転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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気づけば連載開始から一年が経過。
こんな作品をそれでも読んでくれている全ての読者に感謝を。
完結か……先長いなぁ……。


#41 猫座之女

「あれ?九十九?」

「い、一夏さん?今日は第四アリーナで特訓と聞いていましたけど」

 第三アリーナに居たのはシャルとセシリア。二人とも訓練の途中だったのか、専用機こそ纏っていないがISスーツ姿だった。二人は一夏を見て、私を見て、ボーデヴィッヒを見て、最後に楯無さんを見た。

「……そちらの方はどなたですの?」

 楯無さんの事を見ながら、セシリアが不機嫌そうに口を開く。

「セ、セシリア。生徒会長だよ」

「ああ……。そう言えば、どこかで見たような顔ですわね」

 不機嫌なセシリアの態度に焦ったシャルが何とかフォローしようとする度、その気遣いを粉砕するセシリア。……苦労人体質、と言う奴なんだろうな。シャルは。

「まあ、そう邪険にしないで。あ、私はこれから一夏くんと九十九くんの専属コーチをするから、今後も会う機会があるわね」

 さらりと重大発表をする楯無さん。その言葉にシャルとセシリア、更にボーデヴィッヒまでもがギョッとする。

「九十九、どういうこと?」

「一夏さん!」

「一夏。貴様……!」

「ぎゃあっ!待て待て!これは−−「その説明は私がしよう」九十九……」

 セシリアとボーデヴィッヒに詰め寄られ、言い訳じみた事を言いかける一夏に先んじてそう言うと、女子ズの視線が私に集まった。

「それでは九十九さん」

「納得の行く説明を」

「して貰うよ」

「ああ。一夏と共に職員室にクラスの出し物の報告をしに行った後の事だが……」

 

ーーー村雲九十九説明中ーーー

 

「という訳で、勝負に負けた一夏と元々教導を受ける気だった私が楯無さんと一緒にここに来たんだ」

「そうだったんだ」

「理解はできましたわ。納得は行きませんが……」

「私たちでは不足だというのか?」

 一応は矛を収めてくれた女子ズ。ただ、セシリアとボーデヴィッヒはどこか不満顔だ。

「そうだと言わせて貰おう。なにせコーチが悪い意味で教科書通りのイギリス代表候補に……」

「うっ……!」

「模擬戦が教導内容全体の9割を占める、バトル一辺倒のドイツ代表候補だからな」

「ぐぅっ……!」

 目を向けながら言うと、思い当たる節があるのか言葉を詰まらせるセシリアとボーデヴィッヒ。

「ああ、それと『何処の巨人軍終身名誉監督だ』と言いたくなる天災の妹と、『ブルース・リー気取りか』とツッコまざるを得ない中国代表候補も居たっけか?」

 私が一夏ラヴァーズを盛大にディスっていたのと丁度同じ頃、第五アリーナでとあるポニテ娘とツインテ娘が大きなくしゃみをしたとかしなかったとか。まあ、それはどうでもいいのだが。

 なお私の説明中、一夏が楯無さんに『勝負に負けたら従う』と言った下りを聞いたセシリアとボーデヴィッヒが一夏に『勝負だ』と言い出して来て、その説得に一夏が骨を折ったのは余談であろう。私達は何しにここに来たんだったっけか……?

 

 

「それじゃあ始めましょう。最初は経験者の真似からね。シャルロットちゃん、セシリアちゃん、『シューター・フロー』で円状制御飛翔(サークル・ロンド)をやって見せてよ」

「しゅー……何だって?あと、ロンドンがどうした?」

 楯無さんが何を言っているのかさっぱりな一夏が、頭にハテナを浮かべてトンチンカンな事を呟いていた。

「え?でもそれって、射撃型の戦闘動作(バトル・スタンス)の基本じゃ……」

「やれと言われればやりますが……九十九さんのお役には立つでしょうけれど、一夏さんのお役に立ちますの?」

「立つさ。なにせ、今の『白式』の得物はブレードだけではないからな」

 経験者、かつ射撃戦主体の二人と、ラグナロクでの修行中にやった事のある私は分かっているため、置いてけぼりを食らっているのは一夏一人だけだ。

「それは……『白式』に射撃武装、荷電粒子砲が搭載されたからか?」

 楯無さんに言葉をかけたのはボーデヴィッヒ。だが、その声には楯無さんへの警戒心が滲み出ていた。

「ん、鋭いね。でもそれだけじゃないんだなぁ」

 とんとんと肩を扇子で叩き、楯無さんが続ける。

「射撃能力で重要なのは面制圧力だよね。けれど、連射の出来ない大出力荷電粒子砲はどちらかと言えばスナイパーライフルに近い。つまり、一撃必殺の突破力。だけど、一夏くんの射撃能力の低さは知っての通りだから、射撃戦には向かない」

「うぐっ……」

 さり気なくダメ出しをされ、珍しくそれに気付いた一夏が若干へこんだ。

「だから敢えて−−」

「近距離で叩き込む」

「そう。ラウラちゃんは鋭いね」

 扇子を開き、ボーデヴィッヒを褒める楯無さん。その扇子には墨痕逞しい字で『見事』とあった。いつ持ち替えたんだ?

 この後、慣れない呼ばれ方をしたボーデヴィッヒが呆けていたのを一夏が気に掛けて肩に手を置こうとして、その手を捻り上げられる。という一幕があったが、まあそれはどうでも良いだろう。

 

 そうこうしている内にシャルとセシリアの準備が完了。場の空気は弛緩から緊張へとシフトする。

『じゃあ、始めます。九十九、見ててね』

『一夏さん、どうぞしっかりとご覧になってくださいな』

 シャルの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』とセシリアの『ブルー・ティアーズ』が向かい合って構える。

 直後、動き出す二人。しかし、動き出した二人は正面から接近しようとせず、それぞれ向かって右方向へと動き始める。互いが互いに砲口を向けた状態で、壁を背にして円軌道を描く。

『いくよ、セシリア』

『構わなくてよ』

 徐々に加速していく二機は、やがて撃ち合いを開始する。円運動を続けつつ、不定期な加速で相手の射撃を回避。同時に応射を返しながら、けして減速する事なく円運動を繰り返していく。

『流石セシリア、上手いね。……おっと』

『シャルロットさんこそ。第二世代型とは思えない機動ですわ』

 軽口の叩き合いをしながら、二人の交える砲火は更に激しさを増していく。

「これは……」

「流石だな、二人共」

「うん。二人ともあの子たちの凄さが分かったかな?あれはね、射撃と機体の高度なマニュアル制御を同時に行なっているんだよ。しかも、回避と命中双方に意識を割きながらだからね。機体を完全に自分のものにしていないとなかなかああは行かない」

 機体制御を担う受動式慣性制御装置(PIC)は、基本的にオート制御に設定されている。しかしこの場合、細やかな動作は難しい。

 そこで、より細かい動作を行うためにマニュアル制御があるのだが、そうすると今度は機体制御と攻撃、双方に意識を割かねばならない。私には並列思考(マルチタスク)があるためさほどの苦労は無いが、一夏にとっては非常に難しい課題だろう。

 平静を保ち、感情を抑えつつ、二つ以上の事を同時に思考し続ける。……頭が痛いな、一夏は。

「射撃戦主体の九十九くんはやった事あるでしょ?円状制御飛翔(アレ)。どうだった?」

「苦労しました。特に乗り始めの頃は。並列思考を使って機動と射撃を脳内で別々に処理すればいい事に気づいて以降は楽になりましたが」

「へえ、そうなんだ。面白い特技を持ってるね。そう言えば『フェンリル』の第三世代兵装はそんなシステムだったっけ」

 そう言って、楯無さんは私から離れ、唸っている一夏の背後にそっと回る。

 ところでこの円状制御飛翔だが、機体制御と射撃管制を全て自分で行う関係上、極めて高い集中を必要とする。二人でこれを行っている場合、どちらかの集中が切れたその瞬間にその円軌道は崩壊する。例えばこんな風に。

「一夏くん。君にはね、経験値も重要だけどそういった高度なマニュアル制御の習得も必要なんだよ。わ・か・る?」

「うおうっ!?」

 一夏の背後に回った楯無さんがいきなり一夏の耳元に息を吹きかける。ビクッ!と反応して慌てて後ろを向く一夏。その様子はセシリアの目に入っていたらしく。

『い、一夏さん!?何をしていますの!?』

 射撃戦の真っ最中だというのに、声を荒げた。そんな事をすればどうなるかと言うと……。

『セシリア!』

『あ』

 シャルの叫びにしまったという声を出したセシリアは、シャルの放った銃弾をまともに受けてしまう。マニュアル制御にしていたせいもあり、その衝撃でセシリアは体勢を崩してアリーナの壁へと突っ込んだ。……愚かな。

「せ、セシリア!?大丈夫か!?」

『大丈夫か?じゃありませんわ!』

「シャル、お疲れ様。一旦こっちにおいで」

『うん』

 ガバッと起き上がり、一直線に一夏の元に飛んでいくセシリアと、私に呼ばれてゆっくりとこちらへ飛んでくるシャル。セシリアが怒り心頭といった顔で一夏に詰め寄る。

「わたくしたちが真面目にやっていますのに、なにを遊んでいますの!?」

「い、いや、遊んでいる訳では……」

「遊んでます!」

「……はい」

 詰め寄られる一夏。怒髪天のセシリア。微笑む楯無さんと溜息をつくボーデヴィッヒ。何やら先の思いやられる絵面だった。

 

「九十九、見ててくれた?」

「ああ。やはり流石だな、君は」

 笑みを浮かべてやって来たシャルの頭をポンポンと撫でる。それにシャルが嬉しそうに目を細めて「えへへ」と笑う。私達にとっては割と普通の光景だ。が、周りにとってはそうでないらしく。

「見せつけてくれますわね……」

「あれが『頭ポンポン』か……うむ。嫁よ、私にもやれ」

「あっ!ずるいですわラウラさん!一夏さん、わたくしにも……その……」

「え?急になんだ?」

「熱いわねー。暖房効きすぎてないかしら?ここ」

 さっきまで騒がしかった一夏サイドがじっとこちらを見ていた。……そんなに見るな。恥ずかしいから。

 

 

 楯無さんのコーチング開始から2日が経過。今日も第三アリーナでは、楯無さん主導によるマニュアル制御訓練が行われていた。

 今は一夏がアリーナフィールド中央に設置されたターゲットバルーンの周囲を向かって右方向に旋回している。暫くすると、何か余計な事でも考えているのか、そのスピードが落ちた。当然、それを見逃す楯無さんではない。

「一夏くん、スピードが落ちてるわよ。もっと集中しなさい」

「わ、わかりました」

 その言葉と同時に旋回速度が少しずつ上がっていく。現在の『白式』はPICをマニュアル制御にしている。旋回時の機体制御、射撃の反動制御、どちらを誤っても待ち受けているのは壁との激突だ。よって余計な事を考えている余裕はないのだ。

 私はシャルの解説を思い出しつつ、一夏の訓練を見学する。

『スケートってした事ある?滑る氷の上を、つま先で流されながらしがみつくようにしつつ滑るんだよ』

『遠心力の利用とその制御。それが肝なわけだな?先生』

『その通り。優秀な生徒は……その、大好きだよ』

『ああ、ありが……ん?今のはどっちの意味での……』

『……聞かないで、恥ずかしいから』

『……分かった』

 そう言うシャルの頬は赤かった。釣られて私の顔も赤くなっていたようで、周りにいた女子達がニヨニヨ笑いを浮かべていた。

 

 ちなみに、一夏のコーチ陣にサークルロンドのやり方を説明させると以下のようになった。

『こう、グッとしながらスーンという感じだ』

『こんなもん、感覚よ感覚。え?分かんない?なんでよ馬鹿』

『よろしいですか?この場合は(数百字に渡る難解かつ専門的な説明)となるのです。お分かりになりまして?』

『習うより慣れろだ。構えろ一夏、体に覚えさせてやる』

 ……駄目だこいつら、早く何とかしないと。

 

「一夏くん、集中ー!」

「はっ、はい!」

 何かまた余計な事を考えていたのだろう。一夏が楯無さんの叱責を受ける。

「女の子のこと考えてたんでしょ。えっちぃなぁ」

「ち、ちがいますよ!」

「じゃあ男の子のことだ!やらしいなぁ」

「それはもっと違います!」

 楯無さんと一夏のやり取りを横目に見つつ、この数日で彼女について分かった事を頭の中で整理する。

 彼女は一言で言えば『実像が掴めない人』だ。大人びているかと思えば、子供じみた面を覗かせ、思慮深さの向こうに衝動性を垣間見せる。その姿はさながら自由気ままな猫のそれ。

 しかし、それは裏を返せば相手に自分を理解させない事で自分を守る、一種の防衛行動なのだろう。対処に困る事に変わりはないが。

 

 改めて一夏に目を向け直すと、円軌道の速度が大分上がってきていた。

「オッケー。速度上がってきてるね。それじゃ、そこで瞬時加速(イグニッション・ブースト)してみようか」

「え?」

「瞬時加速。シューター・フローの円軌道から、直線機動にシフト。相手の弾幕を一気に突破して、零距離で荷電粒子砲」

 楯無さんから矢継ぎ早の指示が飛ぶ。いきなり言われた一夏はパニックだ。

「ちょ、ちょっと待ってください!いきなり、そんな……」

「急ぐ!」

「わ、わかりましたっ!」

 急かされた一夏が瞬時加速の準備に入ったその瞬間。

 

ドゴーーンッ!!

 

 シューター・フローを途中でやめたために制御を失い、一夏は壁に背中から突っ込んだ。

「いってぇ……」

「こらこら、瞬時加速のチャージしながらシューター・フローも途切れさせないの」

「む、難しいです」

「ダメよ。ちゃんと覚えて。箒ちゃん以外はみんな出来るんだから。じゃあ、次は九十九くんの番ね」

「了解です」

 楯無さんの指示を受け、シューター・フローを開始。ターゲットバルーンを中心に向かって右方向に旋回速度を上げていく。

「うんうん、いいね。それじゃ、ちょっと難しいの行くよ。付いてきてね」

「はい」

「《ヘカトンケイル》を6機展開、同一軌道上で旋回してターゲットを中央に固定したら速やかに火力を集中。最後は瞬時加速で中央突破、ブレードで切り抜けて振り向きざまにマグナム」

「その動きは……了解。やってみます」

 楯無さんの指示通り、まずは《ヘカトンケイル》を展開。それぞれに銃をもたせた状態で同一軌道上で旋回を開始。

 直後、ターゲットバルーンに対して集中砲火を開始。銃の弾が切れたのを見計らって瞬時加速、ターゲットに急速接近。そのまま右手に展開した《レーヴァテイン》でターゲットを切り裂きつつ通過。そこから急停止して左手に《狼牙》を展開し、振り向きざまに全弾発射。砲火と斬撃に晒されたターゲットバルーンはボドボド……もとい、ボロボロだ。

「……なるほど、やってみると分かる。これは……呆れるほど有効な戦術だ」

「まさか一発で成功させるなんてね。ACPファイズ」

 

 ACPファイズ。

 第一回モンド・グロッソ当時のアメリカ代表で、射撃部門銃の部優勝者(ヴァルキリー)。現在は米軍IS配備特殊部隊『CATS』隊長のマリリン・キャットが編み出した、対IS用戦術の一つ。アサルト・コンバット・パターンの略。

 概要は上記の通りだが、マリリンは数人の部下とともに行うという違いがある。名称の由来は、上空から見た時の軌道がギリシャ文字のΦ(ファイ)に見える事から。

 この他に、一機で縦方向と横方向の突撃を連続して行うι(イオタ)。二方向からの同時突撃を行うΧ(カイ)等がある。

 

「九十九!お前すげえな!いつそんな技術身につけたんだよ!」

 降りてくる私に一夏が興奮気味にまくしたててくる。気づけば互いの顔の距離は20㎝もない。

「ええい、落ち着け!顔が近い!」

 

バゴンッ!

 

「ぐはあっ!」

 そのままキスでもしてきそうな勢いの一夏を張り倒す。生憎、私の唇は予約済みだ。そしてそんな趣味も無い。

「で?いつ技術を身につけたかだったな。ラグナロクで特訓しまくっていた一ヶ月の間にだ」

「いでででで、ひでえな九十九……って、一ヶ月であんな事ができるようになんのかよ!?」

「ちなみに、どんな訓練だったのかしら?」

「どんなって……」

 楯無さんに聞かれて、私はあの特訓の日々を思い出す。あれは本当に厳しかった。そう、例えばこんな感じの……。

 

『ほらほら、もっとスピードを上げないとグレネードの餌食よ!(ドオンッ!ドオンッ!)』

『うおおおおっ!おっかねえええっ!』

『口より先に機体を動かしなさい!(ドオンッ!)』

 とか……。

 

『何事も経験よ!ほーら、爆発加速(エクスプロージョン・ブースト)!』

『ちょっ、待って!危な(ドガンッ!)ぎゃあああっ!』

『何してんの!ちゃんと爆発のエネルギーを取り込みなさい!ほら、もう一回!』

 とか……。

 

『全ての攻撃を最小の動きで躱しなさい!(ズドンッ!ズドンッ!)』

『グレネードの範囲攻撃を躱す最小の動きってどんな……(ドオンッ!)だーーっ!』

『ほらまた!無駄に動くからそうなんのよ!はい!もう一度!』

 とか……。

 

『サイトのバカーーっ!』

『待ってくれルイズ!誤解……(チュドーーンッ!)だわーーっ!』

『またこんなんかぁぁぁっ!!』

 

「とか。あ、最後の関係ないな。アハハハハ!」

「九十九!しっかりしろ!体がすげえ震えてんぞ!」

「聞いた私が悪かったから、戻ってきて!九十九くん!」

「アーッハハハハハハーーッ!!」

 体を震わせ、狂ったように笑い続ける九十九を必死に現実に引き戻そうとする一夏と楯無。

 結局、九十九が我に返ったのはそれから10分後の事だった。

 

「すまん、さっきは取り乱してしまって」

「いや、いいけどよ。お前があんなふうになるほどの厳しい特訓か……怖えな」

「できれば思い出したくない記憶の一つだ。ルイズさん……私のISの師匠には悪いがな」

 特訓を終え、他愛のない話をしながら寮へと向かう。途中、虚さんと出会い軽く会話をした。

 虚さん曰く「あの人には色々考えがあるのよ。その全てまでは分からないわ」「一つだけ忠告しておくわ。警戒しても予防しても、絶対振り回されるから。体力だけはしっかりとね」との事。

 分かってはいたし、原作内でも一夏は思い切り振り回されていた。この先も騒動だらけなのは間違いあるまい。

「それじゃあ、またね」

「あ、はい。また」

「ではまた。虚さん」

 そんな挨拶をかわし、私達は再び寮への帰路についた。

 

 

 夏休みが明けてすぐ、私と一夏に一人部屋が与えられた。と言っても、一夏は元々住んでいた二人部屋を、私は事情によって空いた三人部屋を一人で使うという形だが。

 IS学園の寮には二人部屋が60部屋、三人部屋が1部屋、懲罰房として使われる一人部屋が5部屋の計66部屋が存在する。

 三人部屋があるのは、転入生によって各学年生徒が120人以上になった場合の受け皿としてらしい。ちなみに転入生枠は一学年あたり三人まで。

 一年生には鈴、シャル、ボーデヴィッヒの三人が転入して来たため三人部屋も使われていて、懲罰房を除けば満室だった。

 では、何故その部屋が空いたのか?それは、退学者が出たからだ。切っ掛けは『クラス代表戦無人機襲撃事件』と『学年別タッグトーナメントVTシステム暴走事故』だ。

 これらの件に直接、あるいは間接的に関わった生徒達の中には、ISに恐怖心を抱いたり、死にそうな目にあってトラウマを抱えた生徒がいた。そういった生徒達の中で、それを克服できずに一学期終了とともに学園を去った者が、我が学年で三人いた。

 そんな事もあって部屋割の再編成を行った結果、空いた三人部屋に私が移った。という訳である。

 ちなみに、学園本校舎や学生寮は万一テロにあってもすぐに占拠されないよう、一階から二階、二階から三階へ行く階段はそれぞれ廊下の反対側の端に設置されている。一夏の部屋は二階、私の部屋は三階にあるため、私は廊下を端から端まで進む必要がある。

「ではな一夏。また明日に」

「おう、またな」

 一夏の部屋の前で挨拶を交わして別れる。一夏が部屋の扉をガチャリと開けると。

「お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」

 何やらとても聞き覚えのある声が中から聞こえた。パタンと扉を閉めた一夏は表札を確認。書かれている名前は『織斑』。つまりここは一夏の部屋で間違いない。

「……九十九」

「知らん。私は何も知らん」

 一夏の縋るような視線を無視し、足早にその場を去る。「ちょっ、待って!マジで待って!」と言う一夏の叫びも聞こえないふりでやり過ごし、自分の部屋へ戻る。あの猫娘の起こす騒動に巻き込まれてたまるか。

 

 一年生寮三階、1061号室。ここが現在の私の部屋だ。三人部屋のためかなり広く、一人で使うには持て余す部屋だ。

 これならまだ一夏と同室の方が良かったとも思うがそこはそれ。男には自分しかいない環境下でなければ出来ない事もあるのだ。なお、三階の部屋なのに部屋番号の頭が10なのは、ここが一年生寮である事を表しているためだ。

 ガチャりとドアを開ける。すると、中からいつもの声がした。

「「お帰りなさーい」」

「ああ、ただいま。もう来ていたのか」

 そこにいたのは、三人部屋を一人で使う事になった日からほぼ毎日やってくる二人の美少女、シャルと本音だ。

 規則があるため泊める事はできないが、やってきた日は消灯時間ぎりぎりまで一緒に過ごしている。

「あ、今日は僕がご飯作るから楽しみにしてて」

 着替えを持ってシャワールームに向かっているとシャルがそう言った。シャルの料理は美味い事もあり、私はすっかり胃袋を掴まれていた。そう言われては嫌が応にも期待してしまう。

「それは楽しみだ。メニューは?」

「煮込みハンバーグとサラダだよ」

「煮込みハンバーグ……いいな」

 私の好物は挽肉料理だ。特にハンバーグには目が無い。更に期待値が上がるが、ふと気になった事が一つ。

「シャル、サラダにセロリは入って……?」

「ます。好き嫌いはダメだよ?」

 私の嫌いな物は癖の強い野菜だ。特にセロリはダメだ。あの筋張った食感と青臭さがどうにもいけない。他に食べられる物が無い。という状況下でもない限り、できれば食べたくないのだ。

「私のサラダには入れ……?」

「ます。ちゃんと残さず食べないと……」

「食べないと……?」

「週末のご飯はセロリ尽くしです」

「すみません、ちゃんと残さず食べるんでそれだけはご勘弁を」

 希望を織り込んだ最終確認にすげない回答を返すシャル。お残しと好き嫌いは許さない。それがシャルクオリティーなのだ。

「つくもん、つくもん。デザートはわたしが作った紅茶ゼリーだよ~」

 本音は最近菓子作りを始めた。今はまだそこまで手の込んだ物は作れず『ただ今特訓中』との事。

「うん。それも楽しみにしよう」

 そう言って、改めてシャワールームへと向かう。少なくとも、私の周りだけは騒動とは無縁だった。

 

 

 とは言ったものの、それはあくまで私の周りだけであり、一夏の周りは騒動だらけだった。

 細かい描写をするとそれこそもう一話分は出来てしまうため省かせてもらうが、それは勘弁して欲しい。

 

 騒動その一。

 下着に男物のYシャツ一枚の楯無さんに「マッサージをして」と迫られ固辞するも、くすぐり攻撃を受けて折れた一夏。

 「せめて下に何か履いてきて欲しい」と一夏が言った所、楯無さんはスパッツを履いてきた。

 彼女の『大きな桃』に触れた一夏が、鼻から情熱を溢れさせたのは無理もない話だ。

 同じ頃、私はシャルと本音からマッサージを受けていた。特訓の疲れが解けていく、実に気持ちの良いものだった。

 

 騒動その二。

 ある日の昼食時、五段重ねのお重を持って一組に現れた楯無さん。「たまには教室で食べましょうよ。楽しいわよ、きっと」とは楯無さんの弁。

 持ってきた弁当の内容は伊勢エビやホタテ等の高級食材をふんだんに使った超豪華仕様。その豪華ぶりに口を開けてぽかんとしていた一夏に「はい、あーん」をする楯無さん。瞬間、周りに集まっていた女子が沸騰。

 楯無さんに味の感想を聞かれ「おいしかったです」と照れ気味に告げる一夏を見て遂に箒が我慢の限界を迎えて暴走しかけた所で箒に「あーん」する楯無さん。

 その味とそれを箒が褒めた事で嬉しそうな笑みを浮かべる楯無さんに完全に毒気を抜かれた箒は、結局一夏への制裁をすっかり失念した。

 この後、教室は楯無さんによる「はい、あーん」会となり、美味しい料理と美少女会長が手ずから料理を食べさせてくれるという事態に、その場にいた全員が何とも言い難い表情をしたまま、ランチタイムは過ぎて行った。

 一方、私は屋上でシャルの作った弁当を三人で食べていた。シャルお手製ミートボールと本音特製梨のコンポートは最高に美味かった。

 

 騒動その三。

 その日の特訓を終え、一夏が自室でシャワーを使っているとスク水姿の楯無さんが乱入。

 「背中を流しに来た」と言う彼女を何とか追い出そうとした一夏だったが、結局抵抗は無意味と判断して大人しく背中を流してもらう事に。

 背中を流して貰いながら話をしている中で「自分は努力家だ」と言う楯無さんに一夏が「それはウソでしょ」とツッコんだ結果、泡まみれの指で脇腹にくすぐり攻撃を受けて前言撤回。

 それに満足したのか、楯無さんは「いいお尻だったわよ」と言い残してシャワールームを出て行った。

 一夏が頭を冷やすために冷水のシャワーを浴びた気持ちが、分からないとは言わない。

 その頃、私は部屋のシャワールームから聞こえるシャルと本音の「キャッキャウフフ」に悶々としてしまい、「煩悩退散!」と叫びながら壁に頭突きをしていた。

 翌日、隣の部屋の女子から「壁を叩くのはやめて」と苦情が来たのは無理からぬ事だった。

 

 

「あ~……」

 テーブルに突っ伏し、声にならない声を上げる一夏をいつもの面々が苦笑いで眺めている。ここ数日、楯無さんにペースを乱され続けた事で一夏の肉体的・精神的疲労はピークに達していた。

「お疲れのようだな、一夏」

「おー……九十九か……お前は大丈夫なのか?」

「問題ない。お前には悪いが、部屋替えがあって良かったと思っている」

「くそ……せめてあと半月部屋替えが遅ければ……」

「嘆いていても仕方が無いだろう。今を受け入れろ」

「一夏、お茶飲む?ご飯食べられないなら、せめてそれだけでも」

「おう……サンキュ……」

 シャルが持ってきた茶を飲もうと顔を上げる一夏。どうやら食欲すら湧かないらしく、周りのメニューを見回す目はどこか虚ろだ。こんな生活が続けば、一夏は冗談抜きに死にかねない。原因は極度の衰弱になるだろう。

「それで、あの女はどうした?」

 ピリついた口調でボーデヴィッヒが一夏に尋ねた。保健室で楯無さんに敗北を喫してからというもの、終始不機嫌だ。

 一夏の部屋に忍び込む事ができなくなったのも彼女の不機嫌の一因らしい。一夏としては、その点に関しては楯無さんに感謝したいが、ボーデヴィッヒが不機嫌なのも困り物だろう。

「一夏。あの女はどうしたと訊いているんだ」

「ん?生徒会の仕事があるって出て行ったぞ」

「そ~そ~。書類がちょお溜まってるんだよね〜」

 間延びした声とのんびりした口調。そこにいたのは一年一組公式マスコット、のほほんさんこと本音であった。

「……今更なんだが、手伝わなくていいのか?生徒会書記だろう、君」

「わたしはね~、いると仕事が増えるからね~。邪魔にならないようにしてるんだよね〜」

「自分で言うなよ……」

「……それでいいのか?生徒会」

 もう少し有能な役員を入れるべきだと思ったのは私だけではないだろう。と言うか、周囲の顔がそう言っているし。

 そんな本音の今日のメニューは茶漬けだった。しかも鮭の切身を頂点にドンと乗せた豪快なもの。

「えへへ、お茶漬けは番茶派?緑茶派?思い切って紅茶派?わたしはウーロン茶派〜」

 空いた席に座ってそんな事を訊きつつ、ウーロン茶をかけた丼の中身をかき混ぜる本音。中々に混沌とした見た目になっている。……ん?待て、原作では確かこの後……。

「なんとこれに~」

「……これに?」

 はっ!?思い出した!そしてマズい!

「卵を「やらせねえよ!?」え~?」

 今にも卵を丼に落としそうな本音から卵を引ったくり、ツッコミを入れる。

「本音。茶漬けに生卵は駄目だ。茶漬けの意味が無くなる」

「む~……おいし〜のに……」

 そんな物を食べている所を見せられては、違う意味で食欲が失せてしまう。と言うか、私も食欲失せかけたし。

「じゃあ、このままでいいや。食べま~す。ずぞぞぞ……」

「……っておいっ!」

「本音。音を立てずに食べなさい」

「え~。むりっぽ〜。ずぞぞっていくのが通なんだよ〜」

「「それは蕎麦だ!」」

「じゃあ努力します~。しゅるしゅる……」

 本音の努力により、少しだけ静かになる食事。やれやれ、この子の悪食と行儀の微妙な悪さ。これも早く何とかしないとな。

 

 この後、セシリアが一夏に「あの部屋にいるのが辛いなら、仕方なくですがわたくしの部屋にいらしても構いませんわよ?」と持ちかけてきた。

 セシリアの部屋というと、確かセシリアのベッドが部屋の殆どを占領しているはずだが、セシリアは一夏にそんな部屋のどこで寝ろと言うのだろうか?まさか自分のベッドか?

 そこに待ったをかけたのが鈴。「あんたこっちの部屋に来なさいよ。トランプあるわよ?」と誘いをかける。

「いや、鈴。その誘い方は無いぞ」

「トランプで釣られるとか、小学生か!」

「じゃあ、金平糖」

「幼稚園児か!?」

「そこでランクを下げた意味はなんだ?鈴」

「なによ。豆がいいわけ?」

「鳩か!!」

「もはや人ですらなくなったな……」

 このやりとりで更に疲労を重ねたのか、「部屋に帰る……」と言って席を立つ一夏。

「私も部屋に帰るとしよう。シャル、本音。今日も来るのかい?」

「「うん」」

「それなら、シャワーを浴びたいから30分後位に来てくれ」

「「分かった(おっけ〜)」」

 ふらつく一夏が心配になり、ついていく事にした私。食器を片付けて一夏と共に食堂を出た。

「で、この後どうするんだ?一夏」

 一夏の部屋の前でそう聞くと、一夏は「楯無さんが戻るまで少しでも寝とく」と言って部屋のドアを開けた。すると。

「おかえりなさい。お風呂にします?ご飯にします?それともわ・た・し?」

「……オーマイガー」

 ドアを開けて2秒で楯無。一夏はその場で膝から崩れ落ち、そのまま倒れ込んだ。

「一夏くん!?大丈夫!?くっ、誰がこんな……」

「いやアンタだ、アンタ」

 慌てて助け起こす楯無さんに力無くツッコミを入れる。私に出来たのはそれだけだった。

 

 

 これが猫座の女、更識楯無が起こした騒動の一部始終だ。

 私は一夏に同情すると同時に巻き込まれなくて良かったと思った。薄情な私を許せ、一夏。




次回予告

やって来た学園祭当日。そこには様々な者達が集まる。
執事の奉仕を受けたい者。新たな出会いを求める者。ただ純粋に楽しみたい者。
そして、邪念を持って近づいてくる者も。

次回「転生者の打算的日常」
#42 学園祭(開催)

いらっしゃいませ、お嬢様。

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