転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#44 霧纏淑女

「はい。この機会に『白式』と『フェンリル』をいただきたいと思いまして」

 仮面のような笑顔を一切崩さず、自称巻紙礼子はそう口にした。

「……は?」

「何かの冗談ですかな?巻紙礼子さん」

「はっ!冗談でてめぇらみてえなガキと話すかよ。いいからとっととよこしやがれよ」

 瞬間、自称巻紙の雰囲気が豹変した。柔和な企業人からチンピラヤクザに早変わりだ。

 しかしその割に、粗暴な口調と浮かべている表情が全く合っていない。チンピラ口調でニコニコ顔とか、見ていて滑稽でしかない。

 顔と声の温度差が激しすぎて呆けている一夏の腹に自称巻紙が蹴りを見舞う。その衝撃で一夏はロッカーに叩きつけられた。

「一夏!」

「オラ、てめぇもだ!」

「くっ!」

 さらに、私に対しても蹴りを入れてくる自称巻紙。咄嗟に防御をしたものの、衝撃で軽く吹き飛ぶ。

「あーあ、クソったれが。顔、戻んねえじゃねえかよ。この私の顔がよ」

「ゲホッ!あ、あなた一体……」

「あぁ?私か?私は……」

「IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当、巻紙礼子……になりすました裏組織の人間。要は『敵』だ、一夏」

「私のセリフを取んじゃねえよてめぇ。でもまあ、そういうこった。おら、嬉しいか」

 倒れている一夏に追撃の蹴りを浴びせようとする自称巻紙。しかし、目の前の相手が『敵』だと分かった一夏の行動は早い。倒れた姿勢のまま床を転がって蹴りを回避すると、そのまま立ち上がって『白式』を呼ぶ態勢を取る。

 それに合わせて、私も『フェンリル』を展開する。

「来い!『白式』!」

「始めるぞ、『フェンリル』」

 ISスーツに着替える暇などないため、緊急展開でスーツごと呼び出す。それによって衣服を量子分解して再構築する。その分エネルギーを大きく消耗するが、この際些細な問題だ。目の前に(一夏的に)正体不明の敵がいるのだから。

「一夏、言ったはずだぞ。この女は何かが怪しいから、もう一度会ったら警戒しろと」

「すまねえ。ほんとにそうだとは思ってなかった」

「私達は良くも悪くも注目の的だ。近づいてくる者を全員警戒しろとは言わないが、初対面の相手に安易に心を許すな」

「おう、心掛けとく」

 私達がISを展開すると、自称巻紙はその貼り付けたような笑みをようやく崩す事に成功する。

「待ってたぜぇ、そいつらを使うのをよぉ」

 その目は切れ長で美しいが邪悪に満ちていて、口を開く度に飛び出す舌と相まってさながら蛇のようであった。

「ようやっとこいつの出番だからさぁ!」

 スーツを引き裂きながら、自称巻紙の背後から鋭利な『爪』が飛び出す。蜘蛛の足に似たそれは、黄と黒という禍々しい配色で、先端が刃物になっている。あのISの配色と形状……やはりここは原作通りか。

 

「くらいな!」

 背中から伸びた八本の装甲脚、その先端が開いて、銃口を露わにする。

「くそっ!」

「《スヴェル》」

 

ズンッ!

 

 自称巻紙の照準と同時に私は前方に《スヴェル》を展開して防御。一夏は脚のスラスターを床に叩きつけると同時に最大噴出で天井に緊急回避を行う。

「はっ!やるじゃねえか!」

「それはどうも」

 《スヴェル》を収納しつつ《狼牙》を展開して射撃。身を捻って躱す自称巻紙に、《雪羅》をクローモードで起動した一夏が迫る。

「なんなんだよ、あんたは!?」

 ビームクローによる斬撃を後ろに飛んで躱しながら、自称巻紙は言葉を続ける。

「ああん?知らねえのかよ、悪の組織の一人だっつーの!」

「ふざけん−−」

「一夏、この女はふざけてなどいないぞ。なあ、秘密結社『亡国機業(ファントム・タスク)』特殊工作員のオータムさん」

「てめぇは知ってるみてえだな、村雲九十九。その通りだよ!おら、くらえ!」

 自称巻紙改めオータムは完全にISを展開すると、PICの細かな制御で一夏の追撃を躱し、同時に装甲脚の銃口から実弾射撃を行ってくる。

 計八門の集中砲火。左右から迫ってくるそれを、一夏は真上に跳んで、私はロッカーを利用しながらオータムの後ろに回るように躱す。

 天井に足をつき、逆さまの状態からスラスターを吹かし、前転気味にオータムの懐へ飛び込む一夏。同時に構築した《雪片弐型》を右手に握って、一気に斬りかかる。それに合わせて、私は《レーヴァテイン》を展開。後方から一気に接近して斬撃を加える。

 原作では『アラクネ』の装甲脚は前方にのみ可動していた。ならば、後方から迫る私の斬撃は受け止められないはず。

(とった!)

「甘えんだよ!てめぇら!」

「なっ!?」

 しかし、その予測は正しくなかった。なんとオータムは一夏の《雪片弐型》を右の四本で、私の《レーヴァテイン》を左の四本を後ろに曲げて受けきったのだ。

「くそっ!」

 一夏は装甲脚に挟まれた刀身を抜こうとするが、押しても引いてもどうにもならずにいた。

 私も《レーヴァテイン》を抜こうとしたが、引き抜けなかったため手放す事を選択。オータムから離れる。

 その間にオータムは両手にマシンガンを構築、一丁を一夏に、もう一丁を私に向けて撃ってくる。

「ぐうっ!」

「ちいっ!」

 回避しきれずに被弾したうちの数発がシールドバリアを貫通。私の体に衝撃を伝えてくる。

 肉体は絶対防御で守られているが、その痛みまでは消してはくれない。《雪片弐型》を抜こうとしていた一夏は私以上にダメージを受けているはずだ。

 すると一夏は《雪片弐型》をいったん手放し、ウィングスラスターの逆噴射で後方宙返り。弾丸を回避しながら銃身を蹴り上げて飛ばし、続けて《雪片弐型》も装甲脚から奪還する。

「ハハハ!やるじゃねえかよ、ガキ共!この『アラクネ』相手によお!」

「その機体……やはり『アラクネ』だったか」

「知ってんのか!?九十九!」

 一夏は回避と接近、私は回避と牽制射撃を同時に行いつつ会話する。障害物の多い更衣室だが、楯無さんとの特訓で得たマニュアル操作技術がそれを可能にしていた。

「ああ、今から一年半前にアメリカ軍の基地から強奪された第二世代機だ。その最大の特徴は……」

 話をしながらも攻撃の手は緩めない。《狼爪》を両手に展開して一斉射撃。それを囮に一夏が斬撃を繰り出すが……。

「ハッ!あぶねぇあぶねぇなぁ……っと!」

 一夏はオータムを捉えきれず、その攻撃は何度となく躱される。

「背部装甲脚それぞれに独立したPICを展開する事で、極めて複雑かつしなやかな機動が可能である事だ。まさに『王蜘蛛(アラクネ)』の名に恥じん動きだな」

「ハッ!ホントによく知ってやがんなぁ、おい!だったらよぅ……ついでに教えてやんぜ」

 降り注ぐ銃弾の雨を円状制御飛翔(サークル・ロンド)で躱しながら、チャンスを待つ私達にオータムは邪悪な笑みを浮かべて言い放つ。

「第二回モンド・グロッソで織斑一夏、てめぇを拉致したのはうちの組織だ!感動のご対面だなぁ、ハハハハ!」

「−−!!」

 オータムの言葉に一夏の頭が一瞬で沸点を超えたのが分かった。怒りの感情に身を任せてオータムに突撃する一夏。

「だったら、あの時の借りを返してやらぁ!!」

「一夏!待て!そいつ、なにか企んでるぞ!」

「クク、やっぱガキだなぁ、てめぇ。こんな真っ正面から突っ込んで来やがって……よ!」

 オータムが指先であやとりのようなものを弄り、それを突っ込んでくる一夏目掛けて投げつけた。次の瞬間、エネルギー・ワイヤで構成されたその塊は一夏の目の前で弾けて巨大な網に変わった。

「くっ!このっ−−!!」

 エネルギーで構成されたその網は、一夏が雪羅を展開するより早く一夏を絡め取ってしまう。

「ハハハッ!楽勝だぜ、まったくよぉ!クモの糸を甘く見るからそうなるんだぜ?」

「一夏!くそっ、一夏を放して貰うぞ、オータム!」

 《レーヴァテイン》を再度展開してオータムに突撃する。が、目的は一夏救出ではない。私の目的は……。

「だからガキだってんだよ、てめぇらは!」

「しまっ……うぐっ!」

「九十九!」

 オータムの放ったエネルギー・ワイヤに絡め取られてしまう私。だがこれでいい。このままで推移すれば……。

「んじゃぁ、お楽しみタイムと行こうぜ」

 もがく私達に胸糞悪い笑みを浮かべたオータムが近づいてくる。その手には縦横40cm程の箱に四本の脚がついた装置が二つ握られている。

「それは……まさか!」

「おいおい、これも知ってんのかよ。マジで何なんだてめぇ。まあいいか。さぁて、お別れの挨拶は済んだかぁ?ギャハハ!」

「なんのだよ……?」

 装置が私と一夏に取り付けられる。胸部から接触したそれは、脚を閉じて私達の体を固定する。

「決まってんだろうが、てめぇらのISとだよ!」

「なにっ!?」

「くっ、やはりか!やはりそれは……!」

 刹那、私の体を電流に似たエネルギーが流れた。

「があああああっ!!」

「ぐうううううっ!!」

 全身を引き裂かれるかのような激痛が襲い、私と一夏は苦痛に呻く。その間、オータムの楽しそうな哄笑を上げているのが、やけにはっきりと聞こえた。

 

「さて、終わりだな」

 電流が収まり、装置のロックが外れると同時に、エネルギー・ワイヤから解放された。素早く自分の体を見回して現在の状態を確認する。そこには、あるべきものが無かった。……成功だ。後はあの人の登場を待てば……。

「うおおっ!」

 そう考えている間に一夏がオータムに全力で殴りかかろうとしていた。

「待て、一夏!今のお前では!」

「当たらねえよ、ガキ!ISのないてめぇじゃなぁ!」

 私の制止は間に合わず、一夏は逆に腹を蹴られて再びロッカーに叩きつけられる。その痛みで一夏は『白式』が無い事にようやく気づく。

「何が起こったんだ……『白式』!おい!」

「一夏。『白式』と『フェンリル』なら……あそこだ」

「なにっ!?」

 私が指差した先にいるのは、ニヤニヤ笑いを浮かべたオータム。

 その手には二つの正八面体のクリスタル……『白式』と『フェンリル』のコアが握られている。第二形態まで発展した証として、通常の球型コアよりも強い輝きを放っている。

「そんな……なんで……!?」

「さっきの装置はなぁ!リム−−」

「《剥離剤(リムーバー)》。ISの強制解除を可能とする、条約違反の兵器だ。どこかで極秘に研究・開発されているらしいとは聞いていたが、まさか生きている内に目にするとはな……」

「てめぇ……さっきから私のセリフを取ってんじゃねえぞ、コラ!」

 私に何度となく台詞を奪われた事に腹を立てたのか、オータムが私に蹴りを入れてきた。咄嗟に左腕で防いだが、衝撃までは殺し切れず、私はロッカーに叩きつけられる。

「ぐはっ……」

 防いだ腕からミシリという嫌な音がした事から、かなり強力な一撃だ。おそらく、もう一度今の攻撃を同じ場所に受ければ腕が折れるのではないだろうか。

「したり顔で語りやがって、このクソガキがぁ!」

 ロッカーにもたれかかる私をさらに蹴りつけてくるオータム。その蹴りの狙いは前のオータムの一撃を防いだ腕。私は受けたばかりのダメージから立ち直りきれておらず、その一撃をまともに受けてしまう。

 瞬間、メキッという生木をへし折ったような音と共に私の腕の骨が折れ、さらに吹き飛ばされて床に叩きつけられる。

「ぐうっ……くっ、う、腕が……!」

「九十九!」

「ヒャハハ!いい音がしたなぁ、オイ!」

 折れた腕を押さえて床に倒れ込む私を、オータムは下卑た笑みを浮かべて見下ろしている。

「じゃあなクソガキ、てめぇにもう用はねぇ。ここで殺してやるよ、織斑一夏共々なぁ!」

 その笑みを浮かべたままオータムがそう告げた時、場にそぐわない楽しげな声が響いた。

「あら、そういうのは困るわ。その二人、私のお気に入りと身内の恋人だから」

 声のした方を見ると、ドアの前に楯無さんが立っていた。その手にはいつもの扇子が握られている。これに慌てたのはオータムだ。

「てめぇ、どこから入った!?今ココはシステムをロックしてんだぞ!……ちっ、まあいい。見られたからにはてめえから殺す!」

「楯無さん!」

 身を翻し、楯無さんに襲いかかるオータム。その八本の装甲脚が楯無さんを切り刻まんと迫る。

「私はこの学園の生徒たち、その長。ゆえに、そのように振る舞うのよ」

「はあ?なに言ってやがんだ、てめぇ!」

 刹那、オータムの装甲脚が楯無さんの全身を貫いた。

 

 

 目の前で起きた惨劇に、一夏が怒りの声を上げた。

「楯無さん!!楯無さんを……よくも、てめぇ!」

「一夏、落ち着け」

「これが落ち着いてられるかよ、九十九!楯無さんが殺されたんだぞ!」

「だったら、あれはどう説明する?」

「あれって……え?あれ?」

「………………」

 装甲脚に全身を貫かれたはずの楯無さんは、まるで痛痒を感じていないかのように余裕の表情を崩さない。

 よく見ると、『アラクネ』の脚が貫いている箇所から、一滴の血さえ流れていない。その事は、貫いた当の本人であるオータムにも少なからず疑念を与えたようだ。

「なんだ、てめぇ……?手応えがないだと……?」

「うふふ」

 楯無さんが微笑を浮かべると同時、その姿が崩壊する。楯無さんだったものは、パシャッと音を立てて拡散した。

「!?こいつは……水か?」

「ご名答。水で作った偽物よ」

 たっぷりと余裕を感じさせるその声は、オータムの真後ろからした。ギクリとして振り返るオータムを、楯無さんは手にしたランスでなぎ払う。が、その攻撃をオータムは後ろに飛んでぎりぎり回避する。

「くっ……!」

「あら、浅かったわ。そのIS、なかなかの機動性を持っているのね」

「なんなんだよ、てめぇはよぉ!」

「更識楯無。そして、IS『ミステリアス・レイディ』よ。覚えておいてね」

 そう言って、楯無さんはニコリと微笑んだ。

「あのIS……一体……」

 一夏がポツリと呟いたので解説してやる事にする。

「あれが、IS学園生徒会長にして現ロシア国家代表、更識楯無の駆るIS『ミステリアス・レイディ』だ」

 

霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)

 ロシア製第三世代IS『モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)』を更識楯無本人が自分仕様に強化改修した中距離汎用型IS。

 最大の特徴は、アクア・ナノマシンを混入した水を自在に制御する、攻守一体の戦闘スタイルだ。

 一見すればアーマーの面積は狭く小さいが、機体各部のウォーターサーバーから放出された水を、黒いリボン状のクリリノンフレームで制御して液状防御フィールドを形成する事で、見た目以上を防御力を持つ。

 更に、左右に三個一組で浮いている《アクア・クリスタル》という名のビットからも水のヴェールが展開され、マントのように操縦者を包む事で対弾性を更に高めている。

 

「とまあ、こんな所か」

「あら、おねーさんのISの事、よく知ってるみたいね。それじゃあ、これは知ってる?」

 そう言うと、楯無さんは大型ランスを展開。その表面に水が螺旋状に流れ、ドリルのように回転を始める。

 四連装ガトリングガン内蔵ランス《蒼流旋(そうりゅうせん)》。『ミステリアス・レイディ』のメイン武器だ。

「私を前に随分余裕じゃねぇか、えぇ!?決めたぜ、てめぇら全員ここで殺す!」

「うふふ、なんていう悪役発言かしら。これじゃあ私が勝つのは必然ね」

 そう言って、楯無さんはランスによる攻防一体の攻撃を開始する。

 背部の8本の装甲脚、更に自身の腕2本を加えた計10本による攻撃を繰り出すオータムに対し、たった一本のランスでそれらの攻撃を全て凌ぎきる楯無さん。なんという技量、これが現ロシア代表の実力か。私は我知らず身震いしていた。

「くそっ!ガキが、調子づくなぁ!」

 腰部装甲から二本のカタール《ルームシャトル》を抜いたオータムは、自身の腕を近接戦闘に、装甲脚を射撃モードに切り替えて楯無さんに応戦する。

「そんな雑な攻撃じゃ、水は破れないわ」

 嵐の如き実弾射撃は、しかし水のヴェールで全て受け止められ無効化されていく。弾丸はヴェールに当たった瞬間に勢いを失い、水に捕らえられて止まっている。

「ただの水じゃねぇなぁ!?」

「あら鋭い。この水は−−」

「その水はISのエネルギーを伝達するナノマシンによって制御され、楯無さんの思い通りに動く。弾丸を受け止めるくらい、造作もないだろうさ」

「九十九くーん、おねーさんのセリフとらないでねー」

 会話をしながらも、楯無さんの手は止まらない。オータムの巧みなカタール二刀流の攻撃を、ランスで受けては逸らし、必要とあれば脚まで使って完全に封殺していた。

「なんなんだよ、てめぇは!?」

「二回も自己紹介しないわよ、面倒だから」

「うるせぇ!」

 自分の攻撃を完全にやり過ごされているオータムの顔が、次第に苛立ちに歪んでいく。

 そんな反応も楯無さんにとってはどこ吹く風。なんとも涼しげな表情で、しかし的確にオータムの攻撃を潰している。

「ところで知ってる?この学園の生徒会長というのは、最強の称号だということを」

「知るかぁ!」

 左のカタールを投擲し、同時に一気に距離を詰めるべく跳ぶオータム。楯無さんがカタールを弾いた瞬間を逃さず、ランスを下から蹴り上げて楯無さんの態勢を崩した。

「あらら」

「くらえ!」

 背部装甲脚のうち、4本を射撃モード、残り4本を格闘モードにしたオータムの猛攻が始まった。

「これはさすがに重いわねぇ」

「その減らず口、いつまで続くかぁ!?最強?笑せんなよ、ガキ!」

 オータムの言葉通り、IS『アラクネ』の圧倒的な手数に楯無さんは次第に押されていく。装甲で守られているとはいえ、その攻撃が少しづつIS本体に届きだしていた。

「た、楯無さん!」

「待て、生身で何をする気だ一夏」

「九十九くんの言う通り。二人とも休んでなさいな。ここはおねーさんにお任せ。君達は君達の望みを強く願ってなさい」

「ガキが!余裕ぶるんじゃねぇよ!」

 ついに楯無さんの鉄壁ガードを崩したオータムが、装甲脚で楯無さんを弾き飛ばし、同時に両手で練り込んだ蜘蛛の糸(エネルギー・ワイヤ)を放出、楯無さんの動きを完全に封じ込めた。

「はぁ……はぁ……てこずらせやがって……クソガキがぁ!」

 勝ち誇ったような声を上げるオータム。それでもなお、楯無さんは余裕の笑みを崩していなかった。

 

「九十九、さっきの楯無さんの言葉って……」

「一夏。うちの諜報員からの情報によると、《剥離剤》には二つの弱点……というか欠点があるそうだ。一つは一度使うと使われたISコアに耐性ができて二度目以降が通用しない。もう一つは……」

「もう一つは……?」

「引き離す性質の《剥離剤》に対して耐性ができるため、コアが遠隔コールを身につけてしまい、引き離した意味が無くなる」

「それって……」

 痛む左腕を庇いつつ立ち上がる私。それに倣って一夏も立ち上がる。

「私から言えるのはこれだけだ。信じろ、お前の『白式』を。私も『フェンリル』を信じる」

「九十九……おうっ!」

 力強く答えた一夏は、『白式』を呼ぶ時のポーズ−−左手で右腕を掴む−−をとり、意識を集中していく。それに倣い、私も『フェンリル』を呼び出す時のポーズ−−胸元のドッグタグを右手で弾く−−をとって、集中を高める。『フェンリル』、私はここだ。さあ、応えてくれ……。

 

 

「うーん、動けなくなっちゃった」

「今度こそもらったぜ……」

 

ジャキンッ!

 

 金属音を立て、8本の装甲脚を構えたオータムがゆっくりと楯無に近づいていく。

 しかし当の楯無はと言えば、特に焦った様子も、怯える様子もない。その事が、オータムの神経を余計に逆なでる。

「てめぇ……随分余裕−−「ねえ、この部屋暑くない?」あぁ?」

 突然の楯無の質問にオータムが訝しげな顔をする。

「温度ってわけじゃなくてね、人間の体感温度が」

「何言ってやがる……?」

「不快指数っていうのは、湿度に依存するのよ。−−ねぇ、()()()()()()湿()()()()()()()?」

「!?」

 ギクリとしたオータムが見た物。それは、部屋一面に漂う霧。しかも、自分の体にまとわりつく、異様なほど濃い霧だった。

「そう、その顔が見たかったの。己の失策を知った、その顔をね」

 にっこりと、女神のような微笑を浮かべる楯無。しかし、その表情には死神の鎌の如き必殺の意図が含まれている。

「『ミステリアス・レイディ』……『霧纏の淑女』を意味するこの機体はね、水を自在に操るのよ。さっき九十九くんが言ったように、エネルギーを伝達するナノマシンによって、ね」

「し、しまっ−−」

「遅いわ」

 

パチンッ!ズドォンッ!

 

 楯無が指を鳴らした次の瞬間、オータムの体は爆発に飲まれた。

「あはっ、何も露出趣味や嫌味でベラベラと自分の能力を明かしているわけじゃないのよ?はっきりこう言わないと、驚いた顔が見られないもの」

 『清き熱情(クリア・パッション)』霧を構成するナノマシンがISから伝達されたエネルギーを一斉に熱に転換する事で水を一瞬で蒸発させて、対象を爆破する『ミステリアス・レイディ』の技の一つ。簡単に言えば、水蒸気爆発を兵器転用した物だ。

 密室のような限定空間でないと効果的な使用は出来ないとはいえ、あらゆる行動と同時に準備を行えるこの技は、実戦において高い有用性を誇る。

「ぐ……がはっ……ま、まだだ……!」

「いいえ、もう終わりよ。ね、一夏くん、九十九くん」

 オータムは嫌な予感がして、後ろを振り向いた。そこで見たのは、右腕を左手で掴み、意識を集中する一夏と、胸元に右手を添え、同じく意識を集中する九十九の姿だった。

「……来い、『白式』!」

「……始めるぞ、『フェンリル』!」

 二人の全身が光に包まれ、そして−−

 

 

「来い、『白式』!」

「始めるぞ、『フェンリル』!」

 私達の呼び声に応え、一夏の右手と私の右手にそれぞれコアが召喚された。

「『白式』緊急展開!《雪片弐型》最大出力!」

「『フェンリル』緊急展開!《ヘカトンケイル》右手5、左手5、同時展開!」

 コアは光の粒子へと変わり、私の、一夏の全身を包んでいく。

(−−上手く行った!これなら!)

 完全に展開を完了した『フェンリル』と意識を同調、オータムに向けて《ヘカトンケイル》を飛ばす。それと同時に『零落白夜』を発動した《雪片弐型》を大上段に構えた一夏がオータムに向けて突撃する。

「なあっ!?て、てめぇら、一体どうやって−−」

「教えてやる義理はない!左腕の礼だ!受け取れ!」

「言っとくけど、俺も知らねぇからな!食らいやがれ!」

「ぐうううっ!」

 まずは一夏の斬撃を脅威と判定してか、8本の装甲脚全てを集中させて受け止めるオータム。だが、私から言わせれば……。

「それは悪手だ!オータム!」

「っ!?しまっ−−」

 オータムが受け止めた一夏の攻撃をブラインドにして、一斉にオータムに襲いかかる《ヘカトンケイル》。それがオータムに当たるのと、一夏の力押しの斬撃が装甲脚を切り裂くのはほぼ同時だった。

「な……」

 驚きに顔を染めるオータムの全身を、私の《ヘカトンケイル》が殴りつけた。

「私の腕一本持って行ったんだ、ついでにもう十本持って行け!」

「ガッ、ギッ、グッ、ゲッ、ゴッ!」

 《ヘカトンケイル》に殴られた衝撃でオータムの体が僅かに浮き上がる。

「これで……どうだぁ!」

「ぐえっ!」

 さらにそこへ一夏の瞬時加速(イグニッション・ブースト)も加えたスラスター・フルブーストによる蹴りが決まり、オータムは壁に吹き飛ばされる。その威力は凄まじく、衝撃で壁の一部が崩れ、向こう側が見えている。……待て、確か原作ではこの後……。

「!一夏くん、九十九くん、その女を拘束して!」

「了解!」

「は、はい!」

「く、くそ……ここまでか……!」

 

プシュッ!

 

 圧縮空気の音を響かせ、オータムのISが操縦者から離れる。

「何!?」

「まずい!これは……」

「二人とも!」

 その数秒後、無人となったIS『アラクネ』は閃光とともに大爆発を起こした。私達は巻き込まれる寸前の所で楯無さんの体に覆われて、事なきを得た。

「大丈夫?一夏くん、九十九くん」

 最大展開した水のヴェールが、私達を包んで守ってくれていた。いくらISには絶対防御があるとはいえ、あの位置で自爆に巻き込まれれば無傷とはいかなかっただろう。

「はい。こちらは問題ありません」

「俺も、なんとか……。あ!あの女は!?」

「逃げられたわ。ISのコアも、おそらく自爆寸前に取り出してるわね。装備と装甲だけを爆発させたみたい。それにしても無茶するわね。失敗すれば自分だって危なかったでしょうに」

 真剣な口調で話す楯無さんは、意外にもやけに格好良かった。

「そうですか……。ところで楯無さん」

「あの……そろそろ……」

「ん?」

「離してもらえます?」

「離してもらえると嬉しいんですが……」

 私達をかばった楯無さんは、爆発を背中で受けるように覆い被さってきた。つまり、彼女の胸元の『クッション材』が思い切り顔に当たっているのだ。

「やん。一夏くんと九十九くんのえっち」

「心外です」

「ち、ち、ちがいますよ!これは、その、緊急事態だったからで……」

「一夏くーん、言い訳なんて男らしくないなぁ。おねーさんのおっぱい、どうだった?」

「…………」

「だんまりはひどいなぁ」

「え、いや、その……や、柔らかかったです……けど……」

「九十九くんは?」

「……特に何も感じませんでした」

「あらそう。……で、本音は?」

「シャルがふかふか、本音がぽよんぽよんだとすれば、ぷにぷにでした」

「お二人さん」

「「は、はい」」

「えっち」

 もう何かを言い返す気力すら失せ、私達はがっくりと項垂れた。

 今日はとにかく色々ありすぎた。腹一杯シャルの手料理が食べたい。そんな気分だった。

「ところで一夏くん。これなーんだ?」

 そう言って楯無さんは指で『それ』を回して弄ぶ。

「……?王冠ですけど」

「やはり、なにか参加者達が必死になる特典があったんですね?」

「その通りよ。これをゲットした人が一夏くんか九十九くんと同じ部屋に暮らせるっていう、素敵アイテム」

「はぁ!?」

「何を考えている……なんて訊いても無駄でしょうね。何故ならあなたは『更識楯無』だから」

「うん」

「いや、うんって……。大体、俺や九十九と暮らして楽しいわけないでしょう」

「人によると思うぞ、一夏」

「ま、なんにしても、一夏くんの王冠をゲットしたのは、わ・た・し」

 楯無さんのこの言葉に嫌な予感がしたのか僅かに顔が青ざめる一夏。だがもう遅い。

「当分の間、よろしくね。一夏くん♪」

 疲れが出たのかなんなのか、一夏は諦めの表情を浮かべて背中から倒れたのだった。

 

 

 今回の一件、結局おいしい所は全て霧纏の淑女(更識楯無)が持っていく事になった。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『いいな~、我も鈴ちゃんと同棲とかしてみたいわ〜』と羨ましそうに言った気がした。

 ……いや無理でしょ、あんた神でしょ?

 

 

「ところで九十九くん。あなた、左腕怪我してなかった?」

「え?……あ」

 楯無さんのその一言を受けて、ふと左腕を見る。そこには赤黒く腫れ上がった自分の腕があった。次の瞬間、顔から血の気の引く音がして、激痛が私を苛んだ。

「ぐわぁぁっ!痛い!思い出したら急に痛い!」

「九十九くん!ちょっ、大丈夫!?しっかりして!」

「九十九!?ちょっと待ってろ、今コアナンバー009呼ぶから!」

「落ち着け一夏、その衛生兵(メディック)はまずいから。回復というか改造されるから」

「と、とにかく医療室に急ぎましょう!」

 そう言って私の腕を掴んで引っ張ろうとする楯無さん。が、その掴んだ腕は。

「ぎゃああああっ!なぜ左腕を掴むんです!?楯無さん!」

「ああっ!?ごめんなさいっ!?」

「何やってるんですか、楯無さん!九十九の怪我が余計ひどくなるでしょうが!」

 勝利の余韻もどこへやら、まごう事無きグダグダ空間がそこにはあった。

 結局、私が医療室に行けたのはオータムが逃げてから30分近く経ってからだった。普段優秀な人ほど、パニックに弱いってほんとだな。




次回予告

祭りの終わりはいつだって寂しいものだ。
それが大きな祭りであれば特にもの寂しい。
だが、祭りの終わりは次の祭りの始まりでもある。

次回「転生者の打算的日常」
#45 学園祭(閉幕)

奴らの打つ次の一手、それは……。

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