転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#20 決心

 『フランシス・デュノア、並びにデュノア社に関する最深度調査報告書』

 ラグナロク・コーポレーションが誇る二人の諜報員、フギンとムニンが収集したデュノア社に関するありとあらゆる情報が詰まった書類である。

 そこには、デュノア社長夫人エレオノール・デュノアの悪事の数々と、シャルロット・デュノアの実父にしてデュノア社社長フランシス・デュノアの真実の愛が書かれていた。

 

 今から20年前、当時渉外担当としてフランス全土を走り回っていたフランシスがたまの休日に訪れた喫茶店。

 そこでウェイトレスとして働いていたのがシャルロットの母、マリアンヌ・ソレイユだった。

 マリアンヌに一目惚れしたフランシスは、休日の度にその喫茶店を訪れては二言三言の会話を楽しんだ。

 そんな状態が一年程続いたある日、フランシスは意を決してマリアンヌをデートに誘った。マリアンヌの返事はイエス。

 当時の常連客の証言によると「あまりに嬉しかったのかフランシスがその場で気絶し、それを見たマリアンヌが慌てていたのが微笑ましかった」と言う。

 当時のマリアンヌの同僚の証言では「マリアンヌもフランシスに一目惚れしていて、フランシスのデートの誘いがもう少し遅ければ自分から誘っていただろうと言っていた」そうだ。

 

 初デートから2年程が経ち、二人は同棲を開始する。

 この頃には結婚も視野に入れるようになっていたが、大会社の次期社長と喫茶店のウェイトレスでは釣り合わないと思い、お互いその話はしなかった。

 同棲開始から1年後、マリアンヌの妊娠が発覚。それを機に、フランシスが結婚の意思を固めマリアンヌにプロポーズをしようとした矢先、事件は起きた。

 フランシスの父で当時のデュノア社社長アレキサンダーが事業拡大に失敗。日本円にして約200億の損害を出し、当時一中小企業でしかなかったデュノア社は倒産の危機に陥った。

 この事態にフランシスの祖父でデュノア社会長アルセーヌが解決策を提示。

 それは、祖父の友人ギーシュ・グラモンが損害額分の融資を行う見返りに、グラモンの孫娘のエレオノールとフランシスを結婚させるというものだった。

 自身の失敗を一刻も早く帳消しにしたいアレキサンダーは即座にこれに同意。フランシスにエレオノールとの結婚を迫った。

 当初フランシスは反発したが、父の「社員を路頭に迷わせる気か?」という言葉に大いに苦悩する。

 会社のために愛のない結婚をするか、それとも自分の愛を貫いて会社を潰し、1万人超の社員全てを路頭に迷わせるのか。いくら考えても、答えは出なかった。

 

 資料からいったん目を上げ、デュノアが私に訊いてきた。

「これは、本当の事なの?」

「それは、君がどう思うか次第だ。ただ、その資料に書かれている事は『事実』だ」

「…………」

 デュノアはもう一度、資料に目を落とした。

 

 

 数日後、フランシスはマリアンヌに全てを話した。

 態度を決めかねていたフランシスだったが、マリアンヌの「私は大丈夫。あなたはあなたの家を大切にして」という言葉にフランシスはついに決意を固める。

 会社を守るために敢えてマリアンヌと別れ、エレオノールを妻に迎える事にしたのだ。

 当時フランシスとマリアンヌの同棲していた部屋の隣に住んでいた夫妻によると、フランシスはドアの前で力なく膝をつき、涙ながらに「すまない、アンナ」と何度も言っていたそうだ。

 マリアンヌはフランシスから生まれてくる子供の養育費20年分(日本円で5億)と、とある山の麓の小さな家を与えられ、そこで出産。生まれた娘はシャルロットと名付けられた。

 フランシスとエレオノールが結婚した事で経営の立て直しに成功したデュノア社は、その後経営陣を一新。フランシスを新社長に据え、父が失敗した事業拡大に成功。フランスの軍需産業の一翼を担う会社に成長した。

 

 その後しばらくして、デュノア社内部である異変が起きた。

 デュノア社の支出に占める使途不明金の割合が急に上がったのである。使途不明金増加の原因は妻エレオノールの浪費。

 毎年、年間純利益の実に0.5〜1%がエレオノールの交遊費・購入費・旅行代金等に使われていたと言う。

 しかし、使途不明金の割合は毎年の年間純利益の1〜1.5%。では、残りの使途不明金はどこに行ったのか?

 その答えは、マリアンヌがシャルロットと共に住んでいた家から程近い街の変化を追えばすぐに分かった。

 その街に20年以上住んでいる人物によると、マリアンヌが街の近くに移り住んだ直後から、急に警察の装備の質が上がって街の治安が向上したり、個人商店の出店者が数多く移り住んで来て街が便利になったり、街の学校に優秀な教師が赴任して来て教育水準が大きく上がったりしたと言う。

 一番最初にこの街に店を出した人物に話を聞くと、フランシスが「無利子・無担保かつある時払いで良い。催促はするかもしれないけどね」と言って開店資金を出してくれたのだと言う。

 そう。フランシスはマリアンヌが不便を被らないよう、シャルロットが良い教育を受けられるよう、裏から手を回していたのだ。マリアンヌは当然それに気づいていたが、敢えてシャルロットに何も言わなかった。

 また、マリアンヌはフランシスから与えられた養育費にほとんど手を付けていなかった事も判明している。

 

「お母さんがあの人から貰ったお金を使わなかったのってなんでかな?」

 ポツリとデュノアが呟いた。

「恐らくだが、贅沢を覚えさせないためだ」

「どういう事だよ?」

「20年分の養育費として約5億。単純計算で年間2500万使える事になる。母娘二人が十分遊んで暮らせる額だぞ。そして、人というのは一度生活のレベルを上げてしまうと容易には下げられない。だから、敢えて生活レベルを一般家庭程度に抑えたのかもしれん」

 実際、マリアンヌの口座を調べてみるとフランシスから振り込まれた養育費約5億の内、実際に使われていたのは僅か500万弱。それもシャルロットの養育関係で必要な出費のみだった。

「……なるほど」

「何も教えてくれなかったのは?」

「それは流石に君の母親……マリアンヌさん本人にしかわからんさ」

「そっか……そうだよね」

 ポツリと言って、デュノアは資料を読み進めた。

 

 

 今から2年前、マリアンヌはこの世を去る。死因は過労による免疫力低下と、それによる肺炎の重篤化によるものだった。

 医師の懸命の治療も虚しく、最期は眠るように息を引き取った。享年36。あまりにも若すぎる死だった。葬儀はしめやかに行われ、多くの人がその死を惜しんだ。

 葬儀から2日後、シャルロットの家を一人の男が訪れる。男の名はジャン=ジャック・コルベール。フランシスの第一秘書である。

 ここでシャルロットは初めて、自分がデュノア社社長フランシス・デュノアの娘である事を知った。シャルロットは父フランシスに引き取られ、その姓をソレイユからデュノアに改める事になった。

 

「あとは先程デュノアが語った事とだいたい同じだ」

「でもなんでシャルルの親父さんはシャルルの母さんが死んだってすぐに分かったんだ?」

「簡単だ。デュノアの住んでいた所の近くの街に、住人として部下を送り込んでいたのさ」

「えっ!?」

 私の言葉にデュノアが顔を上げて驚きの声を上げる。

「商店街の雑貨屋の主人、学校の用務員、それから街の郵便屋。彼らがそうだ」

 聞き取り調査によると、この三人は元々デュノア社内で燻っていた所をフランシスに『周囲に溶け込む才能』を見出され、マリアンヌ・シャルロット母娘をそれとなく見守る事を命じられたと言う。

 「君達にしか出来ない事だ。二人を頼む」と机に額が付かんばかりに頭を下げて来たのには驚いたそうだ。

「それだけ大切に思ってて、なんで自分で迎えに来なかったんだ?」

「それも書いてある」

 

 ジャンは、何故自ら迎えに行かなかったのかをフランシスに訊いた。それにフランシスは寂しそうに笑いながらこう答えた。

「あの子からすれば、僕は10年以上も自分達を放っておいて、母親が死んだ途端に父だと名乗り出て来る最低の男だ。一体どの面下げて会いに行けばいい?」

 

「また、面会や会話が僅かだったのも『あの子がマリアンヌにあまりにもよく似ていて、顔を合わせると泣いてしまいそうだから』と語ったそうだ」

「……馬鹿だね。話してくれなきゃ何もわからないのに」

「これを読んでの私のフランシス氏への印象は『思春期の娘との距離の取り方が分からないダメ親父』だな」

「ああ、俺もそう思った」

「ふふっ、本当だね」

 フランシスのダメ親父っぷりにだろうか、ようやく笑みを浮かべるデュノア。

「さて、この先はエレオノール・デュノアの悪事の数々が書かれている。読むかね?」

 コクリと頷き、デュノアは資料に再び目を落とす。

 

 

 エレオノール・デュノアの悪事。それは、一歩間違えなくても犯罪と言える物ばかりだ。

 フランス政府高官への贈賄、部下の業務上横領の黙認、下請け業者への強要や脅迫、多額の脱税など、大小合わせて数十の犯罪行為に直接的・間接的に関与している。

 中でも政府高官への贈賄は額にして10億に上り、その多くはISに深く関わる部署の人物に支払われている。これがシャルロット・デュノアの男性IS操縦者としてのIS学園転入を容易にした一因だろう。

 

「どういう事だよ?」

 一夏が訳がわからないと言う顔をしていたので説明をする事にした。

「いいか一夏。IS学園に転入をする場合、必要な物が三つある。資格・許可・承認だ」

 資格とは、転入希望者がIS学園に転入するのに必要最低限の実力を有しているか。である。

「具体的には?」

「各国代表候補生の序列十位以上である事。ちなみに鈴は中国の第三位、ボーデヴィッヒはドイツの第一位だ」

「へー」

 許可とは、転入希望者がIS学園に転入する事に対し、政府が許可を出す事である。

 序列十位以上で人格にも問題が無く、身辺に怪しい所もないと判定されて初めて許可が与えられるのである。

「ん?じゃあシャルルはなんで許可されたんだ?シャルルが女だなんて、調査をすればすぐわかるだろ?」

「その調査員や許可を出す政府高官を金で抱き込んだ。としたら?」

「なるほど……」

「実際、申請から許可が出るまでにかかった日数は僅か3日。IS学園への転入希望者に対して、その程度の緩い調査などせんさ」

 そして最後に承認。資格があり、政府の許可も受けた者が国際IS委員会に申請をし、これを承認される事で晴れてIS学園に転入が可能となる。実はこの承認が最も簡単に取れる。

 資格があり、政府からの許可も得ているなら、今更こちらが何も言う事は無いから。と言うのが委員会の言い分だ。

 ちなみに、転入生に外国人が多いのは、IS学園の学則に『海外からの転入生はこれを無条件で受け入れる事』というものがあるからだ。

「そんな仕組みになってたのか……」

「ああ。エレオノールはその内の『許可』の部分に目をつけて、金で政府高官を味方につける事でデュノアを『三人目』として転入させる事に成功したんだ。まあ、政府高官にもこの話に乗るメリットがあったしな」

「それってどういう事?」

 デュノアは資料を読み終わったのか、それをテーブルに置きながら訊いてきた。

「仮に『白式』か『フェンリル』、あるいは両方のデータを盗み出す事に成功すれば、フランス製第三世代IS開発に弾みがつく。失敗した、あるいは行動を起こす前に事が発覚したとしても、デュノア社の勝手な暴走として、コアの没収やIS開発権の凍結を行えばいい。あとは買収された高官が知らぬ存ぜぬを通せば、この話は終わりだ」

「そんな……」

「そんなのありかよ!」

「それが『高度な政治的判断』と言う奴だ。さて、これらの話を踏まえた上でデュノア、君に訊きたい。どうしたい?」

「どうって?」

「父の『事実』を知り、デュノア社の『現状』を知り、そうなった『諸悪の根源』を知った上で、君はどうしたい?」

「僕は……」

 俯き、黙り込んでしまうデュノア。まあ無理もない。一度に全てを知ったのだから、それを飲み込むには時間がかかるだろう。一旦時間を開ける必要があるか。

「すぐに答えは出ないだろうな。だがこれは君が考え、君が決めねばならない」

「……うん」

「どうしたいか決まったら私に言いたまえ。可能な限り協力しよう」

「もちろん、俺もな!」

「ありがとう、一夏、九十九」

 話が纏まった所で、ドアがノックされた。誰か来たらしい。ビクリと身をすくませる一夏とデュノア。

「一夏さん、いらっしゃいます?夕食をまだ取られていないようですけど、体の具合でも悪いのですか?」

 声の主はセシリア。どうやら食事を取りに現れない一夏を心配してやって来たようだ。

「ど、どうしよう?」

「私に考えがある。デュノア、ベッドに入れ。一夏、その横へ座れ」

「「お、おう(う、うん)分かった」」

「一夏さん?入りますわよ」

 

ガチャ

 

 セシリアがドアを開けて部屋に入ってくる。セシリアは私がいた事に少し驚いた様子だった。

「あら、九十九さん?どうしてこちらに?」

「なに、デュノアが調子を悪くしたと一夏から聞いて、少々診察をね」

「まあ、医学知識もおありですの?」

「齧った程度さ。私の所見は、慣れぬ環境によって溜まった疲れから来る軽い風邪だ。明日一日安静にしていれば治るだろう」

 唖然とした顔をする二人に個人間秘匿回線(プライベート・チャネル)で話しかける。

〈という事にする。合わせろ〉

〈〈う、うん(お、おう)〉〉

 私の台詞に、セシリアは心配そうにデュノアに話しかけた。

「そうですの。デュノアさん、お大事に」

「う、うん。ありがとう、セシリア」

「ところで、一夏に用だろう?」

「ええ。一夏さん、夕食がまだのようでしたらご一緒しませんか?」

「あ、ああ、いいぜ。九十九はどうする?」

 そう私に訊いてくる一夏。セシリアの目が「一緒に食事まではしませんわよね?」と訴えていた。私もそこまで野暮ではないつもりなんだがな。取り敢えず「そんな気は無い」と目で返しておいた。

「私も夕食はまだだからな。食堂に行くまではご一緒しよう」

「それじゃあ三人とも、ごゆっくり」

「おう、後で定食でも−−」

「一夏、症状は軽いとはいえデュノアは病人(という設定)だ。食べやすく、消化の良い物にしておけ」

「お、おう、そうだな。じゃあ、雑炊でも貰って来るから」

「うん、ありがとう」

「さあ一夏さん、参りましょう」

 スルリと一夏の腕を取るセシリア。こういう時の欧米人の躊躇のなさは、現代日本人には無いものだよな。その状態のままドアを開け、廊下へ出ていった。

 

「九十九?行かないの?」

 デュノアが部屋から出て行かない私に訝しげに声をかける。

「いや、咄嗟にとはいえ君を病人に仕立てた事を謝っておこうと思ってね。すまない」

 軽く頭を下げる。デュノアはそれに慌てて手を振る。

「う、ううん、いいよ。これが一番簡単な方法だったし」

「そう言って貰えると助かる。詫びというわけではないが、そのパソコンを置いていこう」

 テーブルの上にあるパソコンを指さし、そう告げる。

「その中には私が厳選した面白動画の数々が入っている。暇潰しに丁度いいと思うぞ」

「うん、ありがとう」

「それから、このDVDは必ず君一人の時に見てほしい」

 パソコンと共に置いてあるDVDを手に取り、デュノアに渡す。

「えっと……これは?」

「『シャルロット・デュノア以外に見せるな』と資料と一緒に来た手紙に書いてあった。よって中身は私も知らない。いいかね?必ず一人で見るように」

「う、うん。分かった」

「では、失礼する。一応、お大事にと言っておこうか」

 言ってドアに向かう。後ろから「ありがとう」と声をかけられたので、軽く右手を上げて返した。

 

 部屋を出て廊下へ。食堂行きの階段を降りると、そこには箒とセシリアに腕を組まれて歩きづらそうにしている一夏がいた。

「両手に花だな、一夏。羨ましい事だ」

「そう思うなら替わって「無理」ですよね~」

 一夏の戯言を切り捨て、足早に食堂へ。今日の定食は和定食が鰆の塩焼き、洋定食が温泉卵のカルボナーラ、中華定食が回鍋肉だったはず。どれも美味そうだ。さてどうするか。

 ……いや待てよ、たまにはどれにしようかなで運任せも悪くないか。

 そう思って行動に移した結果、私の右手人差し指が選んだのは何故かフグ雑炊。美味かったが量が少し足りなかった。雑炊メニューは大盛りにできないんだよな、ここ。

 まあ、たまにはこんな日もあるか。寝る前に空腹に苛まれなければ良いが。

 

 

「一人で見るようにって言ってたし、今の内だよね」

 一夏と九十九が部屋を出た後、シャルロットは九十九の置いて行ったパソコンを立ち上げてDVDをセット。中身を確認した。

 そこに写っていたのは、デュノア社社長室の俯瞰映像。日付は『20XX.5.28』

 シャルロットが男としてIS学園に行くため、フランスを立った日だ。

 社長室にはフランシスとジャン、そしてエレオノールの三人がいた。

「これって……」

 シャルロットは、食い入るようにそれを見つめた。

 

『あの娘は無事フランスを立ちました。後は特異ケースのデータが手に入れば第三世代ISの開発も大きく前へ進むというもの。少しは会社(ウチ)の役に立つという所を見せて欲しいわ』

『しかしエレオノール。僕にはどうしても上手く行くと思えない。あんな付け焼き刃な男のフリ、本物の男が見ればすぐにバレてしまう。もしそうなれば……』

『そうなればあの娘が色仕掛けでもすればいいだけの事。特異ケースと言えど所詮は男、情に訴えれば脆いものです。泥棒猫の娘ですもの、男の心を盗むなんてお手の物でしょ?それに『そういう関係』になればどちらかの遺伝情報が手に入るかも知れませんし』

 エレオノールの発言にフランシスが椅子から立ち上がる。

『エレオノール!お前は!』

『今更父親ぶるつもりですか?何もしてこなかったくせに』

『……っ!?』

『もう賽は投げられました。あなたに出来る事は何もありません。全ては私の掌の上です』

 それだけ言ってエレオノールは社長室から出ていった。椅子に崩れるように座るフランシス。

『社長……』

『すまない、ジャン。一人にしてくれ』

『……わかりました』

 ジャンが社長室から出ていった後、フランシスはマホガニーの机の引出しから一枚の写真を取り出す。それは、20年前に二人で撮った思い出の写真。

『すまない、アンナ。僕はまた、あの子に何もしてやれなかった……』

 写真を手に、ポツリと呟くフランシス。いつしかその目には、涙が溢れていた。

『すまない……すまないアンナ。すまない、シャルロット……うっ……うう……』

 静かに嗚咽を漏らすフランシス。シャルロットはそれを、画面越しにただただ見つめていた。

「お父さん……」

 思わず漏れた自分の言葉にはっとする。今、自分はあの人をなんと呼んだ?

 自分の中に生じた小さな変化に気づいたシャルロット。その目には確かな思いが宿っていた。

 

 

 時は過ぎ、月曜日の放課後。私はデュノアに呼び出され、教室棟の屋上にいた。空模様は怪しく、いつ雨が降ってもおかしくない。遠くでは、転雷がゴロゴロと響いている。

 しばらくして、屋上の出入口からデュノアが現れる。

「おまたせ、九十九」

「いや、さして待っていない。さて、早速だが……シャルロット・デュノア、全てを知った君に訊く。どうしたい?」

「僕は……ここに居たい。みんなと一緒に過ごしたい」

「どうしたら、それが叶うと思う?」

 転雷が、少しづつ近づいてくる。雨粒が屋上を濡らし始めた。

「僕をこんな目に合わせた元凶を、九十九の言ってた『諸悪の根源』を取り除く事」

 雨は少しづつ激しさをまし、雷の音は更に近くなる。

「だから九十九、協力して欲しいんだ。君と、君の会社に」

「君は一体、何をする気だね?」

 

カッ!!ガガアアアアン!!

 

 すぐ近くに落雷。一瞬目の前が白くなる。直後の轟音のせいでデュノアの最後の言葉は聞こえなかった。

 しかし、その唇は確かにこう動いた。「デュノア社を、僕の物にする」と。

 

 

 この日、シャルロット・デュノアは自ら『泥棒猫』になる決心をした。

 私は、あまりに大きな原作乖離に目眩を覚えた。どうしてこうなった?

 ああ、私がそう動いたからか。




次回予告

本当に愛し、しかし別れざるを得なかった女の娘。
望まず、しかし結ばれざるを得なかった女。
果たしてどちらが真の泥棒猫なのか?それを決めるのは、いつだって多くの「その他」だ。

次回「転生者の打算的日常」
#21 転落

貴方には、痛いでは済まさないよ。『お義母さん』

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