♢
いよいよやって来た学園祭当日。一般開放はしていないため開始の花火こそ上がらないが、生徒達の弾けぶりはそれに匹敵する程と言えた。皆揃ってテンションが非常に高い。
「うそ!?一組であの織斑くんと村雲くんの接客が受けられるの!?」
「しかも執事の燕尾服!」
「それだけじゃなくてゲームもあるらしいわよ?」
「しかも勝ったら写真を撮ってくれるんだって!ツーショットよ、ツーショット!これは行かない手はないわね!」
「爽やかな熱血系イケメンか、クールな知性派イケメンか……迷うわ!」
「いっそ両方とか?」
「「「それだ!!」」」
とりわけ我が一年一組の『ご奉仕喫茶』は盛況で、朝から大忙しだった。と言うか、具体的には私と一夏が引っ張りだこな状態であり、他の接客係は普通に楽しそうにしている。
「いらっしゃいませ♪こちらへどうぞ、お嬢様」
特に楽しそうなのがメイド服姿のシャル。朝からずっとご機嫌スマイルだ。
恐らく、私が「似合っている」と言ったのもあるだろうが、
ちなみに
ボーデヴィッヒは提案者である以上当然だが、箒が接客係になったのは恐らく一夏の『ToLOVEる体質』を懸念しての事だろう。とは言え、一夏は「よく折れたよな、あいつ」と、それに全く気づいていないかのような口振りだったが。
しかしその箒の接客はといえば、常にぶすっとした仏頂面故にどうにも映えないし、一夏の順番待ちを訊かれる度に苛ついた様子を見せているために、現状あまり人気がいいとは言えない。
……まあ、想い人が人気者なのが気に食わないのは分かるが、それを顔に出すな。と言いたい。それはそれとして。
(ふむ……いいな)
メイド服を翻して働く一同に、私は不思議な高揚感を覚えていた。前に弾が『メイド服、スク水、そしてブルマ!これに反応しない男はいねえ!』と言っていたが、納得だ。
それはさて置いて、残りのクラスメイトはといえば、大きく二つの役割に分かれている。調理班と雑務班だ。
雑務班は切れた食材の補充やテーブル整理など、忙しそうに動き回っている。その中でも最も大変と言えるのは、廊下に出来た長蛇の列を整理するスタッフだと言えよう。
「すみませーん!こちら2時間待ちでーす!」
「ええ、大丈夫です。学園祭が終わるまでは開店してますから」
各種クレーム(9割待ち時間の苦情)にも対応していて、かなり忙しそうだ。
「なんか、朝より列が長くなってねえか?」
「確実にな。外のスタッフは大丈夫か?」
そう言いつつ、接客の合間を縫って一夏と共に教室から顔を出してみる。
「あ、最後尾の看板持ちますよ」
「ねえ、ゲームって何あるの?」
「ジャンケンと神経衰弱とダーツだって。それぞれ苦手な人のために選べるようにしてくれたみたい」
「ね~、まだ入れないの~?」
一年生教室の廊下を埋め尽くさんばかりの人だかり。その大人数に対応しているクラスメイトには頭が上がらんね、どうも。
「あっ!織斑くんだ!」
「村雲くんもいるわよ!」
しまった、見つかったか。そう思った次の瞬間、列整理のクラスメイトが数人飛んできて私達を教室に押し込んだ。
「こらー、出るなって言ったでしょー!」
「混乱度合いが上がるの!」
「お楽しみは最後まで取っておかないとね」
口々に私達の行動を非難するクラスメイト。上二つは分かるが最後の言葉の意味はなんだ?
「「「いいから戻る!」」」
そう言われてしまっては仕方ない。私と一夏は大人しく接客に戻る事にした。そこへ鈴がやって来て、一夏を伴ってテーブルについたとほぼ同時。
「おい、そこの執事。テーブルに案内しな」
と、後ろから声をかけられる。女性にしては低いトーンと極めて乱暴な口調。振り返ったその先にいたのは−−
「レヴェッカさん、お久しぶりです」
「はあ?何言ってんだお前?昨日、射撃訓練場で会ってんだろ」
「いえ、何となく。ところでレヴェッカさん。その格好は……?」
一年先輩でアメリカ代表候補生序列五位、『
「ん?ああ。アタシんとこ、アメリカンダイニングやってんだよ」
「なるほど、それで……」
「つっても、お前んとこにほとんど客持ってかれて閑古鳥鳴いてっけどな」
言ってカラカラと笑うレヴェッカさん。なんだか申し訳ない気持ちになった。
「つう訳で、暇潰しついでの敵情視察だ。オラ、案内しな」
「了解です。−−それではお嬢様、こちらへどうぞ」
「お嬢様って……アタシはそんな柄じゃねぇぞ」
「まあ、ルールですので」
「そうかい、んじゃあ仕方ねえな」
むず痒そうに後ろ頭をかくレヴェッカさんに苦笑しつつ、私は彼女を空いているテーブルに案内する。
ちなみにこの喫茶店の内装だが、学園祭とは思えないレベルの調度品がそこかしこに置いてある。これらは全てセシリアが手配した物だ。特にテーブルと椅子に対する拘りは半端ではなく、ワンセットいくらするのか訊くのが怖い程の高級感溢れる物ばかりだ。
すると当然ティーセットも拘り抜いた高級品となり、調理担当のクラスメイト達は手の震えを抑えるのに必死らしい。
「ご注文は何になさいますか?お嬢様」
「おう、そうだな……」
調度品の高級感に一切物怖じする様子を見せず、ドカリと椅子に座ったレヴェッカさんがメニューを眺める。
なお、メニュー表を
「おい九十九、この『執事にご褒美セット』って何だよ?」
「……あー、当店おすすめのケーキセットなどいかがでしょう?」
「お前、今誤魔化そうとしたな?ってぇ事はだ、このメニューお前絡みだろ?『執事にご褒美セット』を出しな」
私に向けて指を指すレヴェッカさん。この人、普段の言動と違って頭の回転が早いからな。
「……ふう、これ以上は渋っても無駄なようですね。ご注文はうさぎ……もとい、そちらですか?」
「おう、こちらだよ。で?どんなメニューだよ、これ?」
「それは商品が到着してからという事で。それでは『執事にご褒美セット』をおひとつ。以上でよろしいですか?」
「おう」
「かしこまりました。少々お待ちを」
丁寧に腰を折ったお辞儀をしてから、お嬢様−−レヴェッカさんの前から一旦立ち去る。
ちなみに、オーダーは復唱の際にブローチ型マイクを通してキッチンに通じるため、わざわざキッチンに通す必要は無い。この辺りの拘りは流石女子、と言えるだろう。
「はい、どうぞ」
キッチンテーブルに戻った私に、すぐさま『執事にご褒美セット』が渡された。それはアイスハーブティーと冷やしポッキーのセットで、値段も300円と格安だ。
お客様の笑顔は宝物です。と言いつつも、私はあまり気の進まないのをどうにか抑えつつ、アメリカンガールの待つテーブルへ。
「お待たせしました、お嬢様」
「おう」
何ともお嬢様らしくない返事を返すレヴェッカさん。この人らしいけど、もうちょっと言い方がないものかとも思う。
「では、失礼します」
「あん?」
言って私はレヴェッカさんの対面に座る。二人がけのテーブルに差し向かい。一方は燕尾服でもう一方はタンクトップにショートパンツ。……どういう構図だ?
「おい、なんで座ってんだよ。まあ、別にいいけどよ」
「では、ご説明させていただきます」
「おう、こいつぁどういうセットなんだよ?」
訝しげな目を向けるレヴェッカさんに「コホン」と軽く咳払いをして、このセットの正体を語る。
「極めて簡潔に言えば、その菓子を執事に食べさせられる権利が発生するセットです」
2、3度瞬きをした後、レヴェッカさんは頬を僅かに赤くした。
「な、何だよそのセット……つうか、金取っといて菓子はてめえで食うとか……」
「残念ながらもうキャンセルは効きません。まあ、任意のサービスですので、やらないと言うならそれも結構です。その時は私も仕事に戻りますが」
「そ、そうか……。うしっ!覚悟は決めたぜ。オラ、食え」
そう言って、レヴェッカさんは私にポッキーを差し出した。その目はまっすぐ私を見ている。ならば、私も腹を括ろうか。
「では、いただきます」
「お、おう。ほれ、あーん」
「あーん」
パキッ!と弾ける音が口の中に響く。器ごとよく冷やされたそれは、チョコが口の中ですぐに溶けずに薄い膜のような食感をもたらす。だがそれも数秒後には溶けてなくなる。その時に舌に来る甘さがまた心地良い。
「おい九十九、食わせてやったんだから次はアタシに食わせな」
「お嬢様、当店ではそういうサービスは行っておりません」
要求をはっきりと告げてきたレヴェッカさんに割って入ったのはシャル。その顔は笑顔だが、同時に妙な圧力を持っていた。
「お、おう、そうか。悪い」
それに気圧されたのか引き下がるレヴェッカさん。シャル……君、最近笑顔がたまに怖いぞ。
その後、レヴェッカさんはごく普通に茶と菓子を楽しんで帰った。その直後、喫茶店には似つかわしくない騒ぎが起こる。
「ぶーーっ!!」
一夏に何か言われたのか、アイスティーを盛大に吹き出し、むせ返る鈴。二言三言の言い合いの後、鈴が一夏の脳天にチョップを叩き込む。あれは痛いな。
「なにすんだよ!」
「こっちの台詞よ!」
そう言い合って、盛大に椅子を蹴立てて立ち上がる二人。すわ、乱闘騒ぎかと思ったその時。
パンッ!
最近よく聞く扇子を開く音。見ると一夏と鈴の間に扇子が差し込まれている。開かれた地紙には墨痕逞しい『羅刹』の二文字。そこにいたのは我等が生徒会長だった。
「はいはい、騒ぎ立てないの。他のお客さんがびっくりするでしょ?」
「あ、たっちゃんだ~」
「せ、先輩!?その格好は……」
「と言うか、いつの間にいたんです?楯無さん」
一夏がびっくりしたのも無理はない。一夏と鈴の一触即発に横槍を入れた楯無さんの格好は、いつの間に拝借したのかクラスの物と同じデザインのメイド服だったからだ。
「楯無」
「へ?」
「名前で呼んでって言ったでしょ?一夏くん」
「た、楯無さん」
「よろしい」
そう言って扇子を自分の方に戻しながらパチンと閉じる。その所作は堂に入っていて、さながら日舞の師範代か落語家のそれだ。
「さて、私もお茶しようかしら」
「ああ、接客はしないんですね」
「うん」
「じゃあ、なんでその格好を……」
「一夏。楯無さんの行動に理由を求めても無駄だ。何故なら、彼女は『更識楯無』だからだ」
「何だよそれ……はぁ、もういいや……」
楯無さんと関わって以来、何度目になるかも分からない溜息を一夏が漏らすと、そこに一際騒々しい女子が飛び込んで来た。
「どうもー、新聞部でーす。話題の織斑・村雲執事を取材に来ましたー」
IS学園新聞部副部長にしてエースこと、
「あ、薫子ちゃんだ。やっほー」
「わお!たっちゃんじゃん!たっちゃんメイド服も似合うわねー。あ、どうせなら織斑くんと村雲くん、それぞれでツーショットちょうだい」
言いながら、すでにシャッターを切り始めている薫子さん。楯無さんもノリノリで「イエイ♪」とカメラに向けてピースサインをする。……二年生にはこういうノリの人が多いのだろうか?
「……帰る」
「なんだよ鈴。もう行くのか?」
「そう言うな。自分のクラスの店もあるだろう。なあ、鈴?」
「まあね」
「そっか。あ、そうだ。後でそっち行くかもしれないぞ」
「幼馴染みのよしみだ、私も立ち寄らせてもらう」
「ふーん。まあ、客ならもてなすわよ。じゃ」
「おう」
「また後で」
鈴とそんなやりとりをしている間に、写真撮影の雲行きが秋の空もかくやの急変を見せる。
「やっぱり女の子も写らないとダメねー」
「私写ってるわよ?」
「たっちゃんはオーラありすぎてダメだよー。あ、どうせなら他の子たちにも来てもらおうかな」
「それいいわね。その間は私がお店のお手伝いをするわ」
「うんうん、それで行きましょう。では、写真撮るからメイドさん来てー」
私達に全く意見を求めぬまま、写真撮影が始まった。……二年生にはこういうノリの人が多いのだろうか?いや、ホントに。
♢
一夏サイドの撮影について言えば、セシリアが一夏に腕を絡ませたり、ボーデヴィッヒが抱っこを要求して結局慌てふためいたり、箒が一夏に手を握られて恥ずかしさから暴れだしたりと、まあドタバタしたものだった。
え?シャルと本音?普通に一夏の隣に立っただけですが、何か?
「じゃあ、次は村雲くんとねー」
薫子さんがそう言って私とメイドさん達のツーショットを撮り始める。一人目はセシリア。
「九十九さん、スマイルを」
「分かった。こうかね?(ニッコリ)」
出来る限りの良い笑顔をして見せると、セシリアの顔が思い切り引きつった。
「ひいっ!?い、いえ、やっぱり結構です」
「君が恐怖の声を上げた事にショックを受けたよ……」
結局、ほぼ真顔でセシリアとツーショットを撮った。いいのか?そんなんで。
二人目はボーデヴィッヒ。
「そう言えば、貴様はいつまで私を名字で呼ぶ気だ?村雲」
「君も私を名字呼びしているではないか。ボーデヴィッヒ?」
「そう言えばそうか……。丁度いい、シャルロットの言ったようにしてみるか。ラウラ・ボーデヴィッヒだ。ラウラでいい」
そう言って私に握手を求めるボーデヴィッヒ……もとい、ラウラ。
「なるほど、聞いていたか……。では返礼を。私は村雲九十九。九十九と呼んでくれて構わない」
「うむ。よろしく頼む、九十九」
握手を交わす私達を「いいねいいね!」と言いながら撮る薫子さん。それ、需要あるのか?
三人目は箒。
「さっき一夏にも言ったが、こんな格好の写真が残るのは避けたいんだが……」
「今更だろう。諦めて今を受け入れる方が楽だぞ?箒」
「お前のそういう所が時折うらやましいぞ……」
「照れるな」
「褒めていない。……はぁ、もういい」
諦念に達した箒は、この後大した抵抗もせずに写真撮影に応じた。人間、時として諦めが肝心なのだ。
四人目はシャル。
「ねえ、九十九。この服、どうかな?変じゃない?」
「ああ、大丈夫。今朝も言ったが、ちゃんと似合っているよ」
「ほ、本当!?燕尾服より似合ってるかなっ?」
どうやらシャルはあの時の事を気にしているようだ。確かにあれも似合ってはいたが……。
「メイド服の方が遥かに似合っているよ。スカートで可愛いし」
「そっかぁ、かわいいかぁ。えへへっ♪」
先程の5割増ぐらいのいい笑顔。それを薫子さんが「貰ったあっ!」と激写。後で1枚下さい、薫子さん。
で、最後に本音。
「つくもん、つくもん。どう?かわい〜?」
「ああ、あの時と同じ、いやそれ以上に可愛いぞ。本音」
「てひひ〜。えいっ!」
「おっと、本音?」
褒め言葉が嬉しかったのか、ひしっと私に抱き着いてくる本音。そして、そんなシャッターチャンスを薫子さんは逃さない。
「コノシュンカンヲマッテイタンダー!ハイ、チーズ!」
パシャリとシャッター音がして、私と本音のツーショットが撮られた。それも後で1枚下さい、薫子さん。
♢
この後、さらにメイド一人に執事二人のスリーショットもそれぞれ撮った。薫子さんは満足そうな笑顔を浮かべながら、何度もデジカメのプレビューを眺めていた。
「や~。一組の子は写真映えしていいわ。撮る方としても楽しいわね」
「薫子ちゃん、あとで生徒会の方もよろしくね」
「もっちろん!この黛薫子にお任せあれ!」
ドンと胸を叩いて答える薫子さん。この人、文化系の部活動の所属なのになぜこうもノリが体育会系なのだろうか?
「そうそう、一夏くん、九十九くん。私、もうしばらくお手伝いするから、校内を色々見てきたら?」
「えっ、いいんですか?」
「うん、いいわよ。おねーさんの優しさサービス」
「しかし、私達がいなくなるとクラスメイトからお叱りが……」
「それも大丈夫。私が上手く誤魔化しておくから」
そう言われて考える。楯無さんなら十分な人気がある。客もそこまで怒りはしないだろう。ただし……。
「楯無さん人気で繋いでおける限界時間は30分から1時間。それ以上は客が暴動を起こしかねん。ゆっくりはできんぞ、一夏」
「分かった。じゃあ、楯無さん。ちょっとお願いします」
「九十九くんの予測がやけに具体的なのが気にはなるけど……まあいいか。行ってらっしゃーい」
一夏と共に執事服の上着を脱いで、廊下に出る。相変わらずの長蛇の列だが、楯無さんが手伝ってくれているおかげか、さっきよりも回転が早くなっている。
「あ、織斑くんだ!」
「村雲くんも!」
「ねー、どこ行くの?休憩」
「まあ、そんなところ」
「しばらくしたら戻るから、待っていてくれたまえ」
声をかけてくる女子に返事をしながら、正面玄関へ向かう。が、邪魔というのはえてして急いでいる時にこそ入るもので。
「ちょっといいですか?」
「「はい?」」
階段の踊り場で声をかけられ、思わずその足を止める。そこにいたのはスーツ姿の女性。……ああ、そういえばここで接触してきたんだっけか。
「失礼しました。私、こういう者です」
女性は手早く名刺を取り出し、こちらに渡してきた。
「ご丁寧にどうも。さて……」
「えっと……IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当・
「ああ、あそこか。スラスター系に強みのある……」
「はい、そこです」
改めて目の前の女性に目をやる。ふわりとしたロングヘアの似合う、美人の女性だ。だが、それが『猫の皮』だという事を私は知っている。知ってしまっている。
声をかけてきた時から浮かべている微笑はどこか仮面じみていて、無理をしているのか口角がひくついているし、スーツを着慣れないのか時折むず痒そうにしている。ただしそれは、注意深く見ないと分からないレベルだ。事実、一夏はそれに気づいていない。
「で、巻紙礼子さん。私達に話がお有りのようだが?」
「はい。実は、お二人にぜひ我が社の装備を使っていただけないかと思いまして」
それを聞いた瞬間、一夏の顔がげんなりしたものに変わる。『ああ、またこの手の話か……』と、表情が語っている。
夏休み明けに一夏に聞いた話だが、一夏の今年の夏休みは半分以上が『白式』への装備提供の話を持ってくる企業人との会合にあてられたらしい。
世界初の男性IS操縦者たる一夏に自社の装備を使って貰い、広告効果を狙おうとする者が今も後を絶たないのだそうだ。
実際、『白式』の開発元である倉持技研が未だに『白式』専用の
ちなみに、私はラグナロクの装備開発が極めて順調な事もあり、そういった話はやって来ない。単に社長達が水際で防いでいるだけかもしれないが。
「と言われても……」
一夏が戸惑うのも無理はない。後付武装の格納時に使用される
『白式』の場合、射撃武器は全滅。盾も好まず、格闘武器も《雪片弐型》以外は受け付けないという、徹底したブレオンジャンキーっぷりだ。……《雪羅》が付いてよかったな、一夏。シャルに感謝しろ。
なお、『フェンリル』は基本的にどんな武器も嫌がる事なく受け入れる。ただし、
「あー、えーと、こういうのはちょっと……とりあえず学園側に許可を取ってからお願いします」
「そういった交渉は、社を通していただきたい。では」
「そう言わずに!」
巻紙と名乗るこの女性は見た目とは裏腹のアグレッシブな交渉をしてくる。その場を失敬しようとする私と一夏の腕を掴み、『逃がすものか』とばかりにまくしたてる。
「こちらの追加装甲や補助スラスターなどいかがでしょう?さらに今なら……「巻紙さん」え、はい」
カタログを取り出そうとする巻紙さんに声をかけると、彼女は私に目を向けてきた。
「申し訳ないが、私も一夏も人を待たせているのです。なので……」
「なので?」
「今はご勘弁願えませんか?(ニッコリ)」
「アッ、ハイ」
誠心誠意を込めた笑顔で言うと、自称巻紙さんはカクカクと頷いてその場を去って行った。一夏はそれを目にして「九十九の『怖い笑顔』を間近で正面から……災難だな」と呟いていた。……毎度失礼だな、全く。
「ふう、なんとかなったか。……時間が押している。急ごう、一夏」
「おう、そうだな」
再び正面玄関へ向かいながら、私は自称『巻紙礼子』について考えていた。あの女が今回起こる『はず』の事件の実行犯であると私は知っている。この先が原作の流れ通りなら、彼女の事は放置しても構わない。
だが『生徒会の出し物』に私も巻き込まれればその限りではないし、楯無さんが私を巻きこまないはずがない。だから……。
「一夏」
「なんだ?」
「今の女性、何かが怪しい。もしもう一度接触があったら警戒を厳にしろ。いいな?」
「そうなのか?とてもそんな風には「い・い・な?」お、おう……」
それとなく、一夏に伝えておく。これで一夏は少なくとも致命的な隙を晒す事はない……と思いたい。
そう考えながら、私は待ち合わせ場所への道を急いだ。
学園祭は大きな混乱もなく開催の運びとなった。
だが、裏で巨悪がうごめいている事を、おそらく私と一部の生徒、教師だけが知っていた。
自称
それほどまでなのか!?
次回予告
追われる王子二人。王子を追う無数の姫達。
骸の山を越え、血の川を渡ったその先にある、王子の冠を手に入れよ。
その姫達の名は……シンデレラ。
次回「転生者の打算的日常」
#43 学園祭(灰被姫)
これの何処がシンデレラだ!?