♢
「せーの」
「「「ハッピーバースデー!一夏!」」」
パンッ!パパンッ!
鈴の音頭に合わせてクラッカーの音が鳴り響く。
「お、おう、サンキュ」
現在時刻は17時。場所は織斑家……まではいいのだが。
「この人数は何事だよ……」
「まさかここまで大事になるとはな……」
一夏の誕生会に参加しているメンバーを整理すると以下のようになる。
まずは一夏ラヴァーズの面々。箒、鈴、セシリア、ラウラの4人。次に私が呼んだ2人。シャルと本音。
加えて五反田弾と蘭の兄妹。さらに、生徒会メンバーの楯無さんと虚さん。ついでになぜか新聞部のエース黛薫子さん。
一夏を除いて合計12人の大所帯。織斑家のリビングはもはやパンク寸前だった。
(あんな事件のあったすぐ後でこの大騒ぎ。よくそんな気になれるな)
いや、むしろその逆か。あんな事件のあった後だからこそ、皆で騒ぎたいのかもしれない。
結局、今回も
ISでの市街地戦闘はやはり大きな問題だったようで、学園関係者は千冬さんも山田先生も慌ただしく働いていた。
私を含めた今回の関係者は全員が事情聴取を受ける事となり、開放されたのは16時を過ぎてからだった。
「あ、あ、あのっ、一夏さん!け、ケーキ焼いてきましたから!」
かなり緊張しながら、蘭が一夏にケーキを差し出す。その顔は真っ赤で、皿を持つ手が微かに震えている。
「おお、蘭。今日、どうだった?楽しめたか?って言っても、途中でメチャクチャになったけどよ」
「は、はい!あの、かっこよかったです!あっ、ケーキどうぞ!」
「サンキュ」
「蘭、卑しい事を言うようだが、私には無いのか?」
「九十九さんは自分で取ってください。あそこに残りがあるんで」
そう言って蘭が指差したのはリビングのテーブル。そこには一切れ分欠けたケーキが置いてあった。
「対応に差がありすぎないか!?まあ、いただくが」
仕方なしに自分で蘭特製ケーキを切り分けて一口食べる。ココアベースのスポンジに、生クリームとチョコレートムースのケーキだった。ふんわり食感の生地とボリュームたっぷりのクリームが実にいい塩梅だ。
「ふむ、悪くない」
「うまいなー、これ。蘭一人で作ったのか?」
「は、はい!」
「蘭って料理上手だよな。うん、いいお嫁さんになれるぞ」
こういう事をサラッと言えるのが一夏クオリティー。案の定、蘭の顔は一段と赤くなる。
「お、お嫁っ……!?」
完全にしどろもどろになっている蘭を無視して、鈴が一夏の目の前にラーメン丼をごとりと置いた。
「一夏、はいラーメン」
「おわっ!?鈴、いきなりだな」
「出来立てだからおいしいわよ。何せ麺から手作りだからね」
ふふん、と自慢げに胸を張る鈴。ちらりと丼の中を見ると、黄金色のスープに浮かぶ縮れ麺と手作り感溢れるチャーシューが実に美味そうだ。なんとも手が込んでいるな。
「むっ、鈴さん……」
「ん?あー、誰かと思ったら蘭じゃない。ちょっとは身長伸びた?」
「あ、あなたに言われたくありません!」
鈴と蘭、一瞬で険悪に。一夏を取り合うライバルとして互いに意識している仲だけあって、会う度いつもこうなる。
その度に私と弾の胃がマッハなのだが、一夏は多分、いや、絶対気づいていない。とりあえず、嫌な空気が蔓延しない内に何とかせねば。
「あー、鈴。そのラーメン、私も食べたいんだが……」
「あんた、相変わらずの食いしん坊万歳ね。てか、空気読みなさいよ。……ほら、材料はあそこにあるから自分で作りなさい」
溜息を一つついて、鈴はキッチンを指差す。そこには湯気を上げる鍋と薄切りにされたチャーシュー、茹でる前の麺が置いてあった。
「だから、対応に差がありすぎないか!?……まあ、そういう事なら自分でやるが」
一応、空気を変える事には成功したと見ていいだろう。先程まで険悪なムードだった二人は、私の言動に毒気を抜かれたようで、とりあえず一時休戦を決めたようだ。……毎度の事とはいえ、何故こんな気苦労をせねばならんのだ?
♢
鈴のラーメンを作るためにキッチンに行くと、シャルと本音がなにやら作っていた。
「あれ?九十九?」
「ど~したの〜?」
私が来た事に気づいた二人が手を止めてこちらを見てくる。
「ああ。鈴に『私も鈴のラーメンが食べたい』と言ったら『自分で作れ』と言われてね。で、ここに来た。君達は?」
「うん。九十九に食べて欲しいものがあって」
「今できたとこ〜。これだよ~」
そう言って本音が私の前に差し出したのは、白い皿の上に乗った大きな……。
「シュークリーム?」
「うん!つくもん、スウィーツの中だとこれが一番好きって言ってたから~」
「さ、召し上がれ!」
「美味そうだ。では早速」
皿からシュークリームを取り、口に運ぶ。さっくりとしたシュー生地と滑らかな食感のカスタードクリームの組み合わせが口の中でハーモニーを奏でる。断面を見ると、クリームの中に黒い小さな粒が入っている。
「へぇ、バニラビーンズを使ったのか。しかも、これより少ないと香りが弱く、多いと香りが強すぎるというギリギリのラインを見切っている。うん、美味い」
「よかった〜」
「お口に合って何よりだよ」
ほっ、と安堵の息を漏らす本音と微笑みを浮かべるシャル。ありがとうの意味を込めて二人の頭に手を置こうとした時、空気を読まない無粋者が現れた。
「あれ?九十九、お前ラーメン食うんじゃなかったっけ?」
それは、食べ終わったラーメン丼をキッチンに下げに来た一夏だった。
「むっす~……」
「…………」
「えーっと、なんで二人は不機嫌そうなんだ?」
「「「知らん(知らない)。自分で考えろ(て)」」」
こいつの間の悪さは奇跡レベルだよな。まったく。
「あの、一夏さん」
「ん?あ、セシリア」
丼を置き、キッチンから出ていこうとする一夏に声をかけたのはセシリア。その右腕には包帯が巻かれ、三角巾でそれを吊るという何とも痛々しい姿だ。……なんだか罪悪感が湧くな。
セシリアの腕の傷は決して浅くはないものだが、医療用ナノマシンを併用した活性化再生治療を受ける事で一週間前後で傷跡も残さずに元に戻るそうだ。
一夏が『今日のところは入院した方がいい』と勧めたが、なんとしても一夏の誕生日パーティーに参加したいセシリアはこれを固辞。現在こうしてパーティーに参加しているという訳だ。
「傷、大丈夫か?つらかったら休んでろよ?」
「次のセシリアの台詞は『この位はケガのうちに入りませんわ!』と言う」
「いえ!このくらいはケガのうちに入りませんわ!……ハッ!?」
台詞を先読みされたセシリアは驚愕のあまり『ジョジョに奇妙な顔』になっている。その後、顔を真っ赤にして私に食って掛かってくる。
「−−ッ!九十九さん!」
「そう怒るな。傷に響くぞ。それで?一夏に用じゃないのかね?」
「ハッ、そ、そうでした。コホン。一夏さん、お誕生日おめでとうございます。それで、こちらを」
そう言ってセシリアが差し出したのは、一抱えはある大きさの箱。綺麗にラッピングされたそれは、明らかにプレゼント用の包装だった。
「なんだこの箱」
「いや、プレゼントだろ。包装で気づけよ」
「え、ええ、そうですわ。開けてみてくださいな」
「おう」
軽く頷いた一夏は、しっかり梱包された箱から包装紙を取り除き、蓋を開ける。出てきたのはなんとも高級そうなカップとソーサー、そして茶葉のパックが一袋だった。
「おお?ティーセットだ」
「それも
「よくご存知ですね、九十九さん。ええ、それなりの高級品ですわ。一緒についている茶葉は、わたくしが普段愛飲している一等級茶葉です。どうぞお納めくださいな、一夏さん」
「おお……なんかすごいな。サンキュ。大事に使うぜ」
「い、いえ、このくらいはなんでもありませんわ」
このくらいはなんでもない。とセシリアは言うが、『エインズレイ』のティーセットといえば安い物でも5000円はする。
『高級』と呼ばれる物ともなれば、その値段は一気に二倍、三倍だ。まして
「それより一夏さん、今度一緒に−−」
「一夏くーん、ちゃんと食べてるー?」
さらに何かを言おうとしたセシリアを遮り、楯無さんが一夏の背中に抱き着いた。
「お〜、たっちゃんだいたーん」
「た、楯無さん!?う、後ろから抱きつくのやめてくださいよ!」
「ふふん、いいじゃない。減るもんじゃなし」
「減るんですよ!俺の純情とかが!」
「あら、それじゃあちょうどいいじゃない。傷心のおねーさんを慰めなさい」
「傷心って……」
「おおかた、
「実はそうなのよ。だ・か・ら、九十九くんも私を慰め……あら?」
「「…………(ムスーン)」」
楯無さんが私をターゲッティングした瞬間、『させてなるものか』とばかりにシャルが背中に、本音が胸に抱き着いてきた。
「生憎と満席です。他を当ってください」
「みたいね、残念」
抱き着かれた状態のまま、楯無さんにこう告げた私。楯無さんはさして残念そうに聞こえない言い方で肩をすくめた。
その言い方に警戒を強めたのか、二人は更に私に密着してくる。……まずい。このままは色々とまずい。
前後から襲う『低反発クッション』の柔らかい感触を極力意識しないようにしていた私だったが、それに反して体と本能は正直だった。その事に気づいてしまったらしい本音がおずおずと訊いてくる。
「あの……つくもん?お腹になんか固いのが当たってるんだけど……」
「言わないでくれ。私も男なんだ、この状況で抑えろというのは無理だよ」
「そっか〜……。あの、あのね、つくもん」
「ん?」
なにか言いたそうな本音に目を向けると、本音は頬を赤らめて私にこう言った。
「わたし、つくもんになら何されても……いいよ?」
「な、なあっ!?」
本音の爆弾発言に驚く私。すると本音に続くように、今度はシャルが背中に抱き着いたまま口を開く。
「僕も、九十九になら僕の『初めて』を全部あげてもいいよ」
「な、な、な……」
あまりにも突然の『私の初めてを全部あげる』宣言。二人の言葉の意味を頭が理解したその瞬間、私の意識は闇に落ちた。
シャルロットと本音が九十九に告げた言葉。その音量はさして大きいものではなかったが、狭いキッチンでは誰の耳にもはっきりと聞こえていた。
「わ~お、二人とも大胆ねー」
「「……き、聞いてた(聞いてました)?」」
「もうバッチリ!いやー、愛されてるわねー九十九くんは」
「その九十九は完全にフリーズしてますけど!?ぴくりとも動きませんよ、こいつ!」
「い、一夏さん!わたくしも一夏さんになら……その……はうっ……」
「おわっ!?セシリアまで!?おい、大丈夫か!?しっかりしろ!」
「いや~、すごい発言聞いちゃったわ~。固まる村雲君とか初めて見たよ。激写!」
「「「って、黛先輩(薫子ちゃん)いつの間に!?」」」
「最初から。いい記事書けそうだわー」
「「書かないで(ください)!」」
「ちょっと、えらく騒がしいけど何があったのよ?」
「いや、鈴ちゃん聞いてよ。村雲君にシャルロットちゃんと本音ちゃんが……」
「「わーっ!わーっ!言っちゃダメ〜(です)!」」
「なんだどうした?騒がしいぞ」
「む?セシリアが気絶していて、一夏がそれを介抱。シャルロットと本音の顔が真っ赤で、九十九は完全に動きを止めている。そしてその周囲でほぼ全員が騒いでいるという状況……。一体、何があったと言うんだ?」
「それがね~……」
「「だから言っちゃダメだってば〜(ですってば)!」」
キッチンは上を下への大騒動。結局、薫子が全てを話してしまい、シャルロットと本音が部屋の隅であまりの恥ずかしさに悶える事になった。ちなみに、一連の騒動が収まるまで九十九がフリーズ状態から戻る事はなかった。
♢
「で、私がフリーズしている間にラウラからそれをプレゼントされた。という訳か」
「おう。いや、いきなり目の前に出された時は殺されるかと思ったぜ」
「それは私の台詞だ。我に返り、頭を冷やそうと庭に出た次の瞬間、ナイフを持ったお前が目の前に。だぞ」
あの後、ようやく再起動を果たした私は、あんな事があったすぐ後だという事でどうにも二人と顔を合わせ難く感じ、少し頭を冷やそうと庭に出た。その結果が上述の状況。という訳である
「悪いな、驚かせて。そうだこれ、セシリアとラウラから。遅ればせながらの誕生日プレゼントだと」
そう言って一夏が渡してきたのは小さな箱と鞘に収まったナイフだった。
「セシリアのはマグカップだって言ってた。ラウラのは……」
「見たままナイフだな。長さからして戦闘用というより作業用の物のようだ」
「それ、ラウラのお古らしいぜ。まあ俺のもだけど。けど俺のは明らかに戦闘用だぜ」
「やはり扱いに差があるな……。まあ、くれるというなら貰っておくが」
セシリアからのプレゼントだという箱を開けると、一夏の言う通りマグカップが出てきた。
白地に特に飾り気のないマグカップだが、しっかりした作りをしている。これなら少々雑に扱ってもすぐに壊れるという事はなさそうだ。
手に持ってカップ部分を見てみると、眼鏡をかけた三白眼の青年の似顔絵と共に、英語で『It is not necessarily playing』と書いてあった。……これってまさか、だよな?
「なあ、この英文、なんて書いてあるんだ?」
「……『遊んでるんじゃないやい』だ。意訳だがな」
「……なんかお前にぴったりな気がする」
「全く嬉しくない評価をありがとう」
「一夏、ここにいたか」
言いながら近づいてきたのは箒。その手には袋を抱えている。
「おお、箒。どうだ?食べてるか?」
「おいおい、女性相手にその第一声はどうなんだ?」
「お前には私が普段から食べてばかりいるように見えるのか?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
「ふふ、冗談だ」
くすりと笑みを漏らす箒。なにやらえらく機嫌が良いな。何があったんだ?
「一夏、誕生日プレゼントにもう一つ、これをやろう」
そう言って、箒が一夏に持っていた袋を渡す。それなりの大きさのあるそれの中から、包み紙が僅かに覗いていた。
「箒、これって?」
「開けてみろ」
箒に言われるまま、袋から包み紙を取り出してそれを広げていく一夏。そうすると……。
「おお?着物だ!」
「い、いい布が実家にあったのでな。仕立ててもらった」
「おー!今度着てみるよ。サンキュな、箒」
「う、うむ。帯も入っていただろう?」
「あ、これか。なんか高そうだな」
「ね、値段は気にするな。その……わ、私のものとおそろいだが……」
最後の方をぼそぼそと言う箒。当然、一夏に届くはずもなく。
「ん?なんだって?」
「き、聞かなくていい!」
聞き返してきた一夏に慌てる箒。一夏にしてみれば訳がわからないだろうな。事実、一夏は『どうしたんだよ、一体』と言いたそうな顔をしていた。
「ああ、そうだ。九十九、お前にはこれをやろう。誕生日に貰った時計の礼だ」
そう言って箒が差し出したのは篠ノ之神社のお守りだった。
「ああ、ありがとう……と言いたいが、何故『安産祈願』?」
「……すまん。それしか残っていなかったんだ……」
気まずそうに俯き、目を伏せる箒。その声には申し訳無さが滲んでいた。
「いや、そういう事なら仕方ない。将来役に立つかもしれないし、貰っておく」
そう言って、私は箒のお守りをポケットに入れるのだった。
「ありがとな、箒。これ、今度寮で着てみるよ」
「そうか。その時は必ず私に披露するのだぞ。いいな!?」
「わかったわかった。それにしても着物かぁ。一着欲しいと思ってたんだよなぁ」
そう言う一夏の顔は本当に嬉しそうだ。改めて着物を見てみると、紺を基調とした落ち着いた色合いと柄で、部屋着として丁度良さそうだ。すると、ふと気づいたかのように、一夏が頬をかきながら申し訳なさそうに箒に言った。
「なんか、俺があげたプレゼントと釣り合ってないな」
「気にしなくていいと思うぞ?なあ、箒」
「あ、ああ。別に、これはこれで気に入っている。だから大丈夫だ」
そう言って箒はポニーテールのリボンをいじる。白一色のそれは、箒の誕生日に一夏があげた物だ。
「あれからずっと着けてくれてるよな。なんか嬉しいぞ」
「べ、別に毎日同じ物を使っているわけではないぞ!?」
「分かってるって。週二回くらいだろ?」
「よく見ているじゃあないか、一夏」
「箒のことだからな」
「う……そ、そうか……。私のことだからか……」
一夏に注目されている事が嬉しかったのか、箒は頬を赤く染めてモジモジと指を弄ぶ。普段の態度を知っている身としては、こんなしおらしい態度を取られると不思議と心臓が高鳴ってしまう。
……いや、私にはシャルと本音が!鎮まれ……私の心臓……!鎮まるんだ……!
「い、い、一夏。今度、その……」
一夏に何か言おうとした箒だが、それは他ならぬ一夏自身によって遮られる。
「ん?なあ、あれって弾と虚さんだよな。何してんだろ?ちょっとここからじゃ声が聞こえないな」
「お、おい。盗み聞きはよくないぞ」
「まあまあ、ちょっとだけ」
言うと一夏は箒の手を引いてリビングの隅にいる二人に近づいていく。さて、私はどうするか……。
「うう……私ったら何であんな……」
「あうう〜、恥ずかしいよ~……」
声がしたのは弾と虚さんがいるのと同じ側のもう一方の隅。そちらに目をやると、シャルと本音が恥ずかしさに身悶えしていた。
「シャル、本音」
私が声をかけると、二人は驚いて飛び上がり、私の顔を見て元々赤かった顔を更に赤くする。
「つ、つ、九十九!?えと、あの、さっきのは、その……」
「あうあうあう……」
「何の事だ?私にはとんと覚えが無いが……」
「「え?」」
実はちゃんと覚えているのだが、ここは何も無かったという事にすべきだろうと考え、敢えてすっとぼけた。
二人は私の意図を瞬時に見抜いたようで、顔を見合わせるとこちらに向き直る。
「なあ、シャル、本音。君達は私に何か恥ずかしいと感じるような言葉をかけたのか?」
「ううん、な、なにも〜?」
「うん。そんなことは一言も?」
「そうか、なら……」
いい。この話は終わりだ。と言おうとした所で、突然スピーカーに通したようなシャルと本音の声がリビングに響く。
『わたし、つくもんになら何されても……いいよ?』
『僕も、九十九になら僕の『初めて』を全部あげてもいいよ』
「「「!?」」」
振り返って見ると、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべる黛先輩と楯無さん。黛先輩の手にはICレコーダーが握られている。
「村雲君、証拠はちゃんとあるのよ?誤魔化そうなんてそうは−−」
「黛先輩、データを消してください。すぐに……ね?(ニッコリ)」
「アッ、ハイ」
誠心誠意を込めたお願いを快く承諾してくれた黛先輩。ただ、ICレコーダーを操作する手が震えていたのは何故だ?
「薫子ちゃんが一瞬で折れた!?これが噂の『怖い笑顔』……。まあ、慣れの問題よね、きっと」
「つくもんの『アレ』は~……」
「慣れるのは無理だと思いますよ?」
楯無さんの呟きにシャルと本音がツッコミを入れる。毎度毎度、人の誠心誠意を何だと思ってるんだ?君達は。
そう言えば弾と虚さんだが、どうやら連絡先の交換に成功したようで、弾はしきりにガッツポーズしていたし、虚さんは顔が赤いままなものの、やりきったような顔をしていた。とだけ言っておく。
「ちょっと九十九!ゲームやるわよゲーム!付き合いなさい!」
鈴がリビングのソファーから大きな声で誘いをかけてきた。
「だそうだ。行こうか、二人とも。あと楯無さんと黛先輩も」
「「「うん(ええ)!」」」
四人を連れてリビングのソファーに戻ると、鈴が皆で遊べるボードゲームを広げていた。ボードゲームなんて随分と久しぶりだ。心が踊るな。
こうして、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
だが、その楽しさにかまけて私は失念していた。原作にあった、今日最後の騒動を。
♢
「お、よかった。売り切れはないな」
「それは重畳。さっさと買って帰ろう」
一夏の家の最寄りにある自動販売機。そこで私と一夏は足りなくなったジュースの補充をするために、10本程の缶ジュースを買っていた。
当初、「主役にそんなことをさせるわけには!」と言っていた箒達だったが、何もしていない事を気に病んだ一夏が自分から買い出しを志願。流石に量が多かろうと、私が付き添いを志願。こうして二人で買い出しに出てきたという訳である。
「えーと、楯無さんが缶コーヒーで箒がお茶、鈴がウーロン茶でラウラがスポーツ飲料、セシリアが紅茶。それから……」
「シャルがオレンジジュース、本音がサイダー、弾と蘭がコーラ。虚さんが紅茶で黛先輩がリンゴジュース、と」
取り出し口からジュースを取り出しては腕に抱える。
「よし、こんなもんか」
「ああ。戻ろうか」
と、二人で歩き出したその時、丁度自販機の明かりが届かないギリギリの所に人影を見つける。
「ん?なんだ?」
その人影は、ジュースを買いに来たにしては自販機から離れすぎている。かと言って、私達の知り合いという訳でもない。
一体誰だ?そう思って二歩目を踏み出そうとしたその時、人影が一歩前に出てきた。
「…………」
人影は少女だった。しかも、見覚えのある顔立ちをしている。いや、
「ち、千冬姉……?」
年の頃15、6程の少女。しかし、その顔は昔の千冬さんに異常に似ていた。彼女の顔を見て私はようやくある事を思い出す。
(しまった!忘れていた!まだ
そう。目の前の千冬さんに瓜二つの少女による一夏襲撃。私は彼女への警戒を強めた。
「
一夏の言葉に答えるように口を開く少女。その顔には薄ら笑いを浮かべていて、千冬さんとは似ても似つかない。
「
「な、なに……?」
「今日は世話になったな」
「お前、もしかして……」
「『サイレント・ゼフィルス』のパイロット……か」
「そうだ」
彼女はさらに一歩、一夏に近づく。
「そして私の名前は−−
「…………え?」
告げられた名前に呆ける一夏。その一夏にマドカが向けたのは、鈍い光を放つハンドガン。
「私が私たるために……お前の命を貰う」
「っ!?一夏!」
パァンッ!
閑静な住宅街に乾いた銃声が響いた。
一夏の頭の中に浮かんでいたのは『なぜ?』だった。
なぜ、目の前の少女は自分と同じ苗字を名乗っているのか?
なぜ、目の前の少女はこんなにも
なぜ、目の前の少女は自分に銃を向けているのか?
そしてなぜ、自分の目の前で九十九がゆっくりと崩れ落ちていっているのか?
ドサッ……
九十九の体が地面にうつ伏せに倒れたのと、九十九が自分を庇ったのだと一夏が気づいたのはほぼ同時。倒れ伏す九十九に一夏ができたのは−−
「−−っ!?九十九ぉぉぉ!」
九十九の名を叫ぶ事だけだった。
少しだけオリストーリー、やります。
次回予告
フランスに新たに疾風が吹いた。
風の姫と魔法使いが欧州の地に降り立つ時。
それは、新たな騒動の火種となる。
次回「転生者の打算的日常」
#52 仏国動乱(前)
これが、僕の新しいラファール……。