転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#31 二日目(復活)

 それは、一夏がまだ小学2年生の頃だった。

 姉に付き合わされる形で始めた剣道も1年が経ち、それなりに様になってきた。

 幼馴染みは「よく続くな。あんな無駄に痛い思いをするもの」と呆れたように言っている。

 その幼馴染みも父親に妙な格闘技を仕込まれているようだったが。それについて訊いてみると、あいつはニヤリと笑みを浮かべ「あれは一瞬で相手を沈める事を目的にした戦闘技術だ。精神性を重視する近代武術とは相容れんものだよ」と言っていた。

 正直、あいつが何を言っているのかよくわからなかった。

 

(ったくよー。あいつはー……)

 剣道を習いに行っている篠ノ之道場。その道場主の娘で同い年の女の子とはどうにも馬が合わなかった。

 今朝も朝練で衝突して試合に発展。結果は胴薙ぎ一本。見事なまでの敗北だった。

 それを幼馴染みに聞かせると「相手と折り合いがつかないなら、折り合わないという一点で折り合えばいいではないか」と訳の分からない事を言っていた。

(あーくそー……。勝てねえかなぁ……勝ちてえなぁ……)

 そんな事を考えながら、不機嫌極まりない顔で教室の掃除をする一夏。

 自分以外のクラスメイトはサボって遊びに行っているのを知ってはいたが、別にどうとも思わない。誰かがやらねばならないなら自分がやるだけだ、と考える。

 これも幼馴染みに言わせれば「面倒臭い生き方だな。潰れても知らんぞ?私は」らしい。

 

「おーい、男女〜。今日は木刀持ってないのかよ~」

「……竹刀だ」

「へっへ、お前みたいな男女には武器がお似合いだよな~」

「…………」

「しゃべり方も変だもんな~」

 女子は答えない。

 三人の男子が一人の女子を取り囲んでからかっている。そんな状況の中、けれど少女は凛とした眼差しで相手を睨み、一歩も引く気を見せない。

−−少女の名は篠ノ之箒。一夏が剣道で勝ちたい相手である。

「や~いや~い、男女〜」

「うっせーなぁ。テメーら暇なら帰れよ。それか−−」

「それか一夏の手伝いをしたまえ。私まで帰りが遅くなってしまうではないか」

 いい加減、無意味な攻撃に苛立ちを覚えていた一夏の言葉の後半を奪って、教室に一人の男子が現れる。

「……九十九」

「すまん、お前の台詞を奪ったか?まあ気にするな。ハゲるぞ?」

 男子の名は村雲九十九。一夏の一の親友の少年である。

「なんだよ織斑、村雲。お前らこいつの味方かよ」

「へっへっ、この男女が好きなのか?」

 古今東西、子供のからかいというのは度し難い。そしてそれは、たとえ同い年であっても一夏にとって不快極まりないものだった。

「邪魔なんだよ、掃除の邪魔。どっか行けよ。うぜえ」

「君達に手伝う気がないなら仕方ない。私が手伝おう、一夏」

 言って、掃除用具入れに向かう九十九。その背中に男子が声をかける。

「へっ。お前ら揃って真面目に掃除なんかしてよー、バッカじゃねえの−−おわっ!?」

 いきなり、箒が男子の胸倉を掴んだ。その手は小学二年生とはいえよく鍛え上げている。本気の殴り合いをすれば、男子三人にも負けはしないだろう。

 しかし、何を言われても反応しなかった箒が、その言葉だけには反応した。

「真面目にする事の何が馬鹿だ?お前らのような輩よりはるかにマシだ」

「な、何だよ。何ムキになってんだよ。離せ、離せよっ」

 強靱な腕に絞め上げられてもがく男子、それとは別に残りの二人はニヤニヤと笑いを浮かべている。

「あー、やっぱりそうなんだぜーこいつら−−」

「夫婦なんだよ。とでも言うつもりかね?仲の良い男女を指してそう言うのなら、君と君の妹は夫婦だという事になるが?」

「なっ!?なわけねーだろっ!なんで俺とあいつが夫婦なんだよ!」

 台詞を奪われ、おまけにとんでもない事を言い出す九十九に食って掛かる男子。それに九十九は黒い笑みを浮かべて返す。

「おや?君は妹さんを心から愛していて、妹さんは君に最も懐いている。これで仲が悪いなどとは言うまいね?」

「そ、それは……」

 九十九の言葉に何も言えなくなる男子。九十九の追求は更に続く。

「君は仲の良い男女を指して『夫婦』と言うのだろう?君は男、妹さんは女。君の理論で言えば君達は夫婦に……」

「う、うるせーっ!」

 九十九の物言いに元々沸点の低い男子は激昂。九十九に殴りかかる。が……。

「しっ!」

 

カコッ!

 

「あ……う?」

 素早く振るわれた拳を顎先に受けた男子は、膝から垂直に崩れ落ちてそのまま前のめりに倒れ、ぴくりとも動かなくなった。

「おっと、すまない。殴りかかられたのでつい。綺麗に入ってしまったな。大丈夫……ではないな。まあいいか。それで、もう一人の方も何か言おうとしていたな。聞こうか」

「あ、あ、あ……」

 目を向けられ、思わず後ずさる男子。それに近づきながら九十九が口を開く。

「そういえば、何日か前に篠ノ之がリボンをしていたな。君はあれを見てどう思った?」

「え、いや、あの……」

「言いたまえ。悪いようにはせん、()()()

「えっと、その……みんなで、男女の癖に笑っちまうよな……って」

 弱々しく呟く男子。一撃で仲間を沈めた九十九に恐怖しているようだった。

「だそうだ、一夏。怒ってもいいが、殴るのは……」

「ぶごっ!?」

「やめろ。と言おうとしたんだが、遅かったな」

 九十九の制止を聞かず、一夏はもう一人の男子の顔面に拳を叩き込んだ。倒れた男子を片腕で立たせて締め上げる。

「笑っちまう?何が面白かったんだよ?あいつがリボンしてるのがそんなおかしいかよ?なんとか言えよボケナス」

 その様子を箒に締め上げられていた男子が見て、叫ぶ。

「お、お前ら!!『先生に言うからな!』はっ!?」

「分かり易すぎるな、君。もう少しひねった物言いができんものかね?」

「勝手に言えよクソ野郎。その前に、お前ら全員ぶん殴る」

「やれやれ、こうなったら止まらんな。篠ノ之、すまないが先生を呼んできてくれ」

「あ、ああ」

 箒が締め上げていた男子を離して教室を出ていく。離された男子は怒りに顔を赤く染めて二人を睨む。

「てめえら、もう謝っても許してやらねえからな!」

「それはこっちのセリフだ、クソ野郎」

 急ぎ職員室に向かう箒が最後に聞いたのは、九十九の一夏を諌める声だった。

「やり過ぎるなよ、一夏。後で色々面倒だ」

 

 数分後、箒が教師を連れて戻ってきた時には全てが終わっていた。

 一人は前のめりに倒れてぴくりとも動かず、一人は腹を抱えて悶絶。もう一人は股間を押さえて大量の脂汗を流していた。

 一方、一夏と九十九に目立った傷はない。誰が見ても分かる完勝だった。その三人を後ろに、九十九が一夏に話をしていた。

「いいか、一夏。対複数戦で最も重要なのは、いかに素早く相手を倒すかだ」

「お、おう」

「そのためにはたとえ卑怯だと言われる手でも使え。立てなくさせれば、それでこちらの勝ちだ」

「いや、でもよ。だからって後ろから金蹴りはねえだろ。金蹴りは」

「父さんの教える技の大半がこんな感じだが?」

「貴様がやり過ぎだ!村雲!」

 夕方の教室に少女の叫びが響いた。

 

 その後、職員室に当事者とその親が呼ばれ事の次第を説明する事になった。担任教師は両者の言い分をしっかりと吟味する。

 その結果「殴った織斑・村雲両名も悪いが、女の子一人をよってたかっていじめていた三人も悪い」となった。

 もっともそれで納得いかないのが三人の馬鹿ガキの親。やれ警察だ、裁判だと騒ぎ立てていた。

 一夏自身は気にも止めなかったが、そのせいで姉が意味もなく頭を下げさせられたのが許せなかった。

 一方の九十九は、そのバカ親に冷たい視線を向けていた。九十九の父(槍真)も似たような視線を向けている。

 それに腹を立てたバカ親が、今度は槍真に向かって何か言おうとしたが、その瞬間、室内の温度が0度近くまで下がったような感覚にその場にいた全員が襲われる。

 どうやら槍真は、バカ親があまりにも馬鹿な発言を繰り返すので腹に据えかねたらしい。

 槍真がたった一言「黙れ。恥知らず共」と言っただけでバカ親全員が失神してしまった。それを見た馬鹿ガキ三人は恐怖で声も上げられず、ただ泣いていた。

 それからと言うもの、その三人の箒いじめは完全に鳴りを潜めた。

 九十九が言うには「おおかた、親から『二度とあの子達に関わるな』とでもきつく念押しされたんだろうさ」だそうだ。

 この一件で、一夏は『問題を起こせば千冬姉の迷惑になる』事を理解した。

 ただ、馬鹿な男子が一夏に突っかかる事もなくなったため、それを活かす事はついぞなかったが。

 

 数日後、放課後の剣術修行の後で箒が一夏に「あんなことをすれば、後で面倒なことになると考えないのか?」と訊いた。

 それに対する一夏の返事は「考えない。許せない奴はぶん殴る」であった。それで一度姉にこっぴどくお叱りを受けたが、それは一夏にとってただ一つの譲れない事だった。

「大体、複数でってのが気にいらねえ。群れて−−」

「群れて囲んで陰険なんざ、男のクズだ。だろう?一夏」

「……九十九」

 数日前と同様に一夏の台詞を奪って現れたのは一夏とよくいる少年、村雲九十九だった。手には買い物袋を下げている。

「やあ、一夏。使いの帰りだったのだが、そろそろ修行が終わる頃かと思って寄ってみたよ」

「今終わったとこだ。ちょっと待っててくれ」

 そう言って、井戸水で顔を洗う一夏。修行終わりにこの冷たい水で汗を流すのが、一夏はたまらなく好きだった。それを横目に見ながら、九十九が箒に話しかけた。

「篠ノ之。要は一夏は『あの時の事は気にするな』と言いたいのさ。リボン、よく似合っていたよ。なあ、一夏」

「おう、そうだな。またしろよ」

「ふ、ふんっ。私は誰の指図も受けない」

 顔を拭きながら一夏が九十九に賛同した。それに腕を組み、そっぽを向いて答える箒。

「そうか。じゃあ、帰るわ。またな、篠ノ之。行こうぜ、九十九」

「ああ。では篠ノ之、また明日」

「−−だ」

「ん?」

「私の名前は箒だ。いい加減覚えろ。大体、この道場は父さんも母さんも姉さんも篠ノ之なのだから紛らわしいだろう。次から名前で呼べ、いいな」

「だそうだ、一夏」

「わかった。俺は割と身近な奴の指図は受ける。−−じゃあ、一夏な」

「な、なに?」

「名前だよ。織斑は二人いるから、俺の事も一夏って呼べよな」

「う……む」

「わかったか、箒」

「篠ノ之。こうなった一夏はテコでも動かん。覚悟を決めたまえ」

「わかっている!い、い、一夏!これでいいのだろう!?」

「おう、それでいいぜ。……指図じゃなくて頼みならちゃんと聞いてくれるんだな」

「今のが頼みなのかは疑問が残るがね」

「ふ、ふん!」

 最後の強がりを残して立ち去る箒を、一夏はおかしな奴だなと思いながら、九十九はこれは落ちたなと思いながら見送った。

 季節は6月。夏はもうすぐそこだった。

 余談だが、箒と九十九が互いを名前で呼び出すのはこの日から一月後の事だった。

 

 

「…………」

 旅館の一室。壁掛け時計は16時を指している。

 ベッドに横たわる一夏はもう3時間以上も目を覚まさないままだった。その傍らに控える箒はずっとこうして項垂れていた。

 リボンを失って垂れ下がった髪が、今の彼女の心境を物語っているようだった。

 −−自責。

 今の箒の心を占めるのはその感情のみ。作戦は失敗。一夏は重傷を負い今も目を覚まさず、九十九は現在も行方不明。

 その理由の全てが、自分の驕り高ぶりにあると感じてしまう。思わず、スカートが皺になるほど拳を握り締める箒。

『作戦は失敗。教師部隊は村雲の捜索を開始。以降、状況が変化し次第招集する。それまで各自現状待機しろ』

 一夏を救護班に任せ、司令室を訪れた箒を待っていたのはこの言葉だった。そして専用機持ち達に司令室を出て行くよう指示した後、千冬はそのまま司令室に篭ってしまった。何の責めも受けない。今の箒にとって、それが何より辛かった。

 箒は考える。何故自分はいつも力を手に入れるとそれに流されてしまうのか?

 力を手に入れるとそれを使いたくて仕方がなくなり、湧き上がる暴力の衝動を抑えられない瞬間があるのは何故か?

 箒は考える。何のために修行をしてきたのか?

 箒にとって、剣術は己を鍛えるものではなく、律するためのものだった。剣術は枷であり、自らの暴力性を抑え込むための抑止力のはずだった。しかしそれは、僅かに重みがかかれば壊れてしまうような、薄氷の如き危うい物であると思い知らされた。

(私は……もうISには……)

 箒が一つの決心をつけようとした時、部屋のドアが乱暴に開かれる。入ってきたのは鈴。項垂れたままの箒の隣へやって来た鈴は、箒に話しかける。

「あのさあ」

 しかし箒はそれに応えない。応えられない。

「一夏がこうなったのって、あんたのせいなんでしょ?」

 ISの操縦者絶対防御。その致命領域対応により、一夏は現在昏睡状態にある。全エネルギーを防御に回す事で操縦者を守るこの状態は、同時にISの補助も深く受ける。そのため、ISのエネルギーが回復するまで、操縦者は目を覚まさないのだ。

「…………」

「九十九はまだ見つかってないわ。まあ、これはあんたが原因とは言えないけど」

 九十九と『福音』が最後に交戦していた場所は、小島が多く海流が複雑な場所だった。そのため、墜落後にどこかに流されたとしてもどこへ流されたのか見当もつかない状態で、教師部隊は予想海域をしらみ潰しに探しているというのが現状だ。

「…………」

「で、落ち込んでますってポーズ?−−っざけんじゃないわよ!」

 突然、烈火の如き怒りを露わにする鈴。項垂れたままの箒の胸倉を掴み、無理矢理に立たせる。

「やるべき事があるでしょうが!今!戦わなくてどうすんのよ!?」

「私は……私はもうISには……二度と乗らない……」

「っ−−!!」

 

バシンッ!

 

 頬を打たれた事で支えを失った箒は床に倒れる。なぜ頬を打たれたのかわからない。そんな様子の箒を、鈴がもう一度締め上げるように振り向かせる。

「甘ったれた事言ってんじゃないわよ!専用機持ちってのはね、そんなわがままが許されるような立場じゃないのよ!それともなに?あんたは−−」

 鈴の瞳が、箒の瞳を真っ直ぐに捉える。その目に燃えるのは、怒りにも似た赤い感情。闘志だ。

「戦うべき時に戦えない、臆病者なわけ?」

 その言葉に、箒の瞳の奥底の闘志に火がつく。

「−−ど……」

 口から漏れたか細い言葉。それはすぐに怒りを纏い、強く大きくなる。

「どうしろと言うんだ!もう敵の居所もわからない!戦えるなら、私だって戦う!」

 自らの意志で立ち上がった箒を見て、鈴が溜め息をついた。

「やっとその気になったわね……あーあ、面倒くさかった」

「なに?」

「居場所ならわかるわ。今ラウラが−−」

 言葉の途中でドアが開く。そこにいたのは、漆黒の軍服に身を包んだラウラだった。

「出たぞ。ここから30㎞離れた沖合上空に目標を確認した。ステルスモードに入っていたが、どうも光学迷彩は持っていないようだ。衛星での目視で発見したぞ」

 タブレット端末を片手に部屋に入ってくるラウラを、鈴がニヤリとした顔で迎える。

「さすがドイツ軍特殊部隊。やるわね」

「ふん……お前の方はどうなんだ。準備は?」

「当然。甲龍の攻撃特化パッケージは量子変換(インストール)済みよ。あとの二人は?」

「それなら−−」

 ラウラがドアの方へ視線を向けると、すぐにドアが開かれた。

「たった今完了しましたわ」

「準備オッケー。いつでも行けるよ」

 専用機持ちが全員揃うと、それぞれが箒へと視線を向ける。

「で、あんたはどうすんの?」

「私は……」

 拳を握りしめる箒。それは先程の後悔とは違う、決意の表れだった。

「戦う。戦って……勝つ!今度こそ、負けはしない!」

「決まりね」

 腕を組み、不敵な笑みを浮かべる鈴。

「それじゃあ、作戦会議よ。今度こそ確実に落とすわ」

「ああ!」

 こうして専用機持ち達は対福音の作戦会議を始めた。

 

 第一次対福音戦から約4時間後の17時。専用機持ち達は海岸にそれぞれのISを身に纏って立っていた。

「行くわよ!」

「「「おう(うん)(ええ)!!」」」

 号令一下、飛び出す五人。それはすぐに司令室の知る所となる。

「織斑先生!専用機持ちの子達が無断出撃を!」

「ああ、分かっている。……奴め、ここまで読み切っていたというのか……?」

 呟く千冬の手には一枚の封筒。それは出撃前、九十九が渡してきた物だった。

 そのタイトルは『織斑・村雲のいずれか、もしくは両名が撃墜ないし行方不明となった場合の専用機持ちの動向の予測とその処遇についてのお願い』

 千冬は九十九の読みの深さと鋭さに、戦慄を禁じえなかった。

 

 

 ふと目を覚ますと、どことも知れない荒野にいた。空には満月が輝き、辺りを柔らかく照らしている。

 地上では強い風が吹き、足元の砂が舞い上がって一瞬視界を遮る。知らない光景がそこにあった。

「ここは……確か私は『福音』と戦って……」

 

 箒と一夏を撤退させた後、私は単身で『福音』に挑んだ。

 瞬時加速からの単分子ブレードによる最初の一撃は躱されたが、二撃目の直後に電磁投射砲を発射。

 ブレードの連撃を紙一重で躱していた『福音』は、電磁投射砲を躱しきれず直撃を受ける事になる。

 大きくバランスを崩しながら吹き飛ぶ『福音』に追撃すべく、プラズマランスを展開。突撃からの零距離電磁投射砲で沈めるつもりだったが、思いの外『福音』が態勢を立て直すのが早く、突撃は虚しく空を切った。

 直後、背後から『福音』の炸裂エネルギー弾が迫る。連続鋭角飛行で回避しつつ『福音』の頭上へ。落下速度とブースターを利用した高速突撃を仕掛ける。

(とった!)

 そう思った次の瞬間、『福音』は空中で仰向けになりこちらに《銀の鐘》を展開。発射態勢に入る。彼我の距離を考えればもう回避は不可能。

(ならば、せめてもう一撃!)

 プラズマランスを解除すると同時に電磁投射砲を発射態勢に。『福音』の炸裂エネルギー弾と私の超音速徹甲弾がほぼ同時に発射される。そして−−

 

「結果は相打ち、とは言えんか。意識が切れる寸前、奴がどこかへ行くのを見たからな」

 ダメージを受けた私と『福音』は海へと落ちていったが、『福音』は海面に叩きつけられる直前に態勢を立て直して何処かへと去っていった。その直後に私は海面に叩きつけられ、意識を失った。そして目覚めたらここに居た。という訳だ。

「しかし、だとすればここはどこだ?」

 海に落ち、そのままどこかに流れ着いたというなら、この光景はおかしい。見渡す限りの荒野と空に浮かぶ満月なんてありえない筈だ。つまりここは……。

「ここは……私の心象世界か!?」

「分かっていてボケていないか?主」

 背中からかけられた声に振り向くと、そこにいたのは一人の女戦士。

 両手足を灰銀の毛皮で覆い、銀の胸甲を身に着け、狼の意匠の兜を被り、右手に剣を、左手に銃を携えている。

「分かっているじゃないか。私をここに呼んだのはお前だな?『フェンリル』」

 名を呼ばれた女は「ふっ」と口角を上げた。彼女の名は『フェンリル』。私のISだ。

 

 

「…………」

 花月荘から沖合30㎞の海上。その上空200mで『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は胎児のような格好で蹲り、静止していた。

 膝を抱くように丸めた体を守るように、頭から伸びた翼が包んでいる。

(−−?)

 不意に、何かに気づいたように『福音』が顔を上げる。次の瞬間、超音速で飛来した砲弾が『福音』の頭部を直撃、大爆発を起こした。

「初弾命中。続けて砲撃を行う!」

 5㎞離れた場所に浮いているIS『シュヴァルツェア・レーゲン』とラウラは、『福音』が反撃に入るより早く次弾を発射する。

 その姿は常とは大きく異なっている。大型レールカノン《ブリッツ》二門と、左右と正面を守る物理シールド。

 これが砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備した『レーゲン』の姿だ。

(敵機接近まで4000……3000−−予想より速い!)

 瞬く間に相対距離が1000mを切り、『福音』がラウラへと迫る。その間も砲撃は行っていたが、『福音』は翼からエネルギー弾を放って砲弾の半数以上を撃ち落としながらなおもラウラに接近してくる。

「ちいっ!」

 砲戦仕様機には『機動性に欠ける』という弱点がある。

 反動相殺用のカウンターウェイトとして機体自体が非常に大きく、機体を振り回すのが難しい。と言うよりほぼ不可能なためだ。

 一方、その性能を機動に特化させた『福音』は距離300からさらに急加速。その右手をラウラに伸ばす。回避は不能。しかし、ラウラはその口元をニヤリと歪めた。

「セシリア!」

 『福音』が伸ばした腕は、突然上空から垂直落下してきた機体によって弾かれた。

 それは青一色の機体−−『ブルー・ティアーズ』のステルスモードを使用した強襲だった。

 六機のビットを腰部にスカート状に接続、砲口を塞いでスラスターとして用い、ビットを機動力に回した事で落ちた火力は全長2m以上もある大型レーザーライフル《スターダスト・シューター》で補っている。

 強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備したセシリアは、時速1000㎞を超える速度下での反応を補うためのバイザー型超高感度ハイパーセンサー《ブリリアント・クリアランス》を頭部に装着している。

 そこから送られる情報を元に、セシリアは最高速から突如反転。『福音』をその照準に捉えると、間髪を入れずに射撃を行った。

『敵機Bを認識。排除開始』

「遅いよ」

 セシリアの射撃を躱し、攻撃態勢に入る『福音』。しかしそれは、真後ろから現れた別の機体に遮られる。

 その正体はセシリアが突撃を仕掛けた時にその背に乗っていた、ステルスモードのシャルロットだった。

 ショットガン二丁による近接射撃を背に浴びた『福音』は姿勢を崩す。だがそれも一瞬の事で、すぐさま三機目の敵機に向かって《銀の鐘》による反撃を開始する。

「おっと。悪いけど、この『ガーデン・カーテン』はその位じゃ墜ちないよ」

 『ラファール』用防御特化パッケージ『ガーデン・カーテン』が実体シールド二枚とエネルギーシールド二枚で『福音』の弾雨を防ぐ。

 防御の間も、シャルロットは『高速切替(ラピッド・スイッチ)』でアサルトカノンを呼び出し(コール)、タイミングを計って反撃を開始。

 さらに、セシリアの高速機動射撃、ラウラによる遠距離からの砲撃という三面攻撃に、『福音』の消耗は徐々に大きくなっていく。

『優先順位変更。現空域からの離脱を最優先』

 全方位にエネルギー弾を放った『福音』は、次の瞬間に全スラスターを展開。強行突破を図る。しかし−−

「それは悪手だよ。『福音』」

 シャルロットがポツリと呟いた次の瞬間、海面が膨れ上がり、爆ぜた。

「させるかぁっ!!」

 飛び出したのは真紅の機体『紅椿』と、その背に掴まる『甲龍』だ。

「離脱する前に叩き落とす!」

 『福音』へ突撃する『紅椿』。その背から離れた鈴は、機能特化パッケージ『崩山』を戦闘状態へ移行させる。

 両肩の衝撃砲の展開に合わせて、増設された二つの砲口がその姿を現す。計四門の衝撃砲が一斉に火を噴いた。

『!!』

 『福音』に肉薄していた『紅椿』が瞬時に離脱。その後ろから衝撃砲の弾丸が降り注ぐ。その弾丸はいつもの不可視の物ではなく、赤い炎を纏っている。しかも『福音』の射撃と見劣りしないレベルの弾雨。増設された衝撃砲が放つのは、言わば熱殻拡散衝撃弾である。

「やりましたの!?」

「−−まだよ!」

 拡散衝撃砲の直撃を受けてなお、『福音』は機能停止に至っていなかった。

『《銀の鐘(シルバーベル)》最大稼働−−開始』

 両腕を左右に限界まで広げ、さらに翼も外へ向ける。−−刹那、眩いほどの光が爆ぜ、エネルギー弾の一斉射撃が始まった。

「くっ!」

「箒!僕の後ろに!」

 前回の失敗をふまえ、『紅椿』は現在機能限定状態にある。

 展開装甲の多用によるエネルギー切れを防ぐため、防御時の自動発動をしないように再設定したのだ。

 もちろん、そう設定したのは防御をシャルロットに任せることが出来るからだ。集団戦の利点を活かした役割分担である。

「それにしても……これはちょっとキツイかな」

 防御特化のパッケージであるとは言え、『福音』の異常な連射を立て続けに受けるのはやはり危ういと言えた。

 そうこうしている間に、物理シールドの内の一枚が完全に破壊された。

「ラウラ!セシリア!お願い!」

「言われずとも!」

「お任せになって!」

 後退するシャルロットと入れ替わりにラウラとセシリアが左右から射撃を開始する。

 セシリアは高機動を活かした移動射撃を、ラウラは二門の《ブリッツ》による交互連射を行う。

「足が止まればこっちのもんよ!」

 さらに、直下からの鈴の突撃。双天牙月での斬撃から、至近距離での拡散衝撃砲の連射を浴びせる。−−狙いは『福音』の最大兵装兼マルチスラスター《銀の鐘》。

「もらったあっ!」

 エネルギー弾を全身に浴びながら、それでもなお鈴の突撃は止まらない。お返しとばかりに拡散衝撃砲の弾雨を浴びせ、大ダメージを負いながらもついに『福音』の片翼を奪う事に成功する。

「どうよ−−ぐっ!?」

 翼を片方奪われながらも、『福音』はすぐさま態勢を立て直して鈴の左腕に回し蹴りを叩き込む。

 脚部スラスターによる加速をしたその一撃は、容易く鈴の腕部アーマーを破壊し、その体を海へと叩き落とした。

「鈴!おのれっ−−!」

 両手に刀を構え、箒は『福音』へ斬りかかった。その急加速に一瞬反応が遅れた『福音』。箒の振るった刃は、その右肩に食いこんだ。

(とった!)

 そう思った刹那、『福音』はその両手で両の刀を握りしめた。これに驚いたのは箒だ。

「なっ!?」

 『福音』の信じられない行動に一瞬動きが止まってしまう。刀身から放たれるエネルギーに装甲が焼き切れるのも構わず、『福音』はその両腕を最大限まで広げる。刀に引かれ、箒が両腕を広げた無防備な体勢になる。

 そこに、残ったもう一方の翼が砲口を展開して待っていた。

「箒!武器を捨てて緊急回避しろ!」

 しかし、箒は刀から手を離さない。エネルギー弾がチャージされ光が溢れた一瞬後、それは一斉に放たれる。

(………ここで引いては、なんのための力か!)

 エネルギー弾が箒に触れる寸前、箒は『紅椿』を両腕を支点に大きく一回転させる。

 次の瞬間、爪先の展開装甲が箒の意思に応えるように開き、エネルギー刃を発生させる。

「はああああっ!!」

 サマーソルトキックのような格好で、エネルギー刃の斬撃が決まる。

 ついに両翼を失った『福音』は、崩れるように海面へと堕ちていった。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

「無事かっ!?」

 珍しく慌てた様子のラウラの声を聞きながら、箒は乱れた呼吸をゆっくりと落ち着かせていく。

「私は……大丈夫だ。それより『福音』は−−」

「私達の勝ちだ」誰かがそう言おうとした瞬間、海面が強烈な光の珠によって吹き飛んだ。

「「「っ!?」」」

 球状に蒸発した海は、そこだけが時が止まったかのようにへこんだままだった。その中心部、青い雷を纏った『福音』が自らを抱くかのように蹲っている。

「これは……!?一体何が起きているんだ?」

「まずい……!これは第二形態移行(セカンド・シフト)だ!」

 ラウラが叫んだ瞬間、その声に反応したかのように『福音』がこちらに顔を向けた。無機質なバイザーに覆われた顔からは表情を読み取れない。だが、そこにある敵意を感じ取った各ISは操縦者に警鐘を鳴らす。しかし、それは僅かに遅かった。

『キアアアアア……!!』

 獣の如き咆哮の後、『福音』はラウラに飛びかかった。

「なっ!?」

 その動きの速さに反応できなかったラウラは、『福音』に足を掴まれてしまう。『福音』の方へ目を向けたラウラが見たのは、蛹から羽化する蝶の翅のようにゆっくりと頭部から生えるエネルギーの翼だった。

「ラウラを離せぇっ!」

 ラウラの危機に、シャルロットはすぐさま武装を切り替えて、近接ブレードによる突撃を行う。しかしその刃は空いた方の手に掴まれて止まった。

「よせ!逃げろ!こいつは−−」

 その言葉は最後まで続かず、ラウラはその眩いほどに美しく輝くエネルギーの翼にその身を抱かれる。

 刹那、エネルギー弾の零距離射撃を受けたラウラは、全身に著しいダメージを負って海へと墜ちた。

「ラウラ!よくもっ……!!」

 ブレードを捨てると同時にショットガンを呼び出(コール)し、『福音』の顔面に銃口を押し当ててトリガーを引く。

 

ドンッ!!

 

 しかし、その爆音はショットガンから発されたものではなかった。

 『福音』の胸部、腹部、さらには背部からも、装甲を割るように小型のエネルギー翼が生えてくる。それによるエネルギー弾の迎撃がショットガンを吹き飛ばし、さらにはシャルロットをも吹き飛ばす。

 次いで『福音』はセシリアに急接近。距離を取ろうとしたセシリアのライフルを蹴り飛ばし、両翼からの一斉射撃でセシリアを沈めた。

「私の仲間を……よくもっ!」

 『福音』に急加速で近づいた箒は、続けざまに斬撃を放つ。展開装甲の局所利用によるアクロバットで『福音』の攻撃を回避すると同時に不安定な態勢からの斬撃をブーストで加速させる。互いが攻撃と回避を繰り返しての格闘戦。

 徐々に出力を上げる『紅椿』に、『福音』が僅かに押され始める。

(これならっ!)

 必殺の確信とともに、左手の刀《雨月》の打突を放つ。しかしその直前、またも『紅椿』はエネルギー切れを起こしてしまう。

 その隙を『福音』が見逃すはずもなく、その右腕が箒の首を掴む。そして、ゆっくりと光翼が箒を包み込んだ。

 第二次対『福音』戦。専用機持ち達の勝利の可能性は、まさに風前の灯であった。

 

 

「それで、私を呼んだ理由はなんだ?『フェンリル』」

 私の問いかけに、『フェンリル』は表情を引き締めて口を開いた。

「主に聞きたい事がある」

「なんだ?」

「力を欲するか?」

 その質問は、原作で一夏が『白騎士』に聞かれたものと同じだった。

「いらないと言ったら、嘘になるな」

「なんのために力を欲する?」

 その質問に、少しだけ考えて口に出す。

「それはやはり、自分のためになるな」

「ほう」

 『フェンリル』は口の端を愉快そうに歪めた。

「誰かを助けたいとか、皆を守りたいとか、どんなに他人のためと言っても、結局の所皆『自分がそうしたいからそうする』だけなんだと、私は思う。そしてそのために、力があるに越した事はない」

「なるほど……やはり面白いな、主は……む?」

 『フェンリル』が何かに気づいたかのように空へ目を向ける。

「どうした?」

「どうやら妹達が危機に瀕しているようだ。どうする?主」

 『フェンリル』の言う『妹達』とは、他の専用機達の事だろう。それが危機に瀕しているという事は、やはり命令無視をして飛び出してきたという事なのだろう。

「行こう。力を貸してくれ、『フェンリル』」

「元よりこの身は主一人の物。主の行く所が、私の行く所だ」

 私の差し出した右手を『フェンリル』が取る。瞬間、辺り一面が眩い光に包まれた。

 

 

(会いたいな。九十九に)

 『福音』に吹き飛ばされ、薄れ行く意識の中でシャルロットはふとそう思った。そして一度そう思ってしまうと、その思いが止まらなくなった。

(会いたいな。今すぐにでも会いたい。何をおいても会いたい)

「つく……も……」

 知らず、その口から九十九を呼ぶ声が出ていた。その瞬間。

 

ガシッ!ガシッ!ガシッ!

 

「……え?」

 吹き飛んでいるはずの自分の体が、突然止まる。その衝撃で意識を回復したシャルロットが見たのは、自分の体を受け止めるいくつもの腕。

「これって……《ヘカトンケイル》?って事は……!」

 何となくそっちにいる気がして後ろを振り向くと、そこにいたのは灰銀の機体を身に纏う一人の男。

「すまない。少し出遅れた。パーティはまだやっているかね?」

 それは、さっきから会いたいと願ってやまなかった相手。

「九十九!」

 『フェンリル』第二形態『フェンリル・ラグナロク』を身に纏った九十九だった。




次回予告

秘めた思いを告げる。それは勇気のいる事だ。
その思いを受け入れる。それは覚悟のいる事だ。
もっともそれは、告げる相手が一人ならの話だが。

次回「転生者の打算的日常」
#32 二日目(告白)

僕(わたし)達は、あなたのことを ……。

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