転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#40 証明

「やあ」

 朗らかな笑みを浮かべて私達の前に立っているのは、この学園の生徒会長、更識楯無さんだった。

「「……何か?」」

「ん?どうして警戒しているのかな?」

「それを言わせますか……」

 昨日の遅刻騒動、今日の学園祭騒動と、私達がこの人を警戒しない理由が見当たらない。しかし、騒ぎの元凶たる会長は涼しげな顔で私達を楽しそうに眺めていた。

「おおかた、最初の出会いでインパクトがないと忘れられる。とでも考えたのでは?」

「正解♪」

「忘れませんよ、別に」

「むしろ私は忘れたかったんですがね」

 そう言って、私と一夏は踵を返してアリーナへと歩き出す。すると、会長はごく自然な流れでその横に並んで歩き出した。

「…………」

「……はぁ」

 どうやら、振り切れそうにはなかった。この人の雰囲気には、何やら有無を言わせないものがある。そのくせ、強引さを感じない−−場の『流れ』のようなものを支配しているのだ。

「まあまあ、そう塞ぎ込まずに。若いうちから自閉してると良い事ないわよ?」

「「誰のせいですか、誰の」」

「んー、なら交換条件を出しましょう。これから当面、私がキミ達のISコーチをしてあげる。それでどう?」

「いや、コーチはいっぱいいるんで」

 一夏のコーチ役は箒に鈴、セシリアとボーデヴィッヒと、そうそうたる面々だ。そうそうたる面々なんだが……。

「何に対する交換条件かは別として、その申し出はありがたいですね。なにせ一夏のコーチ役は擬音オンリーと感覚オンリーと理屈オンリーと模擬戦オンリーという、ポンコツの群れですから」

「おまっ……酷いな」

「事実だ」

 ちなみに、私のコーチ役はシャル。分からない事を極めて分かりやすく教えてくれる実に良いコーチだ。贔屓目ではないぞ。

「そこまで言うんだ……。でも、それなら尚更悪い話じゃないわよ?なにせ、私は生徒会長だから」

「はい?」

「ああ、なるほど。そうでしたね」

「ふふ。村雲九十九くんは知ってるみたいだね。そう、IS学園生徒会長というと−−−」

 会長が言葉を続けようとした所で、前方から物凄い勢いで一人の女生徒が走り込み−−ではなく、竹刀片手に襲いかかってきた。

「覚悟ぉぉぉっ!」

「なっ……!?」

 反射的に会長と襲撃者の間に立とうとする一夏を手で制する。

「っ!?九十九、なにを……!?」

「まあ見ていろ」

 その間に会長は襲撃者の前に立ち、扇子を取り出した。

「迷いの無い踏み込み……いいね」

 次の瞬間、振り降ろされた竹刀を扇子で受け流し、左の手刀を襲撃者の首に叩き込む。気を失った襲撃者が崩れ落ちる。と同時に。

 

ガシャアアンッ!!

 

「こ、今度はなんだ!?」

 会長の顔面を狙った矢が、窓ガラスを粉砕しながら次々と飛来。飛んで来る方向を見ると、隣の校舎の窓から和弓を射掛ける袴姿の女子。遠間からの攻撃なら反撃はないと思ったのだろうが、それは甘い。

「ちょっと借りるよ」

 会長は倒れた剣道少女の側にあった竹刀を蹴り上げて浮かせ、空中に踊ったそれを掴んで放る。割れた窓ガラスから投擲されたそれは、弓道少女の眉間にヒット。弓道少女はもんどり打って倒れた。さらに。

「もらったぁぁっ!」

 

バンッ!

 

 大きな音を立てて開いた廊下の掃除用具入れ。そこから飛び出したのは三人目の刺客。

 両手にボクシンググローブをはめた彼女は、軽快なフットワークで会長に接近。体重の乗った渾身のパンチを繰り出す。

「ふむん。元気だね……ところで織斑一夏くん」

「は、はい?」

「君は知らないようだから教えてあげるよ。IS学園において、生徒会長という肩書きはある一つの事実を証明してるんだよね」

 会長は半分開いた扇子で口元を隠しながら、楽しげに話しかけてくる。その間、ボクサー少女の猛ラッシュを紙一重で躱し続けているのだからすごい。

「それって……」

「IS学園生徒会会則第2条第1項に曰く、生徒会長……」

「すなわち、全ての生徒の長たる存在は−−」

 ボクサー少女の右ストレートを円の動きで躱し、とんっ……と床を蹴ってその身を宙へ踊らせる会長。

「「最強であれ」」

 そして、突撃槍(ランス)の如きソバットの蹴り抜き。ボクサー少女は登場した掃除用具入れに逆再生のように叩き込まれて沈黙。直後に扉がパタンと閉まった。憐れな……。

「……とね」

 ソバットの際に手放した扇子を一回転の後で床に落ちる前につかみ取り、パンッと開いてスカートの裾を押さえる。

「見えた?」

「いいえ、何も」

「みっ、見てませんよ!」

 必死の否定は肯定と同じだぞ?一夏。

「それはなにより」

 それを知ってか知らずか、小さな含み笑いを添えて会長は扇子を畳む。

「で?これはどういう状況ですか?」

「うん?見てのとおりだよ。か弱い私は常に危険に晒されているから、騎士の一人も欲しいところなの」

 おーい皆ー、ここに嘘つきがいるぞー!

「さっき最強だとか言ってたくせにですか」

 自分狙いの刺客三人を完全沈黙させるまで約1分。これでか弱いなら、千冬さんですらか弱いという事になる。……無いな。それは無い。

「あら、バレた」

 そう言ってまた楽しそうに笑う会長。その笑い方は凄く上品で、かつとても似合っている。まあ、育ちのいい人であるのは確かだしな。

「まあ簡単に説明するとだね、最強である生徒会長はいつでも襲っていいの。そして勝ったなら、その者が生徒会長になる」

「無茶苦茶ですね」

「だが合理的だ。戦い方を学ぶ学校の生徒の長なら、誰よりも戦い方に精通している(強い)のは必須条件だろうしな」

「そういう事。それにしても私が就任して以来、襲撃はほとんど無かったんだけどなぁ。やっぱりこれは」

 ずいっと私達に詰め寄り、顔を近づけてくる会長。ふわりとした花の香りが鼻腔を擽り、私の内心を僅かに乱す。

「キミ達のせいかな?」

「な、なんでですか」

 一夏は完全にどぎまぎしていて、落ち着きのなさが言葉に滲んでいる。

「ん?ほら、私が今月の学園祭でキミ達を景品にしたから、一位を取れなさそうな運動部、特に格闘系の部が実力行使に出たんでしょう。私を失脚させて景品キャンセル、ついでにキミ達を手に入れるとかね」

 まあ憶測だけど、と付け足す会長。その予想は大当たりと言えるだろう。

 この人は人の心の中をごく自然に覗いてくるような感じを受ける。……私の僅かに乱れた内心も、見抜かれているのではないかと思う。一夏のどぎまぎなど、完全にお見通しだろうな。

「ではまあ、一度生徒会室に招待するから来なさい。お茶くらい出すわよ」

「はぁ」

「その返事は肯定?」

 一夏の気の無い返事は、肯定にも否定にも取れる。一夏は否定は出来ないと思ったのか、溜息混じりに「行きますよ」と言った。

「キミはどうかな?村雲九十九くん」

「行く理由が無いが、行かない理由はもっと無い。お邪魔させて頂きます」

「よろしい。素直な織斑一夏くんは、おねーさん好きだよ。ちょっぴり素直じゃない村雲九十九くんもね」

「い、一夏でいいですよ」

「私の事も九十九で構いません」

「そうか。では私も楯無と呼んでもらおうかな。たっちゃんでも可」

「なんでもいいですよ。はあ……」

 溜息をつく一夏。まあ、この人に逆らうのは千冬さんに一対一で勝つのと同程度の難易度だろう。つまり『無理』だ。諦めて流れに乗るしかあるまいよ。私達の諦念を覗いたのか、会長はニンマリと笑みを浮かべる。

 その笑みは先程までの大人びた微笑ではなく、もっと子供っぽい−−そう、悪戯に成功した悪ガキのような笑みだった。

 

 

「……いつまでぼんやりしてるの」

「眠……夜……遅……」

「シャンとしなさい」

「了解……」

 そんな声が聞こえてきたためか、一夏は扉の前で躊躇いを見せていた。

「ん?どうしたの?」

「いや、どこかで聞いたような声が……」

「具体的に言えば、いつも私の右隣から聞こえる声だろう?一夏」

「ああ、そうね。今は中にあの子がいるからかしらね」

 そう言って楯無さんはガチャリとドアを開ける。重厚な開き戸は軋みの一つも上げずにゆっくりと開いていく。見た所かなり良い物らしい。

「ただいま」

「おかえりなさい、会長」

 出迎えてくれたのは三年生の女子。眼鏡に三つ編み、伸びた背筋と片手に持ったファイルが『堅めの出来る人』というイメージを与える。そしてその後ろにいたのは、一夏にとっては意外であり、私にとってはそうで無い人物。

「わ〜……。つくもんとおりむーだ~……」

 我が恋人(候補)にして一組のマスコット、布仏本音である。

「まあ、そこに掛けなさいな。お茶はすぐに出すわ」

「は、はあ……」

「では、失礼して」

 いつもの6割増で眠そうな本音は、私達を見つけて3㎝ほど上げた顔をべたりとテーブルに戻す。

「お客様の前よ。しっかりなさい」

「無理……。眠……帰宅……いい……?」

「ダメよ」

 最後の希望とばかりに単語だけの言葉で尋ねた本音。しかし三年生の無情な回答に崩れ落ちた。

「えーと、のほほんさん?眠いの?」

「君の事だ、どうせ連日深夜の壁紙収集でもしていたんだろう?本音」

「つくもん、正解〜……」

「あら、呼び捨てにあだ名呼びなんて、仲いいのね」

 お茶の準備を三年生に任せ、二年生でありながら生徒会長を務める楯無さんは優雅に腕組みをして座席に掛ける。

「あー、いや、その……本名を−−−」

「知らないとは言わせんぞ、一夏。私が一日に何回彼女を名前で呼んでいると思っている?まさか、片端から聞き流していたなどと言うまいな?」

 すっとぼけた事を言いかける一夏に怒気を滲ませて詰め寄る。見る間に一夏の顔に冷汗が滲んだ。

「どうなんだ?事と次第では「つくもん、どうどう〜」……私は馬か?本音」

 目を覚ました本音の手が私の背を叩く感触に、昂った感情が治まる。ただ、その扱いはどうなんだ?

 一夏はほっと一息ついた後、こちらを見て言った。

「九十九。お前、のほほんさんを『本音』とは呼んでもフルネームでは呼ばねえだろ?」

「……確かに。すまん、理不尽だったな」

 私が一夏に頭を下げると同時に、本音が椅子から立ち上がって一夏に握手を求める。

「じゃ〜改めて自己紹介〜。布仏本音だよ~。よろしくね~、おりむー」

「お、おう。よろしく」

 一夏がそれに応えて握手を返すと、三年生の女子がティーカップを持ってやってきた。

「それでは私も自己紹介を。布仏虚(のほとけ うつほ)といいます。よろしくお願いします」

「うちは代々更識家のお手伝いさんなんだよ~」

 更識と布仏にはそんな繋がりがあったのか。……まあ、知ってたけど。原作通りだし。

「えっ?ていうか、姉妹で生徒会に?」

「そうよ。生徒会長は最強でないといけないけど、他のメンバーは定員数になるまで好きに入れていいの。だから、私は幼なじみの二人をね」

 楯無さんが説明をする。確かに幼なじみなら気心も知れているし、人となりも互いに知り尽くしているよな。人選としては『身内贔屓』と言われてしまいそうだが。

「お嬢様にお仕えするのが私どもの仕事ですので」

 丁度お茶が入ったらしく、虚先輩はカップに丁寧に注いでいく。その仕草はとても様になっていて、秘書やメイド長のような雰囲気を醸し出している。

「あん、お嬢様はやめてよ」

「失礼しました。ついクセで」

 このやり取りから、更識家が相当な名家だというのは容易に想像できる。それは楯無さんの何気ない仕草からも分かる事だ。

「織斑君も、どうぞ」

「ど、どうも」

 一夏もお茶を注いでもらったのだが、その丁寧な姿勢についついかしこまっていた。

「村雲君も、どうぞ」

「ありがとうございます」

 虚先輩からお茶を注いでもらい、それに礼を返す。鼻をくすぐる香りから、かなり良い茶葉を使っている事が分かった。

「本音ちゃん、冷蔵庫からケーキを出してきて」

「はーい。目が覚めたわたしはすごい仕事できる子〜」

 本当だろうか。普段の姿から想像できないのだが……。

 相変わらずのゆっくりした動きで、しかもまだ眠気が完全には抜けていないのか、その足取りはどうにも怪しい。が、不思議と転ぶ事もなく、本音は無事にケーキを持ってきた。

「つくもん、おりむー。これはね~、ストーンフォレストの新作なんだよ~」

 そう言いながら、本音はまず自分の分を取り出して食べ始める。……って、おい。

「本音、ゲストを差し置いてまず自分が食べるな」

「やめなさい、本音。布仏家の常識が疑われるわ」

「だいじょうぶ、だいじょうぶっ。うまうま♪」

「…………」

 ケーキのフィルムについたクリームを一心不乱に舐める本音。しかしそれを、厳格な姉は許さない。

 

ごちっ!

 

 虚先輩がグーで本音の頭を叩いた。しかも割と本気で。

「うえぇっ……。いたぁ……」

「本音、まだ叩かれたい?……そう、仕方ないわね」

「まだ何も言ってないよ〜。つくもん、助けて~」

「自業自得だ。と言うか、仮とは言え恋人の前で卑しい真似をするな」

 本音が涙目で訴え、それを私が突っぱねる。そして虚先輩が「えっ?恋び……えっ!?」と目を白黒させる。一連の流れについていけない一夏はぽかんとしっぱなしだ。

「はいはい、姉妹仲がいいのはわかったから。お客様の前よ。あと本音ちゃん、九十九くん、後で説明」

「失礼しました」

「し、失礼、しまし……ほえ?あ、はい」

 楯無さんに頭を下げる二人。そして改めて生徒会メンバーが私達に向き合う。

「一応、最初から説明するわね。一夏くんと九十九くんが部活動に入らない事で色々と苦情が寄せられていてね。生徒会はキミ達をどこかに入部させないとまずい事になっちゃったのよ」

「はあ……」

「なるほど、それで学園祭の投票決戦を実施する事にした……と」

 なんとも迷惑な話だと思う。現状、ISの特訓と情報収集だけで手一杯だというのに、部活動をやっている余裕はない。

 さらに言えば、女子ばかりの中で部活動など無理な話だ。精神的にキツイし、運動部に所属する事になった場合、更衣室もシャワー室もないのでどうしようもないではないか。

「でね、交換条件としてこれから学園祭までの間、私が特別に鍛えてあげましょう。ISも、生身もね」

「遠慮します」

「お願いできるなら、是非」

「一夏くん、そう言わずに。あ、お茶飲んでみて。おいしいから」

「……いただきます」

「いただきます」

 鼻をくすぐる花の香りを軽く吸い込んで、適度な熱さの紅茶を一啜り。舌の上をまろやかな甘味が走っていく。紅茶の淹れ方を完璧に心得ていないとこの味は出ないだろう。素晴らしい腕前だ。

「美味しいですね、これ」

「ストレートでこれ程甘味を感じられるとは……見事な腕です」

「虚ちゃんの紅茶は世界一よ。次は、ケーキもどうぞ」

 勧められるまま、一夏はショートケーキを、私はショーン氏の新作ケーキを口にする。

 竹炭とココアパウダーを混ぜた黒いスポンジに、ストロベリー、オレンジ、レモンのソースが間に挟んである。ご丁寧にクリームも竹炭が混ぜてある黒いクリームだ。

 しかし、見た目の凄さとは裏腹にそれぞれのソースとクリームが主張しつつも調和する、まさに至福の味。

 新たな味覚に開眼、オレ!……いや、私はどこぞのグルメリポーターか?

「そして私の指導もどうぞ」

「はい、いただきます」

「いや、だからそれはいいですって。ってか九十九、随分乗り気だな。でも、どうして指導なんてしてくれるんですか?」

「ん?それは簡単。キミ達が弱いからだよ」

 あまりにさらりと言われたため、一夏は一瞬何を言われたか分からなかったようだ。

「はは。自覚はありますが、そこまであっさり言われると少々へこみますね」

 私に遅れて言葉の意味を理解した一夏が、ムッとして言った。

「……それなりに弱くはないつもりですが」

「ううん、弱いよ。無茶苦茶弱い。だから、ちょっとでもマシになるように私が鍛えてあげようというお話」

 こうまで言われて自制の利くほど、一夏も人間ができてはいない。ガタンと椅子から立ち上がり、楯無さんを指差す。そして、恐らく楯無さんが待っていただろう台詞を−−

「じゃあ、勝負しましょう。俺が負けたら従います」

 口にした。

「うん、いいよ。本音ちゃんと九十九くんから説明を受けた後でね」

 そう返してニコリと笑う楯無さん。だがその顔は『罠にかかった』という表情でもあった。……一夏、無茶しやがって。

 

 ちなみに、恋人云々の説明は私から行った。全てを話し終えた後の、楯無さんと虚先輩の何とも言えない顔が印象に残った。

 

 

 一夏と楯無さんの勝負は、結論から言えば楯無さんの圧勝に終わった。

 古武術の胴着に着替えた二人が畳道場で向かい合い、試合開始。

 基本に忠実なすり足移動で楯無さんの腕を取るのに成功する一夏だったが、それは一瞬で返され、一夏の体は畳にしたたかに投げ落とされる。呼吸の詰まった一夏が息を吐くと同時、楯無さんの指が一夏の頸動脈に触れていた。

「まずは一回」

 その気になればいつでも殺れる。それを見せつけて、楯無さんは一夏から離れる。

 この時点で、一夏は楯無さんの実力を千冬さんと同程度に上方修正したらしく、手を出しに行けない一夏と手を出しに行かない楯無さんという構図が出来上がり、状況は膠着した。

「…………」

「ん?来ないの?それじゃあ私から−−行くよ」

 そう言った楯無さんが一夏に急速接近。一夏にしてみれば、突然目の前に現れたように映っただろう。

 楯無さんが使ったのは、古武術の奥義の一つ『無拍子』だ。

 人間は簡単に言えば律動(リズム)によって生きている。それは、心臓の鼓動だったり呼吸のタイミングだったりと様々だ。

 古武術には、この律動を意図的にずらして相手の攻め手を崩す『打ち拍子』と、律動を合わせる事で場を支配する『当て拍子』という技術が存在する。

 そして、それら『拍子』を扱う技術の最上位に存在するのが、律動を一切感じさせず、感じる事なく、律動の空白を扱う技術。すなわち、『無拍子』である。

「しまっ……」

 一夏が自身の失策に気づくと同時に、楯無さんが一夏の肘、肩、腹に軽く掌打を打つ。そして、一夏の関節が一瞬強張ったその隙を見逃す事なく、肺に双掌打を叩き込む。

「がっ、はっ……」

 肺の空気を強制排出され、一夏の意識が一瞬飛ぶ。そして−−

「足下ご注意」

 

ズドンッ!

 

 背中から思い切り地面に叩きつけられた。しかも、投げ飛ばす際に指の『貫き』によって関節の数ヵ所を攻撃されていたようで、一夏が体を起こそうとしてもすぐには動けないようだった。

「これで二回。まだやる?」

 襟元一つ乱さず、優しい笑みを一夏に向ける楯無さん。

「一夏、これ以上は時間の無駄だ。諦めて……」

「まだまだ、やれますよ……」

 しっかりと動かない体で、しかし闘志だけは萎えない目を楯無さんに向ける一夏。私はその諦めの悪さに嘆息するしかなかった。

 気合を入れ、深く吸い込んだ息を吐くと同時に全身で跳ね起きる一夏。とは言え、足のふらつきは深刻だ。おそらく、次の接触が最後の攻防になるだろう。

 深呼吸を二回行い、精神を集中する一夏と、それを見て自身も緊張感を高める楯無さん。場を張り詰めた空気が支配した。

 瞬間、一夏がこれまでとは違う速さで楯無さんに迫る。あれは確か、篠ノ之流の裏奥義『零拍子』とか言う奴だったか。

 一夏の話では「相手の一拍子目よりも早く仕掛ける技」らしい。言わば『究極の先の先』だ。

 楯無さんはその動きに一瞬驚いた顔を見せ、距離を合わせるために半歩下がる。その半歩が着地するより早く、一夏が楯無さんの腕を取り、力任せに投げ飛ばす−−筈だった。

 

ズドンッ!

 

「がはっ!」

 合気で投げられた一夏が、前のめりに胸から畳に叩きつけられる。あれは息が詰まったな。が、それを気合いで振り切ったのか、その体勢のまま楯無さんの足首を掴み、力任せに真上へ投げた。

「今度こそ、もらったあっ!」

 空中でひっくり返った楯無さんの両脇を掴み、そのまま投げを打とうとする一夏。しかし−−

「甘ーい」

 楯無さんは右腕を畳に突き出し、それを軸に一回転。一夏の捕縛を振り切ると同時に倒立での回し蹴りを見舞う。

「なあっ!?」

「攻め方は良かったんだけどね」

 何とも引き出しの多い人だ。マーシャルアーツ、古武術、カポエイラと、次から次に技を繰り出してくる。伊達や酔狂で最強を名乗っているわけではない事は、一夏もこの一戦で思い知ったろう。

 だからといって、それで負けを認められるほど、一夏は潔くもなければ賢くもない。

「でやあああっ!!」

 蹴り飛ばされたのを強引に腕と脚で着地し、すぐさま飛び出す一夏。その前方では元の体勢に戻った楯無さんが笑みを浮かべて立っていた。

 一夏は更に加速。形振り構わず、殴りかかるような勢いで楯無さんに掴みかかる。−−すると。

「あっ……」

「なっ……」

「きゃん」

 胴着の合わせが大きく開き、『シルク地の梱包材』に包まれた『小玉スイカ』が一夏の目の前にまろび出た。

 なにもこんな時に『ToLOVEる体質』を発動させんでもいいだろうに、このどアホウは……。

「一夏くんのエッチ」

「なあっ!?」

 言い訳をしようにも、どう考えても悪いのは一夏な訳で。思い切り動揺し、決定的な隙を晒した一夏の腕を、楯無さんは特に悲鳴を上げるでもなく払い落とす。……終わったな。

 次の瞬間、一夏は空中コンボを体験する事になる。打ち込まれた打撃の数は30。一夏は17発目辺りで気を失った。

「おねーさんの下着姿は高いわよ?」

 楽しそうな笑い声と共に放った楯無さんの言葉が、一夏に届いたかどうかは分からない。

 

 

 こうして、一夏は自分の弱さと楯無さんの強さを、自分の身を持って証明する事になった。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『よ~〜くやった楯無!一夏ザマァ!』と歓喜の雄叫びを上げた気がした。

 あんた、一夏を嫌う理由……あ、あったわ。

 

 

「さて、次はキミかな?九十九くん」

 完全に気を失い、グッタリしている一夏を他所に私に目を向ける楯無さん。

「私とやろうと言うのですか?止めておきましょう、怪我人が出ます」

「へえ……誰が怪我するのかしら?」

 私と楯無さんの間の空気がピリつく。私はおもむろに口を開き、こう言った。

「……私です」

「って、キミなの!?」

 思わずなのかなんなのか、キレのある裏手ツッコミを入れてくる楯無さん。この人やはりノリがいい。

「それに私、初めから貴方の提案に乗ってましたから。ここで戦うメリットがありません」

「そう言えばそうだったわね。じゃあ、とりあえず一夏くんを保健室に連れて行きましょう」

「抱えるのは私の役目なんですね。分かります」

 

 一夏を抱えて部室棟の保健室に向かう。楯無さんは制服に着替えてから来るとの事。

「ふう、意外と重かった。ホイっと」

 一夏をベッドに放り込んで、とりあえず濡れタオルを作って一夏の頭に乗せておく。

「これで良しと」

「お待たせ、九十九くん」

 着替えを終え、楯無さんが保健室にやって来た。ベッドで眠る一夏の顔を見てニンマリとした笑みを浮かべると、楯無さんはベッドに登って一夏の頭を自分の太ももに乗せた。いわゆる膝枕の体勢だ。目を覚ました一夏の反応が目に浮かぶ。

 

 その後は概ね原作通り。一夏が楯無さんの膝枕を受けている所に親切な先生(千冬さん)から話を聞いたボーデヴィッヒが保健室に突貫。

 二人の様子を見て、一瞬で表情の消えたボーデヴィッヒがISを展開。AICの発動と同時に一夏に斬りかかるも、楯無さんが素早く扇子を抜き放ってボーデヴィッヒの額へ当てて阻止。

 展開の完了していない部分に衝撃を受け、一瞬怯んだボーデヴィッヒの隙を見逃さず飛び出した楯無さんは空中で扇子をキャッチして開き、張った紙でボーデヴィッヒの頸動脈を押さえた。敗北を悟ったボーデヴィッヒがISを解除したのは、その5秒後だった。

「うん、素直でよろしい」

 そう言ってポンポンとボーデヴィッヒの頭を撫でると、私達の方へ向き直る。

「それじゃあ、話もまとまった所で行こうか」

「へ?どこに……」

「決まっているだろう。楯無さんの教導を受けるために……」

「第三アリーナよ」

 ニッコリと笑う楯無さんには、私は勿論一夏もボーデヴィッヒも勝てないのだろうね。




次回予告

特訓、特訓、また特訓。
騒動、騒動、また騒動。
平穏は彼方へ消え、あるのはただ心身に残る疲れだけ。

次回「転生者の打算的日常」
#41 猫座之女

頼むから、勘弁してくれ……。

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