♢
IS学園一学期期末考査。臨海学校から5日後に行われるこの試験は、『一般教科』と『IS関連教科』に分かれる。
全9教科中1教科でも赤点を取れば、夏休み期間中は全て補習に充てる事になる。
そのため、期末考査前は皆必死に勉強する。それは私達一年専用機持ち組も例外ではなく……。
「九十九!助けてくれ!」
「残念だが、今回は私も助けて欲しい側だ。一夏」
午前九時過ぎ、IS学園一年生寮の食堂。私の座っている席のテーブルに当たりそうな勢いで頭を下げる一夏。同じ席にはシャルも座っている。本音は今頃教室で授業中だ。
何故、私達がここでこうしているか?それは私達が臨海学校で『はしゃぎ過ぎた』からだ。その代償が『期末考査開始までの間、寮内で謹慎』であり、そのためこうしてここにいる訳だ。ちなみに……。
「一夏、なぜ私を頼らんのだ……」
「なによ、あたしが頼りないっての?」
「わたくしが一番わかりやすく教えて差し上げますのに……」
「…………」
隣のテーブルには一夏ラヴァーズが陣取って、一夏が教えを乞いに来るのを今か今かと待っている。
「ほら、彼女達がああ言ってくれてるんだ。教えて貰え」
「お、おう」
そう言ってラヴァーズの座るテーブルに着く一夏。
「さて、シャル。私達も始めよう」
「うん、何からにする?」
「そうだな……まずは一般教科を固めておこう」
「うん、わかった」
こうして、私達は他の生徒達が帰ってくるまで食堂で勉強会を続けるのだった。
ちなみに隣のテーブルでは……。
「では私は得意な数学を教えてやろう」
「えっ?あたしも数学が得意なんだけど」
「わたくしもですわ」
「私もだ。どうするんだ?教える教科が被ったぞ」
「やむを得ん。こうしよう」
そう言って箒が取り出したのは数学のテスト。中学レベルのもののようだ。
「今からテストをして最高得点の者がお前に教えるから、ちょっと待ってろ」
「なあ、この時間無駄じゃね?」
一夏のツッコミが、食堂に虚しく響いた。
「でね~、ここがこうなるの~」
「なるほど。では本音、この場合はどうなる?」
「え~っと、これは〜……」
放課後の寮食堂。ここまで教えてくれていたシャルに替わり、帰ってきた本音を先生役にIS関連教科を教えて貰う事に。
本音は特に『IS整備概論』と『IS基礎理論』が得意だ。一方のシャルは『IS操縦概論』と『IS関連法規』を得意とする。二人の得意分野が違うため、三人で勉強をするとかなり捗るのだ。
「ってなるんだよ~」
「すると、これをこうしたら……」
「あっ、そうするとこうなるから……」
「むう、うまく行かんものだな」
「ISの整備は繊細なんだよ〜」
教科書と睨み合い、本音にあれこれと質問しつつ知識を溜め込む。全ては期末考査を無事切り抜けるためだ。頑張らねば。
なお、隣では一夏ハーレムが『IS操縦概論』の勉強をしているのだが……。
「−−となるのです。お分かりになりまして?」
「つまり、ひゅーん、ひょいという感じだろう?」
「どんな感じなの、それ?ってか、意味わかんないし」
「……こいつは何を言ってるんだ?」
「俺に聞くなよ……」
まごう事無きグダグダ空間がそこにあった。よかった、巻き込まれなくて。
「「「聞いてるのか(んの)(ますの)!?一夏(さん)!」」」
「あ、はい。聞いてます、聞いてます」
♢
2日目。今日は私が先生役でシャルが苦手だと言う国語を教える事に。
「つまりだ、ここで作者が言いたいのは−−という事だ」
「そうなんだ。逆の意味だと思ってたよ」
「日本語は『世界一習得の難しい言語』とされているからな。無理もないさ」
丁寧語、尊敬語、謙譲語と、話し手の立場や状況で同じ意味の言葉でも言い方が大きく変わる上に、ひらがな、カタカナ、漢字の三種類の文字を使う特殊な言語。それが日本語だ。そのため、外国人には訳がわからなくなる事が多々あるそうだ。
厚木在住のアメリカ人漫談家ではないが「Why Japanese People!?」と言いたくなるだろうな。
「さて、時間的にそろそろ昼食だな。一息入れたら、次は君が英語を教えてくれ。シャル」
「うん、いいよ」
勉強道具を一旦片付け、昼食タイムに入る。さて今日は何にしようか。
なお、隣のテーブルでは……。
「−−−−」
「ちょっ、待ってくれセシリア。速くて聞き取れねえ」
「そう?こんなもんじゃないの?英会話なんて」
「私も聞き取れないんだが……」
「かなり聞きやすいと思うのだが……」
「わたくし、普段より格段に遅く話してますのに……」
日本人の二人と海外組の三人の間に、言語という名の溝が生じていた。
「……シャル。リスニングはお手柔らかに頼む」
「クスッ、わかった」
午後からのシャルの英語の授業は、非常に分かりやすく、要点を押さえたものだった。
彼女が先生役でほんと良かった。さすが私のガールフレンド(仮)。
放課後は本音と一緒に『IS基礎理論』の勉強。何事も基礎は大事だ。
「−−ってなるんだよ~」
「そういう事か。理解した」
「うん、よろしい。じゃあ、次ね~」
教科書を元にわかりにくい書き方をしている所を噛み砕いて教えてくれる本音。は、いいのだが……。
「ここはね~、−−が−−ってなって〜」
本音の話し方がどうにものんびりなので、勉強中にも関わらず睡魔が襲ってくる。これは……拙い……な……。
「つくもん、聞いてる〜?」
声をかけられて、眠りの国から引き戻される。もう少し遅ければ、きっと寝息を立てていただろう。
「あ、ああ。すまない、一瞬眠りの国に行っていた」
「お疲れみたいだね〜。今日はここまでにする〜?」
本音に言われて時計を見れば、時刻は18時。夕食には丁度いい時間だった。
「そうしよう。朝から勉強のし通しだったからな」
「じゃあ、ご飯食べよ~」
「了解だ。……ん?電話だ。相手は……シャル?」
シャルからかかってきた電話に出る。本音に一旦待ったをかけるのも忘れない。
「私だ。どうした?シャル」
『あ、九十九。ちょうど今会議が終わったんだけど、まだ食堂?』
シャルは午後の勉強中、デュノア社からテレビ会議への参加を要請された。
なんでも、現在デュノア社ではラグナロクと共同で『ラファール』の流れを汲む第三世代機を開発中で、『ラファール』の使い手であるシャルにも話を聞きたいという事だった。
一言「ごめん」と告げて、シャルは会議に参加するため部屋に戻り、現在に至るという訳だ。
「ああ。勉強を終えて、これから本音と夕食にする所だ」
『わかった。僕も行くからちょっと待ってて』
「ああ、それじゃあ」
『うん。あ、そうだ』
「ん?なんだ?」
『……大好き』
「……急に言わないでくれ。その……対応に困る」
『う、うん、ごめん。でも、言っておきたかったから』
「そ、そうか。じゃあ、待ってるから」
『うん、それじゃ』
通話を終えて携帯をしまうと、本音がこちらをじっと見ていた。
「ど、どうした?」
「つくもん。わたしもつくもんのこと、大好きだよ〜」
「……聞こえていたのか?」
「ううん。でも、しゃるるんがそう言ったかなって〜」
「何故そう思った?」
「つくもん、お顔真っ赤だよ〜?」
「!!」
言われて頬に手を当てる。びっくりする程熱かった。これはまずいな。
「ほほー……(ニヨニヨ)」
「これはこれは……(ニヨニヨ)」
周りの視線が凄く生温かかった。この後、合流したシャル共々居合わせた女子達に質問攻めを受けたのは言うまでもない。
余談だがあの五人は……。
「ああもあっさり『好き』と言えるなんて、羨ましいですわ」
「こいつの場合言っても通じない事の方が多いし」
「嫁の鈍さは超弩級。とは村雲の弁だったか」
「少しは気づいてくれても……な」
ちらりと一夏の方を向くラヴァーズ。
「ん?どうしたんだ、お前ら?」
「「「……はぁ」」」
「???」
四人の溜息の意味がわからず、一夏は思い切り首を傾げていた。そろそろ気づいてやれ、ド鈍感。
♢
3日目。今日から期末考査までは、試験対策のために連休となる。そのため、食堂は勉強会を開いている女子で溢れていた。
皆思い思いの勉強をしているが、中には妙なのもいた。例えば……。
「本能寺の変♪」
「本能寺の変♪」
「本能寺の変♪」
「「「本、能、寺、の変♪」」」
ヤケに切れのあるダンスを踊りつつ、ひたすら本能寺の変を連呼するグループ。それは勉強か?
「で、ボンッキュッボンってなって答えはここ!」
「いや、それ全然わかんない」
「うん、意味が伝達してこない」
謎の宇宙語で数学を教える女子に苦労するグループ。何故彼女を教師役にした?
「中高の理科なんて暗記で十分よ!死ぬ気で詰め込みなさい!」
「理科にも相手に伝える為の国語力は必須よ。覚えるだけでは意味がないわ」
「なによ!」
「なにかしら?」
理科の教え方で真っ向から対立する二人のいるグループ。あれ、捗るのか?
「身はたとえ 武蔵の野辺に 朽ちんとも 留めおかまし 大和魂」
「ね、ねえ。何でさっきから辞世の句ばっかり……」
「死の間際の言葉こそ美しい。そうでしょう?うふふ……」
妙な感性を持った文学女子のいるグループ。普通に怖いんだが。
「英語はこれで楽勝よ!」
「それは!」
「最強の英単語帳『殺たん』!」
「よっしゃあっ!これで勝てる!」
ある女子が取り出した単行本サイズの本を見てやたら盛り上がるグループ。でもアレ漫画だよな?
「これはこの公式を当てはめて……」
「なるほど、こうすればいいのか」
「つくもん、ここなんだけど〜」
「うん?ああ、その場合の解釈は……」
私達が勉強をしているのはその食堂の隅の方。比較的静かな場所でお互いに教え合いをしている。
「ふう、こんなものか。本音、シャル、一息入れよう」
「「うん」」
一旦席を立ち、ドリンクコーナーへ。私はコーヒー、本音はオレンジジュース、シャルはカフェオレを購入。席に戻ってそれを飲みつつ雑談をする。
「やはりかなり範囲が広いな。これは苦戦しそうだ」
「そう言う割には余裕そうに見えるけど?」
「余裕『そう』なだけだ。実際にはかなり焦っている。IS関連教科は正直自信がない」
「大丈夫だよ〜、つくもんはできる子だもん」
本音がのほほん笑顔を私に向ける。なんだか嬉しくなったので、本音の頭を撫でてあげた。
「ありがとう、本音」
「てひひ〜」
気持ち良さそうに目を細める本音。ふと目を向けると、ちょっぴりむくれたシャルがいたので、その頭を撫でる。
「んっ……えへへ」
あっという間に機嫌を直すシャル。と、どこからともなく妙な歌が聞こえてきた。
「「「な~でな~で~、本音〜♪」」」
「「「な~でな~で~、シャ〜ルロ〜ット♪」」」
ニヨニヨした笑みを浮かべながら、誕生日の歌の替歌を歌う女子達。
いや、確かにここは
「あう……」
「うう……」
「む……う」
真っ赤な顔の本音とシャル。気恥ずかしくなった私達は、急いで荷物を纏めて食堂を出た。これでは今日は勉強にならんな。
それから例の五人だが……。
「「「…………」」」
「えーと?どうしたんだ、お前ら?」
急に自分に向かって頭を出してきた四人に困惑する一夏。さらに、自分の後ろからも視線を感じたので見てみれば……。
「「「…………」」」
「うおっ!?なんだ!?どうしたってんだよ、みんな!?」
何人もの女子が自分に向かって頭を出していた。結局「最高得点獲得者が一夏になでなでして貰える権利を得る」というルールの下、十数人の女子によるテスト対決が行われる事に。
「だから、この時間無駄じゃね!?」
一夏のツッコミが再び食堂に虚しく響いた。
♢
4日目。昨日の一件による他の女子からのからかいを防ぐため、私の部屋で勉強会を催した。のはいいのだが……。
「何故お前達まで来るんだ?」
「良いじゃない。みんなでやった方が色々はかどるでしょ?」
「ごめん九十九。途中で捕まって……」
私の部屋という事は、一夏の部屋でもあるという事。私の部屋に向かう本音とシャルを他の四人が見つければ、こうなる事は自明の理。結果として二人部屋に八人もの人がひしめく事態になっていた。
「むう……狭いな」
「ちょっと、もっとそっち寄りなさいよ」
「痛っ!足を蹴らないでくださいまし!」
「では、私は嫁の膝に……」
「「「座らせないぞ!?」」」
もうしっちゃかめっちゃかだった。このままでは勉強にならんな。どうするか……。
「ねえ、九十九。僕の部屋が空いてるよ?」
「ああ、そういえば」
シャルのルームメイトはボーデヴィッヒ。そのボーデヴィッヒは今ここにいる。つまり、シャルの部屋は現在無人。丁度いいか。
「一夏。私達はシャルの部屋に行く。ここはお前達で使え」
「おう。悪いな」
「気にしなくていい。行こうか、二人共」
「「うん!」」
という訳で、シャルの部屋にやって来たのだが……。
「どうぞ、上がって」
「おじゃましま~す」
「邪魔をする」
ドアを開けた瞬間に香ってきた女性の部屋特有の何とも言えない香りと女性的な内装に、どうにも落ち着かない気分になる。
「むう……」
「つくもん、顔赤いよ~?」
「どうかした?」
「いや、女子の部屋に招かれるなんて初めてだからな。なんだか落ち着かん」
「あれ?鈴ちゃんのお家に行ったことあるんだよね〜?」
「確かにあるが、当時のあいつの家にあいつの部屋はなかった。あったのは居間兼寝室と食材倉庫に使っていた部屋だけだ」
「「へー」」
そのため、泊まり込みで遊びに行くとオヤジさんが渋い顔をしていた記憶がある。男衆は台所で寝る事になるからだ。
「あれ?でもわたしと同じ部屋だった時は緊張してるようには見えなかったけど〜?」
「本音と同室だった時は、自分の部屋でもある以上緊張しても仕方がないと思っていただけで、実際は緊張していたよ」
「そ~だったんだ〜」
そういう意味では、女子の部屋に招かれるのは今回が初。という事になる。
「そうなんだ。あ、座って待ってて。いまお茶淹れるね」
「ああ。では、茶が入り次第勉強を始めよう」
「おっけ〜」
テーブルに教科書とノートを広げ、シャルを待つ。ふと台所に目を向けると、シャルが鼻歌交じりに茶を淹れていた。その姿をなんとはなしに見ていると、本音が訊いてきた。
「つくもんって、家庭的な女の子が好きなの~?」
「ん?そうだな……私自身、家事が少々苦手だからな。家事が得意な子は『いいな』と思うよ」
「そっか〜。じゃあわたしもお料理とか練習「だけど」ほえ?」
「一緒にいるだけで癒やされる。そんな子も『いいな』と思うよ」
「そっか〜。えへへ〜」
私の回答に満足したのか、満面の笑みを浮かべる本音。そこに茶の乗った盆を持ったシャルが戻ってきた。
「何の話してたの?」
「なに、他愛も無い事さ。さて、今日はIS関連教科の詰めをしようと思う。頼めるか?二人共」
「「うん!」」
こうして、私達は遅くまで勉強を続けた。ちなみに、昼食はシャル特製のシチューだった。なんだかホッとする味だった。
一方、九十九と一夏の部屋では−−
「昼は私が作ってやろう」
「いやいや、そこはあたしでしょ」
「ドイツ軍式の料理というのを見せてやろう」
「では、わたくしも……」
「「「お前(あんた)はそこでおとなしくしてろ!」」」
「ひどいですわ!」
結局、一夏の前には箒の唐揚げ定食、鈴の酢豚、ラウラの軍用レーションが並ぶ。
「「「召し上がれ!」」」
「お、おう……」
折角作って貰った手前、食べない訳にもいかなかった一夏は、その後強烈な胸焼けに襲われて勉強どころではなくなった。
♢
5日目。朝食を摂ろうと食堂に行くと、数人の女子にいきなり頭を下げられた。
「……何事だね?諸君」
「村雲君、お願いします!」
「「「テスト問題を予測してください!」」」
「……訳を聞こう」
「実は……」
頭を下げてきた女子達は、入学時成績最底辺のいわゆる『ギリギリセーフ』な子達で、今現在授業について行くのが精一杯の状態であるため、このままでは赤点確実なのだと言う。
「それで、いろいろ先読みできる村雲君なら……」
「テスト問題を予測できるんじゃないかなって」
「なるほど……」
つまりこの子達も必死なのだ。ギリギリセーフとは言えIS学園に入学した以上、きちんと卒業したいのだ。それも、できれば優秀な成績で。しかし……。
「残念だが、不可能だ」
「「「えっ!?」」」
私は彼女達の願いを突っぱねるしか無かった。現実はいつでも非情なのである。
「あの……なんで……?」
震える声で訊いてくる女子に、その理由を説明する。
「一つ、一教科あたりの範囲が広すぎて範囲を絞れない。二つ、各教科担任教師の性格やこれまでの出題傾向を知らない。三つ、情報収集の時間が足りない。以上の理由から、テスト問題を予測して君達に教えるのは不可能だ」
私の行動予測は、膨大な情報の積み重ねによって初めて可能になる。情報一切皆無の状態では予測は出来ないのだ。
「「「そ、そんな……」」」
がっくりと床に膝をつく女子達。その顔には絶望が浮かんでいた。なんだか悪い気がしてきたな。
「力になれず、すまない」
私が頭を下げると、一人の女子が慌てて手を振る。
「ううん!いいの!村雲君に頼ろうとした私たちが悪いんだし!」
「そうだね。もう少し自分たちで頑張ってみる!」
「私達だって
「目指せ!赤点ゼロ!」
「「「オーッ!」」」
立ち上がり、拳を突き上げて気炎を上げる女子達。そのまま足音も高らかに校舎へ向かう女子達を眺めていると、ふと妙な考えが浮かんだ。
「YDK……か。やっても出来ない子とか、やりたい事しか出来ない子。とも読めるな」
「「「それは言っちゃダメでしょ!?」」」
食堂にいたほぼ全員からツッコまれた。初めてだな、こんな経験。
「さて、明日からテスト開始だが……」
「うん」
「そ~だね~」
時は過ぎ、放課後。私の部屋のテーブルを囲んで向かい合う私と本音、そしてシャル。その顔は真剣そのものだ。
「この五日、やれるだけの事はやった」
「あとは……」
「赤点を取らないようにがんばろ〜ね~」
お互いにコクリと頷きあう。夏休みが天国か地獄か、全てはこのテストにかかっている。頑張らねば。
ついでに言うと、いつもの五人は……。
「今回の試験だが、提案がある」
「なんでしょう?箒さん」
「あんたまさか『最高得点の者が一夏とデートをする権利を得るというのはどうだ?』とか言わないでしょうね?」
「鈴、お前はエスパーか?」
「あんたが分かりやすいのよ。まあ、いいんじゃない?一回くらいなら。あたしが勝つし」
「私は今回絶対の自信がある。一夏とのデート権は私が貰う」
「わたくしも負けるつもりはありませんわ!」
「いや、嫁とのデートは私が行く。お前達はそれを指を咥えて眺めるがいい」
「「「ふふふふふ……」」」
一夏のいない所で妙な賭けが成立していた。なお、賭けの対象にされた当の本人は……。
「うおっ!?……なんか寒気した」
自販機コーナーで全員の飲み物を買っている最中、突然の悪寒に襲われていた。
♢
明けて翌日。IS学園一学期期末考査一日目。
今日は一般教科のテストを行う。各教科の試験時間は50分。一般教科の赤点のラインは33点となっている。
教室に緊張が走る。全員の手元に問題用紙と解答用紙が回りきった所でチャイムがなった。
「では……始め!」
チャイムと同時に千冬さんの号令がかかり、教室にペンを走らせる音が響く。
一時間目 国語
(あ、ここ九十九に教えてもらったとこだ)
九十九が言っていた事を思い出し、回答欄を埋めるシャルロット。その手の動きに淀みはなかった。
二時間目 社会
(1582年といえば、明智が織田をシバいた……じゃなくて、織田に謀反を起こしたあの事件)
あの時聞いた妙に耳に残る歌のせいで、うっかり歴史認識が変わりそうになった九十九だった。
三時間目 数学
(えっと~、この場合はここにこの公式をあてはめて~……)
難問の多い数学を次々に解いていく本音。のほほんとした見た目とは裏腹に、彼女は出来る子なのだ。
四時間目 理科
(この化学式で発生する物質といえば……なんだったか?)
最終問題で苦戦する九十九。ようやく答えに辿り着いたのは、試験終了2分前だった。
五時間目 英語
((シャル(しゃるるん)にヒアリング特訓してもらってよかったー!))
高難度のヒアリングテストだったが、なんとかくぐり抜けられた事に安堵する九十九と本音。
試験終了と共に、二人で大きく息をつく。それを見たシャルロットは、思わずクスリとしてしまった。
キーンコーンカーンコーン……
「本日の試験はこれで終了だ。試験は明日もある。根を詰め過ぎないように。以上だ」
「「「ありがとうございましたー……」」」
一日目の試験終了。疲れた頭と体を引きずり、寮の自室へ。そのまま着替えもせずにベッドに倒れ込む。
「ふう……」
一息ついた所で先に部屋に戻っていた一夏が声をかけてきた。
「九十九、大丈夫か?」
「なんとかな。そっちは?」
「ああ、こっちもなんとかってとこだ」
「そうか」
授業での狼狽ぶりから勘違いしがちだが、一夏の中学時代の学業成績は極めて優秀だ。
仮にどこかの普通高校に通っていれば、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能と、モテ要素をこれでもかと詰め込んだ「リア充爆発しろ」と言われる事請け合いの男になっていただろう。
そう見えないのは、単に周りがもっと凄い子達ばかりだからだ。
「なんか失礼なこと考えてねえか?」
「まさか」
明日はいよいよIS関連教科のテスト。気を引き締めて掛らねばならないな。
♢
IS学園一学期期末考査二日目。今日はIS関連教科のテストを行う。
試験時間は一般教科と同じだが、一般教科に比べて問題数が増えて難易度が上がっている上、赤点のラインが50点に引き上げられている。ISの技能習得校だから当然といえば当然だが、ハードルが高いという印象は受けるな。
「では、始め!」
響く千冬さんの号令。さあ、ここが正念場だ。
一時間目 IS基礎理論
(PICとは何かを答えなさいって……)
これを間違える奴などいるのか?と思いつつ、答えを書く九十九。時々詰まりつつも、終了10分前には回答欄を全て埋め終えた。
二時間目 IS整備概論
(えっと~、この場合の直し方は~……)
高難度の問題が多かったが、整備科志望の本音にとっては簡単だった。ペンを走らせる本音の手に、一切の迷いは無い。
三時間目 IS関連法規
(あ、これ箒たちが違反しまくってるやつだ)
ISの私的利用に関する法律の問題に思わず笑みが漏れるシャルロット。
いつか痛い目見るんじゃないだろうか。と思いつつ、回答欄を埋める作業を続けた。
四時間目 IS操縦概論
ISの基本的操縦に関するイメージの持ち方に関する問題を解きつつ、九十九は考える。
(まあ、イメージなんて人それぞれ。教科書通りには行かんものだがな)
とは言えこれはテスト。教科書通りの解答を求められる以上は仕方ないと、九十九は回答欄を埋めていった。
キーンコーンカーンコーン……
「そこまで。これにて試験終了だ。得点の発表は明日まとめて行う。赤点の無いよう、せいぜい祈れ」
「「「ありがとうございましたー……」」」
二日間に渡る長い戦いを終え、大きくため息をつく一年一組一同。皆、人事は尽くした。あとは天命を待つのみだ。
寮の食堂で食事を取りつつ、この二日間の事を本音とシャルと話し合う。
「まずはお疲れさま。で、どうだったね?二人とも」
「うん、なんとかなったと思うよ」
「わたしも〜」
「それは何よりだ。私もどうにか赤点は回避出来たと思う」
なんにせよ全ての結果は明日分かる。そういえば、私にテスト問題を予測して欲しいと頼んで来た彼女達はどうなっただろうか?
「まあ、それも明日になれば分かるか」
「ど~したの~?」
「いや、何でもない」
誤魔化すようにコーヒーをひと啜り。本日のコーヒーはキリマンジャロか。相変わらずいい仕事だな。
♢
翌日、全ての解答用紙が返ってきた。返却方法は、封筒に全ての解答用紙が入った状態で各人に手渡すというもの。誰が赤点をとったのか分からないようにするための措置らしい。
「テストの得点は後ほど確認するように。では、ホームルームを始める」
テストが終われば即夏休み、とは行かない。終業式前日までしっかり授業は入っているため、最後まで気は抜けないのだ。
とは言え、終業式準備があるため残りの日の授業は午前中で終わる。生徒達は授業が終わり次第、いそいそと寮へと帰って行った。
寮の食堂で本音とシャルと共にテストの結果を確認する。
「ふう、全教科赤点回避。なんとかなったか」
「僕も問題なし」
「わたしも〜」
イエーイ、と三人でハイタッチ。夏休みが潰れなくてよかったよ。安堵の溜息をつき、ふと周りを見回すと、そこには悲喜こもごもがあった。
友人と抱き合って喜ぶ者、ガックリと肩を落とし暗い顔をする者、ショックを受けたのか呆然としている者など、様々だ。
「「「村雲君!」」」
「ん?ああ、君達は……」
かけられた声に振り返ると、そこにいたのは三日前に「テスト問題を予測してください」と言ってきた子達だった。
「単刀直入に聞こう。どうだった?」
私の質問に彼女達はニッコリと微笑んでサムズアップ。どうやら全員赤点回避出来たようだ。
「良かったではないか。君達はYDKだったという事だ」
「「「うん、ありがとう村雲君!」」」
「私は何もしていない。全ては君達の努力の結果だ」
「それでも、ありがとう」
「でもやっぱりギリギリだったけどね」
「それは言わないの!」
自虐混じりの物言いだが、それでもその声と顔は明るい。彼女達は最後に揃って手を振りながら食堂を出て行った。
「つくもん、あの子たちと何かあった〜?」
「ああ、大した事ではないが……」
ーーー村雲九十九説明中ーーー
「という事があってね」
「そ~だったんだ〜」
「九十九にも予測不能の事ってあるんだね」
「シャル、君は私を何だと思ってるんだ?」
私は断じてサトリの化け物ではないし、当然エスパーでもない。出来ないものは出来ないのだ。話題を変えるため、咳払いを一つして口を開く。
「さて、間もなく夏休みなわけだが、君達は何か予定はあるのかい?」
「ううん、特にないよ~」
「フランスに帰って新型『ラファール』の開発会議に参加する以外は特に無いかな」
「私も会社で『フェンリル』の解析と新兵器のテストがあるくらいだな」
ちなみに、どちらも夏休みに入ってすぐの三日で終わる予定だ。
「そ~なんだ〜。それじゃ~」
「うん。ねえ、九十九」
「ん?なんだ?シャル」
「「用事が終わったら、デートしよ!」」
「ああ、いいよ。場所は任せていいか?」
「「うん!」」
返事をした後、はっと気づく。三人連れとはいえ、これは人生初のデートだと。
どうでもいい事だが、例の五人は……。
「「「いっせーの、せっ!」」」
得点表を見せ合う一夏ラヴァーズ。その結果は、科目ごとに多少得点に違いはあれど、総合点が全員同点という奇跡の事態になっていた。
「「「…………」」」
場を沈黙が支配した。
「どうする?」
「どうしましょう?」
「どうすんのよ?」
「どうすればいい?」
再びの沈黙。やがて、箒が重々しく口を開いた。
「……今回の件、無かったことにしないか?」
「「「異議なし」」」
こうして、一夏とのデート権をかけたラヴァーズの戦いは、どうにも締まらない形で幕を閉じた。一方、賭けの対象にされた当の本人は……。
「一昨日からのプレッシャーが消えた?なんだったんだ?」
食券機の前で急に体が軽くなった事に戸惑っていた。
期末考査は何の問題もなく終わった。夏休みはもうすぐそこだ。
自称
あんた私に恨みないはずだよね?
次回予告
互いに思いあう男女が、一緒に出かける。
どこだろうと一緒ならきっと楽しい。
周りの視線を耐えるか受け流す事が出来れば、だが。
次回「転生者の打算的日常」
#34 逢引
おのれリア充!爆発しろ!