転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#32 二日目(告白)

「九十九!」

「すまない、少し出遅れた。パーティはまだやっているかね?」

 あえてとぼけた口調で言ってみた。一瞬ポカンとしたシャルロット。だが、その顔はすぐに安堵の表情に変わる。

「九十九……よかった……無事で。……っ!?そうだ!みんなは!?」

 シャルロットはハッとなって私とは反対方向にいる『福音』に目を向ける。そこには『福音』に首を掴まれた箒がいた。

「箒!」

「あっちなら心配はいらない。そろそろ来る頃だ、このパーティのもう一人の主役がな」

 『福音』が箒をエネルギー翼に包み、今にも零距離一斉射撃が始まろうかというタイミングで、あいつは現れた。

 

ィィィイインッ!

 

『!?』

 『福音』が箒の首を離すと同時、強力な荷電粒子砲の狙撃が『福音』を襲った。直撃を受け、吹き飛んでいく『福音』。突然の事態に箒の理解は追いついていないようだった。

「あいつめ、魅せる登場の仕方をする」

 向けた視線のその先、そこにいたのは純白の機体。

「俺の仲間は、誰一人やらせねえ!」

 『白式』第二形態『白式・雪羅』を身に纏った一夏の姿だった。

 

「さて、私もそろそろ行くか」

 手近な小島にシャルロットを連れて行った後、飛び立とうとする私にシャルロットが声をかけた。

「待って九十九。その姿って……」

「ふむ……」

 シャルロットに言われて自分の姿を見てみる。二対四枚だったウィングスラスターはその数を倍に増やし、更なる機動性を得た事がわかる。全体にスマートになった装甲。その一方で前腕装甲は少しだけ厚みを増している。

 武装のリストに変化はなかったが、ある項目が増えていた。それは単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)。その内容に少し驚いたが、表情に出さないようにしつつシャルロットに答えた。

「どうやら第二形態移行(セカンド・シフト)したようだ。説明は後でする」

 シャルロットの前に《スヴェル》を呼び出し、立てる。これで少なくとも流れ弾によるダメージは防げるはずだ。

「行ってくる」

「行ってらっしゃい。後でお話、ちゃんと聞かせてね」

「分かっている。この村雲九十九−−」

「女性相手に嘘はつかない。でしょ?」

「……その通りだ」

 台詞を取られた悔しさを押し殺し、私は一夏と箒の下へと飛び立った。

 

「一夏っ、一夏なのだなっ!?体は、傷はっ……!」

 慌てて声を詰まらせる箒の下へ一夏は向かい、箒に応える。

「おう。待たせたな」

「よかった……本当に……」

「なんだよ、泣いて−−」

「なんだ?泣いているのか?箒。よかったなぁ一夏が無事で。だが一夏の心配はしても私の心配はしていなかったようだな?」

 横からかけられた別の男の声に、目元を拭いながら目を向ける箒。そこには、笑顔だが妙に苛立った雰囲気の九十九がいた。

「な、泣いてなどいないっ!それにちゃんとお前の心配もしていたぞ、九十九!」

 

 一夏と箒がなにやら甘い雰囲気を出していたのについイラッとして嫌味を言ってしまう。

「ほう、そうか。その割にはこっちを見ないな。私の目を見てもう一度言ってみろ、箒」

「うっ……」

「まあまあ、九十九。それくらいにしてやれよ」

 箒に詰め寄ろうとする私を一夏が間に入って宥めるが、その位では今日の私は止まらない。

「一夏、お前も随分といいタイミングでの登場だったなぁ。機を伺っていたとかじゃ無いだろうな?」

「なっ!?んな事ある訳ねえだろ!」

「ふん、まあいい。それより今は福音だ」

「おう、そうだな。そういや箒、その髪……」

 一夏が箒の髪型をみる。リボンで留めていたポニーテールが、それを失った事でストレートになっていた。

「うん、丁度良かったかもな。これやるよ」

 そう言って一夏が箒に手渡したのは、一本のリボン。

「え?……これって……?」

「誕生日おめでとう。箒」

 今日、7月7日は箒の誕生日だ。おそらく臨海学校の前に買いに行ったのだろう。

 箒といえばポニーテール、ポニーテールといえばリボン。じゃあ、リボンにしよう。なんとも単純な思考が透けて見えた。

「私からは後ほど渡そう。おめでとう、箒。折角だ、使うと良い」

「あ、ああ」

「じゃあ、行ってくる。−−まだ終わってないからな」

「うむ、再起戦(リターンマッチ)と行こうか」

 言うなり、一夏がこちらに接近していた『福音』に対して急加速。正面からぶつかる。機体が進化しても、あいつの戦闘法は進化しないらしい。

 

「一夏、後衛は私が請け負う。存分にやれ」

「おう!」

 大口径銃《狼牙》を二丁展開して、一夏の体をブラインド代わりに『福音』へ連射。『福音』の態勢を崩させる。

 そこに一夏の右手に握られた《雪片弐型》による斬撃が迫る。間一髪、のけぞる事でその斬撃をかわした『福音』。だが、一夏の攻撃はまだ続く。

「逃がすかよっ!」

 瞬間、一夏の意思に応えるように左手の新装備《雪羅》から1m程のエネルギー爪が伸び、『福音』の装甲を僅かに抉った。

『敵機の情報を更新。攻撃レベルAで対応』

 エネルギー翼を大きく広げ、さらに胴体から生えた翼が伸ばされる。

「来るぞ!一夏!」

 後方からの私の射撃を回避した『福音』が、掃射反撃を開始する。

「そう何度も食らうかよ!」

 弾雨を避けようともせず、左手を前に出して『福音』に迫る一夏。途端、甲高い金属音と共に《雪羅》が変形。光の膜が広がり、『福音』の弾雨を消滅させる。つまりあれはエネルギー無効化シールド。《零落白夜》と同じ物という事だ。

 原作を読んだ時も思ったが、元々エネルギー効率の悪い機体に更にエネルギーをバカ食いする兵器を装備するなんて、正気の沙汰ではない。一体『白式』のISコアは何を考えているんだ?

 とは言え、今回の相手には圧倒的に優位だ。全武装をエネルギー系で固めた『福音』にとって、今の一夏は天敵だと言える。

「うおおおっ!」

 大型化した四機のウィングスラスターが備わった『白式・雪羅』は、通常の機体ならかなり難しい二段瞬時加速(ダブル・イグニッション)を可能にした。

 複雑な動きをする『福音』だが、常に最高速による回避が可能な訳ではない。よってこれで十分に追いつける。

『状況変化。最大攻撃力を使用』

『福音』の機械音声が告げると同時、しならせていた翼を体に巻きつけ始める。

 それはすぐに球状になり、『福音』はエネルギーの繭にくるまれた状態に変わる。

「九十九、嫌な予感がするぜ」

「ああ、私もだ」

 それは、最悪の形で的中する。『福音』の翼が回転しながら一斉に開き、そこから全方位に対して嵐の如き弾雨が降り注ぐ。

 それはつまり、ダメージの抜けきっていない鈴達にも攻撃が及ぶという事になる。

「くそっ!」

 一夏がすぐさま仲間の盾になりに走ろうとする。それを私は声で制した。

「待て一夏。それは私がやる。お前は奴をさっさと片付けろ」

「どうする気だ?」

「こうする」

 弾雨が鈴達のいる場所へ迫るなか、最高速で先頭のエネルギー弾を追い越すと同時に単一仕様能力を発動。厚みを増した前腕装甲が展開し、アイスブルーの光が漏れ出す。

「お、おい!?」

 『エネルギー弾の前に無防備に飛び出す』という私の行動に、一夏は驚いて動きを止めてしまう。

「一夏、信じろ。お前の信じる私を」

「九十九……わかった!」

 一夏は一度大きく頷くと、《雪片》と《雪羅》から《零落白夜》の光刃を展開。『福音』へと飛び込んだ。

 

 

「ちょっと九十九!あんた何する気よ!?」

「なに、お前達を守るついでに単一仕様能力の性能実験をしたくてな。丁度良かった」

 迫りくるエネルギー弾の前に両腕を突き出す。エネルギー弾が腕に触れたその瞬間、エネルギー弾は『フェンリル』に吸い込まれるように消えた。それと同時、消耗していたシールドエネルギーとブーストエネルギーが僅かに回復する。

 『フェンリル』の単一仕様能力《ヨルムンガンド》。その能力は『エネルギー吸収』である。『フェンリル』が丁寧に用意した説明文によると「『エネルギー』と名の付くものならほぼ何でも吸収可能」らしい。

 但しその効果範囲は、自分の手の届く範囲と言った所のようだ。結果としてエネルギー弾の殆どが仲間の下へと飛んで行く。こんなものなのか?『フェンリル』。

「なにやってんのよ!?全然ダメじゃない!」

「待てよ……『手』の届く範囲……それなら!」

 鈴の罵声をスルーし、ふと思いついた事を試してみる事にした。

 《ヘカトンケイル》を最大展開。さらに《ヨルムンガンド》を発動。すると、百の腕は装甲を展開。機体の前腕同様、アイスブルーの光が漏れ出す。

「やはりそうか……いけ!」

 号令一下、エネルギー弾に向けて飛んでいく《ヘカトンケイル》。その手がエネルギー弾を次々に飲み込んでいく。

 つまり《ヨルムンガンド》は、《ヘカトンケイル》との同時運用を前提にした能力であるという事だ。

 しかも嬉しい事に《ヘカトンケイル》が戦術支援AIを搭載したらしく、脳への負担が大幅に軽減されている。これなら最大稼働を長時間続けられそうだ。

 考えを纏めている内に、全てのエネルギー弾は《ヘカトンケイル》に食い尽くされていた。

「……相変わらずとんでもないな、お前は」

 なんとはなしに『フェンリル』に語りかける。一瞬、アイスブルーの光が強くなった気がした。

 

 全エネルギー弾を吸収し終わり、『福音』はどうなったかと目を向けてみると、一夏の下へと駆ける箒がいた。

 その機体からは展開装甲の赤い光に混じって黄金の粒子が溢れていた。どうやら《絢爛舞踏》は無事に発動したようだ。

 箒の手が一夏の白式に触れた瞬間、黄金の粒子が白式を包み込む。

 『紅椿』の単一仕様能力《絢爛舞踏》。その能力は『エネルギー増幅』である。一の力で百を零にする《零落白夜》と対になる能力。それが《絢爛舞踏》だ。

 火力馬鹿で大食いの『白式』にとって、最高のパートナーにして最大のカウンター。それが『紅椿』の役割と言えるだろう。

「さて、そろそろ詰めだ」

 スラスターを吹かして一夏と箒の下へと向かう。近づいて見ると、一夏は自分の機体に起きた事に戸惑っているようだった。

「なんだこれ?エネルギーが回復!?箒、これ−−」

「今は考えるな!行くぞ、一夏!」

「お、おう」

「私も忘れてくれるなよ、箒」

 攻撃に向かう一夏と箒に存在をアピール。私の機体を見た箒が驚きに目を見開く。

「九十九、お前その腕……まさか展開装甲!?」

「今は考えるな、だろう?」

「−−ああ、そうだな。行くぞ!一夏!九十九!」

「「おう(ああ)!!」」

 一夏が意識を集中し、《雪片弐型》のエネルギー刃を最大出力まで高める。巨大な光刃を両腕で支え、『福音』めがけて横薙ぎに振るった。

「うおおおっ!」

 その一撃を『福音』は縦軸一回転で回避。こちらを視界に捉えると同時に光翼をこちらに向ける。

「箒!」

「任せろ!」

 一夏に向けられた翼を、『紅椿』の二刀同時斬撃が斬り落とす。

「逃がすかぁぁっ!」

 さらにそこから脚部装甲を展開、加速の勢いを乗せた回し蹴りが『福音』の本体を捉える。

 予想外の攻撃に大きく姿勢を崩した『福音』に、一夏が切り返しの斬撃を浴びせ残る光翼をかき消した。

 そして、最後の一突きを繰り出さんとする一夏。それに対し『福音』が体から生えた翼全てで一斉射撃を行おうとして−−

『!?!?!?』

 その翼が、私の《ヨルムンガンド》によって食い尽くされていた事に気付く。

「ごちそうさま。そして、さようなら」

「おおおおおっ!!」

 その一瞬の隙に、一夏が『福音』の胴に《零落白夜》の刃を突き立てた。そのままブーストを最大出力まで上げる。

 ブーストの勢いに押されながら、なおも一夏に手を伸ばす『福音』。その指先が一夏の喉笛に食いこんだ所で、『福音』はようやくその機能を停止した。

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 瞬間、アーマーを失いISスーツだけになった『福音』の操縦者が海へと墜ちていく。

「しまっ−−!?」

「おっとイカン」

 《ヘカトンケイル》を飛ばし、海面すれすれで彼女をキャッチ。事なきを得た。

 安堵の息を漏らしていると、ダメージから復帰した鈴がこちらに向かって来ていた。シャルロットとボーデヴィッヒも無傷とは言えないがなんとか無事だ。セシリア?私の隣(の島)で寝てるよ。後で叩き起こさねばな。

「終わったな」

「ああ……やっとな」

「さあ、帰ろうか。正直もうクタクタだ」

 セシリアを叩き起こして、全員で帰路に着く。作戦は成功。負傷者はあれど死者はなし。最高とは言えないが最良の結果だ。

 ふと空を見れば抜けるような青さはもうすでになく、夕闇の朱が世界を優しく包んでいた。

 

 

「…………」

「「「…………」」」

 と、爽やかに終わる事が出来ればどれだけ良かったか。

 今現在、私達は司令室となっていた大広間で正座している。目の前には腕を組み、こちらに厳しい視線を向ける千冬さん。

 表情から感情は伺い知れないが、なにやら背後に『ゴゴゴゴゴ』だの『ドドドドド』だのと言った効果音が文字になって見える……ような気がする。織斑千冬、お冠(二度目)。

「お前達……」

「「「は、はいっ!」」」

 ビクリとする専用機持ち達。千冬さんが短く嘆息すると、そのプレッシャーは僅かに弛緩した。

「−−村雲の捜索、ご苦労だった」

「「「は……はい?」」」

「途中、『福音』との遭遇戦になったようだが、撃破出来たのは重畳だ」

「えっと……先生?」

 何がなんだかわからない。そんな表情の箒以下女子専用機持ち組。

「だが、いくらそう命令するつもりだったとは言え、こちらが捜索命令を出す前に飛び出していった事は咎めねばならん。お前達には帰ってから期末考査開始までの間、寮からの外出を禁止する。ついでに反省文の提出もあわせてやって貰う。いいな」

「……はい」

 千冬さんのお言葉に勝利の余韻は完全に霧散。強い疲労感だけが残ってしまった。

「織斑先生、もうその辺で……。怪我人もいますし、ね?」

「ふん……」

 不機嫌な千冬さんとは対照的に山田先生はおろおろわたわたしている。救急箱や水分補給パックなどを持ってきていて、実に忙しそうだ。

「じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身見せてくださいね。−−あっ!だ、男女別ですよ!わかってますか、二人とも!?」

 ……むしろわかってないと思われているのだろうか?だとしたら心外だ。

「それじゃ、みなさんまずは水分補給をしてください。夏はその辺りも意識しないと、急に気分が悪くなったりしますよ」

 はーい、と返事をし、それぞれスポーツドリンクのパックを受け取る。無論、体に考慮した常温の物。冷たい物の一気飲みは体に悪影響を及ぼすからな。

「ってて……。口の中切れてるな」

「戦闘の興奮で自切したのではないか?今日はわさび醤油はやめておけ」

「だな。俺も地獄は見たくねえ」

 軽口を叩きつつスポーツドリンクを飲んでいると視線に気づく。視線の主は千冬さん。じっとこちらを見ている。

「な、なんですか?織斑先生」

 もっとも、見ているというより睨んでいるに近く、居心地の悪くなった一夏はつい口を開いてしまう。

「……しかしまあ、よくやった。全員、よく無事に帰ってきたな」

「え?あ……」

 照れ臭そうな顔をしているように見えたが、すぐに背を向けられたので表情は見えなくなった。

 なんだかんだで私達の身を案じてくれている千冬さんに心中で感謝を述べる。直接言えば、本人が嫌がるだろうからな。

「さて一夏、そろそろ出るぞ。診察が始まる」

「おう」

 立ち上がり、廊下に出る私と一夏。ぴしゃりと閉じた襖に背を預けた一夏は「ふう……」と深い溜息をつく。戦いは終わった。考えるべき事、整理すべき事は多々あるが、とりあえず−−

「お疲れ、一夏」

「おう、そっちもな」

 

 女子達は怪我の診察中、千冬から驚くべき事実を知らされた。

「今回のお前達の動向、村雲は全て読み切っていた」

「「「えっ!?」」」

「これを読め」

 言って、千冬が渡したのは封筒に入った手紙。タイトルは『織斑・村雲のいずれか、もしくは両名が撃墜ないし行方不明になった場合の専用機持ち達の動向の予測とその処遇についてのお願い』。それを読んだ五人は戦慄する。

 そこには九十九(自分)か一夏、あるいは両方がやられたり行方不明になった場合に、自分達がどうしようとするかについての完璧な予測と、そうなった際のIS委員会への一番上手い言い訳の仕方が書いてあった。

「まさかここまでとは……」

「あいつ、やっぱエスパーでしょ」

「あの方、一体何手先まで読めているのでしょうか……?」

「九十九ってすごいなぁ……」

「軍に入れば、優秀な参謀として重用されるだろうな」

 五人五様の反応。しかし、その後に考えた事はその場にいた全員同じだった。

(((九十九って、本当に何者なんだろう?)))

 

 

 夕食時、シャルロットに数人の女子が群がって何があったのかを訊いてきた。最も取っ付きやすい彼女なら話してくれるかもという判断だろうが、それは判断ミスというものだ。

 シャルロットは専用機持ちの中で責任感が最も強い。なんだかんだあしらわれて、女子達は彼女から聞き出すのは諦めたようだ。しかし−−

「じゃあ、村雲君に訊こー」

「「「おー!」」」

 矛先が私に向いた。だが、答えは同じだ。

「残念だが何も話せんよ。だいいち、聞けば制約がつく。窮屈な暮らしが好みかね?」

「それは困るなぁ……」

「だろう?ならこの話はおしまいだ。私達は何も言わないし言えない。だから君達も訊かないし訊けない。いいね?(ニッコリ)」

「「「アッ、ハイ」」」

 誠心誠意を込めたお願いに快く応じてくれる女子達。日頃の成果だな。

「九十九の笑顔が怖いからだと思うよ?」

 ポツリと漏らすシャルロット。何故?

 

 

ざぁん……ざぁん……

 

「…………」

 食事の後、私は軽く休憩をとってから部屋を抜け出し、旅館の近くの防波堤で夜の海と空を眺めていた。

 今夜は満月。真夜中ではあるがそれなりに明るい。ふと岸辺を見ると、水着姿の一夏と箒がいた。さらにその後ろで一夏ラヴァーズが隠れて様子を窺っている。きっとあの後何かしらの修羅場になるな。助けてやるつもりは無いが。

「「九十九(つくもん)」」

 かけられた声に振り向くと、水着姿の本音さんとシャルロットがいた。いたのだが……。

「本音さん?着ぐるみ水着はどうしたね?」

「脱いできた〜。ど~かな~?」

 なんと本音さんは着ぐるみ水着の下のマイクロ水着だけの姿だった。なんというか……暴力的なまでにセクシーだった。

「あ、ああ。うん、似合っているよ」

「てひひ〜、ありがと~。あ、隣いい〜?」

「あ、僕も」

 言うなり隣に座る二人。しばらく無言の時間が流れる。「そういえば」と、何かを思い出したように口を開くシャルロット。

「九十九、約束守ってね」

「ん?ああ。あれは一夏が墜ちた後−−」

 

ーーー村雲九十九説明中ーーー

 

「で、目が覚めてISを起動させると、受けたはずの傷が治っていたんだ」

「不思議だね~」

「本当にね。あ、本音。今の話、誰にもしちゃダメだよ?」

「うん、わかった〜」

 シャルロットの念押しに頷く本音さん。

「でも、本当に無事で良かった。九十九がいなくなったらって思ったら、僕……」

「シャルロット……」

「わたしも心配してたよ~?つくもん大丈夫かなって〜」

「本音さん……」

 俯く二人。かなり心配をかけてしまったようだ。二人に向かって頭を下げる。

「すまない、心配をかけた」

「「うん、いいよ」」

 意外にも二人はあっさり許してくれた。そうしてまたしばしの無言。波の音だけが響いている。

「「「あの……」」」

 互いに何か言おうとして被ってしまう。気まずさが漂った。

「えっと……お先にどうぞ」

「いや、そちらが先に」

 そして譲り合い。またも気まずい雰囲気に。

「……では、私からいいかね?」

「「うん」」

 立ち上がって二人に向かい合う。同じく立ち上がった二人に話しかける。

「今回の一件で心配をかけた詫びをしたい。私にできる範囲ならなんでもしよう」

「そんな、気にしなくていいよ」

「うん、ちゃんと謝ってくれたし〜」

「それでもだ。何より私の気が済まない」

 私の言葉に二人は顔を見合わせて、コクリと頷きあう。

「それじゃあ、お願いしていいかな?」

「目をつむってほしいんだ〜」

 随分と簡単なお願いだった。そんなので良いのか、と思いつつも言われた通り目を閉じる。

「これでいいかね?」

「うん、絶対に目を開けちゃダメだよ?」

 一体何をされるのか?思わず身構えた私を襲ったのは−−

「んっ……」

「!?」

 唇に柔らかい何かが当たる感触だった。驚きに思わず目を開くと、そこには大写しになったシャルロットの顔。つまり……キスをされている。誰が?私が。誰に?シャルロットに。

「ふう……けっこう恥ずかしいね、これ」

「な、あ、シャル……ロット?」

 突然の事態に頭がついていかない。と、横から肩をつつかれる。振り向くと−−

「えいっ!」

「な、本音さ……んうっ!?」

 本音さんが私に飛びつき、唇を重ねてきた。シャルロットとは違う柔らかさに思考が停止する。

「ぷはっ。えへへ〜、わたしのファーストキスだよ~」

「あ、いや、え?二人とも……?」

 目の前の二人からキスをされた。その事実に理解が追いついてきた所でシャルロットが口を開く。

「九十九に聞いてほしいことがあるんだ」

「あ、ああ」

 顔を赤らめてこちらを見る二人。揃って息を吸ったと思うと、声を揃えて想いを口にした。

「「僕(わたし)達は、村雲九十九君が……好きです!」」

「!!」

 二人からの告白。それも、曲解も聞き間違えもできないど真ん中ストレート。それだけに、想いは本物であると分かる。そして、だからこそ分からない事があった。

「何故、二人同時に言おうと思ったんだね?抜け駆けしようとは……」

「思わなかったよ~」

「一夏の周りの子たちを見てて思ったの。下手に抜け駆けしようとするからあんな風になるんだって」

「確かにな。一夏が絡まなければそれなりに仲はいいのだが……」

 あの四人、普段はそれぞれ魅力的なのに、織斑一夏という男が絡んだだけでどうにも残念な感じになってしまうのだ。互いに抜け駆けとその阻止を繰り返すからああなってるんだろうな。

「それにね、織斑先生が言ったんだ〜。『あいつの事で、私はとやかく言うつもりはない。取り合うなり分け合うなり好きにしろ』って~」

「だったら、九十九の事を取り合って仲が悪くなるより仲良く分け合った方がいいよねって、本音と話したの」

「そ、そうかね。では、私も返事をしないとな」

「「…………」」

 訪れる沈黙。私は意を決して口を開く。

「君達の気持ちは素直に嬉しい。しかし、すぐに答えは出せない」

「「…………」」

「私の君達に対する想いが友愛なのか、親愛なのか、それとも異性愛なのか。私自身が分からないからだ。だが……」

「「だが?」」

 二人の目を真っ直ぐに見て、言葉を続ける。

「いつか必ず答えは出す。それまで待ってくれるなら……その……これからよろしく頼む」

「「……うん!」」

 抱き着いて来る二人を受け止め、腕の中に迎え入れながら思う。

 二人が私に告白するという最大級の原作乖離が起きた以上、もう原作がどうこうとか関係ないな、と。

 

 

 私は本音さんとシャルロットの二人から愛の告白を受けた。

 今後、この二人との関係がどうなるのか。神ならぬ私には分からない。

 

 

 明けて翌日。今日はもう帰るだけだ。朝食を取り、各種機材の撤収を終わらせ、荷物を纏めた後、バスの前でいったん整列。

「「「お世話になりましたー!」」」

「こちらこそ有難うございました。これからも頑張ってくださいね」

 女将からの激励を受けて、皆バスに乗り込む。ちなみに私は最後部座席。何故かって?

「これなら三人で並んで座れるからね~」

「あ、九十九は真ん中ね」

「ああ、分かった」

 つまりこういう事だ。

「あーー……」

 最前列の席に腰を下ろした一夏は深い溜息をついた。その様はなんというか……。

「ボロボロだな」

「仕方ないよ~」

「ほとんど眠れてないだろうしね」

 と言うのも、私達が旅館に帰った後、外から物騒な射撃音と着弾音と衝撃音が1時間ほど聞こえ続ける、という事があった。間違いなく嫉妬に狂った三人に一夏が追い掛け回されたのだろう。

 しかもその音が原因で旅館抜けがバレ、千冬さんにラヴァーズともども大目玉を食らった。

 結果、一夏の睡眠時間は3時間ほど。その上であの重労働。死にそうになってもおかしくはない。

 ちなみに私達は可能な限り誰にも見つからないように旅館に戻ったため、事なきを得ている。

「すまん……誰か、飲み物持ってないか……?」

 辛そうに口を開く一夏だったが、ラヴァーズの返事は無情なもので。

 「……ツバでも飲んでいろ」とボーデヴィッヒが冷たく返し、「知りませんわ」とセシリアがそっぽを向く。

 鈴は二組のためここにはいない。皆から見放された一夏が最後の望みを託して箒に視線を向ける。が−−

「なっ……何を見ているか!」

 と、一夏にチョップ。あれは地味に痛いな。仕方ない。

「シャルロット。確か自販機で茶を買っていたな。それを……どうした?」

「……名前呼び禁止(ムスーン)」

 旅館に帰った後、彼女から「今度から愛称で呼んでね。九十九に決めて欲しいな」と言われ、原作同様『シャル』としたのだが、それをうっかり忘れて名前呼びしてしまい、彼女は機嫌を損ねてしまったというわけだ。ふくれっ面が可愛いとは思うが、謝罪は口にせねばな。

「あ、ああ。すまないシャル。それで、茶なんだが……」

「一夏にあげるの?いいよ。はい」

 カバンからペットボトルの茶を取り出し、手渡してくるシャル。

「これもあげる〜。疲れた時はお菓子だよね~」

 そう言って、チョコバーを差し出してきたのは−−

「ありがとう、本音さん。……どうした?」

「……さん付け禁止(むっす~)」

 シャルと同様、本音からも「これからは呼び捨てでいいよ〜」と言われた。とは言えすぐに習慣は抜けず、ついさん付けをしてしまい、彼女の機嫌を損ねてしまったというわけだ。こちらのふくれっ面も可愛いと思うが、謝る必要はあるな。

「すまない本音。いつもの癖でつい。それで、それを一夏にあげていいのか?」

「うん、どうぞ~」

 シャルから茶を、本音からチョコバーを受け取って一夏の下へ。

「うー……しんど……」

「おい、一……」

「「「い、一夏っ!」」」

「はい?」

「夏……ん?」

 三人の声が同時に聞こえ、そちらに振り返る。それと同じタイミングで、車内に一人の女性が入ってきた。

「ねえ、織斑一夏くんと村雲九十九くんっているかしら?」

「あ、はい。俺ですけど」

「私が村雲九十九です。ご用でしょうか?」

 女性に呼ばれ、返事をする私と一夏。

 やってきた女性は、10代終盤から20代序盤。少なくとも私達よりは年上で、夏の日差しを浴びて輝く鮮やかな金髪が目に眩しい。格好いいブルーのサマースーツ。ただし、千冬さんのようなビジネススーツではなく、オシャレ全開のカジュアルスーツ。

 開いた胸元から、大人の女性特有の整った膨らみが僅かに覗く。その胸の谷間に持っていたサングラスを預け、こちらの顔を見つめてきた。

「君達がそうなんだ。へぇ……」

 女性はそう言うと私達を興味深そうに眺める。その視線は、品定めというより純粋な好奇心で観察しているといった感じだ。

 微かに香る柑橘系のコロンが、どうにも落ち着かない気持ちにさせる。事実、一夏は完全に目の前の女性に呑まれている。

「あ、あの、あなたは……?」

「私はナターシャ・ファイルス。『銀の福音』の操縦者よ」

「え−−」

 一夏が自分の予想外にあった言葉に困惑していると、ナターシャさんはその頬に唇をつけた。

「ちゅっ……。これはお礼。ありがとう、白いナイトさん。それと……」

 呆けている一夏をよそに、こちらに目を向けるナターシャさん。彼女が一夏にやった事のインパクトに唖然としていた私の頬に、彼女の唇が触れた。

「ちゅっ……あなたもありがとう。灰色の魔法使いさん」

「え、あ、う……?」

「あ、えっと……どういたしまして……?」

「じゃあ、またね。バーイ」

「「は、はぁ……」」

 手を振ってバスから降りるナターシャさんを、私達は呆けた状態のまま見送った。ちなみに一夏は手を振り返していた。彼女の姿が見えなくなった次の瞬間。

「「はっ!?」」

 背中に強烈な寒気を覚えて振り返るとそこには−−

「浮気者め」

「ええ本当に。行く先々で幸せいっぱいのようですわね」

「はっはっはっ」

 一夏に向かって歩いてくるラヴァーズ三人。その手にはペットボトルが握られている。しかし、私が恐れたのは怒れる三人のさらに後ろにいる二人。

「九十九って、意外とモテるよね(ゴゴゴゴゴ)」

「つ〜く〜も~ん〜(ドドドドド)」

 シャルロット・デュノア&布仏本音、お冠(ド級)。

 何故だろう?二人の後ろに近未来的な光線銃をこちらに向けるショートボブの成人女性と、鉄灰色の肌の巨人を従えた銀髪ロシアン少女が見える……ような気がする。

「「「はい、どうぞ!」」」

「ぐはぁっ!?」

 一夏に向かって投げつけられる三本の500mlペットボトル。物理的に死ねるんじゃなかろうか。

「「ふーんだ」」

「あの、二人とも……」

「「プイッ」」

「油断した私が悪かった。許してくれないだろうか?この通りだ」

「「ベーッだ!」」

 必死に二人に頭を下げる私。しかし、二人は許してくれそうになかった。周りからの好奇と非難の視線が強烈に痛い。精神的に死ねるんじゃなかろうか。

 結局、二人に許して貰えたのは学園に帰り着いた後だった。女性と付き合うというのは、意外に大変なのだなと思い知った。

 

 

 こうして、一学期最大の事件はその幕を閉じた。

 もうすぐ夏休みが始まる。きっと色々な事があるだろうが、最後は楽しかったと言えるようにしようと思う。




次回予告

それは、全世界全学生共通の最大の敵。
それは、決して逃げられない相手。
その先に待つのは天国か、地獄か。

次回「転生者の打算的日常」
#33 期末考査

九十九、助けてくれ……。
今回は私も助けて欲しい側だ、一夏。

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