転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

49 / 146
#49 疾如砲弾(開始)

「はい、それでは皆さーん。今日は高速機動についての授業をしますよー」

 一夏がラヴァーズ共々千冬さんの『一発』を貰ったその日の午後。第六アリーナに一組副担任、山田先生の声が響き渡った。

「この第六アリーナは中央タワーと繋がっていて、高速機動実習が可能であることは先週言いましたね?それじゃあ、まずは専用機持ちの皆さんに実演して貰いましょう!」

 山田先生がそう言って勢い良く手を向けたその先には、私と一夏、そしてセシリアがいた。

「まずは高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したオルコットさん!」

 通常時はサイドバインダーに装備している四基の射撃ビット、それに加え腰部に連結した二基のミサイル・ビットを全て推進器として使用するのが、セシリアの高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』最大の特徴だ。

 砲口を封印し、腰部に連結する事で高速・高機動を実現している。一見するとそれは青いスカートのようにも見える。

「そして、同じく高速機動パッケージ『フレスヴェルグ』を装備した村雲くん!」

 通常時のウィングスラスターの上に大型・高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)を着け、さらに脚と背に合計20のブースターを着けた『速さが売り』といった外見。もっともスピードにのみ特化しているわけではなく、きちんと小回りも効くのが『フレスヴェルグ』の凄い所だ。やはり、ラグナロク(うち)の技術班は色々とんでもないな。

 高速戦闘時、最高速度マッハ1で最小旋回半径250mは、軍人のラウラをして「狂気の沙汰」と言わしめるほどだしな。

「最後に、通常装備ですがスラスター出力を調整して仮想高機動装備にした織斑くん!この三人にアリーナを一周してきて貰いましょう!」

 がんばれーと応援の声が聞こえる。私達三人は軽く手を挙げて応えると、それぞれISに意識を集中させた。

(まずは高速機動用補助バイザーを起動、各部スラスターとブースターを連動監視モードに……と)

 視線指定(アイ・タッチ)でバイザーを通常モードからハイスピードモードへ移行。一瞬光の膜が視界全体に広がると、次の瞬間今までの景色が更に詳細な形で目に飛び込んで来た。

(のはいいのだが、慣れがないと酔うんだよな……気をつけねば)

 気を引き締めつつ、機体を空中へと進ませる。やや遅れて一夏とセシリアが私と同じ高度まで上がってくる。

「では……3・2・1・ゴー!」

 山田先生のフラッグで私達三人は一気に飛翔、加速をして音速を突破する。流れる景色は一瞬。しかし、高速機動用補助バイザーを通して見るそれはどれも鮮明だ。

(とはいえ、まだ慣れんな)

 速度で言えば常時瞬時加速(イグニッション・ブースト)状態の速さ。ちらりと隣を見ると、一夏があまりの速さに戸惑っている顔がばっちり見えた。

『お先に♪』

「一夏、先に行くぞ」

 戸惑う一夏を尻目に、セシリアが前に出ようとしたのに合わせて私も前へ出る。そのまま一気に上昇し学園のランドマークである中央タワー外周へ進む。

『あら、手慣れてますのね』

「君程じゃないが、まあこれ位はな」

 セシリアと話している間に、少しづつ一夏が追いついてきた。その操縦はいつもより遥かに慎重だ。

 なにせ超音速状態に入っている中でタワーにぶつかれば、下手を打てば機体がオシャカになりかねんし、音速の衝撃波でタワーが損壊、最悪倒壊しかねないのだから、誰だって慎重になる。私だってそうなる。

『よし!追いついた!』

『あら?わたくしの魅力的なヒップに釘付けかと思いましたわ』

『ち、ちげぇよ!』

「なにっ!?ではまさか、私の尻か!?お前ついに……」

『もっとちげぇよ!』

『い、一夏さん……?』

『いや、セシリア?なんで疑いの目を向けてんの?そんな趣味ないから!俺はノーマルだから!』

『「冗談だ(ですわ)」』

『くそぅっ!』

 一夏をからかって遊びながら、私達はタワー頂上から折り返し、そのまま並走状態で地上へと戻った。

 

「はいっ。お疲れさまでした!皆さんすっごく優秀でしたよ~」

 山田先生が嬉しそうな顔で私達を褒め称える。教え子が優秀な事が余程嬉しいのか、ぴょんぴょん跳びはねる度に先生の『核爆弾』が重たげに弾む。うん、眼福眼ぷ……。

 

バンッ!ガンッ!

 

「くばあっ!?」

 突如飛来した弾丸にこめかみを撃ち抜かれ、衝撃で脳が軽く揺れた。今の正確な射撃は……。

「シャル!いきなり何を……『ん?なに?』いや、何でもないです!すみません!」

 .55口径アサルトライフル《ヴェント》を構え、にっこりと笑顔を浮かべるシャル。が、目が「僕怒ってるんだからね」と言っている。それに気づいた瞬間、私は反射的に謝っていた。さらに。

 

ギュッ!

 

「あ痛ぁっ!ほ、本音!無言で脇腹を抓るな!」

「むっす~……」

 いかにも『不機嫌です』といったふくれっ面で私の脇腹を抓り上げる本音。力はそこまで強くないが、これが地味に痛い。

 ちなみに、ISのエネルギーシールドと絶対防御は『装着者の命に関わるダメージ』を防ぐので、抓りは防いでくれないのだ。

「分かった!山田先生に見惚れていたのは謝る!謝るから離してくれ!」

「…………」

 ふくれっ面は変わらずだが、それでも一応抓る手を離す本音。あ、抓られた所赤くなってる。

「ねえ、九十九」

「な、なんだ?」

 シャルが目の笑ってない笑顔で近づきながら、私に質問を投げかけた。左腕のパイルバンカーがいつの間にかいつでも撃てる状態になっていて実に怖い。

「山田先生の『どこ』に見惚れてたの?」

「え、あ、いや……それは……その、だな」

「つくもん、正直に言おっか〜?」

 そう言って私の目を見るシャルと本音。その目は「分かってるんだからね」と言わんばかりのジト目だ。……視線が痛い。

「……揺れる『核爆弾』です」

「え、ええっ!?」

 二人の視線と圧力に負けた私が答えた途端、山田先生が慌てて胸元を押さえて顔を真っ赤にする。

「……本音、九十九から離れて。『お仕置き』するから」

「しゃるるん、よろ〜♪」

 宣言と同時、左腕のパイルバンカーを持ち上げ、突撃体勢に入るシャル。本音は私から離れ、ゆっくりと(本人的には素早く)他の生徒のいる列に戻る。

「待て、待ってくれ。これはその……あれだ。悲しい男の性という奴で……」

「九十九の……バカーーッ!!」

 いっそ惚れ惚れする程の瞬時加速。ハイパーセンサーが捉えたシャルの顔は涙目になっていた。……うん、受け止めよう。死ぬほど痛いだろうけど。

 覚悟を決めた次の瞬間、私の腹にパイルバンカーが突き刺さる。更に、炸薬によって飛び出したパイルに吹き飛ばされて、私はアリーナの壁に激突した。

「ガハッ……。すみません、でした……ガクッ」

「「「む、村雲くーーんっ!?」」」

「「ふんだ」」

 薄れゆく意識の中で最後に見たのは、不機嫌そうにしているシャルと本音のふくれっ面だった。……機嫌を直すのに時間がかかりそうだな、これは。

 

 

 なんだかんだ加減はしてくれていたようで、私の意識が戻ったのはそれから5分後の事だった。

「目が覚めたか、村雲。では貴様は自機の調節を行え」

「了解です」

「ああ、それと……」

「は……いっ!?」

 千冬さんの呼びかけに振り返ろうとした瞬間、脳天に強烈なチョップを見舞われた。一瞬意識が飛んだぞ、おい。

「教師を不埒な目で見ないように」

「はい、すみません」

「では始めろ。さっさと遅れを取り戻せ」

 そう言って千冬さんは訓練機組の調整指導に向かった。……さて、私も始めるか。と言いたい所だがその前に。

「シャル」

「…………」

 私は増設スラスターの量子変換(インストール)の真っ最中のシャルとラウラがいるスペースに向かった。

 シャルは私の顔をちらりと見て、ぷいっと顔を背けてしまった。……だいぶお冠だ。

「おい、九十九。シャルロットの機嫌をなんとか直せ。私ではどうにもならん」

 隣で量子変換中のラウラが困った様子で私に話しかけてきた。

「そのつもりで来たんだが……」

 シャルは完全にヘソを曲げていて、私の話を聞いてくれるかどうかも怪しい。

「あ~、その……だな、シャル……」

「……九十九は」

「ん?」

 ポツリと呟いたシャルは、私に向き直って訊いてきた。

「九十九は、大きい胸の方が好きなの?」

「む……それは……」

「どうなの?」

 ずいっと詰め寄ってくるシャル。どう答えたものかと思案していると、ISスーツの裾がクイクイと引かれた。

「ど~なの〜?」

 見ると、いつの間にかやってきた本音が私をじっと見ていた。どっちも答えなければ引いてくれそうにないな、これは。

「……どちらかと言えば大きい方が好きだが、大きければ大きい程いいという訳じゃない」

「例えばどのくらい〜?」

「……なあ、本音。何が悲しくてここで性癖を告白せねばならんのだ?」

「どのくらい?」

「シャル?皆、聞き耳立ててるから。ここで言うのは……」

「「ど・の・く・ら・い?」」

「……こう、片手で掴んだ時に指の間から少しはみ出す位が好み……です」

 あまりの剣幕に思わず答えてしまった私。すると、聞き耳を立てていた他の女子達が一気に騒ぎだす。

「すごいリアルな好みだった!」

「片手で掴んで少しはみ出すくらいって……それ十分巨乳だよ!」

「はっ!?もしかして、だからあの二人なの!?」

「絶望した!村雲くんの好みと自分の胸に絶望した!」

「憎い……お母さんの遺伝子が憎い……!」

 熱狂の一組女子ズ。だが、そんな事をすればどうなるかと言うと……。

 

スパパーンッ!ゴズンッ!

 

 千冬さんの一撃が騒いでいた女子達を襲う。ちなみに私には拳骨が来た。

「私の授業中にバカ騒ぎとはいい度胸だ。今騒いでいた者は全員アリーナ10周!村雲、貴様はISのパワーアシストを切って同じく10周だ!さっさと行け!」

「「「は、はい!」」」

 大激怒の千冬さんから罰ランニングを言い渡された私達。結局この日、私は自機の調整ができずじまいで授業を終え、シャルと本音の機嫌が直ったのは翌日の朝食時に「あ~ん」をしてあげた後だった。

 ……ある意味自業自得とは言え、なぜこんな気苦労を背負わねばならんのだ?

 

 

「ふう、今日も疲れたな」

 大会を明日に控えた今日。私はアリーナの使用可能時間ぎりぎりまでシャルと特訓をした。

『九十九。分かってると思うけど、高速機動戦に重要なのは冷静な判断力。それと、判断を迅速に実行に移す行動力も求められるの』

『回避、迎撃、防御のうちどの行動を取るか瞬時に判断する。常時三つ以上の思考を展開している私にとって造作もない事だ』

『確かに出来てるけど、僕から見れば少し甘いかな。たまに僕の攻撃躱し損ねてるし』

『むう……そう言われては反論のしようもないな……。よし。シャル、もう一戦頼めるか?』

『いいよ。じゃあ、始めよっか』

(と、始めたはいいものの、何故かラウラが「お前たちはぬるい!」と言って一夏と共に乱入。シャル共々2時間ぶっ続けの特訓に巻き込まれた……と)

 本来得る事の無かったはずの疲労に苛まれる体を引きずって自室に戻った私は、すぐさまシャワーを浴びる。熱い水流が汗を洗い流すと共に、疲労でぼやけていた意識が次第にクリアになっていくのを感じた。

「ふう……」

 シャワーを終えて服を着替えると、私はベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。

(慣れたと思っていたが、やはり高速機動戦は勝手が違うな)

 自動車やバイクを運転した事のある人なら分かるだろうが、一般道路を走っている時と高速道路を走っている時にそれぞれハンドル(車体)を10°傾けた時では、その動きは大きく異なる。それこそ、下手をすれば事故に繋がるレベルでだ。

 そしてそれは、ISも同じ事だ。しかも、その速度は車やバイクの比ではない。否が応でも神経を使うため、いつも以上に疲労してしまうのである。

 

コンコンコン

 

「む?誰だ?」

 ノックに呼ばれた私はドアへ向かう。ガチャリとドアを開けた先にいたのはシャルと本音だった。

「ん?どうした、二人共」

「うん、あのね~」

「晩ごはん、一緒に食べよ?」

「ああ、いいよ。行こうか」

 是の返事を返すと、嬉しそうに微笑んで私と腕を組む二人。食堂に向かう途中何人かの女子とすれ違ったが、特に騒がれる事もなく食堂に着いた。その理由を彼女達に聞くと、私達が腕を組んで歩く姿は「もう日常の一部。騒ぐ気にもならない」のだそうだ。

 

「お、九十九じゃねえか。さっきぶり」

「一夏か。さっきぶ……何がどうしてそうなった?」

 背後からかけられた声に振り向くと、そこには一夏と一夏に横抱きに抱えられているラウラがいた。すると。

「きゃあああっ!?なになに、なんでお姫様だっこ!?」

「ボーデヴィッヒさん、いいなー」

「私も!次、私も!」

「ああっ!なんかお似合いな感じが余計腹立つ!」

 やはりというかなんというか、一夏を見つけた女子達が一斉に騒ぎ出す。廊下が騒がしくなかったという事は、ここに来るまで誰にも会わなかったという事だろう。

「一夏、ラウラを下ろせ。このままでは収拾がつかん」

「おう。ラウラ、下ろすぞ?」

「あ、ああ……」

 残念そうな声色で返事をするラウラを、一夏はゆっくりと床に下ろした。

「「「織斑くん!」」」

「あー、そのようなサービスはしておりません」

 一夏のこの言葉に、女子達がブーブーと文句を言う。それをなんとか宥めて席に返そうとする一夏。結局、彼女達が諦めて席に戻ったのはそれから5分後だった。

 

 食券機の前で何を食べるか相談する私達。いつもは何を食べるかぱっと決まるのだが、今日はどうにも決まらずにいた。

「参ったな。いまいち食指が動かん……君達はどれにする?」

「僕はムニエルのセットにしようかな」

「わたしは明太子スパゲティ〜」

「お前は?一夏」

「俺は麦とろ飯定食にしようかと思ってる。ラウラはなに食べるんだ?」

「…………」

 一夏がラウラに水を向けたのだが、さっきの横抱きの余韻が抜けないのか、ラウラは一夏の手が触れていただろう自分の二の腕を抱くように腕を組み、頬を桜色に染めてぼうっとしている。

「おーい、ラウラ。ラウラってば」

「な、なんだ!?」

「だから、なに食べるんだって」

「そ、そうだな!フルーツサラダとチョコぷ……」

「「チョコ?」」

 ラウラの口から出た意外な単語に、私と一夏は思わず聞き返した。ラウラは「しまった」という顔をすると、今の言葉を慌てて訂正する。

「い、いや!なんでもない!言い間違えだ!」

「あ、もしかしてチョコぷりんか?あれ美味いよな」

「…………」

 一夏に意外な好みがバレた事が恥ずかしいのか、さっきとは別の意味で頬を桜色に染めているラウラ。

「でも意外だな。ラウラってそういうの食べないのかとばかり思ってたぞ」

「前にシャルロットからもらったのが、美味しかったからな……」

「ラウラ、ずいぶん気に入ってたもんね。チョコぷりん」

「そっか。じゃあ今日も我慢せずに食べろよ」

「う、うむ……」

 どこかバツの悪そうな顔をしながら、ラウラはチョコぷりんも合わせて注文するのだった。

 

「つくもん、そろそろ決まった〜?」

「そうだな……ん?」

 未だ何を食べるかで悩む私の目に、あるPOPが飛び込んで来た。そこには『新商品!ねぎチーズ明太オムレツ』という文字。

「ほう……?」

 ねぎとチーズと明太子を包んだオムレツか……美味そうじゃないか!

「これにしよう。どんな味か気になる」

 という訳で、私達はそれぞれの夕食を取ってテーブルについた。

 ねぎチーズ明太オムレツには、セットでライスかパン、それとオニオンスープが付いてくる。無論私はライス(大盛)だ。

「では、いただきます」

 合掌し、一礼。食材と料理人に敬意を表してから、オムレツを口に運ぶ。

「こ、これは……!」

 トロリと半熟に仕上がった、鰹出汁香るオムレツ。濃厚なチーズの旨味。シャキシャキとしたねぎの食感と微かな苦味。時折顔を出す明太子のピリリとした辛さ。それらが決して喧嘩する事なく交わりながらもしっかりと主張してくる。

「まさに『オムレツ四重奏』!これを考えた人は天才かっ!?」

「つ、つくもんがちょっぴり壊れてる~!」

「お、落ち着いて、九十九!」

 あまりの美味さについ興奮してしまった私を、なんとか宥めようとするシャルと本音。

「い、一夏。奴は一体どうしたというのだ?」

「あ~、あいつ自分の好みのどストライクな料理に会うと、大体あんな感じになるんだ」

「そ、そうなのか……そんなに美味しいなら、私も今度食べてみるか」

「これはレシピを訊かずにはいられない!このオムレツを作ったのは誰「やかましい!(ズガンッ!)」ダビデっ!?」

 レシピを訊こうと厨房に突撃しようとした矢先、脳天に痛烈な一撃を受けた。やったのは……。

「村雲。どうやらまだ体力が余っているようだな。今からアリーナをもう10周してくるか?ん?」

「すみません、静かに食べます。なのでご勘弁を。織斑先生」

 織斑千冬、降臨。私の限界まで上がったテンションは、千冬さんの『凍てつく波動』によって一瞬で元通りになった。

「ふん」

 私の謝罪の言葉に鼻を一つ鳴らし、そのまま厨房の食券受付に向かう千冬さん。「持ち帰りで」と受付に告げると、出てきた料理を持ってそのまま食堂から出て行った。千冬さんが出ていった途端、引き締まっていた空気が一気に弛緩する。私はシャルと本音に軽く頭を下げた。

「あ~、すまない二人共。あまりの美味さについ……」

「戻ってきてくれてよかったよ〜」

「うん。あ。頭大丈夫?結構大きな音してたけど」

「問題ない。明日に響かないように加減してくれたようだ。見ろ。いつもは内出血で3cmは盛り上がるが、今日は1cmだ」

「「それって加減!?」」

「千冬姉が1cmで済ませた……!?すげえ加減っぷりじゃねえか!」

「「加減なんだ!」」

 私と一夏の会話にツッコミを入れるシャルと本音。どうやらこの感覚は、一夏と私にしか分からないものらしかった。その後は特に何かを話すでもなく、静かに食事をした。

「一夏、九十九、シャルロット」

「「「ん?」」」

 すると、珍しい事にラウラの方から私達に声をかけてきた。

「いよいよ、明日だな」

「キャノンボール・ファストか。頑張らないとな」

「言っておくが、負けんぞ」

「おう。望むところだ」

「気合が入っている所悪いが、優勝はこの私、村雲九十九が頂く」

「僕だって負ける気は無いよ」

「お〜。バチバチだね~」

 お互いに牽制の言葉をかけあった後、私達は静かに食事を再開した。

 初の高速機動における公式戦。私は緊張と未知への期待、そして『亡霊』の襲撃にどう対応するかに思考を割くのだった。

 

 

 一夜明けて、キャノンボール・ファスト当日。会場の市立ISアリーナは超満員で、空には花火が上がっている。

「おー、よく晴れたなぁ」

「ああ。絶好のキャノンボール・ファスト日和だ」

 秋晴れの空を見上げながら、私はその日差しを手で遮る。今日のプログラムはまず二年生のレースがあり、それから一年専用機持ち組、一年訓練機組、最後に三年生によるエキシビジョンの順で行われる。

「一夏、九十九、こんな所にいたのか。早く準備をしろ」

「おう、箒。いやなに、すげー客入りだと思ってよ」

「まあ、例によってIS産業関係者や各国政府関係者も大勢来ているだろうしな。警備の人間も含めれば相当数に登るぞ」

 もっとも、それを抜きにしてもこれだけの人入り。それだけISの注目度は高いという事だろう。この大人数の前で無様はできない。結果を残さねばならないだろうな。

(そういえば、原作では蘭と『土砂降り女』が接近遭遇していたな。ここでは弾もいるし、果たしてどうなるか……)

 弾に渡したチケットの席番号を思い出しながら、そちらへ目を向ける。ISのズーム機能を使って五反田兄妹を捜していると、唐突に耳を引っ張られた。

「あだだだっ!?」

「いてててっ!?」

「さっさと来い!まったく……子供じゃあるまいし」

「あ、あのなあ!子供扱いしてるのはそっち……いてててっ!」

「お前は私の母親か……痛い!痛いって、箒!」

「お前たちが来ないと、私が先生に怒られるんだ!」

「分かった!分かったから離してくれ!」

「歩く!ちゃんと歩くから!だから離せ!」

「まったく」

 鼻を鳴らして、私達の耳を離す箒。あ~、痛かった。ちぎれるかと思ったぞ。

 とは言え、いつまでもここで油を売っていても仕方ない。そう考えて、先を行く一夏と箒の後を追い、私もピットに戻るのだった。

(弾の奴、ちゃんと『虚さん(あの人)』と会えたか?まあ、受付窓口にいるからまず間違いなく会えているだろうが)

 

 

「えっと、Fの45……Fの45……」

「くそぅ……またまともに会話できなかった……俺って奴は……」

 マップと自分の座席番号を照らし合わせながら、蘭は視線を下げたままの状態で歩く。その隣では、せっかく会えた虚とまたしても上手く会話が出来ず、肩を落とし、俯いて歩く弾がいた。

 

ドンッ

 

「きゃっ!?」

「あら?」

「ん?蘭、どうした?」

 座席を探しながら歩いていたためか、蘭は人とぶつかってしまう。蘭は慌てて姿勢を戻し、頭を下げた。

「ご、ごめんなさいっ」

「なんだ?その人にぶつかったのか?あー、スンマセン。うちの妹が」

 何があったのかを大方悟った弾は、蘭が頭を下げるのに合わせて自分も頭を下げた。

「いえ、いいのよ。気にしないで」

 相手の女性は美しい金髪を靡かせる年上で、大人の色気を溢れんばかりに放っている。

(うわ、綺麗な人……)

(マジかよ。レベル高すぎだろ、この人……)

 年は20代後半といった所か。その身に豪華な赤いスーツを纏った姿は、『女盛り』という言葉が実にぴったりだ。

 シャープな造形のサングラスで覆った目元、豊満なバストとくびれた腰、引き締まったヒップが性別を問わず目を引く。年頃の男十人に訊けば十人が『グンバツのチャンネー』と言うだろう。

 蘭は自分の容姿と見比べて、なんだか見劣りする我が身に萎縮する思いだった。

「ケガはない?」

「は、はいっ。すみませんっ」

「そう、よかった。それじゃあ気をつけてね」

「は、はい」

「うちの妹がご迷惑おかけしました」

「いいのよ、気にしないで」

 金髪の女性は小さく手を振ると、蘭と弾の横を通り過ぎていく。すれ違いざま、耳につけた金のイヤリングが小さく光った。

(さ、さすがIS関係のイベント。世界中から人が来るのね)

 蘭は何気なく自分の胸を見下ろした。

(ま、まだ成長期だから大丈夫……だもん)

「蘭、お前ひょっとして『成長期だから大丈夫』とか思ってねえか?無理無理。さっきの人みてえには絶対……」

「ふん!」

「ぐはっ……す、すみません」

 蘭が失礼な事を言う兄を黙らせ、自分の席を見つけたのはそれから10分後の事。蘭はその席に座り、ドキドキと開演を待った。ちなみに、九十九からチケットを貰ったという兄は、自分から少し離れた席に座っている。

(生で一夏さんのIS姿が見られるなんて!)

 しかも、今日はその後に誕生日パーティーも控えている。

 蘭はいつもは冷静と平静が売りの生徒会長としての顔を忘れ、さながらサーカスの開演を待つ幼子のように胸を弾ませた。

 

 

 

わあぁぁぁ……!

 

 盛大な歓声が、私達が出番を待つピットにまで響いてきた。

 現在行われているのは二年生のレース。どうやら抜きつ抜かれつのデッドヒートのようで、最後まで誰がチェッカーフラッグを受けるのか分からない大混戦のようだ。

「あれ?この二年生のサラ・ウェルキンって人、イギリスの代表候補生なのか」

「イギリス代表候補生序列第四位『流星(シューティングスター)』サラ・ウェルキン。ISの操縦技術に強みのある人物だ。確か、セシリアに操縦技術を教えたのも彼女だったと記憶しているが」

「……ええ、その通りです。専用機こそありませんが、優秀な方ですわ」

 言うことが無くなってしまいましたわ、と口を尖らせるセシリア。どうやらやる気満々のようで、すでに『ブルー・ティアーズ』と高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を展開済みだ。

 彼女に倣い、私と一夏もISを展開。レースの準備に取り掛かる。

 ピットには私と一夏、セシリア以外にも参加者であるシャル、箒、鈴、ラウラが控えている。

「それにしても、なんかごついな鈴のパッケージ」

「ふふん。いいでしょ。こいつの最高速度はセシリアにも引けを取らないわよ」

「セシリアと張る、と言う事は私の最高速度とは張り合えんな。残念だ」

「アンタんとこの変態装備と一緒にしないでよ!」

 『甲龍』専用高速機動パッケージ『(フェン)』。その特徴は四基の増設スラスターと大きく突き出た胸部装甲、そして真横を向いた衝撃砲の砲口だ。

 おそらくだが、前方を飛ぶ相手の妨害攻撃をものともせずにつっこみ、並ぶと同時に衝撃砲で攻撃して相手を押し下げるという戦法を取るためのものではないかと思う。いずれにしろ、徹底的にキャノンボール・ファスト仕様のパッケージと言えるだろう。その点で言えば、今回最も有利なのは鈴だ。

 セシリアのパッケージは本来は強襲からの一撃離脱を目的としたものだし、私の『フレスヴェルグ』も似たような物だ。

 他のメンバーも間に合わせの高速機動仕様。それを考えれば、完全にキャノンボール・ファスト仕様の鈴が一歩先を行っている。

「だからと言って、戦う前から負けを考えるような奴はここにはいない。だろう?」

「無論だ。武器の差が戦力の決定的な差ではないことを教えてやる」

 なんだかどこかで聞いた事のある台詞を言ったのは箒。

 結局、展開装甲はマニュアル制御する事でエネルギー不足を解消する事にしたらしい。

「戦いとは流れだ。全体を支配する者が勝つ」

 三基の増設スラスターを背中に装備したラウラが話に入ってくる。

 専用装備ではないとはいえ、新型のスラスターは性能的には十分らしく、今回のレースも自信があるようだ。

「みんな、全力で戦おうね」

 そう言って締めたのはシャル。ラウラ同様、三基の増設スラスターを両肩と背に配置している。

 元々カスタム機であるシャルのラファールは、オーダーメイドのウィング・スラスターを装備しているが、そこにさらに出力を追加した形となっている。

 

「みなさーん、準備はいいですかー?スタートポイントまで移動しますよー」

 山田先生のややのんびりとした声が響く。私達は各々頷いて、マーカーの誘導に従ってスタート位置へと移動を開始した。

(フェンリルの状態は良好。今の所超広域レーダーに『蝶々』の感はなし。さて、どこで仕掛けてくる?)

『皆様、お待たせいたしました。ただ今より、一年生専用機持ち組のレースを開催いたします!』

 一際大きなアナウンスが響くと、観客席から万雷の如き拍手と大歓声が湧いた。

 私達は各自位置についた状態でスラスターに点火。その時を待つ。

 高速機動用パイパーセンサーをアクティブにし、徐々に意識を集中していく。

 超満員の観客が見守る中、シグナルランプが点灯。シグナルレッドからグリーンまで3…2…1…0。

「っ……!」

 急激な加速に、一瞬景色が吹き飛ぶ。直後、ハイパーセンサーからのサポートで視界が追いつく。

 まず最初に飛び出したのはセシリア。僅かに遅れて私。その後ろに他のメンバーが団子になっているという展開だ。あっという間に第一コーナーを抜けると、セシリアを先頭に列ができていた。

「そこを退いてもらうぞ!セシリア!」

 私はセシリアに対して『グラム』の電磁投射砲(リニアレールガン)を連射する。

 その弾丸を躱すために横ロールするセシリア。スピードが大きく落ち、コースラインからも外れたためか、セシリアは私も含めた後続機の全てに追い抜かれた。これにより、私が先頭に立った。

(そろそろ鈴が仕掛けてくるか?)

 と思った直後、鈴が勝負を仕掛けに来た。

「もらったわよ、九十九!」

「そうはさせん!」

 横に向いていた衝撃砲を前面に向け、連射してくる鈴。これを横ロールで回避させ、そこを爆発的な加速で抜き去るのが鈴の策。しかし、私は回避はしない。するのは吸収だ。

「『ヨルムンガンド』!」

 一旦スピードを落として鈴に正対。遷音速で後退しつつ、自分に当たりそうな衝撃弾のみを選んで掌で受け止める。瞬間、衝撃弾は吸い込まれるように私の手から消える。

「ちっ!あんたにはそれがあったわね。でも!」

 私がスピードを落としたのをチャンスと見たのか、鈴は爆発的な加速をして私の横を抜けていく。

「ふふん、どうよ!」

「やるな、鈴。だが……後ろだ」

「えっ!?」

 振り返った鈴の後ろから、鈴の加速に合わせてその背後にぴたりとつけていたラウラが前に出る。どうやら、スリップストリームを利用して、機を窺っていたようだ。

「しまった!」

「遅い!」

「ついでだ!これも持って行け、鈴!」

 慌ててラウラに衝撃砲を向けた鈴だが、ラウラの大口径リボルバー・カノンと私の電磁投射砲が同時に火を吹くのが僅かに早かった。

 直撃こそしなかったものの、高速機動状態での被弾によって鈴はコースラインから大きく逸れた。

「貴様もだ!」

「うぉっ!?危な!」

 ラウラの牽制射撃は私、更に一夏の方にも及び、後続集団を大きく引き離す。

 流石にラウラは手強い。加速して追いかけるが、コーナーで引き離されないようにするので精一杯だ。

「やっほー、九十九」

「来たか、シャル」

「キャノンボール・ファストはタイミングが命だからね。九十九はいつ仕掛けるの?」

「さてな。言うと思うか?」

「それもそっか。じゃあ、僕は行くね」

 そう言うと、シャルはスラスターの出力を上げてラウラに肉薄していく。

 私も続こうとした所で、後方から赤いレーザーが飛んできた。しかしどうやら流れ弾だったようで、私の横数mの所をただ飛んで行った。

「なんだ?」

 後ろを見ると、一夏と箒が近接格闘戦を展開していた。さらにそこにレースに復帰したセシリアと鈴も参戦。後方集団はなかなかの混戦模様だ。

「レースはまだまだ!」

「ここからが本番よ!」

 白熱するバトルレースは、2周目に突入しようとしていた。と、その時、『フェンリル』の超広域レーダーに反応があった。

「これは!シャル、ラウラ!上空警戒!何者かが……」

 シャルとラウラに警戒を促すも、それは僅かに遅かった。突如として上空から飛来した機体が、トップを走っていたシャルとラウラを撃ち抜いたのだ。

「うわぁっ!?」

「ぐうっ!?」

 コースアウトするシャルとラウラ。その二人に一切視線をやることなく、にやりと口元を歪める襲撃者。その正体は……。

「あれは……『サイレント・ゼフィルス』!!」

 セシリアが驚愕と怒りの混じった叫びを上げる。その声を聞きながら、私は小さく呟いた。

「やはり来たか。自称、織斑マドカ……」

 

 キャノンボール・ファストは、現れた襲撃者(織斑マドカ)によって混迷の度合いをいや増した。

 私はシャルを撃ち落とした彼女に、自分でも信じられない程の強い怒りを覚えていた。

 ……あの女、絶対一発ぶん殴る!




次回予告

激突する蝶と雫。
少女の心の水面に水滴が落ちる時。
それは新たな力の目覚めの合図となる。

次回「転生者の打算的日常」
#50 疾如砲弾(目覚)

……ばーん。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。