転生者の打算的日常   作:名無しの読み専

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#02 邂逅

 自称『知恵と悪戯の神』の退屈しのぎの為だけに『インフィニット・ストラトス』の世界に転生してはや5年。5歳の誕生日と同時に『僕』は『私』の記憶を取り戻した。

 ただ、その時に流れ込んだ膨大な知識と記憶に子供の脳が耐えられず、それによって高熱を出した事が原因で、せっかくの誕生日を病院で過ごす事になった上、両親に心配をかけたのは正直いただけなかったが。

「九十九、大丈夫?」

 母がこちらを今にも泣き出しそうな顔で問い掛けてくる。

「うん、熱はもう下がっているな」

 父が私の額に手を当て熱を見る。こういうのは母の仕事だと思うのだが。

「うん、もう大丈夫だよ。お母さん」

 当たり障りの無い返事をしておく。前世の事を思い出した事で熱が出たとは言えなかったからだ。

 それから数日。高熱も収まり、知識と記憶の擦り合わせが終わった私には考えねばならない事が有った。それは、私の事を両親に話すか否かと言うことだ。

 

 話す場合のメリットは、少なくとも両親に隠し事をしなくて済む事。デメリットは、今話しても子供の戯言として片付けられてしまう事。最悪、精神病患者として病院送りにされかねない事。

 話さない場合のメリットは、両親に精神病や誇大妄想等の妙な心配を掛けなくて済む事。デメリットは、今後数年に渡って両親に隠し事をし続けなければならない事。

 しばらく考えて、話さないメリットの方が話すデメリットより大きいと判断する。

 この事は少なくとも私が「この人なら」と思った相手にだけ話す事にすべきだろう。いつかは両親にも話すべきだが、少なくともそれは今ではない。そう結論付けた。

 

 

 あの神の話によると、記憶が戻ると同時に原作の登場人物と関係を持つ事になるらしいが、今の所それらしい人物は見ていない。

 そもそも、今住んでいる所は正直『田舎』と言っていい所だ。余程の事が無い限り、関わりを持てるはずがないのだが……。

「九十九」

 父が私を呼んだ。その顔は何か言い難そうにしている。

「何?お父さん」

 父は2、3回言い淀んだ後、意を決したように私に訊いた。

「……父さんの会社の事は知ってるな?」

 父の会社は、社長の代替わり以降事業に失敗してばかりらしく、給料の未払いがもう半年続いているのだという。このままでは家計がたちいかなくなると、母と話しているのを聞いた。

 私は首を縦に振る。それを見て父は何かを決めた時の顔になる。この顔をした父は何度か見た事がある。

 父の性格は前世の私に似ている。もっとも私は『自分の利』を追求し、父は『家族の利』を追求する。という違いがあるが。

「父さん、実は古い友人から『一緒に仕事をしないか』と誘われててな。今の会社に嫌気が差していたし、丁度いいから受ける事にした。と言う訳で九十九、引越しだ」

「……え?」

 よほどの事が、あった。

 

 引越先は、都会の中にある閑静な住宅街だった。しかも二階建ての一軒家だ。

 ふと父に目を向けると、呆れたような顔で「あいつ、余計な事しやがって」と呟いた。どうやら父も予想外だったらしい。

 ここまでの厚待遇をしてくれる父の友人の事が凄く気になった。一体、二人の間に何があったのだろうか?

 荷解きもそこそこに、両親と共にご近所に引越しの挨拶をして回った。この辺りに子供は少ないらしく、同年代の子供は数える程だった。

「さて、ここで最後だな」

 一軒の家の前で父が言った。と言うか、お隣さんが最後なのはどうなんだろうか?

「遠くの家から回った方が帰りが楽だからな」

 心を読まれた気がした。まあその通りだとは思うが。

「それじゃ行きましょう」

 母の言葉に従いドアの前に立ち、インターホンを押して待つ事暫し。ドアが開き、姿を見せたのは中学生位の女の子だった。

 背中まで伸ばした髪を首の後ろ辺りで纏めた、綺麗より格好いいと言われるだろう凛とした雰囲気。野生の狼を連想させるつり上がった切れ長の目。私は彼女の姿を見てふと気づいた。気づいてしまった。

 もし彼女が『あの人』で、今が原作開始10年前なら、丁度この位の年齢でもおかしくない。なら、今私の目の前にいるこの人は、まさか……。

「隣に引越しました村雲と申します。これ、つまらない物ですが」

「ご丁寧にどうも。私は織斑と申します。よろしくお願いいたします」

 頭の上で和やかな会話が続いている。しかし、私は内心で冷汗をかいていた。よりによって最初に出会う原作キャラが、ある意味最も分かりやすく、できればもっと後で関わりたかった相手だなんて……。

「ご両親にもご挨拶さしあげたいのですが……」

「いえ、両親は……」

「そうですか……。失礼しました」

「お気になさらないでください。私は大丈夫です。弟もいますし、泣き言は言えません」

 未だに話を続けている二人から視線を外すと、奥にいる同い年位の少年と目があった。

「ちふゆねぇ、そのひとたちだれ?」

「ああ、お隣に引っ越してきた村雲さんだ。挨拶しろ」

「うん!」

 姉に促され、少年が近付いてくる。整った目鼻立ち、明るい雰囲気、なんとなく感じる朴念仁の気配。

 将来間違いなく無数のフラグを立て、そのことごとくを粉砕してのけるだろうその少年の名は。

「はじめまして!おりむらいちかです!」

 正直、勘弁して欲しかった。

 

 こうして私は原作キャラとの邂逅を果たした。

 自称知恵と悪戯の神(ロキ)の大笑いする声を聞いた気がした。

 

 

「ほら、九十九も」

「う、うん。母さん。えっと、村雲九十九です。その……よろしく」

「おう!よろしくな!オレのことはいちかでいいぜ!」

「あ、ああ。なら私……んん、僕の事も九十九で良い」

 朗らかな笑みを浮かべて私の両手を握り、上下に振りまくる一夏。聞いてみると同年代の友達があまりいないらしく、嬉しかったと言う。どうやらファースト幼馴染、篠ノ之箒とはまだ知り合ってないか、知り合って日が浅いのだろう。

 原作で明確に同年代、かつ同性の友人と言えば五反田弾(ごたんだ だん)くらいだったはず。御手洗数馬(みたらい かずま)もいるにはいたが、影がかなり薄かったので彼はむしろ弾の友人なのだろう。

 「あそびにいこうぜ!」と私の手を引っ張って前を行く一夏。その後姿を眺めながら、私はこの先一夏と私の身の回りで起こるだろう大小様々な騒動を思って嘆息する事しかできなかった。

「あれ?ここどこだ?わかるか、つくも?」

「……私に訊くな。この街には今日来たばかりだ」

 例えば、現在二人揃って迷子になっているこの事態とか。

 なお、そこは丁度私の新居の真裏だったらしく、母さんがすぐに気づいて事無きを得た。




次回予告

変わる。世界の在り方が。
代わる。男尊の世界が
替わる。世界最強の兵器の座にあるものが。

次回 「転生者の打算的日常」
#03  白騎士事件

さて、どうすれば私の利になる?

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