転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#45 学園祭(閉幕)

 IS学園特別医療室。ここには重傷患者が運び込まれて、手術と医療用ナノマシンを併用した高速再生治療が行われる。私の骨折も、一般的な治療と骨折治療用ナノマシンの投与処置が行われる事となった。

「それじゃあ、ナノマシンを投与するわね。チクッとしますよー」

 なお、ナノマシンの投与は専用の注射器で行うのだが、その針は一般的な注射器に比べ倍は太い。なので……。

「あの、それ絶対チクッとじゃ済まない……「えいっ」ドスッとしたぁっ!」

 とまあ、この様に骨折とは別の痛みに襲われる事になるのだ。

「はい、お終い。あとは今日一日ここで安静にしてなさい」

「あ、ありがとうございました……」

 そう言って、私に割り当てられたベッドから離れていく特別医療室専任のドクター。楯無さん曰く「腕はいいんだけど愛想がない人」との事。たった今実感しました、楯無さん。

「大丈夫?九十九」

「痛くない〜?」

 そんな私のベッドサイドには心配してやってきたシャルと本音。恰好は制服に戻っている。

「ああ、問題ない……と言いたい所だが、やはり痛いな」

「おお、あの九十九が珍しく弱気だ」

「やかましい。それで楯無さん、オータムは?」

「たった今セシリアちゃんから連絡が入ったわ。……敵ISの妨害にあって、取り逃がしたそうよ」

「そうですか……。詳しい話は彼女達が帰ってきてからですね」

 言って私はベッドに体を沈めた。さて、どこまで原作通りだ?

 数十分後、セシリアとラウラが医療室にやって来て事の次第を話してくれた。

 IS学園から離れた場所にある小さな公園。そこでオータムの補足に成功したセシリアとラウラだが、いざ詰問を開始しようかという段階で、高速で飛来した一機のISによってそれを遮られてしまう。

「そのやって来たISというのは?」

「『サイレント・ゼフィルス』……イギリスのBT二号機ですわ」

「二週間前、何者かによってイギリス空軍基地から強奪された機体か。いきなり実戦投入とは、向こうも思い切った事をする」

 

 現れた『サイレント・ゼフィルス』にセシリアは一瞬呆然とするが、すぐさま気を取り直して狙撃を試みた。

 しかしそれは展開されたシールド・ビットによって有効打とはならなかった。ならばと展開したビットは逆に『サイレント・ゼフィルス』の超高速機動下の精密射撃によって瞬時に破壊されてしまう。さらに、敵機から飛来した六機の射撃ビットがセシリアを窮地に追い込む。

「それなら!」

 セシリアはミサイル・ビットを自身の真下へと射出。空中で制御動作を取らせて、襲撃者の死角を狙う。

 必中を確信したセシリアだったが、次の瞬間自身の目を疑った。

 なんと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「信じがたい光景を前に、わたくしはつい棒立ちになってしまいました」

「だろうな。BT兵器の高稼働時のみ発動可能とされる偏光制御射撃(フレキシブル)。現時点でBT適性の最も高いパイロットとされるのはセシリア、君だ。にも関わらず、自分より先に偏光制御射撃を行った者が目の前に現れれば……な」

「ええ……」

 

 

 棒立ち状態のセシリアを狙う射撃ビット。レーザーが放たれた次の瞬間。

「何をしている!回避行動をとれ!」

「っ−−!?」

 ラウラが怒号とともにセシリアを突き飛ばし、代わりにレーザー射撃を浴びる。

 飛散する『シュヴァルツェア・レーゲン』の装甲を見て、ようやく我に返るセシリア。だがその時には既に襲撃者はオータムの側まで移動していた。

「迎えに来たぞ、オータム」

「てめぇ……私を呼び捨てにすんじゃねぇ!」

 飛来した襲撃者はラウラに小型レーザー・ガトリングを浴びせてオータムへの再接近を阻みつつ、ピンクに光るナイフでAICを切り裂いてオータムの自由を確保する。

「……この程度か、ドイツの遺伝子強化素体(アドヴァンスド)

 その顔はバイザー型ハイパーセンサーに覆われて口元しか見えないが、ラウラはその口が嘲った笑みに歪むのを確かに見た。

「貴様……なぜそれを知っている?」

「言う必要はない。ではな」

 それだけ言い残すと、襲撃者はオータムを掴み上げてそのまま飛来した方向へと離脱。しばしの間、ラウラとセシリアを足止めしていたビットは、用は済んだとばかりに自爆した。

「ラウラさん、すぐに学園に連絡を!わたくしは追跡します!」

「やめろ!もう追っても無駄だ。それに、追いついたところで今の我々では敗北は目に見えている」

「…………」

 一切証拠を残さず、まるで風のように去った謎の襲撃者。残されたセシリアに出来る事は、唇を噛みしめて敵の去った方向を睨む事だけだった。

 

「以上が、オータム追補の顛末ですわ」

「分かった。ありがとう」

 心底悔しそうに一連の顛末を語ってくれたセシリアに礼を言う。

 ……そうか、やはり来たのは『サイレント・ゼフィルス』……コードネーム『M』こと、織斑マドカ(自称)だったか。私はそこまで深刻な原作乖離が起きていない事にそっと安堵した。

「なあ、九十九。結局あいつ……いや、あいつらか。なんなんだ?」

「奴らの名は『亡国機業(ファントム・タスク)』。有り体に言えば闇の組織だ」

 

『亡国機業』

 成立は太平洋戦争末期とも第二次世界大戦初期とも言われているが、はっきりとは分かっていない。また、誰がどの様な形で成立させたのかも定かではない。

 世界中の戦争、紛争、あるいは内乱に直接的、間接的に関わっているとされる組織だが、構成人員、組織規模、行動目的、思想や理念といったもののほぼ一切が不明。

 分かっている事は、『幹部会』と言われる意思決定機関と『幹部会』の決定に従って作戦行動を展開する『実行部隊』に分かれている事、そしてその『実行部隊』の中でも精鋭と呼ばれる者達の顔と名前くらいだ。

 

ラグナロク(うち)の諜報員が一年かけてやっと得られた結果がこれだけだ。その闇はかなり深いぞ」

「「「…………」」」

 私の知っている『亡国機業』についての情報を話すと、全員押し黙ってしまった。無理もない。

 業界関係者から『無駄に優秀』と揶揄されるうちの諜報員が一年かけて得られた情報が『相手の顔と名前』だけなのだから。

「はい、それじゃあ今日はここまでにしましょう。これ以上は九十九くんの怪我に響くわ」

 パンパンと手を叩き、楯無さんが場を締める。そう言われた見舞い客達は「お大事に」「また明日」「無理すんなよ」と口々に私に声をかけながら医療室から出て行った。最後に残った楯無さんが扉に手をかけた所で、不意にこちらに振り返って訊いてきた。

「九十九くん。君、何者なの?」

「……どういう意味でしょう?」

「オータムの正体、《剥離剤(リムーバー)》の弱点、現れた敵ISの事情。君はあまりにも多くのことを知っている。教えて。君は何者?」

「……私はラグナロク・コーポレーションIS開発部所属の『フェンリル』専属パイロット、村雲九十九。それ以上でも以下でもありません」

「それともう一つ。君の会社はただの中小企業と言うにはあまりに謎が多すぎる。君の会社は、何なの?」

「その質問には『私に訊かれても困る』とだけお答えします」

 私と楯無さんの視線がぶつかる。数秒の睨み合いの末、折れたのは楯無さんだった。

「……いいわ。今はそういう事にしてあげる」

 そう言い残し、今度こそ楯無さんは医療室から出て行った。

 あの様子だとまだ諦めていないな。私とラグナロク(うち)を探る事。……厄介な事になったかもな。

 後の事を思って溜息をつき、ベッドに横になる。そのまま寝ようとした所でドクターがひょいと顔を出してこう言ってきた。

「言い忘れてたけど。医療用ナノマシンのエネルギー源は被投与者のカロリーだから、いつもより格段にお腹空くわよ。なにか食べなくて大丈夫?」

「そういうのもっと早く言って!?」

 現在夜の20時。食堂も購買部も閉まっている時間だ。一体どうしろというのだろうか。

 結局、腕の痛み(治ってる証拠だからと痛み止めはくれなかった)と空腹に苛まれ、一睡もできないまま翌日の朝を迎えた。

 シャルが持ってきてくれた特製朝ごはんの美味さに涙が出そうになった。食べるって大事だよね。ホント。

 

 

「というわけで、今日からよろしくね~つくもん」

「よ、よろしく、九十九」

 翌日の昼、ドクターから退院を許可されて部屋に戻るとシャルと本音がお出迎え。既に荷物は解いてあるらしく、私の部屋は私一人だった頃に比べ格段に華やかだ。

「ああ。しばらくの間の事だとは思うが、よろしく二人とも」

 挨拶を交わし、着替えを取ろうとタンスに向かう途中で本音が私の体に鼻を寄せて匂いを嗅いできた。

「クンクン……つくもん、ちょっと汗臭いよ~?」

「まあ、昨日はシャワーを浴びる事も出来なかったしな。それに−−」

 ドクターの話では、医療用ナノマシンのおかげで骨折自体は2〜3日で動かしても問題ない所まで治るとの事。

「その間、風呂にはなるべく入らないようにと言われてな。仕方ないから濡れタオルで拭くだけでいいかと−−」

「「よくないよ!」」

 思っている。と言おうとしてシャルと本音に遮られる。

「しゃるるん」

「うん、本音」

 お互いに顔を見合わせ、頷き合う二人。……なぜだか急に嫌な予感がしてきた。

 

「九十九、かゆい所ない?」

「あ、ああ、問題ない……いや、すまん。やはり耳の裏が痒い」

「ここだね。んしょ……」

「つくもん、腕上げて〜」

「こ、こうか?本音」

「おっけ〜。ゴシゴシ……」

 ……なんだこの状況?

 現在私は部屋のシャワールームでシャルに頭を、本音に体を洗われている。誤解無きように言っておくが、私は水着を、二人は濡れても困らない服(Tシャツにショートパンツ)を着ている。ちなみに左腕はシャワールームの外に出るような態勢になっている。

 二人で入れば窮屈になるシャワールームは、三人で一度に入った事でますます窮屈になっている。

 二人が何故こんな事をしているか?それはこの一言に集約される。曰く「好きな人にはいつでも清潔でいて欲しいから」……そういうものなのだろうか?

 とにかく、そんなこんなであれよあれよという間にこの状況だ。繰り返す。……なんだこの状況?

「本音、こっちは終わったよ」

「こっちもおっけ〜だよ〜」

「じゃあ、泡を流すね」

 そう宣言したシャルが私に頭からシャワーを浴びせる。泡とともに汗と疲れが流れて行くような気持ちがして、こんな状況ではあるがつい吐息が漏れた。

「ふう……さっぱりした。ありがとう、二人と……も……」

「?」

「どうしたの~?つくもん」

 二人に礼を言おうと振り返った私の目に飛び込んできたもの。それは、跳ねた水がかかって濡れたシャツを肌に張り付けた、えらく扇情的な姿の二人だった。下着をつけていないのか『さくらんぼ』が透けて見えていて、私は気まずさに視線を逸らす。

「あの、二人とも……見えてるんだが……」

「え?……あっ」

「いやん、つくもんのえっち〜♪」

 頬を赤らめ、ぱっと胸元に手をやる二人。その姿すら、どこか色っぽさが漂っている。……この先の生活で私の理性が焼き切れないか本気で心配になってきた。

 

 シャワーを浴び終え、体を拭こうと脱衣所に出ると、そこに無いといけない物が無かった。

「あれ?しゃるるん、タオルがないよ~?」

「あ、ほんとだ。ちょっと取ってくるね」

「わたしもいくよ~」

 そう言って、二人はシャワールームからいったん出ようとする。そこで、私はふとある事が気になった。

 ……あれ?そういえば、部屋に入った後ドアの鍵閉めたっけか?

 そう思った次の瞬間、ガチャリとドアの開く音がして、このタイミングでは決して聞きたくなかった男の声が聞こえてきた。

「九十九、その怪我じゃ風呂入りにくいだろ。手伝ってやりに……来た……ぜ?」

「「……〜〜〜〜っ!?」」

 そして鉢合わせる二人と一夏。数瞬の沈黙の後、二人の顔が一瞬で真っ赤に染まる。……よし、殺るか。

「「きゃあああああっ!?(一夏にあられもない恰好を見られた事への羞恥の悲鳴)」」

「きゃあああああっ!!(一夏が二人のあられもない恰好を無遠慮に見た事に対する怒りの絶叫)」

「きゃあああああっ!?(金的蹴りを受けた事による断末魔の絶叫)」

 私の一撃を受け、ごとりと床に沈む一夏。二人は脱衣所に舞い戻って真っ赤な顔で蹲っていた。

「一夏、ノックとは?」

「人類最高の発明であります……サー」

 ぷるぷると震え、苦悶に満ちた声で答える一夏。

「二人に何か言う事は?」

「誠に申し訳ありませんでした……」

 脂汗を流し、股間を押さえつつ謝罪を口にする一夏。それが聞こえたのか、シャルと本音が脱衣所から顔だけ出した。

「う、うん、いいよ。許してあげる」

「おりむーもわざとじゃなかっただろうし〜」

「だそうだ。二人の厚情に感謝しろ。したら帰れ、邪魔だ」

「あ、ありがとうございます……失礼しました」

 のろのろと立ち上がり、内股で部屋から出ていく一夏。まったく、あいつは一体何回同じ失敗をすれば気が済むんだか。

 この後、気を取り直した二人に「片手じゃ拭きにくいでしょ」と濡れた体を全身くまなく拭かれた。さらに着替えを手伝おうとしてきたが、さすがにそれは断った。

 なお、夕飯は「片手でも食べやすいように」というシャルの配慮で特製クリームシチューだった。その気遣いがなんだかこそばゆくも嬉しかった。

 

 

「皆さん、先日の学園祭ではお疲れ様でした。それではこれより、投票結果の発表をはじめます」

 その翌日、ついに部活対抗織斑一夏・村雲九十九争奪戦の結果発表が行われる運びとなった。

 体育館に集まった全校生徒が一斉に唾を飲む音が聞こえた……ような気がした。しかし、緊張の面持ちで発表を待つ皆には悪いが……。

「結果は分かりきっているんだよな、実は」

「だね~」

「うん。僕もそうじゃないかなって思ってる」

「え?何だ三人とも、結果が分かってるってどういう……」

 一夏が私達への質問を言い切る前に、楯無さんが一位を発表する。

「一位は、生徒会主催の観客参加型演劇『シンデレラ』です!」

「「「……え?」」」

 ほら、思った通り(原作通り)だ。楯無さんの発言に、全校生徒がぽかんと口を開く。数秒の沈黙の後に我に返った生徒達からブーイングが巻き起こる。

「卑怯!ずるい!イカサマ!」

「なんで生徒会なのよ!おかしいわよ!」

「私達がんばったのに!」

 そんな苦情をまぁまぁと手で制し、楯無さんは言葉を続ける。

「劇の参加条件は『生徒会に投票する事』よ。でも、私達は別に参加を強制したわけではないから、立派に民意と言えるわね」

 なんとも用意周到な計画だ。出し物への参加を促すための餌として私達を使い、その上で最終的に生徒会の勝利とするために参加条件を『生徒会への投票』と設定。

 あの時の最終的な参加者数は129人。全投票者(生徒)の実に3割強に当たる人数だ。これだけ票を集められては、他の部活に勝ち目はない。

 おまけに『参加は強制ではない』ため、彼女達は自分の意志で舞台に上がった(生徒会に投票した)事になる。確かにこれでは文句をつけられないな。

 もっとも、それで収まるほど今回の一件は簡単ではないらしく、生徒達のブーイングは止まらない。

「はい、落ち着いて。生徒会メンバーになった織斑一夏くんと村雲九十九くんは、適宜各部活動へ派遣します。男子なので大会参加は無理ですが、マネージャーや庶務をやらせてあげてください。それらの申請書は、生徒会に提出してください」

「……はい?」

 ……やはりそうくるか。

 楯無さんの発言を受け、周囲からブーイングが消えた。かわりに「ま、まあ、それなら……」「し、仕方ないわね。納得してあげましょうか」「うちの部活勝ち目なかったし、これはタナボタね!」などといった声が上がる。

 そしてすぐさま、各部活動のアピール合戦が始まる。

「じゃあまずはサッカー部に来てもらわないと!」

「何言ってんのよ、ラクロス部の方が先なんだから!」

「調理部もいますよ〜」

「はい!はいはい!茶道部ここです!」

「剣道部は、まあ二番に来てくれればいいですよ?」

「柔道部!寝技、あるよ!」 

 −−私と一夏の意思はどうなるのだろうね?まあ考えても無駄か。なぜなら彼女は『更識楯無』なのだから。

「それでは、特に問題もないようなので、織斑一夏くん、村雲九十九くんは生徒会へ所属。以後は私の指示に従って貰います」

 楯無さんがそう締めると、生徒達から拍手と口笛がわき起こる。

「あの時の楯無さんのあの言葉……そういう意味だったのか……」

 何かを思い出して一夏がポツリと呟いて項垂れる。

 あの人は本当に、どこまで本気か分からない。ただ一つだけ分かっている事があるとすれば、あの人には逆らっても無駄である。という事くらいだった。

 

 

「織斑一夏くん、村雲九十九くん、生徒会副会長と生徒会庶務着任おめでとう!」

「おめでと〜」

「おめでとう。これからよろしく」

 楯無さん、本音、虚さん。三者三様の祝いの言葉の後、クラッカーがパパーンと鳴った。

 場所は生徒会室。マホガニーのテーブルが窓を背にして鎮座しているのが印象的だ。まさに権力者の象徴だな。

「……なぜこんなことに……」

「何を言う。これ以上ない見事な解決法だぞ。元はと言えば、私達が部活動に所属していなかったのがいけないんだしな」

「そういうこと。学園長からも、生徒会権限でどこかに入部させるようにって言われてね」

「つくもんとおりむーがどこかに入れば〜、一部の人は諦めるだろうけど〜」

「その他大勢の生徒が『うちの部活に入れて』と言い出すのは必至でしょう。そのため、生徒会で今回の措置を取らせていただきました」

 生徒会三人娘の見事な連携。流石は幼馴染みだけの事はある。一夏はこれ以上の抵抗は無意味と悟ったらしく、がっくりと肩を落とした。

「俺と九十九の意思が無視されている……」

「今更だろう。諦めて今を受け入れた方が楽だぞ?」

「なぁに一夏くん、こんな美少女が三人もいるのに、ご不満?」

「そうだよ~。おりむーは美少女をはべらかしてるんだよ〜。わたしはつくもん専用だけど〜」

「美少女かどうかは知りませんが、ここでの仕事はあなた達に有益な経験となるでしょう。それから本音、その言い方は止めなさい。誤解を招くわ」

 とりあえず、この中でまともなのは虚さんしかいないと一夏は思ったらしく、虚さんにこれからの仕事について訊いていた。

「えーと……とりあえず、放課後に毎日集合ですか?」

「当面はそうしてもらいますが、派遣先の部活動が決まり次第そちらに行ってください」

「わ、わかりました」

「了解です」

「ところで……ひとつ、いいですか?」

「なんですか?」

「何か私達に聞きたい事でも?」

 虚さんにしては歯切れの悪い物言い。……ん?そういえば確か原作で虚さんは……。

 一夏が虚さんの事を不思議そうに眺めていると、さらに二回ほどいいにくそうにしながらやっと小声で口を開いた。

「学園祭の時にいたお友達は、なんというお名前ですか?」

「え?あ、弾のことですか?あいつは−−」

「あいつは五反田弾。私と一夏の共通の友人です。市立高校に通っていますよ」

「っておい、俺のセリフ取んなよ」

「そ、そう……ですか。年は二人と同じですね?」

「ええ、そりゃまあ」

「誕生日まで勘定に入れれば、一夏の三月上、私の二月下ですね」

「……二つも年下……」

「え?」

「ん?」

「なんでもありません。ありがとうございました」

 そう言って虚さんは丁寧なお辞儀をする。その頬が微かに赤かったのは、気のせいではないだろう。

「さぁ!今日は生徒会メンバーが揃った記念と一夏くんの副会長就任、九十九くんの庶務就任を祝ってケーキを焼いてきたから、みんなでいただきましょう」

「わ~。さんせ〜」

「では、お茶を淹れましょう」

「ええ、お願い。本音ちゃんは取皿をお願いね」

「は〜い」

 作業分担は基本のようで、三人は息の合った連携であっという間に準備を進めていく。

 そうして並べられたショートケーキは、実に美味そうだった。

「それでは……乾杯!」

「かんぱ〜い」

「乾杯」

「一夏、かんぱい(完敗)

「いや待て九十九。字違わないか?」

「そんな事はない。ほら、乾杯」

「……乾杯……はぁ……」

 

 こうして、様々な波乱のあった学園祭は幕を閉じ、私達の生徒会入りが決定した。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『プリーズ!プリーズギブミーモア鈴ちゃん!』と目の幅涙流しながら叫んでいる気がした。

 ……残念ながら、鈴は二組だからいないんだ。

 

 

『報告は以上です』

「ご苦労様。引き続き『亡霊』の監視をお願いするよ、ラタトスク」

『はい、社長。失礼します』

 

ピッ

 

 携帯での通話を終え、胸ポケットに戻す。机の引出しから葉巻を一本取り出し、先端をナイフで切って火を点けて吸い込む。 吐き出される紫煙はバニラに似た香りで男の昂ぶっていた心を僅かに落ち着けてくれた。

 

トントン

 

『僕だ。今いいかい?』

 戸を叩き、声をかけてきたのは男の古い友人。現在は自分の秘書のような役目を引き受けてくれている。

「ああ、入ってくれ」

 

ガチャリ

 

 戸を開けて入ってきた友人は、男に近付きながら話しかける。

「ムニンから聞いたよ。連中が彼らに接触したそうだね」

「ああ、奴らもそろそろ本格的に行動を開始するだろうな。これから忙しくなるぞ」

 男はそう言うと、灰皿に葉巻を押し付けて消した。

「待っていろ、亡国機業。貴様らに約束された敗北をくれてやる」

 そういう男の目は、爛々と輝いていた。




次回予告

騒動がないというのはいい事だ。
誰だっていつも事件の真ん中になんていたくない。
だが、えてして騒動とは向こうからやってくるものだ。

次回「転生者の打算的日常」
#46 平穏

少しでも長く続けと思うのは、いけない事か?

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