転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#39 学園祭(企画)

「でやああああっ!」

 

ガギイインッ!

 

 重く鋭い金属音を響かせて、一夏と鈴が刃を交えて対峙する。

 9月3日。二学期が始まって初の実戦訓練は、一組・二組合同で行われた。

「くっ……!」

「逃がさないわよ!」

 クラス代表同士だという理由で始まったこの模擬戦は、開始当初こそ一夏が押していたが今は少しづつ鈴が押し返している。

 理由は単純明快。第二形態となった『白式』の、異様なまでの高燃費が原因だ。

 序盤で《零落白夜》を使い過ぎてしまった一夏の《雪片弐型》は、特徴的な光をすでに失いただの物理剣となっているし、距離が開けば撃てるはずの荷電粒子砲も、その為に回せるエネルギーが無い。有り体に言えば……。

「詰みだな。一夏に勝ちの目はもう無い」

 数十秒後、投擲した《双天牙月》を囮に一夏の足首を掴み、地面に向かって投げた後、衝撃砲を連射する鈴。それが十発ほど直撃した辺りで試合終了を告げるアラームが鳴る。

 言わずもがな、一夏の完全敗北であった。

 

 ちなみに、私はセシリアと対戦したのだが−−

「どうした?どこからでも攻めて来い」

「隙が……と言うより隙間がありませんわ!?」

「これぞ『フェンリル』の完全防御陣形『殻籠(からごもり)』だ」

 セシリアから見た私の姿は、一言で言えば『鉄のウニ』だ。『フェンリル』の周囲を《ヘカトンケイル》で隙間無く覆ったその様はどこから攻めても意味はないように映るだろう。更に……。

「《ヨルムンガンド》発動」

 『フェンリル』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)を発動させれば、エネルギー武装を主とするセシリアの『ブルー・ティアーズ』になす術はない。

「さあ、私を倒してみろ。出来るならだがな」

「くっ……降参ですわ……」

 たっぷり3分悩んだ後、セシリアは敗北宣言をした。

 なお、周りの評価だが「作戦としては認めるが、見た目がアレ」「男らしくない」「ドン引きです」と、結構散々だった。

 ちなみに「ドン引きです」と言った二組の子は、鈴曰く『腕挙げたら下乳見える』くらい丈の短い制服を着ているらしい。何それ見たい。

 

 

「これであたしの二連勝ね。ほれほれ、なんか奢りなさいよ」

「ぐうっ……」

「結果は一勝一敗か。互いに一品奢るでどうだね?セシリア」

「ええ、構いませんわ」

 前後半二回の実戦訓練の結果、一夏は鈴に連敗した。内容は前半戦とほぼ同じ。無計画にエネルギーを使いすぎた一夏を鈴が追い込んで、衝撃砲の連射を浴びせて終了だ。

 私は後半《ヘカトンケイル》と《ヨルムンガンド》の使用を禁止された状態でセシリアと対戦。互いに接近と離脱を繰り返しながらの高速射撃戦は、結局セシリアの勝利で幕を閉じた。

 その片付けを終え、私達は学食にやって来ていた。本音は今日は他の友人と昼食をとる約束をしていて、ここには居ない。

 ……別に、寂しいとか片腕が涼しいとか、思ってないぞ?ホントだぞ?

「いつの間にか《ヘカトンケイル》頼みの戦術になっていた。自分自身の精進が足らなかったな」

 セシリアの奢りの野菜スープ(大盛)を口にしつつ、今回の模擬戦の反省をする。私の台詞に思う所があったのか、セシリアが訊いてきた。

「わたくしの狙撃を全て紙一重で躱しておいて『精進不足』ですの?」

「全弾回避できてこそ、だ。ビットの攻撃は躱せていないからな」

 言いつつ自分で頼んだ高菜とベーコンの和風スパゲティー(大盛)を啜る。高菜の酸味とベーコンの塩気のコンビネーションが実に絶妙な一品だ。やはり学食のおばさんはいい仕事をする。今度また頼もう。

「いずれは全弾回避してみせよう、セシリア」

「言ってくれますわね……させませんわよ!」

 気炎を上げつつ私の奢りのクラブハウスサンドに齧り付くセシリア。一口が大きかったのか、呑み込むのに苦労していたがそれはどうでもいい。

 

「ラウラ、それおいしい?」

「ああ。本国以外でここまでうまいシュニッツェル(仔牛のカツレツ)が食べられるとは思っていなかった」

 相変わらずシャルと仲の良いボーデヴィッヒが、皿に盛られたドイツ料理のシュニッツェルを一切れ切り分けてシャルに寄越した。

「食べるか?」

「いいの?」

「うむ」

「じゃあ、いただきます。食べてみたかったんだ、これ」

 ボーデヴィッヒから分けて貰ったシュニッツェルを頬張って、シャルは幸せそうな顔をする。

「ん〜!おいしいね、これ。ドイツってお肉料理がどれもおいしくていいよね」

「ま、まあな。ジャガイモ料理もおすすめだぞ」

 自国の事を褒められたからか、ボーデヴィッヒの頬は微かに赤い。そんな様子を見ていたら他のメンバーも話に加わりたくなったらしく、料理談義に花が咲く。

「あー、ドイツって美味しいお菓子多いわよね。バウムクーヘンとかババロアとか。中国にはああいうのあまり無いから、羨ましいっちゃ羨ましいわね」

「私はザッハトルテが好きだな。あの濃厚な味がクセになる」

「あ~、あれもおいしいよね」

 私に同意し、しきりに頷くシャル。ちなみにシャルはシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテが好きだと言う。

 シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテとは、簡潔に言えば桜桃入りチョコレートケーキの事である。

「そうか。では今度部隊の者に言ってフランクフルタークランツを送ってもらうとしよう」

 フランクフルタークランツと言えば、確かクルミ入りカラメルで覆われたバターケーキだったか。王冠のようなリング形状が特徴的な一品だ。

 しかし、バームクーヘンといいババロアといいクランツといい、ドイツの菓子職人は中心の穴に拘りでもあるのか?

「ドイツのお菓子といえばわたくしはあれが好きですわね。ベルリーナー・プファンクーヘン」

 そう言ったのはなんとセシリア。シャルがキョトンとしてセシリアに聞き返す。

「えっ。ベルリーナー・プファンクーヘンって、ジャム入りの揚げパンだよね?しかも砂糖の衣がついてるからカロリーがすごいと思うけど……セシリアはアレが好きなの?」

 それに対してセシリアは「ちゃんとカロリー計算をしているから大丈夫」だと言う。何故なら、ベルリーナーを食べる時はその日一日他に何も口にしない覚悟をするかららしい。

 それ程に重い覚悟がいると言うのか?菓子くらい好きに食えばいいだろうに。−−と言えば女子達が怒るから言わないが。

 ちなみに、揚げパンと聞いて箒が「うまそうだな」と漏らしていた。箒は小学校時代、給食で出てくれば一般的な女子なら半分は残すだろう揚げパンをしっかりと完食していた。……流石だな。とか言ったら怒るだろうから言わんがね。

 鈴はセシリアにゴマ団子を作ってやろうかと提案。概要を聞いたセシリアが「美味しそうだけどカロリーが……」と悩んでいるのを見て「食べたくなったら言ってよ」と助け舟を出した。

「鈴さん……思っていたよりいい人ですわね……」

「思っていたよりって何よ!思っていたよりって!」

 ギャーギャーと言い合いをしだすセシリアと鈴を見た一夏が「相変わらず仲いいよな」と呟いた。いや、仲いいのかあれ?まあ『喧嘩する程』という事にしておこう。

 ボーデヴィッヒは夏休みに行った抹茶カフェで食べた水羊羹が気に入ったらしく、あれから頻繁に行っているようだ。部隊の者にそれを言うとえらく羨ましがられ、その上生八つ橋を要求されたそうだ。それで良いのか?ドイツ特殊部隊。

「春は砂糖菓子、夏は水羊羹とくれば、秋は饅頭だな」

「じゃあ冬は?」

「煎餅だ」

「お見事。日本人の鑑だな、箒」

 しかし、菓子の話ばかりいていると何やら食べたくなってくるな。近い内『ストーンフォレスト』に行こう。

 

 菓子談義はここで一旦終了。話は『白式』の事へ移る。

 進化した『白式』は、シールドエネルギーを犠牲にする武装が二つになったばかりか、ウィングスラスターの大型化によってさらに大飯ぐらいになった。

 スラスターはシールドエネルギーを食わないが荷電粒子砲と同系のエネルギーのため、使い分けと切り替えタイミングの見極めが最も重要になる。よって、一夏が今後やるべき事を挙げると−−

 

 1.近距離戦と遠距離戦の即時切り替えの習得

 2.1に伴う基本戦略の再構築

 3.1、2に伴う射撃訓練と新装備の経験訓練の追加

 

 ……頭が痛いだろうな。やる事が山積み過ぎて。

「お前はいいよな。そんなに性能変わってなくて……」

 沈んだ顔で私を見る一夏。確かに私の『フェンリル・ラグナロク』は、外見だけを見れば精々ウィングスラスターが増えて装甲がスマートになった位にしか見えないだろう。が、『フェンリル』の第二形態移行(セカンド・シフト)がそれで終わりなどという事はない。

「見た目にはそう変わっていないように見えるだろうが、中身が大違いなんだぞ?」

 《ヘカトンケイル》には戦術支援AIが搭載されたし、超超大容量拡張領域(バススロット)世界樹(ユグドラシル)』の容量は進化前に比べてほぼ2倍になっている。

「2倍って……確か『ユグドラシル』って『ラファール』のフル武装が20機分積めるって言ってたよね?つまり……」

「40機分!?」

「もはや空飛ぶ軍事基地だな」

「いや、そんなうまい話でもなくてな」

 と言うのも、容量が約2倍になったはいいが、その分《ヘカトンケイル》が《ヨルムンガンドモード》への変形機構を備えた事で腕一本あたりのデータ量(重さ)が増え、実質的な容量は進化前に比べて殆ど増えていないのだ。

「いい事ずくめって訳にはいかないんだね。第二形態移行って」

 シャルの呟きに頷いて答える。

「まあ、《ヘカトンケイル》が今まで以上に繊細な仕事が出来るようになった事が最大の進化点だな」

 実際、進化前には『殻籠』なんて出来なかった。もし以前のままなら、配置しただけで脳がパンクする程の繊細な作業だからな。

「そんな訳で一夏。お前に比べれば少ないが、私にもやる事は山積しているんだよ」

 戦闘支援AIの経験値上昇に、それを元にした本体()との連携戦闘訓練。装備内容の見直しと、やはりやる事は多い。……私も頭が痛いよ。

 

 この後「誰が一夏と組むか」で一夏ラヴァーズが言い合いを始めた。

 『白式』のエネルギー問題を一発解決出来る単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)、《絢爛舞踏》を持つ箒の『紅椿』。

 AICで目標を停止させ、《零落白夜》を叩き込む隙を作れるボーデヴィッヒの『シュヴァルツェア・レーゲン』。

 近・中距離格闘型で、かつパワータイプであるため『白式』との連携が比較的容易な鈴の『甲龍』。

 遠距離狙撃型であるため、『白式』の苦手距離をカバー出来るセシリアの『ブルーティアーズ』。

 どれも一夏のペアとしては優秀と言えるが、いざペアを組むとなった時一夏が選ぶと言ったのは。

「シャルロットかなぁ」

「へっ?僕!?でもごめん、僕組むなら九十九がいいから」

 急に話を振られて驚いたのか、カルボナーラを食べる手を止めるシャル。しかし、次の瞬間に話を振った一夏を振る。

「ありがとう、シャル。その言葉は素直に嬉しいよ。で?なぜシャルだったんだ?事と次第では……」

 一夏を睨みつけ、怒気を滲ませる。他のテーブルにいた女子達が震えたり気絶したりしているが気にしてはいられない。それに慌てたのか、一夏が顔の前で手を振りながら弁明をした。

「ちょっ!?待った待った!!前に組んだ事があるって、それだけだって!」

「なんだ、そうなのか?まったく人騒がせな……」

 それを聞いた瞬間思わず脱力。渦巻いていた感情はどこかへすっ飛んだ。そうだった。コイツはそういう奴だった。イラッとした私が馬鹿みたいではないか。

 そして、そんな一夏の発言はラヴァーズにとっては決して看過できないもので。

「あんたひどいわね……」

「女心と九十九心を分かっていないな、まったく……」

「一夏さんの唐変木ぶりは時折許せませんわね」

「嫁よ、それは無いぞ」

 と非難の嵐。それに晒された一夏は何故そこまで言われないといけないのかと憮然としていた。

 そんな事もありつつ、昼食は終了。私達は午後の実習へ向け再度アリーナへと向かうのだった。

 

 

「やっぱり無駄に広いもんだ……」

「かと言って、私達のために更衣室を新設するという訳にもいかんだろうしな……」

 現在私達しか居ないロッカールームは、部屋を静寂が支配していてどうにも落ち着かない気分になる。静かなのは良いが、静か過ぎるのも考えものだな。

 一夏が着替え終わると同時に『白式』のコンソールを呼び出して調整を開始する。

「うーん……。やっぱり《雪羅》に割いてるエネルギーが多すぎるな。これもうちょっと抑えられないもんかな……」

 ブツブツ呟く一夏の方に目をやると、後ろから一人の女子生徒が近づいていた。あの人は……。

 私の視線に気づいたのか、彼女は人差し指を唇に当て『静かに』とジェスチャー。その直後、一夏の両目を手で塞いだ。

「!?」

「だ~れだ?」

 発された声は同級生より大人びていて、そのくせ楽しさが滲み出ているかのような笑みを多分に含んだ、言うなれば悪戯を楽しむ子供のようであった。

 事態を飲み込めていないのか、彼女の指の感触を楽しんででもいるのか、一夏は数秒の間呆けていた。

「はい、時間切れ」

 そう言って一夏を解放する彼女。何者なのかと一夏が振り返る。そこにいたのは。

「……誰?」

 一夏にとって知らない女子生徒。リボンの色で辛うじて先輩だと分かる程度の、見た事もない女子だった。

「んふふ」

 その先輩は、困惑する一夏楽しそうに眺めながらどこからともなく扇子を取り出し、口元へ持っていく。改めてその先輩に私も目を向ける。

 全体的に余裕を感じさせる態度。しかし嫌味なものではなく、どこか人を落ち着かせる雰囲気がある。それとは逆に悪戯っぽく浮かべられたその笑みは、別の意味で落ち着かない気分にさせる。

 要するに『何かされるのではないか?』という妙な不安と、向こうが見えない不透明性を感じるのだ。神秘的−−と言うと褒めすぎなんだろうな。

「あの、あなたは−−」

「もしや、あなたは−−」

「あっ」

 何かに気づいたかのように一夏の後ろに視線をやる先輩。一夏とともに後ろを見ると−−

「引っかかったなぁ」

 ムニッ。と頬を扇子と指(ちなみに私が指)で押された。

「「…………」」

 自分でも驚くほどあっさり引っかかった事にしばし呆然。と、先輩が口を開いた。

「それじゃあね。君たちも急がないと、織斑先生に怒られるよ?」

「え?あ……」

 言われて時計を見た私は、顔を青くする。まずい。非常にまずい。

「九十九?どうしたんだ……よ……」

 冷汗を流す私に何かを感じた一夏が時計に目を向けて固まる。すでに授業開始から3分が経過。千冬さんの堪忍袋の緒が切れるかどうかという時間だ。

「だああっ!?やばい!まずい!」

「と、とにかく急ぐぞ!」

 走り出す直前に元凶たる人物に目を向けたが、そこには誰もいなかった。一体いつ居なくなったんだ?

 

 

「で?遅刻の言い訳は以上か?」

 地獄先生ちっふ〜降臨。その言葉には慈悲というものが全く感じられなかった。

「いや、あの……あのですね?だから、見知らぬ女生徒が−−」

「ではその女子の名前を言ってみろ」

「だ、だから!初対面「恐らく、更識楯無(さらしき たてなし)先輩です」です……って、へ?」

「ほう、なぜそう思う。村雲」

 千冬さんの視線がこちらに向いたのを確認し、私は理由を語る。

「IS学園総合事務受付。そこには、学園案内用のパンフレットが常備されています。当然ご存知ですよね?」

「ああ……そういう事か」

 納得の行ったらしい千冬さんが瞠目して頷く。一方、訳の分からない一夏は重ねて訊いてくる。

「九十九、そのパンフレットとあの先輩になんの関係があるんだ?」

「あのパンフレットには、教師陣と当代生徒会長が写真付きで紹介されている。あの人の顔は、それに載っていた」

「えっと……つまりあの人は……」

「そう、IS学園の現生徒会長だ。接触してきた理由まではわからんがな」

 嘆息し、俯く千冬さん。何か思う所でもあるのだろうか?その表情は前髪に隠れて伺い知れない。

「そうか、奴とな……。まあ、それなら仕方ない……とは言わん」

「「え?」」

「奴に絡まれたとはいえ、女子との会話を優先して授業に遅れた。という事実に変わりはない」

「ですよね~……。で、何をすれば?」

「九十九!?諦め早すぎだろ!」

 千冬さんの授業に遅れた時点で何かしらの罰を受けるのは分かりきっていた事。覚悟を決めるしかあるまいよ。

「デュノア、高速切替(ラピッド・スイッチ)の実演をしろ。的はそこの馬鹿共で構わん」

「いや、俺が構うんですが!?」

「諦めろ一夏。全て決まっていた事だ。そう、織斑先生の授業に遅刻したあの時から……」

「何カッコつけてんの!?そ、そうだ!九十九、シャルロットにやめるように言ってくれ!」

「期待はするなよ。……あ~、シャル。その……なんだ」

 チリ一粒ほどの望みをかけてシャルに視線を送ってみると、にこっ、と極上の笑みが返ってきた。

「おお!イケるんじゃないか!?」

「いや、駄目だ。あの笑みは……」

「それじゃあ織斑先生、実演を始めます」

「おう」

「のおおおおおっ!?」

 やはりそうだった。シャルの笑顔は慈愛の女神のそれではなく、無慈悲な告死天使のそれだった。

 フワリと空中へ進み出るシャル。その手に量子の光が集まり、銃器を構成していく。

「あ~、シャル……ロットさん?」

「なにかな?村雲くん」

 怒ってる、それも物凄く。だってほら、額に井桁が浮かんでるし、敬称付きの苗字呼びだし……。

「始めるよ、『リヴァイブ』」

「てか俺、ナチュラルに無視されてねえ!?ちょ、ちょっとま−−」

 

パラララララッ‼

 

 放たれる銃声の大音量にかき消されて聞こえなかったが、「九十九の……ばかーーっ‼」とシャルが叫んだ気がした。

 なお、弾幕の密度は私が8に対して一夏が2だった。正直本当に死ぬかと思ったよ。

 その後、必死の謝罪と本音のとりなし、そして夕飯の「あーん」で何とかシャルに許して貰えた。周りの目が痛かったが、それよりもシャルが不機嫌でいる事の方が私にとって痛いので気にしていられなかった。

 

 そんな事があった翌日、全校集会が体育館で行われた。今回の議題は、まもなく始まる学園祭についての事だ。

 議事進行役に呼ばれて壇上に上がった人物を見て、私は静かに嘆息する。果たしてそこに現れたのは、つい昨日私がシャルから弾丸の雨を浴びせられる要因になった女生徒。

「さて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 にっこりと笑みを浮かべて言う更識会長。その笑みは異性同性問わず魅了するらしく、生徒の列のあちこちから熱の篭った溜息が漏れる。

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは」

 閉じた扇子を慣れた手つきで取り出し、横へとスライド。応じるように空間投影ディスプレイが浮かび上がる。

「名付けて、『各部対抗織斑・村雲争奪戦』!」

 

ぱんっ!

 

 小気味良い音とともに開いた扇子に合わせ、ディスプレイに私と一夏の写真が映し出された。

「え?」

「は?」

「「「ええええ〜〜っ!?」」」

 割れんばかりの絶叫に、体育館が比喩ではなく揺れた。

 突然の事態に暫し呆然としていると、視線が一斉に私と一夏に集中する。と言っても、殆ど一夏に向いていたが。

「静かに。学園祭では毎年各部活動ごとに催し物を出し、それに対して投票を行って、上位の部には部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思い−−」

 びしっ、と扇子で私達男子を指す会長。

「織斑一夏、村雲九十九の両名を、一位の部活動に強制入部させましょう!」

 再度上がる雄叫び。いや、女子ばかりだから雌叫(めたけ)びか?

「うおおおおおっ!」

「素晴らしい、素晴らしいわ!会長!」

「私たちにできない事を平然とやってのける!そこに痺れる、憧れるうっ!」

「こうなったら、やってやろうじゃん!!」

「一位を取れ。そう囁くのよ、私の(ゴースト)が!」

「今日からすぐに準備を始めるわよ!ああ!?秋期大会?ほっとけ、そんなん!」

 秋期大会をそんなん呼ばわり……。いいのかそれで?

「ってか、俺たちにそんなお得感あるか?女子の大会に出場なんて出来ないし、俺はマネージャーって柄でもないぜ?」

「それ以前に未承諾だ。だが、ここまで盛り上がってしまっては今さら『聞いてないので却下』とは言えん。あの女狐め……」

 苦々しく会長を睨み付けると、「あはっ♪」とウィンクを返された。……おのれディケイド、もとい更識楯無……。

「よ~し、盛り上がってきたあっ!」

「今日の放課後から集会するわよ!意見出し合って多数決で決めるから!」

「最高で一位、最低でも一位よ!」

 そして、一度火が着いた女子の群れは止まる事を知らない。かくて、本人達初耳かつ未承諾のまま、私と一夏の争奪戦が始まった。

 

 その日の放課後、特別ホームルームが行われた。クラスでの出し物を決めるための話し合いは様々な意見が出された。のはいいのだが……。

「えーと……」

 一夏はクラス代表として皆の意見を纏める立場にあるのだが、出て来た意見はどれも一夏にとって得をしない物ばかり。

 『織斑一夏のホストクラブ』『織斑一夏とツイスター』『織斑一夏とポッキーゲーム』『織斑一夏と王様ゲー厶』等等……。

「却下」

 一夏がそう言うと、えええぇーっ!!と大音量サラウンドでブーイングが響く。

「アホか!誰が嬉しいんだ、こんなもん!」

「私は嬉しいわね。断言する!」

「織斑一夏は女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

「織斑一夏は共有財産である!」

「他のクラスからも色々言われてるんだってば。うちの部の先輩もうるさいし」

「ね、織斑くん。助けると思って!」

「メシア気取りで!」

 と、一斉に言い募る女子一同。一夏が困り顔で視線を彷徨わせるものの、そこに千冬さん(抑止力)は存在しない。

 曰く『時間がかかりそうだから、私は職員室に戻る。後で結果報告に来い』との事。何とも優しい姉上だ。涙が出るね。

 困った一夏が山田先生に意見を求めるものの、先生は頬を赤らめ「私はポッキーのなんかいいと思いますよ?」と発言。結果として、一夏は思い切り地雷を踏む事になってしまった。

「とにかく、もっとまともな意見をだな……」

「メイド喫茶はどうだ」

 そう口にしたのは意外な人物。と言うか、ボーデヴィッヒだった。クラスの全員がポカンとする。

「客受けは良いだろう。それに、飲食店は経費の回収ができる。確か、招待券制で外部からも客を入れるのだろう?それなら、休憩所としての需要も少なからずあるはずだ」

 常と変わらぬ淡々とした口調だが、あまりに本人のキャラにそぐわぬ物言いに、クラスの皆が理解に時間を要した。

「え、えーと……みんなはどう思う?」

 一夏が皆に声をかける。多数決をとるにせよ、まずは反応を見ない事には仕方が無いしな。しかし、急に話を振られたためかクラス全員がキョトンとしたままだった。やれやれだな……。

「どう思う?シャル」

「うん、いいんじゃないかな?九十九と一夏には執事か厨房を担当してもらえばオーケーだよね」

 私とシャルがボーデヴィッヒに援護射撃を行うと、それは見事に一組女子の琴線にクリティカルヒットした。

「織斑君、執事……いい!」

「村雲君の執事姿……嫌いじゃないわ!」

「それでそれで!」

「メイド服はどうする!?私、演劇部だから縫えるけど!」

 一気に盛り上がる女子一同。一夏も流石にこれに水を差すのは躊躇われたらしく、成り行きを見守るモードに入っている。

「それなのだが、ラグナロク(うち)の服飾部門にコスプレグッズ専門店『ヴァルハラ』がある。私から店長に言えば格安で貸してくれると思うが……まあ、無理でも怒らないで欲しい」

 そう告げると、クラスの女子は声を合わせて『怒りませんとも!』と断言する。

 

 こうして、我等が一組の出し物はメイド喫茶改め『ご奉仕喫茶』となった。少しは原作と変わるかと思ったが、そこは変わらなかったらしい。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)が『鈴ちゃんのチャイナドレス……超見てぇ!!』と目の幅涙を流していた気がした。

 ほんとに好きだね、アンタも。ってあれ?原作展開知って……るよな。うん。

 

「ところで……諸君」

「「「なに?村雲君」」」

 私は、少しだけ気になった事を訊いてみる事にした。

「『織斑一夏と』シリーズはあったが、『村雲九十九と』シリーズはなかった。何故だ?」

 キョトンとするクラスの女子一同。その後口を揃えて言ったのは。

「「「村雲君はデュノアさんと本音の占有財産でしょ?だからだけど」」」

「え?君達の認識ってそうなってるの?」

 意外な事実に今度は私がキョトンとしてしまった。

 

 

「という訳でして。お願いできませんか?……そうですか、よかった……ありがとうございます。……条件?何でしょう?……それを私にやれと?……わかりました、やりますよ。やればいいんでしょ?はぁ……。それでは、後ほど接客係のサイズ表を送らせていただきます。……ええ、では」

 一夏が職員室の千冬さんに経過報告を行っている間、私は『ヴァルハラ』店長に電話を掛け、メイド服と執事服の貸し出しの相談をしていた。幸い店長が非常に乗り気で『九十九ちゃんの頼みですもの♡ロハでいいわよ♡ただし、条件付きでね♡』と言ってくれた。一体どんな条件だったのかは、後々語る事になる……かも知れない。

「よう、待たせたか?」

 千冬さんに報告を終え、一夏が職員室から出て来た。私は携帯をポケットに仕舞いつつ「さして待っていない」と返した。

「そうか。じゃあ、行こうぜ」

「いや、その前に客あしらいだ」

 そう言って目を向けた先には、ここ数日の災難の元凶たる人物である……。

「やあ」

 IS学園生徒会長更識楯無が、朗らかな笑みを浮かべて立っていた。




次回予告

最強の女は「君は弱い」と言った。
「そんな事は無い」と少年は吠えた。
よろしい、ならば手合わせだ。

次回「転生者の打算的日常」
#40 証明

一夏、お前は彼女の事を何も知らないぞ。

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