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インフィニット・ストラトス。通称IS。
5年前、『天災』篠ノ之束が開発・発表した宇宙開発用マルチフォームスーツ。
……だったはずなのだが、『白騎士事件』で世界初のIS『白騎士』が戦車以上の攻撃力、戦闘機以上の飛行速度、軍用ヘリ以上の旋回性を見せた事で、世界はISを兵器として認識した。
その後、各国政府はISの情報開示と情報共有、IS研究のための超国家機関の設立、ならびにISの軍事利用を禁止した『IS運用協定』通称『アラスカ条約』を締結。これにより、ISは兵器からスポーツ用品の一種になった。あくまでも表向きではあるが。
しかしこのIS。ある特徴、と言うより兵器として見た場合に極めて致命的な欠陥があった。それは『ISを動かせるのは女だけ』という事である。
しかも、篠ノ之束は『ISコア』と呼ばれるISの中枢部分を467個だけ作成すると、どこかに雲隠れしてしまった。
世界はこの僅かなコアを国力に応じて分配。ISの研究・開発・操縦者育成にその力の大半を傾けた。
各国の軍事の在り方はISの圧倒的な性能から「ISがあればいい」という意見が大半となり、旧来の兵器はISの登場から僅か数年で衰退。その煽りを受け、多くの男性軍人、自衛官、技術者や研究者達が職を失った。
そして『ISを動かせるのは女だけ』という事実は、男女の関係をも劇的に変化させた。
男性に対し高圧的に何か言う女性と、それに黙って従う事しか出来ないでいる男性。最近、街を歩けば一度は見かける光景だ。
しかしそれを誰も咎めようともしない。何故こんな事になったか。それは『ISを動かせるのは女だけ』だからだ。
各国政府はISパイロットになれる可能性がある女性達を少しでも多く抱き込むため、あらゆる面において女性に有利な法律、条例を次々と成立。世界はあっという間に男女平等社会から女性優位社会となった。
これにより、世の中には「ISは強い、ISは女しか乗れない、よって女は強い。男は皆弱くて役に立たない」と言う風潮が拡がった。いわゆる『女尊男卑社会』の完成である。
実はかつて、一度父さんが逮捕された事がある。罪状は『名誉毀損』だった。
父さんに話を聞いてみると、デパートに買物に行った時に見ず知らずの女性から「このワンピースが欲しいから、あなたがお金を出しなさい」と言われ、それを断ったからだと言う。
後に示談が成立し不起訴処分になったが、父さんの経歴に若干の傷が付いたのは確かだった。
何とも理不尽な事だが、これが
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「ちょっと村雲!あんた掃除当番替わりなさい!」
私に声をかけて来たこの女子の名は
「村雲、あんた今失礼なこと考えてなかった?」
「まさか。さて、掃除当番だったね」
私は木葉の話をどうするか考えていた。
受けた場合のメリットは、木葉の機嫌を損ねない事。不用意に彼女を怒らせれば、間違いなく母親が飛んでくる。そしてとてつもなく面倒な事になるのだ。
以前彼女に楯突いた男子が、その翌日に父親の転勤を理由に転校して行った。彼女の母親が裏で手を回したらしい。あまりに突然の出来事にクラスの皆が唖然とした。彼女の得意気な顔がやけに印象的だった。
デメリットは帰宅時間が遅れる事。実はこれに関しても多少問題がある。うちの母さんは、門限の18時を過ぎると赤飯を炊こうとするのだ。盛大な勘違いなので頼むから止めて欲しい。
前世込みで間もなく35歳の男が、小学生女子に恋など出来ない。出来たらそれは変態だ。
受けなかった場合のメリット・デメリットは受けた場合の逆。私自身が翌日にはこの学校に居なくなってしまう可能性が高い事だ。明らかに受けなかった場合のデメリットが大きい。よってここは……。
「わかった。その話、受けよう」
「ふん!はじめからそう言いなさいよ!!」
言って彼女は盛大に足音をたてながら教室を出ていった。
「あ、竹子ちゃん待って!」
「じゃあ村雲、よろしく~♪」
木葉の後を二人の女子が追う。確か……
「さて、始めよう。教室よ、ホコリの貯蔵は十分か?」
……何やら変な電波を受信したようだ。
「よ、九十九」
教室掃除をしていると一夏と箒がやって来た。二人とはクラスが異なるので、帰る時は二人がこうして私の教室にやって来るのだ。
「おや、織斑夫妻ではないか。どうした?」
「ふっ夫妻!?ち、違うぞ九十九!!わたしは!!」
顔を真っ赤にしながら言っても説得力が無いな。
「そうだぜ九十九。俺と箒は幼なじみだ」
飛び出した一夏の朴念仁発言。隣の箒の機嫌が目に見えて悪くなる。
「ん?箒、どうした?」
「何でもない」
「いや、何か怒ってるじゃん」
「この顔は生まれつきだ」
やれやれ、この二人の関係が進む日は来るのかね?
「それより、聞いたぜ九十九。また木葉の掃除当番替わってやったって?あいつの言うことなんて無視すれば良いのに」
「なんだ一夏。お前は私に転校しろと言うのか?」
「何でそうなるんだよ?」
「彼女の母親の立場と権限がそれを可能にするのは、いつかの転校騒ぎで知っているだろう。だから彼女にとりあえず従っておくのが、私にとっての正解だ」
「ふん、軟弱者め」
「軟弱で結構。それが私の生き方だよ、箒。それより、掃除を手伝ってくれ。このままでは母さんが赤飯を炊こうとする」
「ああ、良いぜ」
「仕方ないな、手伝ってやろう」
三人で掃除をしていると、ふと気になったのか、一夏が私に質問をしてきた。
「そう言えば、何で九十九の母さんは門限過ぎると赤飯炊くんだ?」
「大人になったとでも思っているんだろう」
「は?」
「いずれ分かる。ほら、口ではなく手を動かせ」
「お、おう」
二人のおかげで掃除はすぐ済んだ。今日は母さんが赤飯を炊かなくてすみそうだ。
これが私の
自称
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他愛ない話をしながら、三人で帰路に付く。
一夏が話をふり、箒がそれに答え、私がその答えを元に二人を弄り倒す。箒が怒って実力行使をしようとして、一夏がそれを止める。疑いようのない、いつもの日常だった。この日までは。
篠ノ之家の前に着くと、黒服にサングラスという怪しい男達がいた。
「箒、帰ったか」
「箒ちゃん……」
箒の両親が深刻な顔で箒を出迎える。私にはこれから何が起きるのかがわかった。そうか、今日だったのか。
「あ、あの……?」
黒服の一人が箒の前へ進み出る。圧迫感を与えないようにか、膝を折って箒と目線を合わせると、静かに口を開いた。
「篠ノ之箒さん……ですね?」
「は、はい……」
「我々は防衛省の者です。これから貴方達には、国際的重要人物である篠ノ之博士の親族という事で、政府の要人保護プログラムを受けて頂きます」
「……え?」
別れの時が、近づいていた。
次回予告
別れがあれば、出会いがある。
出会いがあれば、また別れがある。
そうして人は繋がっていく。
次回「転生者の打算的日常」
#05
私の利にするのは難しいか?