転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#50 疾如砲弾(目覚)

「きゃあああっ!」

 誰かの悲鳴が聞こえる。突然の事態に大会主催者側もどう対応したらいいのか分からず、パニックは客席に広がっていく。

「落ち着いて!皆さん、落ち着いて避難してください!」

 スタッフの怒号に近い声が響く。だが、パニックを起こした群衆はその声に耳を貸す余裕を完全に失っていて、誰もが我先にと会場出口へ向かっていた。

「蘭!無事か!?」

「お兄!うん、大丈……きゃっ!」

「蘭!?」

 弾の声に反応した蘭がそちらへ振り向こうとした時、蘭は運悪く逃げる群衆の腕にぶつかってしまった。倒れそうになるその体を、優しい手が受け止めた。

「あなた、大丈夫?」

「は、はい……」

 その手の主は楯無だった。本日二度目の年上美女の登場に、蘭は状況を忘れて呆けてしまう。

(うわ、かっこいい……)

「蘭!よかった……。妹を助けてくれて、ありがとうございます」

 蘭の無事な姿に安堵の息を漏らし、弾は楯無に深々と頭を下げる。

「いいのよ、気にしないで。それにしても困ったわね。とりあえず、混乱が収まるまで通路から避けていた方がいいわね。二人とも、こっちに来て」

「「は、はい」」

 自然に手を引かれ、蘭は楯無の後をついて行く。その後ろを、弾が二人の姿を見失わないように必死について行く。

 二人が楯無に連れて来られたのは『関係者以外立入禁止』と書かれたドアの前。楯無はそのドアを開けると、その奥にあるスタッフルームへと二人を招待した。

「じゃあ、おねーさんはちょっと用事があるから、ここでおとなしくしてて」

「あ、あのっ……」

「誰か来たら、生徒会長にここにいるように言われたって説明してちょうだい」

「せ、生徒会長……」

 自分も同じ生徒会長なのだが、自分とは完全に一線を画している目の前の女性に、蘭はつい落ち着きの無い態度を取ってしまう。

「じゃあね」

 ぴっ、と投げた指が格好いい。蘭は楯無がいなくなった後もしばらく呆然として動けずにいた。

「それにしても、一夏と九十九、あと鈴も。無事だといいんだけどなぁ……」

(はっ!?そうだ、一夏さん!)

 弾の言葉で我に返った蘭は、レースに乱入してきた襲撃者が一夏に向けて発砲した瞬間を思い出す。

(大丈夫ですよね……一夏さん……)

 握りしめたその手には、祈りにも似た願いが込められていた。

 

 

「シャル、無事か!?」

「大丈夫か、ラウラ!」

 私と一夏は壁に激突した二人のもとに駆けつけ、私は《スヴェル》を呼び出し(コール)、一夏は《雪羅》のエネルギーシールドを展開する。

 その直後、『サイレント・ゼフィルス』のBTライフルの攻撃が容赦なく降り注いだ。

「くっ……!!」

「うぐっ……!!」

「一夏さん!あの機体はわたくしが!」

「セシリア!?おい!」

「BT二号機『サイレント・ゼフィルス』……!今度こそ!」

 一夏の静止を聞かず、セシリアは単騎で襲撃者−−『サイレント・ゼフィルス』(以下ゼフィルス)へと向かって行く。

 だが、『ストライク・ガンナー(高速機動パッケージ)』を装備しているセシリアは、通常装備の時と違いビットによる多角射撃が使えない。その為の大型BTライフルなのだが、どうしても火力の低下はいなめない。

「一夏、九十九っ!防御任せたわよ!」

 『ゼフィルス』に向かうセシリアを、慌てて鈴が補佐する。セシリアのレーザービーム、そして鈴の衝撃砲が一気に目標へ向かって放たれる。

「逃しませんわ!」

「いけええっ!」

 しかし、『ゼフィルス』は特に回避行動を取る事もなく、不敵な笑みを浮かべているだけだ。

 二人の攻撃が直撃すると思われた次の瞬間、『ゼフィルス』の前にビームの傘が開いた。二人の攻撃はビームの傘によって霧散。『ゼフィルス』にダメージを与える事は無かった。

「なっ……!?」

「くっ!やはり、シールドビットを……鈴さん!多角攻撃、一度に行きますわよ!」

「あたしに指図しないでよ!ったく、付き合ってあげるけどさあ!」

 セシリアと鈴の多重攻撃が始まる。それに合わせるかのように、『ゼフィルス』は飛翔した。

「何なんだよ……あの機体……?」

「あれは『サイレント・ゼフィルス』。イギリス製第三世代ISで、BT試験用ISの二号機だ」

「奴らはそれを強奪し、使っているということだな……」

 一夏の疑問に私が答えると、それを補足する形でラウラが口を開きつつ起き上がる。

「ラウラ!動いて平気なのか?」

「いや、直接戦闘には加われないな。支援砲撃がやっとだ」

 言うなり、身を起こしたラウラは『ゼフィルス』に対して砲撃を開始した。しかし、圧倒的な機動性能に翻弄され、その姿を捉えられないでいる。

「九十九!一夏!ここは僕が!二人は箒と一緒にセシリアたちを!」

「シャル!ダメージは……どうやら甚大のようだな。状態は?」

「スラスターが完全に死んでる。PICで飛ぶ事はできるけど、あの機体相手じゃ追いつけない」

 そう言ってシャルは増設スラスターを切り離す。大きくひしゃげ、見るも無残な姿になったそれは、もう空を飛ぶ事はないだろう。

「支援砲撃するラウラの防御に回るから、二人は行って!」

「分かった!」

「《スヴェル》を置いていく。上手く使え、シャル」

 ラウラの防御をシャルに任せ、私と一夏は『ゼフィルス』へと向かって飛び出す。途中で箒と合流した私達は、連携攻撃で接近格闘戦を仕掛ける。

「うおおおっ!」

「……っ!」

「…………」

 私達の攻撃に対し、ライフル先端の銃剣で応戦する『ゼフィルス』。一夏は右手の《雪片弐型》と左手の《雪羅》クローモードで、私は《グラム》の銃剣とビームランス、電磁投射砲(レールガン)を切り替えつつ連続攻撃を行うが、当たると思ったタイミングでシールドビットが割り込んでくるため、決定打を与えられない。

「狙いはなんだ!?『亡国機業(ファントム・タスク)』!」

「……茶番だな」

「何!?」

 ポツリと呟いた『ゼフィルス』は、一夏の上段斬りを受け流すと、そのまま一夏に蹴りを浴びせた。

「ぐっ!」

「一夏!」

  次いで放たれたライフルの零距離射撃を、直前で箒が一夏に突進する事でなんとか逃れる。

「一夏!油断するな!そのレーザーはまだ生きている!」

「っ!?」

 その忠告の直後、放たれたレーザーはグニャリと曲がり、一夏に再び襲いかかる。

 

 偏向射撃(フレキシブル)

 BT兵器搭載型ISの稼働率が最高値の時に発動可能な、簡単に言えば『思念誘導式ホーミングレーザー』だ。前世の時、原作でこれを読んでまず最初に思ったのは『そんな無茶な』だ。

 レーザーやビームは分類上は『光学兵器』。光エネルギーを撃ち出す武器である。つまり偏向射撃とは、『秒速30万kmの弾丸』を思った通りに動かす技術という事になる。

 現実にはあり得ない。しかし、目の前でその『あり得ない』が起きている。私は戦闘中にも関わらず、相変わらずとんでもない世界だな。と、頭の隅で考えていた。

 

「うおおおっ!」

 一夏は襲い来るレーザービームに対して《雪羅》をシールドモードに変更して対処。『零落白夜』のエネルギーシールドに触れたレーザーは、触れた端から霧散。一夏にダメージが行く事はなかった。しかし……。

「一夏!後ろだ!」

「なっ……!?がはっ!」

 一夏はレーザーに気を取られすぎたらしく、そのまま壁に激突。致命的な隙を晒してしまう。そして、それを見逃すほど『ゼフィルス』は甘くない。

「死ね……」

 『ゼフィルス』のライフルが中央から大きく展開。最大出力で一夏を狙う。私の今いる位置は一夏を救援しようにも一夏から遠過ぎる位置。

 《グラム》の電磁投射砲の残弾は既に0、《狼牙》や《狼爪》では弾速が遅すぎて『ゼフィルス』を妨害しようにも出来ない。

 銃剣やビームランスで同じ事をしようとしても、おそらく私が『ゼフィルス』のライフルを切り裂くなり叩き落とすなりする前に一夏は撃たれるだろう。……打つ手無し。それが悔しかった。

 そして、『ゼフィルス』はバチバチと放電状のエネルギーを溢れさせるレーザーを、一夏に向かって放った。万事休すの一夏の前に飛び出した影が一つ。それは−−

 

 

「ふふ、さすがはMね。あれだけの専用機持ち相手によく立ち回るものだわ」

 サングラス越しに襲撃者−−Mの戦闘を見ながら、女性は楽しそうに目を細める。よく見ると、その女性は席を探していた蘭とぶつかった女性だった。

「でも、大したことないわね。もう少し頑張って欲しいのだけど」

 ふう、と溜息を漏らすその女性の背中に、声がかけられた。

「あら、イベントに強引に参加しておいて、その言い草はあんまりじゃないかしら?」

 女性は振り向かない。なぜなら、その声の主がもう分かっているからだ。

 −−更識楯無。IS学園生徒会長にして、生徒の身でありながら自由国籍権を取得した天才少女。現在はロシア代表IS操縦者。候補生ではなく、代表だ。

「IS『モスクワの深い霧(グストーイ・トウマン・モスクヴェ)』だったかしら?あなたの機体は」

「それは前の名前。今は『ミステリアス・レイディ』と言うの」

「そう」

 女が振り向く。刹那、鈍い光を放つナイフが楯無に飛んできた。

「マナーのなってない女は嫌われるわよ」

 瞬間的にISを展開した楯無は、そのナイフをラスティー・ネイル(蛇腹剣)で叩き落とすと、そのまま鞭のようにしなるそれで女を狙った。

「あなたこそ、初対面の相手に失礼ではなくて?」

 サングラスを捨てると同時、女は自分のISの腕部を部分展開。蛇腹剣を受け止めた。

「『亡国機業』……狙いは何かしら?」

「あら、言うわけないじゃない。折角いいシチュエーションができたっていうのに」

「無理矢理にでも聞き出してみせるわ」

「それができるのかしら?更識楯無さん」

「やると言ったわ、『土砂降り(スコール)』」

 楯無は蛇腹剣を手放すと同時にランスを呼び出し(コール)。内蔵した四連装ガトリングガンを、形成と同時にスコールに向けて一斉射した。

 

ドドドドドッ−−!!

 

「…………」

 正確に相手を捉えた楯無だったが、その顔に余裕の色は無い。スコールは金色の繭に包まれていて、弾丸はその繭に阻まれて一発も届いていなかった。

「ねえ、やめましょう?」

「…………」

 スコールは穏やかな口調で楯無に話しかける。楯無を見つめるその目には微かな憐憫が感じ取れた。それが楯無の心に波を立てる。

「あなたの機体では私のISを倒せない。分かっているでしょう?」

「勝てないから、倒せないから、戦わない。それは賢い選択かもしれない−−けれど!」

 楯無が纏っていた水のヴェールを全てランスに纏わせてドリル状に展開。一気に攻勢に出る。

「私は更識楯無。IS学園生徒会長、故にそのように振る舞うだけよ!」

 水のドリルによる高速突撃。それをひらりと躱したスコールが、楯無に二度目の投げナイフを投じる。

「そんなもの!」

 水の刃がナイフを切り裂く。その瞬間、切り裂かれたナイフが大爆発を起こした。

「!?」

 もうもうと立ちこめる黒煙が視界を覆う。無論、ISにとってこの程度の視界阻害はないに等しい。事実、楯無のハイパーセンサーには逃走するスコールの姿がバッチリ映っていた。

「くっ……!これで二回連続で逃がしたわね……」

 正面戦闘であれば、楯無はかなりの力を持っている。しかし、相手が逃走に全力を注げば、当然逃がしてしまう事だってある。更識楯無だって人間だ。何もかも完璧にはいかない。

(はぁ……。いいとこ無しじゃない、最近。一夏くんと九十九のことからかえないわね)

 いつもの茶化した態度とは違う、心底悔しそうにしている楯無がそこにはいた。

 

 

「きゃあああっ!!」

「「鈴!?」」

 一夏の前に飛び出し、『ゼフィルス』の最大出力射撃を受けた鈴は強く弾き飛ばされる。

「なんという無茶を……!」

「ば、バカ!なんで俺なんかをかばって……おい!鈴!」

「うっさいわね……。アンタがノロいからよ……ゲホゲホッ!」

「鈴!」

 一夏の身代わりになった鈴は、一夏に向かって拳を突きつけると、それを最後に意識を失った。

 おそらく、ISが致命打を受けた時の為の、操縦者最終保護機能が働いたのだろう。私は経験がないが、話を聞くにかなりきついものがあるらしい。

「くそおっ!」

 一夏が体を起こすが、その時には既に《雪羅》のエネルギーが尽きていた。そして再び、次は盾のない状態で『ゼフィルス』の攻撃が一夏に迫る。

「やらせませんわ!」

「させん!」

 発射直前、私は《スヴェル》を構えて一夏と『ゼフィルス』の間に入る。それと同時にセシリアが『ゼフィルス』に高速機動パッケージの大出力を活かした体当たりを仕掛ける。

「九十九!セシリア!」

「一夏!今の内に箒から補給を受けろ!この場は……」

「わたくしが引き受けましたわ!」

 言うが早いか、セシリアは『ゼフィルス』の両腕を押さえつけるように飛翔。そのままアリーナのシールドバリアに押し込む。スラスターを吹かして何度も叩きつけるように突進するセシリア。すると、四度目の突進でバリアが割れた。

 その隙間から、二機の青い機体が飛び立つ。互いに一気に加速し、そのまま市街地へと飛んで行った。

「私は先にセシリアを追う。必ず来いよ、一夏」

 私は飛んで行った二人を追って、割れたバリアから市街地へと飛びだした。

 待っていろ『ゼフィルス』。その顔、一発ぶん殴ってやるからな!

 

 アリーナを飛びだした私が二人を視界に捉えた時、すでに戦いは佳境に突入していた。

『……お前はもう死ね』

 絶対零度の声とともに放たれた無慈悲のビーム射撃がセシリアを襲う。

「ああっ!」

 シールドエネルギーが一気に削られ、左腕で支えていたライフルは撃ち抜かれて爆散。セシリアに出来たのは、地上に被害を出さぬよう、地表ぎりぎりで急上昇する事だけだった。

「終わりだ」

 『ゼフィルス』の持つライフルの先端に取り付けられた銃剣が青い輝きを放つ。とどめを刺しに行く気だ。

「セシリア!くっ、間に合え!フレスヴェルグ!オーバーブースト!」

 瞬間、背と足のブースター全てが自損覚悟の過剰加速を開始する。その5秒後、私は時速4800kmの人間砲弾と化した。

 それと同時に、セシリアが『ストライク・ガンナー』の仕様上、決してやってはいけないだろう攻撃を行う。

「ブルー・ティアーズ・フルバースト!」

 推進力に回すため閉じられている砲口から、パーツを吹き飛ばしながらの()()()()()()。最悪の場合、機体が空中分解してしまいかねない危険行為。しかし、偏向射撃を使えないセシリアにとって、これが最大級の攻撃だろう。

「これが切り札だと?笑わせる!」

 『ゼフィルス』が声を荒らげる。そして、笑い声とともにセシリアの射撃を全て高速ロールで躱してみせた。

「なっ!?」

「死ね」

「おらあっ!」

 

ザクッ

ガアンッ!

 

 『ゼフィルス』の銃剣がセシリアの二の腕を貫通するのと、私の拳が『ゼフィルス』の胴体に届いたのはほぼ同時だった。

「あああっ!」

「ぐあっ!?」

 セシリアからは苦悶の叫びが、『ゼフィルス』から意外な攻撃を受けた事による驚愕混じりの声が漏れた。

 私の拳を受けた『ゼフィルス』は衝撃で大きく吹き飛んだが、ライフルを手放す事はなかった。そのライフルの先端に付いている銃剣からは、セシリアの腕を刺した事で付いた真新しい鮮血が滴っている。……少しだけ間に合わなかったか。すまない、セシリア。

「くっ……貴様……っ!」

「よくもまあ、私の大切な人と幼馴染、そしてクラスメイトに怪我をさせてくれたな……礼はするぞ、女」

 『ゼフィルス』とセシリアの間に入り、『ゼフィルス』と睨み合う。互いに銃剣を構えて接近戦を仕掛けようとしたその時。

「見えましたわ……水の一滴が」

 ポツリと呟いたセシリアがこちらに、正確に言えば『ゼフィルス』に向けて左手で銃のポーズを作っていた。『ゼフィルス』はセシリアの行動の意味が分からず、訝しそうにしている。

 ああ……そうか、そうだったな。ここが君の目覚めの場だったな、セシリア。

「……ばーん」

 手で作ったピストル。当然、その指先からは何も発せられない。だが次の瞬間、『ゼフィルス』を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!?」

 BTシステムの稼働率が最高状態の時のみ使える偏向射撃。それをこの土壇場で己がものとしたセシリア。

 しかし、超音速状態からバランスと推力を失った機体は、その姿を維持できずに徐々に崩壊を始める。

 このままにしていてはまずいが、『フェンリル』の超広域レーダーが近づく『あいつ』の姿を捉えているから、セシリアの事は心配ない。

「くっ……馬鹿な」

「ようやく隙を見せたな。『ゼフィルス』」

「!?」

「言ったはずだ、礼はするとな!」

 事態を飲み込めず、一瞬呆けていた『ゼフィルス』に最大戦速で接近。左のボディブローを叩き込む。

「これは鈴の分!」

「がっ!?」

 間髪を入れず、右のボディブローを左で打ったのと同じ場所に打ち込む。

「これはセシリアの分!」

「ぐふっ!」

 腹を打たれた衝撃で頭が下がった所に左のアッパーカットで追撃。

「これはシャルの分!」

「ぐあっ!」

 最後に、アッパーで打ち上がった顎に向け、大きく振りかぶって全力の右ストレートを放つ。

「そしてこれが、友を、級友を、恋人を傷つけられた私の……この私の怒りだあああっ!!」

「がはあっ!」

 顎を打ち抜かれ、勢い良く吹き飛んでいく『ゼフィルス』。それを見ながら、溜飲を下ろす私だった。

 ちなみに、私が似合わぬ熱血展開をしている間にセシリアは一夏が助け出していた。

 

 セシリアを横抱きに抱えた一夏が、私に近づいてきた。

「悪い九十九。遅れた」

「詫びはセシリアにしろ。彼女ならデート一回で許してくれると思うぞ」

「さっきセシリアにそう言われたぜ」

「そうか。で?セシリアは?」

「腕の傷はISが止血してくれてるみたいだ。けど、急がないとどうなるか分からねえ」

「分かった。学園へ行こう。あそこなら大学病院並の治療設備がある」

「ああ……っ!?」

 背後から感じたプレッシャーに振り返ると、そこには太陽を背にした『ゼフィルス』がいた。その視線は冷たいが、どこか怒りが滲んでいた。どうやら、私の四連撃をまともに食らった事が相当腹立たしかったようだ。

「てめえ……」

 一夏が『ゼフィルス』を睨みつける。『ゼフィルス』の顔はひび割れたバイザーから僅かしか見えないが、一夏の敵意は伝わっただろう。

 しかし、こちらには負傷者(セシリア)がいる。彼女を守りながら戦うのは、正直に言えば厳しい。

 だが、そう言った所で素直に「じゃあ逃げよう」という一夏ではない。《雪片弐型》を強く握りしめる一夏を見て、私も覚悟を決めて《レーヴァテイン》を展開し、『ゼフィルス』に向けた。

「−−スコールか、何だ?…………分かった、帰投する」

「何?」

「……ちっ……」

 『ゼフィルス』は憎々しげに私達を一瞥すると、そのまま背を向けて飛び去った。

「あいつ、どうしたっていうんだ……?」

「さてな。案外母親に『門限の時間だ』とでも言われたんじゃないか?」

 軽口を叩きながらも、私は『ゼフィルス』が残していったプレッシャーのためにすぐに動く事ができなかった。そして、それは一夏も同様だった。

 

 こうして、波乱に満ちたキャノンボール・ファストは終わりを告げた。

 毎度思うのだが、なぜ騒動はイベントの度に起こるんだ?警備部は何してんの?いくら何でもザル過ぎるだろ。ワザとか?

 

 

 キャノンボール・ファストが行われていたアリーナの上空15000m。そこに、一機のISが浮いていた。

 背中にレドームを背負い、バイザーには超高性能高速度カメラ。加えて全身に多種多様なセンサーを着けた、見る人が見れば一目で『偵察・情報収集』を目的としている事が分かる機体だ。

 機体色とシルエットで辛うじて『ラファール』と分かるそれは、下で行われていた戦いが終わるとともにほう、と一息つくと装備を拡張領域(バススロット)に収めた。と、そこに通信が入る。

「受諾」

『やぁ、ヘイムダル。彼女達のデータは取れたかい?』

「委細漏らさず」

『結構。それじゃあ、戻ってきてくれたまえ。誰にも気付かれないように……ね』

「了解」

 そう言うと、ヘイムダルと呼ばれた女性はもう一度視線を下に落とすと、まるで空に溶け込むかのようにその場から姿を消した。あとにはただ、静寂だけが残っていた。




次回予告

誕生日。それは、その人が生まれた事を言祝(ことほ)ぐ日。
さあ、皆で集まって祝おうじゃないか。
ただ、そういう時に限って呼ばれてないのに現れる奴がいるのだが。

次回「転生者の打算的日常」
#51 誕生会

ハッピーバースデー!

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