転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#30 二日目(墜落)

「では、現状を説明する」

 旅館の一番奥に設けられた宴会用大座敷『風花の間』には、私達専用機持ち全員と教師陣が集合。神妙な面持ちで千冬さんに注目していた。

 照明の落とされた薄暗い部屋に、大型空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

「2時間前、ハワイ沖で試験稼働していたアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』……以下、『福音』と呼称する……が制御下を離れて暴走。アメリカ軍の追跡を振り切り、監視空域を離脱したとの連絡があった」

 ここまでは社長からの情報通り。一夏は突然の事態に面食らっているようだ。

 それもそうだろう。軍用ISが暴走し、しかもその連絡が何故かIS学園に入る。混乱するのも無理はない。

 一方で他のメンバーはどうかと言うと、全員厳しい顔つきをしていた。私や一夏、箒と違って正式な国家代表候補生である彼女達は、こうした状況を想定した訓練を受けているだろう。特にボーデヴィッヒの目つきは真剣そのものだ。

「その後、衛星による追跡の結果、『福音』はここから2㎞先の空域を通過する事がわかった。時間にして50分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することになった」

 淡々と告げる千冬さん。重要なのはその次の言葉だ。

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 つまり、暴走した軍用ISを15、6の少年少女達だけで止めろ。と言っているのだ。一夏はそれを理解した事で、却って混乱の度合いを深めているようだった。

 

 未だ状況の飲み込み切れずにいる一夏をおいて、対『福音』の作戦会議が始まった。

 セシリアが『福音』の詳細なスペックデータを要求。口外の絶対禁止と、情報漏洩した場合の処分について聞かされた後、データが開示される。

 それは、私が会社から受け取ったデータとそう変わりはなかった。開示されたデータを元に、専用機持ち達は相談を始める。

「広域殲滅を目的とした特殊射撃型……わたくしのISと同じく、オールレンジ攻撃を行えるようですわね」

「攻撃と機動の両方を特化した機体ね。厄介だわ。スペック上ではあたしの『甲龍(シェンロン)』を上回ってるから、向こうの方が有利……」

「特殊武装が曲者だね。『リヴァイブ』の防御パッケージが来てるけど、連続しての防御は難しそうかな」

「しかもこのデータでは格闘性能が未知数「分かるぞ」−−何っ!?」

 活発な意見を交わしていた四人が私の方を向く。千冬さんもこちらを訝しげな目で見ていた。

「村雲、どういう事だ?」

「我が社には、各国のIS開発の最新情報の入手に特化した諜報員がいます。『福音』に関する情報も当然入手済みです」

 言って、『フェンリル』に会社から送られてきた『福音』のデータを開示する。そこにはアメリカが寄越した物より遥かに綿密で詳細なスペックが書いてあった。

「うちの諜報員の情報を信じるなら、格闘武装として拳部エネルギーパイクが搭載されている。あくまでも非常用で、威力は低いようだ。ある程度は無視できる」

「なるほど……」

 納得がいったかのように頷くボーデヴィッヒ。

「しかし、これはあくまでカタログスペックだ。実際にスペック通りかまではわからない。先生、威力偵察は行えますか?」

 返ってくる返事は分かっているが、ここで訊かないのもおかしいだろう。私の言葉に千冬さんが首を横に振る。

「無理だな。『福音』は現在も超音速飛行を続けている。アプローチは一回が限界だろう」

「チャンスは一度……となれば取り得る策はやはり……」

「一撃必殺の攻撃力を持った機体で当たるしかありませんね」

 という事になる。全員の視線が一斉に一夏を射抜いた。突然注目された一夏は戸惑いを隠せない。

「え……?」

「一夏、アンタの《零落白夜》で落とすのよ」

「それが現状取り得る手段の中で最も手っ取り早い方法だ」

「たしかにそれしかありませんわね。ただ問題は−−」

「どうやってそこまで一夏を運ぶかだね。エネルギーは全部攻撃に使わないと難しいだろうから、移動をどうするか」

「しかも目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

「以上の条件を満たす機体というと……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!お、俺が行くのか!?」

 事態の推移について行けず、思わず問いかける一夏。どこか及び腰になっているような声音だ。

「「「当然」」」

 一夏以外の全員の声が重なった。その後で千冬さんが続ける。

「織斑、これは訓練ではない。実戦だ。覚悟がないなら、無理強いはしない」

 その言葉に俯き、すぐに顔を上げる一夏。その目からは、弱気が消えていた。

「やります。俺がやってみせます」

「よし。それでは作戦の具体的な内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

「それならば、私の『フェンリル』かセシリアの『ブルー・ティアーズ』でしょう。セシリアはイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られてきているはずですし、私にも会社から高機動戦用パッケージ『フレスヴェルグ』が来ています。パッケージはすでに量子変換(インストール)済みです」

 全てのISは『パッケージ』と呼ばれる換装装備を持っている。単純な武装のみならず、追加アーマー、増設スラスター等の装備一式を指し、その種類は豊富、かつ多岐にわたる。これらを装備する事によって機体性能と性質を大幅に変更し、様々な作戦の遂行を可能とするのである。また、それらとは別に専用機専用の機能特化パッケージ『オートクチュール』も存在する。残念ながら見た事はないが。

 ちなみに現在の私達の装備は全員がセミカスタムの標準装備(デフォルト)だ。シャルロットはフルカスタムのデフォルトという紛らわしい事になっているがここでは関係ない。

「オルコット、村雲。超音速下での戦闘訓練時間は?」

「20時間です」

「15時間です」

「最高速度は?」

「2300㎞ですわ」

「2550㎞出ます。後先考えなければもっと出せますが」

「ふむ、では村雲。お前が−−」

 行け。と言おうとしただろう千冬さんの声を底抜けに明るく、かつ妙な甘ったるさを感じる声が遮った。

「待った待ったー。その作戦はちょっと待ったなんだよ~!」

 声の発生源は天井。見上げるとそこには博士の首が逆さに生えていた。軽いホラーだな。

「……山田先生。室外への強制退去を」

「あ、は、はい。あの、篠ノ之博士、とりあえず降りてきて下さい……」

「とうっ☆」

 空中で一回転して着地。鮮やかな身のこなしはその辺の下手なパフォーマーを上回る。どこまでも出鱈目な……。

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」

「……出て行け」

 額を押さえる千冬さん。山田先生は言われた通り博士を部屋から出そうとするが、スルリと躱される。

「聞いて聞いて!ここは断然!『紅椿』の出番なんだよ!」

 言いながら博士は千冬さんの周囲に複数枚の空間ディスプレイを出現させた。

「『紅椿』の展開装甲を調節して……っとほら!これでスピードはバッチリ!」

 展開装甲という聞き慣れない言葉に首をひねる一夏に、博士が説明を開始する。

 いつの間にメインディスプレイを乗っ取ったのか、『福音』のスペックデータはいつの間にか『紅椿』のスペックデータに変わっていた。展開装甲は、篠ノ之博士が作り出した第四世代ISの装備だ。

 

 ここで、ISの変遷について解説をする。ISには世代がある事は知っているだろう。

 10年前に現れた世界初のIS『白騎士』を皮切りに、世界がこぞって開発した『ISの完成』を目標とした機体。これが第一世代型IS。そこから『後付武装(イコライザ)による多様性の追求』を目的とした第二世代。『イメージ・インターフェースを利用した特殊兵器の実装』を目指した第三世代と続く。

 そして、ここからが重要。第四世代ISとは『パッケージの換装を必要としない万能機』という机上の空論の実現化を狙った機体だ。つまり、現時点でありえないはずの機体なのである。

 

 篠ノ之博士の解説はさらに進む。

 『白式』の唯一にして最大の武装《雪片弐型》の機構は、試作型展開装甲であると言う。衝撃の発言に専用機持ち達は驚きを隠せない。

 さらに、『紅椿』の展開装甲は発展型のため、用途に応じて攻撃・防御・機動と切り替えが可能な即時万能対応機(リアルタイム・マルチロール・アクトレス)。第四世代型の目標をいち早く実現した……実現してしまったマシンなのだ。

 

 しんと静まり返る室内。誰も何も言えないでいた。

「はにゃ?あれ?なんでみんなお通夜みたいな顔してるの?誰か死んだ?変なの」

 変なのは貴女の方だ。と声を大にして言いたかった。

 この天災の思い付きの行動によって、各国が多額の資金と膨大な時間、優秀な人材の全てをつぎ込んで競っている第三世代型ISの開発が、全て無駄になったというのだから。

「−−束、言ったはずだぞ。やり過ぎるな、と」

「そうだっけ?えへへ、ついつい熱中しちゃったんだよ~」

 千冬さんに言われ、ようやく博士は私達が沈黙していた理由に思い至ったらしい。

 その後の博士の言葉を信じるなら、『紅椿』はまだ完全体ではなく、最強で無敵なのはフルスペックを引き出す事が出来ればの話だという。それでも圧倒的である事に変わりは無いのだが。

 この後、「海で暴走といえば」と博士が『白騎士事件』の話をしたが、今回の一件とは特に関係ないので割愛させて貰う。

 

 千冬さんが雑談を打ち切り、作戦会議に引き戻す。

「話を戻すぞ。……束、『紅椿』の調整にはどれくらいの時間がかかる?」

「織斑先生!?」

 驚きの声を上げたのはセシリア。専用機持ちの中で高機動パッケージを持っているのは自分と私だけ。ならば経験値の多い自分が選ばれると思っていたようだ。

「わたくしと『ブルー・ティアーズ』なら必ず成功してみせますわ!」

「そうは言うがセシリア。目標との接敵(エンゲージ)まであと40分も無い。量子変換は済んでいるかね?済んでいないとして量子変換にかかる時間は?」

「それは……」

 私に痛い所をつかれて勢いを失うセシリア。入れ替わるように博士が笑顔で口を開く。

「『紅椿』の調整は7分あれば余裕だね☆」

 その言葉に続けて私も口を開く。

「私のパッケージは先程も言った通り量子変換済みです。いつでも行けます」

 私の言葉に博士が不機嫌そうに話しかけてきた。

「君、空気読みなよ。ここはいっくんと箒ちゃんが二人で行く場面だよ。君なんてお呼びじゃないんだよ」

「二人で仕留めきれなかった場合の後詰め、作戦失敗の際の撤退支援。必要だと思いませんか?」

「思わないね。束さんの作ったISと作戦は完璧で十全だからね」

「『蟻の一穴、堤を崩す』。どんなに練った作戦でも、いえ、練りに練った作戦だからこそ、予想外の事態に陥れば一瞬で瓦解するものです。織斑先生、ご決断を」

「……いいだろう。本作戦では織斑・篠ノ之・村雲の三名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は30分後。各員ただちに準備にかかれ」

 パン、と千冬さんが手を叩く。それを合図に教師陣はバックアップに必要な機材の設営を始める。

「ちーちゃん!?何で−−」

「黙っていろ、束。手の空いている者はそれぞれ運搬など手伝える範囲で行動しろ。作戦要員はISの調整を行え。もたもたするな!」

「了解です」

 即座に『フェンリル』のコンソールを呼び出し、状態を確認。『フレスヴェルグ』との接続は問題なし。エネルギー残量は100%。いつでも行ける。

 箒は束博士の下、『紅椿』のセットアップを始めた。一夏を見ると、セシリアに高速戦闘のレクチャーを受けていた。

 

 高速戦闘時に用いる超高感度ハイパーセンサーは、使用時に世界がスローモーションになったように感じる。

 これに慣れるまでが辛い。初めて使った時、『フェンリル』を降りた後で酷い乗り物酔いになったくらいだ。

 では、何故スローになるのか?それはセンサーが操縦者に適切な情報を送るために感覚を鋭敏化させるからだ。そのため、逆に世界が遅くなったように感じるのである。

 他に留意が必要なのはブースト残量だ。高速戦闘下ではブーストは通常の倍以上の早さで消耗する。近接戦闘型であるほど気をつけねばならない。

 また、通常時より相対速度が上がっているため、射撃武器のダメージが尋常ではなくなる。当たり所次第では一撃で装甲を持っていかれる事もあるのだ。

 

 以上の説明が行われた。−−セシリア以外の全員から。

 「自分が説明するはずだったのに」と憤慨するセシリアだったが、一夏が礼を言うと途端に機嫌を良くした。チョロい。さすがセシリア、チョロい。そんなだから一部から『チョロコットさん』なんぞと呼ばれるのだ。

「九十九、君の意見も聞きたいんだけど」

「分かった。今行く」

 シャルロットに呼ばれ、一夏の下へと向かう。この事件、私に出来る事は何かと考えながら。

 

 

 時刻は11時半。ついに『銀の福音撃墜作戦』が開始される。

 私、一夏、箒の三人は砂浜に若干の距離を開けて並び立ち、互いに目を合わせて頷きあった。

「来い、『白式』」

「行くぞ、『紅椿』」

「始めるぞ、『フェンリル』」

 一瞬の光の後、ISアーマーが構成される。同時にPICによる浮遊感、パワーアシストによる力の充満感に全身の感覚が変化した。

「じゃあ箒、よろしく頼む」

「済まないな、箒。『フレスヴェルグ』には掴める突起がない。一夏を乗せては行けんのだ」

「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」

 作戦の性質上、一夏は移動にエネルギーを割けない。当初千冬さんは移動に私を使うつもりでいたが、一夏が体を固定させるための場所が無い事を伝えると、仕方なしに箒に任せた。

 最初にそれを聞いた箒は、嫌そうな事を言っていた。その割に機嫌は妙に良かった。この感じ、やはり……。

「それにしても、たまたま私たちがいた事が幸いしたな。私と一夏が力を合わせればできない事などない。そうだろう?」

「私は無視か?箒」

「ああ、すまない。そうだな、九十九もいればできない事を探す方が難しくなる。だろう?一夏」

「そうだな。でも箒、先生達も言ってたけどこれは訓練じゃないんだ。実戦では何が起こるかわからない。十分に注意して−−」

「無論、分かっているさ。どうした?怖いのか?」

「そうではない箒。一夏が言いたいのは−−」

「心配するな。お前のことはちゃんと私が運んでやる。大船に乗ったつもりでいればいいさ」

「「…………」」

 先程から終始この調子。専用機を、それも現行最新鋭、かつ最強のISを手に入れた事に異様なまでに浮かれている。

 一夏はどこか不安げな表情を浮かべながら、箒の駆る『紅椿』の背に乗った。

『織斑、篠ノ之、村雲、聞こえるか?』

 ISの開放回線(オープン・チャネル)から、千冬さんの声が聞こえた。私達はそれに頷いて応える。

『今回の作戦の要は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を心がけろ』

「了解」

「現場指揮は私がしても?」

『構わん。任せる』

「私は状況に応じて一夏のサポートをすればよろしいですか?」

『そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使い始めてからの実践経験は皆無だ。突然、何かしらの問題が出るとも限らない』

「わかりました。できる範囲で支援をします」

 一見すれば落ち着いているかのような返事だが、その声音は喜色に弾んでいる。原作ではそれが原因で−−

〈−−村雲〉

〈はい、なんでしょう〉

 今まで使っていた開放回線ではなく、個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)で千冬さんの声が届く。回線を切り替え、返事を返す。

〈織斑にも言ったが、どうも篠ノ之は浮かれている〉

〈ええ、あれでは何か重大なミスをしてしまいかねない〉

〈意識はしておけ〉

〈分かっています。無茶をさせるつもりはありません〉

〈頼むぞ〉

 それから再び千冬さんの声が開放回線に切り替わり、号令がかかった。

『では、作戦開始!』

 

 号令と同時、一夏を背に乗せた箒が一気に上空300mまで飛翔した。

 なんというスピード!瞬時加速(イグニッション・ブースト)と同等、あるいはそれ以上か。すぐさま箒の後を追って上昇。

 しかしその頃には『紅椿』は『白式』という荷物を背負った状態にも関わらず、わずか数秒で目標高度500mに到達。

 そのまま脚部と背部の装甲を展開し、強力なエネルギー光を撒き散らして加速した。

「待て、箒!九十九がまだ……」

「急に加速をするな。置いて行かれるかと思ったぞ」

「って、うおっ!?いつの間に!」

 横からかけた声に驚く一夏、見れば箒も驚いている。

「『フレスヴェルグ』の加速性能が低いとは言っていないぞ」

 高機動戦用パッケージ『フレスヴェルグ』の最高速度到達時間は3秒を切る。お蔭でなんとか追いつく事に成功した。

 それにしてもとんでもないな、この機体は。《雪片弐型》に試験搭載された展開装甲の完成形。博士の話では攻撃・防御・機動の全てに即時対応可能。しかもアーマーのほぼ全てが展開装甲だという。

 最大出力時にどうなるのか、想像すらできんな。それにしても、一体どこからそれだけのエネルギーを引っ張って−−

「見えたぞ、一夏、九十九!」

「「!!」」

 ハイパーセンサーの視覚情報が自分の感覚のように目標を映す。

 アメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』は名に相応しく全身を銀の装甲で覆った機体だ。

 何よりも目を引くのが、頭部にマウントされた一対の巨大な翼状の大型スラスター兼広域射撃兵装《銀の鐘(シルバー・ベル)》だ。あれによる多方向同時射撃は脅威の一言に尽きる。

「目標との接触を10秒後に設定。箒、加速を開始。一夏、10秒後に《零落白夜》発動と同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)。決めろ」

「「了解!」」

 返事と同時、スラスターと展開装甲の出力を更に上げる箒。凄まじい速度で『福音』との距離を詰めていく。

 接触まで3…2…1。

「うおおおおっ!!」

 一夏が《零落白夜》を発動。瞬時加速で間合いを一気に詰める。『福音』に光刃が触れる、その瞬間。

「なっ!?」

 『福音』は最高速度のまま体勢を反転、一夏に対して向き合う形で迎撃姿勢をとった。一夏と『福音』の距離はあまりに近い。体勢の立て直しは不可能だ。そう悟った一夏はそのまま押し切りに行くつもりのようだ。だがそれは−−

「敵機確認。迎撃モードヘ移行。《銀の鐘》稼働開始」

 開放回線から聞こえた、抑揚のない機械音声(マシンボイス)。そこに篭もる明確な『敵意』に呑まれたのか、一夏の動きが僅かに鈍った。それがいけなかった。

 

ぐりん

 

 突然、『福音』が体を一回転させて《零落白夜》の一撃を刃先から僅か数㎜という精度で回避した。それはPICを標準装備しているISであっても、かなりの高難度の操縦だ。

「あの翼が急加速をしているのか!?」

「のようだな」

 高出力の多方向推進装置(マルチスラスター)は他にも数多く存在するし、『フレスヴェルグ』にも使われている。

 しかしここまで精密な急加速ができるとは。改めて『最重要軍事機密』というものの意味を思い知らされる。

 それをあっさり持ってくるうちの対組織専門諜報員(フギンとムニン)は一体何者なんだろうか?

 

「一夏、再度攻撃。箒、一夏を援護しろ」

「「おう(わかった)!」」

 時間をかけてしまえば、決定打となりうる攻撃が《零落白夜》以外にない私達に不利になる。一夏は箒に背を預け、再度『福音』に斬りかかる。

「くっ!このっ……」

 しかし『福音』は一夏の攻撃を紙一重でかわし続ける。その様はさしずめマタドールのようだった。

「一夏、落ち着け。闇雲に振ってもエネルギーの無駄使いになるぞ」

「そうは言っても……このおっ!」

 《零落白夜》のリミットが近づいて焦ったのか、大振りの一撃を繰り出す一夏。しかし『福音』に回避され、決定的な隙を晒してしまう。その隙を、『福音』は見逃さない。

「!!」

「一夏!距離を−−」

 距離を取れ、と言う間もなく、スラスターの一部が翼を広げるかのように開き、その砲口を露わにしたかと思うと、『福音』は翼を前にせり出して一夏に幾重もの光の弾丸を浴びせかけた。

「ぐうっ!」

 その弾丸は高圧縮エネルギーであり、羽型をしている。それが一夏のアーマーに当たった瞬間、一斉に爆発した。

 炸裂エネルギー弾。それが『福音』の主武装だ。知ってはいたが、予想以上に厄介だ。

 破壊力もそうだが、一番の問題はその連射性能。狙いこそ甘いものの、圧倒的な弾数と当たれば爆ぜるという特性にどうにも攻めあぐねていた。

「一夏、箒。三面作戦で行く。一夏は右、箒は左から攻めろ。私は後ろから行く」

「待て、九十九。それは卑怯では−−」

「今は手段を選んでいられない。割り切れ、箒。行くぞ!」

「了解!」

「……了解」

 三人で複雑な回避行動をとりつつも連射の手を休めない『福音』へ多面攻撃を仕掛ける。−−しかし、一夏の剣の一閃も、箒の二刀流による連撃も、私の『フレスヴェルグ』専用複合兵装《グラム》の一撃も、その全てがことごとく躱される。

 『福音』は回避に特化した動きと同時に反撃を行ってくる。あの特殊形状のウィングスラスターは、奇抜な外見とは裏腹の高い実用性を誇っているようだ。

 

「一夏、私と箒で動きを止める。《零落白夜》のエネルギー量から考えれば次で最後だ。確実に決めろ」

「おう!」

「箒、行くぞ」

「分かった!」

 言うと同時、箒は突撃と斬撃を交互に繰り出した。それに合わせて腕部展開装甲が開き、発生したエネルギー刃が自動で射出、『福音』を狙う。『福音』も相当だが、こっちの『紅椿』も大概だな。

 射出されたエネルギー刃を躱す『福音』の動きに合わせ、《グラム》の主兵装である電磁投射砲(リニアレールガン)を発射。『福音』の回避位置を限定する。

「箒、間合いを詰められるか?」

「無論だ!」

 展開装甲を用いた自在な方向転換と急加速で一息に『福音』との間合いを詰める箒。この猛攻に、『福音』も防御の比率が高くなってきた。

(−−行けるか?)

(−−ああ!)

 視線で会話をする私と一夏。一夏が刀の柄を握りしめ攻撃に転じようとした瞬間、『福音』の全面反撃がやってきた。

「La……♪」

 甲高い機械音声が聞こえた刹那、ウィングスラスターが全砲門を展開。その数、36。しかも全方位への一斉射撃。私は躱し切るだけで精一杯だった。

「くっ……!」

「やるなっ……!だが押し切る!」

 そんな中、箒は光弾の雨を紙一重で躱し、『福音』に迫撃を仕掛ける。−−隙ができた。

「一夏!今……あれは!?」

「!」

 私と一夏が海上の『それ』に気づいたのはほぼ同時。その瞬間、一夏は『福音』とは逆方向、直下の海面へと全速で向かう。

「一夏!?」

「うおおおおっ!」

 困惑する箒をよそに、瞬時加速と《零落白夜》を最大出力で展開、一発の光弾に追いついてそれをかき消した。

「なにをしている!?せっかくのチャンスに−−」

「船がいるんだ!海上は先生達が封鎖したはずなのに!」

「おそらく密漁船だ。だからと言って、見殺しにはできんか。お前には」

 やはり存在した蟻の一穴(原作展開)。一夏の手の中で《雪片弐型》の光刃が消え、展開装甲も閉じた。

 《零落白夜》エネルギーエンプティ。唯一最大の好機と作戦の要を、私達は同時に失った。

「馬鹿者!犯罪者などをかばって……!そんな奴らは−−」

「「箒!」」

「っ−−!?」

「随分な物言いだな、箒。力を手にしたというだけで選ばれた者気取りか?」

「そんな寂しい事は言うな。言うなよ。力を手にしたってだけで、弱い奴の事が見えなくなるなんて……どうしたんだよ箒、全然らしくないぜ」

「わ、私は……」

 明らかな動揺を顔に浮かべた箒は、それを隠すように顔を両手で覆う。その時、落とした刀が空中で光の粒子となって消えた。その瞬間を目撃した私はギクリとする。

 具現維持限界(リミット・ダウン)−−早い話がエネルギー切れ。そしてここは安全の保証されたアリーナではない。生命の危険を伴う実戦の場だ。

 

「箒ぃぃぃぃっ!」

 一夏が刀を捨て、真っすぐに箒に向かう。残りの全エネルギーを振り絞っての瞬時加速に入る。

「くそっ!」

 数瞬遅れて私も瞬時加速を開始。だが、その時既に『福音』は箒を狙った一斉射撃の態勢に入っていた。私では間に合いそうにない。

 エネルギー切れを起こしたISのアーマーは酷く脆い。たとえ第四世代ISといえどもそれは変わらないだろう。

 絶対防御分のエネルギーを確保してあったとしても、あれだけの炸裂エネルギー弾を受ければ耐え切れない。

 一夏が割り込むのが早いか、『福音』の一斉射撃が箒に着弾するのが早いか。その結果は−−

「ぐああああっ!!」

 箒を庇うように抱きしめ、背に襲いかかる炸裂エネルギー弾による激痛に叫びを上げる一夏。直前で間に合ったようだ。

 私はその時『ある事』を考え、そしてそれに自分で愕然とした。私は……今、何を考えた?

「一夏っ、一夏っ、一夏ぁっ!!」

「……ぅ……ぁ……」

 意識を失い、それでもなお箒の頭を守るように抱きしめる一夏。そのまま二人は海に落ちていった。

 私は極力平静を保ちながら、箒に個人間秘匿回線で通信を入れる。

〈……箒、聞こえるか?聞こえたら応答を〉

〈九十九!一夏が、一夏がっ!〉

〈分かっている。箒、一夏を連れてそのまま海中を潜行モードで移動。作戦空域離脱後海面から上昇し、最大戦速で旅館へ向かえ〉

〈おまえはどうする気だ?〉

殿(しんがり)を務める〉

〈しかしっ!〉

〈死なせたいのか?一夏を〉

〈っ!?……分かった。気をつけろよ〉

〈無理をする気はない。通信終了〉

 海中のエネルギー反応が遠ざかって行くのを確かめながら、私は『福音』を睨みつけた。

 

 今、私の中で二種類の怒りの感情が渦巻いていた。一つは『福音』への怒り。親友である一夏を傷つけた事に対する怒りだ。

 そしてもう一つは自分への怒り。一夏が撃墜されたあの時、私はこう考えた。「ああ良かった。これで原作通りだ」と。

 自分で原作知識は参考程度にしようと決めておきながらこの体たらく。久しぶりに自分で自分が情けなかった。

「すまないな、『福音』。もう少し付き合ってくれるか」

 『福音』に向けて《グラム》を突きつけて声をかける。その声は、自分でも出した事がないのではと思うほど、どす黒い感情に染まっていた。

「ただお前には悪いが……」

 戦闘態勢を取る福音に、たった一言謝りをいれた。

「これからお前にする事の全て、ただの八つ当たりだ」

 言うと同時、私は《グラム》を下段に構えて、銃口に付いた単分子ブレードの回転刃を稼働。瞬時加速で『福音』に斬りかかった。

 

 

 箒が作戦空域から無事に離脱し旅館に辿り着いたのは、九十九と最後の交信をしてから10分後の事だった。

 到着と同時、完全にエネルギー切れを起こした紅椿は光となって消えた。一夏を救護班に任せ、向かった先は司令室。

 一夏の傷の具合も気がかりだが、戦場に残ったもう一人の幼馴染が気になったのだ。

 作戦開始前、『紅椿』の調整中になんとはなしに聞いていた自分抜きの作戦会議。そこで九十九はこう言っていた。

 

『一夏、今回は《ヘカトンケイル》による援護を期待するな』

『なんでだよ』

『あ、ひょっとして使えないのかな?速さが違いすぎて』

『シャルロット、正解。《ヘカトンケイル》の最高速度は800㎞。今回のような超音速下戦闘には不向きなんだ』

『なるほど』

 

 つまり九十九は、最大戦力を使えない状況で一人残る決意をしたという事。

 無事だと信じたい。だが無事でいられるとも思えない。二つの相反する感情を抱えたまま、司令室へと急ぐ。

 箒が司令室の扉を開くのと、一年一組副担任・山田真耶が悲痛な表情でそれを告げるのはほぼ同時だった。

「『福音』、『フェンリル』ともに信号途絶(シグナル・ロスト)。……村雲君、行方不明です」

 

 

 第一次対『福音』戦は惨憺たる結果となった。

 『白式』−−ダメージレベルD。

 『白式』専属操縦士・織斑一夏−−全身打撲及び背部重度熱傷。両脚部並びに両腕部軽度熱傷。現在意識不明。

 『紅椿』−−ダメージレベルB。

 『紅椿』専属操縦士・篠ノ之箒−−目立った外傷なし。ただし極度の精神衰弱状態。

 『フェンリル』−−信号途絶。ダメージレベル不明。

 『フェンリル』専属操縦士・村雲九十九−−行方不明。目下教師陣が捜索中。




次回予告

福音を告げる者は破壊の天使へと変貌を遂げる。
次々と倒れていく仲間たち。
だが、えてしてヒーローとは遅れてやってくるものだ。

次回「転生者の打算的日常」
#31 二日目(復活)

すまない、少し出遅れたようだ。

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