転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#35 屋内水泳場攻防戦

 夏休みも8月に入ると、実家や祖国に帰省をする者が多くなるため、学生寮は閑散としていた。その廊下を歩く三つの影。

「今日も暑いね~」

「日本の夏って辛いんだね……」

「温暖湿潤気候の国だからな。こうもなる」

 私、シャル、本音の三人だ。昼食を取るために食堂へ向かっているのだが、日本の夏はとにかく蒸し暑い。食堂までの僅か数十mの道のりだというのに、既にじんわりと汗をかいていた。

 

 食堂に到着し、それぞれ昼食を注文。シャルはクラブハウスサンド、本音は冷やし中華、そして私は……。

「「なんで担々麺?」」

「どうせなら思い切り汗をかこうと思ってね」

 熱くて辛い物を食べてたっぷり汗をかき、それをシャワーで洗い流す。きっとスッキリするだろう。そう思いながら肉味噌のたっぷり絡んだ麺を一啜り。と、次の瞬間!

「……はーーーっ!!」

 辛いを通り越してもはや痛いと感じる程の辛味の奔流に思わず絶叫してしまい、食堂にいた全員が驚きに目を丸くしていた。

 

「つくもん、大丈夫〜?」

「まだ顔が赤いよ?」

「本場四川式の担々麺を甘く見ていた……」

 水を飲みつつ何とか担々麺を食べ終えてから約10分。未だに大量の汗をかく私を心配そうに見てくる二人。

 ここまで本格的にせんでもいいだろうに。今年の一年生には四川出身の娘でもいるのか?(鈴は広東出身)

 舌に残る痛みと痺れを堪えつつ部屋に戻っていると、やけにニヤついた顔の鈴が自室に戻るのが見えた。

「なんだあれは?」

「すっごくニヤけてたね~」

「何かいい事あったのかな?」

 アイツがあそこまでニヤける程良い事など、一つしかない。

「おおかた一夏とデートの約束でも取り付けたんだろうさ」

「「あ〜」」

 私の推理に頷く二人。結局、鈴は私達に気づく事なく自室に入っていった。

 

 シャワーを浴びた後、シャルと本音を部屋に招き入れ、一夏に鈴と何があったのか訊いてみると、案の定鈴に遊び(デート)に誘われたという。

「で、行き先は?」

「ああ、ウォーターワールドってとこだ」

 一夏の発言にシャルと本音が驚きの声を上げる。

「ウォーターワールドっていえば〜……」

「今月出来たばっかりの屋内プール場で、前売り券は今月分は完売。当日券も開場2時間前には行かないと取れないっていう、今人気のスポットだよ」

「あ~、なんか鈴もそう言ってたな」

「詳しいな、君達。……行きたいのか?」

 私がそう言った瞬間、コクコクと頷く二人。その目は期待に彩られている。

「ふう……仕方ないな、君達は」

 言いながら私は自分の机に向かい、引き出しを開けてある物を取り出す。

 

チャッチャラチャッチャッチャーチャーチャー♪

 

 そして『未来の世界の猫型ロボ』が腹のポケットから道具を出す時の効果音を携帯で鳴らす。これをかけた以上、アイテム紹介はこの言い方しか出来まい。

「ウォーターワールドの前売り券〜(あの猫ロボ風)」

「おお〜」

「九十九、どうしたのそれ?あとあんまり似てないよ?」

「言うな、シャル。実は父さんに頼んで買って貰ったんだ。君達が行きたいと言うかも知れないと思ってね」

 偏見になるだろうが、女の子は新し物や流行に非常に弱いと思う。ひょっとしたらと思って手配しておいて正解だったな。

「さすがつくもん!」

「それじゃあ、折角だし行こうよ」

「そうだな。いつが良い?」

「「明日で!」」

「では、明日。ウォーターワールドに現地集合で良いかい?」

「うん、いいよ~。何時にする〜?」

「そうだね……やっぱり午前中?」

「では、10時でいいな。チケットは誰が持つ?」

「「九十九(つくもん)が持ってて」」

「了解だ」

 とんとん拍子に話が進み、明日はプールデートに決定した。ちなみに……。

「あれ?ここ俺の部屋だよな?俺、空気じゃね?」

 一夏の呟きが、虚しく響いた。

 

「それじゃ~明日ね~」

「ああ、明日は思い切り楽しもう」

「うん。じゃあ、明日」

 手を振って部屋を出ていくシャルと本音。ドアが閉まるまで見送った後、即座に準備に取り掛かる。

「着替えと水着、あとタオルと……ああ、財布の中身が心許ないか。それから……」

 荷物を手早くバッグに詰め、預金を下ろすために寮の一階にあるATMへ向かおうとした所でそのドアがノックされた。

「はい、どちら様で……山田先生?」

 そこにいたのはIS学園一年一組副担任、山田真耶先生。その顔は申し訳なさに彩られていた。

「あの、突然すみません。織斑くんはいますか?」

「一夏。山田先生がお前に用事だとさ」

「おう」

 私の呼びかけに応え、玄関までやってくる一夏。

「どうしたんです?山田先生」

「は、はい。あの、織斑くん。実はですね……」

 

 

 翌日、午前10時。屋内プール場『ウォーターワールド』入場口前。

「まさかこれ程とは……」

「す、すごいね……」

 私達が到着した時、入場券売り場には未だ多くの人が列を作っていた。恐るべし、ウォーターワールド。

「前売り券を持っている人はこっちだって〜」

「行こ、九十九」

 本音が腕に抱き着いて入場口を指差す。シャルも同じく腕に抱き着いて先を促す。

 と、ここで私達は見知った顔を二つ見つけた。気合の入った私服に身を包み、互いによそよそしい挨拶をしあうのは−−

「あら、どうも。鈴さん」

「う、うん?セシリア。こんにちは」

 鈴とセシリアだった。

「あれ?セッシーだ~」

「鈴はここに居るのはわかるけど……なんでセシリアがここに?」

「その理由は、私が知っている」

「「え?」」

 首を傾げる二人を伴って、鈴とセシリアに近づいて声をかける。

「やあ、二人共」

「「九十九(さん)?なんでここに?」」

「二人がここに来たいと言うのでね。連れて来た」

 ちらりと両隣を見る。そこには私の腕に抱き着く二人の姿。

「相変わらず、仲のよろしいことですわね」

「何かしらね……この敗北感」

 妙に棘のある物言いをする鈴とセシリア。羨ましいならそう言え。とは口にしない。とりあえず、二人に近づいた理由を話す事にする。

「鈴、それから多分セシリアも。二人に残念な知らせがある」

「はあ?急になによ?」

「一体なんですの?」

 私に視線を向ける鈴とセシリア。注目が集まった所でその知らせを口にする。

「単刀直入に言おう。一夏はここには来ない」

「「……はあっ!?」」

 私の言葉が信じられないのか、素っ頓狂な声を上げる二人。

「ちょっと九十九!どういうことよ!」

「詳しい説明を要求しますわ!」

 今にも掴みかかってきそうな勢いで私に詰め寄る二人。その目は「嘘は許さない」と言わんばかりにつり上がっている。

「まずは入らないか?何か飲みながら話そう」

「ええ、そうね」

「わたくしも異論はありませんわ」

 

 という訳で、ウォーターワールドに入場。入ってすぐのカフェテラスで話をする事に。

「で?どういう事よ?一夏が来ないって」

 鈴の質問にひとつ頷いて口を開く。

「実は、二人と今日の事を話し合った、そのすぐ後なんだが……」

 

 

「なるほど。つまり先生は……」

「倉持技研が申請した『白式』解析チームのIS学園入場許可証の写しを今になって発見。慌てて一夏の所に言いに来たと」

「うう……はい……」

 申し訳無さからか、こころなしか小さく見える山田先生。

「まあ、紛れ込んでいたのが重要度の低い書類の一枚下では見逃すのも仕方ない事。次に活かしましょう、先生」

「そ、そうですね!ありがとうございます。村雲くん!」

 ぱっと表情が明るくなる山田先生。意外とチョロいなこの人。悪い男に引っかからないか心配だ。

「それで先生。その人たちが来るのはいつなんですか?」

「えっと、それがその……明日なんです」

「……はい?」

 ポカンとする一夏。次の瞬間、勢いよく頭を下げまくる山田先生。

「ご、ごめんなさい!本当にごめんなさい!」

「い、いえ。それはいいんですけど……明日か……」

「予定はキャンセルだな、一夏。鈴に断りの電話を入れておけよ?」

「おう。あ、そうだ。これどうしよう?」

 一夏が取り出したのは『ウォーターワールド』の前売り入場券。一夏が行けないとなれば、その所在は宙に浮く事になる。

「誰か適当な知り合いに譲ってやれ。プレミアチケットなんだ、喜ぶだろうさ」

「……そうだな。そうするか」

「そ、それでは私はこれで。織斑くん、本当にごめんなさいね?」

 ペコペコと頭を下げつつ去っていく山田先生。その背中は、どこか煤けていた気がする。

 

「その後の事は、君の方が詳しいはずだ。セシリア」

 セシリアに水を向けると、彼女はコクリと頷いた。

「ええ。わたくしが帰ってきた所に一夏さんがいらっしゃって、食堂で一緒に会話を楽しんでいましたら……」

 『そうだセシリア。ここに行かないか?』そう言ってウォーターワールドの前売り券を渡してきたのだと言う。

「ちょっと待って。って事は……」

 セシリアの話と、先程の私の話から『ある事実』にたどり着く鈴。そう、セシリアが持っているチケットは……。

「鈴が一夏に渡し、それを一夏がセシリアに渡した物。つまり……」

「セシリア、あんたのデートの相手は……あたしよ」

「……どうせそんな事だろうと思っていましたわ。ええ、思っていましたとも!」

 その割にはえらく気合の入った服装だ。それを指摘するとセシリアは「最低限の礼儀ですわ!」と誤魔化した。

「で?どうするんだ二人共?」

「「え?」」

「帰るのか?それとも遊ぶのか?」

 私の質問に思案顔をする鈴とセシリア。

「そうねえ……帰ろうかしら」

「ええ、泳ぐ気分にはなれませんし……」

 そう言って席を立つ鈴とセシリア。それに本音が不満そうな顔をする。

「え~?せっかく来たんだし遊ぼうよ~」

「まあそう言うな。二人が決めた事だ。私達はしっかり楽しもうではないか。行こう、二人とも」

「「うん」」

 

 私達も合わせて席を立ち、着替えに向かう。その道中、園内放送が響いた。

『本日はウォーターワールドにお越し頂き、大変ありがとうございます!本日のメインイベントのお知らせです!13時より、水上ペア障害物レースを開催いたします!参加希望の方は12時までにフロントへお越しください!』

 テンション高めのアナウンスに苦笑しつつも歩を進めるが、この後の言葉にシャルと本音の足が止まる。

『優勝賞品はなんと!沖縄五泊六日ペア旅行をプレゼント!皆様!ふるってご参加くださーい!』

 腕を抱かれているため、二人が止まれば私も止まらざるを得ない。二人の顔を見ると、その顔はやる気に満ちていた。

「どうした?二人とも?」

 私が尋ねると、二人は顔を見合わせる。

「本音!」

「しゃるるん!」

「「目指せ優勝!」」

 「オーッ!」と腕を突き上げる二人。だが賞品は『ペア』旅行。どうするつもりだろうか、この二人。

 

 

 着替えを終え、プールサイドに出る。そこには帰ったはずのあの二人もいた。

「……何故いる?」

「別に?なんとなくよ」

「ええ、なんとなくですわ!」

 そんな事を言っているが、目的は間違いなく障害物レースの賞品だろう。

 そこへ臨海学校でも着ていたオレンジのミニパレオ付きセパレートのシャルと狐の着ぐるみ水着の本音がやって来た。

「あれ〜?せっしーと鈴ちゃんだ~」

「二人ともひょっとしてレースの賞品で一夏と……」

「「わーっわーっ!!」」

 シャルの言葉を大声で遮り、その口を塞ぐ二人。その行動で目的がバレるとなぜ思わん。

「ほら、シャルを離せ。シャルももう余計な事は言わん。な、シャル」

 コクコク頷くシャル。それを見てシャルから離れる二人。

「まあ、どうあれ遊ぼうと決めたのだろう?ならば……」

 横のシャワースペースに目を向けて四人を促す。

「さっさとシャワー、浴びてこいよ」

 私の言葉に唖然とする四人。はて?

「あんたにそれを言われるとは思わなかったわ……」

「つくもんはエロいな~」

「男の子だもん。仕方ないよ」

「ふ、不謹慎ですわ!」

 突然私を非難し出す四人。特にセシリアなど顔が真っ赤だ。

「私は何か変な事を言っ……たな」

 非難される謂れに思い至り、妙な汗を浮かべる私だった。

 

 メインイベントの参加申請を終え、それまでの時間を遊んで過ごす事に。ちなみに、鈴とセシリアは別行動だ。

「「キャーッ(うおおおっ)!」」

 ウォータースライダーでシャルと絶叫したり。

「気持ちいいね~」

「この浮遊感がいいんだよなぁ……」

 本音と流れるプールでまったりしたり。

「あ、あれはっ!」

「四川料理の名門『昴星(マオシン)』の大熊猫麻婆豆腐(パンダマーボー)だよ~!」

「二色の豆腐と激辛の麻婆ダレが織り成す味の波状攻撃に、誰もが幸せの汗を滝のように流すというあの……?」

「まさかこんな所でお目にかかれるとは……一つください!」

 フードコートで超人気店の出店を発見したりして過ごした。

 

 

 そして13時。ついにあのイベントが始まった。

『お待たせしました!それでは、ただ今より第一回ウォーターワールド水上ペア障害物レースを開催します!』

 司会の女性がそう叫ぶと同時に大きく飛び跳ねる。その動きに、彼女の大胆なビキニに包まれた『スイカ』が零れ落ちそうになる。それを目にしたからか、それとも単にレースの開始を喜んでか、会場に(主に男の)歓声と拍手の渦が巻き起こった。

 レース参加者は全員女性。そのためか、観客のボルテージはすでに最高潮だ。

 なお、参加を希望した男性もいるにはいたのだが、受付の『空気読めや』という無言の笑みによって全員退けられている。

 女性優遇社会ではあるがそれはそれ。やはり水上を走り回るのは女性が良いに決まっている。それが、今大会の主催者にしてウォーターワールドオーナー『向島光一郎(むこうじま こういちろう)』の指針−−と言うよりは趣味だ。

 

『さあ、皆さん!参加者の言葉を女性陣に今一度大きな拍手を!』

 再度巻き起こる拍手の嵐。レース参加者はそれに手を振ったりお辞儀をしたりとそれぞれ応える。

「つくも~ん、わたし頑張るからね~!」

「応援よろしくね、九十九」

 私に向かって大きく手を振りながら跳び上がる本音。着ぐるみ水着は動きづらいと判断したのか脱いでいる。

 そのため、彼女の『メロン』がマイクロビキニから今にも溢れそうになっている。そんなに跳ねないの。

 シャルもこちらに小さく手を振ってアピール。その後、はしゃぐ本音をやんわりと宥める。あの二人、姉妹みたいだな。

 そんな中、目立った反応のないペアが一組。鈴とセシリアだ。入念な準備体操で体をほぐしている。何か言い合っているようだが、ここからでは聞こえない。まあ、互いに牽制のしあいでもしているのだろう。

 それでも十二分に気合の入った柔軟は、このレースにかける二人の想いを如実に物語っていた。

『優勝賞品は南国の楽園・沖縄五泊六日の旅!みなさん、頑張ってください!』

 優勝賞品が改めて紹介されると、二人が不気味な笑みを漏らす。一夏との沖縄旅行に勝手な妄想を描いているのだろうな。

 続けてシャル達の方を見ると、二人で柔軟体操をしていた。あの二人も気合が入っているな。

 

『では!ルールを説明します!』

 ウォーターワールド水上ペア障害物レース。50×50mのプール中央の島。そこに刺さったフラッグを取ったペアが優勝。

 コースは中央の島に向かって円を描くようになっており、途中に設置された障害物は基本的にペアでなければ抜けられない作りになっている。

『ペアの協力が必須な以上、二人の相性と友情が試されます!』

 私はアナウンスを聞きつつコースレイアウトを確認する。

 まずは中央の島。これがなかなか厄介で、なんと宙に浮いているのだ。……いや、単に強力なワイヤーで宙吊りになっているだけなのだが問題はそこでは無い。

 ショートカットはできないように配置された浮島と、一度プールに落ちたら一からやり直しのルール。よって、泳いで渡るのは無理。実によく出来たルールとコースだ。これなら攻略はかなり難しいだろう。だがそれは、参加者が一般人ならだ。

 

 鈴とセシリア、そしてシャルの三人は専用のISを持つ国家代表候補生。その能力は旧世紀の一軍隊にも匹敵する。

 そして当然、それらを扱うためのあらゆる訓練を積んでいる。おそらく、単純な格闘能力だけでいえば、一般男性など相手にもなるまい。たとえ相手が軍人であっても、条件が対等ならば引けを取る事はない。

 ISとはそれだけのものであり、そしてそれを扱う人間もまた人材価値が極めて高いのだ。

 

『それではレースを開始します!位置について……よ~い』

 

パァン!

 

 競技用ピストルの乾いた音が響き、12組24名の水着の妖精が一斉に駆け出す。

「セシリア!」

「わかってますわ!」

「本音!」

「おっけ〜しゃるるん!」

 開始直後、足払いを仕掛けてきた横のペアをジャンプで躱し、最初の島に着地する四人。

 このレース最大の特徴、それは『妨害行為の容認』だ。−−が、それは本物の軍隊の訓練を受けてきた国家代表候補生にとってむしろ有利にしか働かない。本音は別だが。

「本音、僕たちは!」

「うん!一気に行こ〜!」

 シャル・本音ペアの作戦は『先行逃げ切り』。可能な限り妨害をさせずに一息にゴールを目指そうというもの。

 一方の鈴・セシリアペアの作戦も『先行逃げ切り』のようだが、相手の妨害を躱すついでに相手の足を引っ掛けて水面に落とすのも忘れないという、少々過激な作戦だった。

 

 レース開始から3分が経過。場は先行逃げ切りを狙う真面目組と、妨害上等の過激組に完全に分かれていた。

 シャル・本音ペアは、足の遅い本音をシャルがフォローしつつ、第一グループの上位をキープしている。

 一方の鈴・セシリアペアは、レース開始直後からの大立ち回りが原因で、以降の妨害の全てが集中していた。

「ああもう、鬱陶しい!」

「邪魔ですわ!」

 自分達に向かってくるペアをその度に水面に落としてはいるものの、あれではキリがない。

 しかも二人を妨害しているのは常に同じペア。真面目組と過激組にグルがいると見て間違いない。

 と、ここで鈴・セシリアペアに動きがあった。互いに目配せをした直後、妨害をしてくるペアに向かい合ったのだ。

「……勝負ありだな」

 呟いた声を隣の男に聞かれたようで、不思議そうに私に訊いてきた。

「おい、今のどういう意味だよ?」

「見ていろ」

 そう言って男の視線をプールに戻させると、そこには妨害ペアのツインラリアットを躱すと同時にプールに落とす二人の姿。

「なんだよ、さっきまでと変わんねえじゃねえか」

「違うのはここからだ」

 落とされた次の瞬間には浮かび上がってくる妨害ペア。その瞬間、観客席に四つの『プリン』が届けられた。

「人は水着無しには生きていけない……」

「水着が無いなら全裸でどうぞ」

「「きゃあああっ!?」」

 妨害ペアがプールに落ちる直前、素早く彼女達の水着のブラを奪った鈴・セシリアペアは、パニックに陥る二人を一瞥した後、手元のそれを丸めて反対方向の観客席に放り込んだ。

「「「うおおおおっ!!」」」

 期待通りどころか、それ以上のアクシデントに観客の男性陣が大いに沸いた。

「男って悲しい生き物だよな」

「いやアンタも男だろ、兄ちゃん」

 見知らぬ男のツッコミが、喧噪に呑まれて消えた。

 

 

 鈴・セシリアペアがしつこい妨害ペアを片付けたのと同じタイミングで、シャル・本音ペアは二つ目の障害(一方が放水を止め、もう一方がその間に通り抜ける)をクリア。三つ目の島に到達した。

「本音、頑張って!もうちょっとだよ!」

「う、うん〜!」

 本音を叱咤しながら、次の障害クリアに向かうシャル。その時、歓声が響いた。

「「え?……なっ!?」」

 驚きに目を開く二人。そこには信じがたい光景があった。

 第一の障害(ロープで繋がれた小島を固定して渡り、向こう岸で支えてもう一人が渡る)を軽業師のような方法で二人同時にクリアする鈴とセシリア。更に第二障害も「放水?何それ美味しいの?」とばかりに走って突っ切る。

「はん!余裕余裕!」

「地雷原に比べれば、何とも簡単ですわね」

 気がつけば、鈴・セシリアペアとの距離は10mもない。

「やっと追いついたわよ!あんた達!」

「勝負はここからですわ!」

「あわわ、しゃるる〜ん」

「やるなぁ……。けど、負けないよ!」

 気合を入れ直し、鈴達に背を向けて走り出すシャルと本音。その背を追うようにスピードを上げる鈴とセシリア。

 そして第三の障害、第四の障害を次々とクリア、最終障害に到達する鈴・セシリアペアとシャル・本音ペア。

 

 だが、そこで問題が起きる。シャル・本音ペアと鈴・セシリアペアの僅かに先を行っていたペアが、まともにやっていては負けると踏んだのか突如反転し、攻勢をかけてきたのである。

「ここで決着をつけるわよ!」

「はっ!一般人があたしたちに勝てるとでも……」

「待って鈴。あの人たちの体つき、どう見ても一般人じゃない」

 シャルが言うと同時に司会の女性の実況が響く。

『おおっと、トップの木崎・岸本ペア!ここで得意の格闘戦に持ち込むようです!』

「はい?得意の……なんですって?」

「あ~っ!あの二人ってもしかして〜!」

『ご存知二人は先のオリンピックでレスリング金メダル、柔道銀メダルの武闘派ペア!仲が良いとは聞いていまいたが、競技は違えど息はぴったりです!』

「「なんですって!?」」

 筋肉美女(マッスル・ビューティー)。その言葉がぴったりの二人は、気合い十分の怒号と共に四人に突貫してきた。

 シャル・本音ペアはまだいい。妨害をせず、させなかった事で体力にはまだ余裕がある。問題は鈴・セシリアペアだ。

 執拗な妨害を退け、差を詰めるために全力疾走をしてきたせいか、疲労の色が濃い。ここで彼女達とやり合えば、鈴・セシリアペアの敗北は必至だ。

「「どっせえええい!!」」

「「くっ!」」

「ととっ!」

「はわわ〜!」

 四人は後ろ跳びで距離を取るが、ここは浮島。逃げ道はない。

「こうなったら……セシリア!」

「本音!」

 互いのペアの名を叫ぶ鈴とシャル。それに振り返って応える本音とセシリア。

「「なに~(なんですの)!?」」

「あたしに策がある!突っ込んで!」

「はあっ!?わたくしが、前衛!?」

「僕が先に行く!後ろから来て!」

「おっけ〜、しゃるるん!」

 鈴の言葉に疑問を呈するセシリアと、シャルの言葉に素直に従う本音。ここで初動の差が出た。

「迷ってる暇はないわ!負けたいの!?」

「ああもう!」

 再度距離を詰めにかかるメダリストペアに向かい、シャルを前衛に一列のフォーメーションで接近するシャル・本音ペアと、単騎特攻をするセシリア。

 三人が自分から距離を詰めてきた事にギョッとして、一瞬迷いが生じるメダリストペア。その隙を、シャルは見逃さない。

「来て!本音!」

 メダリストペアの目の前で突如反転したシャル。そのまま腰を落とし、両手を重ねて腹の前に構える。

「行くよ〜!しゃるるん!」

 シャルの重ねた両手に片足をかける本音。それと同じタイミングで鈴の大声が響く。

「セシリア!そこで反転!」

「え?」

 振り返ったセシリアが見たのは、眼前に迫る鈴の足……の裏。

「せー……の!」

「え~い!」

 シャルが本音を一気に持ち上げ、それに合わせて全力でゴールに跳ぶ本音。

「は?……ぶべっ!?」

 セシリア(の顔面)を踏み台に、その身軽さでゴールに跳ぶ鈴。決着は一瞬だった。

「とったああっ!」

 フラッグを手に取ったのは……鈴だった。

 その後ろ、数秒前まで鈴と本音がいた島では、鈴に踏まれてバランスを崩したセシリアと、本音を持ち上げた事でこちらもバランスを崩したシャルが、メダリストペアのタックルを受けて一緒に1.5m下の水面へと落ちていった。

 

どっぱーん!

 

 高く伸びた水柱を、鈴は眩しそうに、本音は悔しそうに見つめる。

「負けちゃった〜。ごめんね、しゃるるん」

「ありがとう、セシリア。あんたのおかげよ」

 

キラン……

 

 青空に笑顔で決めるセシリアが浮かんだ……ような気がした。

「鈴、セシリアは死んでないぞ?」

 聞こえていないだろうが、一応ツッコんでおいた。

「ふ、ふふふ……」

 地の底から響くかのような絶対零度の笑い声。直後、先程の倍ほどの高さの水柱が立つ。

「今日という今日は許しませんわ!わ、わたくしの顔を!足で!−−鈴さん!」

 『ブルー・ティアーズ』を展開した水着姿のセシリアが、憤怒の表情で鈴へと向かう。

「はっ、やろうっての?−−『甲龍(シェンロン)』!」

 対する鈴もすぐさま『甲龍』を展開。即応体制へ移る。

『なんとっ!?ふ、二人はまさか……IS学園の生徒なのでしょうか!この大会でまさかISを二機も見られるとは思いませんでした!え、でも、あれ?ルール的にどうなんでしょう……?』

 困惑と興奮の入り混じった声で、司会の女性が捲し立てる。大きな身振り手振りにまたしても『スイカ』が揺れた。って、まずい!二人の頭上には!

「あ、あわわわわ……」

 宙に浮く島に目を向けると、そこには突然の事態について行けず、慌てるばかりの本音が。

「シャル!」

「了解!」

 私の叫びに応え、シャルが『ラファール』を展開。本音の救出に入る。同時に私も『フェンリル』を展開。《ヘカトンケイル》を呼び出す。

「はあぁぁっ!」

「ぜらぁぁっ!」

 鈴とセシリア、互いのブレードがぶつかり合う一瞬前。

「やめんか!このばかちんがぁっ!!」

 

ズガンッ!

 

「あだっ!」

 

ゴツンッ!

 

「はうっ!?」

 《ヘカトンケイル》の拳骨が、馬鹿二人を捉えた。 

 

 

「まったく、お前達は……周りを見るという事ができんのか?」

 着替えた上で事務室を借り、二人に説教をする私。

 今回の件、幸いにして怪我人は居ないし物的被害もなかったが、実は一歩間違えれば死人が出ていた可能性があったのだ。

 あの時、鈴とセシリアの頭上にはISを持たない女の子(本音)がいた。幸いシャルが素早く助け出した為、本音には掠り傷一つないが……。

「もし、あの場にシャルがおらず、お前達のぶつかり合いの衝撃で本音があそこから落ちて、落ちたタイミングでお前達の内のどちらかが放った攻撃に巻き込まれたら、本音はどうなっていた?え?」

「「それは……その……」」

 私の言葉に小さくなる二人。何かが違っていたら同級生が大怪我では済まない事になっていた事に思い至ったようだ。

「まあまあ、九十九。その辺で……」

「わたしは大丈夫だから~。ね?」

 私を宥めにかかる二人に目を向けた後、もう一度鈴とセシリアに目を向ける。私の視線にビクリとする鈴とセシリア。

「お前達……本音に何か言う事は?」

「「どうもすみませんでした!!」」

 次の瞬間、美しいまでの土下座をする二人。

「顔を上げて~。なんともないから~」

「「本音(さん)……!」」

 本音ののほほん笑顔に、女神を見たかのような顔をする二人。

「それにね……」

 ポツリと呟くように言う本音。全員の視線が本音に向く。

「もししゃるるんがいなくても、つくもんがきっと助けてくれたもん」

「本音……」

 顔を赤くして私に微笑む本音。つられて私も顔が赤くなった。

 鈴とセシリアの口から、何か白い粉のような物が出ていたが、何だったのだろう?

 

 ところで優勝賞品の行方だが、鈴とセシリアがISで暴れかけたために会場は大混乱。結局大会は途中で中止となり、優勝者は無し。当然、賞品も無し。という事になったと、司会者さんが告げた。

「「そ、そんな……」」

 最後の望みを掛けて訊いた二人だけにそのショックは大きかったようで、二人の表情は闇より暗かった。

 身元引き受け人が学園から到着したと報告を受け、事務所を出てしばらく行くと、そこには鈴が今日一緒に時間を過ごす予定だった人物が。

「よっ。鈴とセシリアのあの顔、さてはたっぷり叱られたな?」

「ああ、私にな。山田先生辺りが来ると思っていたが、まさかお前とはな。一夏」

「ああ、本当はそうなるはずだったんだけど緊急の仕事だとさ。で、丁度データ取りが終わった俺が代わりに−−おわっ!?」

 一夏の言葉が終わらぬ内に、鈴とセシリアが思い切り一歩を踏み込んでその胸倉をつかむ。

「あんたねぇっ……!」

「一夏さんのせいで!せいで……!」

 二人の女子からの非難100%の視線に、流石の一夏も怯んだらしく矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

「ま、待て。悪かった。なんか知らんが悪かった。−−そうだ!なんか奢るぞ。甘い物とかどうだ。な?」

「「…………」」

 鈴とセシリアは数秒考えた後、ボソリと呟いた。

「……@クルーズ」

「……期間限定の一番高いパフェ」

「ぐぁ」

 @クルーズの期間限定パフェ。お値段一つ2500円。予想外の出費に、一夏は頭を押さえた。

「なに?イヤなの?」

「断れる立場でしょうか?」

「……はあ、分かったよ」

 そうと決まれば二人の切り替えは早い。さっきまでの落ち込みや怒りはどこへやら、喜色満面の笑みを浮かべて一夏の腕を取る。そのまま三人は新世紀町駅前の喫茶店、@クルーズへと向かっていった。

 

 私は、二人に当初からどうにも気になっていた事を訊いた。

「そういえば二人とも」

「「なに?」」

「どうしてレースに参加したんだ?賞品は『ペア』旅行券。私達には……」

「使い道がない?」

 シャルの言葉に頷く。それを見て二人は微笑んだ。

「実はね~、つくもんにあげようとしてたの」

「え?」

「『両親の結婚記念日が近い』って言ってたでしょ?」

「ああ、言ったな。3日後だ」

 何日か前、両親の結婚記念日のプレゼントに何を送るかで悩んでいる事を二人に話した事があった。

 まさかそれを覚えていて、しかもそのためにレースに参加したとは思っても見なかった。私は二人に頭を下げて感謝を表す。

「ありがとう」

「ううん、いいんだよ〜」

「結局手に入らなかったし」

「それでも、ありがとう」

 二人の優しさがすごく嬉しく感じた瞬間だった。

 

「さて、それではこの後どうしようか?」

「ん〜、そだね〜……」

 とそこに、「くぅー」と可愛らしいお腹の音が聞こえた。振り返ると、顔を真っ赤にしたシャルが。

「あう……」

「……本音、行先はファミレスでいいか?」

「おっけ〜」

「ごめんね、気を遣ってもらっちゃって……」

 シャルが恥ずかしそうに小さく声を上げる。

「気にする事はない。それに……」

 

ググウウルルル……

 

「わ~、おっきなお腹のおと~」

「……実は私も空腹の限界だからだ」

「そっか、じゃあ、行こ?」

「れっつご〜!」

 言って腕に抱きつく二人。いつもの事になりつつあるこの態勢ですぐ近くのファミレスへ向かって歩き出す。

 夕闇に長く伸びる三人の影。それは、未だ暑さの衰えぬ8月のある日の事だった。




次回予告

女の子にとって衣服とはとても重要だ。
疎い女の子がいると面倒を見たくもなる。
例えば、軍人暮らしの長い銀髪少女とか。

次回「転生者の打算的日常」
#36 金銀買物行

ね~つくもん、わたし達空気だね。
……言うな、本音。

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