転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#05 第二幼馴染

 重要人物保護プログラム。その人物の存在、生死が世界情勢に大きな影響を及ぼしかねないと判断された場合、政府主導で対象者の監視と護衛を行うための一連の行動計画(プログラム)である。

 戸籍の変更、頻繁な転居、著しい行動制限、24時間の監視等、かなり窮屈な生活になるが、その分命の危険は確実に少なくなる。

 その要人保護プログラムの対象に篠ノ之家が選ばれた。理由は単純、篠ノ之束博士の家族だからだ。

 近い内に、篠ノ之家はお互い『戸籍上無関係な人』となり、離散する事になる。そしてこの事が、後の箒の性格を歪める原因となるのを私は知っている。

 だが、今の私はただの小学生。私が今ここで何か言ったとしても何も変わらないのは、私自身がよく分かっていた。

 

 4年生の修了式と同じ日に、箒は引越して行った。クラスの反応は様々だったが、おおむね別れを惜しんでいた。

 一部の男子が「我が校の美少女率(レベル)が下がった」と嘆く一方で、一部の女子が「ライバル(お邪魔虫)が一人減った」と喜んでいた。

 男子の意見には一定の理解を示すが、女子の意見には正直引いた。何時の時代も女は怖い。それだけは変わらないらしい。

 

「行っちゃったな。箒」

 いつもは明るい一夏の声も、今日ばかりは沈んでいた。

「ああ、そうだな」

 かくいう私の声もいつもよりは暗いだろう。なんだかんだでよく一緒にいた相手だ。悲しくならないはずがなかった。

「また、会えるよな?」

「どうだろうな。箒の身の上を考えれば、難しいと言えるだろう」

「何でだよ?九十九」

 一夏の疑問はもっともだ。だから私は言い含めるように一夏に語りかける。

「一夏、よく聞け。箒はこの先本人の希望とは関係なく、必ずISに関わる事になる。なぜなら箒が『篠ノ之束の妹』だからだ」

「それがどうして会うのが難しいってことになるんだ?」

「あるだろう?5年前新設された、IS関係でしかも基本的に男子禁制の場所が。箒は恐らく、いや必ずそこに行く」

「え?まさかそこって……」

「箒の将来の進学先は『IS学園』で確定だ。こちらからは余程の事がない限り会いに行けないんだよ」

「そ、そんな……」

 愕然とする一夏の姿に、私は微かに罪悪感を覚えた。だが「心配しなくても6年後には必ず会える」とは言えなかった。

 そんな事を言えば「何でそんな事が分かるんだ?」と聞かれ、最悪私の秘密を一夏に教えなければならなくなる。

 それは私としては避けたかった。今はまだ、私の覚悟が出来ていないからだ。

 

 

 桜舞う4月の終わり頃、その情報は私にもたらされた。

「おい九十九、聞いたか?」

 私に声をかけて来たのは、一夏の紹介で友人となった、原作上ほぼ唯一の一夏の男友達、五反田弾(ごたんだ だん)だ。

 鮮やかな赤髪をバンダナで纏めた少年で、顔は良いものを持っているのだが、軽い性格と女性に対してがっつく感じが原因でいまいち女子の受けが良くない悲しき二枚目半。

 実家が定食屋『五反田食堂』を営んでいて、私も何度も行った事がある。

 店長で弾の祖父、五反田厳さんの作る『業火野菜炒め』は絶品で、行くと必ず頼む一品だ。

「どうした?弾。何か面白い話でも仕入れたのか?」

「ああ、一夏のクラスに中国から転校生が来たんだけどよ……」

「皆まで言うな弾。おおかた園場(そのば)辺りがその転校生をいじめて、それを一夏が割って入って助けて、それで転校生が一夏に惚れたとかそんな感じなのだろう?」

 弾の顔が驚愕に染まる。その顔はどこかの『海洋冒険浪漫譚』に出てくる雷男の顔芸にそっくりだった。

「お前、エスパーか?」

「いや?一夏の性格と、それによって取るだろう行動を考えれば答えは限られる。まあ、惚れたというのは外れて欲しかったが。そう言えば、その転校生の名前を聞いてなかったな」

 一応、知識として知っているがここで聞かないのは不自然だろう。その質問に対して、弾は記憶を辿りながら答えた。

「ああ、確か……『ファン・リンイン』だったっけか」

「どんな字を書く?」

「え?えっと……こう……だな」

「ほう……(ニヤリ)」

 この時私は、ここで凰に対しどのように接するかを考えていた。

 

 箒の時のように、一夏の事をネタに弄り倒す方向を取る場合のメリットは、確実に私が楽しめる事。やり方次第だが、凰の恋愛相談相手になれるかもしれない。

 デメリットは、凰も箒と同様照れや怒りで実力行使をするタイプの性格なので、下手をすれば毎日生傷が絶えないだろう事。

 あくまで、隣のクラスの生徒の一人として接する方向を取る場合のメリット・デメリットは考えるだけ無駄だろう。

 なぜなら、一夏がそうさせてくれないだろうからだ。ならば、私の取る選択肢は一つだ。

「九十九が黒い笑みを……何かする気だこいつ」

 

 その日の放課後、私は一夏のクラスの前に来ていた。

「な、なあ九十九。本当にやる気か?」

 後ろから声をかける弾を一旦無視し、ドアをノックする。

「ノックしてもしも~し」

「なんだそれ?」

「なに、気にするな。ハゲるぞ」

 ドアを開けて、目的の人物(凰鈴音)を視界に入れつつ一夏の下へ。

「おお、九十九。珍しいな、お前がこっちに来るなんてさ」

「やあ、一夏。なに、私も噂の中国人転校生に会ってみたくなってね」

 言って、彼女の方にチラリと目を向ける。ツインテールに纏めた茶色がかった髪。つり気味の大きな目は猫を連想させる。小柄だがしなやかな印象を受ける体つき。間違いない。彼女が……。

「はじめまして。私は村雲九十九。一夏の古い友人だ」

 言って右手を差し出す。彼女は握手に応えながら、おずおずと口を開く。

「は、はじめましテ。ワタシは−−」

「知っている。凰鈴音(おおとり すずね)さん……だろ?」

 一瞬、クラスの時間が止まった。次の瞬間、凰が席から立ち上がり、顔を真っ赤にして吠える。

「ちがーウ!!凰鈴音(ファン・リンイン)ヨ!!」

「これは失礼。私は君の名前を字面でしか知らなかったのでね」

「そうナノ?なら仕方ないワネ」

「お前、さっきオレに名前聞いて……(ズンッ)グフゥ……ッ!」

 表向きの理由を言うと、納得したのかあっさり矛を収める凰。私の言い分に弾が横から小声でツッコミを入れてきたので、肘鉄を入れて黙らせておいた。

 教室に残っていた他の生徒が「確かにそう読めるけど……」とか「絶対わざとだろ」だのと言っているが無視だ。

「弾、お前も自己紹介ぐらいしろ。凰さんが『誰?』と言う顔をしているぞ」

「あ、ああ。五反田弾だ。よろしく」

「エエ、よろしくネ」

 二人はどちらからともなく、握手をかわす。

「さて、凰さん」

「鈴でいいワ。ワタシも九十九って呼ぶカラ」

「そうかね。では鈴」

「ナニ?」

 訝しげな表情をする鈴にだけ聞こえるよう、耳元に顔を近づけ小声で話しかける。

『一夏に関して、私は専門家(プロ)だ。あいつの事は私に聞くといい。恋する乙女さん?』

「な、なななな、何を言ってるのか分からないワネ」

 何とかごまかそうとしているが、真っ赤な顔で言っても何の意味もない。そして、そんな状態の鈴を一夏は見逃さない。

「鈴、風邪か?顔が赤いけど」

「な、なんでもないワヨ!」

「そうか?でも……」

「なんでもないッタラ!!」

 そこで意地を張らずに「実はちょっと熱が……」とでも言って女の子アピールをすれば良いのに。まあ、口には出さないが。

 こうして私達は、友人同士となった。他のクラスメイトから『いつメン』あるいは男三人の名前に数字が入っている事から『鈴&ナンバーズ』と呼ばれる四人組の誕生だった。

 

 これが、私と第二幼馴染(セカンドガールフレンド)の出会いだった。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)がサムズアップしているような気がした。

 いや、何に対して?そのサムズアップ。

 

 

 今を遡る事2年前。世界のISパイロット達の頂点を決める大会『モンド・グロッソ』が開催された。

 格闘部門(武器の部)と総合部門に日本代表として出場した千冬さんは、ブレード一本で世界中から集まった一流パイロット達を切り伏せて優勝を果たし、『世界最強の女(ブリュンヒルデ)』としてその名を世界中に轟かせた。

 

 あれから2年が経ち、『第2回モンド・グロッソ』がドイツ・ベルリンで開催される事になった。

 巷では「織斑千冬の連覇達成は確実」が大半の意見だったし、私もそう思っただろう。あの事件が起きる事を知らなかったならの話だが。

 

「千冬さんは総合部門決勝進出か。まあ妥当な所だな」

「やっぱ千冬姉はすげぇや!」

 目を輝かせ、我が事のように喜ぶ一夏。相変わらずのシスコン振りだな。いつか姉離れする日が来るのだろうか?

「そうだ、九十九。千冬姉から決勝戦の観戦チケットが届いたんだ。一緒に行かないか?」

 そう言った一夏の手には、観戦チケットと航空券が二枚ずつあった。決勝戦の開始は一週間後。

 運命の時が、近付いていた。




次回予告

少年は自らの弱さを嘆いた。
女性は己の無力を悔いた。
世界は女性の選択に疑問を抱いた。

次回「転生者の打算的日常」
#06  誘拐

たまには打算抜きで動いてみるとしようか。

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