♢
自らを『織斑マドカ』と名乗った少女が一夏に突きつけた物。それは、鈍い光を放つハンドガンだった。
「私が私たるために、お前の命を貰う」
「っ!?一夏!」
パァンッ!
住宅街の静寂を裂いて放たれた凶弾は、標的に向かい真っ直ぐに飛んでいく。
ドサッ……
一夏を庇ってその前に出た九十九は、その銃弾を胸に受けて崩れるようにうつ伏せに倒れた。
「−−っ!?九十九ぉぉぉ!」
倒れ伏す九十九の名を叫ぶ一夏に、マドカはどこまでも冷ややかに告げる。
「ふん、お友達に救われたな。だが次はない。今度こそ……死ね」
「くっ……!」
パァンッ!
二度目の射撃音。一夏は銃弾が自分に飛んでくるのを、やけにゆっくりになった視界で感じていた。
「ちっ……」
身構えていた一夏が目にしたのは、憎々しげな顔のマドカと自分の手前数cmの所で止まっている銃弾だった。
(これはAIC!?ってことは、ラウラか!)
「伏せろっ!一夏!」
ラウラの言葉に従って一夏が体を下げると、その頭上ぎりぎりの所をナイフが飛んで行った。一夏が抱えていたジュースは大きく体を動かした事で腕から落ち、がらんがらんと音を立てて地面を跳ねる。
「やはり邪魔立てするか……」
マドカは、自身の右目を正確に狙って飛んでくるナイフを、あろう事か正面から掌で受け止めた。
「なっ!?」
これに驚愕したのはラウラ。飛んでくるナイフを止めるのに最も有効な手段は『何かに当てる事』だが、まさかそれを己の掌で行うとは思ってもみなかったからだ。
「こんな物はいらん。返すぞ」
そう言って、マドカは掌に突き刺さったナイフを握りしめ、そのままラウラに投げつける。
しかし、動体視力、視覚解像度等を数倍に跳ね上げる左眼『
金色の左眼がナイフの次にマドカの姿を追うが、既にマドカはISを展開し、夜の闇へと姿を消そうとしていた。
「ふん……」
「待て!」
AICの停止エネルギーを躱し、マドカは飛び去る。こうして、唐突に現れた襲撃者は、完全にその姿を闇に埋めたのだった。
「ちっ!逃したか……。一夏、無事か?」
「ああ。でも、九十九が!九十九が撃たれた!」
「なにっ!?」
一夏の指さすその先で、九十九がうつ伏せに倒れているのをラウラは見た。
「一夏!九十九が撃たれたのはいつだ!?場所は!?倒れた時に頭は打っていないか!?」
「撃たれたのはついさっきだ。場所は多分左胸。頭は打ってない……と思う」
「くっ……」
九十九に近づき、手首で脈を取るラウラ。左胸を撃たれたとなれば、間違いなく心臓、あるいはそれに近い臓器や重要な血管が傷付き、最悪即死。良くても数十秒から数分で死に至るだろう。
もう助からないかも知れない。そう思いながら脈を取ったラウラはおかしな事に気づく。
「ん?」
胸を撃たれたというのに、やけに脈がはっきりと取れる。それ以前に九十九の体の下に血溜まりができていない。
変だ。そう思ったラウラは倒れている九十九を抱き起こし、その胸に耳を当てようとして−−
「すまないが、君に貸す胸はないぞ、ラウラ」
「うわぁっ!?」
上から降ってきた九十九の声に驚いて、思わず九十九を抱き上げたその手を離してしまうのだった。
「ぐはぁっ!?うおお……後頭部強打……」
ラウラが突然私を抱き上げた手を離したため、思い切り地面に頭をぶつけてしまった。凄く痛い。
「す、すまん!しかし……」
「九十九、お前胸撃たれたよな!?なんで……」
「ピンピンしているのか、か?実は私にもよく……」
状況を理解できぬまま立ち上がろうとすると、不意に胸ポケットからカシャン、と音がした。
「今の音……まさか!?」
胸ポケットを探ると、そこから出てきたのはシャルと本音から貰った懐中時計。蓋の中心に弾痕が残っており、開けてみると文字盤を覆っていたガラスに蜘蛛の巣状のヒビが入っていた。
「まさか……これに当たって?」
「なんという偶然……。倒れたのは着弾の衝撃で気を失ったから、ということか」
「おかげで助かったのは事実だが、二人になんと言えばいいんだ?これ……」
蓋がへこみ、ガラスのひび割れた懐中時計を手に、私は襲撃を受けたという事も忘れてしばし愕然とするのだった。
♢
「えっ!?襲われた!?」
明けて翌日、その夕食の席で箒と鈴が口を揃えて大声を上げる。
「ああ、昨日の夜にな」
『織斑マドカ』の名はあえて伏せ、一夏が一同に事情を説明した。なお、昨夜の段階で告げなかったのは、折角の誕生祝いムードに水を差したくないという一夏の配慮によるものだ。
「九十九も一緒にいたよね?大丈夫だった?」
「ああ、その事で二人に感謝と謝罪をしなければならない」
「どういうこと〜?」
本音が首を傾げながら訊いてくる。私は意を決して胸ポケットから昨夜の事件における唯一の『被害者』にして『命の恩人』を取り出した。
「あれ?それって……」
「わたしたちがつくもんに贈った懐中時計だよね~……。あっ!蓋がへこんでる~」
「これって……弾痕?じゃあ、感謝と謝罪ってひょっとして……」
私に視線を向けるシャルと本音にコクリと頷く。
「これが無ければ、私は昨夜の襲撃者が放った弾丸によって死んでいただろう。だから、ありがとう。そしてすまない。折角貰った物をこんな形で駄目にしてしまって」
私が頭を下げると、二人は「やっぱり」と呟いた。
「やっぱり?それはどういう……?」
「だって九十九……」
「おりむーとらうらうと一緒に帰ってきたとき、暗い顔してたし〜。それに……」
「僕たちと目が合った時になんだかすごく申し訳無さそうな表情になったからね。これはなにかあったんだろうなって」
「気づいていて何故……?」
「もしあの場で訊いてたら、お誕生会の雰囲気が台無しになるかなと思って」
「それにつくもんのことだから、訊けばちゃんと話してくれると思ったしね~」
「二人とも……」
二人の気遣いに、私は不意に涙が溢れそうになった。本当にこの二人にはかなわないな。
「それじゃ〜、つくもんの命を助けてくれた懐中時計さんにお礼を言わなきゃね~」
「うん、そうだね」
「「懐中時計さん。九十九(つくもん)を助けてくれて、ありがとう」」
二人が懐中時計に頭を下げると、懐中時計が「気にするな」と言うかのようにキラリと輝いた。
ちなみに、名誉の負傷をした懐中時計は後日『クロノス』の技師が直してくれた。「弾痕はどうするか」と聞かれた私は、敢えてそのままにしておいて貰う事にした。
二人の想いが私を守ったという事と、一瞬の油断が死を招くという事を忘れないようにするために。
♢
夕食から2時間ほど経過し、暇を持て余した私はなんの気無しに寮内を散歩していた。一夏の部屋の前に差し掛かると、何故か真っ二つになった部屋のドアの上半分が廊下に転がっている。
「おい、一夏。何故お前の部屋のドアは半分に……なって……私は何も見ていない!」
部屋の中に楯無さんがいる事を確認した瞬間、私は素早くその場で反転、急ぎ一夏の部屋から離れようとする。しかし、その判断は一瞬遅かった。
「なっ!?動けない!?これは……水のロープ!?」
「ふっふっふー。いい所に来たわね九十九くん。君にも関係のあることだから、ついでに聞いて行きなさいな」
水のロープの反対側の先を手にした楯無さんがそれを手繰り寄せる。冷たい上に一定の固さも持っているのか、体に食い込んで地味に痛い
「冷たっ!?そして痛い!分かった、分かりました!部屋に入るので離してください!」
「ん、よろしい」
楯無さんはにこりと微笑むと、私を縛っていた水のロープを解いた。
結局、この人から逃れる術は無いという事なのだろう。私は大人しく一夏の部屋へと入った。
「それで、用事はなんですか?できれば俺、シャワー浴びたいんですけど」
「ん?それじゃあ……」
「シャワーを浴びながら話をするは無しで。普通に、今すぐ、話してください」
「ンもう、九十九くんはからかい甲斐がないわねえ。可愛くないぞ」
「貴女に可愛いと思って貰わずとも結構。おい、一夏。茶を出すんならこの人には出涸らしでいいぞ、出涸らしで」
「いや、そういう訳にもいかねえだろ」
そう言いながら、一夏は楯無さんと私に茶を出した。楯無さんが茶碗を手に取り茶を一啜りする。
「んー、美味しい玉露ね。でも、生徒会のお茶汲みとしてはまだまだかしら」
一夏は生徒会の副会長だったと思うのだが、話が進まなくなりそうなのでツッコまないでおこう。
茶を啜って喉を潤すと、私は楯無さんがここに来た理由を問う。
「さて、それで今日は何用ですか?」
「一夏くんと九十九くん、襲われたんだって?うちで警備の人間をつけましょうか?」
「いや……遠慮しておきます」
一夏がこう言うのも無理はない。何せ相手はISを持っている。生身の人間がISの前に出た所で、よくて四肢欠損、最悪の場合どれがどの部分か分からない程の肉片に変わり果てるだろう。ISとは、それ程の戦力なのである。
「私も遠慮しておきます」
「そう言うと思ったわ」
「そうですか」
「そうでしょうね。他には?もう用件が無ければ帰りたいんですが」
「あ、うん。もう一つあるんだけど……」
何か言おうとする楯無さんだが、彼女にしては珍しく、その口調は何とも歯切れの悪いものだった。
「その……お願い!」
パンッ!と両手を合わせ、いきなり私達を拝む楯無さん。
「え?え?」
「何事ですか?」
「妹をお願いします!」
「はい!?」
一夏は突然の事態に追いつけていない様で、目を白黒させている。……ああ、そう言えばこのタイミングだったっけ。あの子と一夏が対面するのって。
♢
「はあ。妹さん……ですか。一年生の」
「そう。名前は
そう言って楯無さんが見せてきた携帯の画面には、楯無さんと良く似た顔立ちに少々野暮ったい眼鏡をかけた、どこか影のある美少女が写っていた。彼女が更識簪……。だが、写真に映る彼女の雰囲気、なんと言うか想定以上にーー
「あのね、私が言ったって絶対言わないで欲しいんだけど……」
こんな前置きをする楯無さんも、普段からは考えられないものだ。
「妹って、その……ちょっとネガティブっていうか、ええと……」
えらく慎重に言葉を選ぶ楯無さん。とはいえ、『ネガティブ』をどんなに柔らかく言い換えようとしてもそれは無理というもので。
「暗いのよ」
結局、ばっさり言い切る以外に手の無い楯無さんだった。
「そ、そうですか」
「あ、でもね、実力はあるのよ。だから専用機持ちなんだけどーー」
「けど?」
「専用機がないのよねぇ」
「は?」
専用機持ちを謳っておいて専用機が無いとはどういう事なのか?その理由はーー
「お前に原因があるぞ、一夏」
「はあ!?なんでそこで俺が出てくんだよ?」
「倉持技術開発研究所。通称、倉持技研。更識簪嬢の専用機『打鉄弐式』の開発元だ。そして、それと同時にーー」
「俺の『白式』の開発元でもある……か」
「そういう事。それで『白式』の方に人員を全員回しちゃってるから、未だに完成していないのよ」
「なるほど……」
考えて見るとそれがおかしい。いくら『世界初の男性操縦者の専用機』とはいえ、その開発・研究のために他に開発中だった機体を放り出すとか何を考えてるんだ?
倉持技研には開発チームを『白式』担当と『打鉄弐式』担当に分けるという発想がないのか?それとも、2チームに分けられる程の人員がいないと言うのか?いずれにせよ、簪嬢にとっては迷惑この上ない話ではないか。
「つまり!一夏くんのせいなのよ!」
「す、すみません……」
それ故、簪嬢は専用機を必要とする各種行事に軒並み不参加だったのだ。本来持ち得ているはずの専用機がないとなれば、それは恥ずかしい事だろう。
「それで楯無さん。その話があなたの言う『お願い』とどう繋がるので?」
「あのね、昨日のキャノンボール・ファストの襲撃事件を踏まえて、各専用機持ちのレベルアップを図るために今度全学年合同のタッグマッチを行うのよ」
「はあ、そうなんですか」
一夏が気のない返事をすると、楯無さんは畳んだ扇子を横にして手を合わせ、再び私達を拝みだす。
「お願い!そこで簪ちゃんと組んであげて!」
その姿に一夏が慌ててそれをやめさせようとする。
「ちょ、ちょっと楯無さん。そんなに頼み込まなくても大丈夫ですから!な、九十九」
「…………」
一夏が私に同意を求めて来るが、私はそれに対する答えを出せない。
「九十九くん?」
「楯無さん……申し訳無いが、貴方の願いに私は応えられない」
「えっ!?どうして!?」
「実は……」
翌日、一年一組教室にて。
「という訳で、村雲くんとデュノアさんは今日から10日間、所属企業のお仕事でフランスに行く事になりました」
「布仏、ボーデヴィッヒ。二人にノートを取っておいてやれ。以上、朝礼を終わる」
担任教師の千冬から一組生徒に齎された情報は、彼女達に若干の驚きを与えた。フランス・デュノア社がラグナロク・コーポレーションと共同で開発を進めていた第三世代機が間もなく完成するというのだ。
その最終調整と慣熟訓練のためにシャルロットが。新型機発表会に出席するラグナロク・コーポレーション社長の護衛兼シャルロットの訓練相手として九十九がフランスに向かったというのである。
「デュノア社って、業績が上向いたのつい最近だよね?いくらなんでも早くない?」
「普通、新型の開発って年単位で時間がかかるもんじゃないの?」
「そこはほら、ラグナロク驚異の技術力が働いたんじゃない?」
「あ~、なんか納得」
「ね。ただ……」
話をしていた女子達が一斉にある机の方を向く。そこには頬を膨らませて不貞腐れている本音がいた。
「言ってくれればいいのに……。つくもんのばか〜」
どうやら九十九は本音に今回の事を言っていなかったらしい。そのせいで、本音はすっかりいじけてしまっていた。
「村雲くん、帰ってきたら大変だろうね」
「「「ご愁傷さま二ノ宮……もとい、村雲くん」」」
10日後の九十九の苦労を思い、そっと手を合わせる一組女子一同だった。
♢
「へっくし!」
「九十九、どうしたの?風邪?」
「いや、誰かが噂したのかもしれん」
鼻の下を擦りつつシャルに軽口を叩く。
現在私達はラグナロク所有のリムジンで郊外にあるラグナロクの野外訓練場へ向かっている最中だ。ちなみに運転手は−−
「大丈夫かい?九十九くん。風邪は引き始めの処置が肝心だぞ」
「ご心配なく、社長。単に鼻がムズついただけですので」
そう、仁藤社長なのだ。本人曰く『車の運転が好きだから』こうしてハンドルを握っているとの事。
「本音、きっといじけてるよね。この事言ってないし」
「だろうな……。帰ったら機嫌を直すのに苦労するかな、多分」
「二人とも、そろそろ到着だよ」
社長の言葉を受けて窓の外を見るシャル。そこには大きく開けた土地が広がっていた。
「うわ、すっごく広いね」
「元はこの1/3程の広さしかなかったそうだ」
「へー。広げたの?」
そう言って首を傾げるシャルに、社長が溜息混じりに答える。
「いや、広がったんだよ。主にルイズ君のせいでね」
ルイズ・ヴァリエール・平賀。ラグナロク・コーポレーションのテストパイロットで元フランス代表候補生。
グレネードランチャーによる徹底的な面制圧射撃を得意とし、彼女が戦った跡には草一本残らない事からついた二つ名は−−
「『
「……ラグナロク・コーポレーション第一野外訓練場。ここには以前、二つの山が
「うん、大体分かった。あの人本国でも『彼女が行っているのは訓練なのか発破がけなのか分からない』って言われてたし」
そんな事を話している内に、リムジンが野外訓練場の入口で停止する。社長に促されリムジンから降りると、社長はそのまま訓練場に入っていく。
怪訝に思いつつ荷物を持って後ろをついて行く。正面の建物を曲がって開けた場所に出ると、そこに巨大な飛行機が鎮座していた。
だが、一般的な飛行機に比べると胴がかなり太い。翼は異様に幅が広く、合計8機のジェットエンジンが装備され、中央に巨大なフローターが内蔵されている。
よく見るとシャッターのようなものがフローターの上下についている。恐らく、このフローターで機体をある程度の高度まで持ち上げてから、ジェットエンジンで推進するシステムなのだろう。ジェット推進に切り替えると、このシャッターが閉まる仕組みだと思われる。その威容に、私もシャルも開いた口が塞がらない。
「えっと……九十九、これ何?」
「いや、私も知らん。社長、これは一体……?」
社長に問うと、彼は悪戯に成功したようなニンマリとした笑みを浮かべ、目の前のそれを高らかに紹介した。
「紹介しよう!これが我が社が開発した垂直離着陸式飛行機『フリングホルニ』だ!」
『フリングホルニ』の機内は非常に広く、そして快適だった。
リビングダイニングを中心に個室が8部屋。個室は全室シャワー、トイレ付き。更にプレイルームとシアタールームまで完備した、『これホントに飛行機!?』と言いたくなる内装は、その辺のホテルでは太刀打ちできないだろう。
「いや、相変わらずとんでもないな。うちの技術者達は」
「うん。まさか飛行機の中に本格的な厨房があるなんて思わなかったよ」
キッチンに立ち、フライパンを握りながらシャルが驚きの声を上げる。
というのも、朝食を取る暇もなく出てきたので、安定飛行に入ると同時に私の腹が空腹を訴えたのだ。それを聞いたシャルが「じゃあ、軽くなにか作るね」と言ってキッチンに向かい、現在に至る。
「先の社長の言葉を借りればまさに『空飛ぶホテル』。至れり尽くせりだな」
「はい、お待たせ」
リビングのソファで寛ぐ私の前にシャルが軽食の乗った皿をコトリと置く。
「お、BLTサンドか。美味そうだ。では早速、いただきます」
美味そうな香りを放つそれを一切れ手に取り、口に運ぶ。
ジューシーな厚切りベーコンの塩気。マヨネーズのコクと甘み。シャキシャキのレタスとオニオンスライス。そしてトマトの酸味がよく合う。トーストの厚さと焼き具合も実に私好みだ。ただ一つ不満があるとすれば……。
「少し味が薄い。もう少しマヨネーズが多い方が良かったな」
「え、そう?」
「いや、不味いと言っている訳じゃないんだ。その方がもっと美味しいと言いたいんだぞ、シャル」
「ふふ、そんなに慌てて弁明しなくてもいいよ。九十九の言いたいことは、ちゃんとわかってるから」
フワリとした微笑みを私に向けるシャル。私はなんだか気恥ずかしくなってシャルから目を逸らすのだった。
♢
日本、ラグナロク・コーポレーション第一野外訓練場から給油を挟んで約13時間。私達はフランス、シャルルドゴール空港に降り立った。
「むう……フランスというのは……空港にそっくり……ぐう」
「ここは空港だよ、九十九。寝ぼけてるの?」
「慣れない寝具と海外に出る事への興奮で寝付けず……気付いたら到着して……」
「ああ、ほらしっかりして。今日はもうホテルに行くだけだから、そこまで頑張って!」
なお、現在現地時刻で15時。日本との時差は8時間なので向こうは23時になり、普通なら寝ている時間だ。つまり、私は思い切り時差ボケにかかってしまったのである。
シャルに手を引かれながら迎えの車が来ているという第三ターミナル正面入口に向かう。
ロビーに出ると、こちらに向かって頭頂の薄い中年男性が近付いてきた。男性は三歩離れた位置で一旦立ち止まり、こちらに向けて恭しく一礼した。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「もう、お嬢様はやめてって言ってるじゃないですか、コルベールさん」
「性分でして。それで、そちらの方が……?」
そう言ってこちらに目を向けるコルベール氏。正直眠気が半端じゃないが、一旦気を入れ直して挨拶をする。
「はじめまして、ムッシュ・コルベール。村雲九十九です」
「こちらこそはじめまして、ムッシュ・ムラクモ。私はデュノア社社長代行、フランシス・デュノアの秘書で、ジャン=ジャック・コルベールと申します。二人目の男性操縦者にお会いできて、誠に光栄です」
軽く頭を下げ、こちらに握手を求めて来るコルベール氏。それに応じて右手を差し出し、ガッチリと握手を交わすのだった。
「さ、車をご用意しております。まずはこちらへ」
コルベール氏に促され、正面入口前に停めてある車の前に案内される私達。ちなみに……。
「コルベール、俺は無視か?ああそうか。いいさ別に。勝手について行くさ」
完全に空気になっていた社長が若干いじけながら後ろをついてきていたのは、はなはだ余談だろう。
ホテルで一夜を明かし、翌日。私達はデュノア社の地下研究所に案内された。ここに、シャルの新しい愛機となる第三世代型『ラファール』があるそうだ。
「お待ちしていましたよ、シャルロットさん」
そう言ってシャルを出迎えたのは、絵地村博士だった。その顔には疲労と達成感が同時に滲んでいる。
「ふっふっふ……ついに完成しましたよ。新型『ラファール』が」
博士がその場から半身ずれると、その後ろに白い布をかけられた大きな台車が置いてあった。
「博士、これが?」
「はい。これが両社の技術者達が知識と技術と情熱を結集して完成させた第三世代型『ラファール』。その名も……」
博士が布に手をかけ、一気に引き下ろす。そこに現れたのは、オレンジを基調に要所に『ラファール』である事を表すグリーンのラインが入った機体だ。
外見は『ラファール』から大きくは変わっていないが、その装甲は大きく体積を減らし、元々機動性に長けていた『ラファールカスタムⅠ』の長所を突き詰めたように見える。
そのさらに後ろには、三種類の彩色の異なるパッケージがいつの間にか鎮座していた。それぞれの外見と装備した武器から、近接格闘型、中距離射撃型、後方支援型の3タイプと思われる
これこそが、シャルの新機体。『複数のパッケージの搭載と換装による
「『ラファール・カレイドスコープ』です!」
高らかに紹介する博士。私の隣では、シャルが神妙な面持ちで新型『ラファール』を見つめていた。
「これが……僕の新しい『ラファール』……」
ぽつりと漏らされたその声には、歓喜と緊張が同居していた。
♢
そこからの一週間はあっという間だった。まず最初に、シャルが今まで使っていた『ラファール・リヴァイブ』からコアを取り出して『カレイドスコープ』に移設。
本来コアを別の機体に移設する場合、コアがこれまで得た経験を
その後、機体の
そして始まる慣熟訓練につぐ慣熟訓練。模擬戦につぐ模擬戦。調整につぐ調整。朝から晩までそれを繰り返し、割り当てられた宿舎の部屋には帰って寝るだけの日々。正直に言えばキツかったが、充実感のある一週間だった。
「いよいよ明日だね、九十九」
「ああ、明日だな」
新型機発表会を明日に控え、私達は会場となるパリ郊外にあるアリーナ近くのホテルに移動していた。
いよいよ明日、デュノア社とラグナロクが共同開発した新型機『ラファール・カレイドスコープ』が初披露の日を迎える。
「頑張ろうね、九十九」
「お手柔らかに頼むよ、シャル」
その発表会の場で、私とシャルは『カレイドスコープ』の性能披露のための模擬戦を行う事になっている。
「発表会開始は10時。日本では丁度夕方のニュースが始まる時間帯だな」
「きっとみんな見てるよね。本音も見るかな?」
「かも知れん。おっと、噂をすれば本音から電話だ」
震える携帯を取り出し、通話ボタンをプッシュ。
「はい、もしもし」
『あ、やっと出てくれた~。何回も電話したんだよ〜?』
久し振りに聞いた本音の声には若干の不満と寂しさが同居していた。私は何だか申し訳ない気持ちになって、携帯片手に頭を下げるのだった。
「す、すまない本音。折り返そうとはしたんだが、時差の関係で朝早くに掛けたら授業中の可能性があるし、かと言ってスケジュールが終わってから電話をかけようとするとそっちが朝早くてな。安眠妨害になってしまうと思って掛けるに掛けられなかったんだ」
『そうだったんだ〜。気にしないのに~』
「君が気にしなくても私が気にする。それに、授業中の場合他のクラスメイトと先生に。朝早くだと君のルームメイトに迷惑が掛かるだろうしな」
『そっか〜。ごめんね、気を遣わせて。あ、そうだ。さっきニュースでね、しゃるるんの会社のことやってたよ〜』
「そうか。発表会は明日の現地時間午前10時からだ。そちらでは生放送をするかもしれんな」
『うん。キャスターさんがそんなこと言ってた~。がんばってね、つくもん』
「頑張るのはむしろシャルの方さ。明日の主役はシャルだからな」
『それじゃあ、しゃるるんにがんばってって伝えて~。お帰りの予定は~?』
「発表会が終わってから、一日挟んで帰国だから……そっちに着くのは
『うん、分かった〜。待ってるね~。あ、そろそろ通話料ヤバイや。じゃあね~』
「ああ、また」
ピッ!
「本音はなんて?」
通話が終わるのを待って、シャルが話しかけてきた。
「ああ。『明日がんばってね』だとさ」
「ふふ、本音にそう言われたんじゃあ、頑張るしかないね。じゃあ、僕はそろそろ寝るね。おやすみ、九十九」
「おやすみ、シャル」
手を振り、部屋を出ていくシャルをドアまで見送って、私はベッドに倒れ込んだ。
いよいよ明日、デュノア社の社運をかけた一大プレゼンテーションが始まる。
私に出来る事は、上手く立ち回ってシャルの引き立て役を全うする事くらい。後の事は社長達に任せるとしよう。
そう思いながら、私は襲い来る眠気に身を任せるのだった。
♢
翌日、日本時間18時。IS学園総合体育館には全校生徒と全教師が集められ、夕方のニュース開始を今か今かと待ちわびている。お目当ては今日フランスで行われる、デュノア社の新型機発表会だ。
「そろそろかな……」
誰かがポツリと呟くと同時に画面がバラエティー番組からニュースへと変わる。
『こんばんは。10月✕✕日、この時間のニュースをお伝えします。まず最初はこのニュースから』
「お、始まった」
『本日行われますデュノア社の新型機発表会の模様を、いち早くお届けしたいと思います。現場の伊藤さん?』
スタジオから場面が切り替わり、映像は人でごった返すアリーナの一角になる。伊藤と呼ばれた男性アナウンサーが、マイクとバインダーを持って現場の様子を伝えだす。
『はい。こちら新型機発表会が行われます、フランス・パリ郊外のISアリーナです。ご覧下さいこの人の数!フランス製新型ISを見に世界中からIS関連企業の社員、研究員を始め数多くのVIP、また抽選で入場券を手にした幸運な一般市民の方達が、新型機の登場を今か今かと待ちわびています。あっ!デュノア社社長代行、フランシス・デュノア氏と、ラグナロク・コーポレーション社長、仁藤藍作氏が現れました!どうやら間もなく新型機発表会が始まるようです!』
アリーナ中央に進み出たフランシスと藍作。スタッフからマイクを受け取って軽く叩くと、咳払いを一つしてフランシスが口を開いた。
『本日は我が社とラグナロク・コーポレーションが共同開発した新型ISの発表会に、かくも大勢の方々にお越し頂いた事、まずは感謝致します』
ついで、藍作がマイクを口元に持っていき、言葉を紡ぐ。
『さて、誰も長話など聞きたくないだろうから、さっさと登場して貰おう。では諸君、刮目してみよ!これがデュノア・ラグナロク共同開発の新型機!』
バッ、と藍作が手を向けたその先にいたのは、新型ラファールを装備したシャルロット。
『『『ラファール・カレイドスコープ』だ!』』
それを目にしたアリーナの観客、そしてパブリックビューイングでその様子を見ていたIS学園生徒が一斉に歓声を上げる。
『『『ワアアアーーッ!!』』』
「「「きゃあーーっ!!」」」
『現れました!あれがデュノア・ラグナロク共同開発の新型機『ラファール・カレイドスコープ』です!手元の資料によりますと、この機体は『複数のパッケージの搭載と換装による擬似即時対応万能機』をコンセプトに、ラグナロク開発の超超大容量
大型モニターの中の伊藤アナがそう説明すると、一部の女子から悲鳴にも似た嬌声が上がる。
「さすがラグナロク!他の会社ができないことを平然とやってのける!」
「「そこに痺れる、憧れるぅっ!」」
どうやら九十九をして『変態企業』と言わしめるラグナロクにも、一定数の理解者はいるようだった。
『さて、諸君。折角だ、あれが動く所、戦う所を……観たくないか?』
ニヒルな笑みを浮かべて藍作が聴衆に訊く。一際大きくなる歓声が、民衆が何を欲しているかを如実に物語る。
『よろしい。その願い、叶えよう』
パチンッ!
藍作が指を鳴らすと同時、アリーナ上空から灰銀の影が舞い降りる。その姿を見た観客は唖然とした。そこにいたのは−−
「おい、嘘だろ!?」
「まさか、あれって……」
「マジかよ!?フランスに来てたのか!?」
その正体に気づいた観客から、少しずつ興奮が広がっていく。
『紹介しよう。我が社が開発した第三世代機の第二形態進化型『フェンリル・ラグナロク』と、その操縦者、村雲九十九君だ』
九十九の事を藍作が紹介した瞬間、観客の興奮は最高潮に達した。伊藤アナも興奮気味にカメラに向かってまくし立てる。
『なんということでしょう!新型ラファールの模擬戦相手は、あの『第二の男性操縦者』村雲九十九さんが務めるようです!』
「ほらほら本音!村雲くん映ってるよ!」
「うん!つくもん、しゃるるん!がんばって〜!」
モニター越しとはいえ、久しぶりに見た九十九に満面の笑みで声援を送る本音。
(((良かった、元気になって)))
この一週間、どこか元気の無かった本音を見てきた一組生徒達は、その様子にホッと胸を撫で下ろすのだった。
「まったく……。演出家だな、あの人は」
『あはは……。さてと、それじゃあ始めようか、九十九』
「ああ」
拡張領域から《狼牙》を二丁展開。銃口をシャルに向ける。それに合わせるように、シャルもアサルトライフルを展開してこちらに突きつける。
戦闘態勢に入った私達を見た観客が静まり返り、痛いほどの静寂がアリーナを包む。
「「行くぞ(行くよ)」」
私とシャルが動こうとするのと、AIが警報を鳴らしたのはほぼ同時。直後、私達は弾けるようにアリーナ中央の社長達の下へ一直線に降下。弾丸の雨が降ったのは、私が《スヴェル》を展開し、社長達の頭上に翳した0.5秒後だった。
「ぐうっ!」
「おお、九十九くん。すまん、助かった。ラ・ロッタめ……思ったより早い」
「ラ・ロッタ……まさか、ケティ・ド・ラ・ロッタ!?何でこんな所に!?いや、そんな事より二人とも避難を!」
「九十九……それはちょっと無理かも」
「シャル!?何を言って……何だと?」
《スヴェル》を頭上からずらして上を見ると、5機のISがこちらに銃を向けていた。
その内の1機、中央の一際派手なショッキングピンクの『ラファール』がアリーナ全体に聞こえるように拡声通信を使ってこう言った。
『私は『世界から男の居場所を奪う会』主催、ケティ・ド・ラ・ロッタ!単刀直入に言います!シャルロット・デュノア、今すぐその機体を我々に譲渡なさい!』
「えっ!?何で……」
『お黙り!男に尻尾を振って新型機をねだった売女風情が!いいから黙ってそれを寄越せばいいのよ!』
「……っ!?」
『そして、仁藤藍作!貴方には私達の日本支部を潰された礼をしなくてはね……ここで死んで貰うわ!』
「ふむ……そういう理由で来たか。まあ、そう言われて『はい、そうですか』とは言えんのでね。九十九君、シャルロット君、懲らしめてやりなさ……九十九君?」
「おい、そこの中年女。今、シャルに何と言った?もう一度言ってくれないか?」
社長が何か言ってきたが、そんな事よりも気になる事があった。私は自分の目的を声高に言うラ・ロッタを指さして訊いた。
『はあ?聞いていなかったのかしら?これだから男ってのは……私はシャルロット・デュノアに今すぐその機体を私たちに寄越せと言ったのよ』
「違う。その後だ」
『ああ、男に尻尾を振って新型機をねだった売女風情と……っ!?』
「そうか……そう言ったのか。どうやら聞き間違いではなかったようだ」
改めてそれを聞いて、私の中で強い怒りが湧き上がる。と同時に、頭が極限まで冷えていくのを感じた。
「覚悟しろ、クソ女ども。お前らは
俺の前でシャルを罵った事。後悔させてやろうじゃないか。
デュノア社による新型機発表会は、無粋な乱入者によって邪魔をされる事になった。
だが、そんな事は俺には関係ない。目の前のクソ女どもをまず叩きのめす。
俺がやるのはそれだけだ。
次回予告
魔狼は猛る。大切な人を汚されたと。
万華鏡は踊る。大切な人が汚れないようにと。
そして使者は行く。愚か者に無惨な終末を与えんと。
次回「転生者の打算的日常」
#53 仏国動乱(後)
さあ、終わらせようか……。