転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#22 学年別勝抜戦

 後に『エレオノール事件』と呼ばれる事となる一連の事件報道は、世界を激震させた。当然、それはIS学園も例外ではない。

 フランスとの時差の関係で、学年別トーナメント前日の早朝に齎されたこのニュースは、多くの女子生徒に衝撃を与えた。

 シャルル・デュノア(恋した相手)が女性だった事にショックを受けて卒倒した者、フランシスの不器用な愛に苦笑する者、エレオノールの悪事に怒りを覚える者。反応は様々だったがその多くはデュノアに対して好意的なものだったと言えるだろう。

 中には「女なのに男の恰好をするなんて」と事件の本質と全く関係ない所に憤っている一部の女尊男卑主義者もいたが、そんな彼女達に私は敢えてこう言いたい。「貴方方は宝塚歌劇団を知らんのか。なら一度見に行ってこい」と。

 あの演劇集団は女尊男卑社会になってからもブレる事なく『古き良き男』を演じているぞ。

 

 その日の学生寮食堂は上を下への大騒ぎとなった。一夏とデュノアが現れると、女子達が二人を一瞬で取り囲み「織斑君はいつ、どこで、どうして知ったのか?」「デュノアく……さんは、どんな方法で男のふりをしていたの?」「男女同室の感想をぜひ」と根掘り葉掘り聞き出そうとした。

 デュノアが実は女子だと知って暴走するかと思っていたセシリアと鈴だが、意外にも一夏とデュノアのどちらにも当たらなかった。理由を訊いてみると二人はこう言った。

「好き好んでやっていた訳ではありませんのに、それを理由に当たるなんてできませんわ」

「一夏の超鈍感は今に始まった事じゃないし」

 意外と大人な反応にこちらが面食らってしまったよ。まったく。ちなみに、箒だけは思い切り一夏に当たり散らした。困ったものだな、まったく。

 

 

 夕方、私の部屋に集まった一夏とデュノア、そして私。

 一夏が訊きたい事があると言ってデュノアを伴ってやってきたのだ。本音さんは相川さんの部屋にお出かけ中だ。

「それで?訊きたい事とはなんだ、一夏」

「ああ、何であんなに早く判決が出たんだ?」

「え?ひょっとして一夏、特重法を知らないの?」

 意外な質問だったのか、デュノアが驚きの声を上げる。

「なんかどっかで聞いた事あるような、ないような……」

 どうにも要領を得ない一夏に説明する。

「いいか一夏、特重法とは……」

 

 特定重犯罪超短期結審法。略称『特重法』

 殺人、強盗致死傷、強姦致死傷、暴行傷害、強要・脅迫、詐欺等、いわゆる『社会的影響の大きい罪』を働いた者に適用される法律だが、この法律は特定条件下においてのみ適用される。それは以下の条件にあてはまるかだ。

 

 1.被告人が確実に犯行を行ったと言える物的証拠が、10点以上ある。

 2.判例に則った場合、被告人の15年以上の実刑判決は免れ得ない。

 3.検察・弁護人双方が『特重法』の適用に合意している。

 

 この三つを満たした場合のみこの法は適用され、控訴・上告はその場で棄却される。

 つまり、一審での判決がそのまま刑として確定するのである。この三つの条件のうち、最も取得の難しいのは条件3だろう。

「なんでだ?」

「検察は被告の刑を重くしたい。弁護人は被告の罪を無くしたい。それが無理ならせめて少しでも刑を軽くしたい。思惑の異なる二人が合意に至るのがいかに困難か、分からないとは言わせんぞ」

「ああ、確かにな。じゃあなんで今回は合意したんだ?」

「直接的な理由では無いが、グラモン家の一族も逮捕されたからだ」

 グラモン家はエレオノールの犯罪行為の揉み消しを行ってきたが、その事が『ある人物』から警察に伝わり、当主のジャン=ピエール・グラモンを始め一族の主だった者が『犯人蔵匿・隠秘罪』及び『贈賄罪』で逮捕された。

 完全に後ろ盾を失ったエレオノールの運命はある国選弁護人に委ねられたが、この弁護人はエレオノールの弁護を行うつもりは全くなく、検察からの特重法適用の要請を二つ返事で承諾。

 結果、エレオノールの裁判はわずか3日で結審。これは特重法適用裁判の中でも、五本の指に入る速さである。

 

「と、まあそういう訳だ。ちなみに刑務所への送致は今月末だそうだ」

「ほんとに速いな」

「徹底した根回しの結果と言うやつだ。社長によると今回の一件、デュノアのゴーサインがあろうとなかろうと、今月中にはエレオノールはこうなっていたそうだ」

「……ねえ九十九、ラグナロク・コーポレーション(君の会社)って……何?」

 暗に「何もしなくても結果は変わらなかった」と言われたデュノアが震えた声で訊いてきた。その質問に、私はこうとしか答えられない。

「私に聞かれても困る」

 

 

 6月最終月曜日。今日から3日間の予定で行なわれる学年別タッグトーナメントは、予想を遥かに上回る慌ただしさを見せ、第一回戦開始直前まで全生徒が雑務や会場整備、来賓の誘導を行った。それらの作業からようやく解放された生徒達は、急ぎ各アリーナの更衣室へと走る。

 男子組は例の如く広い更衣室をたった二人で使っている。デュノアは全生徒に女子であるとバレたため、今頃は通常の倍の人数がひしめく反対側の更衣室で着替えているはずだ。仕方ない事とはいえ女子生徒諸君に申し訳ない気持ちになるな、これは。

「しかし、すごいなこりゃ……」

 更衣室備え付けのモニターから観客席の様子を見ていた一夏が呟いた。

 そこには各国政府関係者、研究所員、軍のスカウター、有名IS企業の上層部など、そうそうたる顔ぶれが一堂に会していた。

「三年にはスカウト、二年には一年間の成果確認の為にそれぞれ人が来ているからな。私達一年生には現状関係ないが、それでも上位入賞者にはチェックが入るだろう」

「ふーん、ご苦労なこった」

 興味なさそうに話半分に聞いている一夏。考えが筒抜けだ。思わず吹き出す。

「お前はボーデヴィッヒとの対戦だけが気になるようだな」

「まあな。セシリアと鈴は結局トーナメントに出られなかったし」

 先日の一件でISが大きなダメージを受けたセシリアと鈴だったが、それでもなおトーナメントへの参加を何度も頼み込みに行った。しかし、結局最後まで許可が下りる事はなく、今回は辞退せざるを得なくなった。

 一般生徒ならいざ知らず、二人は代表候補生の中でも選りすぐりの専用機持ちである。そんな二人がトーナメントで結果を残せないばかりか参加すらできないというのは、二人の立場を悪くする要因となるだろう。

「自分の力を試せもしないってのは、正直辛いだろ」

 例の騒動を思い出しているのか、左手を強く握りしめる一夏。この場にパートナーのデュノアがいればさり気なく手を重ねてそれを解すのだろうが、私にはそんな事は出来ない。

「左手に力が入りすぎだ。感情的になるな、一夏。ボーデヴィッヒは一年生の中では群を抜いた実力者だ。感情に任せた剣では捉えられんぞ」

「ああ、わかってる」

 そう言って左手から力を抜く一夏。皮こそ破れていないが、手のひらにはくっきりと爪の跡が残っていた。

「ならいい。さて、そろそろ対戦表が決まるはずだ」

 理由は不明だが、タッグマッチ形式への変更がなされてから従来式のシステムがうまく稼働せず、本来なら前日には決定しているはずの対戦表は、今朝から生徒手作りのくじ引きによって決定していた。

「一年生の部、Aブロック一回戦一組目なんて運がいいよな」

 ポツリと漏らす一夏。まあその理由は分かる。

「待ち時間に余計な事を考えずに済むからだろう?出たとこ勝負はお前の十八番だしな」

「分かってるじゃねえか。九十九は出来るだけ後の方がいいんだろ?相手の手の内を見られて、自分の手の内を晒さずに済むから」

「よく分かっているじゃないか。さて、対戦相手が決まったようだ」

 モニターがトーナメント表に切り替わる。それを見た一夏が呆然としていた。

「え?」

「……そう来たか」

 モニターに表示されたトーナメント表、その一回戦第一試合の組み合わせは。

『織斑一夏&シャルロット・デュノアペア対村雲九十九&ラウラ・ボーデヴィッヒペア』

 

 

 試合開始20分前。一年生の部の会場である第三アリーナのBピット。そこで私とボーデヴィッヒが対峙していた。第二試合の対戦ペアである箒と本音さんも後ろに居る。

「さて、一応よろしく頼むと言っておこうかボーデヴィッヒ。作戦は?」

「邪魔をしなければそれでいい」

 不遜な物言いに後ろの箒の顔に怒りが浮かぶ。本音さんが「落ち着いて~」と箒を宥めるが、あまり効果は無いようだ。

「了解した。では、君の敗北が決定的になったと同時に動くとしよう」

「万が一にもありえんな。貴様は−−」

「『シュヴァルツェア・レーゲン』の第三世代兵装であるAICは、発動時に右手を突き出すモーショントリガーが必要になる」

「っ!?」

 私の言葉に、勢い良くこちらを向くボーデヴィッヒ。

「効果範囲は右手の前方1mを頂点に5mの半球状。後方はカバー不可能」

「貴様……」

 その顔は、徐々に険しいものになっていく。

「慣性停止対象は一回の発動につき一種一方向のみ。二方向以上の同時攻撃、もしくは時間差攻撃には対応不可能」

「…………」

「停止可能なのは実体弾、実体剣、相手のIS等の重さのある物のみ、光学兵器や爆風のような重さの無い物は停止不可能」

 鈴の衝撃砲が停止可能なのは、空間圧作用兵器と似たようなエネルギーで制御しているからだ。

「発動時に停止対象に集中力を傾ける必要があるため、集中を乱してやれば発動そのものが困難になる。以上、訂正はあるかね?ちなみに、多くの生徒はこの弱点を知っている」

「何っ!?」

 この一言に、二度目の驚愕を見せるボーデヴィッヒ。

「敵になる可能性もあったのだ。当然だろう」

「まあいい、その程度の事で私が奴に負けるなどありえん」

「……一つ訊こう、ボーデヴィッヒ。君にとって強さとはなんだ?強いとはどう言う事だ?」

 私の質問にボーデヴィッヒがこちらに向き直り、鼻を鳴らして言った。

「決まっている。圧倒的な力を持っている事だ」

 それ以外の答えなど無い。と言わんばかりの物言いに苦笑してしまう。それが気にいらなかったのか、ボーデヴィッヒがこちらに詰め寄る。

「貴様……何がおかしい!」

「おかしいとも思うさ。君の言う強さに則って最強を決めたら、それは誰になると思う?」

「愚問だな。織斑教官に決まって「違うな」っ!?」

「間違っているぞ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。君の言う強さに則ったら、最強は『核兵器保有国の首脳』だ」

「なぜそうなる!?」

「刀を使い、一瞬で一人を切り伏せる人間と、一瞬で数万人の命を奪う核兵器をボタン一つで撃てる人間。圧倒的なのはどちらだね?分からないとは言わせんぞ。ドイツ軍人」

「くっ……ならば貴様はどうなのだ!貴様にとって強さとはなんだ!?」

「私にとって強さとは……」

 

ビーーーッ!

 

『試合開始5分前です。各選手はISを装着のうえ、カタパルトへ』

 アナウンスが響き、試合時間が近づいている事を知らせる。

「話の続きは試合終了後に。まあ、君に聞く気があればだが」

「ふん……」

 こちらに一瞥をくれた後、『シュヴァルツェア・レーゲン』を展開してカタパルトへ向かうボーデヴィッヒ。私も『フェンリル』を展開してあとに続く。

『ゲート開放、カタパルトの操作権を各機に移譲。ユーハブコントロール』

「アイハブコントロール。村雲九十九、『フェンリル』出る!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、『シュヴァルツェア・レーゲン』発進する」

 カタパルトからアリーナへ飛び出す。さあ、始めようか。先行き不明の戦いを。

 

「一戦目から当たるとはな。待つ手間が省けたというものだ」

「そりゃあ何よりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」

 軽口を叩きあう一夏とボーデヴィッヒ。

「お互い貧乏くじだな。デュノア」

「ホントだね。九十九」

 互いにたった一人の相手しか見ていないパートナーに苦笑する私とデュノア。

 試合開始まであと5秒。4、3、2、1−−開始。

「「叩きのめす」」

 一夏とボーデヴィッヒの台詞が奇しくも重なる。

「邪魔をするなと言われているのでね。すまないが、一時的に下がらせてもらう」

「え、ちょ、ちょっと九十九!?」

 やる気を見せない私に虚をつかれたデュノアの叫びが響く。

 

 

 ついに学年別トーナメントが開始した。

 私は私が関わった事でVT事件がどうなるのかを、今この瞬間も計りかねていた。




次回予告

負けられない、負けたくない。だから、強い力をよこせ!
雨を纏う少女の願いは叶う。
ただし、ひどく歪んだ形で。

次回「転生者の打算的日常」
#23 戦乙女模倣機構

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