時加速でボニーに接近。呼び出し(コールし)た《レーヴァテイン》のトリガーをオン。赤熱したそれでボニーに斬りつける。

「くっ……!」

 俺の一撃を咄嗟にライフルで受けるボニー。だが、赤熱した《レーヴァテイン》にそんな防御など防御していないに等しい。

 

ザンッ!

 

「う、嘘っ!?」

 《レーヴァテイン》の一撃で一瞬にして溶断されたライフルに呆然とするボニー。その隙を見逃すほど、俺は甘くない。

「うおらああっ!」

 上下逆さのまま、ボニーの操る『ラファール』を滅多斬りにする。

「ひっ!きゃあああっ!」

 叫び声を上げる以外になす術のないボニー。辺りに金属が蒸発する臭いが立ち込めだした頃、全身の装甲から煙を上げて、ボニーの『ラファール』が地面に墜ちた。

 その様子を呆然と眺めていた残りのメンバーに《レーヴァテイン》を向けて、俺はこう言った。

「さあ、次はどいつだ?」

 

 

 ケティ・ド・ラ・ロッタは焦っていた。

(なんで!?どうして!?私の計画は完璧だったはずなのに!)

 彼女の計画では、シャルロットの模擬戦の相手はデュノア社専属のテストパイロットのはずだった。

 彼女の計画では、戦闘開始直後に奇襲を仕掛ければ、彼女達が奇襲に気づくより早く仁藤藍作を抹殺出来るはずだった。

 彼女の計画では、仁藤藍作を抹殺した後、フランシスを人質にとって新型『ラファール』を渡せと脅せば、シャルロットはそれに応じるだろうから、一切の苦労も損害もなく新型『ラファール』が手に入るはずだった。

 だが、蓋を開けてみればどうだ?

 模擬戦の相手は村雲九十九だし、構うものかと仕掛けた奇襲は完全に阻止されたし、何があの男の琴線に触れたのか、激昂した村雲九十九が連れてきた手駒(仲間)二人を瞬く間に撃墜してしまった。

(どこ!?一体どこで間違えたの!?……いいえ、私の計画は完璧!それを実行出来ないこいつらが悪いのよ!)

 自分の作戦の破綻の責任を部下に押し付けて精神の均衡を図ろうとするケティの耳に、その言葉は圧倒的な冷たさを持って入り込んできた。

「さあ、次はどいつだ?」

 赤熱するショートソードをこちらに向け、感情の伺えない表情を浮かべる九十九と、ケティの目が合った。

「ひいっ!?」

 九十九の目に宿る絶対零度の殺気と灼熱の怒気に、喉を引きつらせて恐怖の叫びを上げるケティ。

「そうか……次はお前か。ケティ・ド・ラ・ロッタァァっ!」

 己の名を叫び、瞬時加速で突撃を仕掛けてくる九十九。恐怖に駆られた彼女が取ったのは逃げの一手。

「い、いやあああっ!」

 ケティは恥も外聞も無く自身後方へとスラスターを吹かし、少しでも九十九から距離を取ろうとする。

「逃がすかああああっ!!」

 しかし機体の性能差は如何ともし難く、ケティは実にあっさりと九十九に胸倉を掴まれてしまう。

「あ、あ、ああ……」

「お前は俺の女を侮辱した。その報いを……受けろ!」

 自分の顔面に迫る鉄拳をやけにゆっくりになった感覚で見ながら、ケティは死の恐怖に打ち震えた。

(なんで!?なんでなんでなんで!?いや、死にたくない!私はまだ何も−−)

 九十九の鉄拳がケティに突き刺さるまであと3cm……2cm……1cm……。

「待って!」

 

ビタッ!

 

 誰かが放った声に反応して九十九の拳が止まる。

 九十九が声のした方に顔を向けるのに釣られて、ケティもまたそちらを向いた。そこにいたのは−−

 

 

「なんのつもりだ、シャル。何故止めた?」

 シャルの制止の声に、俺はクソ女(ケティ)に叩き込むはずだった拳を思わず止めてしまった。こちらにゆっくりと近づいてくるシャルに、その真意を問い質す。

「わ、私を助けてくれるの!?ありが……「そんなはず無いでしょ」えっ!?」

 クソ女の勘違い甚だしい感謝の言葉をぶった斬り、シャルはクソ女にこう告げた。

「僕はあなたを叩きのめすために来たの」

 その顔には天使のような笑みを浮かべているが、その実目が笑っていない。それに気づいたクソ女は「ひいっ!?」と短い悲鳴を上げた。

「シャル、それは聞けない。このクソ女は俺がやる」

「僕だって売女呼ばわりされた事に怒ってるんだよ?僕にやらせてよ」

 クソ女を叩きのめすのは自分だ。とお互いに譲らない俺とシャル。しばし睨み合いが続く。

「……はっ!?この男風情が!ケティ様を離しなさい!」

「ケティ様を叩きのめすですって!?させるもんですか!」

 展開について行けずに呆然としていた残りの『ラファール』が、クソ女を助け出さんと俺とシャルに迫る。

「邪魔を……」

「しないでよ!」

 互いに立ち位置を入れ替えた俺とシャル。シャルに迫っていた『ラファール』目掛け、俺は呼び出した武器を振り下ろす。

 同時に、俺に迫っていた『ラファール』目掛け、シャルが左腕のパイルバンカーをアッパー気味に放つ。

 

ゴガンッ!

 

「ガハッ!?」

 

ズドンッ!

 

「ゲブウッ!?」

 途轍もなく重い音を立て、上下に吹き飛ぶ二機の『ラファール』。俺の使った武器を目にしたクソ女が驚きの叫びを上げた。

「は、ハンマー!?」

 そう、これぞ俺が夏休みの時にテストをした新兵器。推進器付大戦槌(ブーストハンマー)《ミョルニル》だ。

 単純な重さと硬さで対象を破壊する質量武器は、実の所IS操縦者の多くが使いたがらない。何故か?

 それは、その重さ故に取り回しに難があり、当てるのに苦労する事ともう一つ。ぶっちゃけ『ダサい』からだ。あまりに無骨なそのデザインは、多くの女からすれば『使い難いし格好悪い』モノでしかない。

「まあ、そんな理由で毛嫌いする奴の気が知れんがな。こんなに有効なんだから」

 ちらりと下に目を向けると、装甲が大きくひしゃげた『ラファール』が地面に墜ち、操縦者は完全に白目を剥いて気絶していた。

 

ドシャアッ!

 

 そのすぐ隣に、パイルバンカーで顎を撃ち抜かれて失神した『ラファール』が墜落。痙攣を繰り返しているから辛うじて生きてはいるだろう。

「そんな……嘘でしょ!?こっちは五人だったのよ!?それが、それが……なんでよ!?私の計画は完璧だったはずなのに!」

 連れてきた部下があっさりとやられてしまった事で、クソ女は半狂乱になっている。なんとも無様だな。

「あとはお前だけだ、クソ女。シャルを貶めた報い、受ける覚悟はいいな?」

 「ひっ!?」と短く叫び、身を強張らせるクソ女。その顔は恐怖からか真っ青になっている。

 俺がクソ女を叩きのめすべく奴に近づこうとした時、俺の肩にシャルが手を掛けた。

「だから、その人は僕がやるって言ってるでしょ?九十九」

「聞けないと言ったぞ、シャル。こいつは俺が叩きのめす」

「……ねえ、九十九。いっそのこと一緒に叩きのめさない?」

「……そうだな。お互いに譲れないってんなら、どっちともでやりゃ良いか」

 お互いに頷き合ってクソ女に近づくと、クソ女は距離を取ろうと後ろに下がる。こちらが近づくと向こうが下がるを繰り返した結果、クソ女は自ら壁際に張り付いた。

「ま、待って!許して!その子を悪く言ったのは謝るから!」

「今更遅えよ、クソ女」

「ちょっと黙ってなよ、オバさん」

 《ミョルニル》とバンカーをクソ女に突きつけて、最後通告をする。

「「歯ぁ食いしばれ!」」

 シャルがクソ女の懐に飛び込むと同時に俺はクソ女の真上に飛び、《ミョルニル》のブースターをオンにする。

「撃ち抜くよ!止めてみて!」

 シャルはクソ女の腹に左ボディブローを叩き込むとバンカーを5連射する。

「グヘエッ!」

 バンカー5連撃を受けたクソ女が、その衝撃で上に吹き飛ぶ。その先にいるのは俺。

「おるあっ!」

「ガフッ!」

 左拳でクソ女の顔面を思い切り打ち抜く。勢いに負けて下に落ちていくクソ女に《ヘカトンケイル》を使った拳の乱打を浴びせて、再び俺のいる所まで強引に上昇させる。

「ゲ…ボォッ……」

「終わりだクソ女!俺の女を侮辱した報い、その身で……受けろおおおっ!!」

 

ドキュッ!ブンッブンッ!ゴズンッ!

 

「ブヘッ!」

 ブースターを吹かして二回転。遠心力を利用して勢いをつけた《ミョルニル》をクソ女の顔面に叩き込む。

「うおおおおっ!!」

 無様な悲鳴を上げたクソ女をハンマーに貼り付けたまま、《ミョルニル》のブースターと『フェンリル』の全スラスターを最大出力で吹かし、真下に向かって一直線。クソ女ごと《ミョルニル》を地面に叩きつける。

 

ズズンッ!

 

 《ミョルニル》を叩きつけた衝撃で地面が軽く揺れる。クソ女は一度ビクンッと震えた後、ぴくりとも動かなくなった。

「えっと……一応訊くけど、殺してないよね?」

「安心しろ。生きてるよ、辛うじてな」

 《ミョルニル》を肩に担ぎ、大きく息を吐く。クソ女を叩きのめした事で渦巻いていた怒りが一気に霧散していく。

「気分はどう?九十九。僕は結構スッキリしたけど」

「君と同じさ。実に清々しい気分だ。喩えるなら、下ろしたての下着を履いて迎えた正月元日の朝のような、ね」

「あれ?九十九、口調が……」

「ん?()の口調がどうか……あ」

 そこまで言ってはっとなる。シャルを悪く言われて『激昂モード』が発動した。その場にはシャルと『激昂モード』の事を知っている仁藤社長がいた。シャルが『激昂モード』の事を訊けば、社長はそれに答えるだろう。

 つまりそれは、私がシャルを家族同然に思っている事をシャルに知られた。という事だから……。

「恥ずかしい、恥ずかしい」

「ちょっ、大丈夫!?」

 あまりの気恥ずかしさについその場で蹲り、顔を両手で覆って表情を隠した私にシャルが近づく。

「あ、ちょっと待ってごめん、今寄らないで。冷静になったら急に凄い恥ずかしいから」

「あ、あ~……うん。分かった。落ち着くまで待ってるね」

 苦笑いを浮かべてその場を少しだけ離れるシャル。私が落ち着きを取り戻したのは、その1分後の事だった。

 

 

 九十九が羞恥に悶える直前。IS学園体育館の巨大モニターでは、デュノア社新型機発表会襲撃事件の続報が伝えられていた。

『では、もう一度フランスの伊藤さんと中継を繋ぎたいと思います。伊藤さん?』

『はい。こちらは発表会の会場から300mほど離れた場所にある公園です。『世界から男の居場所を奪う会』を名乗る襲撃犯がアリーナに侵入してから20分が経過しました。アリーナからは時折大きな音が届いてきます。中ではおそらく、現在も戦闘が続いているものと……』

 

ズズンッ!

 

『うわっ!?』

 伊藤アナの悲鳴と共に画面が大きく揺れる。どうやらカメラがブレたらしい。

『伊藤さん!?どうしました!?』

『わ、わかりません!突然、一際大きな音がアリーナ方向から響いてきました!アリーナ内で何かあったのでしょうか!?』

 カメラがアリーナを画面に捉えると、アリーナのガラスの一部にヒビが入っていて、先程の音の衝撃を物語っている。周囲にいた他の避難者達も一体何事かとアリーナの方に目をやっている。

 と、そこへパトカーのサイレン音が聞こえてきた。カメラがパンすると、トリコロールカラーの車が何台もアリーナに向かっていく。上空にカメラを向けるとフランス空軍所有の『ラファール』がアリーナに急行していくのが映った。

『あ!今、フランス空軍と警察がアリーナに向かって行きます!村雲さんとデュノアさんは無事なのでしょうか?安否が気遣われます!』

 

「ん?警察が来たのか?」

 近づいてくるサイレン音に気づいて私は顔を上げる。それと共に『フェンリル』が友軍登録されていないISの接近を知らせてきた。

「シャル」

「うん」

 その情報はシャルにも行っていたようで、二人で警戒態勢をとる。そこに、1機の『ラファール』が飛び込んできた。

Ne bougez pas(動かないで)!」

 ライフルを突きつけ、フランス語でそう警告してきたのは−−

「私はフランス空軍、IS配備部隊『百華(フルール)』所属、シャルロット・エレーヌ・オルレアン大尉です!貴方達は完全に包囲されています!武器を捨て、投降しなさい!……って、あら?」

 フランス空軍のISパイロットの中でも1、2を争う腕前の持ち主として知られるオルレアン大尉だった。

 飛び込んで来たと同時に投降を促す台詞を言った後、周りの状況を見たオルレアン大尉は、既に全てに決着が着いている事に気づいてぽかんとする。

「オルレアン大尉、折角お越し頂いて何なのですが……。見ての通り、ケリは着いています」

「……そのようね。それじゃあまずは彼女達を捕縛……より先に病院に搬送ね。特にあの派手な『ラファール』のパイロット、顔面グシャグシャじゃない。何したの?」

「あ~、ちょっとばかり拳打を浴びせた後……こいつでこう……グシャッと」

落ちていた《ミョルニル》を持ち上げてオルレアン大尉に見せると、大尉は『うへぇ』という表情を浮かべた。

「貴方、顔に似合わずえげつない事するわね。これもう女としては終わる怪我でしょ。まあいいわ。貴方達にも話聞くから、一度拘束させて貰うわね」

「分かりました」

 話が終わると同時に、警官隊と救急隊がアリーナに入って来た。ラ・ロッタはじめ今回の事件の主犯達は、念の為に手錠をかけられた状態でストレッチャーに乗せられて警察病院へ送られた。

 その後の調査で『世界から男の居場所を奪う会』が使っていたISは、全て何者かによって強奪された物である事が判明。しかし、彼女達が一体どのような方法でこれらのISを入手したのかについては、どれだけ調べても分からなかったという。

 怪我からの回復後、彼女達はISを用いてテロを行った事の他、警察の調べによって判明した数多くの犯罪行為により特定重犯罪超短期結審法(#22参照)の元で裁きを受け、主犯格のケティ・ド・ラ・ロッタは仮釈放無しの懲役150年。共犯者の四人もそれぞれ50年〜80年の懲役刑を受ける事になる。勿論、仮釈放無しだ。

 また、『世界から男の居場所を奪う会』は今回の件でテロ組織に認定され、上級幹部が全員国際指名手配となった。これにより、テロリスト扱いを受けたくないとして一般会員が多数脱会。『世界から男の居場所を奪う会』は、その規模を大幅に縮小する事となった。

 一方私達だが、事情聴取の後で警察と軍双方のお偉いさんから「無茶をするな」とお叱りを受けただけで済んだ。何故か?

 その理由は、私達の行為は『テロリストの脅威からフランス国民を守った英雄的行動』として既に世界から賞賛されていて、ここで私達を厳罰に処せば、フランスが世界から冷ややかな目で見られる事は明白だった。という大人の事情があったからだ。

 

「まあ、そのお陰でこうして堂々としていられる訳だ。世論には感謝しないとな」

「うん。それはいいんだけど……どうする?これ」

 迎えが来ているという事で、警察署前に出た私達を待っていたのはマスコミの取材攻勢だった。

「村雲さん!今のお気持ちをお聞かせ下さい!」

「デュノアさん!最初にテロリスト達と対峙した時の心境を!」

「フランス政府から感謝状が贈られるそうですが、どの様にお考えですか!」

 焚かれるフラッシュ、突き出されるマイクとICレコーダー。矢継ぎ早に掛けられる質問と好奇に満ちた視線。

 これがマスコミか。芸能人や政治家が鬱陶しがっている気持ちが少しだけ分かるな。

「そこまでにして貰おうか」

 記者達の後ろから現れたのは仁藤社長。その姿を見た記者達は、今度は社長に殺到する。

「仁藤社長!ぜひお二人からお話を聞かせて……「そこまでにしろと言った」ひいっ!?」

 社長がドスの効いた声でそう言うと、真正面にいた記者が喉を引きつらせながら下がる。社長が一歩前に出ると、記者達が一斉に左右に分かれた。その様は、私達が入学当初に経験した『モーセの海割り』のようだった。

 社長は私達の前まで来ると、記者団に顔を向けてこう言った。

「記者会見は明日の朝10時から、デュノア社の大会議室にて執り行う。それまで村雲九十九、シャルロット・デュノア両名に対する一切の接触を禁止する。もし、禁を破った者は……」

「も、者は……?」

 ゴクリと喉を鳴らす記者。社長はたっぷりと溜めた後、イイ笑顔を浮かべて宣告した。

「我が社の総力を上げて、社会的に消して差し上げよう」

「「「はい!分かりました!」」」

「ならば良し。では明日、デュノア社大会議室で。行くぞ九十九くん、シャルロットくん」

 コートを翻して人垣の間を颯爽と歩く仁藤社長は、悔しいがとても格好良かった。

 

 

 明けて翌日、デュノア社大会議室で行われた記者会見はつつがなく進んだ。大体予想通りの質問ばかりだったので、特に回答に困る事はなかった。

「会見は以上で終了となります。ありがとうございました」

 司会の人が会見の終了を伝えると、記者達はまだ何か訊きたい事があるのか「すいません、あと一つだけ!」「もう少しお聞きしたい事が」と必死にアピールしだした。

「会見時間は1時間。質問は一社につき一つまで。プライベートに関する質問は無し。事前にそう取り決めたはずだが?」

 威圧を込めた仁藤社長の言葉に、記者達は「うっ」と呻いて後退る。

「会見は以上。これから帰国準備があるので個別インタビューも受け付けないものとする。分かったら解散したまえ」

 それだけ言って去ろうとする社長の背中に、意を決した一人の記者が問いかけた。

「最後に一つだけ!中止になった新型機の発表会はどうされるおつもりですか!?」

 その質問に社長は立ち止まり、少しだけ後ろを振り返って答えた。

「4日後、日本で」

 4日後?何故わざわざそのタイミングで……あ。まさかこの人……。

 4日後に日本で何があるのか?とざわつく記者達を尻目に社長は会見場を後にする。それに合わせて私とシャルも会見場を出た。

「社長。貴方、専用機持ち限定タッグトーナメントを『カレイドスコープ』お披露目の場にするつもりでしょう?」

「あ、わかる?いや~、良かったよ。丁度いいイベントがそこにあって。アリーナの使用料もバカにならないしねぇ」

 ハハハ、と笑う社長に、私は呆れ顔を向ける事しか出来なかった。シャルも苦笑いを浮かべるので精一杯のようだった。

「さあ、明日の朝にはフランスを立つぞ。準備を急ぎたまえよ?二人共。じゃあ、私はフランシスに用があるから」

 それだけ言って、社長はエレベータに乗って最上階へ行ってしまった。

「えっと、どうしようか?これから」

「本音に土産を買いたい所だが、下手に外で買物をしようとすればどうなるか分からんしなぁ……ホテルに戻ろう。確か1階に土産物屋があったはずだ」

「でもあそこ、あんまり良い物無かったよ?」

「見たのか?」

「うん。割とどこででも買えそうな物ばかりだったよ」

「そうか……。さて、どうするか……」

 土産を買いに行きたいが、街に出れば私達に気付いた一般市民が押し寄せて来かねない。心配しすぎかも知れないが、用心に越した事はないのだ。どうする、どうすれば良い?

「あ、そうだ。ね、九十九。ちょっと耳貸して?」

 何かアイデアが浮かんだらしいシャルが笑顔を浮かべてこう言ってきた。

「ん?何だ?」

「あのね……ごしょごしょ……」

「なっ!?ちょっと待て!それはいくら何でも……」

「じゃあ、他に良いアイデアがあるの?」

「……無い」

「じゃあ決まり!さ、準備しないとね。まずはいったんホテルに戻るよ。タクシー!」

 そう言って私の手を取ってタクシーに乗り込むシャル。シャルが私に耳打ってきた提案。それは−−

 

「うう……」

「ほら、もっと堂々としてないと怪しまれるよ?」

「そうは言ってもだな……。ああ、我が黒歴史に新たな1ページが……」

 土産物を買いにやってきたのはシャンゼリゼ通り。シャル曰く『ここならお土産にいい物がたくさんあるから』らしい。

「ねえ、()()()ぃ。パリは初めて?何なら僕が案内……「あ?」いえ、なんでもないです!スミマセン!」

 いきなり声をかけてきた軽薄な金髪男を思わず睨みつけた私は悪くない。何故って?

「彼女達だって。良かったね九十九。ちゃんと女の子に見えてるみたいで」

「全く嬉しくない……」

 今の私はタートルネックセーターの上に秋用コートを羽織り、膝丈のスカートと黒タイツを履き、足元はショートブーツ。という典型的な秋のパリジェンヌファッションだ。タートルネックに隠れて見えないが、首に変声機能付きチョーカーを着けているので、声は女性そのものになっている。薄く化粧をし、セミロングのウィッグも着けているので、パッと見は完全に女性だろう。

 これがシャルの提案した『月雲(つくも)ちゃん降臨作戦』だ。要するに私が女装をする事で周りの目を欺こう。というものなのだが。

「なあ、周りの視線が痛いんだが。これバレてないか?」

 すれ違う人という人がこちらに振り返ったり指差してヒソヒソやっている。

「大丈夫、大丈夫。ほら、周りの声をよく聞いてごらんよ」

 シャルがそう言うので耳をそばだててみる。すると−−

「うわ、あの二人すごい綺麗!」

「モデルさんかな?なんかの撮影?」

「おい、お前声かけてみろよ」

「無理無理。さっき二人にコナかけて一瞬で撃沈してる奴見たぜ」

「あ~あ、俺もあんな美人の彼女欲しいわ~」

 などなど、聞こえてくるのは称賛の声が主だ。無論、僅かも嬉しくない評価だが。

「ね?大丈夫でしょ?ほら、行こ」

「もう好きにしてくれ……」

 シャルに手を引かれながら、私はシャンゼリゼ通りでショッピングと観光を行った。

「ここはシャンゼリゼ通りでも有数の老舗ショコラトリーなんだよ」

「ふむ、では皆にこれと……本音にこれを買って行こう。失礼、この二つをプレゼント包装で」

「畏まりました。少々お待ちください、お嬢様」

「お嬢様……」

 パリの有名ショコラトリーで買物中、いらぬ心的ダメージを受けたり。

「うん、いい香り。月雲はどれが……月雲?」

「すまない、香りが混ざり過ぎていて正直キツイ」

「ごめん、気づかなかったよ。出よっか?」

「うん……」

 高級香水店の香りに参ってしまい、ほうほうの体で店を出る事になったり。

「流石は卒業率1割未満と言われる料理学校の卒業生の店。どれも大当たりだ。思わずはだけてしまいそうになったよ」

「気持は分かるけど、本当にやっちゃダメだよ?」

「勿論だ。あ、すみません。この『ウズラの詰め物・生意気小僧風』っていうのを一つ」

「か、かしこまりました」

「まだ食べるの!?」

 パリの食通の間で野菜料理が美味いと評判のフレンチレストランで舌鼓を打ったり。

「おお、いい眺めだな」

「エッフェル塔の展望デッキは地上300mにあるからね。パリが一望できるよ」

「しかし、こうして高い所にいると『あの台詞』を言いたくなるな」

「あの台詞?」

「見ろ!人がゴミの……「それ以上いけない」あ、はい」

 エッフェル塔で大佐ゴッコをしようとしてシャルに止められたりと、格好はあれだがそれなりにパリを楽しんだのだった。

 

 翌日早朝、パリ・シャルルドゴール空港第三ターミナル。

「さて、忘れ物はないかね?そろそろ出発するよ」

「はい、問題ありません」

「僕も大丈夫です」

 昨日の内に荷物は逐一確認しながらトランクに詰めたし、部屋を出る時入念に指差し確認をして出てきたのだ。まさか忘れ物があるとは思えない。忘れたい思い出はあるけどな、ハハハ。

「ならば良し。じゃあ、帰ろうか。我らの家に」

「「はい」」

 《フリングホルニ》は一路日本を目指して飛ぶ。帰ったら改めて事情聴取やら戦闘記録の提示やらをしないといけないが、ひとまずフランスで起きた大事件はこうして幕を閉じた。

 私は専用機限定タッグトーナメントで起きるであろうゴーレム襲撃事件(原作展開)をどう切り抜けるか思案しながら、身体を休めるのだった。

 

 

 某国某所、とある高層ビルの一室。そこで10人の男女が角を突き合わせていた。

「新型『ラファール』奪取と仁藤藍作抹殺はいずれも失敗か。まあ、仕掛けたのがあれでは当然だが」

「エイプリルの立てる作戦は、全てが自らの思う通りになって初めて成功する作戦ですからな」

「あんな穴だらけの策でよく得意になれるものだと常々思っていたわ」

「だが、奴はいい目くらましになってくれた。ジューン、報告を」

「ええ」

 ジューンと呼ばれた女は椅子から立ち上がるとスクリーンの前に立つ。すると、スクリーンに4機のISが映し出された。

「新型『ラファール』とあの女のお陰で世界の注目がフランスに集まっていた事もあって、今回の奪取作戦は思いの外上手く行ったわ」

「ほほー、大漁だねぇジューン。これは豪州連合(AU)の第二世代機『天空神(アルテラ)』だね」

「こっちはUAEの第三世代機、(シャヒーン)シリーズの『告死天使(アズライール)』と『告命天使(スルーシ)』か」

「ブラジルの第三世代機『有翼蛇神(ククルカン)』もか。良い仕事だ、ジューン」

「お褒めに預かり光栄ですわ、オーガスト。ところで、エイプリルの事ですが……」

 恭しく腰を折り、賞賛を受け取るジューン。そのジューンが、ふと気になったようにオーガストに質問する。

「あれはもう要らぬ。元々失敗すると思っていたからな。なに、次のエイプリルとノヴェンバーは既に招集済みだ」

 オーガストがパチンと指を鳴らすと、議場のドアが開き、一組の男女が入ってくる。

 痩せぎすの体を白衣で包み、度の強い眼鏡をかけた神経質そうな男と、露出度の高い服を着た豊満な肢体の女だ。

「諸君、紹介しよう。彼らが新たなるエイプリルとノヴェンバーだ」

 二人の顔を見て、議場がざわつく。何故なら、彼らは裏の世界では有名人だったからだ。

「まさか『不遇の天才』と『裏切りの魔女』のご登場とは……」

「今回奪取したISの調整、私にお任せ頂きたい」

「ラグナロクの情報収集は私に任せて貰えるかしら」

「いいだろう。君達の働きに期待する。……ミスト」

「はっ」

「旧き卯月を暦より剥がせ。迅速にだ」

「直ちに」

 そう言うと、ミストは議場から姿を消した。

「さて、次の議題に移ろう」

 そう言ってオーガストは円卓に座る11人を見回した。

 より力を着けた悪意の矛先が静かに、だが確実に近づいていた。

「では、此度の専用機限定タッグトーナメントには、最も調整に時間の掛からない『天空神』を送り込む。という事でよいか?」

「「「異議なし」」」




次回予告

襲い来る鉄騎の群れ。
迎え撃つは若き騎士達。
だがそこに、招かれざるもう一つの悪意が現れる。

次回「転生者の打算的日常」
#54 悪意襲来

あなたは私が殺すわ……村雲九十九。

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