転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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戦闘描写ってやはり難しい……。
どうしたら上手くかけるやら。


#23 戦乙女模倣機構

 試合開始と同時に、一夏がボーデヴィッヒに瞬時加速(イグニッション・ブースト)で急接近。この初手が入れば、戦局は一夏側に大きく傾く。しかし、そう簡単には行かない。

「おおおっ!」

「ふん……」

 ボーデヴィッヒが右手を突き出す。−−出す気か。

 私はアリーナの壁に背を預けながら、一夏達とした話を思い返していた。

 

 

「AIC?なんだそれ?」

 学年別トーナメント2日前、私はボーデヴィッヒと直接対峙したセシリアと鈴から話を聞くため、寮の食堂に皆を呼び寄せた。

「『シュヴァルツェア・レーゲン』の第三世代兵装よ」

「アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略だ。能動式慣性制御装置とでも訳せば分かるか?」

「ああ、なんとなくな」

「ちなみに一夏さん?PICはご存じですわよね?」

「……知らん」

「あのねえ……。基本でしょうが、基本!」

「パッシブ・イナーシャル・キャンセラー、受動式慣性制御装置とでも訳すか。ISの浮遊、加減速、停止を行うための装置だ。これを発展させたものがAICというわけだ」

「おお、どこかで聞いた事があると思ったらそれか」

「あんたねぇ……」

 呆れ顔をしながらなおも言い募ろうとする鈴をセシリアが制する。

「はいはい、漫才はそれくらいにして、対策を考えますわよ……正直、わたくしも実物を見るのは初めてでしたが、あそこまでの完成度を誇っているとは思ってもみませんでした」

 セシリアの述懐に、鈴が重々しく頷く。

「それはあたしも同意見。あそこまで衝撃砲と相性が悪いとはね……」

「ふむ、となるとエネルギーで空間に作用するという点で、衝撃砲と理屈は同じか」

「そうね、だいたい同じだと思うわ。厳密には違うでしょうけど」

 ここまで聞いた一夏に何か閃くものがあったようだ。

「ん?って事は、《零落白夜》なら切り裂けるんだな?」

「理屈の上ではそうですが、実際には止められましたわね?」

「そこなんだよなぁ。なんで止められたんだ?」

「簡単だろう。お前の腕を直接止めたんだ」

「ああ、そっか。《零落白夜》に触れなければいいんだから、たしかにそれが簡単ね」

「直接って……腕だぞ?しかもあんな速く動いてるのに、ピンポイントにそんな事……」

「出来るから止められたんだろうが。そもそも、お前の動きは−−」

「ぶっちゃけ読みやすいのよ」

「ぐっ……」

 「お前の動きは単純だ」と言われた一夏からうめき声が漏れる。自覚はあったんだな。

「特に腕って線の動きじゃない?こう、縦か横にラインが動くわけでしょ?だから−−」

「それに交差するようにエネルギー波を展開すれば、簡単に引っかかるわけだな」

「ですわね」

「なるほどなぁ。じゃあどうすればいい?」

「それを考えるのがあんたの役目でしょうが」

「……ごもっとも」

「まあ、手ならあるのだが」

「「「えっ!?」」」

 私の言葉にこちらを向く一同。よく見ると、他の生徒もこちらを見ている。

「『シュヴァルツェア・レーゲン』のAICは強力だが、実の所弱点が非常に多い。例えば−−」

 そう前置き、私はAICの弱点を皆に教えた。どう活かすかは本人達次第だ。

 

 

 そして一夏の取った手段は最も単純なもの。つまり、開幕と同時の奇襲と言う『意外性』で攻めるというものだ。が、その程度の戦術はボーデヴィッヒには読めている。結果として一夏はAICに完全に捕らわれてしまう。

「開幕直後の先制攻撃か。わかりやすいな」

「……そりゃどうも。以心伝心で何よりだ」

「ならば私が次にどうするかもわかるだろう」

 ボーデヴィッヒが一夏に『シュヴァルツェア・レーゲン』の右肩にマウントされているレールカノンを向けた。リボルバー特有のガキン!という回転音が轟く。後は撃つだけだ。

「させないよ」

 レールカノンを発射する直前、デュノアが一夏の頭上を飛び越えて現れると同時に.61口径アサルトカノン《ガルム》による爆裂(バースト)弾の射撃を浴びせる。

「ちぃっ……!」

 銃口を射撃によってずらされた事で、一夏に当たるはずだった砲弾は虚しく空を切る。更に畳み掛けてくるデュノアの攻撃に、ボーデヴィッヒは急後退で間合いを取る。

「一夏、大丈夫?」

「ああ、助かったぜ。シャルル」

「どういたしまして」

 一旦仕切り直すつもりか、後退したボーデヴィッヒを追撃せずにその場に留まるデュノア。

「九十九、どういうつもり?」

「何がかね?デュノア」

 デュノアがこちらに厳しい目を向ける。一夏も私に訝しげな視線を送っていた。

「『邪魔をするなと言われているのでね。一時的に下がらせてもらう』君はそう言った」

「どういう事だよ?」

「どういうも何も、そういう事だ。私とボーデヴィッヒの作戦は『ボーデヴィッヒの敗北が決定的になると同時に私が動く』これだけだ。私を引きずり出したいのならば、ボーデヴィッヒを倒しかけて見せたまえ」

「おしゃべりとは余裕だな」

 態勢を整えたボーデヴィッヒが一夏とデュノアに襲いかかる。さあ、ここからどうなる?

 

 一夏とデュノアを同時に相手取りながら、それでもなおボーデヴィッヒの優位は変わらなかった。

 一夏の《雪片弐型》と両手のプラズマ手刀で切り結びつつ、デュノアにワイヤーブレードを使った牽制を行い一夏から引き離す。六本同時操作こそしていないが、射出と回収を順に行う事で間断のない多角攻撃を繰り広げている。

 デュノアもその攻撃をさばくのに精一杯であり、とてもではないが今すぐ一夏のフォローには回れない。その間もボーデヴィッヒの猛攻は続く。一夏は防戦一方だ。

「貴様の武器はそのブレードのみ。近接戦でなければダメージを与えられないからな」

 それもあるだろうが、それ以上に一夏が迂闊にボーデヴィッヒから離れれば、その瞬間レールカノンの格好の的になる。

 しかもワイヤーブレードがあるため、一度でも距離を取れば取り戻すのに時間とエネルギーを使ってしまう。よって一夏は意地でもボーデヴィッヒに食らいつくしか打つ手がないのだ。

「うおおおおっ!」

 右手に《雪片弐型》を構え、左手はボーデヴィッヒのプラズマ手刀を払う為に使い、両足は姿勢制御とワイヤーブレードの蹴り飛ばしに使う。極限の集中状態で行われる零距離での高速格闘戦は、ボーデヴィッヒの一言で唐突に終わりを告げる。

「そろそろ終わらせるか」

 ボーデヴィッヒがプラズマ手刀を解除すると同時にAICを発動する。刹那、一夏の体が凍りついたかのように止まる。

 ボーデヴィッヒとデュノアの距離は概算で50m。救援は間に合うかどうかの距離だ。

 ワイヤーブレードの攻撃が止まると同時にボーデヴィッヒに迫るデュノアだったが、ボーデヴィッヒの攻撃が僅かに早い。

「では−−消えろ」

 一斉射出されたワイヤーブレードが一夏の体を切り刻み、『白式』の装甲の三割とシールドエネルギーの半分を奪う。

 更にボーデヴィッヒは一夏の右手を二本のワイヤーで拘束、回転を加えて床に叩きつけようとする。

 その直前にデュノアが救援に入った。一夏を拘束しているワイヤーを切断し、その手を引いて急速離脱。

 あれが間に合わなかった場合、最悪一夏はレールカノンの直撃を受けて沈んでいただろう。

「シャルル……助かったぜ。ありがとよ」

「どういたしまして」

「九十九は?」

「うん、動く気配はないよ」

「じゃあ、意地でも引っ張り出さなきゃな」

 一夏が《雪片弐型》を構え直し、デュノアはアサルトカノン二丁からショットガンと重機関銃に装備を変更する。

「見せてあげようよ。僕たちのコンビネーション」

「ああ、行こうぜ」

 

 

 外側から見ているとよく分かるが、デュノアは人に合わせるのが本当に上手い。

 一夏の動きを巧みにフォローし、連携を成立させている。現に一夏はとにかく間合いを詰めようとしているだけであり、仮に1対1ならば一夏は今頃アリーナの床に無様に転がっているはずだ。そうなっていないのは、ひとえにデュノアのフォローショットと的確な指示による所が大きい。

 と、ここで一夏が《零落白夜》を展開。決めに行く気か?

「これで決める!」

 《零落白夜》を起動させた一夏はボーデヴィッヒへ直進。

「触れれば一撃でシールドエネルギーを消し去ると聞いているが……それなら当たらなければいい」

 ボーデヴィッヒのAICが連続で一夏を襲う。一夏は急停止、転身、急加速を繰り返しそれを躱していく。ボーデヴィッヒの苛立ちが募っていくのが目に見えてわかる。

「ちょろちょろと目障りな……!」

 AICに加えてワイヤーブレードも加わり、攻撃はさらに苛烈になる。しかし、ボーデヴィッヒは失念している。自分の相手が一夏だけではない事を。

「一夏!二時の方向に突破!」

「わかった!」

 射撃でボーデヴィッヒを牽制しつつ、一夏の防御も忘れない。仮にデュノアが一夏の敵に回っていた場合、一夏は10分持ったかどうかわからないだろう。

「ちっ……小癪な」

 一夏がワイヤーブレードをくぐり抜け、ボーデヴィッヒをその射程圏へ収める。

「無駄だ。貴様の攻撃は読めている」

「普通に斬りかかればな。−−それなら!」

 一夏は足元に向けていた切っ先を起こして、体の前へ持っていく。なるほど、そう来たか。

「!?」

 一夏が選択した攻撃方法、それは『突撃』だ。攻撃の読みやすさという点では同じだが、腕の軌道は捉えにくくなる。線より点の方が、圧倒的に捕まえにくいのだ。しかし……。

「無駄なことを!」

 ボーデヴィッヒが突き出した右手のその先で、一夏の全身の動きが凍りつく。AICの網が一夏を完全に捉えていた。

「腕にこだわる必要は無い。要はお前の動きを止められれば−−」

「それは悪手だ。ボーデヴィッヒ」

「なに?」

「九十九の言う通りだ。忘れてるのか?それとも知らないのか?俺たちは−−」

「二人組なんだよ?」

「!?」

 後ろから掛けられた声に、弾かれたように視線を動かすボーデヴィッヒ。だがもう遅い。

 零距離まで接近したデュノアがショットガンの6連射。瞬間、ボーデヴィッヒのレールカノンは轟音を立てて爆散した。

「くっ……!」

 上手くやったな。先日教えたAICの弱点『停止対象は一度の発動につき一種一方向のみ』を突いてボーデヴィッヒの最大威力武器を奪い、かつ一夏の拘束を解く、一石二鳥の策だ。

「一夏!」

「おう!」

 拘束から逃れた一夏が《雪片弐型》を構え直し、ボーデヴィッヒに再度攻撃。絶対必殺のその一撃は、体制を崩したボーデヴィッヒには回避不能。しかし、運命は無情だ。

 

キュゥゥン……

 

「なっ!?ここに来てエネルギー切れかよ!」

 ここまでで受けたダメージが大きかったのだろう。《零落白夜》のエネルギー刃は情けない音と共に小さく萎んでいき、そのまま消える。こうなると一転一夏のピンチだ。

「残念だったな」

 プラズマ手刀を展開し、一夏の懐へと飛び込むボーデヴィッヒ。

「限界までシールドエネルギーを消耗してはもう戦えまい!あと一撃でも入れば私の勝ちだ!」

 ボーデヴィッヒの言う通り、一夏のシールドエネルギー残量は残り少ない。おそらく一撃でももらえば一夏には撃墜判定が出るだろう。一夏は必死に左右から襲い来るプラズマ手刀を弾き続ける。

「やらせないよ!」

「邪魔だ!」

 一夏への攻撃の手を休めることなく、援護行動に入ろうとしたデュノアをワイヤーブレードで牽制。その精度とスピードは、技量の高さを改めて窺わせる。

「うあっ!」

「シャルル!くっ−−」

「次は貴様だ!堕ちろ!」

 一夏が被弾したデュノアに気を取られた次の瞬間、ボーデヴィッヒの一撃が一夏を捉えた。

「ぐあっ……!」

『白式』から力が抜け、ゆっくりと床に落ちていく。

「は……ははっ!私の勝ちだ!」

 高らかに勝利宣言をするボーデヴィッヒ。しかし……。

「勝利宣言をするにはまだ早いぞ?ボーデヴィッヒ」

 私の言葉にこちらを向くボーデヴィッヒ。そこに超高速の影が突撃する。それは−−

「まだ終わってないよ」

 一瞬にして超高速状態へ突入したデュノアだった。驚いたな、あれは……。

「なっ……!瞬時加速だと!?」

 初めて狼狽の表情を見せるボーデヴィッヒ。与えられたデータにはデュノアが瞬時加速を使用できるなどとは書いていなかったのだろう。当然、私の持っているデータにも無い情報だ。

「今初めて使ったからね」

「な、なに……?まさか……」

「この戦闘の中で習得したと言うのか。器用にも程があるぞ」

 もはやこれは技能の一種と言えるのではないだろうか。あるいは単一仕様能力(ワンオフ・アビリティ)と呼べるだけのものかも知れんな。

「だが私の停止結界の前では無力!」

 AIC発動体勢を取るボーデヴィッヒ。と、私の視界の端で動く影が一つ。

「もう一度言う。それは悪手だ、ボーデヴィッヒ」

 私の言葉の一瞬後、その動きを止めたのは−−ボーデヴィッヒの方だった。

 

ドンッ!

 

「っ!?」

 想定外の方向から射撃を受けたボーデヴィッヒが視線を巡らせる。と、真下にいる一夏とボーデヴィッヒの視線がぶつかった。その手に、デュノアが放り捨てた()()()()()()()()()()()()()を構える一夏と。

 一夏の構えているライフルは、訓練の時に使用許可(アンロック)の下りていた物だ。それを弾を残した状態で捨てておき、デュノアがボーデヴィッヒに接近。ボーデヴィッヒがAICを発動した場合、一夏がそのライフルを拾ってボーデヴィッヒを撃つ。という二段構えの策だったのだ。

 だがこの策、運の要素があまりに強い。仮に『白式』がボーデヴィッヒの一撃に耐えられなかったならば、この策は使えなかったのだから。だが二人はこの賭けに勝った。

「これならAICは使えないだろ!」

「こ、の……死に損ないがぁっ!」

 吠えるボーデヴィッヒ。しかし、冷静さは失われていない。命中率の低い一夏の射撃を一旦無視してデュノアを撃墜するつもりだろう。AICの矛先を再び前方へ向ける。

「でも、間合いに入ることは出来た」

「それがどうした!第二世代型の攻撃力では、この『シュヴァルツェア・レーゲン』を墜とす事など−−」

 出来ない。と言いかけてボーデヴィッヒがはっとする。あるのだ、一つだけ。『シュヴァルツェア・レーゲン』を撃墜可能な装備が。

 それは、単純な攻撃力だけであれば第二世代型最強と謳われる装備。そしてそれは、戦闘開始当初からデュノアが装備していた。その左腕の物理シールドの下に。

「この距離なら、外さない」

 盾の装甲が爆発ボルトで弾け飛び、そこからリボルバーと鉄杭が一体化した武装が露出する。

 69㎜口径射突式徹甲杭(パイルバンカー)灰の鱗殻(グレー・スケイル)》、通称−−

「『盾殺し(シールド・ピアス)』……!」

 ボーデヴィッヒの顔が焦りに歪む。文字通りの必死の形相だ。

「「おおおおっ!」」

 二人の声が重なる。デュノアが左拳を握り、叩き込むかのように突き出す。一夏同様の点による突撃。

 さらに一夏の時と違い、デュノアは瞬時加速で接近している。全身停止はもはや不可能。ピンポイントでパイルバンカーを止めなければ、直撃する。

 ボーデヴィッヒがその目を集中し、デュノアのバンカーに狙いを定めてAICを発動。しかし、それを外してしまう。

 一瞬、デュノアの顔に笑みが浮かぶ。それはさながら告死天使の如き様相。眩く、そして罪深い笑みだ。その左腕がボーデヴィッヒの腹に当てられた、次の瞬間。

 

ズガンッ!!

 

「ぐううっ……!」

 パイルバンカーの一撃が叩き込まれた。シールドエネルギーが集中して絶対防御を発動、エネルギー残量が一気に奪われる。

 相殺しきれなかった衝撃が深く体を貫いたのか、ボーデヴィッヒの表情が苦悶に歪む。だがこれで終わりではない。《グレースケイル》はリボルバー機構による高速の炸薬装填を可能とする。つまり、連射が可能なのだ。……終わったな。

 私は《グングニル》を展開。デュノアに向けて投げつけた。

 

 

 シャルロットがラウラにパイルバンカーの一撃を叩き込み、さらに連射する。

 

ズガンッ!ズガンッ!

 

 続けざまに二発を撃ち込んだ所で一夏の声がアリーナに響く。

「シャルル!右だ!」

「!?」

 声に反応し、咄嗟にその場を離れるシャルロット。一瞬後、シャルロットのいた場所を『何か』が通りすぎる。『何か』が飛んできた方にいたのは……。

帰還せよ(カムバック)

 その言葉で瞬時に戻ってきた『何か』を掴んでこちらを見る九十九だった。

 

「貴様……何のつもりだ?」

 ボーデヴィッヒが私に向けて声をあげる。

「忘れたか?それとも聞いていなかったのかね?私は君の敗北が決定的になったと同時に動くと、そう言った筈だが?」

「ふざけるな!私はまだ……「あと一発」っ!?」

「君のISが《グレースケイル》の攻撃に耐えられる限界だ。違うかね?」

 事実、ボーデヴィッヒのISからは紫電が走り、強制解除の兆候が明らかに見て取れる。

 あそこで横槍を入れなければ、ボーデヴィッヒはそのまま敗北が決定していた。原作ではそれより先にあのシステムが働いて、勝負自体が有耶無耶になるのだがそれは口にしない。

「いいかね?君は負けた。君自身の傲慢と油断が、君を敗北させた。後は私に任せたまえ」

「くっ……!」

 歯を食いしばり、俯くボーデヴィッヒ。それを放置し、私はデュノアのいる場所と同じ高度まで上昇する。

「いいの?放っておいて」

「あの程度で心が折れるようなら、初めからここにいない。では、決着をつけようか」

 右手に《狼牙》、左手に《グングニル》を構える。それに呼応して、デュノアも戦闘態勢を取る。

「「行くぞ(行くよ)」」

 私とデュノアの声が重なり、互いに相手に向かって前進しようとした次の瞬間。

「ああああああっ!!!」

 突如、ボーデヴィッヒが身を裂かんばかりの絶叫を上げる。

 同時に『シュヴァルツェア・レーゲン』から激しい電撃が放たれる。意外に早かったな。

「一体何が……。−−!?」

「なっ!?」

「一夏、デュノア、戦闘は一時中断。『あれ』に警戒しろ」

 私達の目の前では、ISの常識ではありえない事が起きていた。

 ボーデヴィッヒのISがその形を変えているのだ。いや、変形とは言えないか。装甲が形を失い、正体不明の不定形物質へと姿を変え、ボーデヴィッヒを飲み込んでいく。

「なんだよ、あれ……」

 一夏の無意識の呟きも無理はない。おそらくこれを見ている全ての人間が同じ事を考えただろうからだ。

 ISは、原則として変形しない。より正確に言えばできないと言うべきだろう。

 ISが形状を変えるシーンがあるとすれば、それは『初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)』と『形態移行(フォーム・シフト)』のみ。パッケージ装備による部分的な変化はあっても、基礎形状の変化はまず無い。ありえない。

 しかし、そのありえない事が今目の前で起こっている。しかもそれは変形などというものではなく、その様はまるで一度溶かしてから再度作り直す粘土人形だ。

 『シュヴァルツェア・レーゲン』()()()ものはボーデヴィッヒの全身を包み込むと、その表面を流動させながら鼓動のような脈動を繰り返し、少しずつ地面に降りていく。そして地面に着くと同時、倍速再生のように高速で全身を変化、形成していく。

 果たしてそこに現れたのは、漆黒の全身装甲(フルスキン)のISのような『なにか』だった。

 ボーデヴィッヒのボディラインをそのまま表面化した少女のシルエット、最小限のアーマーを腕と足につけ、フルフェイスアーマーに覆われた頭部のラインアイ・センサーから赤い光が漏れる。そしてその手に握られた武器、あれは間違いなくかつて千冬さんと共に一時代を築いた……。

「《雪片》……!」

「ああ、間違いない。今目の前にいるのは……」

 暮桜(かつての最強)が、そこにいた。

 

 

 ついにVTシステムが発動した。

 私はこうなると分かっていたとはいえ、言いたくなった。

「そうか、それが君の答えか。ボーデヴィッヒ」




次回予告

かつての最強と未来の最強。
なりたいと願った者と超えたいと思う者。
勝敗は、その思いの強さが鍵となる。

次回「転生者の打算的日常」
#24 決着・落着

あるいはこれが最善なのかもしれないな。

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