転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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ちょっと長くなりそうなので、前後編に分けました。
まずは買物編からどうぞ。


#36 金銀買物行

 その日の朝、シャルロットは命の危機に陥っていた。

「あのー、ラウラ?」

「う……?」

 なにせ、隣で眠るラウラが酷く魘されていたので声をかけようとしたら、突然押し倒されて頸動脈にナイフを当てられる。という、声を出すのが遅かったらどうなっていたかとシャルロットに思わせるものだったのだから。

 ラウラはシャルロットの説明に「そ、そう……か」とだけ口にした。彼女の体は寝汗でびっしょりで、長い銀髪が肌にまとわりついていた。

「……で、いつまでこのままなのかな?」

「そ、そうだな……すまない」

 ラウラはシャルロットの頸動脈に当てていたナイフをどけ、そのままシャルロットからも離れる。

「別にいいよ。気にしてないから」

「そうか。助かる」

 ラウラは当初、この部屋割りに戸惑った。しかし、ルームメイトのシャルロットが非常に気の利く存在だったため、むしろ今ではこの編成に感謝している。

 学年別タッグマッチトーナメントでの対決の後も別段気にした様子はなく、改めてルームメイトとして、友人としての付き合いをしてくれていた。

(そのシャルロットに刃物を向けるなど……どうかしてる)

 溜息を漏らし、ベッドから降りるラウラ。シャルロットもそれに続く。

「ところでさ、ラウラ」

「なんだ?」

「あのー、やっぱり服は着ないのかな?」

 改めてシャルロットは指摘する。というのも、実はこのラウラ、就寝時にいつも全裸なのだ。その理由というのが−−

「寝る時に着る服が無い」

「そうかもしれないけど……ああもう、風邪引くってば」

 常にサイドテーブルに置いてあるバスタオルはこの為だ。毎度のように、シャルロットはラウラの体にバスタオルをかけた。

「すまないな。ところで私はシャワーを浴びてくるが、お前はどうする?」

「うん、僕も浴びようかな。冷汗かいたし」

「一緒にか?」

「ち、違うよ!ラウラの後!」

「冗談だ」

 いつも通りの冷淡な調子でそう言われたシャルロットは、一瞬ポカンとしてしまう。

 その間にラウラはシャワールームへ行ってしまった。パタンとドアを閉じる音が聞こえた。

(前は冗談なんて言わなかったのに、どうしたんだろ?)

 心境の変化でもあったのか。友人としては気になる所だった。

(それはそれとして、やっぱりパジャマをなんとかしないと)

 うーん、と朝から唸るシャルロットだった。

 シャワーを浴びて着替えてから食堂へ向かう途上で九十九を発見したシャルロット。

 声をかけ、ともに食堂へ向かう。その時、シャルロットにふとある考えが浮かんだ。

「……うん、いいかも」

 その呟きは九十九とラウラには届かなかったらしく、二人は無言でシャルロットの前を歩いていた。

 

 

「なに?買物?」

「うん、そう」

 寮の食堂、そこで早めの朝食を取りつつ、シャルとボーデヴィッヒは話し合っていた。

 二人の他には私と朝練をしている部活動の子達がチラホラといる程度で、全く混み合っていない。

 私のメニューは中華粥(特盛)と漬物のセット。二人はマカロニサラダとトースト、ヨーグルトのセット。ただし、ボーデヴィッヒはそこにさらにもう一品加わる。

「朝からステーキって……胃がもたれない?」

「何を言う。朝に一番食べる方が稼働効率はいいのだぞ。科学的にも証明されている。そもそもあとは寝るだけの状態−−夕食を最も多く取るというのがおかしい。消化されないエネルギーは全て脂肪になるからな。太りたいなら別だが」

「それ、一夏(君の嫁)に聞いたろう?」

「その通りだ」

「だと思った……ラウラっぽくなかったもん、今の喋り」

 言って胸を張るボーデヴィッヒ。存外感化されやすい性格なのかもしれないな。

 この後、シャルがサラダのマカロニをフォークに通して食べるのを見たボーデヴィッヒが、それを面白がったのか自分もやってみる事に。すると、何かが彼女の琴線に触れたらしく、ボーデヴィッヒはフォークの全ての先端にマカロニを通そうとサラダをいじり始めた。

「む、く、これは思ったよりも難しいな……この」

 最後のマカロニがなかなか通らず、悪戦苦闘するボーデヴィッヒ。それにシャルが見とれていた。

「どうした?シャル」

 ボーデヴィッヒの集中を切るのも悪いので、小声でシャルに声をかける。

「あ、うん。昔飼ってた猫を思い出して」

 シャルはその猫の事を(小声で)語りだした。

「あの子、変な所で不器用でね。毛糸をずっと追いかけたりして、最後は玉じゃなくなって、不思議そうな顔してたっけ」

「そうなのか。お、いけそうだな」

「出来た」

「「おー」」

 先端にマカロニを通したフォークを軽く持ち上げるボーデヴィッヒとそれに拍手をするシャル。

 私は感嘆の声を上げるにとどめたが、それでも食堂にいた他の女子達は何事かと目をしばたたかせていた。

 

「それで、買物には何時に行くんだ?」

「あ、うん。10時くらいに出ようかなって思うんだけど、どうかな?1時間くらい街を見て、どこか良さそうなお店でランチにしようよ。そうだ、九十九も一緒にどうかな?」

「構わんよ。荷物持ちは必要だろうしな」

「そうじゃないんだけど……まあいいや」

 嘆息するシャル。彼女の思惑は別の所にあったらしいが、それが何かはわからなかった。

「おおそうだ、折角だし嫁も誘っていこう。うむ、私はいい亭主になるな」

「あはは……。そうだね……」

 ボーデヴィッヒのどこかずれた発言に、苦笑するしかないシャルだった。

 

 食堂から帰る途中、本音に出会った。思ったよりも早く起きてきた事に驚いたが、その目は眠そうだ。

 私に今日の予定を聞いてきたので、シャルと買物に出る事を伝えると「わたしも行く〜」と言った。秋物の服を見ておきたかったらしい。

 「なぜ今、秋の服を……?」と不思議そうに呟いたボーデヴィッヒの声は、私にしか聞こえなかったようだった。

 

 

 そして午前10時。『IS学園前駅』北口。私達四人はそこに集合していた。当然全員私服……だと思いきや。

「ボーデヴィッヒ、なぜ制服なんだ?」

「私には私服がなくてな」

「制服の前は軍服を着て出ようとしてたの……で、仕方なく」

「軍服って……そんな姿で街に出たら……」

「コスプレだって思われるね~」

 ちなみに、シャルと本音はちゃんと私服だ。シャルは夏らしい白を基調としたワンピース。淡い水色を加えて、涼しさと軽快さを醸し出している。

 本音は臨海学校前の買物の時に着ていたライトイエローのワンピース。開いた胸元が可愛らしさと大人っぽさを同居させている。

「おそろー!」

「おっそろ〜!」

 イェーイ、とハイタッチする二人。どうやら衣装被りは気にならないらしい。

 これが一夏ラヴァーズなら、盛大な罵り合いが始まるか、お互い気まずくなって誰からともなく着替えに行くかだろう。本当にこの二人が仲良しで良かったと思う。

 

「ここから新世紀町駅前に行くなら、今の時間はバスの方が早いな」

「む?何故だ?電車ならいくらでも来るだろう」

 私の発言に訝しむような視線を向けるボーデヴィッヒ。確かに普通はそう思うだろう。

「それはそうなのだが、今からだと20分は待つ事になる。それから移動に10分の、合計30分。一方……」

 私はちらりとシャルに目を向ける。シャルがそれに頷いて口を開く。

「バスなら丁度今来たとこで、移動時間はちょっと遠回りだから20分くらいかな」

 シャルの視線の先には『椚ヶ丘・新世紀町』の掲示板を出したバスが停まっていた。

「そうか。わかった」

「じゃ〜れっつご〜!」

 バス停に向かい、そのまま乗り込む。夏休み期間の10時過ぎという事もあって、車内はかなり空いている。窓が開いている所を見ると、都市部のバスにしては珍しく、窓からの風で涼を得るタイプらしい。

 やがてバスが走り出す。窓の外の景色を眺めるシャルを風がゆっくりと撫でていく。僅かに揺れる髪が、夏の陽光で金色に煌めいている。

 一方、その隣のボーデヴィッヒはと言えば、えらく真剣な眼差しで町並みを眺めていた。その目付きは軍人そのもので、何を考えているのかなんとなく察せた。おそらく『戦時下における市街地戦のシュミレーション』をしているのだろう。

 さっきから小さく「あそこは狙撃地点に使えそうだな」とか「向こうのスーパー、ライフラインとして機能させられるな」とか言っているので間違いないだろう。

 日光を受けて鮮やかに輝く銀髪と鋭い目線が超俗的な雰囲気を醸している。のだが、そんな言葉を聞いてしまっては残念という印象しかなくなる。元はいいのに、勿体ないな。

 

「ね、ね、あそこ見て。あの二人」

「うわ、すっごいキレ〜」

「隣の子も無茶苦茶可愛いわよね。モデル?」

「そうなのかな?銀髪の子が着てるのって……制服?見た事ない形だけど」

「あれ、IS学園の制服よ。カスタム自由の」

「IS学園って、確か倍率が1万超えてるんでしょ?」

「そ。入れるのは国家を代表するクラスのエリートだけ」

「うわ~。それであの綺麗さって、なんかズルイ……」

「神様は不公平なのよ。いつでも」

 シャルとボーデヴィッヒに注目している女子高生のグループが、声のボリュームを抑えもせずに騒いでいる。

 そんな風に盛り上がっている会話は、バスという狭い空間では当然二人にも届いていた。

「…………」

 シャルはそんな風に褒められた経験が無いためか恥ずかしそうに俯き、一方のボーデヴィッヒは聞き流してでもいるのか顔色一つ変えない。そして……。

「つくもん、わたしたち空気だね~」

「……言うな、本音」

 私達は話題にすらならなかった。悲しくはないが、虚しくなった。

 

 

 新世紀町駅前でバスを降り、レゾナンスへと歩を進める。

「今回もここか」

「なんでも揃うしね〜」

「学園からも近いし」

「その割には謙虚な売り文句だな」

 レゾナンスの駅北口側の正面入口。そこにはレゾナンスのキャッチコピーが二本一組の垂れ幕となってはためいている。そこにはこう書いてあった。

 

『凄いな、なんでも揃ってる。レゾナンス』

『なんでもは揃ってないさ。揃っている物だけだよ。レゾナンス』

 

 ……なんだろう?どこかで聞いた事のあるような……。

 

 シャルがファッション雑誌と店内の案内図を見ながら回る店の順番を決める。ボーデヴィッヒはそういった事にとことん疎いようで「よくわからん。任せる」と、完全にシャルに丸投げていた。

 元来我の強い性格をしているボーデヴィッヒだが、シャルの言葉はやけに素直に聞くし抵抗なく頷いている。

 相手が他のラヴァーズだったら、ボーデヴィッヒは例え分からなくても分からないなりに自分でなんとかしようとする筈だ。

 『母性』それがシャルの言葉では言い表せない魅力の一つ。なのかもしれない。

 

 という訳で、ボーデヴィッヒに必要な夏服と今後必要となる秋服を買うため、7階に向かう事に。

 先に夏服のセール品を買い、その後で秋服を見に行こうとなったのだが、ボーデヴィッヒが「秋の服はいらない」と言った。

「え?いらないって……」

「ど~して~?らうらう」

「今は夏だからだ」

 何でもないように答えるボーデヴィッヒに、シャルと本音が唖然としてしまう。

「秋の服は、秋になってから買えばいい」

「いや、あの……あのね?ラウラ」

「女の子はふつ〜、季節を先取りして服を用意するんだよ〜」

「そうなのか。−−確かに、戦争が始まってから装備や兵を調達しても間に合わん。そういう事か?」

「えっと……うん、それで合ってるよ」

 単純に女の子としての感性の問題だが、ボーデヴィッヒは理屈でそう理解したようだ。

 シャルもそれを一概に間違いだと言うのも変な話だと思ったのか、取り敢えずそれで良しとしたらしい。

 

「じゃあ、まずはここからね」

 まずやって来たのは、レゾナンス東棟7階のレディースファッションショップ『サード・サーフィス』

「変わった名前だな」

「でも人気はあるみたいだよ」

「だね~。女の子もいっぱいいるし〜」

 そう言われて店内を見たボーデヴィッヒ。そこには女子中高生がいっぱいいた。

「じゃあ、行こ?」

「うむ」

「おっけ〜」

 言って店内に入っていく三人の後ろをついていく。セール中という事もあってか、店内はそれなりに騒々しい。しかし、シャルとボーデヴィッヒが店内に入った瞬間、その喧騒が静まった。……なんだ?どうした?

 

 

 シャルロットとラウラが店に入った時、最初にそれに気づいたのはこの店の店長だった。

 その姿を視界に収めた店長は、あまりの衝撃に客に渡すはずの紙袋をその手から滑り落としてしまった。しかし、その事に全く気づけないほど、店長の視線は彼女達に釘付けだった。

金髪(ブロンド)銀髪(プラチナ)……?」

 店長の異変に気づいた他の店員もその視線を追う。そしてそのまま、魅了されたかのように呟く。

「お人形さんみたい……」

「なにかの撮影……?」

「……ユリ、お客さんお願い……」

 店長が二人に視線を固定したまま、熱に浮かされたような足取りで二人の方に歩み寄って行く。

「え、ちょっと、私は?ていうか、服……落ちたまま……だし……」

 接客を受けていた女性客も、シャルロットとラウラを見て文句の言葉が出なくなったらしい。ちなみに……。

「わたしたち、また空気だね~」

「だから言うな、本音……」

 九十九と本音は、自分達に目を向ける者が誰もいない事に気づき、揃って苦笑いを零すのだった。

 

 

 ボーデヴィッヒをシャルに任せ、本音とともに一つ下の階で本音の秋服を見て回った。

「あ、これかわい〜。つくもんはどう思う〜?」

 本音が見せてきたのはワインレッドのタートルネックセーター。秋らしい色合いだが、どうも本音には色味が濃い気がした。

「君にはもう少し淡い色が似合うと思うんだが。例えばこっちのライトオレンジとか」

「う~ん、そ~かな~?じゃ〜ちょっと着てみるから、どっちがいいかつくもんが決めて~?」

「ああ、分かった」

 本音が私と自分の選んだセーターを持って試着室に行こうとしたちょうどその時、上の階から黄色い歓声が響いた。

「なんだろ〜?芸能人でも来たのかな〜?」

「いや、おそらくボーデヴィッヒだろう」

 元のいい彼女がそれなりの服を着れば、それだけでアイドルに見えるだろう。今頃上では時ならぬ撮影・握手会になっているのではないだろうか。

 私はシャルだけに任せた事を少しだけ後悔した。

 

 

「ふう、疲れたな」

「まさか最初のお店であんなに時間を使うとは思わなかったね」

 時間は12時を少し回った所。私達は東棟10階のオープンテラスカフェで昼食をとっていた。

「しかし、良い買い物はできたな」

「わたしも〜」

 本音とボーデヴィッヒは日替わりパスタ、シャルはラザニア、私は特大ピザをそれぞれ食べながら成果報告をしあっていた。

「せっかくだからそのまま着てればよかったのに」

「い、いや、その、なんだ。汚れては困る」

「ふうん?あ、もしかして……」

「お披露目はおりむーに取っておきたいとかかな〜?」

「なっ!?ち、違う!だ、だだ、断じて違うぞ!」

 顔を赤らめ、あからさまに取り乱すボーデヴィッヒ。その姿に自分の言葉が的を射たと確信した二人は、敢えて知らぬふりをする。

「そっか〜、変なこと言ってごめんね~?らうらう」

「ま、ま、まったくだ」

「「ラウラ(らうらう)」」

「な、なんだ?」

「気づいてないの〜?」

「フォークとスプーンが逆だよ?」

「っ〜〜!!」

 シャルと本音の指摘によってそれに気づいたボーデヴィッヒは、それこそ耳まで赤くして口に運んでいたスプーンを離した。

 

「それにしても、下の階まで黄色い悲鳴が聞こえたのには驚いた。一体どんな服を着たんだ?ボーデヴィッヒは」

「あ、うん。はい、これ」

 そう言ってシャルが携帯を取り出して画面を見せてくる。写っていたのはめかし込んだボーデヴィッヒだった。

 彼女が着ているのは、肩の露出した黒のワンピース。部分部分にフリルをあしらい、可愛らしさを演出している。ミニ寄りの丈の裾がボーデヴィッヒの超俗的な雰囲気と相まって、その姿はさながら−−

「妖精さんみた~い」

 そう、本音の言葉通り、妖精さながらの格好だ。これなら店の女性客が盛り上がったのも頷ける。

「ね!可愛いよね!」

 その時の事を思い出したのか、急に鼻息が荒くなるシャル。正直ちょっと怖かった。

 

 午後は生活雑貨を見て回る事に決めた。シャルは日本製の腕時計にちょっとした憧れがあって、見てみたいと言う。

 ボーデヴィッヒにも日本製の欲しい物はないかとシャルが訊いたが、それに対するボーデヴィッヒの回答は「日本刀だな」だった。

「……女の子的なものは?」

「ないな」

 即答。にべも無いとはこの事だな。

 シャルもそう答えると思ってはいただろうが、やはりといえばやはりなその答えにガックリと首を落とした。

 

「……どうすればいいのよ、まったく……」

 隣のテーブルから聞こえてきた声に何事かと目を向けると、一人の女性が頭を抱えていた。

 年の頃は20代中盤から30手前といった所、ピシッと切り揃えられたショートボブヘアに、黒を基調としたレディースフォーマルスーツを着ている。何か悩み事でもあるのか、目の前のペペロンチーノは手つかずのまま冷え切ってしまっていた。

「はぁ……」

 深い深いその溜め息には、強い懊悩の色が感じ取れた。

「ねえ、九十九」

「お節介は程々にな」

 いつものようにシャルの言葉を先回りする私。私のその反応に嬉しそうな顔をするシャル。

「僕の事、ちゃんと分かってくれてるんだ」

「当然。それで、どうしたいんだ?」

「うーん、とりあえず話だけでも聞いてみようかな」

 そう言って、シャルは席を立つなりその女性に声をかけた。

「あの、どうかされましたか?」

「え?−−!?」

 不意に声をかけられた女性が顔を上げてこちらを見る。その途端、女性はガタンッ!と椅子を倒す勢いで立ち上がったかと思うとシャルの手を握り締めた。

「あ、あなたたち!」

「は、はい?」

「バイトしない!?」

「「「え?」」」

 突然の誘いに、目を白黒させるシャル。本音はポカンとしているし、ボーデヴィッヒは頭にハテナを浮かべている。

 ちなみに、女性の視線は私には一度も来ていない。つまり……。

「どうやら今日の私はとことん空気のようだな……」

 三度目ともなればもはや諦めの境地に達するもののようだ。私はあれよあれよと言う間に連れて行かれる三人と女性を追いかけて店を出た。

 

 

 金と銀の買物行は、期せずしてアルバイトをするという盛大な寄り道をする事になった。

 私は「そういえばこんな原作イベントあったな」と、ようやく思い出していた。

 

 

「という訳でね、いきなり二人辞めちゃったのよ。辞めたっていうか、駆け落ちしたんだけどね、はは……」

「はぁ」

「ふむ」

「ほえ〜」

「それはまた前時代的な……」

「でもね、今日は超重要な日なのよ!本社から視察の人も来るし、だからお願い!貴方達に今日だけバイトをしてほしいの!」

 女性の店は、特異な形態の喫茶店だった。女性はメイドの、男性は執事の格好をして接客をする、いわゆる『メイド(&執事)喫茶』である。

「それはいいんですが……」

 着替え終えたシャルが控えめに女性に訊いた。

「なぜ僕は執事の格好なんでしょうか?」

 そう、シャルはメイド服ではなく執事服を与えられたのである。その理由は−−

「だってほら!似合うもの!そこいらの男なんかより、ずっと綺麗で格好いいもの!」

「そうですか……」

 褒められたのに嬉しくなさそうに溜息をこぼすシャル。

 彼女としてはメイド服の方が良かったのだろう。自分の執事服を見下ろして落ち込むシャル。その手を、自らもメイド服に着替えた女性店長がガシッ!と掴んだ。

「大丈夫!すっごく似合ってるから!」

「そ、そうですか。あはは……」

 引きつり気味の顔で、それでもどうにか社交辞令の笑みを返すシャル。

 そのシャルが、メイド服姿の本音とボーデヴィッヒを眺めた。それに合わせて私も二人を見る。

 細身でありながら強靭さを秘めた体躯。飾り気の多いメイド服と、それらを統一するように伸びたストレートの銀髪。そして、ミステリアスな雰囲気を加速させる眼帯。ボーデヴィッヒの違った魅力を垣間見た気がした。

 一方の本音だが、グラビアアイドル級のわがままボディをヒラヒラのメイド服で包み、のほほん笑顔を浮かべたその姿は実に可愛らしい。こちらも常とは別の魅力があった。

「ど~かな~、つくもん。似合う〜?」

 くるりと回る本音。スカートがふわりと持ち上がって広がり、すぐに閉じた。

「ああ、よく似合っているよ。シャルもな」

「てひひ〜。ありがと〜、つくもん」

「う、うん……ありがと、九十九……」

 はにかんだ笑顔を向ける本音と、複雑な表情を浮かべるシャル。シャルはもう一度ボーデヴィッヒと本音を見て、溜息をついた。恐らくだが、男装をした場合の自分とボーデヴィッヒの周りからの認識の差を考えているのだろう。

「店長〜、早くお店手伝って〜!」

 フロアリーダーがヘルプを求めて声をかける。すぐに店長は最後の身だしなみをして、バックヤード出口へ向かう。

「あ、あのっ、もう一つだけ」

「ん?」

「このお店の名前は、なんですか?」

 店長は笑みを浮かべてスカートを摘み上げると、その大人びた容姿に似合わない可愛らしいお辞儀をして、こう言った。

「お客様、@クルーズへようこそ」

 

「あの、私からも一つよろしいか?」

「何かしら?」

 手を挙げて訊く私に目を向ける店長。私の格好は出掛けに着てきた私服のままだ。

「私はどうしていればいいのだろうと思いまして」

「ああ、三人の仕事が終わるまで待ってて。ドリンクはサービスしてあげるから」

「……私はここでも空気なのだな……」

「「九十九(つくもん)、よしよし」」

 項垂れて嘆く私の背中をポンポンと叩くシャルと本音。二人の心遣いが、今は苦しかった。




次回予告

可愛い店員のいる店というのは、それだけで話題になる。
そして、それだけ様々な人も集まってくるものだ。
執事にチヤホヤされたい女性、メイドになじられたい男、苦悩する元企業戦士。
それから、たった今罪を犯したばかりの馬鹿共も。

次回「転生者の打算的日常」
#37 金銀御奉仕行

いらっしゃいませ!お客様!

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